00:04
気持ちの良い方を選べ、テツセカ。
この番組は、哲学を知りたい3人が、気持ちの良い方向に向かって延々と走り続けているラジオです。
はい、ミソです。
モアです。
トモキです。
でも、ほんと気持ちの良い方向に向かって走ってる感ありますか?
そうですね、気持ち良いっすね。
気持ち良い、楽しい方向に向かってますよ。
楽しいとは何か、みたいなところにも通じますよね。
楽しいの意でやってないよって、大沢前回すごい言ってましたからね。
それを求めてるわけですよ。
まあ、全然わかんないですけどね、そこはね。
そうですね。
快楽の吟味
ということで、エピクロスのね、前回原子論的な話、だから自然学と認識論、感情とか感覚に従うべきだよ、みたいな話をやりましたけど。
だから、エピクロスとしては、その感情、感覚っていうのは表彰をそのまま受け取るのだから、その表彰の通りにそれを捉えるんだと。
だから間違いはないんだということを言ってたわけですけど。
で、ここから倫理学的な部分に行くんですけど。
前回の最後の方に言った通り、感情で表彰を捉えるとしても、そのまま捉えるのはいいけど、じゃあそれをどう判断していくのか、みたいなところですね。
それは、これも前回言ったんですね。
感情で判断するんですよと。
理性ではないと。
プラトンの言うところの欲望の部分で判断するんだと。
欲望の部分で快楽を選び取る、みたいな話になっていくと。
なんかね、エピクロスがこれは実際書いてあったんですけど、快楽の快、快は第一の生まれながらの善なのだ、みたいなことを言っているんですね。
ただ、何が快楽を生むのか、気持ちよくなれるのかっていうのは、ちゃんと吟味しないとダメだよねと。
その欲望の吟味っていうのが必要だよと。
で、この吟味に欲望をどういうふうに分けるのかっていうのに、
これはエピクロス流に言うと、資料を使うんだっていうふうに書いてあって、
多分プラトンの言うところの知性の部分なんだと思うんですね。
もちろんプラトンのこととかも散々多分エピクロスは学んできてると思うんで、
その知性が大事じゃないとは言ってないわけですよね、きっとね。
だからここで資料、知性を使うんだと。
何が本当に気持ちいいことなのかということですよね。
だからここで欲望を自然、なんかね、ここも分かりにくかったんでちょっとすっ飛ばすんですけど、
自然で、自然な欲望とか、無駄な欲望とかに分けて吟味していくんですよね。
かつなんか自然で、それは必要な欲望とか、自然で必要でない欲望とかって、
なんか分けていくんですけど、ちょっとすっ飛ばしつつ。
まず簡単に言うと、その欲望には自然な欲望とそうでないものがあるよみたいな感じなんですけど、
その自然な欲望っていうのは生理的な最小限の、必要最小限の欲望みたいな感じですよね。
その必要以上に食べ物も飲み物も取りすぎると逆に気持ち悪くなるしみたいなね。
そのやらしい行為とかもたまにするから気持ちいいわけで、
なんかね、こうやりすぎたらちょっともういいっすみたいな感じになるかもしれないし、
この必要最小限を知ることがなければ、やっぱり快楽にはいたらないんだっていうことを資料を使って見極める。
樽を知るというか、何つってたかな、ちょっと忘れたんですけど、
必要最小限をね、知ることが大事なんだよということを言っていくわけですね。
これはなんかもう王様だろうが貴族だろうが貧乏人だろうが、それはもう関係ないと。
