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はい、こんにちは。今回なんですけれども、大衆は常に間違っているっていう有名な言葉があるんですけれど、
まあこのことについて、僕の意見をお話しさせていただこうと思うのですが、というのはですね、今ネット上、特にXとか
ヤフーニュースのね、ヤフコメとか見てても、佐藤二郎さんと橋本愛さんのこのドラマの撮影の時のトラブル、双方の意見がものすごく食い違ってるんですよね。
佐藤二郎さんの事務所側は佐藤さんを擁護していて、佐藤さんも自分は悪くないという主張で、で、テレビ局は
ちょっとハラスメント的なことがあったと、フジテレビの見解はそういう方向で、で橋本愛さん側も橋本愛さんを擁護するという見解なので、まあ意見が食い違っていて、
それに対してX民とかヤフコメ民の意見も、まあいろんな意見が交錯していて、結局これって
当事者しかわからないことだと思うんですよ。で、結構ネット上の一般人の意見は、もう推測とか感情とか、
あるいは確証バイアスとか、あともう共感の、みんながこう言ってるから私もこう思うとかね、まあそういう感じで自分の意見ガンガン言ってて、どっちが悪いどっちが悪くないっていう風に言ってるんですよね。
で、これはね、やっぱり大衆って常に間違ってるなーっていう象徴だと思うんですよ。
まず、確証バイアスっていうのは、自分が信じたいことを信じると、
真偽はわからなくても、自分はこうであってほしいって願ってるからこっちが正しいんだっていう風に、まあ自分にとって都合のいいことを信じてそれを主張したりとか、
例えば男性側は、
まあ生きづらくなっちゃうわけですよね。女性側が被害を訴えて、でそれをみんながね、女性が正しい、女性が正しいっていう風になっちゃうと、男性側が生きづらくなるから、
まあ男性は男性側を擁護したりとか、あるいは女性なんかは過去に何か被害を受けた、トラウマがあるとかね、
PTSDとかそういう方なんかは、やっぱり女性がね、被害を訴えてると、女性がかわいそうって言ってね、私も過去にこういう経験を受けた、絶対男が悪いに決まってるって、私もそうだったからってね、
女性側を擁護するっていう形で、自分の感情とかね、自分にとって都合のいい展開を望むように信じちゃうわけですよね。
あるいは、例えばね、
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その批判されている男性のことが嫌いだったら、おいこいつ嫌いだからこいつ引きずり下ろしたろ、この男が悪いに決まってるとかね、
そういうふうに批判したりとか、全部ね、自分にとって都合のいいように解釈して、そっち側の意見を支持して主張すると、これまさに格小バイアスなんですよ。
真偽はわからないのに、自分にとって都合がいい、自分の信じたいことを信じてそれを主張してしまうっていうこと。
あとは、共感能っていうのは、自分の頭で論理的に考えないと。
本来だったら、このトラブルってどっちが本当のことを言ってるかわかんないから、
まあ、ちょっとこれはね、冷静に自分の意見を言わないようにしようっていうのが本来の正しい意見なわけですよ。
だけど、みんながこう言ってるから私もこう言おうって、今ネット上だとね、
どっちかっていうと、佐藤二郎さんを擁護する声の方が大きいわけですよね。
となると、佐藤さん側の擁護する意見が多いから、私もこの多数派に就こうと。
佐藤さんが正しいに決まってるってね、佐藤さんは間違ってない、橋本愛さんに問題があるっていうふうに、やっぱり多数派の方に流れる。
これは自分の頭で論理的に考えなくて、みんなが言ってるからそうなんだろうって多数派にただ就くだけっていう。
それを共感するわけですよね。多数派の方に流れるとか、あるいは佐藤さんは感情的に
ちょっとかわいそうだからって、そっち側に就くとかって、自分の頭で考えない共感能なんですよね。
脳の構造ってね、世の中の人間、ざっくり分けると2通りに分かれて共感能かシステム可能。
共感能っていうのは自分の頭で論理的に考えなくて、多数派に就くとか、感情でこっちに就くっていう感じで、
みんながやってるからこうしてる、みんながやってますよーって言うと、じゃあ私もやろうとかね、
あとはインフルエンサーの誰々ちゃんがブラジャーつけて胸が大きくなった、いいですよって、それに対してエビデンスもないのに誰々ちゃんがやってるからきっといいに決まってるって、
自分の頭で論理的に考えないでそっちに流れちゃう人。システム可能っていうのはもうエビデンス重視、
論理的に考えてこれは整合性があるな、合理的だなっていうことを考えて自分の頭で判断するのをシステム可能っていうわけなんですけれど、
っていう感じですね。まあ今ネット上で双方がもう言いたいこと言ってて、
荒れてるっていう状態ですよね。なのでどっちが正しいのか本当に分からないんで、本来だったらどっちが正しいか分からないよねって、
客観視すべきなんだけど、どっちかの意見についちゃうわけで、これまさに大衆心理だなって思ってしまうわけですよね。
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佐藤さんの用語が多いのは、
