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一番古い記憶は、なんか、いとこがわりと近所に住んでるんですけども、なんかいとこの家の前でみんなでゴザを引いて、自分のお姉ちゃんとか、いとこの兄弟とか、みんなでゲームを、なんか人生ゲーム的なゴザを引いてそこでやってたぐらいが、幼稚園、幼稚園なのかな、それぐらいがもしかしたら一番古い記憶かも。
えっとね、そうなんです。だから結構、今の歳なんとか、メカ系?メカ系に全くハマらない男の子で、なんかそれこそ戦隊門とか特撮系のヒーローとか見てたけども、そんなにハマってなかったんで、何にハマってないの?だからだいぶ後になるんですよ、何かにハマったってなったのが、ビックリマン。
ビックリマンが一番最初にハマった、でももう言うても小学校1,2年とかになっているので、夢中になったことですよね。夢中、でも、当時Jリーグブームの一番最初、Jリーグが始まった頃に、95年?95年で、ガンバ大阪のJリーグが始まった頃に、
スイターのところに行ってて、当時、なんかその、自分が面白いと思ってた、でマネしてたけども、自分のは面白いじゃなくて、もう悪口やみたいな感じで、結構その学年中からソース感をくらった記憶があったんですよ。
それで、何やろうな、そこでなんか、コミュニティーをやっぱり探すじゃないですか。で、多分当時はそんな別にコミュニティーを探そうとは思ってなかったけども、で、おかんが買ってくれたガンバ大阪のガイア席の年間シートみたいな、もう安い、一番安いやつですよ、もうゴール裏の席とかないですよ、ゴール裏の芝生のところに毎回通ってたんですね、試合があるときは。
で、そこに通って、全然自分からしたら年上のお兄ちゃんとかの応援なとこに混ざって、わいわいしてたのが、もしかしたらこれが結構精神衛生上、当時の自分には良かったのかなと思っていて。
それから今でも、なんかこのテーマパークとか万博もそうですけども、なんかテーマパークの帰り際になんか音楽だけが流れてる状況ってあると思うんやけども、そういうのがすごい好きなんですよ。
なんでかというと、その万博の水滞っているときにセルシー、千里中央の、もうこの間なくなりましたけども、セルシー通ってそこで音楽が流れててキラキラしてて、そこからバスで帰ってたから、その記憶がちっちゃい頃の記憶であって、なんかそういうのがすごい今でもキュンとくるんです。
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で、今ハンマったのが、今思い出した。そこで通うときに、僕らの七日間戦争っていう、ソーダ・オサムさんのあのシリーズにめっちゃハンマってましたね。
だからその友達はとか、ああいうテーマであったから、そのときに自分にやっぱり求めてもらったものでもあったし、それは、そのシリーズはめっちゃ読みましたね。
まあ、まあじゃん。まあじゃんかな。まあじゃんかサウナ。まあじゃんかサウナ。紙芝居は、なんやろ、ハマってるとかでもっと仕事なので。日常です。
アイドル、お客さんってのって、たまにめっちゃ辛くなるときがある気がする。一人で成立しないものじゃん。一人で成立する遊びっていう方だったらさ、人気がなくなろうが何だろうが、それをやる楽しみがあるけど、アイドルって、何かがあるとお客さんがいなくなるから成立しないしっていう、そういう何かがある。
でも、まあ、お客さんはまだおいてくれるかなっていう。自分がもっと70,80にならん限り。でも70,80になってきたら自分の感覚も変わってくるから、そうなってきたらどうなってるのかなっていう、ちょっとそこは恐れじゃないけども。
ゴーゴンバットとかね、その有名な。
その人がおるときに、紙芝居業界の衰退の一部支柱みたいなのを本で読んだ。その業があって、ああいう伝わる意味があるじゃないですか、業界自体が。今でもきっと何かそういうのあると思うんですけど、そういうのってどがれられなかったか、かしぼんかしぼん、何か。
自分の中で持論で何で紙芝居が廃れたのかっていうのがあるんですよ。だって今、漫画とかってすごいじゃないですか、世界的に日本の漫画ブームって。あれ何で廃れへんかったかというと、時はテラさん、ご存知と思うんですけど、テラさんは当時の漫画ブームで、いろいろ、やっぱりみんな漫画、子供らに受けるためにいろんな刺激的なものとか、それこそ水木茂先生とかもやっぱり刺激的じゃないですか、エグいのとかグロいのとか多いけども。
でもテラさんは、いやいやもう子供たちのためにそんな悪影響のものなんて絶対にするべきじゃないと。子供は子供向けのものだっていうので、テラさんそこで筆を折るんですよね、確か。
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もしでも、あ、そうやな、テラさんの言うとおりや、もう子供に刺激的なものとか絶対悪影響やからやめとこって、もう子供だけのものにしとこうってなったら絶対今みたいな漫画がこんな日本の文化になってなかったから。
で、漫画はそうやってすごいいろいろいろんな子供に受けるものなんやっていう、もちろん大人にも受けるものなんやってすごくそれぞれが切磋琢磨してすごい文化になったけども、
一方だからそれと同じ、それというかテラさんが、あ、そうやな、テラさん言うとおりやなっていう道をたどったのが紙芝居と思うんですよ。
そうなんです、紙芝居だからその教育的な部分で、そうやな、子供だけのものに、その子供の教育ためだけにしようってなって、すごいもう面白くないものになって、
で、すごいもうマーケットちっちゃいじゃないですか、絵本に比べてもそうやし、漫画に比べてももちろんそうやしっていうそこの、もしかしたら紙芝居の方が人気があった、世界性もあったかもしれないと思ってるんで。
当時の紙芝居はさ、子供あれでもう悲しいんですけど、ほんと何千とかの世界じゃないですか。
そうです、めっちゃ面白かったです。当時の外島紙芝居の公演に来てた子供は、だから子供に受けるためやから、それこそ鉄人あれが流行ってたらパクリみたいなところだ、どんどん出すし、
もう何が面白いのかをこだわって、それがめっちゃすごかったんです、当時は、外島紙芝居は。
私はすごく誇りに思います。
うんうん、みんな仕事にあぶれた人が始めた仕事でもありますし。