仏教にまつわる色々なお話を、分かりやすくお話していただく番組です。仏教由来の言葉、豆知識、歴史、迷信、風習、教義、作法などなど。 出演は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正さん。お相手は、丸井純子さん。
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【築地本願寺】──江戸の歴史と現代に開かれた新たな挑戦
🔶築地本願寺の歴史と「築地」の地名の由来東京都内には約2,800の寺院が存在しますが、浄土真宗本願寺派は338か寺にとどまります(熊本県の464か寺よりも少ない数です)。その中で中心的な拠点となっているのが、豊かな歴史とユニークな特徴を持つ「築地本願寺(つきじほんがんじ)」です。築地本願寺は江戸時代初期の元和3年(1617年)、浅草近くの横山町に「江戸浅草御坊」として建立されたのが始まりです。しかし、明暦3年(1657年)の「明暦の大火」によってお堂を焼失。再建にあたり江戸幕府から与えられた土地は、当時八丁堀沖の海上でした。そこで海を埋め立てて地盤を築き、本堂を建てたことから「築地(ついち・つきじ)」という地名が誕生したといわれています。その後、1923年(大正12年)の関東大震災に伴う火災で再び本堂を焼失しますが、1934年(昭和9年)に再建され、現在の壮麗な姿となりました。🔶伊東忠太博士によるシルクロードとインド様式の建築美現在の築地本願寺の建築デザインを手掛けたのは、東京帝国大学(現・東京大学)名誉教授で建築家の伊東忠太(いとう ちゅうた)博士です。建築研究のためにアジア各国を旅した伊東博士と、シルクロード探検(大谷探検隊)で知られる西本願寺第22鏡如(きょうにょ)上人・大谷光瑞(おおたに こうずい)門主との深い親交がきっかけとなり、この唯一無二の建物が作られました。古代インドをはじめとするアジアの仏教建築を模したオリエンタルな外観は、一般的な日本の伝統的寺院とは一線を画し、石造りでステンドグラスや動物の彫刻が施されたエキゾチックな雰囲気を醸し出しています。また、本堂内部は正座を必要としない全席「椅子席」となっており、後方には2,566本のパイプで構成された本格的なパイプオルガンが設置され、コンサートなども開催されています。🔶終活サポートから結婚相談所まで──お寺の敷居を下げる試み築地本願寺では、現代社会における「お寺の敷居の高さ」を解消するため、革新的な取り組みが次々と行われています。その一環として、人生の終末期やエンディングノート作成に寄り添う「終活サポート」をはじめ、なんと境内に「結婚相談所」を開設・運営しています。これは僧侶やご門徒に限らず広く一般の方々も利用可能であり、成婚後はお浄土の阿弥陀さまへ報告・参拝する温かい試みとして親しまれています。🔶「第十八願」にちなんだ18品の朝ごはんと地域交流境内に併設されている人気の「築地本願寺カフェ Tsumugi(ツムギ)」では、浄土真宗で最も根幹となる「阿弥陀如来の第十八願(すべての生きとし生けるものを救うというお誓い)」になぞらえた「18品の朝ごはん」が提供されています。お粥やお味噌汁とともに18個の小鉢が並ぶ豪華な朝食セットは、お肉や魚介も取り入れたバラエティ豊かなメニューで、観光客や周辺住民の間で大好評を博しています。銀座からも近い立地を活かし、東京の7月のお盆に合わせた大賑わいの盆踊り大会や、仏教以外のさまざまな分野の研究者を招いた勉強会など、多角的な交流の場を創出しています。「時代やニーズに合わせて変化し、人々に寄り添う」築地本願寺の先進的な姿勢は、全国の寺院や地方のお坊さんたちにとっても大きな学びと刺激を与え続けています。🔶今週のまとめ【1】築地本願寺は1617年に浅草近くで創建され、1657年の明暦の大火後に海を埋め立てて土地を「築いた」ことが「築地」という地名の由来となっています。【2】1934年に再建された本堂は建築家・伊東忠太博士と大谷光瑞門主の交流から生まれ、古代インド様式の外観やステンドグラス、パイプオルガンや全席椅子席を備えたエキゾチックな建築です。