王様が贅沢三昧して、より美味しいもの、より美しい女性とか少年とかを求めても、
本当に飢えてる時の一切れのパンとか、本当に渇いてる時の一杯の水に勝る快楽はないのだから、みたいなことを言ってたりとか、
逆にそれ以上をほすれば苦痛の方が多くなっちゃうんだよと。
苦痛を避けて快楽を選ぶには、自己重則ですね。
自己重則っていうのを知るべきだ、みたいなことを言って、樽を知るみたいな感覚ですよね。
苦痛を避けるっていう風に、割とそこを強調するんですけど、
苦痛を避けると言っても、どんな苦痛も避けるべきだと言っているのではなくて、
それも苦痛自体も、ちゃんと分析すべき対象、資料を使って分析すべき事柄であって、
苦痛に耐えることによって得られる快楽だってあるわけですよ。
哲学とかまさにそうだと思いますけど、何回極まりない本とかを読んで、
そのときはもう苦痛でしょうがないけど、うわーなんか分かったわみたいなときのね、
脳汁がドピュドピュ出るわけですよ。
あの感覚とかね、たぶん言いたいんだと思うんですけど。
苦痛と快楽の関係
本の中に出てたのは、医療行為とかね。
たぶん当時はね、まともな麻酔とかもなかったわけで、
当時の外科手術とか、それはまあ尋常じゃない苦痛を伴ったでしょうけど、
それはより大きな苦痛を取り除くためだし、
感知すればまあ再び心よい状態になれるからやっているわけだよね、みたいな。
だからまあその苦痛を耐えて快楽を得るということもあり得るわけなんで、
そこはちゃんと仕様を使って快楽を、
感情をより分けていかなきゃいけないよということを言っているわけですね。
まあまあこんな感じで言ってるんですけど、
だからエピクロスはこの本当の快楽は、
暴飲暴食しにくりんではない快楽と苦痛を資料に分けて、
本当の意味での快楽を見極めないと心の平静には至らないよっていうようなことを言ってるんですけど、
これに対してなんかね、ストア派からはまたなんか、
ちょっと言われていて、
なんでこんなこと言うんだろうなって感じなんですけど、
ストア派はエピクロスのことを、
でもなんかあいつは自分の庭園に女まで連れ込んで死体放題してるとか、
なんかみだらな手紙を書いていって、
みたいなね、すごいラブレターみたいなのを、
しつこく女の子に送ってたんだよあいつはみたいなことが残ってたりするんですよ。
これもね、いやそうじゃないよって言ってるのに、
ストア派はこういうことを言ってくるというような感じですよね。
でも、今でもさこれだから、
いろんなことをお腹痛くなっちゃったりとか、
本当にエピクロスは経験して、やっぱそれじゃダメだよねって気づいたとか、
そういう記述はあるの?
なんでそういうふうに気づいたのか?
トルに足らない、自己重足を知る方がいいよっていうのは、
自分の経験からとかそういうことは残ってないっていう。
エピクロスの生活と評価
残ってないですね。そこまで残ってない。
まあでも残ってたんじゃないかなと思いますけどね。
でもこれだけね、プラトン・アリスト・テレスを学んでね、
クリトスも学んでね、
かつ軍人としても従事した後にギリシャ中を旅してみたいな感じで、
すごい知識も経験も豊富な人間なんで、
多分そういうところからいろいろと考えて、
そういう結論に至ったっていうのはなんとなく想像できそうな気がしますけどね。
でも自分の生活がそういうふうに、
それに沿ってたかどうかっていうのはわからないわけかな。
なんていうのがある?