ちょっと前までは
男性と女性のそういうトラブル、ハラスメント的なこととか、あるいは性的なこととか、
トラブルがあると女性側が被害を訴えると、被害をアピールすると、そうすると世間の多くの人は、それも真偽がわからないんだけど、女性側を擁護するっていう人がほとんどだったわけですよね。
本来はどっちが正しいのかも、本当に当事者、当人同士しか分からないことなんだけど、女性が被害を訴えると、
かわいそうとか、女性を守ってあげないといけないっていうのが、本能的に働くわけですよ。女性と子供っていうのは、人間、多くの人間は、守ってあげないといけないっていう本能が働くわけです。
太子の昔から、男性と女性、集団で生きてきたわけなんだけど、男性の方が力が強くて一人でも生きていけると、女性はみんな助けてもらわないと生きていけないわけです。
特に妊娠して、出産して、授乳してっていうことをしないといけなくて、一人ではできないわけです。
誰かがご飯を取ってきてくれないといけないとか、子供を照らしてくれないと生きていけないわけなので、
女性の方が自分は弱いですよ、助けが必要ですよっていうアピールするのが得意なわけであって、それも本能的なものなんですよね。
男性は一人でも生きていけるわけですよ。群れから離れて自分で獲物を取って、木の実を拾って生きていくことができるわけなので、男性は被害者アピール得意じゃないんですよね。
本能的に女性と子供を守ってあげないといけないっていうのが男性も女性も頭の中にインプットされてるわけですよ、本能的に。
だからやっぱり女性が被害を訴えると多くの人は、どっちが正しいのか本当はわからないのに女性側につくっていうのが今までの流れだったんだけれど、
ここ数年、そういう男女のトラブルがあまりにも多くて、女性が被害を訴えて、多くの大衆は論理的に物事を考えなくて、本能的に核商売屋とか共感能で女性側について女性を擁護してたわけなんだけど、あまりにも最近そういうのが多くて、
はっきりとはわかんないんだけど、女性がメンタルヘルス系だったりとか、あるいは男性をはめようとして被害者アピールして嘘をつくとか、あるいは100%全部嘘じゃないんだけど、
小さな事実をものすごい何十倍にも膨らまして被害者アピールしたりとかして、男性がこれはめられてたんじゃないかっていうのも、はっきりわかんないんだけど、そういう感じのもあったわけで、女性のね、被害アピールした後の行動を見てても、この人やっぱりちょっと変なんじゃないかとか、おかしいんじゃないかとか、メンタルヘルス系なのでそっちからの被害妄想とか、
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あるいは恋愛のこじれとかで男性側に嫌がらせをしようとしただけなんじゃないかみたいな、そういう事例とかちょこちょこあって、女性の過去の行動とか行い見てても、この人こういうことを過去にやってたんだよねって、やっぱりこれ男性はめられたんじゃないかっていうことも続いて、ってなると男性側がすごく生きづらくなって、
なので最近は男性と女性のトラブルで、女性が被害者アピールしても、男性側がこいつ被害者アピールだろうとかね、被害者モードになって、本当はこの女性が悪いんだろうっていう風に言うようになって、流れが変わってきてるんですよね。
だから今はね、最近はね、男性とか女性とか、女性と男性の運営とかのトラブルでも女性がものすごい被害を訴えて、ハラスメントがあったって言っても、女性を逆に非難するっていう勢力が増えてきて、最近はそっちの方が強くなってきて、なので今回も佐藤二郎さんの人柄とか人気とかもあるんだけれど、
やっぱり佐藤二郎さんを擁護する声が多いっていう、そういう流れなんですけど、だけどこれもね、最近はそういう流れなんだけど、やっぱり確証バイアスとか共感の音があって、本当のことはわからないので、本来はどっち側についてどっち側を擁護するっていうことは、部会社はやるべきではないんですよ。
事務所の人間とかが所属してるね、タレントをカバーとかね、それはまだわかるんですけど、それも正しいか正しくないか正直わからないんだけど、まったく関係ない部会社がですね、こっちが正しいこっちが間違ってるっていうのって、本来はやるべきではないんだけど、だけどそういうことが行われていて、
残念ながら今の日本では、日本以外でも世界でも、そういうネット上のですね、確証バイアスとか共感の音による意見っていうのが、世論っていう形になっていて、多数決でどっちが正しいどっちが間違ってるっていうのがですね、なんとなく形成されてしまってて、
それは芸能家以外でも政治の世界とか経済の世界でも、こういうね、大衆によるね、確証バイアスや共感の音による意見が世の中の世論で、世の中の人たちはこう思ってると。でもそれがね、本当に正しいかどうかっていうのを自分の頭でちゃんと考えて意見言ってるっていう人はね、まあ本当にごく一部であって、結局感情とかね、確証バイアスで決まってしまうっていうのがですね、
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大部分なんですよね。なので、まあ昔からね、世論とか大衆っていうものはそういうものなので、なので大衆は常に間違っているっていう言葉が存在するわけですよね。これは、過去のね、日本、世界の歴史見てても、本当に頭が良くて上に立つ人間は、このことをよくわかっていて、
