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にじシバラジオ番外編 ✦公開収録@川口市カラフルふぇすた(ゲスト:元TBSラジオ記者 崎山敏也さん)
2026-04-29 33:48

にじシバラジオ番外編 ✦公開収録@川口市カラフルふぇすた(ゲスト:元TBSラジオ記者 崎山敏也さん)

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にじシバラジオ初の公開収録!/ 川口市カラフルふぇすたについて / カラフルふぇすたは今年で終了!? / 映画「国宝」と歌舞伎の女形 / 日本文化におけるジェンダーの双系制 / 人権課題としての同性婚と風俗・習俗としての同性愛 / タイ・沖縄における文化の混交 / 養子縁組は同性婚の代替か / ラブライブ!のコピーユニットライブ / 自分たちでラブライブ!のコピーユニットをやることに意味がある / アニメでは描けない実写映画・ドラマならではの萌えポイント / 実相寺昭雄の美の追求 / 映画「恋愛裁判」ライブシーンにおけるオタク描写のリアルさ / 「恋愛裁判」には崎山さんも出演している /

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◆にじシバは、川口市芝にあるシェアスペース「スペースとプラン」で開催している、ジェンダーやセクシュアリティ不問のおしゃべり会です。月2回開催。

開催日程の詳細はにじシバ公式HPでご確認ください!

(にじシバラジオのnote(にじシバラジオ配信日記)もあります!ラジオで拾いきれなかった補足情報を書いています。))

◆また、にじシバはNPO法人レインボーさいたまの会の活動の一環でもあります。活動の詳細についてはレインボーさいたまの会公式HPをご覧ください。

◆にじシバラジオの感想・お便り・お問い合わせはこちらから→ ⁠https://forms.gle/EMNvwJGcmJDFdcb49⁠

◆にじシバラジオMCの一人、小倉さんが経営する出版社・有限会社ぶなのもり

◆にじシバ開催場所、シェアスペース「スペースとプラン」

◆にじシバ発祥の地、ブックカフェ「ココシバ」

OP・ED曲はBGMerさんが配信している楽曲を利用しています。→ BGMer ⁠http://bgmer.net⁠ ※OP曲 [Free Music] Lunar Eclipse - Drunk  ※ED曲 フリーBGM [夕暮れコスモス]

感想

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サマリー

このエピソードは、川口市で開催された「カラフルふぇすた」での公開収録の模様を、録音ミスのアフタートークとして振り返る内容です。まず、イベントの趣旨や、地域に根差した男女共同参画イベントとしてのカラフルふぇすたの意義が語られます。ゲストの元TBSラジオ記者である崎山さんは、映画「国宝」や歌舞伎の女方、日本文化におけるジェンダーの双系制、そして同性婚や同性愛といった人権課題について、自身の見解を交えながら解説します。タイや沖縄の文化の混交、養子縁組が同性婚の代替となりうるかといった議論も展開されます。後半では、ラブライブ!のコピーユニット活動に見る「自分たちでやる」ことの意味や、アニメでは描けない実写ならではの「萌え」のポイント、実相寺昭雄監督の美学、映画「恋愛裁判」におけるオタク描写のリアルさなどが語られ、崎山さん自身も「恋愛裁判」に出演していることが明かされます。イベント自体は今年で終了するものの、地域での継続的な活動の重要性や、文化と人権、ジェンダー表現の多様性について深く掘り下げられています。

