エピクロス派の出発点
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、前回まで古代理社哲学から連なるヘレニズム哲学の中のストア派というとこやってきたと。
結構長いね。
だいぶややこしがってきましたね、ちょっとずつね。
今回はヘレニズム哲学と同時代なのかな?
ヘレニズム哲学の一部って感じだね。
あ、ちょっとヘレニズム哲学、だからもうね、こんがらがってる。
ストア派と同時代だね、のエピクロス派。
いや〜ややこしくなってきたね、いいね。
ちょっと覚えることが少しずつ増えてきてたと思うんですけれども。
とはいえエピクロス派が何かみたいなこととか、ストア派と比較してどうだとか、古代の技術者の哲学の参拠どうだとかってことが見えてくれて、それはそれで面白くなっていくと思うので。
その辺りも踏まえずとお伝えしていくんですけれども、
エピクロスって哲学的には初めて取り上げる話かなとは思うので、
そもそもそれなぁに?みたいなところからお伝えしていこうと思っております。
アテネでのエピクロスの活動
前回最後にお伝えした通り、エピクロスって言うと倫理とか教科書だと快楽主義ですみたいな。
そういうのセットで出ることが多いんですけど、聞いたことあった?
いや〜ないと思う。忘れてるか。
たぶんそのぐらい扱い的にも大きいわけじゃないんですけど。
エピクロスって人の名前でエピクロスさんなんですけど、その時代の人としては珍しく、自分の考えをまとめた複数の手紙とかが残ってまして、
他の人に比べると思想とか人となりっていうところが残っておるんですよという感じなので、
その生涯とかから少しお話ししていくんですけど、
エピクロスさんですね、彼は紀元前341年っていう時代に生まれてるので、
ゼノンとほぼ同時代とか、アリストテレスとかが亡くなるちょっと前ぐらいかな?に生まれております。
生まれたところがサモス島っていう島らしいんだけど、
これが調べたらアテネから250キロぐらい離れてるところらしくて、
結構離れてるね。
ざっくり東京から行くと静岡の浜松とか、名古屋の手前ぐらいらしいんだけど、
めちゃめちゃ遠いか、でも当時からしたら多分遠いんだろうけど、
っていうふうな距離感でございます。
この時代っていうのは、それこそプラトンとか、
大体60年ぐらい経ってるんで、
アテネだけじゃなくていろんなところで哲学者が活躍しているというか、
アテネだけじゃなくていろんなところに散らばってるような時代らしくて、
サモス島とかっていうところにもプラトンの弟子みたいな人がいたりとか、
デモクリトスってやったじゃないですか、前。
原子論とかアトム論ね。
デモクリトスに連なる人から教えを学んだんだとか、
エピクロス自体はアテネにはいなかったんだけど、
哲学的な素養を結構身につけてたんですよ、みたいな。
そういうエピソードが残ってるんですよね。
はいはいはい、なるほど。
親が哲学者かってそんなことはなくって、
一応教師なのかな。貧しいながらも先生だっていて、
そういうところから結構いろんなものごと学ぶとか勉強するというところが好きだったんじゃなかろうが、
この辺はちょっと書いてないとか残せないことなんだけどね。
なるほど。当時でいう教師って何?ソフィストなのかな?
どうなんだろうな。
でもいわゆる農業とか工業的なことを学ぶとか、
生きるために必要なことを教えてるみたいな、そういう感じだと思うんだよね。
知識を教えるっていうよりは。
だから政治的なことをやるのはソフィストだとしたら、
もっと具体的な実生活の先生みたいな。
たぶんね、そういう意味かなと思います。
ここに飛ぶんだけれども、18歳で実は彼はアテネに来ますと。
この時はアテネ市民なんだけど、いわゆる兵役の義務があって、
哲学をやりにいとかってことじゃなくて、
兵役の義務を果たすために2年間、アテネ市民として、
いわゆる軍事的なことを立ち去ったわけなんですよね。
2年で終わって20歳なんだけど、
20歳の時、20代で何やったかっていうところはあんま残ってないらしいんですよ。
ずっとアテネにいたってよりは、あちこちに行って、
哲学サークルみたいな、そういうものを作って、
一緒に議論をしたりとか、教えたりみたいなことをやったんじゃなかろうかと。
飛ぶんだけど、34歳の時に、これ残ってるらしいんだけど、
満を持してアテネに戻ってきて、
家を買って、アテネの拠点を作って、
哲学的な活動をしてますよっていう話らしいんですよね。
これが、いわゆるエピクロスの祖農とかって言われてるらしくて、
エピクロス派の影響と展望
これね、いわゆる庭園とかって言われることもあって、
今日の話では庭園って呼ぶんだけど、
これ何かっていうと、
パラトンとかアリステレスっていうのは自分の学園っていうものを作ったわけなんだよね。
学園?
