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2021-02-08 47:32

第三十一回 自分の中のオリンピック委員会的なもの──森とclubhouse へのモヤモヤ

半月ぶりの奥さんとのおしゃべり。盛り上がりすぎたので今週は二本立てです。一本目は森の失言から考える、生活感覚から乖離しないままの政治談義。

会議って一口に言うけど何個か種類があるよね/自分が権力と親和性が高いことにせめて自覚的でありたい/じっさいに手を動かしてる実務層のことを考える/「こいつさえいなくなれば」というのを個人に託すのは危ない/個人じゃなくてイシューに投票させてくれ/あらゆる革命は失敗する/破壊は恐怖しか生まない/『史上最大の革命』(みすず書房)『大衆の国民化』(ちくま学芸文庫)『民主主義のつくり方』(筑摩選書)/信念を変えるのは無理なので行為の効果を判断しよう/やっぱりまずは全然まとまってないことを示すしかない/アメリカの告発はみんなインスタ?/SNS での私刑への違和感/私情に振り回されるよりはルールに縛られた方がまし/「ナチズムは大衆操作ではなく大衆の合意形成の運動」/感情と政治と暴力は全部分けるべき/感情に部分否定はない/与太話をしたい/clubhouse は喫煙所じゃなかった/文字と声は違う、声は自らの生煮え具合を暴露する/色んな人と話したい

00:02
ポイエティーク
こんにちは、ポイエティークRADIOです。お相手は、私柿内正午と奥さんです。どうぞよろしくお願いします。
久しぶりの奥さんとのおしゃべりですね。勝てないで会話がないわけじゃないんだけど。
皆さんに構ってもらってよかったですね。
そうですね。まずその話から始めるべきですね。
というわけで、この前の2週間はね、それこそTVSラジオリスナーフニュートスペシャルウィークだったわけですけど、
松井さんと中村さんと一緒にプルストリウム生活の周りの話をしたりだとか、
あとは岸波さんとCデザインやろうっていう話をしたりとかっていうので、
いろいろといろんな人に構ってもらいながら話をしてたんだけれども、どうでした?聞いてて。
なんか、私としゃべるときよりちゃんとしてるよね。
前回聞き終わった後に、あなたって人の話ちゃんと聞けるよねって。私としゃべるときなんでできないのって。
しかも別に録音してないときはちゃんとできるのにさ、録音してるときは3回に1回ぐらい話聞いてくれない。
してあげないよね。それはちょっと思った。
もともとゲストに来ていただくときは、あなたもゲストなんだけどね。
ゲストに来てもらうときはその人の話聞かせてくださいってスタンスで僕がいたから、
僕がたくさんしゃべるにしてもその人がしゃべりたいことを引き出せたらいいなみたいなところでしゃべる。
インタビュアー的なね。
そこで明らかに自分をセットとして聞くぞっていうモードにしてるっていうのは1個あるかもしれないなって思うんだけど。
私に聞きたいことなんかないもんね。
どちらかと言うと奥さんがしゃべりたいことあるかみたいなところが大きいかもしれないなって思って。
毎回僕がこういうのをしゃべろうかみたいなことをなんだかんだ言ってさ。
奥さんもゲストだけど、奥さんにこういうことをしゃべってほしいとかじゃなくて、
こういうことをしゃべろうかって言ったときに僕の中でもすでにしゃべる内容が決まり始めててさ。
それをしゃべってると奥さんが聞いてくれて、奥さんがそれに対してボールを投げてくれるときに、
それが自分の中で考えていた規定路線から外れてるとうまく修正ができないみたいなことなんだろうなって思って。
これあれだ、この話はできそうだね。
要するに奥さんと話すときって実はオープンな会議体じゃないんだよね。
03:05
僕の中での脳内企画会議の中である程度のこの辺りでシャンシャンにしましょうみたいなのが決まってるわけ。
こっちの方向でやっていきましょうって言って規定路線を組んだ後に、
ここの場ではアジェンダはもう全部結論出てる状態で、その場でみんなで喋ったよねっていうのだけを決めるための会議なわけですよ。
その会議でこうやって僕がやっていくと、そこに全然違う話が入ってきたときに全然対応できないっていう。
実はだからこれは僕の中のオリンピック委員会的な部分というかね、
こっちは規定路線でこういうことで喋ろうって組み立ててきたのに、なんか引っ掻き回されたから長くなっちゃったみたいな。
無理矢理だな。
