秋田県の北部に位置する大館市に、戦前のプロレタリア文学を代表する作家の石碑があります。
小林多喜二(こばやし・たきじ)。
特別高等警察、いわゆる特高の厳しい監視化の中、世界的な名作『蟹工船』を世に出した小説家です。
「おい地獄さ行ぐんだで!」
という衝撃的な一文で始まるこの小説は、戦前、オホーツク海の北洋漁業で使用された古びた船が舞台。
たらば蟹をとり、船の上で缶詰に加工する。
そこで働くひとのほとんどは東北の貧しい農家出身者。
劣悪で過酷な労働環境や、資本家に搾取される労働者の悲哀をリアルに描いた作品は、世界各国で翻訳され、日本でも映画や舞台になりました。
小林多喜二の名を世に広めた最初の作品は『一九二八年三月十五日』。
そのタイトル通り、1928年3月15日に、軍国化をすすめる政府が反戦主義者を弾圧し逮捕した事件を小説にしました。
「雪に埋もれた、人口15万に満たない北の国から、500人以上も引っこ抜かれていった。これはただ事ではない」
彼はそう、日記に書いています。
保釈された友人から話を聴き、特高の過酷な拷問の実態をリアルに小説化したのです。
ただ、権力と戦う人物を決して英雄然とは描きませんでした。
弱さや迷いもあるひとりの人間として見せる。
そこに彼の文章力と鋭い観察眼、作家としての矜持があったのです。
「僕は、主義主張や思想を伝えたいわけじゃない。なぜ、わざわざ小説にするのか? それは、こんな時代にも、己の心に嘘をつかず、ちゃんと闘った人物を描くことで、誰かの心に種を植えたいと思ったからです」。
壮絶な拷問の末、29歳でこの世を去った反骨の作家、小林多喜二が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
小林多喜二(こばやし・たきじ)。
特別高等警察、いわゆる特高の厳しい監視化の中、世界的な名作『蟹工船』を世に出した小説家です。
「おい地獄さ行ぐんだで!」
という衝撃的な一文で始まるこの小説は、戦前、オホーツク海の北洋漁業で使用された古びた船が舞台。
たらば蟹をとり、船の上で缶詰に加工する。
そこで働くひとのほとんどは東北の貧しい農家出身者。
劣悪で過酷な労働環境や、資本家に搾取される労働者の悲哀をリアルに描いた作品は、世界各国で翻訳され、日本でも映画や舞台になりました。
小林多喜二の名を世に広めた最初の作品は『一九二八年三月十五日』。
そのタイトル通り、1928年3月15日に、軍国化をすすめる政府が反戦主義者を弾圧し逮捕した事件を小説にしました。
「雪に埋もれた、人口15万に満たない北の国から、500人以上も引っこ抜かれていった。これはただ事ではない」
彼はそう、日記に書いています。
保釈された友人から話を聴き、特高の過酷な拷問の実態をリアルに小説化したのです。
ただ、権力と戦う人物を決して英雄然とは描きませんでした。
弱さや迷いもあるひとりの人間として見せる。
そこに彼の文章力と鋭い観察眼、作家としての矜持があったのです。
「僕は、主義主張や思想を伝えたいわけじゃない。なぜ、わざわざ小説にするのか? それは、こんな時代にも、己の心に嘘をつかず、ちゃんと闘った人物を描くことで、誰かの心に種を植えたいと思ったからです」。
壮絶な拷問の末、29歳でこの世を去った反骨の作家、小林多喜二が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
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