今回のテーマですが、一流の経営者はどんな声をしているというテーマでございまして。
なんか前回もそういう話をちょっと聞かれていないのにちょいちょい言ってしまったような、なんか一流の経営者の声、まあ面白いですね。
これに扱った緊急がございまして、まずそれをご紹介させてもらえたらと思います。
いわゆるアメリカの大企業のうちのCEOの人たちがどういう声をしているのかといったことを分析した研究があります。
一応前提としては、今まで進化論的に男性の低い声は身体的社会的な支配性の高さを示し、有能さ、説得力、信頼性などのいわゆるリーダーシップが高いという印象を与えることが過去の研究で示されています。
現実、企業のCEOというのはどういう声なのかというのを研究していたという研究内容でして、先ほど言っていたアメリカの大企業の中の1500企業のうちの男性使用790人の声を分析したという研究がございます。
その中から、その企業の規模とCEOの報酬とCEOの期間というものがどういう風になっているのかというのをまず見たという研究になっています。
結果としてなのですが、声が低いCEOほど大規模な企業を経営していることが分かったことになっています。
具体的に言うと、CEOの声が大体22.1Hz低いと、管理する企業の資産が4億4千万ドル大きくなるという、そういった結果があり、声が低いCEOほど大規模な企業を経営していると分かったことになっています。
2つ目の報酬なんですが、声が低いCEOほど多くの報酬は得てはいたんですけれど、これはどっちかというと、声が低いCEOが大規模な企業を経営しているから多くの報酬をもらっているということなので、直接それに関係はなかったという結果があります。
最後、在任期間で言うと、声が低いCEOほど在任期間が有意に長くなって、22.1Hz低いと151日長くなるという結果が分かった。
今、22.何Hz?
22.1Hz。
それはたぶん鍵盤1個ぐらいの周波数なんだよね。
鍵盤1個ぐらい。
ピアノ88鍵あるじゃない。真ん中のラが440だろうね。その次のシっていうのは410何とかじゃないかな。
一度下がると。音楽で言うと一度下がると。
どれは間に国権が入ってるじゃない。だから2個。
土と石みたいに間に何もないやつがたぶん20数Hzじゃないかな。
そこの1個土が落ちるだけでこんなになるんだ。
これは確かにイーロン・マスクさんが、彼が現在の声と元若彼氏時の声がやっぱり数10Hz低くなってるっていう。
誰かがそういうのをレポートしてたような気がするな。
当然それは彼はアメリカに移住してきてから低くなってるはずなんで。
ご存知のように元々は南アフリカ人ですから彼は。
南側の時は前もちょっと言ってましたけどアメリカ合衆国のように低い声とかディープボイスで喋るのにあんまり価値がないと思うんですよ。
アメリカがやっぱり一番きついんで。
それはちょっとイーロン・マスクの声も低くなったんじゃないのかな。
という話があるそうでして。
今のフェイスブックの彼は何て言うんだっけ。
ザカーバーグ。
ザカーバーグさんも若かった末もあるけど、だんだんやっぱり声が今低くなってるんだね。
彼はあまりにも若くして世に出たからね。
声代わりがまだ完了してなかったとか言われるかもしれないけど。
だんだん下がってきてですね。
経営者の声っていうのは非常にこれまた。
これはちょっとおさらいになるかもしれませんけど、
前回のように日本はやっぱり日本の独特の経営者の声っていうのがあって。
典型的な例として京セラの稲森会長の声のボソボソさみたいなのを言ってたんですけど。
例えば仮にそういう方が日本では説得力があるって言いましたが、
世界のホンダのホンダ総一郎っていう人がどうだったかっていうとね。
この人のしゃべりは非常に語尾が跳ね上がっていいパリンパリンした日本語でね。
そうですね。
僕はね、言いたいんだけどね。
今の人たちはね、政府とかに我慢しすぎだと思うよ。
もっと言いたいこと言っていいと思うよとか。
こういうしゃべり方をする。
ちょっと似てないかもしれないけど。
後で本当かと思ってYouTubeで調べてみて。
いくつかホンダ総一郎の講演って残ってるんで。
すごい歯切れのいいね、ベランメ区長でしゃべってたんですよ。
あの方なんか珍しいですね。
ちょっと私安心したのは、松下幸之介さんという世界のパナソニックを作った松下さんという方は、