公開収録の開始とカラフルふぇすたの紹介
はい。先ほど、カラフルふぇすたのステージで、公開収録ということで、ステージに投弾したんですが、この機材の録音スイッチを押すのを忘れてしまって、すごく初歩的なミスをしてしまい、収録できてなかったので、アフタートークということで
【寺嶋】30年間で2回ぐらい
【寺嶋】あー!少ない、少ない
【寺嶋】はい、ということで、この自己紹介からいきます
【寺嶋】はい
【寺嶋】そうですね、レインボー・サイトモノバイ・チーム 川口のブースで、追加で収録をしているところでございます。
【寺嶋】ということで、ここからは放送列でやるんですけども、ところとなっています。
【寺嶋】はい
よろしくお願いします
【寺嶋】よろしくお願いします
【寺嶋】そして、私、にじシュバラジオMCのともぞーです
【寺嶋】小倉です
今日はゲストということで登壇もさせていただきました 元TBSアリオの咲山と申します
一応このブースもですねギャラリーの方 二次市場に参加してくださっているメンバーがいらっしゃいまして
公開収録には代わりないという
ツコミ大歓迎という
いやいやツコミ大歓迎です
通りのすがりでもOKですね
というところになってますので
このザワザワ感を含めてお楽しみください
トークでもしかすると鳴ってる音楽も収録されてるかも
そういう会場になってます
一応ですね公開収録というかステージ上では
国宝の話をまずして
そこから三菱純子さんの女装と日本人という本があって
なのでそこからお山女方ですね女方の話
女装の文化であったりというのが
日本では昔からあったんだよみたいな話をしたりとか
いろんな話をしましたけれども
どうですか小村さん印象に残った
国宝のシーンとして
いや公開収録も含めて
公開収録も含めてで言うんだったらば
まずカラフルフェスタが何かということも
さっきは言わなくて済んだけど
今言うとするならば川口でずっとやってる
男女共同参画イベントなわけですよ
って言いながらもうちらとしては四五回
毎年一年一回この時期にあって参加させてもらってるんだけど
すごいなと思うのは東京の都心の男女共同参画イベントといえば
やはりエフェミニズムであるとか
LGBTQでももっとかっちりした内容のものに
関わってる人がいるんだけど
映画「国宝」と日本文化におけるジェンダー
やっぱり地域に戻ってきて
自分たちがフェミニズムの活動をするかとか
出勤はしていても戻ってきたら全然関係ない生活を送っていて
こういうことにはこういうグループ活動はしないんだなってことを
露骨に感じるようなイベントだったんですよ
少しずつそれでも
知ってる知ってるこの手のトランスジェンダーとか
あるいはゲイ、レズビアン
そういったことを含めて
一般的な社会問題になるような話を
やってる人たちが増えましたけど
毎回そうではなかった
対象ことのグループが参加した
昔はね
今回ちょっと雰囲気も変わってきて
地域の一般化
なんて言おうかな
そういう意味ではグローバリズムを感じましたね
そういう話で言うと
私の前にいろんなところの男女共同参画イベントが
行ったりするし
主催する側の人と一緒に仕事をしたりすると
やはりどうしても
例えばあえて名前を挙げると
東京都の外国団体の人権啓発センター
人権啓発センターの学芸員的な方たちは
こういうふうな地域に目指したとか
あるいはもうちょっとサブカル方面とか
いろんな面白い工夫をするんだけど
それが東京都の上に上がった瞬間に
ここはジェンダーと性愛あるというのを
専門家を呼びしてくださいと
できれば名の知れた人みたいな
そういう形になり
最終的には
そんなに別に内容はいいにしても
面白いかってものになり
価値な部分はあるっていうことは
全てがそうだとは言いませんけれども
そうなる価値ですよということは
よく言います
そういう意味では僕も
こういう場に来るのは非常に
心地よいというか
もちろんちっとした場に行ったら
行ったでやりますけれど
それは私もやりますよ
今回このレインボーサイトの方で
