一流の声を科学するラジオ。この番組は、身近にある様々なシチュエーションから、一流の声を徹底解剖し、あなたの声を一生ものの財産に変えるためのPodcast番組です。
みなさん、こんにちは。ナレーター、声優の木村京也です。 聞いたことありますか?私の声って。 初めてですね。
私は、みなさんがたぶん、今一番聞いたことがあるなっていうのは、お正月にやってる格付けチェックの声優、ナレーターをやってます。
え?こんな声だったっけ?って思うでしょ?仕事の時は、だいたいこれぐらい、もうちょっとこれぐらいの声で喋ってるのね。こういう感じの声で喋ってますけれども、
生活は私はですね、今ジェンダーレスで生きてて、今ね、流行ってるからみんなお分かりかと思いますけど、ジェンダーはそろそろ、私はもういいかなと思って、好きに生きてますっていうところで、日頃の生活ではこういう喋り方をしてるんですけど、
仕事の時は、AのY、そしてBのYでね、果たして学徒は、学徒さんはこういうとこ引き合い軽々しく出すんじゃないよって怒られますけどね。なんという声で喋っています。木村京也といいます。よろしくお願いします。
はい、お願いいたします。アシスタントの坂木バラと申します。よろしくお願いいたします。はい、私の発声は明るめというところで、早速、今回の番組になってきているのも、一流の声を科学するラジオということで、はい、今回は、大きく出ましたね。急に男の声に戻りましたけど、大きく出ましたね。
日本とかアジアっていう国は、やはりあまり声に対して、特に日本はね、声に対しての価値観をあんまり持ってなかった国と言っていいでしょうね。やっぱりね、それは英語とかハリウッドの中の英語の発音とか、それを例えば他の英語を喋ってる国ね、イギリス。もともとイギリスは母国ですが、オーストラリア、ニュージーランド。
最近インドも大きなね、大きな、インドナマリの英語っていうのは一つの大きな潮流になってたりするんですけど、やっぱりどこがインパクト強いかって言われると、アメリカ英語ですよ。
特に日本の商業放送においてる、例えばタイトルコールっていうの。ステイチューンとかさ、ナウアンセイオとかさ、ああいう決め台詞の一発に英語を入れるっていうのは、もうね、圧倒的にアメリカンイングリッシュじゃないと、私たちじゃないんですよ、スポンサーが納得しない。
決めの一発の一言。プレゼンティブバイ何々っていうね。ちょっと今、用紙のメーカーの名前が言いそうになりましたが。それぐらい、もうね、何十年も何十年もアメリカンイングリッシュに重きを置きすぎて、置かされすぎて言葉が入るんですけど。
だから、特にイギリス人のね、私もイギリス人でプロでナレーションやってる人とか声優やってる人って、ゲームの声とかやってらっしゃる人知ってるんですけど、もう日本に来てね、こんなにアメリカンイングリッシュしかスポンサーが許さないのはびっくりしたって言われるぐらい。
だから、アメリカっていうのと、またアメリカを追っかけてる日本っていうのは、あんまり声の文化に対して重きを置いてこなかったんです。
というのはね、一番最初に反流ブームが始まるときっていうのが、ヨン様のさ、あれなんていうドラマだったっけ?
