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マイケル・ジャクソンの源流となった一流のシンガーを知ってるか? | 一流の少年ボーカルを科学する/なぜウィーン少年合唱団は私たちの胸を打つのか/デモテープで売れると確信した宇多田ヒカル
2026-08-21 29:33

マイケル・ジャクソンの源流となった一流のシンガーを知ってるか? | 一流の少年ボーカルを科学する/なぜウィーン少年合唱団は私たちの胸を打つのか/デモテープで売れると確信した宇多田ヒカル

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◼︎ 今回の内容

少年の声の魅力と歴史的背景

中世ヨーロッパの「カストラート」

宮崎駿監督と米良美一さんの出会い

マイケル・ジャクソンと少年声のポップス史

天才少年歌手フランキー・ライモン

宇多田ヒカルのデモテープ

あなたの好きな少年声は?


◼︎ 番組紹介

身近にある様々なシチュエーションから「一流の声」を徹底解剖し、

あなたの声を「一生モノの財産」に変えるためのPodcast番組です。


◼︎ 番組へのお便り、木村さんへの質問はこちらから

https://forms.gle/UrvArxpn4gPuaWhZ9


◼︎ パーソナリティ

木村匡也


1965年生まれ。福岡県出身。


1991年に上京し、「進め!電波少年」を皮切りに、

バラエティ番組のナレーションを主戦場として活躍する。


現在はバラエティ番組のナレーションだけに留まらず、

声優、俳優としても幅広く活動し、

2021年10月からは『ナレータープロ養成塾』を開校し、

講師としてこれまで多数のプロのナレーターやアナウンサーに指導している。


今まで数多くの大人気バラエティ番組やラジオ番組に出演。

レギュラー番組のナレーター実績は50本以上。


ナレーションを担当した主な番組:


『芸能人格付けチェック』(ABCテレビ)/『ちびまる子ちゃん』(FNS系, 2代目)/『有吉の夏休み』(フジテレビ)/『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ) /『進め!電波少年』(日本テレビ)/『どっちの料理ショー』(読売テレビ)/『クイズ$ミリオネア』(フジテレビ) /『VVV6』(フジテレビ)/『がっちりマンデー!!』(TBSテレビ) /『さんま・玉緒のお年玉 あんたの夢をかなえたろかスペシャル』(TBSテレビ)

感想

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サマリー

このエピソードでは、少年声の持つ普遍的な魅力とその歴史的背景について掘り下げています。中世ヨーロッパの教会音楽における「聖歌隊」や、男性ホルモンの影響を抑えて少年時代の高い声を維持させた「カストラート」の存在に触れ、その清らかさが神聖なものとして扱われてきた歴史を解説します。宮崎駿監督が米良美一の歌声にカストラートの響きを感じ取ったエピソードも紹介されます。さらに、ポップス史における少年声の重要性として、マイケル・ジャクソンやフランキー・ライモン、スティービー・ワンダーといったアーティストを取り上げ、彼らの声がなぜ多くの人々を魅了し続けてきたのかを考察します。宇多田ヒカルのデビュー前のデモテープを聴いた際の衝撃や、その声が持つ少年のような透明感についても語られ、時代を超えて愛される少年声の普遍的な魅力を探求しています。

