ドロドロした感情との向き合い方について話してみました。
一旦吐ききって受け止める/感情を客観的に眺めるプロセス/ドロドロの正体は自分の中に/寄り添って肩ぽんぽん/幼少期の影響/競争は自分を証明する術/周りにいいことが起こった時の捉え方/力まずに、しっぽりと
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このPodcastは考えるひといしだと、感じるひとみずほがお届けする番組です。毎週水曜配信。
「夜空にランタンを」飛ばすように、私たちの考えや想いを解き放つことで、リスナーの皆さんの心が少しでも軽くなったらという願いを込め、日々の暮らしの中で気になったことについてお話しています。
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00:06
このポッドキャストは、考える人石田と、感じる人Mizuhoがお届けする番組です。
夜空にランタンを飛ばすように、私たちの考えや思いを解き放つことで、リスナーの皆さんの心が少しでも軽くなったらという願いを込め、日々の暮らしの中で気になったことについてお話ししています。
考える人石田です。
感じる人Mizuhoです。
こんにちは。
今日のランタンは何でしょう?
今日のランタンは、ドロドロした感情との向き合い方です。
はい、ドロドロ回です。
どうなりたい?
これは私の出したテーマなんですけれども、背景についてご説明します。
ぜひお願いします。
はい、具体的な詳細は控えるんですけど、私は友人に対してすごくドロドロした気持ちになることがあって、
そのドロドロした気持ちって何かっていうと、主に妬みみたいなものとか、悲我みみたいなものとか、
友人に対してあまりプラスじゃない感情を抱いてしまうことがあって、
そういう感情になるたびに、自分ってこんなことを大切な友人に思うなんて、
なんて非常な嫌なやつなんだとか思って、またそういった自分に落ち込むとかがあるんですけど、
皆さん、皆さんというか、この場ではMizuhoさんですけど、
そもそもそういう感情になることがありますかっていうのと、
そうなった時にどう対処してるのかなと思って、今日のテーマにしました。
ありがとうございます。
結論っていうか、私がどうしてるかみたいな話を先にしちゃうと、
昔はさっき言ったみたいに、こんなことを思うなんて自分最悪だなとか思ってたんですけど、
最近はもうそう思ってしまうことは仕方ないんですよね、感情的なものだから。
だから、一旦もう本当に自分の中にある思ってること、それがたとえどんなにひどい言葉であっても、
なんでそんなこと思うのっていうことであっても、一旦そう思う気持ちを全部出してみるっていうか、
頭の中で出してみてもいいし、書いてみてもいいし、それをまずは一旦全部出し切って吐き切って、
受け止めるっていうのをするようになったんですけど、それをしてからすごく楽になったんですよね。
そう思っているんだな、自分みたいなものを客観的に眺めるプロセスを作ることで、
ちゃんとそう思っている自分も認めてあげられているというか、そのプロセスがあって、
じゃあなんでそう自分は思うんだろうなとか、その気持ちはやっぱり一番避けたいのは、
気持ちをそのまま別に何も私に悪いことをしていない友人にぶつけちゃったりやつ当たりみたいなものですよね。
そういったことはしたくないので、一回そのドロドロを全て吐き切って、
そう思ってしまう自分がいるんだなっていうところを認めた上で、なんでそう思うのかなとか考えるようにすると、
03:05
もう少し落ち着くようになったんですよね。
確かに、以前はいけないって思ってたんですよね、きっと。
うん、そうです。
そういうときって結構苦しいですよね。
うん、そうそう、ほんとそうです。
思っちゃうのに思ってしまうこと自体が、もうそうなってしまうのにそうなってしまうことがいけないことだから、
なんか自分でもどうしたらいいかわからない。
自分を丸ごと否定するしかなくなるみたいな。
なるほど、確かに。
キャンセルカルチャーの回でも話したんですけど、結局私の場合は、
友人の例えば近況を聞いてとか、メッセージくれたのを読んで、
自分がすごくイライラっとした気持ちになったりとか、なんか面白くないなって思ったりした気持ちになるときって、
それがなんか私がずっと悩んでる部類のテーマなんですよね、そのことって。
そのことを友人がすごくエンジョイしてたりとか、不満ないような様子っていうことがわかると、
やっぱりなんかすごくグサグサっとくるっていうか、自分はそれを満たせてないから。
