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【熊本地震から10年】──月明かりに照らされる「救い」の心
2026-04-15 09:00

【熊本地震から10年】──月明かりに照らされる「救い」の心

🔶2度の震度7がもたらした甚大な被害

2016年(平成28年)4月14日午後9時26分、そしてそのわずか2日後の16日未明。熊本を襲ったのは、観測史上類を見ない「2度の震度7」という激震でした。災害関連死を含め276名もの尊い命が失われ、家屋の倒壊や墓石の転倒など、街の景色は一変しました。震災から10年が経過した今、お寺の建物の歪みや修復された墓石を目にするたび、あの時の恐ろしさと震災の爪痕の深さを改めて思い知らされます。


🔶SNSの有用性とフェイクニュースの恐ろしさ

震災当時、情報のライフラインとなったのがSNSでした。断水時の給水情報や入浴支援など、生活に直結する情報の拡散には目を見張るものがありました。しかしその一方で、ライオンが逃げ出したという虚偽の情報(デマ)が拡散されるなど、情報の真偽が問われる事態も発生しました。混乱の中で何を信じるべきか、SNSの便利さと隣り合わせにある「情報の不確かさ」への危機管理は、現代の防災における大きな課題となりました。


🔶法然上人の歌にみる月明かりの慈悲

不安な夜、ふと見上げた夜空に輝く月明かりに救われた記憶があります。法然上人が詠まれた「月かげの いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ」という歌があります。月明かり(仏さまの慈悲)は、どのような寂しい里にも平等に降り注いでいますが、その光を仰ぎ見る人の心の中にこそ、月は静かに宿ってくださるという意味です。暗闇の中で自分を包み込んでくれる月明かりは、まさに阿弥陀さまの救いの光そのものでした。


🔶震災における心のよりどころとしての仏教

仏教の教えは、直接的に震災という現実を消し去るものではありません。しかし、どのような絶望の淵にあっても「私を見捨てない仏さまがご一緒である」という確信は、折れそうな心を支える大きなよりどころとなります。目に見える救済だけでなく、目に見えない「心の支え」があることは、人が独りではないと感じ、前を向くための静かな、しかし確かな推進力となるのです。


🔶10年を経て語り継ぐ防災とご縁の絆

震災から10年が経ち、街は復興が進みましたが、人と人との繋がりの大切さは変わりません。災害を乗り越える力は、日頃からの近所付き合いや地域の絆の中にあります。災害はいつどこで起こるかわかりません。10年という節目に当時の記憶を風化させることなく、常に「防災」の意識を持ち、互いに支え合える「ご縁」を日々大切に育てていくことが、私たちに課せられた大切な役割です。


🔶今週のまとめ

2016年の熊本地震から10年。2度の震度7という激震がもたらした記憶は、今も私たちの心に深く刻まれています。

震災時はSNSが有用な情報源となる一方で、デマの拡散という恐ろしさもあり、情報の扱い方を学ぶ機会となりました。

法然上人の歌「月かげの」に象徴されるように、どんな苦難の時でも平等に注がれる仏さまの光が、心の支えとなりました。

宗教の役割は、どうしようもない不安に寄り添い、「独りではない」という安心感を人々に届けることにあります。

10年の節目に改めて防災の意識を高め、地域の人々との繋がりという「ご縁」を大切にしていくことが、未来への備えとなります。


次回テーマは「仏教と言葉(ありがとうの由来)」です。

どうぞお楽しみに。


お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。

お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。


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