1. ストーリーとしての思想哲学【思想染色】
  2. #3 なぜベジタリアンは肉を食..
2023-02-04 10:13

#3 なぜベジタリアンは肉を食べないのか

続きです。

超メジャー思想であるベジタリアニズム(菜食主義)について話します。
西洋的な菜食主義のど真ん中には、エコロジカルフットプリント概念があるというのが主な趣旨です。

☆Twitter
Podcast「ストーリーとしての思想哲学」@思想染色(@SSenshoku)/ Twitter

00:08
ストーリーとしての思想哲学【思想染色】がお送りします。
前回に続きまして、ベジタリアンについて紹介してみたいと思います。 今回は過激派じゃなくて、恩恵派のベジタリアンです。
そもそもベジタリアンっていうのは、なんで野菜しか食べないんでしょうか、という話をする前に一応お断りしておくんですけど
前提として、僕たち日本人にとって最もポピュラーだと思われるのが、欧米型のベジタリアンだと思いますので、その前提で話をしてみます。
というのも、精進料理とか、あとはジャイナ教の生き物を傷つけないとか、そういう宗教的なものまでどんどん含めていくと、食べ物に関する規制みたいな話になっちゃうんで
食べ物に関する規制一般みたいな感じじゃなくて、欧米型のベジタリアンについてということで、一応お断りして話してみます。
ベジタリアンの思想の中心には、エコロジカルフットプリントっていう概念があります。
これは地球と生物に関する、まあでっかい話なんですけど、
すごく当たり前のことなんですが、人間を含む生物っていうのはエネルギーを消費しながら生きています。
簡単に言えば、生物は食べ物を食べてカロリーをエネルギーに変えながら生きてるっていうことなんですが、
でも地球から取れる食べ物の量って無限じゃありませんから、食べ物とか資源の量っていうのは有限ですよね。
まあこれは、たぶん皆さん誰でも、地球の資源は有限であるみたいな話はお題目としては聞いたことがあるんですけど、
具体にはどういうことかっていうと、食べ物だったら、食べ物って土地をすごくたくさん使うじゃないですか。
野菜とか米とか小麦っていうのは畑とか田んぼから収穫できますから。
だから、食べ物の生産量っていうのは土地面積に依存します。
地球上の土地をどれだけ畑として使用できるのかっていうのが、食料の生産量と密接に関わってくると。
03:00
地球上の畑にできる土地っていうのは、いろいろな理由から限られていますから、
その土地面積がこの地球における食料生産量のボトルネック上限ということになります。
一方で、今のは小麦とか穀物とか野菜とかの話だと思いますけど、
牛とか豚とかの家畜っていうのはどうかと、 こういった家畜を大量に育てるとどうなるのかっていう話なんですが、
代表的なものとして牛を例にとりますと、牛っていうのは出荷するまでアメリカ産の安い牛肉でも約1年半、
和牛だと2年半育てないといけません。
話を簡単にするためにアメリカンビーフを想定して、牛を食べられるようになるまで、出荷するまで1年半かかると、とりあえずしておきましょう。
この1年半の間、牛を肥育するためには、牧草とかトウモロコシ、穀物なんかも食べさせ続けないといけないじゃないですか。
で、牛とかね、よく食べるわけですよ。 たくさん食べさせないと牛が痩せちゃいますし、
だから牛1頭分の肉を確保するために、すごく大量の牧草、穀物とかをね、 1年半、まあ馬鹿食いさせ続ける必要があります。
これは言い換えると、本来は人間が食べるために畑として使えるはずだった土地を、
家畜用の飼料を育てるために使わないといけないということです。 さらに肉って
美味しいから、みんな美味しいものを食べたいから、家畜の数っていうのをどんどん増やしていくと、その結果
食料生産可能な土地っていうのが、 家畜用の飼料に使われてしまいますから、
本来であれば、穀物とか野菜とかを育てて、 人間用に供給できるはずだったものができなくなる、置き換えられてしまうということは、
人間の食料不足にもつながりかねない。 話をベジタリアンに戻すと、
ベジタリアンがなんで肉を食べないのかっていうと、 私が肉を食べなければ、その分土地を人間の生産、食料生産に利用できる、
まあ木がとか、植えている人たちを助けることにつながるんであれば、 肉を食べるのは私は我慢するっていう、こういうロジックなわけです。
さらにもう一歩踏み込むのであれば、今、美味しいお肉を自由に食べられているのって、 ある程度豊かな国の国民だけですから、
06:07
だからまだなんとかなっているとも言えるんですけど、 地球上にある約80億人の人間が、みんな好きに牛肉とか、
お肉を食べるようになるっていうことになれば、 これはもう完全に食料が足りなくなるだろうと。
これは物理的に穀物とか牧草とか、 食べ物もしくは飼料を育てる土地が足りないから、
なかなかどうにかできる問題でもないわけです。 全員が本物のお肉を食べるっていうのは、
結構難しい話なんですよ。はい。 だからといって、美味しいものを我慢するっていうのは普通嫌ですから。
かといって、地球の食料が不足してしまって、飢饉が起きるっていうのも困りますよね。 でもお肉も食べたいと。
で、こんな中で、 アメリカとかで出てきているのが大体肉。
大豆で作った肉とか、ビヨンドミートとかが有名ですけど、 こういう文脈で本物のお肉じゃないけど、ある程度は
満足度が得られる、大体肉っていうのが出てきているわけです。 全員がね、本物のお肉を食べられて、
食料も全く不足しなくて、みたいなそんな状態が理想的ではあるし、 ベストなのかもしれないんですけど、
物理的なその土地面積っていう制約がある以上は、 そういったベターな選択を探っていくしかないっていうことですね。
こういった話は地球上から飢餓をなくすとか、 持続可能な農業をするとかのSDGsにもつながってくるわけですけど、
こういった地球から取れる資源は有限だよねと、 こういった話がエコロジカルフットプリントっていう概念であり、
ベジタリアンが掲げる論点のど真ん中には、 こういった思想があるっていうお話です。
一応断っておきますけど、僕はベジタリアンではないです。 またベジタリアン的な思想が良いとも悪いとも、価値判断はここでは致しませんし、
しておりません。 でもベジタリアンって地球上にめちゃくちゃ大勢いますから、
知っておいた方がいいんじゃないのかなという気がします。 宗教的なことだったりとか、ビジネスで関わるようなこともあるだろうし、
特にアメリカとか。 そういえば余談なんですけど、僕昔アメリカに行ったとき、
ヴィーガンレストランすごいたくさんあったなっていうのが思い出しました。 アメリカの食事っていうのが
09:02
ハイカロリーでカロリーが高くて、胃腸が疲れちゃったみたいで受け付けなくなって、 それでヴィーガンレストランばっか行ってたのを思い出します。
サラダとかカレーとかが 食べられるのがヴィーガンレストランだったんで。
さらに余談の余談なんですけど、アメリカの場合だとヘルシーな食事をしたいっていう需要と、
あとベジタリアン思想っていうのがグラデーションのように入り混じって存在しているという感じがいたします。 思想っていうのは
それ単体として存在しているというより、 実在する需要とか現実の社会とか人間っていうのと結びついて複雑なグラデーションとして
存在しているのかなぁなんていうことは思います。 ということで今回はここまでです。思想哲学が面白いなと思いましたら
ポッドキャストのフォローをお願いいたします。 では次回もよろしくお願いします。
10:13

コメント

スクロール