チーム川口以外にも
すぐ隣にミートボールさんっていう
ユースのLGBTの集まりのグループが
参加されてたりして出展したりしていて
今までLGBTQ系の出展って
我々だけだったところが増えた
頑張ってた
全然私たちちょっとバチがいいぐらいの
周りの人もこういう人たち入れていいの
最悪なんじゃない
多分ね
みんな受け止めてるところの
編み物して一緒にしてみたりとか
なんとかなじもうという努力をして
数年ですよ
ついに隣にできました
嬉しいね
嬉しいと同時にやっぱり
寂しさっていうのかな
地域活動
どうしても東京中心になってしまう
もっと一種社会的な
一種の問題から
落ちてしまうような
人間草さん
あと一つ大事なことを言うと
カラフルフェスタはこれで終わりだ
という
最終回という話ですよね
そうなんです
でも私は
代表にも言ったし
渡辺さんとかにも言ったけど
いわゆるミートボール
自分たちでやればいいんじゃない
自分たちで
市が予算がないところで
市長があったからまた分からないんだけど
来年度の予算には
入ってないということなんですよ
予算案には入ってない
新しい予算が出る予知が
まだ先ですよね
だから
自分たちでやればいいんでしょう
私は割と軽く思ってますけどね
結構会場広いんですよ
広くて出展団体も
10ぐらいあって
この規模のイベントを
たかりん3人で回すのは
無理なんです
現場の声だな
現場の声としては
ステージも結局
東南アメリカの場が動かないといけなかったり
以前に情報もなかったり
ということで
いっぱいない感は感じますね
別に
ショビンさんは責める気はなくて
単純に予算をつけない市が悪いと思う
そういう話し合いになった時に
削られがちな予算でもあるんだな
そうなんです
この手紙の話だったら
自分たちでやったほうが
よりエンパワーメントするにしても
団体集めるにしても
主体的にできたほうがいいんじゃないの
という気持ちはありますね正直
以前に市は公園で乗ってくれればいいわけで
実行委員会が
ちゃんとお金集められれば問題ない
別な形
地域で別な形
やりたいですね
ということで
カラフルフェスタの説明
その中の
話という点でいうと
国風に関する
国風に関しては
坂山さんさっきの話を
ザックバラにまとめて
いただけますか
ザックバラにまとめて
一つは
女装と日本人
三葉ゆう子さんの
本に基づいたメモ
それに基づいた話をすると
昔は
男と女
両方の
相性というか
男と女両方を
持っている
物が
ある種の異形のものを持っている
異能だとか
求められていたけれども
明治以降近代化の中で
女方
普段は男でございます
つまり普段は乱れていません
ある意味この芸能じゃない部分では
男らしく
芸能上では
女をまさに演じる
という部分だったので
日本もやはり横浜隆盛さんや
吉沢隆さんはやはり
過剰に
吉沢隆さんは
吉沢隆さんは
過剰に結構男らしく
という部分を
今の歌舞伎の女方たちも
結構そうだと思いますけれども
そういう感想が
一つです
さっき聞いてて思ったのが
玉砂風呂とかで
割と日常生活を
たおやかと
あまり男らしさバンバン
という感じじゃないですか
言ってみれば
国宝で言えば
キクオさんは子供の頃から
女方やってた訳ですからね
つまり見た目から割と
女らしい部分もあった
ヤクザの子供とはいえ
そういう意味では
玉砂風呂さんは外の方である
歌舞伎界の方ではないという
部分も含めて
なかなかそこは難しいんですけれども
行き川の
着く方だけの方がどちらかというと男性
土下座させる方
とこもいまは
そういう方も含めて
そうですね
それが一つの話と
あともう一つの話を最後に
ちょっとだけ不定義上ではしたのは
つまり自分の
宿命であるとか伝統であるとか
そういうものを超えていくためには
やはり
あえて女方とか女装
とかそういう
方が
景気になったりすることがあるんじゃないか
というのを
もやしもんという漫画に女装の方が出てくる
作り坂屋の家に生まれた
人がある日
突然女装
でもそれは別に彼はもともと女らしい顔で