いや、キヨゲネス・ライル・ティオスはエピクロス推しなんで、
ちょっと持ってる部分はあるかもしれないんですけど、
だからストア派がいろいろね、
女連れ込んだりとか、
毎日女を特会、非会してたとか、
暴飲暴食の挙句に1日に2度は吐いていたとか、
そんなことを、クソリプ合戦みたいなことやってるわけですよ。
デマを拡散するみたいな、コミュニティーノートつくみたいな、
そんな感じでやってるわけですよ。
だけどキヨゲネス・ライル・ティオスによると、
いやそんなことはエピクロスはないよみたいなこともちゃんと言っていて、
エピクロスは全ての人に親切だった証拠がいくつもあるとかね、
規律正しい生活をしてたとかね、
っていうようなことはちゃんと書いてますね。
それが本当なのかどうかちょっとわからないんですけど、
キヨゲネス・ライル・ティオスによると、
エピクロスの遺書っていうのがその当時はたぶん残っていて、
そこには両親への感謝とかを忘れずに兄弟には寛大な心を持ってたし、
奴隷とかにも恩情を持って接していたし、
全ての人に対する人間愛があったみたいなことが書かれていたりしましたね。
あとはこの当時になっても、
アテネにずっとエピクロスはいたわけですけど、
それこそディアドコイ戦争の真っ最中で、
民主戦になったり下等戦になったりってコロコロ変わる中でも、
庭園で弟子とか仲間たちが一緒に留まり続けていたらしいんですよ。
そんなろくでもない奴だったら普通離れていくでしょっていうことを、
ディオゲネスは言いたいんだろうなっていうことですよね。
実際そのアンティゴノス2世の、アンティゴノス2世じゃない、
その息子のデメトリオスっていう人がアテネを包囲したらしいんですよ。
その時にはアテネ全体がほとんど飢餓状態に近いような感じになってたらしいんですけど、
それでもこの弟子たちはこの地を去らなかったみたいなエピソードも残っているので、
それだけ慕われていたっていう証拠だよねということを言いたいみたいですね。
別に古代ギリシャ人の里が知れるなというような話がずっと出てきてますな。
こいつらほんとクソだなっていう。
そうですね。
ひでえことばっか言ってんなっていう感じですね、ほんとね。
ほんとにね、まじでXと変わんないですよね、まじで。
ほんとですね、Xの下の方で生息している人たちとあんまりやってることはあれですけども、
頭いいからなお立ち悪いのかもしれない。
これはギリシャだけのことなの?今だってほら、Xさんに残ってる人たちがいっぱいいるから、
他の国とかでもそうなんじゃないの?大体。
派閥抗争ってこういうもんですけどね、基本的にはね。
そういう部分はあるけど、
ここまでギリシャのここまで表立って、
人を罵るときはとことん審議問わずに罵ったろうみたいな、
そういう感覚っていうのはあんまねえんじゃねえかなっていう気がします。
でもほら、こういうの名前言っちゃっていいのかわかんないけどさ、
アメリカのCMとか見てるとさ、コカ・コーラとペプシで、
ペプシがさ、コカ・コーラはさ、すごいダメですっていうことを平気で言ったりするんだけど、
日本はそういうことしてないじゃない?
だから慣れてないんだけど、もうめちゃくちゃそんなのなんかあるよね。
そっか、まあね、確かに。
連挙戦とかもすごいですもんね。
そうそうそう、もうほんとにめちゃくちゃそうなるね。
確かにな、そう考えるとじゃあ日本人らしいちょっとこう、
お行儀の良さみたいな感覚が強いから、ちょっとそういうところに対して
アホじゃねえのと思ってしまうのは逆に、そういうとこなのかもしれないですね。
あんまりそれもまた一般的ではないのかもしれない。
すみません、連挙になりました。
いやいやいや。
ありがとうございます。
まあまあ、だからヘピクロスは感情とか感覚で捉えつつ、
その快楽っていうのを選び取って、
ただ快楽っていうのは暴飲暴食とかすることじゃないよっていうのと、
そういうのを資料でちゃんと分けていって、
本当の意味の快楽を目指して心の平成に至ろうよっていうことを言った人っていうことですね。
ただ最後、ヘピクロスの最後は、
尿管欠席で相当苦しんだらしいっていう記述は残ってるんですよね。
エピクロスの手紙
あれだけ苦痛を避けて快楽を選ぼうとした人が最後は激痛にもだい苦しんでいったと、