そもそもおしゃべりっていうのは偶然性だとか予測ができないところに開かれていくために使っていくみたいなものがあるわけじゃないですか。
なんだけどそこでなんとなく人に聞かせようみたいなものがあるとさ、
余計に目のしょぼしょぼした失言おじいちゃんみたいにさ、
自分の想定問答の外側にはみ出た瞬間に雑に悪口としか認識できないみたいなね。
そういう視野強策に陥っていくみたいなことはあるだろうなって思うんだよね。
この話なんかね、結構いろいろとしたかったんだけど、
なんかそのなんていうの、
なんていうのかな、その精査においてそれを語ってるっていうことのまずさに関しては割とみんな語ってるから、
そこはいいやって思うんだけど、いいやって我慢っていうの、その通りだなって思うんだけど、
やっぱりね、なんだ、5年6年7年8年くらい社会人をやっている、
社会人っていうか要するに企業での勤め人をやっているとね、
ツイッター上でやっぱりそういう正しいことを言う人たちって個人事業主とか社長さんが多いなって思うわけですよ。
やっぱりその一社員としてわきまえずにいるというか、
会議っていうものをなるべく会議の前に決められたことの発表の場にするみたいなことっていうのはさ、
割とその1個仕事の仕方として締め付いちゃってる部分があるなと。
あなたはそうだろうなって。
06:01
僕の場合それこそ若手、生意気の若手の時とかは、規定路線としてはこういう風になるっていうのが決まってるんだけど、
これやばいからお前は身の程わきまえてない若者の体でその場にぶっ込めと。
その場でぶっ込んで俺はお前を今から叱るから、そこでお前はそこでシュンとして黙れと。
だけどそういう懸念点もあるよねっていうことはちゃんと一度議題に乗せろみたいなようなところで。
そこも含めて、わきまえるかわきまえないかも含めて事前にわきまえてるわけ。
だから会議っていうのは実は開かれたオープンダイアログの場ではなくて、演技の場なんだっていう。
しかもある程度かなり台本が固まってる演技の場なんだっていう。
そこで周りの人たちがかなりストレートなシェイクスピア劇をやろうとしてる中で、
一人急にアドリブをぶっ込んだら確かにみんなわちゃわちゃするだろうなって思うんだけど、
問題はその根回しみたいなものはその会議に出てる全員に脚本が配られてない限り成立しないわけじゃないですか。
だからそもそものやり方として、その会議ってどっちだったんだっけというか、
演技の場だったんだっけ、それともちゃんと議論を発展させていく場だったんだっけみたいなところっていうのは、
そこがコンセンサス取れてない時点で会議として失敗だよねっていうような気がしていて。
だからね、あんまり見出しだけで嫌になっちゃって、あんまりちゃんと見てないから、
あんまり詳しいあれは知らないんだけど、だからあんまり言えないんだけど、
単純に仕事できない人の仕事の仕方の話な気がしちゃうというか、
むしろその仕事ができない人の雑な仕事の仕方の、芝居をすごく食らってる人たちっていうところで、
今回は一つ女性っていうところが取り上げられてるんだろうなっていう気がしてて。
要するに刺してちゃんなわけじゃん。
この会議はもうこういう規定路線で決まってるから余計なこと言ってひっかけ回さないでくれみたいな。
まだスピーカーは決まってて、それ以外の人はただその場にいたっていうことだけを言ってくれればいいんだみたいな。
でもそもそもそれって意味なかったよねっていうのが、
特にこうやってそもそもそういう会議できないというかね、
全部がリモートになってくると、
余計にずっとマイクミュートにしてる人たちって何のためにいるんだっけみたいになっていくみたいなのも含めて、
上がってきてるんだろうなとは思うんだけど。
オリンピック運営の話は私はしたくないので、
09:02
全般的な話をするけど、
おそらくは会議がそういうケツを取るためのものであるということが、
それはそれとして効率が良い。
いやだって事前に資料配ってるのに読まないで会議に臨むのとか、
馬鹿にしてるのがあった話で、
それはもう読み込んだ上でメリット・デメリット出してて、
ある程度の修正を加えた上で、
みんなOKだよね、うんっていう。
それだけをする場として会議をしないと、
マジで収集がつかないっていうのがまず起こり、
でもそれだと結局、みんなで喋る意味ってないよねっていう、
脳みそがいっぱいある理由何なのっていう話になるから、
ブレストっていうものがまた流行されるようになったんだろうなと。