いろんなインタビューが残ってると非常にこのボソボソとですね、
稲森和夫さんみたいにボソボソとしゃべる人なんですね。
ああいう、もともと体が弱かった幸之介さんっていうのは、
病気がちの孔ちゃんって言われてたとかいうのがあるんですけど、
松下幸之介の電気と言いますか、昔の話を読んでると、
従業員を怒鳴りすぎて、従業員がそこで本当に気を失いそうになって倒れたとか。
怒りながら火鉢の火を触りながら、鉄の棒を火をこうね、
薪をこうグルグルガチャガチャやる火の棒があるじゃん。
あれを叩きすぎて棒が曲がってしまったんで、
説教が終わった後、お前のせいで曲がったじゃないか、まっすぐ伸ばせっていう。
非常にエモーショナルな逸話がいっぱい出てくるんですよ。
その空気が全く松下幸之介に私は見えなかったんで、
どうしてかなと思ってたら、高市さんが、
あの人が総理大臣になる前後ぐらい、最初の自民党の総裁選出てきたときに、
彼女は松下政経塾の出身者じゃない。
そのときにね、幸之介さんに会ったときに、めっちゃ怖かったって話をばらしたんですよ。
やっぱりと。
じゃなきゃね、できんよと。
じゃなきゃこんな大企業を、小学校しか出てない人をこんなね、
世界の大企業にするまではやっぱりリーダーというか、
ちょっと大声でやっぱり怒鳴るところって必要だと思うんですよね。
そうなんですね。
だから私はね、稲森さんのあのボソボソしゃべりの奥に、
実は激しい感情の稲森さんがどっかにいるんじゃないかなと、
誰かがそれをばらしてくれる日を楽しみにしてるんですけどね。
かんぐってしまう。
でもね、政経塾っていうのはさ、私も誘われたんですけど、
まあ行きませんでしたけどね。
まあ行けないとは思いますが。
毎月だって、当時で十四、五万だったっけ。
給料をもらいながら勉強してっていうところでしょ。
だからやっぱこう入塾するのにさ、
すごいね、選ぶ試験のハードルっていうのは高いわけですよ。
で、その最後の最後には松下幸之助さんの個人面談があってさ、
その時のもう松下幸之助がえらい怖かったって。
あのテレビで見るニューアナ松下幸之助ではなかったと。
高市さないがばらしたんで、そうだろって。
じゃなきゃできねえよって。
というのはすごく、
ここ2,3年で一番納得いった話ですかね。
特にリーダー論の話をすると、
どんなにやっぱニューアナ人であっても、
あるいはさっきから何度も例に出してる、
教セラの稲森さんなんかでも、
稲森さんなんて最終的には出家までしちゃったからね。
お坊さんにまでなっちゃったぐらいですから。
お坊さんがニューアかというと、
ここはまたいろんな論があってね。
比叡山とかね。
言ってごらなさい。
えらい強烈などなり声がお坊さんから聞こえてる。
本当にね、仏門っていうのはね、
地獄と神一番だなとか、
まあまあちょっと冗談ですけど。
テッド・ターナーという方がついこの間亡くなったんですよ。
この方がいわゆるアメリカのメディア王と言われてた方で、
もともと宣伝をやってる会社をお父さんが営業してたのかな。
で、テッド・ターナーがそれを継ぐんですけど、
この継ぐのがお父さんが自死なされて、
それを仕方なく継ぐわけですね。
その広告宣伝会社をやってたこのテッド・ターナーの会社がですね、
本当にアトランタにあるね、
もう本当に沈没しそうなポンコツの放送局を買い上げるんですよ。
この放送局が後にCNNになっていくんですよ。
へー。
要は24時間放送をやってる。メインはニュースだ。
ニュース以外は野球をやるということで、
アトランタのブレイブスを買い上げて野球の放送もやっていく。
テッド・ターナーブロードキャスティングシステムっていうからTBSって言うんだけどさ、
これはうちのTBSとずいぶんうちと私の会社じゃないけど、
日本の東京ブロードキャスティングシステムとだいぶ違うんだけど。
この方がやっぱり大きく世界のメディアを変えた。
テッド・ターナー。
あとルパート・マードックっていうまた一人オーストラリアの、
これもまた煮ても焼いても食えないとんでもないオッサンがいるんだけど。
このテッド・ターナーさんが変えたのは自分の放送局を買って、
ニュース専門局みたいなのとか、
専門性の高いチャンネルを始めたってことが重要なんだけど、
彼はね、趣味がセーリングだったんですよ。
セーリング。