だから満たされてる人がそれこそ羨ましいっていう妬みみたいな感情になって、
その友達は全然悪くないのに、ちょっとイライラしちゃうみたいなすごい人。
だから本当にそうだよなと思って、あのキャンセルカルチャーで話してたこと。
結局やっぱり自分が満たされてない、自分がどうしたらいいんだろうってずっと思ってることが、
すごく心の中でネックになってて、それをやっぱり持ってる人を見ると、
その人自身は全く別に悪くないのに、着落としたくなるまではないけど、
何かこうやっかみ痛くなるとか、面白くないなって思っちゃうとか、
っていうことにすごく気づきました、最近私は。
でも抜けられたというか、ある程度しっくりくる対処法までたどり着かれたんですね。
そうですね。
頭では人と別に比べなくてもいいとかってすごく頭では分かってるんですけど、
多分私どこかで本当に人と無意識的にすごく比べちゃってたりとか、
頭の中では差別することがよくないと思ってても、
多分自分のどこかに差別的な意識があったり優劣、自分の方が優れてる、
例えば生活を送ってるっていうふうに実感したいとか、
そういう気持ちがすごくあるんだろうなって最近思います。
いやー、きっとみんなありますよね。
ただSNSで心が結ばれてしまうというか、メンタルヘルスが崩れているみたいなお話ですごく今あると、
みんな比べるし、優位である自分でありたいっていうところがあるからこそきっとメンタルに来るんですよね。
だと思います。やっぱり人と比べることを強制的にさせられてるじゃないですか、頭では。
みずほさんはどうです?ここら辺、人と比べたりします?
06:01
すると思いますというか、してますよね。
無意識なところの方が多いのかもしれないですけど、やっぱ見えますもんね。
SNSが大きいですかね。休みの日何してるとか、上がってくるものってきれいな情報というか、みんながキラキラしてる情報だから、
私もこんなにたくさん旅行行きたいなとか、こういうオシャレなお店行きたいなとか、
まあなんか些細なことですけど、やっぱそういうのは日々ですね、ありますかね。
どんな気持ちになります?そういう時、人のそういうのを見た時。
エネルギッシュな怒りとか、妬みみたいなのよりかは、悲しいとか、
物によっては自分をみじめに感じるっていうことがありますかね。
なのでそれこそを比べて、私の方がしたっていう時の感情かなと思うんですけど。
上のそのものに自分もなりたいっていうことだから、その感情が浮かんでると思うんですけど。
でもその時点では、その上の対象のものには自分は手は届かないとか、すぐ慣れるわけじゃないから、悲しいっていう感じですかね。
悲しいになるんですね。
そうですね、が多い気がします。悲しいとか、もうちょっと行くとみじめとか。
そうなった時はどうしてます?
どうしてますかね。放置する時もあるんですけど、何かやってる時があるとしたら、寄り添うというか、
医者さんと似ていますかね、認めるっていうことですよね。
そっかそっか、悲しいのかとか、みじめに感じるのかっていう感じで自分に話しかけたりとか、
なんかそれって、いやそう感じるよね、この状況だったらみたいな。
自分の隣に立って肩をポンポンしてあげるみたいなイメージで言葉をかけたりっていうことをしますかね。
そっか、それができてるんですね、自然ときと。
なんかそうしてあげるしかないかなくらいに思ってるんですかね。
それは昔からその術を身につけてたんですか。
どうでしょう、いつからとか明確に覚えてないですけど、
でもここ最近というよりは、20代の時もやってはいたような気がします。
なんかそういう話を聞くことが多分あって、本を読むとか。
なんかインナーチャイルドってご存知ですか。
はい。
なんかその心理用語でありますよね、その自分の中にいる子供ですかね、文字通り。
その声を聞いてあげるのがすごく大事みたいなことを言われたりしますよね、心理学。
確かに確かに。
そうですね、なんかまさにそれでいくと、3歳くらいの自分といつも一緒にいる感覚でいるかもしれないです、そういう時って。
09:00
そうなんですね、実際に感じてるっていうか。
そうですね、なんかこう思い浮かべて、自分に寄せたい時に出現させますかね、
今日何食べたいとか、あの食の会でありましたけど、ああいう時とか。
いやいや、それができてるってすごいですね。
ですかね、なんかそうじゃないと苦しくなっちゃうからみたいな気持ちの方が大きいんですけど、
なんていうか、必要に駆られてやっているというか、っていう感じですけどね。