学園。
あ、学園ね。
学園。僕、ごめんなさいね。
学園でいわゆる、いわばパラトン先生とか、
アリステレス先生というところが、
あえてカリキュラムというかそういうものを作っても教えるっていうふうなものなので、
いわゆる僕らが普段イメージする学校的な感じなんだけども、
このエピクロスをあえて庭園って言ってるのは、
エピクロスが一方的に教えますよりは、
一緒に研究していくというか、
一緒に暮らす中で交わり合いながらお互いの思想を深めていくみたいな、
結構そういうふうな共同体だったらしいんだよね。
じゃあさっき言ったそれこそ哲学サークルに近い感じだな、雰囲気としては。
雰囲気としてはね。
そこに男性だけ、当時はある種男性だけがそういう知的な活動をするって感じだったらしいんだけど、
女性だったりとか奴隷とか、身分も性別も関係なく人が集まってきて、
そこで一緒に暮らしながら、そういう思想もだし生き方も含めて、
結構ある種一緒に縋っていきますみたいな、そういうふうな場所が、
エピクロスのソノと呼ばれる場所なんですよね。
そうなんだ。
実はこれがですね、めちゃめちゃ盛り上がっていって、
最終的には紀元後3世紀なので、スター派と同じくらい、そこから500年ぐらい経っても、
結構ずっと思想の一派として盛り上がってましたみたいな、
そういうふうな一大拠点になっていくんだよね。
当時のアテネで言うと、やっぱりプラトンの流れとかアリス・グレイスとかの流れもある中で、
哲学の花の都、パリみたいな感じなんですよ、今で言うと。
アテネっていうところにおいても、アリス自分はそんだけ弟子をとれるんだとか、
そういう教材を作れるんだとか自信があったからこそ戻ってきて、
そういうふうなことをしてました。
実際にそれが500年続くような哲学の大きな流れになりましたっていうふうな話なんですよね。
このエピクロス派もそんなに長く続いたんだ。
そうですそうです。
しかも結構常に有力だったみたいな。
意思済みがあったよりは常に第一線で活躍したみたいな、そういう感じらしいんだよね。
なので、さっき言った通り、兄が言ってくれた通り哲学サークルみたいな感じなので、
ものすごい学者が研究してましたとか、
よりは本当に知人、スタッフとはちょっと違うんだけど、親しみを感じる身近な人たちで共同体を作ってましたっていう感じなんだけれども、
当然、そんだけ盛り上がってくると優秀な弟子っていうのが出てきて、
僕も初めてこの人の名前を知ったんですけど、
メトロ・ドロスさんっていう人が有力な弟子がいて、一緒に研究を深めましたとか、
あるいはもちろんエピクロス、先生ってわけじゃないんだけど、ある種慕って師匠の教えを広めなきゃっていうところで、
そういうのをわかりやすいパンフレットにまとめて配ったりとか、出版社とか、
そういうふうなことをする人もいる中で、エピクロスの考えというのはどんどん広まっていきましたっていう感じらしいんだよね。
なるほど。じゃあ、さっき言ってたこの庭園で、エピクロスの家にみんな住まなきゃいけないとかじゃなくて、
最初はそういう人もいたけれども、あとは自由にそれを通ってとか、そこは割と自由に広がっていったみたいな。
たぶん近くに住んだ人もいただろうし、通い人もいただろうしみたいな。
本当に出入り自由みたいな感じだったんじゃなかろうかっていう話ですよ。
ただ、もちろんエピクロス自身も、自分の発想とか広げるというところには積極的で、
生涯で300冊ぐらい近い本を書いたって言われてるんですよね。300冊。
当時、本を作るというのはどのぐらいの出来事だったのかわからないんだけど、
でも一生懸命手書きで何か書いてるとしたらめちゃめちゃすごいと思うんだけど。
ただ、残念ながら残ってないんですけれども、高生の人たちの、それこそエピクロスの人たちが、
たぶん師匠はこんなこと言ってたとか、我々はこういうことを大事にしてっていうようなことを言ってたりとか。
当然、エピクロス派からすると、ストア派っていうのはライバルというか、
哲学的には違うことを言ってたりするわけなんですよね。
逆に言うとストア派からすると、エピクロス派を批判してやれとか、
あいつらこんなこと言ってるけどこれは間違いだぞとかっていうことを言う中で、