ヨットでいわゆる、何人かのスキッパーっていう人たちを、
スキッパーって歯がずれてる人じゃないですよ。
スキッパーって。
クルーを十数人とか、
これはあれだけど、
クルーをちゃんとリーダーとしてまとめ上げないと、
本当に死んじゃうんですよ。
ヨットのレースというかね、スポーツのセーリングっていうのは、
みんながやっぱ気を逸にして、心を合わせて同じ方向に向かう。
そこでやっぱりリーダーの重要な仕事というのは、
やられそうになっている人の心を鼓舞しなきゃいけない。
力はみんなあるんだけど、やっぱり精神がね、
ここで垂るんだな!ここで垂るんだな!
本当に太平洋のど真ん中で死ぬぞ!って、
今やめるな!っていうのを、声がやっぱり鼓舞しないと、
海ってやっぱり渡れないのよ。
だって太平洋とか渡っちゃうんだよ、あの人たち。
太平洋渡ってて、途中で沈没したらどうしようもないですよね。
何人も失敗して死んでるじゃん。
だから、何人かのクルーをまとめ上げるっていうところに、
セーリングで培ったリーダーシップっていうのが、
絶対にあったろうなと思うんですよ。
じゃないと、テッド・ターナー氏がやってたことって、
今までに前例がないんですよ。
今までの常識の、
例えば我々、今似てますけど、オールドメディアはさ、
新しいポッドキャストとかやってるやつのこと、
何だあんな、全然面白くねえよな、
テレビはこんなことやってないよな、
言ってるやつはだいたいダメなんだよね。
でもそれを最初に、一頭最初にやったのがテッド・ターナー。
よくそんなこと、よくやりましたねって思うけど、
おそらくその勇気というか、
誰もやってないことに突っ込んでいく無鉄砲さっていうのは、
セーリングから培ったんじゃないかな、
という気がしてしょうがない。
今、なくなったばっかりなんで、
テッド・ターナーの追悼番組がネットにもいっぱい上がってて、
そのようなことを、私から習ったわけではないですけど、
言ってますからね、みなさん。
一流の経営者はだから、
ある種、傲慢なところが声の中に必要なんじゃないかな。
なるほどですね、傲慢なところ。
わがまま、やっぱワンマン経営者っていうところ。
もちろん今ね、コンプライアンスがいろいろ厳しいから、
あんまりむちゃくちゃ言ってるとパワハラだなんだって言われるけど、
パワハラ並みはね、やっぱね、パワハラとは言わんけど、
強いリーダーシップがないと生きていけない世界なんですよね。
それはすごく如実に感性がありまして、
私がいくつか経営者のポッドキャストを携わる機会がありまして、
私が作った中で言うと、
スマートHRっていう、
今、日本の中で一番大きいユニコーン企業があるんですよ。
ユニコーン企業。
ユニコーン企業と言って、
上場はしてないんだけれども、
企業価値として高く評価されている企業があって、
その中で日本で一番大きかった企業が、
スマートHRっていう企業なんですけど、
そのケースにスマートHRっていう企業があって、
その企業を創業された方のポッドキャストを私で作ってたことがあって、
そうですか。
その方はもう声やっぱ低くて、
もちろん聞きやすかったし、話しやすさも良かったんですけど、
ちゃんと落とすとこ落とすじゃないんですけれども、
締めるとこ締めるっていうところのスタンスが、
出てくるような声だったっていうのは、
当時の経験として思ってて。
リーダーの資質としてはね。
あるんでしょうね、っていうのは感じました。
もともとリーダーシップがある人もそうなんだけど、
声自体にリーダーの資質っていうのは宿ってると思うんですね。
なるほど。
おそらく多くの人が田中格彦のモノマネ聞いたことあると思うけど、
まあこのあけびだけ、悪いようにはせんから任せとけとか言うね。
こういう悪の強さというか、
そこがやっぱり引っ張っていってた日本の高度経済成長期っていうのは、
ありますよね。
ありますね。
だから安倍さんね、一時期すごい心配してた時期があって、
だんだんやっぱり力強い言葉になっていきましたね。
残念ですけどね、途中でお亡くなりになりましたけど、
安倍晋三さんという方もなかなか力強いスピーチをやるようになっていたなという気がしましたね。
すみませんね、話がずれましたけどね。
ちょっとその指導する意味においては、
ちょっと悪の強さというか声の強さというか、
だからサイバーエージェントの社長なんかも結構やるんじゃないの?