【3】「お寺の敷居を下げる」取り組みとして、人生の終末期を支える「終活サポート」や、一般の人々も利用できる「結婚相談所」などの先進的な事業を展開しています。【4】境内のカフェでは、阿弥陀如来の「第十八願」にちなんだ「18品の朝ごはん」が話題を呼んでおり、食を通じても教えや存在に親しんでもらう工夫が施されています。【5】東京の7月盆に合わせた盆踊りや各種勉強会など、時代の変化に対応しながら人々とみ教えを繋ぐ築地本願寺の挑戦は、現代のお寺のあり方の模範となっています。次回テーマは「仏教と鬼」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
【地域の繋がり】──無縁化社会におけるお寺の役割と「寄り添い」
🔶無縁化社会の現状と「地縁・血縁」の喪失現代社会では、「無縁化」という深刻な問題が進行しています。マンションやアパートで隣に誰が住んでいるかわからない状況が当たり前となり、日本全体で一人暮らしの割合は約34.6%に上り、65歳以上の高齢者においては5人に1人が単独世帯となっています。さらに2040年には全体の約4割が一人暮らしになるとも予測されています。かつての日本社会を支えていた「家」や「家族」といった地縁・血縁の繋がりが失われ、各個人が孤立して苦しみを抱え込むことで、孤独死や様々な犯罪リスクなどの社会問題が浮き彫りになっています。🔶宗教者の役割と「ネガティブ・ケイパビリティ」こうした無縁化社会の中で、お寺や宗教者の役割が改めて問われています。お坊さんは医師のように医療行為を行ったり、物質的な支援をしたりすることはできません。しかし、「教えを説くこと」、そして「ただ話を聴くこと」が大きな役割となります。心理学や文学の世界には「ネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)」という言葉があります。これは「答えが出ない、どうしようもない事態に耐える能力」のことです。「なぜ私がこんな病気になったのか」「なぜ大切な人を亡くさなければならなかったのか」といった、科学や医療では答えを出せない不条理な問いに対して、すぐに解決策を提示するのではなく、その悲しみに共に留まり、共感し、寄り添い続けることこそが宗教者の使命なのです。🔶AIにはできない「生身の人間」による傾聴現代の若い世代は、悩み事や相談事をAI(人工知能)に投げかけることが増えています。確かにAIは、膨大なデータから論理的で適切な回答(レスポンス)を瞬時に返してくれるかもしれません。しかし、AIは人間ではありません。生身の人間が同じ空間に座り、声のトーンや表情を感じ取りながら、答えの出ない苦しみにただじっと耳を傾ける「傾聴(けいちょう)」の時間は、決してAIには代替できない温もりを持っています。身近に「自分の話を聴いてくれる人がいる」と知っておくこと自体が、人々の心を軽くする大切な拠り所となります。🔶再評価される月忌参りとお寺のコミュニティお寺が古くから行ってきた伝統的な活動は、現代において「ご縁づくり」の場として再評価されるべき意味を持っています。一つは「月忌参り(がっきまいり)」です。これは毎月の命日にお坊さんが各家庭を訪問してお経をあげる習慣ですが、遠方に住む家族に代わって月に一度安否を確認し、対話をするという見守りの役割も果たしています。もう一つは「お寺という場所のコミュニティ機能」です。月に一度の「ご法座(ごほうざ)」をはじめ、仏教婦人会や子ども会など、人々が集い語り合う場としてのお寺の存在意義は、地域社会の繋がりが希薄化した今だからこそ一層重要になっています。昔のようにお寺の軒先で気軽にお坊さんと話ができるような、敷居の低い開かれた場所であり続けることが求められています。🔶今週のまとめ【1】現代は地縁・血縁が希薄化した「無縁化社会」であり、一人暮らしの増加による孤独死などが深刻な社会問題となっています。【2】宗教者の役割は、医療行為や物質的支援ではなく、人々の悲しみに寄り添い、教えを伝えながらただ話を聴くことにあります。【3】「なぜ私が」という科学で解決できない問いに対し、答えを急がずに共に留まり続ける「ネガティブ・ケイパビリティ」が宗教者には求められます。【4】悩み事をAIに相談する時代にあっても、生身のお坊さんによる「傾聴」は人々の心を軽くする代替不可能な心の拠り所となります。【5】お坊さんが毎月訪問する「月忌参り」や、人々が集う「ご法座」などのお寺の伝統的なコミュニティ機能が、現代の孤立を防ぐご縁づくりの場として再評価されています。次回テーマは「築地本願寺のお話」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
