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2023-10-28 04:47

Day13. ホックニー展を見に行ってきた

東京都現代美術館にホックニー展を見に行ってきた時に自分で書いた文章を朗読しています。宅配便さんが来て「ちょっとお待ちくださいね」で終わっちゃいました。 #声日記

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皆さま、こんにちは。如月サラです。
今週は、東京都現代美術館にホックニー展を駆け込みで見に行ってきました。
平日の午前中が比較的空いているよと書いてありましたので、何とか空いている午前中を見つけて駆け込んできました。
11月の何日までかな。ちょっとお待ちくださいね。今見ますからね。
5日まで。3、4、5の連休なんてとってもにぎわうと思いますので、もしホックニー展まだ見に行ってなくて気になってたよという方がいらっしゃれば、見に行かれることをお勧めします。
今日はですね、そのホックニー展帰ってきてから、私が自分のフェイスブックに、わーっと原稿、原稿って言っちゃいけないな。
普段原稿書いてるからつい原稿って言っちゃうんですが、わーっと書いた文章が結構自分でも気に入っていて、今日はそれを読むということを試してみたいと思います。
ではこれから私が自分で書いた文章を自分で朗読するというお試しを行います。
お題はホックニー展を見に行ってきた。始めます。
東京都現代美術館にホックニー展を見に行ってきた。
ホックニーには特別な思い入れがあって、19歳の時、1986年にパリのポンピドセンターでたまたま見つけて買ったデビッドホックニーカメラワークスという分厚く重い本が、いくたの引越しを経てまだ手元にあることからわかる。
この本ではホックニーの写真表現が紹介されているのだけれど、同じシーンで何枚も写真を撮影し、コラージュすることによって空間を表現する方法に、10代の私は度肝を抜かれた。
本は464フランという高額ながら買い求め、スーツケースに入れて大切に持ち帰ってきては何度も眺めた。
インターネットのない時代にホックニーがいかなる人物なのかという情報は乏しく、もう亡くなってしまった地元・熊本の木の国屋書店のわずかなアートの棚に頼るしかなかった。
公共図書館はバスを乗り継いで行くにはあまりにも遠くて行けなかった。
かように地方とは情報に乏しい場所であった。
父親からもらったキャノンAE-1プログラムで写真を撮っていた私は、ホックニーのようなコラージュをしてみたかったのだけれど、当時のアルバイト代でフィルムを買い、大量のプリントをすることは難しかった。
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現代美術館にはこの写真集の中から京都の両安寺で撮影されたコラージュが展示されていた。
初めて見た本物の作品、こんなに大きなものだったのかと改めて知った。
表現は制約の中から生まれてくるものなのだろうか。
そう思ったのだが、ホックニーがiPadで描いた絵が出来上がっていく様がそのまま映像で展示されるのを見て、そうではないのだなと思い知った。
また、9台の映像カメラでイギリス・ヨークシャーの道をゆっくり動きながら同時に撮った、四季・ウォルドゲートの木々という作品では、往年のフォトコラージュの影響が見て取れた。
テクノロジーとは表現の拡張なのだ。
未だに精力的に活動を続けているホックニーに感謝しなければなるまい。
以上が私の書いた文章を自分自身で朗読をしたパートでございます。
そんな感じでね、私ホックニーは10代の頃にたまたま買ったカメラワークスという本当に分厚い本が今手元にあるんですが、そこに載ってたね。
おっと、宅配便さんが来ましたのでちょっとお待ちくださいね。
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