それと、もともとは多分ブレストからケツを取るまでを会議でやろうとしていたのが、
いや、それって効率悪いよねっていう。
それこそ何て言うんだろう、
瞬発力のある人間の声が大きくなる仕組みだからそれって、
なんか3日後にすごいアイデアが浮かぶ人間とかはさ、
うまく乗れないわけじゃないっていうのが、
ブレストも瞬発力だとは思うけどね。
でもそれは役割を切り分けようっていうのでさ、
もう会議はケツを取るもの。
ブレストはあんだしだけをするもの。
冷却器官を置いて、
ちゃんと資料をまとめて寝回しをしてケツを取りましょうみたいな、
っていうことだったんだろうなっていうことを今思いました。
なんかその、何だろうな、会議って実はすごいさ、
一つの言葉でくくられてるけどさ、
割と幅広い、今あなたが言ってくれたみたいなさ、
まずとりあえず拡散させる場所。
その次に一旦ちょっと落ち着いた、
頭でここで考えたメリデイ名を出す場で検証する場所。
最後にそれを比較した上で、
それの是が非かっていうのを出す場所っていうところでさ、
実際それこそ3回に分けない。
最低3回ぐらいに分けないとそもそも成り立たないものなわけじゃないですか。
会議っていう名前にしてるけど、
その会議が会議序なのか会議派なのか会議級なのかみたいなところっていうのは、
ちゃんと分解しちゃいかなきゃいけないんじゃないかと思って、
会議しましょうっていう言葉によって、
12:00
どの?って言って。
実は。
なんかそれこそだから会議しましょうって言われて、
キャッチボールのつもりでボールだけ持ってったら、
お前舐めてんのかって言われて、
今日試合なのになんでお前バッと何持ってこねえんだみたいな。
なんだそのTシャツ姿みたいになって、
なんかしょげるみたいなさ。
だってそんなの分かんないしみたいな。
ぐらいの多分幅広さがあるんだろうなって思ってて。
いやで多分、
話が伸びるみたいなことって、
実はブレスト的な、
自分の意見を求められてるからサインされてるはずで、
だから意見を出す場があるはずなのに、
その参加権そのものを剥奪されてる場合に、
いやここで言わないとマジで決まっちゃうってなったら、
それは言わざるを得ないわけで、
でそれをやると、
いやここはケツをだけ取る場で、
君の意見を求めてないからっていう話になってくる。
会議級だから。
じゃあお前女党派はどこにあったんだよ。
言われてないんですけどってなるわけじゃないですか。
私は級のところで女の話して、
話聞いてもらえちゃうタイプなので、
それはそれでもう、
決まるべきだったかなってたまには思うんですけど、
ちゃぶたひっくり返したがっちゃう。
でもねそうなんだよ。
だんだん結構ね、
ムズイなって思う部分があって。
それこそ割と女からやっていく立場にいるからさ、
余計に思うんだけどさ、
会社の中で話してるとさ、
僕らが積み上げてきた女党派のところでさ、
ただ黙って聞いてた人がさ、
急になった瞬間に急に女の話出すみたいなことが結構多いにしてあるわけ。
そういう時はお前ふざけんなよって思うわけ。
そこでお前だって出てたじゃん最初からとか思ってる時に。
だからなんかちょっとこうね、
なんていうのかな。
あんまりだからそれは、
オリンピックの話とあんまり関係なしに、
割とだからそういう、
どの性格の会議なのかっていうところは、
ちゃんと考えてほしいなみたいな気持ちになりがちなのはすごい分かる。
それはすごいオンリーディングさんで青木さんと話してた時にも思ったんだけど、
割と僕は瞬発力というか弁が立ち、
かつ割と権力側にいるわけよ、会社の中で。
意思決定期間の中に近くにいるから、
割と権力者の発想みたいなのと、
すごい親和性が高いと思ってるの。
だからあの発言自体がクソだっていうのは、
大前提として置いとくんだけど、
でもなんとなくずっとそういうところでそういうやり方をしてた人からすると、
すごいイライラするだろうなっていうのも、
分かんなくはないの。
分かった上でバカじゃねえのとしか思えないけど、
でもなんか自分の中にその、
オリンピック委員会的なものがあるっていうことに毎回ちょっと怖くなる。
15:06
私は実務をやってると思ってないからさ、
ああいう権威おじいちゃんが。
私は学校関係で割と昔からすごい嫌いなんですよ。
この人市場で金を動かすタイプだっていうのを知ってるから、
なんかもうまたガマガヤルが何か言ってるなって思っちゃうんですけど。
結局一番危険なのは、
よく一番嫌いな言い回しをあえてするならば、