エピクロス派の考えを紹介したりするんで。
そういうところから、現代の我々は、エピクロス派ってことはこんなこと言ってたんだとか、
こんなことを師匠したってことがわかりますっていう感じなんですよ。
なるほど。
そういうところなんですよね。
エピクロスとかエピクロス派って何を考えたんですかっていうところは、
次回以降ちゃんと話していくんですけれども、
ストア派と比較してわかりやすい言い方として、
隠れて生きるとか、静かに生きるっていうふうに言われることがあるんですよ。
隠れて生きる。
隠れて生きる。
ストア派の自然に従って生きると、ある種次になりますよっていう感じなんだけど、
隠れて生きるって何かっていうのをちゃんと伝えてくるんですけど、
イメージで言うとね、
例えばアテネっていう場において、
エピクロスさんたちは、
ある種自分たちの庭園だよね。
アテネは独立国家とまで言わないけれども、
そういう共同体を作っちゃってるわけなんですよ。
なので、
アテネ市民としてっていうよりも異常に、
エピクロスの庭園のメンバーとして、
共同体の一員として生きるっていうことを選んでるみたいな、
そういうふうな考えがあるわけなんですよね。
危ない一歩だね、なんかね。
ただ、ある種反アテネとか反体制っていうことまではいかなかったみたいなんだけれども、
自分たちにとって大事な、
そういうことをよく生きるというか、
幸福に生きるって感じなんだけど、
その幸福に生きるとか、
心の平成みたいなことを保つとか、
そこに達成するために、
エピクロス派のコミュニティ
やっぱりメインストリームであるアテネの中枢とか政治とか、
そういうところに距離を置くような避難場所的な形で、
エピクロスの庭園っていうものが運営されてたんじゃないかっていう話があるんだよね。
エピクロス自体はアテネ市民なので、
別に市民の義務を果たさないとか、
それをある種跳ねつけるってことは全然してなくて、
ちゃんと市民としても生きてたらしいんだけれども、
そこから反しない程度に、
エピクロスの庭園っていうものを盛り上げていって、
どうしたら幸福に生きれるかっていうところを、
我々は我々で考えますみたいな、
そういう意味でのちょっと遅れで生きるとか静かに生きる、
要はそういうメインストリームのことは、
あんたたちでやってくださいと。
我々は最低限の義務を果たすけど、
それ以上やりませんよっていう風な、
そういう一線引いてるようなやっぱりあり方がしてたらしいんだよね。
へー、はいはい。
まだ怪しいけど、そうなのね。
怪しい。
怪しくて、やっぱりよその人とか、
異性の主流派からすると、
あいつらなんだよみたいな感じなんだよね。
要はさ、当時で言うと男性的な社会なわけで、
男女も奴隷も含めて市民と奴隷が一緒にワイワイ過ごしてるみたいな、
それ自体がある種理解不能なわけなんですよ。
あー、はいはい。やっぱり怪しいな。
怪しい、そうそう怪しい。
当てのある種メインストリームからすると、
あいつらなんだよみたいな。
かつてちょっと快楽主義みたいな言葉が、
当時から定着したのかちょっとまだわからないというか、
読み切れなかったんですけど、
でもやっぱりそういう快楽主義的な発想が読み取れるとしたときに、
庭園の中では男女が入り混じって性的な話ばっかりしてるとか、
エピクロスっていうのはすごい美食家で、
食べては吐いてまた食べてみたいな、
そういうことで快楽を追求しまくってるみたいな、
そういうことをやってるんじゃないかっていうのも、
ある種噂されるみたいな。
しかもストア派の人たちもそういうことを言って、
エピクロスはやべえぞみたいな。
あいつら哲学病と言ってるけど全然ダメだぜみたいなことを、
ある種批判されるみたいな、
そういうふうなこともあったらしいですよね。
外から実体掴めないとあることないこと噂されるんだろうね。
そうなんだよね。
ちょっとやっぱり秘密結社的なことも捉え方的にあって、
エピクロス自身のサイタモンとかを読んでみると、
いや我々はチーズ1個あればご馳走なんだと。
生きるだけの食べ物があればそれで十分幸福で、
そこから大きな快楽を引き寄せるんじゃないかみたいな、
そういうことを言ってるらしいんだけど、