きれいな顔きれいな顔で
言われているってこともあるし
作り坂屋は絶対
行かなきゃいけない家でも農業の役に
行かなきゃいけないというところを
あえて超えて
そこから逃げるんじゃなくて日本酒を
つけるために
超えた日本酒をつくるために
っていう部分があるんじゃないだろうかと
もやしもんっていうのはどうしても
金のホテルとか
そういうもので注目されがちだけど
あの女装っていうあれに
同性愛とかを読み込む方も
いらっしゃるようですけど評論家とかの中には
僕はそれよりもどちらかというと
あれを見たかな
というのはあります
ブルーピリオドも同じだよね
ブルーピリオドは見てないですね
ブルーピリオドじゃなかったっけ
芸大を目指す漫画で
女装の男の子が出てくる
あれもやっぱり
名誉を極めることと
多分女装っていうのはリンクしてるんだと思うんだけど
日本の漫画の世界では
普通に女装をするとこは何か
昔から出てはいるんだけど
その場合何らかの力を持つか
あるいは何か
それを得るために
さっきの武蔵さんの
尊敬性の話をダンジョンでもしましたけど
結局男装するとか
女装するっていうのは
神の力を宿らせるみたいな
そういう要素を
古来から日本には
受け継がれてきたみたいな
主観だけでもね
そういうところから
欧米型の
トランスジェンダーという文脈の
あるいはエイト・ドラッグ
っていう文脈での
なる
何ていうかな
女装するのと
実存として普段の生活と
実続きでジェンダーを超えるみたいな
そういう話がやっぱり今ちょうど
どっちも恐らく
日本では文脈の中にはある
そうですね
欧米的なところでいうと
それは人権の話になってくるんだけれども
日本の文脈でいうと
人権ってよりかは
人権の部分もあるんだけど
女装かというと風俗的な
部分
文化的な話
という部分があるんで
そこが
80年代ぐらいはまだ
人権、文化、そして「萌え」の探求
うまくしっくりきてなかったのかな
という印象はあります
でもそれはその話するとは思ってなかったんですけど
まさにそこは
接続できるかというところが
問われているわけじゃないですか
法律とかは
一応外国由来です
外国由来だから絶対ダメだって
推進みたいなこと言い方じゃないんだけど
でもやっぱり基本的な
形っていうのは欧米の法律を
もとにやってるわけだから
それと日本にある文化っていうのは
どううまく接続するか
というところが結局
課題になっているわけだ
昔は別々に80年代ぐらい
別々な世界に落ちていればよかった
そういうところだと思うんですけれども
だから
一方で同性婚を求めると
もう片方で
日本はもともとそういう
性別越境に関しては
緩いのであると
寛容だったのであるという言い方とか
うまく折り合いがつかずに
混乱を浸すということが
今におりだっても起こってはいるが
少しその辺が
整理されてきたかなっていう
気はしますね
タイもそうじゃないですか
タイってあんなに
そういう人たちに優しい
寛容なところであるっていうわけには
例えば同性パートナーシップとか
そういうものってのは割と遅いというか
そんなに早くはなくとも
でもそれは
いろんな言い方を振るいしてもいて
タイはもともとそうだからいらないんだ
っていう方もいれば
タイだって欧米地理論と張り合うような
チンとした制度
僕はそんな話まですると思わなかったけど
やっぱりバンクの大都会と
また遺産とか
チェンマイあたりの
いまだにその政令進行とか
あるような
そういうところとはまた違うとは思ってる
バンクならではの
そうなきゃいけない部分
大企業とか
でもタイは同性婚が認められて
かなり
法制度化されてから
すごい数は増えている
同性婚の数がすごい急増したっていう話は
ちなみに
法律が
勝利した瞬間にそれをまた得る人も
それまではいらないんだよ
っていう人たちもいたけど
タイの話が面白いのは
日本のBLのフォーマットがあって
それがコロナの時期に
タイでBLが
すごい流行して
日本のBL好きが
タイBLにハマった
