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#29 忘れられない、あの一言。言葉にまつわるエピソードを振り返って思うこと
2025-02-19 20:18

#29 忘れられない、あの一言。言葉にまつわるエピソードを振り返って思うこと

言葉について、話をしてみました。

大学の先生からの忘れられない一言/剣道の大会で決勝に向かう前にかけられた言葉/時を経て変化する解釈/受け取る側に想像力を働かせる/沈黙が語るもの/相手が求めるものに寄り添う/自分にかけたかった言葉を代弁してもらった経験

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このPodcastは考えるひといしだと、感じるひとみずほがお届けする番組です。毎週水曜配信。

「夜空にランタンを」飛ばすように、私たちの考えや想いを解き放つことで、リスナーの皆さんの心が少しでも軽くなったらという願いを込め、日々の暮らしの中で気になったことについてお話しています。

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このポッドキャストは、考える人石田と感じる人Mizuhoがお届けする番組です。
夜空にランタンを飛ばすように、私たちの考えや思いを解き放つことで、リスナーの皆さんの心が少しでも軽くなったらという願いを込め、日々の暮らしの中で気になったことについてお話ししています。
考える人石田です。
感じる人Mizuhoです。
こんにちは。
こんにちは。
今日のランタンは何でしょう?
今日のランタンは、心に残った言葉についてです。
言葉ってかなり抽象的なものなんですけど、ザックバラに抽象的なことから具体的なエピソードまで、このテーマで話してみたいと思います。
私から一つ、このテーマをお話したいと思ったきっかけになったエピソードを話すと、今まで生きてきた人生の中で忘れられない言葉が一つ、二つぐらいあって、一つがですね、私の大学の時の先生にかけてもらった言葉なんですよ。
それが何かというと、まずその言葉をもらったシチュエーションから説明すると、大学を卒業して、以前話したように激務時代、石田激務時代で毎日ハードワークしてて、特に一年目でも全く結果も出てない、毎日でもハードワーク。
つらい、つらい。泣いてたような時に、たまたまその当時はミクシーっていうSNS、日記サイトみたいなのがあって、そのミクシーに先生が、たまたま全然そういった私の時を知らずに送ってきてくれたメッセージだったんですけど、その当時、その先生に子どもが生まれましたと。
そのニュースをお知らせしてくれるために私にメッセージを送れてたんですね。そこに書いてあった言葉が、実は子どもの名前をサオリっていうふうに名付けたかった。何でかって言ったら、子ども、この子ども、自分の子どもがサオリみたいな人間になってほしいと思ったからって書いてあったんですよ。
ちなみにその先生はアメリカ人なんで、英語でこれは書いてあったんですけど、日本語にすると今みたいな感じで。さっき言ったみたいに、その言葉をかけてもらったタイミングも、もう本当に自己肯定感がこれより下がることないだろうぐらい下がってる時期だったのもあって、私はそれを営業車の車の中で見たとき、もう泣いてしまって、
それからすごく私を救ってくれたし、すごく嬉しかった言葉として今でも覚えてるんですけど、その先生はいつも私のクラスでの振る舞いをすごくよく褒めてくれてて、はいじゃあディスカッション始めてって言ったときに、まず私がいつも発言をしたりとか、よしじゃあちょっとこれについて喋っていこうみたいな感じで、
雰囲気を作ってくれてるっていうアティチュードをいつもしてくれてるし、それ以外でもこういうところがすごく素晴らしくて、もう今まで見てきた先生の中ですごく一番素晴らしい生徒だと思ってるっていうふうにいつも言ってくれてたんですね。
03:12
で、私のいたクラス自体がものすごく素晴らしいクラスで、これは聞き目なしにっていうか、他の先生たちも言ってくれてるぐらい私たちのクラス自体がみんなすごい意識高くて、モチベーション高かったんで、その環境が私にいいふうにインフルエンスしてくれたっていうのもあるんですけど、
そういう大学時代から言ってくれてたのもあったんですけど、それをこうやっぱり名前を自分の子供につけるっていうものすごく大事なところで、私を思い出してくれたんだな、それだけ本当にこう、本当に本当に心からそういうふうに思ってくれてたんだなっていうことがすごく嬉しかったなあっていう。