それを閉じて共同でやっちゃうと、
あいつら美食過多成長が乱チキ騒ぎしてるぜみたいな、
そういうふうな懸念し合いというか、
そういうこともあったんであろうという話なんですよね。
快楽主義の批判
ただこれは逆にエピクロスの発想からすると、
秘密結社的に集まりを外に見えないようにすることで、
あいつら何やってるんだろうというふうに興味をそそられる人もいるよね。
逆にアテナのメインストリームの人の中でも、
メインで言い続けるのしんどいなとか、
それって本当にいいんだっけって、
アテナと当時の状況、ちょっと衰退し始めてる状況とかを考えたときに、
ちょっとそういう秘密なものに惹かれちゃうんじゃないかみたいな、
そういうところも含めて、そういう共同体を作ったんじゃなかろうか。
これはちょっと僕の完全な妄想なんだけど、
やっぱりこれまでの話の中で、
当時で言うとARCビジネスパーソナル企業化じゃんみたいな話だったじゃないですか。
やっぱり当時の流行を踏まえた上で、
新しいものを打ち出していくということがあったときに、
あえてエピクローズがアテンに戻ってそういう行いをしたっていうのは、
結構計算され尽くしてたんじゃないかというか、
そういうやつを取り込んでやろうって問題もあったんじゃないかなって思っちゃうんですよね。
そうだね、そういった戦略があるだろうっていうね。
だってさっき本めっちゃ書いてるみたいな話、
だから自分の文化性みたい、周囲の人たちに向けてだけじゃなくて、
多分外に発信してたってことでしょ、それは。
発信してました。
だからそうだよね、多分ちゃんと人は集めたかったんだろうねって思うのね。
やっぱり自分の発想っていうのは優れている。
いろんな人に役立つっていうことをちゃんと広めたいと思っていたし、
それをやり切ったみたいな。だからこそ500年か。
続く思想としてエピクローズっていう人が残ってるし、
他の派閥と比べて面白いのが、ちょっと共同対談の話をしたじゃない。
エピクローズが亡くなった後とかなんだけど、
エピクローズさんのツイートサインみたいな、
毎年この時はエピクローズさんを忍ぼうみたいな、
そういうふうなお祭りみたいなことを行われたらしいんだよね。
他には多分そういうのないのよ。
しずのゼノン様のお祭りだとかってなくて、
彼らはゼノンに従っているというよりは、
宇宙の理性とか自然に従っていることを大事にしているから、
ゼノンだけがすごいというよりは、それを発明させる我々っていう感じなんだけど、
エピクローズは宗教的というか教祖様的な感覚もあって、
エピクローズのある種の密学的な教えなのか、
エピクローズの個人の説教、いわゆる宗教的な説を唱えているのかって、
ちょっとわかんなくなる部分があったらしいんだよね。
前回のストア派で言うと、そこはちゃんと明確に分けている感じがするじゃん。
ルールなのか、理性、いわゆる自然の説理、
理性なのかがちゃんと分けている。
こっちはエピクローズ派の方はちょっとわからんみたいな感じなんだね。
ほぼ分けてないから。
逆に言うと、ストアがそこまで分けているっていうのが逆に特殊だし、
逆に言うと、エピクローズ派的にあんまり混ざっちゃってるのもちょっと特徴的だよね、みたいな。
王道のプラトンとかアリストセレス的な、ある種ごっこう的に教えますっていうものが、
王道としてあったときに、そこはちょっと離れてるんだけど、
それぞれ存在意義がありましたっていうふうな二派なんだよね。
面白いね。プラトンとアリストセレスみたいな派閥があったとすると、
そこがもうちょっと真ん中だとすると、
ストア派っていうのはめっちゃフラット側で、
エピクローズがめっちゃ混ざってる側みたいな。
混ざってる側みたいな。
そういう感覚もあるんだね、それは。
そうですね。っていうふうにやっぱり良い対象、ストア派とエピクローズ派、
幸福の哲学
そういうふうに対象的に捉えることが多いんだよね。
やっぱりエピクローズっていう人も、
ある種哲学的な天才性というかハリセマスを持ってたんだと思うんだけども、
どんなことを考えてましたか、どんな思想を持ってるんですかっていう話をちょっとだけ触れておくと、
大きな特徴としては、態度とか在り方だけじゃなくて、思想的にも反プラトンとか反アリストセレスなんですよ。