藤田さんも確かに。
お会いしたことはないけど。
でもそんな人もありますね、声の強さみたいなのは。
今あれでしょ、確かのジャンキーのマージャンの先生に弟子入りして。
経営者ってやっぱり一発で決めないといけないから、
我々と一緒に、坂井くんさん巻き込んで悪いけど、悩むじゃん。
悩みますね。
沖縄に行こうかったらどの飛行機が安いかなとか、
こっちのほうが安いなとか、
なんかセールがあるまで待とうかなとか、うだうだするじゃん。
経営者は秒で決めちゃうからね。
秒でバーンと決めていかないと、
もう判断にギャーギャー時間かけたら、
経営の決断ができないから。
そうするとマージャンとかはさ、
引いた灰をどう捨てるかっていうのを秒で決断せまられるわけじゃん。
そうですね。
もちろんこれ置いとけばいい役に来るかもしれないけど、
結局それって運じゃん。
運ですね。
だからこの灰を捨てるのか、置いとくのか、
もうこれをなくのかとかいうのは、
全部秒判断でやっていかないといけない。
そうですね。
特にジャンキーさんって、桜井翔一さん。
桜井翔一さんのやってるマージャンの回、灰の音っていうのかな。
あれは止まっちゃいけないんだよね。
だからこの4人タクを囲んで、
お願いしますって言ったら、
チャッチャッチャッチャッって積んだら、
タン、タン、タン、タン、タン、タン、タンって見て、
灰を切るのも全部このリズム切ったらいけない。
するとさ、誰かが言ってたんだけど、
マージャンタクが丸く見えてくるんだって。
それぐらいみんなスムーズにやるんだって。
こうやって見てるとマージャンタクが丸く見えるんだって。
そこに藤田さん弟子入りしてるからさ。
ちょっと声の話とは違うけど、
決断は秒でやらないと経営はできないっていうことでしょうね。
ということは当然マージャンと一緒で、
今の灰を捨てなければよかったと、
我々は思うよ。
我々は思うけど、一流の経営者はそんなことを思わないんだよ。
あのところで良いピン切っといてよかったという結果にするんだと。
恨めたとか思っちゃダメなんですね。
そんなことはない。
何が何でも自分の行動を正当に持っていくんだ。
だから最終的には負けないマージャンをやる。
もうこれはいかん、絶対転廃できないとかさ、
これ上がれないなと思ったら、
負けないマージャンに徹する。
降りるとか。
もう絶対当たる灰とか切らないとかね。
そこですよね、やっぱり。
我々にできないと。
ごめんなさいね、巻き込んで。
私にできないと。
私もできないとは思います、正直まだ。
決断ですよ、秒がね。
それをね、そういうことをやっていくと、
人間というのはね、声がそうなっていくような気がするんですけどね、私は。
何となくその実感はあるんですけどね。
人柄が声に出るじゃないですか。
そういう判断するようになったら、そういう声が出てくるようになる。
それは一体どういうところからそう思ってるのかっていうと、
例えば録音が残ってる人で言うとね、
三島幸男っていう方は、ご存知のように亡くなった時はね、
自衛隊の市街のあそこで、自衛隊のみんなに撃を飛ばして、
最後は活服自殺で森田必勝と一緒に首を切られるわけですから、
あの時の演説をすごい聞こえなかったらしいですけど、
あれはすごいなと思うんですけど、
もともとは平岡家、本名は平岡さんなんですけど、
平岡家っていうのは本当にもう大人しい、
もうね物事一つ去ってないようなとこで、