でも確かに私もその慰めてあげるみたいなこととか、その認めてあげるっていうのも、そういうドロドロした感情にまみれても苦しくて苦しくてみたいな、
先になんかふっと、まあでもこれをぶつけるわけにはもちろんいかないし、すごく理不尽すぎるやつあたりなんで、
でもこの感情は生まれちゃってるわけで、じゃあこれをどう処理するかっていうことなんだよな、つまりはって。
だから、なんか私もその、いや一回じゃあもうそう思っちゃうのはもう仕方ないじゃんみたいな悟り境地に入ったのかもしれないですね。
うーん、なるほどなるほど。こうするしかないじゃんっていうところにお互い来たっていうことです。
でも本当な、なんで自分ってそういうこう優劣意識とかがなんかあるんだろうなとかっていうのを最近考えてます。
幼少期にあるのかなって思ったりしてます。
うーん、あそこまでちょっと見えてきたんですね。
うーん、そうですね。割とやっぱり自分のコンプレックスになるのかな、そういう部分を、
まあ今言った人と比べるとか以外でも辿っていくと、幼少期なのかなっていう気がしますね。
私もそうかもしれないです。しかもなんか私はパッと思い浮かぶ情景というかがあって、
まあそもそも多分こんななんかよく声が柔らかくてとか穏やかそうですねとか言われるんですけど、
でも多分競争嫌いじゃないんですよね、もともとの性質としてみたいなところと、
あと小さい時の環境がそんなに天真爛漫で何も心配せずに子供らしく生きてこれたみたいな感じではなかったので、
その周りのキラキラして見える友達とか子供たちと一線を置くための心を守るための手段というかだったのかなと思っていて、
なので自分が何かを頑張ったりとか一番になるとか表彰されるとか、まあ学生時代ですけど、
そういうことでまあ優劣ですよね、自分をその上か下かみたいな話で言ったときに上にすることで自分の心を保っていたというか、
だから自分は環境としては大変だけど、でも私はみんなより頑張ってるんだっていう、
そこで自分を上ってすることでバランスを保っていたみたいなのはあったりするんじゃないかなって。
12:01
そうか、それは振り返ってみてどうでした?そうやって過ごしてきた時間は。
楽しかったんですよね。絵を描くとか図工とか、そういうのはめっきりダメだったんですけど、
まあそんなにダメなこともありつつ、結構やれば様にはなるみたいなタイプだったので、
まあそれも拍車をかけたのかなと思いつつ、何かを頑張るとか、目の前のことに真剣に取り組むみたいな姿勢はずっと保ってたというか、
っていうのはあるし、ともなって充実感とかもあったので、別に毎回相手を下に見てるとかじゃなくて、
自分の中の戦いなので、なんかその充実感とかっていうのはあって良かったというか、別に変な思いではないかなという感じですかね。
うーん、そっかー。ドロドロした感情から幼少期のことになりましたけど、
幼少期の経験ってすごく人格形成に大きな影響を与えてると思いつつ、
ただじゃあ、幼少期にあんまり良い時間を過ごせなかった人がその後人生変えられないかすらそんなことは全然ないとは思うんで、
どっちもあると思うんですけど、でも私自身の内政的にいろいろ考えると、幼少期のあれが関連してるのかなって思うことは結構ありますね。
だから今、みずほさんの聞いてて、私もしかしいところはあるかなと思ってたんですけど、
私もその天真爛漫にそれこそのみのみみたいな感じではなかったんですよね。
それこそ本当にもうかけっこで一番になることで褒められることが大事みたいな。
勉強頑張ってクラスで一番になったりすることがなって褒められなければ自分の居場所がなくなっちゃうまで言わないけど、
今考えればそういう、ただいるだけでいいんだよ、もちろん愛情をすごく注いでくれてはいたのは感じてましたけど、
ただどこかでそういうふうに自分を証明しなければ認めてもらえないみたいな感じはすごくあってとか、
あとはちょっと兄弟との兼ね合いでというか、私がしっかりしなきゃみたいなのがすごくあって、
そういうのがいろいろ相まって、人と比べて人が自分で悩んでるものを持ってるときに、
なんかこう鬱屈した感情になっちゃうのかなとか、今みずほさんの話聞きながら思った一瞬でした。
なるほど。だからその上を目指すというか、上上っていう目線でずっときたから、
やっぱり求めるものとか理想、こうありたいっていうものも自然と上を見てるんじゃないかなと思ったり、
いや、とてもいい意味でです。だから、ひささんが言ってたこう、妬みとか悲我みとかっていう感情を抱いてしまうような方に、
そういう感情を抱くのって、たぶんその上を見てるからこそっていうか、なんかつながるなって聞いて思いました。