レイバーの時代にもなって、
いまだに個人っていうものに、
全てを堅くすればどうにかなるみたいな発想というか、
簡単に言うと、
ガマガヤルを叩こうと、
菅さんを叩こうと、
安倍さんをもう一回引っ張り出して叩こうと、
彼らはサーヴァントだから、
今の悪しき諸々の風習のサーヴァントだから、
その人が、今一応その件名で出てきてはいるけれども、
その人が権限するために、
数多のスタッフがいるわけでしょ。
その人が放言することを許してしまう、
その組織全体の病理というものがあるわけでしょ。
誰かツイッターで言ってたけど、
こいつさえいなくなればオリンピックが開けるみたいな、
そのためなら悪役になるぞムーヴだったらどうしよう、
辞めさせることで、
さてできるみたいになられたら意味わかんないんだけど、
みたいなことを言っている人がいたんだけど、
その流れになりつつあって、
冗談じゃないからって思ってるんだけど。
僕は結構がっかりしたのが、
安倍さんが辞めた後に、
菅さんがさっそくこうさ、
いろいろともうダメだなってなった時にさ、
辞めろコールになるわけだよね。
でも別に誰になったって一緒じゃんっていうのが正直思うところで、
だからね、ここからはただの暴論だから聞き流してほしいんだけど、
大体の、この前聞いてたね、
こんにちは未来っていう若林系と、
昨年未行のフォトキャストを聞いてて面白かったのが、
選挙というもの自体を否定するわけじゃないんだけど、
18:01
人につけないでほしいなって。
イシューにつけてほしいと。
実はその政策一個一個の中で平均値とって、
それによって選べるようにしたい。
どうやったらいいかわからないけどみたいな話をしてたわけ。
面白かったのはそこで、
自分はもともとワイヤードの編集者だったから、
デジタル系の試作を書いてる人って誰だろうと思ったら、
維新の人だったんだけど、
その政策だけ見ると別に維新でもいいやって思うんだけど、
党派生からするとあんまり嫌だなって思うし、
他の政策何があるのかなって見ていくと、
江戸城再建と書いてある。
いくら何でもこいつ無理だなってなっちゃうんだけど、
でも江戸城再建には入れたくないけど、
デジタルっていう観点からいくとこいつに入れるしかないみたいな状況って、
すごい嫌だなみたいなことがあるから。
そこで面白いことを言ってたのが、
だから橘さんっていうのはすごいんだと。
NHKをぶっ壊すっていうワンイシューで党派を作ってるから、
他がどうとかじゃなくて、
他の支持政党にばらけてる人たちでも、
そのワンイシューのもとにまとまることができちゃうじゃんみたいなところで、
なるほどなって思ったんだけど。
だからやっぱりだからね、
今後作るべきは自民党ぶっ壊す党なんじゃないかなって。
もしくは党派政治をぶっ壊す党とか。
だから支持政党なしとかでしょ。
だから今そういうふうなとこしかないわけ。
そうじゃなくてそのワンイシューで、
党派政治それ自体を破壊するぞみたいなイシューで、
組んでいくみたいなことをするしかないんじゃないかなって。
それは歴史が繰り返してきたけどさ、
反論された口喋ってるのはわかってる。
あらゆる革命は成功した後必ず失敗するのはさ、
ぶっ壊した後がないからなわけじゃないですよ。
必ず恐怖政治とかになっていくっていう。
そしてその打ち倒した者が打ち倒される側になっていくっていうのは、
もう歴史が永遠と繰り返してきた営みなので。
まあ繰り返してもいいけどさ。
巻き込まれた時代の民主党は大変ですよ。
大変だよね。
でもなんかね、やっぱりね。
今この、今まだ読んでないんだけどさ、
早く読みたいなって思ってる本としてさ、
ミスズのさ、史上最大の革命っていう、
そのバイマル民主制の始まる、
ドイツの話をずっと読みたいなと思ってるけど。
これと一緒にね、最近買ったのが、
チクマンのね、学芸の大衆の国民化っていう。
これも多分新刊で、ちょうど先週出たのよ。
みたいな本なんだけど。
これがね、まさしくナチズムに至る政治信頼と大衆文化っていう。
でもとにかくなんか最近ずっとこういうことばっかり考えてんだなって思って。
21:02
てかこの10年、そこのあたりめっちゃ人気だけど全然進まないね。
そうだってこんなにさ、いろいろずっと言ってんのにさ。
私の大学生の頃からバイマルが再評価される時みたいな感じだったよ。
ほんとだよ。
あと最近なんかちょっと元気出そうと思ってね。
宇野茂さんは元気出るから、
その民主主義の作り方って思って。
どうで元気が出るの?
