第二百五十話『続けることの大切さ』-【偉大な演劇人篇②】俳優 丸山定夫-
2020-06-13 12:52

第二百五十話『続けることの大切さ』-【偉大な演劇人篇②】俳優 丸山定夫-

日本に新劇を根付かせた立役者のひとり、「新劇の団十郎」と呼ばれた伝説の俳優がいます。
丸山定夫(まるやま・さだお)。
歌舞伎や能という日本古来の伝統を継承する古典芸能とは一線を画した、全く新しい演劇。
シェイクスピアを翻訳した坪内逍遥の戯曲や、ヨーロッパのリアリズム演劇を日本に持ち込んだ小山内薫の新しい波は、知識人にこそ受け入れられましたが、一般大衆に浸透するのに時間を要しました。
ともすれば高等遊民の道楽、セリフ回しの下手な三文芝居と揶揄されがちだった新劇にあって、丸山の存在は異彩を放っていました。
職を転々として、食べるものにも困っていた青年が、たった一枚のチラシを手に握りしめ、創立間もない築地小劇場の門を叩いたのです。
インテリ集団に、突如、薄汚れた学生服で現れた男。
丸山には、演劇しかありませんでした。
演劇こそ、唯一、自分を引き上げ、生かす、最後の砦だったのです。
彼は、戦争中、劇場が次々封鎖される中にあっても、仲間をこんなふうに鼓舞しました。
「演劇っていうのはね、絶やしちゃいけない、ささやかな灯りなんだ。その灯りはささやかだけど、それを暗闇で待っているひとが必ずいるんだ。続けなきゃいけない。演劇は、続けなきゃいけないよ。時代が過酷であればあるほど、必要な灯りがあるんだ」
戦争が激化して、東京で芝居ができない状況になると、丸山は、移動演劇さくら隊の結成に参加。
隊長として、全国を回ります。
1945年8月6日。
中国地方巡回公演のため広島に滞在していて、被爆。
それから10日後、44年の生涯を閉じますが、最後まで役者として舞台に立つことを夢みていました。
人生を演劇に捧げた偉人、丸山定夫が私たちに残した、明日へのyes!とは?

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