【いのちのご縁】──因幡の源左に学ぶお盆と阿弥陀さまの慈悲
🔶因幡の妙好人・足利源左と父親の遺言お盆を迎えるにあたり、浄土真宗で教えを喜び生き抜いた人物「妙好人(みょうこうにん)」として知られる「因幡の源左(いなば の げんざ)」こと、足利源左(あしかが げんざ)さんの生涯とその教えをご紹介します。源左さんは天保13年(1842年)、因幡国(現在の鳥取県)にて農家を営む父・善輔さんと母・おちよさんの子として生まれました。安政6年(1859年)、全国的にコレラが大流行した際、18歳だった源左さんは父・善輔さんを40歳の若さで亡くします。激しい苦しみの中、父は最後の力を振り絞り、「おらが死んだら親様を頼め」と言い残して息を引き取りました。「親様(おやさま)」とは阿弥陀さまのことです。父を失った源左さんは、若くして一家の働き手として厳しい農業と家族の生活を支えることになりました。🔶荷を預ける牛の姿に開けた「阿弥陀さまの救い」父の遺言である「親様を頼むとはどういうことか」という根源的な悩みを抱えた源左さんは、10年以上にわたり各地のお寺や高僧を訪ねて教えを請いましたが、心の霧が晴れることはありませんでした。30歳を過ぎたある早朝、源左さんはいつものように牛を引き連れて草刈りに出かけました。刈り取った草の束のほとんどを牛の背に載せましたが、「すべて背負わせては牛がかわいそうだ」と、1束だけ自ら背負って帰り道を歩んでいました。その途中、激しい腹痛に襲われて動けなくなってしまいます。限界を感じた源左さんが自ら背負っていた最後の草束も牛の背に預けた瞬間、不思議なことに腹痛がすっと治まりました。その時、源左さんの心はパッと開かれました。「自らの力で命の問題や死の不安という重荷を背負う必要はない。『その重荷のすべてをわたしが引き受けるぞ』と常に呼びかけてくださる阿弥陀さまがおられるのだ」と悟ったのです。自らの力に頼るのをやめ、すべてを牛(阿弥陀さま)に任せた時、父の遺言の真意が開かれました。以来、源左さんは生涯を通じてお念仏の歓喜に包まれた人生を歩まれました。🔶追善供養ではなく「私が仏法に出会う」お盆の本質お盆は、亡くなった方々の魂を呼び戻して慰める「追善供養」のための行事と思われがちです。しかし浄土真宗においては、亡くなられた方は阿弥陀さまの導きによってすでに仏となられ、いま生きている私たちのすぐそばに寄り添ってくださっていると受け止めます。したがって、霊魂を遠くから運んでくるといった行事や風習を必要としません。お盆の本質とは、亡き方の命のご縁を通して、「いま生きているこの私」が自らの命のあり様を見つめ直し、阿弥陀さまの救いのみ教え(お念仏)に出会わせていただくことにあります。源左さんが父の死という苦難のご縁から阿弥陀さまの慈悲に出出会われたように、お盆とは生きている私たちが教えに導かれるための尊い機会なのです。🔶お墓参りの心得と熱中症への配慮お墓参りもまた、故人に何かを買い与えたり善根を施したりする場ではなく、先祖や亡き親しい方々のご縁によって私自身が命の尊さに気づかされ、み教えに導かれる場です。ご家族やご親戚が集い、故人の思い出を語り合いながら自分自身の生を見つめ直す時間は、かけがえのない人生の糧となります。なお、夏の時期にお墓参りへ出かけられる際は、熱中症への十分な注意が必要です。墓石や石畳は強烈な太陽光線によって熱を蓄え、周囲の放射熱が非常に高くなります。日陰も少ないため、日中の厳しい暑い時間帯を避け、早朝や夕方の涼しい時間帯にお参りされることをお勧めします。水分や塩分の補給を欠かさず、ご自身の身体と命を大切にお守りいただきながら、心穏やかにお参りください。