おばあさんに育てられるんですよね。
だからもう家から出るな。
遊ぶのも年上の女の子と一緒に、
おままごとみたいなのやれって言って、
ずっとそういうことやってるわけです。
文学の中にだけ自由があるわけなんですね。
文学はできるようになって、
どんどんどんどん頭が良くなっていって、
最終的に学習院に行ったんだけど、
後で邸大にも行った方がいいってことで、
東京大学にも、東京邸大にも行くわけ。
お父さんの希望で大蔵省に行けって言って、
後で現在の財務省に行くわけなんですよね。
そこらぐらいから文章を書いて一人立ちしたときに、
何かをやりたくなったときに、
剣道とかボディービルとか、
もう全く逆に触れていくわけですよ。
そこから三島さんの声が。
変わる。
もう東大生との戦い、今ね大勢の方でしょ。
伝説ですね。
あの時の三島なんてあっぱれですよ。
本当にもうね。
あれはね、
若き頃の三島さんにはなかったのではないかな。
平岡君丈にはなかったのではなかろうかと。
大体あの人、大正15年生まれとかでしょ。
だからほぼ昭和と一緒に歳をとるわけですから、
終戦20歳ってことは、
頑張れば徴兵されてたわけなんですよ。
学徒動員で行ってたわけなんですけど。
確かね、落ちたんだよね。
合格したのが低い、
健康状態が悪い。
今日の感覚ではそれはラッキーって感じがするけど、
平均取られなかったのはラッキーと思うかもしれないけど、
戦前のね、軍国主義のね、
少年たちの育てられ方っていうのは、
一刻も早くね戦地に行ってね、
弾の一部となって、
天皇陛下の飛行機に乗って、
敵艦に体当たりして死ぬっていうのが、
男の鼻なんだからさ。
本当に選ばれたらみんなガタガタ震えてね、
お母さんといって死んでったのかもしれないけど、
そりゃ昔はね、
生き健康ですよ。
そんな病弱でさ、
平気試験にも平気検査にも落ちるような子ってのは、
どれほど固みが狭かったはずさ。
そうですよね。
お父さんが後に書いてるんだけど、
平気検査はね、
2種合格みたいな感じで、
よほど前線が下手になっててね、
もう兵隊が足りなくなったら、
平岡君呼びますよみたいなので合格したんだけど、
もう一回検査やるっていう時があって、
大阪かなんかだったかな、
それで検査行った時に、
体調が悪くて肺炎みたいな、
ゲホゲホいってやってたら、
もうお前はダメだっつって、
平気にやらせていいっつって、
返されたっつって。
お父さんはね、
兵隊さんのとこ出てきた後ね、
ダッシュで走り返ったって。
今のごめん、間違ってたって呼び戻されないように、
ダッシュで逃げたっていう話、
逸話が残ってんだよね。
いやだ、そんなもんでしょうね。
それぐらい病弱だった体の後に。
あれなんだもん。
そりゃ元側の声だとは到底思えないよね。
思えない、到底思えない。
洋服だって最初はね、
後にボディビルムキムキのあれで、
ポロシャツみたいなね、
腕がパンパンなポロシャツとか、
ジーパンとか履いてらっしゃいましたけど、
ずっとご家庭にあったスーツしか着られないで、
七三分けのポマードだったと。
良いと負けの人が、
三羽明宏さんが、
当時かなり濃厚に付き合ってたんだと思いますけどね。
かなり濃厚なお付き合いしてた、
三羽さんがそうおっしゃってますから。
洋服だって選べなかったんだよ。
そこがまた解き放たれるとね。
そうなっていくとやっぱり声っていうのもね、
また自信に満ちたりして。
良い声って、