少年声の魅力と歴史的背景
一流の声を科学するラジオ
はい、みなさん、こんにちは、こんばんは、わかりませんけど、木村匡也です。
はい、アシスタントの坂木原です。よろしくお願いします。
少年の声ね、まあいろんな声があって、私たちもね、いろんな声を使うけど、少年声ってね、魅力よね。
本当に。
特にね、あの声優周り、声優界隈で言うと、少年の声って大体女の人がやるじゃない。
そうですね。
あれは羨ましいわね。
本当にもう、もう、ねえ、何年やってんの、あのベテランの人はね。
ねえ、あの言いたくなるくらい少年声って、あの女性の方はね、本当にいつまでも70になっても80になっても出せることは本当に羨ましいですけど。
少年の声がね、どうして魅力的なのかっていう、ちょっと話をすると、これ声優の話とは全く違うんだけど、
ちょっと私、仕事の声のレベルの声に落としましょうか。
はい。
ね、あの、動画を見てるからすいませんって。
少年の声ってね、必ず一定みんなが大好きな人が何パーセントかいるんですよ。
います。
これはね、あのどうしてそうなってるのかっていうと、少年の声ってやっぱりね、清らかでしょ。
うん。
これはね、特に宗教周りからこれが起きて、いわゆる聖火体というものがヨーロッパにおいて起きるわけなんですよ。
もうこれは、早いところだと12世紀とか13世紀にあんのかな。
もう本当に16世紀、中世になったらもう17世紀なんかも完全にその少年の聖火体というものが教会の中にできて、
あの清らかな声というものが、いわゆる神に捧げる声というふうに扱われるわけなんですよ。
うん。
本当が、皆さんもね、ファンの方いらっしゃると思いますけど、ウィーン少年合唱団とか、
リベラっていう有名なね、これNHKの大河ドラマだったかな、ああいうとこにも使われる、
本当に清らかな声のね、少年声というのはね、美しいんですよ。
美しいですね、あの声は。
そうなんですよ。
で、これまあそんなことはないじゃないって思われる方に、ちょっと判件フリーの少年声のね、
ちょっと手元でコンピューターでかけますけど、少年のコーラスってこうなんですよ。
こんな声ね。
これ大人だと、
こういう感じね。
イメージつきますね。
青年とか上の少年の声でしょ。
少年の声だと、何でしょうねこの穢れなさというか。
私が感性で言ってるかもしれないけど、あの共感してくれる方もいると思うんですよ。
本当にね、あの少年たちのあの時期にしか出ない声っていうのを、いかに人類が大事にしてきたかっていうことなんですね。
私たちも昔は出てたはずなんですけどね。
13歳ぐらいからね、男の子のいわゆる青年期を迎えるにあたって、
特に男の子は変性期って言って声が変わりますよね。
そうですね。
喉ぼとけが出てきて。
カストラートと宮崎駿監督のエピソード
私は幸いなことに喉ぼとけがあんま出なかったんですね。
だからどっち側のジェンダーにもいける声にはなれたんだけど、
普通の人ね、今あの2丁目のうちの組合会話とかでね、
声がね、低いままで変わらなくて苦労してる子いっぱいいるわよ。
これ今手術でね、高くする声もあるんだけどさ。
かばちゃんとかやってますけど、大変ね本当に。
喉ぼとけ取るんですよ。
大変ですよ。
そういう、何故かやっぱり少年の時の高い声、
っていう声がやっぱり人類的にあれは本当にすごい好きで。
私たちが10代の13、14ぐらいの時は、
早く大人になりたいと思ってさ、
早く低い声が出るようになりたいとかさ、
低い声練習したりとかさ。
してましたね。
特に男の子とかはさ、
すね毛があんまりないと何だお前気持ち悪いなとか言われて、
髪剃りでさ、T字髪剃りとかでシュッシュッて剃ってみたら、
少しちょっと怖い毛、強めの毛が生えてきてさ、
それで何かお前は何か男っぽくなったなとか言う、
そういう中学生男子の、
あったじゃん。
はい。
ちなみに私はそれで今ふくらはぎがめちゃめちゃ濃くなっちゃって、