これ2013年だったよね。
ずっと言ってんだけどね。
これはね、宇野茂さんって人は基本的に民主主義というのは、
良いものだっていうところから入るのね。
だからその今その政治っていうものがどんどんどんどんこう、
それこそだから方言おじいちゃんたちを食わせていくためのシステムにしか見えない。
けれども本来一人一人が実践していくべき政治っていうものはあるんだと。
それを信じるためにはどんなようなやり方があるだろうかっていうのを
すごい感銘に説明してくれる人で。
これを見るとなんかまだ変えられるかなって気持ちになってるんだけど。
この本で言ってるのはアメリカのプラグマティズムっていうものを
民主主義にどうやってインストールしていくかみたいな話なんだけど。
要するにアメリカのプラグマティズムっていうのは
南北戦争をきっかけに生まれてるわけですよ。
南北戦争って結局あれなんだったかっていうと宗教戦争なんだと。
宗教戦争っていうことはどういうことかっていうと
それぞれに何を信じてるかっていうことによって
殺し合うまでに対立が深まっていってしまうと。
そういったときにプラグマティズムっていうのは
要するによくあるやり方としてそれが実用的かどうかとか
実践的かどうかみたいなところだけを判断して
その思想の内容はどうでもいいみたいな
軽薄な思想だみたいな偏見が結構強いんだけど
実はその軽薄さっていうのは
宗教戦争で人々の信じているもの
信念の違いによって殺し合うものになってしまうようなものを
いかにして乗り越えていけばいいだろうかって
結構切実なところから始まってて
プラグマティズムっていうのは
人々がそれぞれ信じているものが
本当に真実なのかどうかっていうのは
それも判断できないと
だけどその人が信じてるってこと自体は本当だと
そうなってきたときに我々が判断できるのは
その信念がいい結果を及ぼすのか
悪い結果を及ぼすのかっていう
その結果の部分で判断するしかないと
正義というのはそこでしか判断できないんだっていうところで
だから人は何を信じても自由だと
何を信じても自由なんだけれども
その信念に基づいて起きた結果に対しては
もちろん合否の判断があり得るよねっていうのが
プラグマティズムの基本理念だっていうところから入ると
24:00
なんていうのかな
今のね
今の話じゃん
これ13年の本だけど
すごい今のそれこそだから
3年くらい前からポストトゥルースとか言われ始めたり
フェイクニュースだどんどんみたいな話が出てくる中で
実はそれがもう真実かどうかみたいなところの判断で
例えば
暴言を吐いた人物の
その信念を強制してやろうみたいなアプローチっていうのが
あんまり意味ねえよなみたいなことっていうのは
結構ずっとその頃から話されていて
そうじゃないぞと
でもそうじゃなくて
やっぱり具体的な行為っていうものが
大事になってくるんだっていうところで
さっきの会議の話にもう一回あえて戻すならば
みんながわきまえなくなればさ
もうそのあの発言によって
あの発言をできる環境がそもそもなくなるわけだ
すごいざっくりというとね
やっぱりそれぞれの人々がどういうような
なんだろうな
ものを持って
どういうようなことを用心として
それに基づいてちゃんと行動するかどうかみたいなところに
かなり期待をかけていて
でもそれってすごい難しいというかさ
特に今のこの国には
本音とたてまえという言葉があるけど
そこを分離しちゃうわけじゃない
でもアメリカにおいては割とその本音という信仰というものが
それがそのまま実践という行動に出てくるっていうところで
それぞれの多様な信念に基づく行動というのは
どう折衝していくのかというところが入っているのがプラグマティズムだから
なんとなく大枠のたてまえみたいな
共通理念があるように見えちゃっているような
社会の中で
まずやらなきゃいけないことというのは
確かにまずはいやいや全然一元化できませんよというところで
