黒人のアメリカ文化を音楽としてまとめ上げた、伝説のゴッドファーザー・オブ・ソウルがいます。
ジェームス・ブラウン。
2003年、70歳になったばかりのジェームス・ブラウンは、ロサンゼルスのハリウッド・コダックシアターで、長年の音楽活動の功績をたたえられ、特別功労賞を受賞しました。
そのときのサプライズ・プレゼンテーターは、マイケル・ジャクソンでした。
マイケルは、自身のムーン・ウォークの源が、JBにあることを証明するような共演を果たしたあと、涙で声をつまらせながら、スピーチしました。
「天才とは、いったいなんでしょうか? それは、人生が変わるほどの刺激を与えてくれるひと。隣にいるジェームス以上に、刺激を与えてくれたひとはいません。6歳のボクは、このひとのようなエンターテイナーになりたいと、心から願ったのです。そして今も、ボクは彼に憧れ続けています」
場内は大きな拍手に包まれ、ジェームスとマイケルは、固く抱擁しました。
ジェームス・ブラウンは、ファンク、ゴスペル、ブルースなどの多彩な音楽と、軽妙な足さばきがトレードマークの圧倒的なエンターテイメント性で、世界を席巻。
多くのミュージシャンに影響を与え続けたのです。
音楽ばかりではなく、「Don't Be A Drop Out」と黒人の子供たちに呼びかけ、コンサートの売上から奨学金のためのお金を寄付。
米国黒人地位向上会議の永久会員として、非暴力の立場での公民権運動を支持し、黒人の地位向上のために活動しました。
親交のあったキング牧師の暗殺。
その翌日のボストンでのコンサートは、暴動を恐れた主催者が開催を反対しましたが、ジェームスは、やらなければもっと大変なことになると、コンサートを決行。
生放送でのテレビ中継も敢行し、「平静を保つことで、キング牧師の名誉をたたえよう」と呼びかけました。
幼い頃から貧困と屈辱に耐えてきた彼には、わかっていたのです。
ただ大騒ぎしても何も変わらない。
静かに力を蓄えたものだけが、世の中を変える。
ファンクの神様、ジェームス・ブラウンが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
ジェームス・ブラウン。
2003年、70歳になったばかりのジェームス・ブラウンは、ロサンゼルスのハリウッド・コダックシアターで、長年の音楽活動の功績をたたえられ、特別功労賞を受賞しました。
そのときのサプライズ・プレゼンテーターは、マイケル・ジャクソンでした。
マイケルは、自身のムーン・ウォークの源が、JBにあることを証明するような共演を果たしたあと、涙で声をつまらせながら、スピーチしました。
「天才とは、いったいなんでしょうか? それは、人生が変わるほどの刺激を与えてくれるひと。隣にいるジェームス以上に、刺激を与えてくれたひとはいません。6歳のボクは、このひとのようなエンターテイナーになりたいと、心から願ったのです。そして今も、ボクは彼に憧れ続けています」
場内は大きな拍手に包まれ、ジェームスとマイケルは、固く抱擁しました。
ジェームス・ブラウンは、ファンク、ゴスペル、ブルースなどの多彩な音楽と、軽妙な足さばきがトレードマークの圧倒的なエンターテイメント性で、世界を席巻。
多くのミュージシャンに影響を与え続けたのです。
音楽ばかりではなく、「Don't Be A Drop Out」と黒人の子供たちに呼びかけ、コンサートの売上から奨学金のためのお金を寄付。
米国黒人地位向上会議の永久会員として、非暴力の立場での公民権運動を支持し、黒人の地位向上のために活動しました。
親交のあったキング牧師の暗殺。
その翌日のボストンでのコンサートは、暴動を恐れた主催者が開催を反対しましたが、ジェームスは、やらなければもっと大変なことになると、コンサートを決行。
生放送でのテレビ中継も敢行し、「平静を保つことで、キング牧師の名誉をたたえよう」と呼びかけました。
幼い頃から貧困と屈辱に耐えてきた彼には、わかっていたのです。
ただ大騒ぎしても何も変わらない。
静かに力を蓄えたものだけが、世の中を変える。
ファンクの神様、ジェームス・ブラウンが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
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