🔶今週のまとめ【1】鳥取の妙好人・足利源左さんは、18歳の時にコレラで父を亡くし、「おらが死んだら親様(阿弥陀さま)を頼め」という遺言を胸に生きていかれました。【2】自ら背負っていた草束を牛の背に預けて腹痛が治まった経験から、「命の問題や苦難のすべてを引き受けてくださる阿弥陀さま」のお心に気づき、お念仏を喜ぶ生涯を送られました。【3】浄土真宗におけるお盆は、亡き人の供養(追善供養)のためではなく、亡き人の命のご縁を通して「いま生きている私」が阿弥陀さまの救いに出会うための場です。【4】お墓参りも同様に、先祖や故人をきっかけとして自分の命のあり様を見つめ直し、いま生かされている感謝と教えを受け止める大切な機会です。【5】夏場のお墓参りでは墓石の放射熱や日照りに注意し、早朝や夕方の涼しい時間帯を選び、水分補給等の熱中症対策を徹底することが身を守る配慮となります。次回テーマは「地域の繋がり」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
【戦争と平和】──真の平和を問い直す教えと「怨親平等」の智慧
🔶原爆投下の日と戦時下のお寺が背負った歴史8月6日の広島、8月9日の長崎への原子爆弾投下、そして8月15日の終戦の日を迎えるにあたり、戦争と平和について改めて深く見つめ直します。第二次世界大戦において、日本全体で約310万人もの尊い命が失われました。当時、全国のお寺も「金属回収令(金属類回収令)」によって梵鐘(ぼんしょう)や仏具の拠出を強要されました。浄土真宗本願寺派においても、梵鐘があったお寺のおよそ9割が供出に応じ、その多くは二度と戻ってくることはありませんでした。さらに、教団自体が当時の国家体制の中で戦争に協力・加担してしまったという重い反省の歴史があります。過去のあやまちを深く省み、二度と惨禍を繰り返さないために平和を求め続けることこそ、現代のお寺や仏教徒に課せられた大切な責務です。🔶ガルトゥング博士が説く「三つの暴力」と積極的平和現代社会における「平和」について考える際、平和学の父と呼ばれるノルウェーの学者ヨハン・ガルトゥング(Johan Galtung)博士(2024年没)の提唱した概念が大きな示唆を与えてくれます。博士は、単に国と国との戦争(直接的暴力)がない状態を「消極的平和」と呼び、それだけでは十分ではないと指摘しました。ガルトゥング博士は、社会の暴力性を以下の三つに分類しています。直接的暴力:戦争やテロ、暴行など、心身に直接危害を加える行為。構造的暴力:社会の仕組みや貧困、差別により、本来助かるはずの命が失われたり人権が侵害されたりする状態。文化的暴力:宗教や思想、伝統、道徳などが、直接的暴力や構造的暴力を正当化・合理化してしまうこと。戦争が終結していても、不当な差別や激しい貧困、不平等が放置されているならば、それは真の平和とは言えません。これら「三つの暴力」を取り除き、環境問題の克服や人権の尊重、飢餓の解消といった「人間の安全保障」が満たされた状態を「積極的平和」と呼びます。こうした意識が社会の当たり前(伝統・慣習)として根付いた状態こそが、私たちが目指すべき「平和文化」なのです。🔶『ダンマパダ』の言葉と「怨親平等」の心完璧な平和文化の構築は一見すると遠い道のりに思えますが、2500年前に説かれたお釈迦さまの言葉の中に、その根本となる智慧が見出されます。最古の仏典の一つである『ダンマパダ(法句経)』において、お釈迦さまは次のように語られています。「実にこの世においては、怨みに報ゆるに怨みをもってしたならば、ついに怨みのやむことがない。怨みを捨ててこそやむ。これは永遠の真理である。」仏教には「怨親平等(おんしんびょうどう)」という教えがあります。これは、自らに害を加える「怨敵(おんてき)」であっても、自らに親しい「親しい者」であっても、そこに境界線を引かず、等しく慈悲の心で向き合う姿勢を指します。「やられたらやり返す」「恨みには恨みで報いる」という連鎖の中にいる限り、争いや戦争が止むことは絶対にありません。ガルトゥング博士が目指した平和の究極も、まさに相手を恨まず、報復の連鎖を自ら断ち切るこの精神に通じています。相手を憎む心を離れ、他者への深い理解と慈悲を持つことこそが、真の平和へと踏み出す第一歩となるのです。