いうことみたいなんですよね。
でもそれはヘピクロスのせいじゃないよね。
じゃないじゃない。
火山に飛び込んじゃったりさ、自分で選んで。
自分で選んで。
確かに確かに。
じゃないよね。
ああ、そうね。
クソマイミレで死んだわけでもないし。
そうそうそうそう。
まあまあね。
まあ、とはいえこれも最後の日、
ヘピクロスの最後の日に友人に当てたとされる手紙が残っていたらしくて、
この中には、生涯のこの祝福された日に、
そして同時にその終わりとなるこの日に、私は君にこの手紙を書くと。
尿道や腹の病はやはり重くて激しさの度を厳じ得ないが、
それにもかかわらず君とこれまで交わした対話の思い出で、
魂の喜びに満ちているっていうことを書いてるんですよ。
だから、なんだろう。
まあ、そのやっぱ苦痛は苦痛なんだけど、
それにもかかわらず、それ以上の君との思い出っていう快楽が増しているので、
なんかそれによって、まあ別に幸せだよとは書いてないですけど、
そういうことを伝えたいんだろうなっていう感じはありますよね。
だし、そもそも原子論的に捉えれば、
死ぬこととかね、もう別に意味があるものではないっていう考え方。
デモクリトス以来の原子論で伝統的にしてるんですけど、
別に恐れる対象でもないし、ただの物理現象に過ぎないみたいな。
だからまあ、どんな悶絶するような痛みの中でも、
思い出というそれ以上の快楽、魂の喜びが彼を癒したというかね、
なんじゃないかなっていうお話なんですよね。
素晴らしいね。
本当この流れでね、私、その会話で快楽がありましたっていうことだけど、
快楽と苦痛
そういう間柄ではなかったのかしらね。
ちょっとごめんなさいだけど。
わかんない。それはあり得たか。
この手紙を送った人は、それこそずっと色々変遷する中も、
ずっとついてきてくれた人で、なので、
まああり得たのかもしれないですね。
違った快楽があった可能性はありますよね。
肉体の対話みたいな。
そういうのは。
わかんないです。
そういうのは残ってる場合と残ってない場合はやっぱり、
違いがあるのかしらね。
残ってる人とは、やっぱりたくさんの人が話したからそこに残ってて、
こそこそやってた場合はいい感じにまとまってるみたいな感じで。
確かにね。
綺麗すぎるよね、だって。
そのエピクロスの手紙。
なるほど。
確かにね。
そんざんあんだけクラゲ野郎とか言ってたのにね。
綺麗にまとめるんだよみたいなね。
確かにね。
ソクラテスとアルキビアデスとかはね、
はっきりプラトンが割と書いちゃってる感じはあるんで、
残ってますけど、どうなんすかね。
どうやって研究者の人があの人とはそういう関係だったって、
わかるんだろうなって。
プラトンとディオンとかはそうなんでしょうけどね。
いやーまあでも本当面白かったけども、どうなんすかね。
実際トモキさん的には、トモキさんの中でのアタラクシアは、
エピクロス派か、アカデミー派か、ストア派か、どれが一番しっくりきますか。
いやーなんか、アタラクシアかどうかはわかんないですけど、
最近思ったのはやっぱアカデミー派かな。
若干物議をかもすような発言になっちゃうかもしれないですけど、
ワクチンとかさ、そういうのってさ、
それこそワクチンの中身なんて我々は知らないし、
ウイルスがどうなってるかなんてわかんないけど、
ある程度判断を保留しつつも、
真なるものと思われる表彰に従って、
僕はね、売っとうかなと思って売ったっていうぐらいの感覚なわけですよ。
そこまで考えてもないし。
ストア派から言わせたらね、いやいやそこはちゃんと考えろよみたいなさ、
調べたらいくらでも出てくるんだろうみたいなこと言われるかもしれないですけど、
調べてもろくなもん出てもないですけどみたいなところもあるわけじゃないですか。
逆にそういう方がちょっと危ない方向、危ないって言っちゃうとあれなんですけど、
っていう可能性もあるかなーっていう気がしましたね。
最近ふわっと思ったことなんですよね。
でもすげーよくわかる、それは。
めちゃくちゃ同感ですね。
考えようがないこともあるのかなっていうか、
考えるべきことと考えなくて判断保留した方がいいことというか、
まあまあそういうことにしとこうみたいな。
わかるわかる。
え?判断保留する方がストア派?
