離婚協議申し入れ書
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
何だこれ?
テーブルに置いてあった真っ白な封筒の宛名は俺だった。
リビングで洗濯物をたたんでいた家内は、何でもないように。
開けてみたら?と言った。
まあ、それもそうかと思い、家内に。
ハサミ!と言うと、家内は顔だけ俺に向けて、冷たい声で、
私はハサミではありません。と言った。
昔は俺の言うことは何でもはいはいと言い、働き者だった家内は、
最近こんな調子だ。
定年退職したら、二人で旅行に行ったり楽しく暮らそうと思っていたのに、
家内は俺が近づくものなら離れていき、汚いものを見るような目で俺を見る。
まったく、女のくせに可愛げがない。
俺は仕方なく封筒の端をビリビリと破り、中の紙を取り出した。
離婚協議申し入れ書
被・通知人 丑山恭平殿
通知人 丑山信子
離婚の相談
鑑賞
早速ですが、以下の通りご通知させていただきます。
突然の書面による申し入れとなりましたこと、どうぞご容赦ください。
私は紀伝と昭和59年3月15日に結婚し、
私たちの間には、広紀37歳と春紀35歳の二人の子供に恵まれました。
私は我が家に無子養子に入り、家業を継いでくれた紀伝のために、私なりに尽くしてきたつもりです。
しかしながら、紀伝は、あろうことか、私の実家の会社の秘書だった園田美智子と40年にわたる不倫関係を継続しており、
また、平成29年からは、派遣社員の橋本ゆずとも不倫関係を継続しております。
今朝、ニュースで今日は今年一番の冷え込みだと言っていたことを思い出した。
しかし俺は今、額から油汗がだらだらと出ている。
背中でカナエの様子を伺う。先ほどから変わらず、洗濯物をたたんでいるように思う。
俺は、恐る恐る、なるべくゆっくり、後ろを振り返った。
洗濯物を膝の上に置いたカナエと、バチッと目が合った。
カナエは感情のない表情で俺を見ている。
感情がないはずなのに、鬼と目が合ったような気がした。
無理っすよ、無理無理、と目の前の弁護士は言った。
渡された名刺をちらりと見ると、岩崎涼と書いてあった。
不倫の証拠はバッチリ取られているし、しかも相手は二人でしょ。
さっさといしゃりを払って別れるのが一番だと思いますけどね。
岩崎はボールペンで頭をコリコリ書きながら言った。
ふざけるな、俺は無子養子なんだぞ。あそこを追い出されたらもう行くところがないんだ。
いやいや、だったらなんで不倫したんですか。自業自得でしょうよ。
岩崎は軽蔑の目で俺を見ている。
俺はずっと牛山家に尽くしてきたんだ。浮気の一つへ二つ、男の解消だろうが。
俺は父ちゃんに、母ちゃんに尽くすのが男の解消と教わって育ったんで、ちょっと流派が違うんですよね、と岩崎はのんきに言った。
そして、流派というより衆派ですかね、はは、と、面白くもない自分の冗談に笑っている。
俺はイライラしながら弁護士事務所を出て、ひろきに電話した。
あ、ひろきか。悪いガキを止めてくれないか。
電話の向こうから大きなため息が聞こえた。
いやだよ。ひろきはそう言った。なんでだよ。俺は父親だぞ。
浮気するような男を嫁さんや息子に会わせるわけにはいかねえよ。
ひろきはそう言うと電話を切った。
ちくしょうが、俺を誰だと思っているんだ。
ふと、ひろこのことを思い出した。
ひろきのヒロは、ひろこからとった。
新卒で入ったメガバンクの後輩だった。
その年に入った女の子の中で一番の美人だった。
俺が地方転勤になってもニコニコしながら、待ってると言っていた。
けど俺は仕事で出会ったこの土地の王子主に気に入られて、その娘である信子と結婚した。
噂によると、ひろこはその後も結婚はせず定年まで勤め上げたらしい。
もしもひろこと結婚していたら、俺は家を追い出されずに住んだのだろうか。
風がビューッと吹いて、俺はブルリと震えた。
どうにもこうにも、俺は今、今日泊まるところを探さねばならない。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。小島千尋でした。