冬のそなた。
冬のそなた。よく覚えてますね、冬のそなた。今見るとね、こんな高校生いるかっていうね。
で、ヨン様もそうなんですけど、その前にシュリっていう映画がすごく流行ったんですよ。
いわゆる反流の映画として、一番最初に日本で大ブレイクした映画の一つにシュリっていう映画があるんですけど、この吹き替えを見た韓国の俳優たちがみんな怒りだしたんですよ。
俺の声はこんな高くてキャピキャピしたチャパチャパの声じゃないぞって怒りだしたんですよ。
というのは、韓国の男性はやっぱり低く喋ろうとする。男性はやっぱり低くかっこいい声で喋ろうと。こういう文化があるんですよ。
これはちょっとハリウッドとまたちょっと違うんですけど、男性がやっぱり男性らしくあるべきだっていう。
90年代の韓国っていうのがまだ、これ男尊女卑とはいえ、男尊ってなんかそういうお笑いコン、ダンソンとか言いますけど、そうじゃなくて。
ちょっとね、男性はあんまり男っぽくて、女子はそれにか弱い女子がついていくみたいな価値観がまだね、すごい強かったところで。
日本はというとね、あんまりやっぱり声に対しての低いからかっこいいっていうのはないんですよ。
なるほどですね。
なかったんですよ。今もないね。
今もそんな根付いてはないですね。
坂木林さんってその声をほら、意図的にじゃなくて普通に自然にその声になってるわけじゃないですか。
これは自然の声です。
だいたいアメリカとかって、学校とかで、もっと男性はこういう声でしゃべるべきだとか。
いうふうにしつけられるんですよ。
しつけがあるんですね。
まず、アメリカの大学ってビジネスメイジャーの子たちね。
日本でいうと小学部とかかな。
の子たちは全員スピーチが必修ですよ。
だからそのプレゼンテーションをするためのスピーチなんては当然やるべきですけど、
それ以前にまずアメリカの子って、
例えばこれ、家からなんか宝物を持ってきて、みんなの前でしゃべるっていうのを、もう6歳ぐらいからやるわけよ。
早い段階で。
例えば何かわかんないけど、木彫りの人形みたいなのを持ってきて、
これは実はうちのおばあちゃんがポーランドから移民してきたときに持ってきた人形で、
僕が何歳のときに誕生日でもらいましたっていうのを発表するっていう文化が、もう全面とあるわけですよ。
プリスクールって幼稚園ぐらいからやってるわけね。
我々はそういうのをやらないじゃん。
なぜかというと、日本人ってさ、わかるでしょ、そういうこと言わなくたって。
思い合って相手の気持ちを察する天才民族なのよ。
あんまり大きな声でしゃべり合わないほうがいいのよ。
ところが、同じアジア民族でも、中国人の方って、ああ見えて、あれ他民族なのよ。
中国人と我々は言ってるけど、中国の何族何族がいっぱいいるんでしょ。
ですから、アメリカもそうだね。
何族何族とか何人何人がいっぱい混ざり合ってるとこは、声でかいの。
こういう国の人たちはね、声がやためてでかいの。
我々、中国人と我々って、そんなに生態系、バイオロジー、生物学的に違う生き物じゃないじゃない。
我々と例えば、大きな白人の人とかね、大きな大柄の黒人の人って、それは声が違うな。
2メートルぐらいあるさ、大きな黒人の人が、エイメンって声が低いのはわかる気がするけど、
中国人が声がでかいんだよ。
なんでですよ。
生態はあんま変わらないんですよ、我々。
だけど、中国の人はあんなに声がでかい。
ちょっと私の推察で、科学的な統計を取ったわけではないですけど、
他民族のとこはね、うるさい。
他民族国家はね、うるさい。
っていうのは、主張しないと負けちゃうからなんですね。
ちゃんと伝えなきゃいけない。
例えば、そういう国だとね、細い道であっちとこっちから車が来て、
どっちかが避けなければいけないっていうと、
でも、みんなでね、譲らないのよ、だって。
エイメン!ってなるらしいですね。
それが正義なの。
これ、フランスとかでもあるからね。
最近、フランスもね、結構いろんな民族が混じり合ってて。
とにかくね、自己主張をしなければ、してない人が負けなのよ。
これって日本の美徳と違うじゃない?