不当に比べてめちゃめちゃふくらはぎが濃い。
そうなんだ。
あれなんであんなことやったんだろうね。
やったんだろうね。
だからやっぱり男の子は男の子として、
早く大人になりたいからそういうことをやるんだけど、
でも純粋にね、
やっぱり少年の綺麗な声ってみんなすごい好きなのね。
好きですね。
で、それはね、やっぱりその清らかな声の中に、
何かがみんな安らぎを求めるんでしょうね。
ということで、
多くはキリスト教の教会なんだけども、
聖歌隊が設けられてて、
今日まで続く長い長い歴史があって、
清らかな歌声が踏襲されてるわけなんだけど、
もう中にすごいのは、
カストラートっていう人がいて、
カストラート。
そうなんです。
実はこれは中世のヨーロッパの教会で、
男性化してくるっていうことは、いわゆる成人化してくる。
男の子だと、のどぼうと毛が出てくるとか、
いわゆるおしっこするところに毛が生えてきたりとか、
体ががっしりしてくるとか、
男性ホルモンが働いてくるでしょ。
これをさせないために、
いわゆる男性のホルモンを作る、
たまたまを取っちゃって、
声が低くならないようにした人たちがいたんですよ。
その方々をカストラートと呼ぶんですね。
これ映画にもなってて、
高い声が出る方ね。
そして声を神様に捧げる代わりに、
自分の結婚とか、
結婚あったにしろ子供を作るっていうことができなくなるんだけれども、
いい、私はこの高い声を神様に捧げるんだっていうことで、
中世の教会ではね、
そういうカストラートっていう人たちがいらっしゃって、
でもそういうことで今人権上やっちゃいけないじゃん。
だから残ってるレコーディングでも、
19世紀の録音ぐらいしか残ってないのよ。
チク音機で残ってるみたいなその話ですよ。
聞いてもらったらわかるけど、
大人のおじさんでこれぐらいの声っていう感じ?
ということがあって、
皆さんに思い出してもらうために近しい例を言うと、
もののけ姫っていう映画ができたときに、
あの私ね、ドキュメンタリーを作ってたのよ。
ずーっと宮崎監督を張り付いてる監督がいて、
ずーっと回しっぽ話しながら。
そしたら宮崎監督が、
ラジオを聴いてたのね。
そのときにね、
監督これ知ってる?って、
この録画してる監督に向かってね。
これね、いわゆるボーイソプラノのね、
カストラートの声なんだよねって、
ラジオで聴いてるシーンをね、
我々は歴史的に録画したんですよ。
それがメラヨシカズさんだったの。
あー!
張りつめたーって。
あれ?あの曲はまだないよ。
あのときはまだなかったの。
だから、そのメラヨシカズさんを発見したシーンをね、
私たちね、撮影することに成功したわけですよ。
これはすごいですね。
というか、やっぱりその芸術とかに理解がある方とか、
宮崎駿さんみたいな方とか、
そういう一般的ななんか、
芸術を愛する方の中には、
あのボーイソプラノの中に、
何らかのね、穢れなき神聖さ、
セイクリッドなものをね、
感じているのが我々の長い歴史なのね。
なんて言うんでしょう。
文化的にそうだったっていうのもあると思いますし、
あとは本当に、私たちの体というか、
本能としてそういったのを穢れなきものとして捉えているのかもしれない。
そうなの?なるほど。
これ変な話だけど、少年が、少男が歌っている曲を、
大人がやっぱりコピーするとね、
綺麗ですよ。
ハーモニーとか綺麗なんだけど、
やっぱりね、少年のそのなんかこう、
穢れなき神聖な世界のね、
あれは出ないのよ。
なんか透き通った感じとか。
あれは難しい。
だから大切な大切なものなのね。
なるほど。
例えばね、それはじゃあさ、
ポップス史における少年声の系譜
中世で終わった話でしょっていう考え方はみんな持たれると思うんだけど、
そうではないんですよ。
やっぱりね、我々の、今我々の音楽の中にも、
この男子のね、透き通ったボーカルがとてもやっぱりね、
愛おしいって思っている多くのファンがいて、