で、それは今でも私を支える一言になってるので、なんか言葉ってやっぱり、先生としては私がそういう状況だったってことを当時知らずにその時は言ってくれてるんだけど、やっぱりそういう何気ない一言とか何気ないメッセージでその人のその後の人生を救うような、その人のその時の一瞬を照らすような希望にもなることだから、
なんか言葉の力はすごいなあと思うことがあります。以上です。
行為と思いだけでも嬉しいですけど、それがその絶対さんがものすごくこう、下がっていた時というか、自分に自信だったりとか肯定感をなくしていた時に送られたっていうのがまた、
みなさんあれですね、ちなみに医者さんの下の名前は沙織さんという、あれですよね。
お気づきかと思いますけど。
急に誤解しました。
聞いてて思いましたけど、先生がなんで沙織とつけたかったかの一つに、クラスで雰囲気をすごく作ってくれてるっていう話ありましたけど、医者さんがまさに家庭で培った力じゃないですか。
私の家庭で。
そうですね、周りを見て大丈夫かなっていう。
そうですね、そういうところもすごい嬉しかったです。
大変なこともあったんでしょうけど、それをちゃんと評価してくれるというか、プラスにとってくださる方もいらっしゃったんだなっていう、すごい温かいお話ですよね。
はい、そうなんです。
なので、言葉について話そうと思った時に、ちょっと真っ先に私が思い浮かんだのは、この忘れられない言葉でした。
みずほさん、どうでしょう、このテーマについて。
私もいくつかあって、今日どれを話そうかなって思ってたんですけど、医者さんが先生ネタで来たんで、私も先生ネタに。
06:00
お願いします。
私の心に残っている先生からの言葉は、中学校の時の先生の言葉なんですけど、
魯活の顧問の先生で、私は当時、剣道部に所属していて、その剣道部の先生の言葉なんですけど、剣道は私、中学校1年生から始めたんです。
個人戦と団体戦があるんですけど、団体戦は5人で戦う中で、同学年の部員が7人くらいいたんですかね。
その中の1人だけが小さい時から剣道をやったことがあって、それ以外は元初心者っていう中で、
ただ地域柄結構強い、関東とか全国とか行くような学校が多かったりとか、子どもたちが多いようなところなので、
学校自体も強かったので、目標はもう初心者なんですけど、関東全国上位入賞っていう紙がバーンって貼ってある感じで、それを目指してみんな頑張ってるっていう3年間で、
3年生になった時に、剣大会で優勝したら関東大会も全国大会も行けるっていう流れなんですけど、その決勝戦で私の順番を待っている時ですね、
私は3番目の中剣というポジションだったんですけど、そこで自分の番を待っている時に先生が、みんなに全国大会連れてってほしくないだろって一言言ったんです。
それが応援の言葉であり、これから戦いに行く私に対する一言だったわけなんですけど、結果私それで負けちゃったんですよ。
負けちゃって、チームとしても負けちゃって、関東大会はいけるんですけど、全国大会はいけないっていう形になったんですね。
その先生の言葉は私にとって結構長い間、ネガティブに働いたというか、私のせいで全国大会に行けなくなってしまったっていう形だったんですよ、どっちかというと。
申し訳ないという気持ちですかね、の方がすごく大きかったんです。チームにとってもみんなでそのために頑張ってきたのに、その一瞬でダメにしてしまっただったりとか、
先生も期待してくれたのにその期待に応えられなかったとかっていうので、ずっともやもやする言葉だったんですけど、
大人になってというか、本当にここ最近またその言葉を考えているときに、ふとあれはすごい応援の言葉だったなっていうふうに気づくことができまして、
ちょっとそのきっかけを忘れてしまったんですが、応援だったし、私を信頼しているからこそかけた言葉でもあったんだろうなっていうふうに見ることができるようになって、
呪いは解けたというか、ちゃんと言葉を受け取ることが大人になってからできたんですけど、
そういうのがここに残った言葉であり、また受け取られるかどうかは本当に相手次第なんだなっていうのを身をもって思いましたね。
09:11
なるほど。
私一生思ったのが、当時かけてもらって負けちゃった後に、先生があんなプレッシャーかけるようなこと言うからとかそういう気持ちにはならなかったんですか?
