2023-02-23 09:25

#361 矢吹町出身の怪獣造型師「造型工房キトラ」の岡健之さんの話

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矢吹町出身の怪獣造型師「造型工房キトラ」の岡健之さん。50代で転職されたということで、ビジネス雑誌などでよく取り上げられる方。怪獣造型師になるきっかけが面白いです。趣味の世界で生きていくにも、ビジネスセンスが必要なんだなと勉強になります。

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はい、おはようございます。
本日の放送は、2023年の2月23日、木曜日です。
本日は、第361回目のお話となりまーす。
このチャンネルは、福島県郡山市在住の特撮アニメ漫画大好きおやじのピョン吉が
響きになったことを、だらだら話をしていくという番組です。
そんなおやじの一言がお気になりまして、
もしもあなたの心に何かが残ってしまったら、ごめんなさい。
ありがなかったんです。
今後にもこの番組に興味を持ってしまったら、
ぜひ今後もご協力のほどよろしくお願いいたします。
昨日もね、チラリとお話しましたよね。
静岡側にはね、坂井裕二さんというね、造形師その方がいましてね。
それをね、活用しないという手はないと思うんですよね。
この造形師という職業なんですよね。
現在ですね、日本に20人か30人ぐらいと言われています。
最近はですね、それに対してね、フィギュアデザイン学科を持つですね、
学校などもね、あるみたいですね。
実はですね、坂井裕二さん以外にですね、もう一人ですね、
福島県出身でね、有名な造形師の方がいるんですよ。
それもね、坂井裕二さんのね、あのいる塚川に近いところなんですね。
矢吹町出身の方なんです。
現在はね、埼玉県上野市に住んでらっしゃるんですよね。
この方ですね、地元でね、特撮で生きていく、
趣味での世界で生きていくってことをね、考えた時にですね、
非常にね、参考になる方だと思ってですね。
その方の名前はね、岡竹志さんという方なんですよ。
プレジデントっていう雑誌があるんですよね。
ビジネス界で行きますね、上昇志向な方はよく読む雑誌ですね。
この岡さんですよね、2018年の5月号にね、紹介されてるんですね。
岡さんをね、紹介したいページ部分ですけれどもね、
ちょうどプレジデントのね、見本ページになってましたね。
無料で読むことができるんですね。
それからあと、アントレっていうですね、
ビジネスパーソン向けのですね、サイトがあるんですね。
そこでもですね、岡さんについてね、インタビューされてコラボとなっています。
こちらの方も2019年の5月です。
今回ですね、その2つの記事をね、使いましてご紹介したいと思ってます。
岡さんはですね、1961年生まれの方なんですよ。
矢吹町出身なんです。
高校の卒業とともにですね、上京しましたね。
横浜のメーカー工場、それから外部屋の会社などを働いた後ですね、
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当時ですね、非常に人気だったパチンコの業界、そちらの方に行くんですね。
そちらの方でパチンコの開発、その仕事に就くんですね。
で、そこで22年間働いたわけです。
そして開発のね、管理職、それに就いていた54歳の時ですね、
独立するんですね、怪獣造形師になったんですよ、怪獣造形師。
そのきっかけが面白いんですよね。
40歳の時ですね、子供の夏休みの宿題を手伝うためにね、
粘土で怪獣を作っていったんですね。
ところがですね、あんまり成功に作りすぎちゃったんでね、
子供に持たせるわけにいかなかったんですね。
よくお父さんにありがちな失敗ですよね。
あんまりよくできちゃったもんだからね、
そのプロの造形師に見せたとこですね、
君才能があるね、と言われたんでね、
それで調子に乗ってしまって怪獣造形を始めたっていうのがきっかけらしいんですね。
というわけで40歳になってね、自分の才能に気づいたんですね。
まあそうするとね、普通は一人でコツコツと仕上げていくんですけどね、
お母さんもね、そこはちょっと違ったんですね。
本業の傍らですね、目指して造形師というブログを立ち上げてね、
そして埋め込んでいったんですね。
ここが大事ですよね。