それがなぜそうなってるのかっていうのは、
まずね、みんなに分かりやすい例で言うと、
マイケル・ジャクソンです。
マイケルだ。
マイケルはね、私たち子供の頃からマイケルを知ってるから、
最初はもっとね、ソウルフルな歌で出てきたんですよ。
ジャクソン・ファイブとかも。
あの時はまず、子供なんだけども、
パンチの効いたソウルの声が歌える子供として扱われてたわけ。
だから、子供なのにね、
Hey, you wanna dance?って言ってるのが、
だんだん少年期を過ぎて、
青年期のマイケル・ジャクソンになってくると、
Hello, my name is Michael Jackson.
あっちの方に来たわけですよ。
来ましたね。
で、どうしてかなって最初ね、
ディスコの時代ね、1970年代の後半とかで、
こういう声で歌うようになってきて、
あれ、ずっとファルセットで行くつもりかしらと思ったら、
あれがマイケルのデボになっちゃった。
なっちゃったんです。
てかなってますもんね。
だからね、あの声がやっぱりみんな好きなんですよ。
で、例えばマイケルのライバルと言えばプリンスですけど、
プリンスもだって性別がわからん声というか、
少年声をずっとキープするわけなんじゃないですか。
あそこにね、気づいたんですよ、マイケル・ジャクソンという人は。
ああいう声を求めて。
そうなんですよ。
例えばロックンロールと言えば、
例えば、ミック・ジャガーの声なんて言ったら、
とにかくリズム&ブルースとか、
黒人のブルースシンガーに寄せた声っていうのを出すっていうね。
ところが、マイケルは全く逆の透明な清らかな声を出していくってことを
気づいていくわけなんですよ。
なるほど。
あれはやっぱり必ず人類にスーパーセントというかファンがいて、
この社会とかヒットのタイミングによってこれが大化けするっていうのはね、
マイケル・ジャクソンは分かってたんだと思う。
分かってたかさ。
持ち込んでたってこと。
マイケル・ジャクソンの前に、
ああいう歌い方をしたソウルフルな人っていうのはスティービーワンダーがいたんですね。
スティービーワンダーはその前にリトル・スティービーワンダーっていう名前でデビューして、
少年の頃からああいう風に歌えてたのよ。
そのリトル・スティービーワンダー、
マイケル・ジャクソン、まだジャクソン5だった頃のマイケル・ジャクソンが
めちゃくちゃ憧れた人っていうのを、
これね、みんな今近くで検索できるYouTubeとかが何かがあったら
聴いてもらいたいんですが、フランキー・ライモン。
フランキー・ライモン。
フランキー・ライモンという人がいます。
この人の曲がね、1954年に大ブレイクするんですよ。
でね、少年なんですけど、聴いてもらったら分かるんですけど、
どっちか分からない声なんですよ。
いわゆる日本だけじゃなくて世界中のポップスファンの中には、
その少年の清らかな声、
まだ変世紀を迎える前の声が好きなファン層っていうのがやっぱね、
いるんですよ。確実にいるんですよ。
で、それが時には社会人になっている。
何かのタイミングで、何かのテーマソングにそれが使われたりする時に
大ブレイクを起こすんですよ。
はー、なるほど。
これはね、フランキー・ライモンという人が超いい例で、
私ね、これいつだったかな、もうね、
30年くらい前だったと思うけど、
山下達郎さんのラジオね、今でも土曜日の東京FMでやってますけど、
あれでね、このフランキー・ライモンの、
名日だったか何かだったと思うんですけど、
フランキー・ライモンの曲をかけながら、
もう本当に天才的なシンガーで、素晴らしい。
もうマイケルと言わず、スティービーワンダーと言わず、
いろんな人のボーカルに影響を与えてるんですねって言って、
もちろん僕もですっていうことで、
山下達郎さんがおっしゃってたんですけど、
もうね、私たちもちろん、
山下さんから紹介される前からフランキー・ライモンは知ってましたけど、
