第百五十八話『最後まで諦めない』-【北海道篇】音楽家 レナード・バーンスタイン-
2018-09-08 13:11

第百五十八話『最後まで諦めない』-【北海道篇】音楽家 レナード・バーンスタイン-

今年生誕100年を迎えた20世紀最高の音楽家のひとり、レナード・バーンスタインは、北海道・札幌の地に、音楽祭という種を植えました。
パシフィック・ミュージック・フェスティバル、国際教育音楽祭。
1990年にロンドン交響楽団を率いて、バーンスタインが創設したこのイベントは、今も札幌の夏をクラシック音楽で彩っています。
29回目を数える今年は、バーンスタインの長女、ジェイミーが来日。
父との思い出を語りました。
1990年は、バーンスタインが亡くなった年。
親日家だった彼は、瀕死の状態で指揮棒を振りました。
夏の札幌芸術の森。
演奏したのは、シューマンの交響曲第二番。
リハーサルから彼の熱量はすごかったといいます。
「いいね!素晴らしい!」「美しい!」楽団員をほめ、鼓舞し、「ここはオペラのリゴレットのように」と自ら歌い、指揮台で飛び跳ね、踊る。
ただ、本番では、さすがに苦しそうだったと言います。
まさに瀕死の形相。
それでも彼は指揮棒を振り続けたのです。
オープニングセレモニーの挨拶で彼は日本の聴衆にこう話しました。
「自分に残された時間を、若者の教育に捧げる覚悟をしました」
バーンスタインは、自身の体に鞭うってその姿を見せることで、これからの音楽界を担う若者に訴えたのかもしれません。
「音楽は、すごいんだ。音楽は、素晴らしいんだ。だから、頑張れ!手を抜くな!最後まで諦めるな!」
札幌のあとの東京公演で、彼はプログラム3曲のうち、1曲を若い大植英次という指揮者にまかせました。
かつて小澤征爾をいち早く見出したように、彼はこう言いたかったのです。
「みなさんの国の素晴らしい才能を聴いてください!」
20世紀最高の音楽家のひとり、レナード・バーンスタインが、人生でつかんだ明日へのyes!とは?

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