🔶今週のまとめ【1】8月6日・9日の原爆投下や終戦の日を前に、戦時中の「金属回収令」による梵鐘の供出や、戦争に加担してしまった教団の反省を振り返り、平和への思いを新たにします。【2】平和学の父ヨハン・ガルトゥング博士は、単に戦争がない状態(消極的平和)だけでなく、社会構造や文化に潜む暴力までを取り除いた「積極的平和」の重要性を提唱しました。【3】貧困や医療格差といった「構造的暴力」や、それを正当化する「文化的暴力」を無くし、人間の安全保障や人権が守られる「平和文化」を築くことが求められています。【4】お釈迦さまは『ダンマパダ(法句経)』において「怨みに報ゆるに怨みをもってしたならば、ついに怨みのやむことがない」と説き、報復の連鎖を断つ永遠の真理を示されました。【5】敵味方の隔てを越えて等しく向き合う「怨親平等」の精神こそが、争いが絶えない現代社会において真の平和を実現するための揺るぎない礎となります。次回テーマは「いのちのご縁(お盆のお話)」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
【仏教とハワイ】──サトウキビ畑から広がるお念仏と支え合いの歴史
🔶ハワイ移民の歴史と「元年者」から「官約移民」へハワイにおける仏教の歴史は、アメリカに併合される以前のハワイ王国時代、サトウキビ農園の労働力として渡った日本人移民の歴史と深く重なっています。19世紀半ば以降、ハワイにはサトウキビ農園の労働力として、中国、日本、ポルトガル、プエルトリコなど、世界各地から多くの移民が渡るようになりました。1868年(明治元年)、約150人の日本人労働者がハワイへ渡りました。日本からハワイへの最初の組織的な集団移住とされ、明治元年に渡航したことから、彼らは「元年者(がんねんもの)」と呼ばれています。その後、日本とハワイ王国両政府の取り決めに基づき、1885年(明治18年)から政府公認の「官約移民」が始まりました。1886年(明治19年)には、日本人移民の待遇や保護などを定めた日布渡航条約が正式に締結されました。出稼ぎを目的とした移民には、広島、山口、熊本など、西日本の農村出身者が多く含まれていました。さらに1900年以降は、沖縄からも多くの人々がハワイへ移住しました。20世紀初頭には、日本人はハワイのサトウキビ農園労働者の中で、最大規模の集団となりました。🔶開教使の派遣とハワイ本願寺の誕生過酷な労働環境に置かれた移民たちの心のよりどころとして、1889年(明治22年)、浄土真宗本願寺派の僧侶・曜日蒼龍(かがひ・そうりゅう)師が単身ハワイへ渡り、日本人移民を訪ねて布教巡回を行いました。1897年(明治30年)には、西本願寺から里見法爾(さとみ・ほうに)師が開教監督として、今村恵猛(いまむら・えみょう)師が開教使として正式に派遣されました。1899年(明治32年)には、本願寺派としてハワイ最初の本堂となるハワイ本願寺が完成しました。これが、後の本派本願寺ハワイ別院へと発展していきます。当初、移民たちは日々の生活に追われ、仏教の教えに耳を傾ける余裕を持てないことも少なくありませんでした。その後、低賃金や厳しい労働環境を背景に労働争議が起きた際には、今村恵猛師らが農園主と日本人労働者の間に立ち、事態の収拾に努めました。こうした活動を通して、農園主側からも本願寺への理解が得られるようになり、各地の農園周辺に寺院や布教所が設けられていきました。本願寺派の公式資料によると、現在、ハワイには32の寺院があります。また、幼児教育から中学校段階までのホンワンジ・ミッション・スクールと、2003年に開校した仏教系高校パシフィック・ブディスト・アカデミーが運営されています。パシフィック・ブディスト・アカデミーは、西洋諸国で初の仏教系高等学校とされています。🔶太平洋戦争の試練と日系社会のアイデンティティ1941年、真珠湾攻撃を契機に日本とアメリカの戦争が始まると、日本人・日系人社会の指導者と見なされた開教使や僧侶の多くが拘束され、アメリカ本土の抑留所へ送られました。ハワイでは、アメリカ本土西海岸のように日系人住民全体が一律に強制収容されたわけではありません。