アカデミー派。
ストア派もなんかそれっぽいところに行っちゃったけど。
行っちゃったけど、でもアカデミー派。
まあ言っちゃうと、別にワクチンとかに限らず、
なんだろうこう、陰謀論みたいな文脈で、
ちょっと考えすぎってそうなっちゃうパターンもあるわけじゃないですか。
で、考えすぎて自分はめちゃくちゃ調べましたみたいなところで、
いろんな角度からね、ちゃんとラブフォンに近づいていくみたいなアプローチもちゃんと自分は取ったし、
っていうところでもう確信して掴んだんだ、私はみたいな。
考え方と意見
その把握的表彰を掴んじゃってるわけですよね。
でもそれ本当に、それ把握できてます?っていうか、
それ真なるものですか?みたいなところなんですかね。
ちょっとわかんないですけど。
とか思いましたね。
めちゃくちゃわかりますな。
え、みそちゃんも同じ?どっちか、どれかって言ったら?V2の中で。
僕はね、結局あれですね、
どれかどれですかって聞いといてなんですけど、
やっぱり言いとこどりというか、全部大事じゃない?っていうふうに思いました。
そりゃそう、そりゃそう。
さらに言うと、この時代と比べて現代の情報量っていうのが、
多分もう何百倍とかそんなレベルの情報量なんで、
やっぱり判断を保留にせざるを得ないような状況もあるし、
そうなんですよね。
で、その選んだ情報の中から決断しなきゃいけないこともあるし、
で、それを決断するまでに時間があるんだったら、
そこのところをもっと解像度を上げていくための作業みたいなのも必要になるし。
確かに確かに、そういうアプローチですね。
最終的には判断を保留しつつも何か手を打つみたいなこともやらなきゃいけないみたいなこともあったりするから、
だからなんか全部大事だろうと思います。
考え方としては全て持っておくべきじゃないかなっていう感じの、
すげーこういいとこ取りの相対主義者的なことに。
えー、じゃあさ、私言っていい?
どうぞ。
結局ね、みんな言ってるのは自分が心地よいところを選んでるわけじゃない?
なるほどね。
まあ、なかなかそうですもんね。
全部言ったら。
だから3つの中だったら私はエピクロスなのかな、今は。
なるほど。
言われたらそうかもね。
だって結局同じ、どういうふうに考えるかなんて自分のさ、気持ちよさでしょ?
そうそうそうそう、確かに。
確かに。
そうだから、もしその感情っていうのが私の理解とエピクロスの感情の理解が同じなんだったら、
いや、違いだと思う。
結局快楽を目指してるんじゃないかなって。
確かに。
ほんとだから、感情とかの捉え方によっても全然なんか変わってくる部分な気もしますよね。
うん。
うん。
確かにね。
そうかな。
気持ちのいい方を、うん、確かにね、選んでるね。
選んでる。
どれかを選べない、みそちゃんの感情も気持ち悪いからどれかを選べないでしょ?