確かに。それはなかったですかね。
そうかそうか、まあしょうがないよっていう。
そうですね。
なんか絶妙ですね、その先生の言葉。
本当に同志に向いてる人というのか、多くを語らないけれども、その一言一言にすごく意味とか思いが込められてる方だったなって、他の言葉とか言動を思い返したときに思いますね。
本当に思いました。さっきみずほさんが言ったみたいに、信頼してるから、お前が取ってくるんだぞっていうことを言ってるっていうふうにも受け取れるし、でもちょっと鼓舞する感じもあるじゃないですか。
お前が決めてくるんだみたいな。他の奴に決めさせるんじゃなくて、お前が決めてくるんだぞみたいな。
なんかそれも出ていく前の一つ、よしやってやろうみたいな気持ちにさせるっていう意味でも、わーって聞いてました。ちょっとグルグルしちゃいました。
本当に本当に勝ちたかったですよね。
みずほさんが言った、言葉って受け取られ方次第、受け取る方次第みたいなところがすごくあるっていうのは、この言葉においてすごく重要なところですよね。
同じ言葉でも受け取った人、その状況を同じ人でも、によってたぶんものすごく傷つく可能性もあるし、すごくそれが救いになることもあるし。
私自身は褒められたら嬉しいし、褒められるともっと頑張りたいとかって思う。なので褒め言葉はプラスに働くタイプなんですけど、
世の中の人、大半がそうじゃないかってフィルターで物事を見がちだったのですが、いろんな人と接していると褒められると逆にプレッシャーだっていう風に言う方に会ったことがあって、
海岸というか、私とは真逆の反応でまさかそんなのがあるのって思いましたけど、そういうのも一つ例ですかね。
もちろんもちろん、本当に。だから何事もそうなんですけど、想像力を持って言葉を選ぶしかないんだけど、その想像力もやっぱりどこかで限界があったり、
みずほさんが言った海岸をまだしてない部分がある可能性ってやっぱり無限にあるじゃないですか。だからすごく難しいですよね。
言葉にするとちょっとチープですけど、言葉って難しいって。
あとちょっと思ったのが、今言葉にまつわる勇気づけられたとか解釈が変わってポジティブに受け止められた例を話しましたけど、
12:05
前何かの回でも話したけど、相手がすごく辛い状況、たぶんみずほさんはまだ身内の方が亡くなったことがないから、
誰かが亡くなった人に対して何て言葉をかけるか分からない時があるっていう風に言ってたこともあったと思うんですけど、
そういう時ってやっぱり最も難しいですよね。相手がすごく何か辛いことを経験したとき。
これは難しいですよ。やっぱりその人のためになってあげたいって思うので、何かをかけてあげたいし言うんですけど、
でも分からないゆえに傷つける可能性とか、全然求めてないことを言う可能性っていうのはすごい大きいですよね。
だからやっぱり何か言葉をかけてあげようって思わなくてもいいんじゃないかなとかってちょっと思ったりするんですよね。
だから何て言っていいか分からないっていうことをそのまま伝えるのがいいか分からないけど、
変に取り繕って言葉を言うぐらいだったら何も言わずに、そこで一緒に話をひたすら本当に聞いてあげるとかうなずいてあげる。
沈黙になってもいいから、何か何だろうな、言葉をかけることがすごく励ますとかっていうふうに思われがちなんだけど、
言葉をかけなくても沈黙になってもいい場面も逆にたくさんあるんじゃないかなって、それが何かを語ってることもすごくあると思うんで。
何かそれを聞いてて思い出したんですけど、何回かお話ししてる前のパートナーさんのお別れのときに、すごく傷ついたというかショックだった私に対して、
周りがかけてくれた言葉でよかったなって思うものの一つに、もし話をしたかったら言ってねとか、もし聞いてほしかったら聞くよとかっていう形で入ってこないというか、
私の要望を聞いてくれたっていうんですかね、っていうのがすごくよかったなと思っていて、向こうからしたら私が何を求めているのかっていうのは、
まず勝手に推測せずに聞くっていうんですかね、っていう行為をしていただけたのはすごくスマートな方たちだなっていうふうにそのとき思ったんですけど、
なんでそうですね、医者さんと話すの通じるっていうか、必ずしても勝手に自分の中で答えを出さなくてもいいのかもしれないですね。
そうですね、そうやってその人がどうしてほしいかっていうのをまず確認する。