もっとこんなにデコボコしてますよみたいなところの
声を上げるところから始めなきゃいけないというのも
これを読むと納得できるんだけど
納得できた上でやっぱり
どうもねえなという気持ちにもなってきはするんだけど
みたいなのが出てて
ちなみにトランプ以降の
いまだにやっぱり私は民主主義というものを信じたいということを言って
ちょうど今月たぶんこの宇野さんの新刊が出てるっぽいから
ちょっとねそれもちゃんと読まないとなって思うんですけど
今読んでいるのは4章だけなんだけど3章まで読んで
3章の最後がSNSというものがある意味一つの民意の
発論の場になるのかもしくは結局にならずに
ディストピアと化すのかどっちだろうかみたいなところで
たぶん4章はそういう話になってくるんだとすると
27:00
ちょっと今読むとちょっと危ういかもなという気がするんだけど
とりあえず3章は非常にいい本だなと思いますですね
なんか雑に今最後の服を拾うとすごいなって思うんだけど
最近の告発ってアメリカみんなインスタなんだよね
そうなのツイッターじゃないの
月曜日にマンソンがさ契約切られたの知ってる?
それも知らなかった
前の交際相手が虐待されてたっていうのをインスタで公表したら
歴代彼女たちが次々と私もこんなことされたっていうのを言ってて
マンソンはいやすごい大げさに書いてるし
あれは愛情のある行為だったみたいなことを言ってるんだけど
なんか誰だっけ
要は官僚お依頼さんがFBIにちゃんと捜査してくださいっていうのを
依頼上をね公表してて
それが全部インスタとツイッターで行われていて
なんで私が一例の騒動に気付いたかって
私はディタ様だけはフォローしてるんですよ
ディタ様は私はそういうことはなかった
そうじゃなかったらあの人と結婚してなかった
でも心配してくれた皆さんはありがとうみたいなのを
ディタ様もインスタで出してて
いつもピンアップとか猫の写真があるから
いきなりメッセージだったからどうしたんだろうって思ったら
そういう話だったんですけど
なるほどね
インスタなんだね
それで国が動くんか
こうやって勇気を持って告発した女性の
勇気を踏みにじられてはいけないから
ちゃんと動きましょうっていうので
そういう法律的な手続きのない告発だけれども
取り上げられるっていう
なるほどね
難しいね
だからそうやって機能するパターンもあるんだなって思った
それは難しいよね
なんかねむずいよね
ハッシュタグでワーワーするのとかは
正直逆にそれで誰かが不幸になる動きになることも
めっちゃあるよねって思うからあんまり
どうなんだろう
僕の今の立場としては
正直日々変わるからあれだけど
今の僕の立場としては
30:01
わりとSNSの告発自体は
どちらかというと私権
死刑の増長になっているみたいなところの方に
より強い危機感を持っているの
民事でやれって感じ
そうそう
だからなんていうのかな
基本的に外野関係ないわけじゃない
それをいかに成長していくのかっていうのは
そもそもルールやシステムの側の仕事だろう
まず大前提としてあって
その中でさっきのマンソンの例みたいなのは
むしろ規定の手続を踏んでいたら調査してもらえないじゃん
というところから拾っていく
ある意味ルールの一つの補助線としてあって
それが今後ルールというものが正常に動くための
きっかけになるんだったらいいよね
という限定付きの行程はするわけ
なんだけど何でもかんでもそれをやり始めるのは
わりときついなというか
今パラパラして探していたんだけど見つからなかったんだけど
多分ハイエクなんだけど
ハイエクじゃないかもしれないけど
ハイエクは何を言っているかというと
僕がよく言うようにルールがめっちゃ大事だというわけ
ルールがめっちゃ大事なのはなぜかというと
個人個人の市場みたいなものに振り回されるよりは
着手上限のルールに判断されたほうがまだマシだからだ
だからこそそのルールというものを
どんどんマシなものに修正していくという方向に
