新村さんとの打ち合わせ
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
はい、はい、予定通りで。
そう言って電話を切ると、部下の野村加奈子が声をかけてきた。
横井さん、そろそろ出ますか?
時計を見ると、クライアントとの約束の時間まであと30分ほどだった。
ああ、そうしようか。
そう言って俺は、ジャケットと鞄を手に取った。
左手の薬指には、まだ真新しい銀色の指輪が光っている。
自分でもまだ見慣れず、目に入るたびににやけそうになる。
クライアントとの打ち合わせも問題なく終わり、和やかな空気になる。
先方の新村匠さんは、新人の頃から可愛がってもらっている。
初めて会った頃より白髪が増え、貫禄が増した気がする。
最近、打ち合わせに参加するようになった中村健太郎君は、うちの野村と入社の年が同じなため、是非ともいい関係を続けて欲しいと思っている。
ふと、新村さんは俺の手を見て、
うん、結婚したの?と聞いてきた。
俺は浮かれる気持ちを抑えつつ、
実はそうなんですよ、と答えた。
へえ、この色男を射止めたのはどんな女性なんだい?と興味津々そうに新村さんは言った。
そういえば昔、あまりに浮いた話がなさすぎると、女性を紹介されそうになったことがあった。
新村さんは、
写真ないの?と聞いてきた。
ありますよ。見ます?と言うと、
新村さんは目を輝かせて、
いいのかい?と言った。
野村は驚いた顔をして、
いいんですか?と言った。
いいのいいの、と言って、
俺はスマホで結婚式の写真を表示し、新村さんに見せた。
新村さんは輝いた目でスマホを覗き込み、写真を見た瞬間、驚愕の表情をした。
新村さんはスマホと俺を三回交互に見て、
君、これは、その、男性では?と聞いたので、
俺はにっこりと笑って、
俺の夫です、と答えた。
新村さんは、
ああ、そう、そうだったの。
野村加奈子の心配
いや、知らなかった。と、
ハンカチで汗を拭い始めた。
中村君も、まんまるの目で俺を見ていた。
夫と言っても、法律婚はできないので、パートナーシップ制度なんですけどね。
と言うと、中村君が、
結婚式はどちらで挙げたんですか?と聞いてきた。
オランダだよ?と答えると、
はにかみながら、
オランダかあ、かっこいいですね。と言った。
俺は笑顔で、
ありがとう。と答えた。
帰りのタクシーを待っていると、
野村が眉間にしわを寄せながら、
本当によかったんですか?と聞いてきた。
何のことを言っているかわかっていたが、
あえて、何が?と答えた。
野村は、
旦那さんのことです。
新村さん、明らかにたじろいでいたじゃないですか。
と、クラスの男子に起こる学級委員のように言った。
社長には俺が言いたかったら言っていいって言われてるからいいんだよ。
と言うと、
旦那さんは横井さんが他人に写真見せてること、ちゃんと知ってるんですか?
と聞いてきた。
ああ、野村が心配していたのはそっちか。
と意外に思いながら、
大丈夫、大丈夫。俺たちラブラブだから。
と冗談っぽく言うと、
野村は、
上司ののろけどか気持ち悪いんでやめてください。
と、心底いやそうな表情をした。
その時、社用携帯が鳴った。
はい、横井ですけど。
と言うと、か細い声で、
あ、あの、中村です。
と聞こえた。
ああ、先ほどはありがとうございました。
と言うと、
あ、あの、取引先の方にこんなこと言うの、恥ずかしいんですけど。
と、言うので、なんだろうと思っていると、
ご、ご相談したいことがあるんです。
と言われた。
俺が首をかしげながら野村を見ると、野村もつられるように首をかしげた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
児島千尋でした。