知ってましたけど、改めて聴いてみて、
なるほどなーと思って。
で、まあね、1953年ぐらいですから、
1930年になる、昭和30年になるちょっと前ぐらいですよ。
その頃にスーパースターになった人はどうなったかというと、
もう例外なくドラッグにはまっちゃって。
そうなっちゃうんですね。
もう25歳という若さでね、
麻薬中毒で亡くなってしまった。
惜しいですね。
惜しいですよ。
まあでもね、その儚さもまたね、
少年越えの美しさといいますか、
で、例えばちょっとだけ日本の世界歌謡界に、
ちょっと覗いてみますとね、
当時フィンガーファイブというグループがいたんですよ。
いました。
これはもちろんジャクソン・ファイブのオマージュをもって
日本の芸能界が作り上げたと言っても構わないんですけど、
このアキラさんというね、
ボーカリストのハイトーン・ボイスはね、
もう本当に今でもね、
もう誰もあの人の世界に追いつくことができないというか、
今でも個人授業とか、恋のダイヤル6700とか、
もういろんなフィンガーファイブの名曲っていうのは、
アキラさんのボーカルなしにはもうね、再現できないんですよ。
そうですね。
声は真似できないですね。
できないし、いつ聞いてもみんなが何か胸が高鳴るものがね、
あるんですね。
まあ、その流れの中でね、
フランキー・ライモンという方、ぜひみんなね、
これネットで聞いてもらいたいんですけれど、
その中にマイケル・ジャクソンが出てきたりとかするんですけど、
私ね、
宇多田ヒカルの衝撃と少年声の普遍性
この人絶対売れるって最初にね、まだ全然売れてない時にね、
デモテープを聞いた人にね、
この方がいるんですけど、
曲はかけられないから、
ちょっとね、歌ってみますよ。
It's automatic 側にいるだけで
この声ね。
歌手カルさん。
彼女が出てきた時ね、
私たちはね、
すごいこれは。
だってね、どっちかわからない。
少年なのか少女なのかわからない。
ですよね。
今は、今となってみんな聴いてたよね。
それはなんてことを言うんですか。
その世界の歌姫ね。
歌で光る。
いや私ね、最初に一番最初にサンプル、
ボイスサンプルというか、
あれをもらった時に、
ああこの人売れるわと。
こんなに売れるとは思わなかった。
こんなに売れるとは思わなかったけど、
確かね、渋谷の有線の、
有線放送のスタジオでね、もらったと思うけど、
この人どうと思う?
これは売れるわと。
なぜかというと、
まずブラックコンテンポラリーの曲を歌ってるんですよ。
あれは私、誰が作ったとか細かいことは知りませんけど、
ブラコンと言われている、
いわゆる歌者のロマンチックな、
美メロと言われているブラックコンテンポラリーの曲。
ちょうどね、私たち80年代に青春を送った奴らは、
ああいう曲をたくさんね、
美メロな曲をカセットテープに入れて、
カーステレオで流しながら、
湾岸とかをドライブしてね、
彼女が、
やだー、ねー、やだー、
あきらさんすごい素敵な曲ー、
とか言って、トローンってなって、
どっかラブホテルとかね、やだー、
そういう話が、
そこの、いわゆる、
彼女をメロメロにしちゃう曲みたいな、
そのキラー曲の中にさ、
カーティス・メイフィールドなんていう方がいて、
もう亡くなっちゃったんだけど、
このカーティス・メイフィールドの
トリッピングアウトなんて、
もう名曲中の名曲なんだけど、
もうね、絶対にプロデューサーたちが、
これを宇多田さんの声を聞いたときに、
やったろーと思ったのに間違いないと思う。
掛け合わせて。
もう、しかもこれがさ、
どんぴしゃにはまったんだよね。
ねー。
ですよねー。
うん。私それ、最初初め聞いたときね、
これはえらいもんが出てきたなーと思って。
へー。
久保田利伸さんが出てきたときもびっくりしたけど、
あーこれはえらい人が出てきた。
久保田利伸が出てきたときの