そういう現象を見られた
その延長線上に
同性婚の話もあるのかな
といろいろ面白いなって
一瞬回ってきた感じがね
さっき逃げましょうとしての
ステージをしましたけど
タイの場合は
ベトナム戦争が裏っ端にあるわけで
あれだけの歓楽愛がある
ベトナム戦争は簡単に言うとベトナム戦争
ベトナム戦争のために
僕らが泊まるような安いホテルっていうのは
兵士の休息用のホテル
ベトナムに
行ってる米兵の
だからこそああいう歓楽愛があり
何でもありの者が生きている場地
っていうのがバンココヨビパッタヤーなのに
できたっていうのもあって
それをどう思うかっていうのは
なかなかどうやって考え方が
わかりませんけど
どちらかというと精霊的な風俗
その後に
繋がる歴史の中で
戦争に作用される中での
一つの
結果としての風俗
それともう一つは人権という
文脈での効率っていうのは
いろんな
顔をしていろんな人から都合をよく取られたり
逆に都合悪く
切り離されたりするのは難しいんだよね
日本で一番象徴的だったのは
オカマは差別化事件
週刊金曜日
なんかのところ
オカマって言葉が
使われていたところを
東郷県かな
それがオカマって言葉を使うことが
差別だっていう風に
週刊金曜日が取り上げて
それに対して福島範明さんが
オカマは差別化っていう
それを差別とするのは正しいのか
っていうような反論を寄せたりとか
そんな事件があったな
80年代ですかね
20年代の金曜日ができた
週刊金曜日だからね
そうですね
だからその辺は
これはジェンダーとかステキュアリティの話は外れますけど
沖縄も沖縄の
都内の琉球諸国の伝統
あるいはアメリカ軍の
持ってきた伝統とか
いろんなものが結構混ぜ込んで
なってるものがあって
それを都合よく利用してる部分もあるし
逆にそれを持って良くなってる
多分沖縄独特のものが生まれてる部分もあって
沖縄らしさって言われたうちなんかに
これは琉球王国なんだとか
それとも実は米軍が持ち込んだもの
じゃないかとか
そういう辺はあったりしますよね
そうですね
ブルーボーイ事件
この間対談に来たけど
戦後の間もない時期
でいろんな
それまでの日本が持っていた
ものが一旦リセットされて
アメリカ経由だったり
ヨーロッパ経由だったりで
トランスジェンダー的なもので
新しい潮流として入ってきて
それがブルーボーイという形で
取り上げられていくっていう
だから沖縄は
特にアメリカの占領
機っていうのがあったので
占領機があったので
よりそういうのが顕著なのかなっていう
それは沖縄らしさなのか
実は米軍が持ち込んだものが
うまくそれが
ハマったものだろうか
それとも元々琉球王国にもそういう伝統があったのか
そうなのか
三菱さんも南東の
ユータとかの話を
対ノロとかユータの話を書いてますけれども
そこはだから
いろいろあるんですけど文脈上は
でもそれを歴史を踏まえた上で
改めてみれば
三菱さんの言い方を
すればもっとより豊かになるだろう
地の足についたものになるだろう
っていう言い方は三菱さんは
そうですね
沖縄の面白いのは
去年の正月か
沖縄に行ってて
それで沖縄で
初詣行ったんですけど
そしたらみんな
日本の神社に初詣に行って
そもそも初詣っていうもの自体が
明治になってから
作られた伝統で
しかも沖縄の神社っていうのは
日本の占領と
琉球処分が
行われてから作られたんだし
そもそも沖縄にもともとあった
そういう宴進行みたいなもの
っていうものではなくて
それが
沖縄の人たちも
日本様式の神社に初詣に
行くってことが
年始の行事として当たり前の
複雑な心境って
私の父親は戦前の
那覇にいた人で
俺に言ってみれば
本土を象徴するのが波の上の神社だった
そういう意味で
昔はそうだったんだけど
今やそれが普通に定着する
多分それは復帰運動が
関係あると
そこを掘りすぎると
過剰に日本にどうかしようとした
沖縄にはあると思いますが
あんまりそこは離れすぎるので
そこまではしませんけど
逆に逆光的に
ゲイである
おじいちゃんの人たちが
