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#2-271 2026年6月14日@京都九条『ZINEと隣人』2
2026-06-15 04:34

#2-271 2026年6月14日@京都九条『ZINEと隣人』2

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サマリー

このエピソードでは、「タバネル」という言葉から連想される様々なイメージについて語られています。野菜を束ねる際のポイントや、ワールドカップにおける国や人々の熱狂的な一体感、そして本やダンボールの製本など、物をまとめたり人々を結束させたりする行為について考察しています。一方で、過度な結束や熱狂がもたらす違和感や、それが争いに繋がる可能性についても言及されています。

「タバネル」から連想されるイメージ
タバネルか。
タバネルって言うと、やっぱり人のイメージがパッと今、
人のイメージが出てきましたね。
なんか人、団体とかを作ったりするときに人をタバネたりとか、
なんかそういうイメージがちょっと今パッと出てきましたね。
なんか結構タバネるのって結構難しいなっていうのとか、
ギュッとタバネてしまうと、ギュッとタバネすぎてもよくないというか、
なんかそういうイメージがちょっと今、一瞬湧いてきましたね。
どうですか、どういうものを思い浮かびましたか?
なんか私さっき野菜のデザインをしている人を見て、
小松菜とかほうれん草がタバネているときに、
茎の部分と上の葉っぱの部分と
うまい具合にタバネやすい場所、茎の、こうシェイプした、
そういうイメージがパッと浮かんだんですけど、
人でいうと最近ワールドカップが始まるので、
あの会場とか国ごとの一体感があるような感じがしますよね。
野菜の話、結構面白いなと思ったんですけど、
人々や国の一体感と熱狂
タバネやすいポイントがあるみたいなのって、
結構人とかでも一緒だなと思った。
多分上のほう、葉っぱの部分とかは結構難しいけれども、
この部分だったらタバネられるみたいな、
この部分だったら一致できるみたいなとか、
そういうのってありそうだなって今の話聞いて思ったんですけど、
あとほうれん草のシールとか、すごい切りづらいじゃないですか。
かわいいようなのちょっと今、どうでもいいかもしれないけど、
そういうのも今ちょっと思うような感じがします。
いろんな包装材というか、ダンボールを、
手が切れるというのはありますか?
あります、あります、あります。
あと何が、本とか、本もそうですよね、本もなんか、
製本の時にタバネるというか、
そういういろんなものを一つにするみたいなイメージがあって、
ワールドカップとかもそうなんですけど、
でもワールドカップとかでタバネるって言った時に、
僕はすごくいいなと思う反面、
それだけでタバネちゃうとちょっと危ないんじゃないか、
みたいな思う感じも、
僕は結構両面があるなってイメージがあるんですけど、
結束への違和感と境界線
そのあたりがどうですか?
タバネることの、逆にタバネないほうがいいものとかってあるんですかね?
確かにサッカーにすごい熱心な国って、
これはゲームではない、戦争だ、みたいな、
絶対あの国には負けたくない、みたいな、
多分日本はサッカーに対してそこまで熱くないけど、
ヨーロッパとかは、
異常な熱狂、タバネを一つにタバネて、
なのを感じますね、サッカーとかだけに限らずに。
そうですよね。
国とか、大きな意味で言うとヨーロッパとか、
国とかもやっぱり一つの大きな紐みたいな感じで、
タバネる装置みたいな、そういう感じもしますね。
だから、そういう意味では日本はあんまり、
ワールドカップも始まってるのは僕は知ってますけど、
ちょっと朝も時間早いし、
そもそもそんなにサッカーはめちゃめちゃ詳しくないので、
あんまり見ないかもしれないなと思って。
でも昔は日韓ワールドカップとか、
ああいう時とかは結構見てたんですよ。
時間帯もあったんでしょうけど、
今になってそういうのにあんまり興味が、
結構タバネられることへの違和感みたいなのが、
僕の中で結構強く出てきちゃった感じがあって、
なんか面白いなと思いますね。
昔はでももっとタバネられることを望んでたのかもしれないなとか。
だからスタジアムとか野球の球場とかに行って、
その場で熱狂するっていうのはいいんですけど、
それをスタジアムに出た外まで結束が続いていくと、
ちょっとしんどいなってなってくる感じがある。
争いが始まりそうですよね。
今日泣けたからイライラしてどんどん。
野球の話を居酒屋でするなみたいな。
04:34

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