そうそうそうそう。だから多分、今ちょっと考えてたんですけど、
多分どれかを選んだら平成になれないんじゃないかなってちょっと思ったりもしますよね。
うんうんうん。
だからこそのいいとこ取りっていう感覚なんだろうなーみたいな。
確かになー。
結局誰かを否定するとかっていうのもあんまり好きじゃないので、
どの意見を否定するっていうのもあんまり好きじゃなかったりするんで、
だから古代キリシャ人ディスってんの聞くとイラっとするっていうのはそういう。
そうですね。気持ちよくないですね。
わかる。わかるわかる。
そうそうそうそう。
そうだな。
みんな違ってみんないいということでね。
まあでもストア派を選んだ人は誰もいなかったということなんで、
ストア派は不人気ということでね。
まあまあこれは多分僕の語り方の問題な気もしますけどね。
いやいやいやいや。
でもまあストア派が言ってることもわかりますけどね。
わかりますけどね。
そうっすね。諦めんじゃねえよみたいなね。
判断保留、まあそうね判断保留とか言って諦めんじゃねえよっていう感覚ですよね。
そうですね。
まあとはいえなんか判断保留となんか思考停止みたいなのってまた違う気もしてる。
違うと思いますね。
そうそうそう。考えるのをやめてるわけじゃないんで。
あえてもう判断しませんっていうことを言ってるだけなんで。
うんうんうんうん。
そういう判断みたいな感じですよね。
その、そのさ、思考停止っていうのもさ、私さ、やっぱ仕方なくて止まっちゃってる人いっぱいいるよなって思っちゃうからちょっと言っときます。
仕方なくてっていうのは?
諦めたく心の中で。
CPUが見つからない。
考えるところまでいかないっていうか、諦めるしかないような状態になるような人たちもいるっていうのをすごく考えていて。
だからやっぱり暇な方が、暇じゃないと考えられないんだなーとか思ったりとか。
だから、思考停止じゃんとかって多分若い時は思ってる人がいるんだけど、
だけどそういう人たちのそのバックグラウンドとかを見るとやっぱりこう、その状況であったら食べるものとかの方が大切だしとかになっちゃうから、
だからその辺も、ちょっと全然関係ないけど。
いや本当でも嫌いだよな。
確かに。
異色たりて霊説を知るという言葉が多いですから。
きっとそうっすね。
やっぱそれなりに裕福な人間じゃなきゃ考えられないっていうところもまた一つの真理ですよね。
なるほどね。
なんかちょっと、あれどうすか、ツイッターじゃなくてXのアンケートとか使って、
どれ派ですかとか、これの放送の後とかに撮ってみてもいいんじゃないですか。
いいかもね。面白いかもしれないですね。
じゃあ中の人に言っときましょうね。
そうですね。
設定上の中の人。
やっぱね、僕は中国が好きなんで、東洋哲学との照らし合わせみたいなのを考えの中でしてしまっていて、
さっきの樽を知るっていう話出てきましたけどもね、樽を知るって老子の言葉ですけども。
そうなんだ。
とかね。
そっかそっか、確かにそうかもね。
とかやっぱり通じるものがあるし、あとこうなんだっけ、エピクロスの考え方ってまさに過ぎたるは尚及ばざるごとしじゃないですか。
過ぎたるものは毒になるよみたいなね、過ぎたる快楽は毒になる。
論語とアリストテレスの考え方の影響
それって論語の中の言葉なわけなんで、やっぱなんかね、つながるんですよね。東洋と西洋のその考え方って結構。
なんかアリストテレスのね、中洋とかも似てますよね。
うん、まさしく。中洋っていう考え方だよなーっていうふうにも思ったりしたんで。
確かにそっか、そうかもね。
なんかその辺ね、アリストテレスの考え方っていうところも影響を受けて、そういうところになってるのかもなーって思います。
すごいね、なんか2人で喋ってるって、なんか全世界を網羅できていいね。
いやいやいやいや。
中国哲学のアプローチは面白いですね、やっぱね。
そうですね。
やっぱ古代のそういう、なんかまだまとまりとかね、そういうのを経験したことがない時代とかっていうのはそういうのが出てくるのかもしれないですけどね、もしかしたら。
うん、そうかもね。
まあわかんないけど。
まあそんな感じでした。
よろしいでしょうかね。何か言い足りないことはありますか。僕はエピクロスさん面白かったなと思いました。まる。