大衆心理を利用して独裁者になったりとか、世の中を悪い方法に持って行きたいとかっていうことがあったわけであって、それは民主主義の世界でも起こるわけですよね。民主主義って結局、大衆が多数決で決めるわけなので、その大衆が確証バイアスとか共感の音で物事を判断するので、
大衆の意見、民主主義で決まったことって正しいかどうかってわからないし、間違っていることも多々あるわけですよね。その時の大衆の気分とか感情で決まってしまうんです。選挙の結果とかね、衆議院選挙とか、あるいはアメリカの大統領選挙とかでも、その時の大衆の気分で決まってしまうわけであって、
決してその大衆の決断者、多数決の意見が正しいとは限らない。ただ民主主義っていうのは、本当に悪の心を持った人間が独裁政治をするっていう、そういう先制政治に比べればまだマシなわけです。民主主義の方が。
本当は国民のことを考えて、国家のことを考えて、ものすごく頭が良くて、良い政治をする鉄人のような人がいたら、その鉄人による独裁政治、鉄人政治っていうものが最も望ましいわけなんだけど、なかなかそういうシステムを作るっていうのは現実的じゃなくて、結局民主主義になるわけであって、だけど民主主義で決まったことって正しいとは限らないし、
間違ってることが多いんだけど、結局みんなで決めたことだから、結局それが正しくても間違ってても一番納得するわけですよ。民主主義で政治家を選んで、その政治家が何か間違ったことをしても、自分たちが選んだんだからしょうがないよねって。
で、暴動が起きないし内戦も起きないので一番平和なんだけど、だけど民主主義が正しいわけじゃないんだけど、まあ先制政治に比べればまだマシかなっていうわけであって。で、アドルフ・ヒトラーっているじゃないですか。ヒトラーでもう最悪の独裁者とも言われてるんだけど、ヒトラーも独裁者になったのは、
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その、民主的に独裁者になったわけです。ヒトラーも大衆心理をすごくわかっていて、ヒトラーの頭の中では大衆はもう常に間違っている、大衆は常に愚かだっていうのをわかっていて、その大衆心理を利用して自分が独裁者になって、まあ最後ね、第二次世界大戦でたくさんの犠牲者を出して、
ユダヤ人を大量にホロコーストで虐殺して、まあ大変なことをしてしまったわけなんですけど、そのヒトラーもですね、まず、その選挙で勢力を拡大したわけですよね、ナチ党で。
それは世界恐慌があってね、第一次世界大戦もあって、敗戦国になって、失業者がたくさん出てしまって、国民のね、政府への不満が高まっていたと。で、ナチ党は、失業者を減らすって、ドイツを再び強くするんだって、で、ベルサイユ条約を見直すっていう風にして、で、それを訴えて、国民の支持を得て、で、第一党になって、
首相に任命されたわけですよね。で、その後、国会議事堂の放課事件が起きて、それをですね、共産党の陰謀だっていう風に主張して、で、
で、言論の自由とか、集会の自由とか、通信の秘密などの基本的人権を停止するっていう非常措置をとって、で、共産党員とか反対派を、まあ、まあ、隔離してっていうことをしたわけで、まあ、その時点でも国民はそれを支持していたわけですよ。
で、徹底的に反対派を排除して、で、全権委任法で、その時も国会議員の3分の2以上の賛成があって、全権委任法を通して独裁体制を作ったわけですよね。で、ヒンデンブルグ大統領が死亡して、総統になった、もう完全な独裁者になったと。
民主主義から独裁者が生まれたわけであって、ヒトラーの誕生をドイツ国民の多くの人たちが歓迎してたんですよ、支持してたんですよね。まあ、それだけ大衆っていうのは常に間違っているっていうことなんですよ。民主主義は常に正しいというわけではないと。
そしてヒトラーはね、共産主義は悪だと、ユダヤ人は悪だと、ドイツ国民は優秀であると、ドイツ国民はこれらの人間が搾取されているんだっていうことを訴えて、それも多くのね、ドイツ国民が支持して、決してドイツ国民が他の国の国民に比べて劣ってるわけじゃなくて、むしろ優秀な人たちなんですよ。
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日本人もドイツ人もですね、他の国と比べるとね、申し訳ないんだけど、やっぱり優秀な人たちが多いし、賢い人が多いわけですよね。
民度も高いんですけど、そんな日本人であれドイツ人であれ、やっぱり大衆っていうのは常に間違っていて、適切な判断ができないと。
やっぱり多くの国民は核小バイアスとか共感能で物事を判断して自分の意見を言って、その意見によって民主主義で大きな決断が生まれると。
国会議員が選ばれて、その選ばれた国会議員が議会で法案を通して、予算を通してっていう流れになるわけなので、大衆は常に間違ってるっていうのが、やっぱり今回のね、この騒動でもね、僕はそういうもんなんだなってね、感じましたね、という私の話でございます。
よかったら皆さんの意見も聞かせてください。
ご視聴ありがとうございました。