違いますね。昔からことわざで、傘を横に。
そうそうそうそう。
あります。
だから、一本道でどっちかが避けなきゃって言ったら、
先に避けたがるじゃん、日本人って。
譲ったほうが勝ちみたいな。
本当に私はそれが美しいとは思うんだけど、
アメリカとか、中国は行ったことしかないから、ちゃんと住んではないけど、
これは相当にやられる。
前情の美徳なんかないよ。
ない。
謙譲するとかね、前情するっていうのはね、
負けを認めてると思われてるんだけど。
ちょっと話が長くなっちゃったけど、
声で一流が何かって言われると、
これは文化によって随分な違いがありますね。
そうなんですよ。
一応、今回のテーマとして、いろいろと研究を持ってきて、
それについていろいろと喋っていこうという流れでもあるのですが、
それがちょっと西洋とかそっち寄りの研究なのかもしれないんですけれど、
日本だったらどういうふうになるのかというのも見ていきたいなと。
ぜひぜひそれはそうですね。
その研究というものをちょっとお伺いしてみたいと思います。
ではご紹介させていただければと思います。
モトラムさんという方が2016年に発表した論文がありまして、
ポッドキャットの中でも特に女性のポッドキャストに向けて、
どういうポッドキャストがいいのかというのを調査した研究がございます。
ではまず仮説の方からなんですが、
いわゆる今までの公共の演説とかラジオといった従来のメディアで言うと、
それこそ権威ある声として男性に多く低く深くクリアな声というふうに、
これが有利であるというふうに定義をされていました。
そのために女性の声というものは高すぎたり、
例えばエッジボイスがあったりすることで、
しばしばそれが権威性がないということから、
メディアとしてはいい声ではないというふうに言われていたという背景があります。
ただポッドキャストというメディアにおいては、
それがどういうふうなものなのかというものを検証していくといった研究になっています。
女性のポッドキャスターの中で当時著名だった10人のポッドキャスターを抽出して、
彼女たちがどういう声をしているのかというのを分析をして、
かつそれのポッドキャストの評価、いわゆるiTunesとか今Appleポッドキャストですかね、
そこの星の数とかを見てそれと比較したという研究です。
私の知らない世界ですね、それは。
最後、レビューとかアンケートを通じて、
声についてどう印象を持っているかといった研究を採用しました。
結果として話させていただきますね。
女性のポッドキャスターのうちに、
いわゆる今まで低く良い権威ある声としてされていたものを当てはまったのは、
10人中わずか2人。
逆にそれ以外の8人の声は、いわゆる女性の声として定義されている中での、
いわゆるエッジボイスだったり、
あとは無理に声を低くしようと頑張っている人たちが多かったという結果があります。
ただ、それこそ女性の声、権威的な声ではないのに対しても、
リスナーからの評価はすごく高く、
Appleポッドキャストの中の星でいうと、
5段階中4.5以上のポッドキャストだったということもあったり、
レビューで見ると、むしろそういった女性的な声の方が温かみがあったり、
リアルで聞き心地が良かったりといったところの感想が多かったという結果が出ています。
まとめていきますね。
ポッドキャストというメディアにおいては、
今までのメディアにおいて重要とされていた、いわゆる権威ある声といわれる低い声というものは、
そこまで重要ではなくて、むしろそういった低く深く作られた声ではなく、
個人の私たちの、私たちらしさといいますか、
その人の声のその人の声らしさというものを表現されている方が、
コミュニケーションとして密な感じがするといったところで、
ポッドキャストはありのままの声の方がいいかもしれないといった考察が最後されているというところになっています。
つまりポッドキャストというものは、
低く作ったりとかどういう声がいいんだろうというのをいろいろ考えてみたところ、
研究においてはありのままの声でよかったんだよっていうのが実は最終的な落ちになります。
逆にそこからちょっと私考えたんですよね。
自分の声が好きかどうかっていうのが一つ大事だと思う。
私逆に聞きたいんだけど、
おうくん自分の声好きですか?
僕は大っ嫌いですね。
でもそれ90%型の人みんな嫌いだと思う。
これも実は調査がありまして、
声の教育研究所というところが発表している。
ちょっとそこ紹介してくれ、その研究所。
その調査でおよそ1万4千人の方をターゲットに
自分の声が嫌いですか好きですかっていうのを調査している結果がありまして、
自分の声嫌いと答えた方が84%。
さらにいえば録音した自分の声、
まさにポッドキャストに乗る自分の声が嫌いだと答えたのはスキュアリーという結果が出ている。
体感通りなのかなというふうに思っているんですけれども。
スキュアリーと意味軸も言いましたが。
でもそれはさ、私たちもね、
昭和40年代にテープレコーダーというものが自宅にやってまいりまして、
録音した自分の声を聞いたときはそれはそれはショックでしたよ。
それはそれはいい。
おえー、俺こんな声だっけって言ってましたよ。
だけど、やっぱりもうね、プロとして私40年ぐらい声のプロやってるんで、
さすがに自分の録音した声は良い声域が今日は出てるなとか。
そっちで自分の声が好きになってるからこの商売やってるんでしょうね。
だから私、国民の9割を今敵にしてるんですね。
ごめんなさい。
いや、もともと私も嫌いだったのよ。
そうなんですね。
だけど40年あんたね、特訓してるからさすがに、
さすがにもう嫌いじゃないぐらいやってないとしょうがないねって。
なんかそれですよね。
でも皆さんたちがお嫌いな気持ちはよくわかりますね。
でもそこからもともと嫌いだった声が好きになる声っていうところに変わったきっかけみたいなのとか。
それはでも何度も何度も何度もがさ、何万回ぐらいやってるから、
自分の理想としてる声とイメージの声と、
ちゃんと録音したときに物理的に取られた声がほぼ同じになるぐらいまで特訓してるからですよ。
特訓なんですね。
もうご存知でしょうけど、それは骨伝導の問題でさ。
自分の声がお嫌いだ、しかも録音した声がお嫌いだっていう理由の一頭最初はさ、
自分の声っていうのは内が内耳から聞こえてきてるわけですよね。
だから、中の骨とか筋肉の振動で内耳の鼓膜を揺るがしてる音が聞こえてるわけですけど、
録音したマイクを通してる声というのは、完全に内側から響いてる音をシャットダウンしてる声じゃないですか。
だから違う声なんです。
で、みんな違和感を覚える。
難しいこと言いました?