ここにつながるかわからないけど、私もう一個すごくあって思った言葉があって、過去回でも話しましたけど、
私が不妊治療をしてて、それをほぼやめたぐらい、やめた直後ぐらいのときに、ずっとその当時仲良くて、
15:00
月何回かご飯行ったりしてて、私のその治療のこととかも、ちくちくいろいろ話を聞いてくれた友達に、もう治療やめたんだよねみたいな話をしてたんですよね。
これ治療中もそうでしたけど、やっぱりそのテーマ自体がすごいデリケートだから、私は変に重くなりすぎずにっていうか、
私のロジカルに考えて、なぜやめたのかとか、今どう思ってるかとか、こういうふうに自分の中で咀嚼して、こういうふうにしようと思ってるみたいなことを割とフラットにトントントンと喋ってて、
で、それを全部聞いた後にその子が、まあでも石田さん頑張りましたもんねって一言言ったんですよ、私の話を全部聞いた後に。
で、その言葉を聞いたときに、私はなんか、はあって、なんかすごい肩の力が全部抜けたっていうか、ああ、私頑張ったんだみたいな気持ちになったんですよ。
で、たぶんそれは、なんかその、自分で自分にそう言ってあげたかったけど、言えてなかったのかな、たぶんその時点では。
もちろん頑張ったとはどっかで思ってたけど、それよりも自分の気持ちとかこういろんな経験をプロセスするのに忙しすぎて、自分の至る、まだピエゼまで至ってなかったっていうのもあるけど、
あるし、たぶんもう一個ではその、まあ自分にある意味を厳しくしてたっていうか、いやまだできたんじゃないかみたいなこととかも考えてて、
とかっていう時だったんだけど、その友達がそれを言ってくれたことで、ああ、私は頑張ったって認めていいんだみたいな、私頑張ったんだなあみたいなことを、すごい素直にすんって思えたんですよね。
だから、その頑張りましたもんねっていう言葉だけを見ると、なんかまあ普通にこう一言だし、何か励ましたりとかそういうこともないんだけれど、すごくこう受け止めとか承認とか、
そういう意味合いがあって、何でもない一言って言ったらあれなんですけど、でもそういう言葉がやっぱり状況とかによってはすごく染み入ることがあるなって思ったりしました。
はい、私もこれってすぐには言えないんですけど、でもこういう経験あります。
えー、はいはいはい、どういう?
これやっぱ苦しんでる時ですかね、とか悩んでる時に、何て言うんでしょうかね、自分にかけてあげるべき優しい言葉であったんだけれども、かけてあげれなかった心の奥の言葉みたいなのを代弁してくれる誰かみたいな、
っていうのはすごく刺さりますよね、心がホロッとするっていうか、涙が出てきちゃうとか、緩みますよね。
うんうん、そうですそうです。しかもあの、今聞いてと思ったんですけど、みずほさんの。
そこでたぶんその子が、いや自分頑張ったって認めてあげないよとかみたいなことを言う風な言い方をされてると、いやでもとかブツブツってなったかもしれないんですけど、
18:01
その子のその時の言い方って、なんかたぶんその子なりに私の今まで経験したことをすごい想像して、その子が、いや私はこう思うんだけど、すごい頑張ったもんねって言ってくれてた、その言い方も良かったっていうか難しいんですけど、
その頑張ったって言ってあげないよって強要してくるわけじゃなく、たぶんその子がいろいろ想像して、本当に私のこう経験を総括した、その子の感想っていうか、第三者的にこうフワッと言ってくれたからこそ染み入ったんですよね。だから言い方も大事なのか。
確かに。だと思ったのは、その方がすごくちゃんと医者さんの話を聞いてらっしゃったんじゃないかなって思ったり、だからこその出せた言葉というか。そうそうそうです。そうですそうです、まさにまさに。
だからそう考えると、さっきの何も言わなくていいんじゃないか説と通ずるというか、本当に目の前の方の話を親身に聞いてあげるっていうのも一つ選択肢なんですかね。
アウトプットがそこで言葉になるか沈黙になるかどういう形であれ、やっぱりその受け手側がすごく私のことを今思ってくれてる、想像してくれてるんだなって伝わるというか、まずそこがあるかないかっていうのがすごく大事なんでしょうね。
確かにそうですね。見えないけど伝わりますね。そうそう本当に。
今日のランタンで皆さんの心が少しでも軽くなっていたら嬉しいです。
また来週。
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