すごいデモテープっていうのがYouTubeにあるから、
一回弾いて聞いてみてください。
業界人だけ、もう私たちラジオにいたときに、
私たちのラジオの前、もっと前か、
80年代の後半ぐらいに、
それこそね、もうラジオディレクターからプロデューサーから、
遊民にまで届いた、すごいデモテープっていうのがあるわけ。
これ今ね、YouTubeに上がってるから。
でもそれを聞いたときにね、
なんちゅうシンガーが出てきたんだって、
みんなビビったんだけど、
そう。
だけど、それよりビビった。
えー。
宇多田ヒカルが出てきたとき、
これはえらいもんが出てきたなーと思って。
これはね、数十万の人は行くだろうと思ったけど、
だから数十万とかスーパーミリオンになっちゃったって。
数十万がいるかもね。
でもね、本当に嬉しかったのは、
日本のね、そういうリズム&ブルースとか、
ソウルが好きだった、いわゆる歌謡曲でない人たちが、
世界にやっぱり届けられるぐらいのクオリティのものを作ったんだなって。
で、そこにジェンダーがわからない、
いやむしろね、少年の声だと思ったのよ。
だって私フランキー・ライモンみたいだと思ったんだもん。
つまり、歌謡さんの声を一番最初聞いたとき、
歌謡さんはもちろん女性なんですけど、
最初声だけ聞いたら、わからなかった。
少年だと思った。
今となってはイメージがついてるからそういうふうに思うかもしれないけれど、
声だけ姿見ないで聞くってなったら、
確かにどっちの声かもしれない。
例えばだけど、その系風っていうのは、
本家本元のアメリカのリズム&ブルースでもずっと続いてて、
マイケルの後、プリンスの後にいなかったのかってちゃんといるんですよ。
マイケル・ジャクソンを世の中に出したプロデューサーってわかる?
私は知らない。
クインシー・ジョーンズって言ってるんだけど、
クインシー・ジョーンズがいわゆるわがままなお父さんからマイケル引っかかして、
いわゆるああいうマイケルに作り上げていく人なんだけれども、
ウィアー・ザ・ワールドもクインシー・ジョーンズが色帽を振ってるわけね。
クインシー・ジョーンズが第二のマイケルだって言って見つけた人に、
テヴィン・キャンベルっていう人がいたのね。
マイケルに会ったのも僕は確か12歳だったと思う。
テヴィンも今12歳だって言って、
それが東京で大お披露目がヒルトンホテル新宿であったのね。
私そのパーティーに参加してて、
たまたまエレベーターの中でクインシー・ジョーンズと一緒になって、
ちょっと声かけられちゃってさ、
やばーいと思って、やばい今夜世界デビューと思って。
着てたジャケットにかっこいいジャケット着てるねって、
クインシーから声かけられたんだよ。
まあちょっとそんな話はどうでもいいんだけど。
いわゆるテヴィン・キャンベルという人は、
マイケルほどビッグスターにはなってないけれども、
やっぱりクインシー・ジョーンズの中には、
テヴィン・キャンベルみたいな人をまた作ろうとしてた流れがあったし、
例えばヒップホップっていうのは、
80年代の後半ぐらいからアメリカのヒットチャートにいくつか入ってくるようになってきたけど、
そこでクリス・クロスっていう少年のヒップホップグループが出てくるわけですよ。
まだ子供の声でヒップホップ、
ラップを歌うっていうグループが出てきて、
明らかに保守保温流のアメリカのリズム&ブルースチャートの中でも、
少年声っていうのは必ず必要にされてるわけですよ。
その同じ時期というかちょっと時代は後にして、
歌田さんが出てきたときね、
これはえらい日本からの回答が出てきたなと。
素晴らしい声だと。
あなたが同性愛であるとか同性愛でないとか、
少年声の多様な表現とリスナーへの問いかけ
そのと関係なくて、
人間どうも公衆派体が好きなのよ。
男性がこれぐらいだと120Hzぐらい。
女性のこれぐらいだと200何Hzとかいうところを、
もっと上の、
って抜ける声。