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そうですよね。あとは単純に自分が欲しいと思って望んでるのに手に入ってないことって、
やっぱりそういった幼少期関係なくこう、つらかったり悲しかったりするじゃないですか、自然な感情として。
だからそれを持ってる人が単純にうらやましいみたいな、その幼少期の運命には関係なく。
それももちろん普通にあると思うんですね。
何事も考えようみたいなところで行くと、周りにいいことがあったときって、
自分にもいいことが起きる前兆だみたいなのをどこかで見聞きしたことがあって、私はそれを採用するようにしたりしてるんですけど、
そうするとマイナスに引っ張られないというか、例えばここに達したいとしている目標地点に行ってないときに、
友達から先にそこに到達したみたいなお知らせが来たら、マイナスな感情になることって可能性としてはあると思うんですけど、
そこで私にも次来るみたいな感じで、類は友を呼ぶみたいなのも近いんですかね。
ブラシに持って行くっていう。
それめちゃくちゃすごいです。私だったらもうそれをドロドロの沼に自ら入って行きます。
さよならって。
そんなふうに思えるのすごいです、ほんと。
ちょっとゲーム感覚ですけどね。
でもそれはどこかで、自分もできるってすごく強く信じてるのとかってあります?
いや、もうこれは何の根拠もない感じです。
よくちっちゃい子がどっかぶつけて泣いてるときに、チチンプリプリ飛んでけみたいなのあるじゃないですか。
ありますね。
ぶつけてあれで飛んでった気がするみたいなくらいの感覚です。
でもその感覚でも、みずほさんの心持ち的には、よーしみたいなポジティブなふうに向くんですか?
そうですね。マイナスにはいかないというか、それこそ時々出てきますけど、
タイミングとか自分の力でコントロールできることって少ないよねみたいな話をちょいちょい私たち知ってると思うんですけど、
その領域があるよねっていう前提で、できまず行こうぜっていう気持ちになれるというか。
へー、いや羨ましい。すごいそれは。
それこそほんと軽やかですかね。なのでできる方はぜひって感じなんですけど。
みんなどうやってるんだろうなって思ったりします。私はその沼に肩までどっぷり浸かってるとき。
私だけが嫌な人間なんだろうかとか思ったり。マイナスの負のループに埋まって、頭のてっぺんまでブクブクって。
確かに。私もこういう感情を抱きたくないし、抱いたら自分最低みたいなふうに思いますけど、
18:00
でも喜ぶとか悲しむと同じように当たり前の感情の一種じゃないですか。
だからなんなんですかね。なんでいけないって私たち思っちゃうですかね。
社会通念なんでしょうけどね。これもねたんでたらビールをおごってもらえるっていうか、祝福してくれるみたいな。
社会通念になったらまた違うんでしょうけど。
本当ですね。友達にはよくするべきというか、そういういろいろなあれがあるからでしょうね。
やっぱりそういう美しく描かれる。でもドロドロ系もあるかも。
ドロドロ系もあるかもだけど、でも意外とそういうドロドロ系の方が、例えばドラマとか映画とかわからないけど、
グーッと共感する不の感情ですけど、こともあるから、やっぱりそういうふうになる人は多いんだろうなと思います。
なるほど。確かに確かに。そうですよね。
みんな実は思ってるけど言わないこと。
そうですね。本当にみずほさんが言った通り、なんでそんなふうに思っちゃうんだろうぐらいの感じで、感情の一種って今言ってくれましたけどね。
そんなふうに、なんか無理にめちゃくちゃポジティブに行こうぜみたいな。
ポジティブキラキラ100%みたいなのじゃなくて、もっとしっぽりとっていうか、いやいや、まあまあそういう感じになることもありますよぐらいの感じで寄り添うのが、私はなんかしっくりくるなって感じでした。
うんうん。認めてあげるっていうか、それもありだよねってしてあげられるのが、自分としても楽ですよね。
そうですね。無理に元気にならなくても寄り添うだけで、もうその寄り添いがあるだけで多分、それが自然と癒しとか、なんとかやっていこうかっていう気持ちにつながるのかなって思いました。
今日のランタンで、みなさんの心が少しでも軽くなっていたら嬉しいです。
また来週。番組ではみなさんの感想や質問、リクエストなどを募集しています。詳細は概要欄をご覧ください。
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