へー、反なんだ。
反。つまりプラトンとかアリストセレスとはやっぱり違うぜ。
俺たちは独自なんだぜっていうことを結構明確に打ち出してたらしいんですよね。
だからどういうことかっていうと、
例えばプラトンとかってイディアみたいなものを打ち出せたりとか、
アリストセレスっていうのはやっぱり類とか種とかこうみたいにそれを区別して、
分かりやすく分けていくみたいなそういうことをやってたわけなんですけど、
その意味でそれってまさに理性的というか観念論的な、観念を扱っていく、概念を扱っていくっていう話なんだけど、
エピクロースは逆にやっぱり直感とか感覚とか感情、こういうものがやっぱり重視してるわけなんですよね。
なのでエピクロースか言わせるとプラトンが言うイディアみたいなものって、
それはもう存在性って言うけどないじゃんっていう話だし、
アリストセレスが例えば類とか種とかこういうふうに分けてそれぞれ分類していきましょうとかっていうところも、
それも人間が作った規則っていうものをある種の思維的に好き勝手に立ててるだけで言葉遊びじゃんみたいなことを言ってるわけなんですよね。
それも批判としてやっぱりわかるじゃない。
なので、もちろんエピクロースも哲学者として形状学的な、ないものを考えるとかってやるんだけれども、
あくまで宇宙の真理を追求してやろうとか、そういう複雑な体系を作ってやろうとかってことじゃなくって、
あくまでもいかに人が幸福になることを哲学が手助けできるか、
あそこにエピクロースっていうのもオールベッドしてるんですよね。
これさっき早いと言ったけどさ、哲学じゃなくて宗教なんじゃないのこれ。
分けにくいんだよね。
そういう立ち位置になっちゃうんだ、このエピクロースってのは。
そうなんだよね。
エピクロース自身が神の声を聞いたとか、神秘体験をしてストーリーを開いたとかってことはなくって、
あくまでも哲学の土壌の上でそういうことをやってるんだよね。
それも特殊性なんだけど。
なので、ストア派で言うとさ、前回言った通り、宇宙の理性とか自然でも従ってるかどうかっていうのが判断基準だったじゃないですか。
逆にエピクロースっていうのは、あくまでも人間の目的っていうのは幸福に生きることにあるんだと。
この辺とか結構僕、すごいまさにそうだなと思ったりもするんだけど。
だから、ストア派はよく生きる、そこら辺はよく生きるんだけど、こっちは幸福に生きるだから、そこは違うって話だね。
幸福に生きる。違うんです。
幸福に生きることが良いことだっていうのが発想なんだろうね。
逆に言うと、それに貢献しない考え方、要はイデアとかをどこまで深めたとて、どこまで我々は幸福に生きるんだっけみたいな話になるんで、
イデアとかっていうものは要らないとか、そういう考え方は是非しますみたいな、そういうことを言ってくるんだよね。
とはいえ、それだけだと、ある種、それこそ宗教が好きかって言ってるだけじゃんってなるんだけど、
その哲学的な土台として、彼がデモクリートですね。
あれから続く原子論とかアトム論っていうものをもとに、そういう発想をすると我々は幸福になるんだみたいな、
そういうことを追求して語っていくのがこのエピクロスっていう人の哲学なんですよね。
へー、そうなんだ。なるほどね。
エピクロス派の快楽主義
その土台には原子論がありますよっていう話なんだけど、次回以降でストア派とちょっと同じような感じで、認識論と倫理学、哲学、道徳みたいな、
そういうものは両方取り上げていこうと思うんですけど、
エピクロスとストア派っていうのは違うのは、さっきもおっしゃってた通りで、厳密にこういう世界観、原子論的な世界観があるから、
我々はこういうふうに行動するのが正しくて、それが幸福なんだみたいなことまでは言ってないというか、
そこまで結びつきって強くないんですよ。
そうなんだ。
エピクロスとストア派はそこの厳密さっていうのが特徴だったんだけれども、
幸福に生きるとしたら快楽主義っていうのが大事で、快楽主義で生きるとしたら原子論的にフィットするよねみたいな、
そのぐらいの緩い繋がりではあるよね。
ある意味、自分の思想の強化のために原子論を使ってるんじゃないかって、この段階だとちょっと浮かっちゃうんだと思う。