まあちょっと、なんだろうな、もっとね、ルクレティウスとかやりたかったんですけどね、わかんなかったっすね。
なんかルクレティウス詩人なんですよ。
ジョージ詩みたいな書き方してくるんですよ、哲学書なのに。よっきりわかんねえよみたいな。
ジョージ詩や三文で壁を表現する哲学者
ファルメニデスというジョージ詩で表したがりたい壁がある人がいるんですかね。
あ、そうですね。まあなんかね、それは伝統的にやっぱある。ジョージ詩で表す人と三文で表す人と、なんか分かれるんですよね。
なるほどね。いろんな壁があるんですね。
まあまあちょっと、いつかね、ルクレティウスとかもできたらいいなと思いつつってとこですかね。
そんな感じですかね。どうですか、もおさん。もう終わりで良ければ。
いいでしょう。なんか、あの、名前が残っている哲学者のことをなんか壁があるとか言って、そう言ってまとめて、もう本当に失礼な感じで、なんかもう、今ちょっとびっくりしたんですけど。
もうね、人類みんな兄弟ですからね。同じですよ、本当にみんな。
はい、じゃあ今日もテツセカをお聞きいただき、最後までお聞きいただきありがとうございます。
テツセカはスポーティファイアップルポッドキャスト、グーグルポッドキャストで配信しています。お聞きのアプリで番組フォローいただくと更新時に通知がきます。
テツセカお気に召しましたら、高評価ボタンをポチッとしていただいたり、レビューを残していただけますと嬉しいです。
ハッシュタグテツセカをつけて、ツイッターX、もうツイッターにして本当に、つぶやいていただければ必死に拾いに行きます。よろしくお願いします。
お願いいたします。
Xね。
ね、ツイッターじゃないの?ツイートとかっていうのはまだ残ってるよね、ツイートしてくださいとか、そういうのはなんか、アプリの中にも残ってるけど。
そうですね、でもアプリ自体は完全にXになってますし、ロゴもXになってますね。
そうですね。
面白い。
何なんでしょうね、本当にね、何考えて生きてるんだかちょっと聞いてみたい気がしますね。
いやー、やっぱ最強、最強ですよね、イロンマスク、もう強い、本当に。
強いとしか言えない、本当に。
そうですね、なんか。
誰も逆らえない。
強い人は何やってもいいっていうのが証明されてることですよね、本当に。
はい。
素晴らしいことだと思うんですね。
素晴らしいんだ。
これぞ人類社会って感じで素晴らしい。
まあまあ、確かにね、人間ムーブがね。
本当にすげえなと思いますね。
まあ逆にここはあれですよ、やっぱ深井さんとか樋口さんみたいな哲学者ムーブ見せる人はああいうところにはいけないってことなんですよね。
哲学、哲学校庭は無理だということだ。
あー、哲人王がね。
哲人王は無理だということですね。
何の話ししとんねんって感じでございますけれどもね、すいませんでした。
すいませんでした。
いえいえ、なんで謝んの。
わけなかったこと言ってすいませんでした、本当に。
大丈夫、大丈夫。
え、でも本当に、あの、知らせ、え、何?
なんか、え、なんていうの。
本当に強制的に分からされてしまいました、今回はね、色マスクの強さを。
ああ、確かに。
そんな感じがしますね、本当にね。
はい。
何億もの人の不満や意見をしかとするっていう、すごいことです。
ねー。
そうですね、いや、でもみんなもそうしたらいいんじゃないかと思いました、だから。
うん。
やれることは、なんかあんまり周りを気にせずやったほうがいいんじゃないかと。
別に人を傷つけてるわけでもなんでもないから、あのXに変えることなんて。
うんうん。
だから、そう、もう色マスクのつもりでやってください、みんなも。
なるほどね。
おっしゃる通り。
そう思ったりしました。
人生一度きりですしね、ていうか、そもそもどう転がるかわかんないんだからね、好きでいきましょう。
そうそう、何やったって言う人は言うしね。
そうですね。
感覚と感情に任せてね、いきましょう。
そうだそうだ。
エピローズみたいに。
どんな話。
頑張ろう。
うん。
まあ、そんな感じで終わりましょうか。
はい。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
ありがとうございました。