動けばいいやんというようなことを言っているということが書いてあって
それはすごいよくわかる
特にねこのねさっきのねこの
大衆の国民化っていうこのチクマから出てるね
この本を
まだ読んでないから
読んでないからあれだけど
要するにこの本が裏表紙に書いてあることとして
何が言っているかというと
チズムというのは大衆操作ではなくて
大衆の合意形成運動だったんだということを話しているわけですよ
要するにそのねハッシュタグだったり
いかしらその行き通りを
動員のために使っていって
それこそ不倫は良くないとかさ
も含めてね
そういうのを個々人の中で吊るし上げていくみたいなことが
あんまりこうやりすぎると
すごい
それこそさっきのワンイシューでナチズム
全部政党みたいなのが出てきて
祭り上げられていくみたいなことにまで
割とこう
そう遠くないんだよな
気がしてて
割とだから僕はあんまり
自分個人の感情みたいなものを
信じすぎると
33:02
大変だなみたいな
そういう気持ちになってしまう
感情
感情と暴力と政治は全て分けるべきだよ
そうそうそう
本当にそういう話なの
これは森博史が言ってたんだけど
感情ってものに部分否定はないんだと
政治というものは部分否定の世界だから
絶対に許さないっていうのは
感情の世界だからそうじゃなくて
ここはアウトだけど
この部分に関しては許容心
それこそさっきのさ
ここでもう一回選挙の話に戻っちゃうんだけど
結局個人の相手に投票するっていうのは
どっちかというと感情になっちゃうんだよね
このイシューに関しては支持しますっていう
部分否定の論理が働かないから
そういう意味ですごい今の仕組みというものが
感情と政治というものが一緒駆足になってしまう
なんか一つの原因の一つにそういう
今のシステム上の枷みたいなのがありそうだな
すごい思うよ
思うよ
やっぱりだから自分と僕はそう作るべきだ
うーん
うーん
だから否定の投票があればいいのに
っていう話は定期的にあるよね
本来だからね
これだけはやめてくれっていう
投票させてくれみたいな
2週ごとに投票させてほしいっていうのがやっぱりね
でもねそれだとね
人で選ぶの人ってね
多分昔は人で選ぶんだよね
そうそう
この人なら何とかしてくれるみたいな
本当に大犠牲というかさ
この人に託そうみたいな
だったんでしょうけど
でも結局それの結果側の我慢があるみたいなさ
俺は何言ったってなんか大丈夫みたいな
ほんまソーシャルなノリをさばらせる原因にもなるわけじゃない
そんなこう
なんていうの
一律的なルールではないところで
物を言えるぜ俺はみたいな
それがクソだせえってことになってることに
いかに気づけよっていうところなんだけど
やべえな
今日ネロちゃまの話しようと思ってたのに
全然だよ
最初の10日ぐらいでなんか適当に話しだしたら
36:01
すごい真面目な話になっちゃった
すごい真面目だったかは微妙だけどね
自民党復興はストーとか言ってる時点で真面目だよね
ツイッターの歌話と大差ないわ
でもなんかそうだって思ったの
こういう歌話をね
いろんな人とできる場所なのかなって思ってたんだよ
クラブハウスって
違かったね
今必要なのって喫煙所だと思ってて
なんていうの
こういう話ってさ
割とどうでもいいしクオリティも低いんだけど
人とするの大事じゃん
てかなんていうの
こういう話を人としないと
例えば僕はマジで真相
自民党復興はストの必要を強固にしていってね
カルト化する可能性があるじゃん
一人でいると
そうだね
一人でいるとそれでなんか
これで貯金いくら貯めれば
共産金を貯める子
俺が出ればいいんじゃないかみたいになってる
とかさ
であとそういうサイトを立ち上げて
自民党に対する陰謀論に
おどろおどろしく書いたページとか立ち上げるとかさ
割とそういうことになりがちだと思うんだけど
こうやって
そういうヨタ話でも
であとツイッター上でさ文字で見てると
割となんか文字って一つの完成品だからさ