耳の内側から聞こえてる声か、外の声かっていうことですよね。
仮にですけど、自分の心臓あたりに車のクラクションがついてるとしましょう。
それをバーって体内から鳴らした音は肉と骨に伝導して耳に聞こえてる。
だけど、外から聞こえてるクラクションは空気を振動させてるだけです。
だから全然違う音に聞こえるんですということでございますね。
今、きょうやさんの認識として、
自分の内から聞こえてくる声と実際に録っている音っていうところがかなり近くなってますよね。
そうそう。すり合わせる、すり合わせるトンクンを、
満単位とか10万回と言えば聞かないぐらいやってるから、
それはさすがに自分の声は嫌いじゃないですよね。
だいたいこの声だろうなっていうのがもう分かっちゃうんですね。
でも、いや、俺はお前の声が嫌いだっていう方がいてもらって結構なんですよ。
ただ、私は声を自分の中では調整できるように40年もかけちゃったからね。
あと、今この声でしゃべってるけど、日頃の声はこういう声でしゃべってるし、
あと、われわれっていうのはいろんな声を出せないと生き残っていけないんで、
例えば、例文を読んでくださいとか言う。
今日、例えば、タイトル、一流の声は一生ものの財産になるって読んでくださいって言われてきて、
監督さんは、もう10歳若く読めますか?とか、もう20歳老けて読めますか?とか。
指示が通る。
うん。その指示通りに声を変えていかないと声優ってできないの。
例えば、原画ができてて、これね、今あなたが声を当ててくれた人って、
外見から見てもどう見ても17歳なんだよね。
プラスマイナス2歳としても、ちょっと声がね、老けすぎてるんじゃない?って言われたら、
じゃあ、17歳に近い声を出そう。どんどん変えていくとか、
それを毎日毎日毎日毎日練習してるんで。
よく番組とかが始まってさ、実況のね、スレッドとかに、
オラーこいつの声が大嫌いなんだよとか、
オラーこいつの、この女の声が大嫌いなんだよとか書いてくれてるけど、
我々にそんな権利あるわけないじゃん。
監督に言われた通りの声出してるだけで。
いや、だから怒ってくれてる人はありがたいの、逆に言うと。
本当に私がその声を出してると思ってくれてるわけじゃん。
声優にそんな権利、ないよ。
怒ってくれてありがとうございますですよ。
話が今ブレてるんだけど、あえて止めずにこのまま話するけど、
我々って、ナレーターもそうだけど、めちゃイケの声はオラは、
あ、私めちゃイケの声やってたんだね。
放っておくかよって言って、じゃあちょっとやろうか。
めちゃめちゃイケてる~!って、
ほら、今メーターが振り切ってるから。
What a cool you are~!って、あれもやっててね。
俺はあの声が腹立って、
あれで受験勉強に手がつかなかったとか、
いう人がいたとしよう、今。
それは、俺じゃないんだよ。
片岡アスカが悪いんだよ。
片岡アスカという監督が、そういう風に読めって言うから、
やってるんですよ。
だから、もしね、お怒りの方がいてくださったら、
本当にありがとう。
私が読んでると思ってくださってるんだと。
いいよ、いいよ、いいよ、いいよ。
もう全部、監督ですよ。
監督って、我々はディレクターっていうかね、言ってます。
すいません、話が脱線しましたが。