私だとまだ汚れが入っちゃうんだけど。
もしコメント欄とかに、
私が好きだった少年の声の歌ってこれですとかさ、
あるかな。
時代が違うから、
皆さんとはなかなか同じ、
共通体験がないのかもしれないけど、
昔例えば、
カナダとかで国際音楽コンクールみたいなのがあったら、
そこからルネ・シマールっていう人が出てきたのね。
この人はね、
ルネ・シマールっていうのは、
またみんなもね、
知識としてネットで聞いてもらうといいんだけど、
カタカナで出てくるわよ。
なぜかというと日本でデビューしてたから。
ルネ・シマールさん。
カナダの人でね、
ユニセフのキャンペーンソングを歌ったことで、
これフランス語で歌ったんだけど、
カナダってほら、ケベックのあたりはフランス語でしょ。
これをきっかけとして、
日本でも緑色の屋根っていうね、
嫌だわ、私こんなに少年の声が出ないの嫌だわ。
これ結構ヒットしたんですよ。
金髪の可愛らしい少年でね、
美しいハイトーンボイスで歌うのはね、
当時でもとても人気があったんですよ。
なるほど。
皆さんの心の中にもなんかそういう少年声、
声優の少年声でもいいんだけれども、
声変わりする前の素敵だった時の声、
ああいうのがね、もし思い出せてたらどうかしらね。
声優の方であのね、
星ヒューマの声やってたらしちゃったから。
古谷徹さんね。
古谷さんって最初多分、
父ちゃん、俺はね、大リーグボールをって言ってた頃って
10代じゃない?確か。
だから、
多分ねデビュー、
青年月日公表されてないというウィキペディア出てくるけど、
知ってるわよみんなね。
多分ね、巨人の星の一頭最初の頃なんて、
あの人10代だと思うわよ。
昔ね、でもそういうのっていろいろあったの。
皆さんたちはね、あんまり分からないかもしれないけど、
寄鶴屋金之介さんって、
チャンバラ映画の大スターがいたのね。
今、あんまりチャンバラ映画って、
たまにドラマ、たまに映画で年間に数本あるぐらいでしょ?
毎日どっかでチャンバラのドラマがテレビで放送されてるわけ。
毎日どっかでやってるわけですよ。
今、生き残りが高橋秀樹さんですよ。
あの人、毎週毎週桃太郎侍で出てるわけですよ。
その源流というか、チャンバラの大ヒットを作った方は、
寄鶴屋金之介さんという方で。
中村金之介さんってもともと言ったんだけど、
吉川英二先生の宮本武蔵をドラマ化してっていうのがあったんですが、
それを後に映画で毎年毎年宮本武蔵を作っていく、
この主人公が中村金之介、寄鶴屋金之介なんですよ。
成長に合わせて作ってから、少年時代からみんな見てて。
もともとはラジオドラマの声優としてデビューされてて。
本当に今、その録音なんか聞くと可愛らしい声してるんですけど、
後の大スターになっていく。
今、なんで毎週毎週チャンバラがないかというと、
金之介さんがいないからですよ。
大きいんですね。
大きかったですよ、もうね。
早く死んじゃったからね、これが。
松片寛さんとかがね、もうちょっと長生きしてたら、
ちょっと違うね。
金二位、金二位というのは我々がその称を込めて、
中村金之介のことを金二位って言われるんですよ。
金二位みたいな人が出てくると。
そういう日本のチャンバラを作った寄鶴屋金之介、
寄鶴屋中村金之介というのを徹底的に取材していた、
ある某有名ディレクターが宮崎駿さんをずっと追っかけてて、
私はその監督に好かれててね、
もののけ姫はこうして作られたという、
ドキュメンタリーのナレーションをやったんですよ。
その時に宮崎さんがタバコ吸いながら、
これいいんだよねってラジオで言ってた時の声が、
寺吉一さんだった。
少年声は絶対に伝えません。
というお話でございました。
みんなの好きな少年声も教えてね。
ということでコメント待ちしております。ありがとうございました。
29:33

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