パートナーシップ条例とか
あるいは同性婚とかに反対する
文脈もあるじゃないですか
むしろ日本はもともと
そういうことに対して
寛容でありそれなりの文化があったにも関わらず
わざわざ
人権だと
わらかに叫んで
そうやって法律で決めてしまっていくのは
どういうことなのか
僕たちはそれに賛成しないみたいな人たちも
いっぱいいるじゃないですか
そういう人たちはあんまりいない気がして
むしろ多いのはオープンリレーションシップだから
同性婚はいらないとか
あとは
自分もそうです
自分は好きがありますけど
養子縁組をしているから
それで代替されているという人もいます
たまに
実現しようと同じ
自分はそうは思っている
だから自分は養子縁組しているけど
同性婚は必要だと思っている
というのはなぜかというと
婚姻すれば
前もちょっといろいろ話しましたけど
要するに配偶者の地位を得る
ということが大事なんであって
養子縁組で配偶者の地位は得られないから
だから養子制度というのも
日本の独特の養子制度じゃないですか
成人の養子というのはほぼ存在しないから
家制度の存続のために
養子制度というのが
日本はずっと長々と
成人養子が存在することを
うまく糧にとりながら
そういう呼び込み呼びの方法を
今まで実際の当事者であっても
その文化に乗っかった形で
上手にやってきたという
そういうのも多分あるかもしれない
ここで国法とつながるんですけど
養子制度
やった
日本の養子制度って本当適当なんですよね
結局ヨーロッパの事例を調べると
結構養子
日本の場合だと普通養子と特別養子があって
特別養子縁組っていうのは
子供の養子縁組に関する事項で
関連の関係を消滅させて
子供を自分の実施として
扱うような
そういう養子縁組
普通養子制度は成人同士の養子縁組は
普通に認められていて
というような制度なんですけど
ヨーロッパの場合だと
養子縁組っていうのは結構厳しかったりする
適当なのか
寛容なのかと思えば
うまく使えば
うまい考えを
してもいいわけじゃない
なんで養子縁組制度
こんなに適当なのかなって思うと
芸能の世界が伝わっているのかな
っていうような気がする
武家制度もそうかもしれない
家を誰かに
作り皿や
そうですよね
歌舞伎なんかも
実際はでも
養子縁組とかまではしてないのか
養子縁組してるんですが
もう一周回ったやんか
知恵で回してるから
そうそうそうそう
もう一周回すと
最初カラフルフェスタの話をして
今日ちょっと実は自分で話す
もう一度機会があったら話そうと思う
私の知り合いの女性
昔あの知り合いの女性同年配の
子供男の子が
高校大学と
ラブライブの
ユニットのサークルでやってまして
彼もステージに
彼はその
ラブライブ聞いたら
ほとんどの場合は男女
両方混じってステージで立ってる
ラブライブの基本が男女共同ってのか
でも女装をして
男女でやってる
それは色んな事情が
例えば彼は国立大学だから
男性の方が多数
近隣の女子大に声かけて
メンバーを集ってんだけど
最終的に集まりきらないから
男女混ぜてって
部分もあるんだけど
彼はとある県の
ものすごい自治で有名な
自分たちの生徒会活動が
とても盛んな高校出身で
自分たちでやることが
大事だ
学園祭とか大好きだ
学園祭研究者をなめるぐらい大好き
その学園祭を
盛り上げるためだったら
もちろん彼はラブライブ好きでやってんだけど
自分が好きなものは
どんな手段を使ってでも
女子大に声をかけようが
自分がステージに上がろうが
コピーをする苦労があろうが
やり抜くぜ
という人だった
それが自分たちでやれば
つながってくるなとさっき思いながら
聞いてたのは
面白かったのは
昔は男性一人ぐらい入って
お笑い枠だったじゃないですか
女性グループの真似をするときってのは
男性一人のお笑いなんだけど
いずれそれが男性が増えてきて
男性の中でのキャラクター分け
みたいなのができてきて
それがその状態になり
女性も入ったりしてるっていう
今の状況を見ると
一周回ったなって感じ