しかし、僧侶、日本語学校の教師、新聞関係者、地域の指導者などが拘束され、残された人々も厳しい監視や差別の中で生活しました。戦後、お寺の活動は再開され、「サンデースクール」と呼ばれる日曜学校や、ボーイスカウト、野球、バスケットボールのクラブチーム、太鼓グループなどの活動を通じて、日系人コミュニティと地域社会を支える文化的な拠点となっていきました。ハワイのお寺では、夏の「盆ダンス(Bon Dance)」やバザーなどの行事が今も盛んに行われています。寺院によっては、バザーで照り焼きチキンなどの料理を販売し、その収益を寺院の維持や地域活動に役立てています。日本の寺院とはまた異なる、地域に開かれた組織的な運営が行われているのです。戦時中、僧侶や日系社会の指導者の一部が抑留され、残された人々も大きな不安や差別の中で暮らしました。それでも、お寺を中心とした集いと盆踊りなどの文化を守り続けた歴史は、異国の地で生きる人々が、自らのルーツとアイデンティティを保つための大切な心の支えとなりました。🔶マウイ島大火災とラハイナ本願寺への支援2023年8月8日、アメリカ・ハワイ州マウイ島で大規模な山火事が発生し、歴史ある港町ラハイナは壊滅的な被害を受けました。この火災によって、ラハイナ本願寺では、本堂、学校建物、事務所、社会活動用ホール、台所、開教使住宅などが焼失しました。開教使や現地の門信徒、地域の人々も避難を余儀なくされました。復興には長い時間を要しており、現在も息の長い支援が続けられています。同じお念仏の教えに結ばれた仲間として、日本からもハワイへ温かな支援の手を差し伸べ続けることが求められています。現在では、日本にルーツを持たない現地出身の僧侶も数多く誕生しています。また、本願寺派の開教活動は、ハワイだけでなく、アメリカ本土の西海岸を中心とする日系社会にも広がっていきました。言葉や国籍、文化が異なっても、お念仏のみ教えを中心に結ばれた人々のつながりは、グローバル社会における共生の姿を、私たちに示してくれています。🔶今週のまとめ【1】ハワイの仏教は、1868年に渡った「元年者」や、1885年から始まった官約移民など、サトウキビ農園で働いた日本人移民の歴史と深く結びついて発展しました。移民には広島、山口、熊本など西日本の出身者が多く、1900年以降は沖縄からも多くの人々が渡りました。【2】1889年、曜日蒼龍(かがひ・そうりゅう)師が単身ハワイへ渡って布教巡回を行いました。1897年には本願寺から正式な開教監督と開教使が派遣され、1899年にはハワイ本願寺の本堂が完成しました。これが後の本派本願寺ハワイ別院へと発展しました。【3】労働争議が起きた際には、今村恵猛師らが農園主と日本人労働者の間に立ち、事態の収拾に努めました。こうした活動を通じて本願寺への理解が広がり、各地の農園周辺に寺院や布教所が設けられていきました。【4】真珠湾攻撃後には、開教使や日系社会の指導者の一部が拘束・抑留されました。戦後、寺院は活動を再開し、日曜学校、ボーイスカウト、スポーツ、太鼓、盆ダンスなどを通して、日系社会と地域社会を支える拠点となりました。【5】2023年8月のマウイ島山火事では、ラハイナ本願寺の本堂やホール、開教使住宅などが焼失しました。復興には長い時間を要しており、ハワイと日本の門信徒や関係者による継続的な支援が行われています。次回のテーマは「戦争と平和」です。どうぞお楽しみに。お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
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桃山商事
コミュニケーション、男性性、恋愛、人間関係、ジェンダー、ケア、孤独、性欲、会社、友情、老い……メンバーがその時々で気になったテーマを1つ設定して、モヤモヤを言語化していくNEOな座談Podcastです。2011〜2016年「二軍ラジオ」(ApplePodcast)、2017〜2024年「恋愛よももやまばなし」(ニコ生→Podcast)を配信していました。清田隆之(文筆業)、森田(会社員)、ワッコ(会社員)、さとう(会社員)の4人でお届けします。