もあるし、だから本当に原子論じゃなきゃダメなのみたいな話っても別にツッコもうとはツッコめるんだけど、
エピクロスとしては、それがある種あるべき姿とか、発想としては正しいんだっていうことを追求していきましたっていうふうな感じなんですよ。
うちがそれが500年続いてるって知っちゃってるからね。
そうそうそう。
にわかには否定できないというかね、これ宗教じゃんっていうわけでもないっていうね。
なのでそんな感じでエピクロスを買って、そのあたりストア派は認識論と倫理をガチッと噛み合わせて、全体の世界観を作ってたんですけど、
エピクロスはそのあたり緩くて、ストア派は特殊、そこまでガチガチにできるのが特殊なんですけど、
あくまでも幸福に生きるんだったら快楽主義ってものが大事で、
そのスタンスで生きるとしたら原子論とかアトム論ってフィットするよねみたいな、そういうふうな繋がりになってるっていう感じなんですよね。
なので次回以降でね、ストア派と同じようにエピクロス派の認識論みたいなものと、
エピクロス派の倫理学とか道徳みたいなものを見ていくことで、
エピクロス派全体の主張というか、発想というものがよく理解できるんじゃないかなというふうに思っておりますという感じですね。
ストア派との比較
はいはい。いやー、分かりましただけれども。
なんかこれまでのストア派との比較で、
なんていうんだろうな、この500年本当にこれどうやって続いたんだってぐらい怪しすぎてさ、
今回までのこの導入だからね、あれだけれどもね、
もうよく残ったね。
よくぞって感じだよね。
しかも第一線でとか言っちゃってるからね。
ある意味、なんとヒッピーみたいな感じでさ、
ブームになってさ、
数十年で自然消滅しても良さそうな匂いしかしないんだけどさ。
確かにね、確かに。
でも逆に言うとね、やっぱりストア派とかストイックすぎて、やっぱりこう、たぶんついていかない人も多いわけですよ。
で、プラトンとかアレス・デュエスは、とにかく学者みたいな感じだとすると、
それこそ仏教でさ、
鎌倉仏教の時に、一般大衆にも開かれましたみたいな話をした時と、結構近い感じなんじゃないかと思うんだよね。
あー、なるほど。そこのイルミスのポジショニングが空いてたんだね。
そうそうそうそう。女性とかどれも受け入れて。
ペロポネソスさんだけか、誰だっけ?
誰?エピクロスさん?
エピクロスさん。
全然覚えてないじゃん。今日何回言ったと思ったっけ?エピクロス。
ポニプロピレインさんだけかみたいな、もう分かんなくなってきちゃう。混乱してきたね。
まあまあね、逆さま多いですからね。
エピクロスね。
だから本気でそう思ってたかもしれないし、もしかするとめちゃくちゃビジネス能がすごくて、
相手のポジションに追い込んできたかもしれないってことだよね。
そうね。でもね、実際分かったんじゃないかと思う。
要はアテイ来る前に、あちこちで自宅サークル作ってたって言ったじゃないですか。
そういう時に意外とこういうニーズあるぞとかって思ったんじゃないかなーって思っちゃうよね。
なるほど、みんな哲学、だからそんだけブームってことは、なんとなくみんな哲学すごそうとかかっこいいとか。
そうそうそう。興味あるなーみたいな。
だけどなんかちょっと難しそうだったりとか難しいだったりとか、
時に、
実際例えば生活もちょっとやっぱり不安があったりとか、いろいろあるとって言うね。
悪いやつだな。
悪くないけど。
そういうのを作りましたっていうのがやっぱりこうね、行動力、発想力すごいなって思いますよね。
前回のソクラテス以前で触れて、今度はデモクリートスのアトム論っていうのをさらっと抑えたと思うんですけど、
やっぱりそれは受け入れながら発展してくれた話もあったりするんで、
そういう流れというか、そんな風に繋がっていくんだというところも含めて楽しんでいただけるとありがたいんじゃないかなと思ってますっていう感じですね。
分かりました。
このAIさんどうなっていくのか、ちょっと批判的な目で楽しみにしてますので、
次回、引き続き楽しんでいきたいと思います。では、次回もよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。