どんな意味で一周回ってるのか
自分が気でやることが大事だと
それを成り立たせるために
いろんなことを
やらなきゃいけない性別影響も含めて
それは
自分が通ってた大学は
高等学校で
大学祭が
72時間学祭とかに行って
3日間ぶつづけで
やってたんですけど
基本的に大学から
お金を取るとか
いわゆる実行委員会形式じゃなくて
なんかね
アホみたいなことやってたんですけど
ずっと全会一致じゃないと議決しない
っていうルールがあって
徹夜で議論したりとかしてて
なんでそんなことしてんだろうって
自分たちでやりながら不思議に思ってたんだけど
なんかその熱意というか
とにかく実意
学生実意の本会を遂げるみたいな
なるほどね
学生実意って言葉と
本会を遂げるっていう
その熱意がすごい
ラブライブのためにこれは留年しても
お母さんがつまりようだったんだけど
お母さんも詳しくなっちゃって
それはミューズなのアクアなのみたいな
普通に出てくるっていう
お母さんは僕と同世代なの
お客さんはやっぱり不思議なのが
お客さんはどっちが多数なのって聞いたら
結局友達族
学生って基本的に友達族がくるもんだから
変な話半々だったり
いたするとどこに多かったりするんだけど
東京の有名大学になると
外部を意識すると
ビスコンが例えば
そのまんまタレントになったりする世界だから
東京の有名な大学だと
女性をなんとかして揃えて
女性がラブライブを完璧にやるの
だけどそうではないだろう
とかなんかは
言うわけ
まさに自分たちでやるところに
重きを置いた上での
彼の女装
というところみたいですね
ブリキュアも逆に公式側は
男性を入れ始めるということにながるので
そうですね確かに
そういう意味では
公式側でも受ける側の
つまりコスプレ側でも
そうだし
どこが変わってもいいけど
性別の影響は影響としては
ありますね
それこそラブシックに限らず
ハヤテくんが
卒業を撤回して
ラブシックで活動を継続することも
ありまして
髪色変えたんです
今まで水色担当だったので
水色だったんです
ピンクにして
ちょっとより女の子が強くなって
大丈夫かなって
大丈夫かな
心配になってました
そこの辺はいろいろあるんじゃないかなと
ありそうな気がしますね
今回の脱退さえ含めてね
漁業関係を心配するわけではない
ただ男性アイドルに
メンズアイドルに関しては
とにかくかわいいを
追求する演者さんが
どんどんどんどん出てきている
本当に面白い状況になっているので
そうですね
でもさっきちょうど咲山さんと話してた
女造の
いたない部分っておかしいけど
どんどんさ
インスタグラムとか
TikTokとかで
毛穴の見えない人たち
男性も女性も含めてね
化粧ってこと自体が毛穴を埋めていく作業なんだけど
でもそれと
どんどんCG的なさ
AI的なね
毛穴のない
ものが増えてくると
今度はなんか私なんかさ
毛穴があることの方に萌えを感じたりする
そうそう
だからそこら辺がさ
行きつ戻りつしている感じが
そうそうですね
前に40までにした異獣のことでの
かざますゆんすけのネタですけど
そうそう
背中の40代男性の
哀愁とか
かざますゆんすけの皮膚を
肌をドアップにしたときの
毛穴の様子とか
漫画だとさ
やっぱりその背中の
執念感はないわけ漫画にはね
だけど
それを実際の
役者が演じたときに
背中がどうしても40代っていうね
あれは本当にあーモエポイントだな
と思ったし私が大好きな
歌の振りさ
歌振りの
声優ライブの
40、50のおっさんたちがさ
一生懸命キラキラした格好して
ステージに立つのを
その人にファンの皆さんがさ
思い入れしながら
そう見えちゃうね
もうそっくりだよね誰々に
いいとか言うんだけど全然見えないっていう
その逆光の魅力が
私なんか大好きで
逆にその3Dの方の
3Dの方のライブもあるのね
ちゃんとおたくりとか
なんとでもあるんだけど
そうじゃなくて人間が無理して
毛穴いっぱいの人間が
いて演じてて
それを埋める
応援する側の想像力が大好き