みんなにアピールしてね、自分がね、途中で辞めちゃうね、
造形師になるのを辞めちゃうのをね、立っちゃうね、ということですね。
そういう部屋がね、自分で技術を高めていく、
情報を知り得ていくってことですね。
そういうことをブログを立ち上げたことによってやっていくわけですね。
このブログとね、あとイベントに参加してね、
どんどんですね、周りに個展の不安を作っていったんですね。
そしてですね、もう一つですね、怪獣造形師になるためにはですね、
どうしたらいいんだろうっていうことをね、一生懸命勉強するんですね。
というわけで独立までの14年間かけましてね、
パチンコの開発と怪獣造形、
その二足のわらじを履きながら考えるんですね。
商品分析、商品企画、それが必要だろうと。
そして、いくら売り上げてもね、
あらり率、それがどのくらいだったっていうね、
事業計画、そうやって立てられる人じゃなきゃダメだってことを気づくんですね。
で、3人の子供が独立して、そして家のローンも払い終わったというですね、
その時、会社の方でね、早期退職もね、
そちらの方募集してたんで申し込みをしまして、
これはチャンスと怪獣造形師になったんですね。
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1年目はね、質問を手当てをもらいながらね、試行錯誤をしましたね。
2年目から本格起動と、
年に1回開催されるワンダーフェスティバル、
そこを軸にですね、年間スケジュール、様々なスケジュールを立てていくんですね。
で、事業計画を立てましてね、補助金とかそういった申請とかもね、していくんですね。
で、あと自分でですね、潰れアプローチとかね、
角川、そちらの方にですね、キャラクターのね、判件契約とかしていくんですね。
というわけでね、職人技術だけではダメでね、
こういった書類書き、そういったのが重要なんですね。
それは3年目からですね、地元、アゲ星のところですね、
大人向けのね、造形の教室、そちらの方を開催するんですね。
単にね、怪獣造形だけの就任ではなくてね、
公司っていうね、安定収入、安定収入、そちらの方を確保したんですね。
で、ブルゴをきっかけにですね、他の造形師、育てた造形師と一緒にですね、
造形工房キトラっていうのをですね、55歳の時にね、立ち上げるんですね。
で、これビジネスの関係の話しましょうね、
これは怪獣造形師としての才能、そういったものがあったからなんですね。
2006年とかね、埼玉県のアゲ星の美術展、そちらの方でね、
展示しまして、議長賞、そちらの方をもらったりとかします。
翌年にはですね、同じく今度は教育長、そちらの方を受賞したりします。
というわけでね、美術展、そういった方に展示しまして、実績をつけていくんですね。
で、2012年の時にはですね、軍隆各業、猫とドラゴン展っていうね、
東京都美術館、そちらの方でね、展示会をするようになったんですね。
ちなみにこの時に展示した作品はですね、
国境の矢吹町の方でも展示会を行いましてね、
その後ですね、現在矢吹町のところでね、寄贈しています。
その震災の年からですね、毎年ですね、東京の方の文化村とかね、
そちらの方のギャラリーのところでね、展示会を行っているんですね。
昨年はですね、日本の怪獣絵師って言うとですね、
楓裕二さんか西川慎二さんかっていうことなんですが、
その西川慎二さんとですね、組みましてね、展示会、そちらの方も開いていたんですね。
それと昨年はですね、郡山市の国際アートデザイン大学校、
そちらの方でね、特別講師として行きましてね、
そして講座とかも行ったみたいなんですね。
というわけでですね、現在大勢のですね、不安がいる造形師となっているんですね。
職人としてね、技術だけではなくてですね、
このようなですね、ビジネス的な視点というのも非常に大事だと思うんですよね。
というわけで、地方に住むオタクにはですね、
いろいろと勉強になる方ではないのかなというふうに思っております。
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はい、それではまた次回よろしく、ぴょん吉のオタク話をお付き合いくださいね。
本日もお聞きくださいまして誠にありがとうございました。
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