いやーだからさっき
アーカイブの話になっちゃいましたけど
僕は実装者あきおさんの
最近のリマスターとかして
彼は
非常に美しい映像を作るわけだけど
彼が若手のディレクター
まだTVSの社員だった頃に
ミソラシバリの
コンサートを
彼がディレクターで
ものすごい俯瞰から
急にミソラシバリの
大写しの
ただの本当に毛穴まで見れるぐらいの
ものに転換して
それは彼は驚かれ
毛レンみたいなミーンもあったみたいですけど
毛レンもあるし
そこの想像力ミソラシバリだって生身の
女性なんだって当たり前の部分に
いろいろ意図はあったみたいなんですが
上司からは
演出部の部長からは
ミソラシバリの毛穴が見たい奴がいるか
みたいなことを言われたと
で彼はもうやってけんだと
テレビ局でやってけんだってことで
映画の方で追求していくことに
美をまさに追求して映像作りに
なるんだけど
それは今だったら当たり前で
でしょうしそれはそれで
まさに受け取る側の想像力で
チームを埋めていけると思うんですよね
カブキンが典型的に女じゃない人が
女のニブリをすることで
女なり
女を超えて何かを
生み出すっていう作業じゃん
ここで
恋愛裁判の話に行くと
恋愛裁判の僕が大好きな
シーンの一つに
これは
前も喋ったんですけど最初のライブシーンのところで
コールもすごい
グッときたんですけど
ステージ側から客を捉える
映像があるじゃないですか
あれがすごいリアルで良かったんですよ
なんていうか
監督も公開してるので
その話で軽くすると
ライブシーンの集まった
観客はみんな
本当の出演者の人たちの本当のオタク
だからものすごい熱量で
何回やり直しって言っても
みんな喜んで
こんな喜ばれる現場は初めて
女監督も監督もみんな
何回も出るわけですよね
リハも含めて
ああいう視点でつまりあれは
アイドル部の視点でもあるわけじゃん
後の方に回収される部分があるんですけど
ファンのことを見て
よっていうシーンの
そういう部分があるんです
実際のアイドル部はそうなんだから
実際には普通は観客の方の
なんて映されるものはあんまりないわけじゃない
実際には
だからアイドルの本当のシーンの目線ですよね
アイドルって
なんかもっとね
特別なものじゃない
一種等身大なんだけど
本当にファンに寄り添う気持ちが
発生するのは当然でぐらいに
毎日彼らと向き合って
TikTokライブもやらなきゃいけない
どんどんそちら側のね
ファンの方に目を向けることの方に
ウェイトかかってるから精神削られそう
そうで
そこのところでファンを捉えるカメラで
映し出されるファンの
ヒゲ面だったりとか
若い女性もいれば
おっさんもいて
そのおっさんのリアルさっていうのが
自分もおっさんのお宝で
グッと効くっていう
ところなんだね
そこはまさに監督が
いろんな観念を持ってほしい
なかなかファン側に思い入れる部分の
アイドルっていうのは
ヘタフルとガチ恋とか
マイナスに囚われる部分も
もちろんマイナスを起こしてしまう
部分もあるんですけど
それ事実ですけど
そこはいろんな風に考えてほしい
メンバーそれぞれにも
それはちゃんと見てほしい
ちゃんとまさにそれは
見方だしいろんな見方ができる映画だと
思います
ちなみにこれ音点では外されるかもしれないので
オープニングの部分に
2.5秒ぐらいだけ映ってますので
オタクの役で
いったはずがなぜか
カメラマンの役になってしまったという
僕簡単に言うと事務所の社長が
何かしらの合図をするところ
後ろを振り向いたら
カナタエリカさんがいたので
私もシュール
あの場面
こういうとこで津田玄二朗かと思いましたけど
と思いました
その話はまた
今度でしょうか
という風に
その前に投げるつもりで
なりましたね
こんなとこでいいですかね
みなさんに知ってもらいたいという意図で
今日は来たんですよね
めっちゃ喋ったね
いい感じで
どうもありがとうございます
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