なんかちゃんとしてる考え方だなって思っちゃうんだけど
ここで喋ると
自分の理解度がどれだけ浅いかがさ
めちゃくちゃすぐにボロボロでいるわけじゃん
でそれを奥さんの顔とか見ながらさ
今すごいとんでもないこと言ってるなとか
っていうのがわかってニコニコしだすみたいな
これすごい大事だと思ってて
いやだから本の形で
てなのこいつの言葉を読んでると
この人って天才なのかもしんないってなっちゃうじゃん
めっちゃすげえじゃんって思っちゃう
でもなんかそういうことだよ
なんかそういうことだと思って
だからやっぱりね
なんかそういう風に
全然雑なアイディアとか
アイディアにすらなってない
なんだったらツイッターで見たぐらいの
あのことですら
自分で口から喋ってみると
なんかかなりボロがあるなみたいな
気づける場所っていうのは
一つ大事だし
なんかそれ
なんかだから思ってもないようなアイディアをもらえて
そこからクリエイティビティがどうのこうのみたいなものも
大事なんだけど
それ以上に
自分がいかに生にいるかどうかっていうのを
自覚する場所としても
やっぱりおしゃべりの場ってすげえ大事だと思っていて
やっぱやってること一緒だよねそれ
うんなんていうの
その結果的に何か成果物を求めるか
そうじゃなくて
今自分の立場っていうのが
どれだけ未完成なものかっていうのを
自覚するかはちょっと別の話じゃない
うーん
一緒じゃない?
一緒か
うん
いやその
要はレビューしてより良くなるっていう話でしょ
うーん
まあでもそっか
結局まあ
そのまあ目的というものを
その足りないものを教えてもらえるために
他人が欲しいっていう
確かにね
意味は一緒だからさ
それは
あーでもなんか
多分僕は単純におしゃべりあまり目的論っぽくしたくない
あーそうね
だから別にいいんだ
それはなくていいんだよ
結果的に
そうそうそうそう
39:00
マジバネースって
いや結果的に人間は生きている限り
やっぱりより良く生きたいっていうのが
いつだってあるから
何をしててもより良く生きるための
一つの準備期間なんだって考え方自体も
できるとできるんだけど
でもあんまりそういうの関係なしに
おしゃべりって楽しいじゃんぐらいでいいと思ってて
その楽しさの中で自分のイケてなさとか
足りてなさに気づけるんだったら
なんかそれだけで十分じゃんみたいな
でそこからその足りてなさとか
イケてなさをどう直していくかは
正直個々人のやり方次第だから
おしゃべりだけでそれが直るとは思えないけど
うんうんうん
あーだからそれを目的におしゃべりをしたいっていうのは
割と他人を被るつもりにしてるよね
そうそうそうそう
だからおしゃべりは会議上だから
それはなりたくないね
やっぱり上だから
8と9は自分たちの努力というか勉強とか
それこそだから本を読むとかいろいろしないといけない
よっていうところだと思うから
なんかなんだけど
そういう場所だと思ってたの
そしたらねグラブハウスはね
森さんみたいな人しかいないんだよ
みんなの急をこうわーって
会議急を
なんかねそもそもあれってなんか
僕はツイッターみたいに
みんなが路上で急にしゃべり出すみたいな
怖い場所だと思ってたの
そしたらなんかね違うの
なんかその会議を作った人が
以外がなんか国外の人たち
みんなオーディエンスとしてミュートされてて
会議者が許さない限り発言できないわけ
だからもうなんか俺の話聞いてみたいな人たちが
ずっとしゃべってる
しかもなんかしゃべってる人たちもなんか
こう3日でフォロワー1000人来ましたけど
なんか聞きたいことあります?みたいな人とかが
こうなんかプペルの件配ってたりするわけ
だからなんかこう
えでも別にそのオーナーオーディエンスだった?
オーナーが別にみんなにやればいいんだよ
なんかね今のところね
クラウドハウスで楽しそうにしてる人はね
南の料理が趣味の
ああいいねそういうの
楽しそうでね
なんかやっぱ趣味
でもこう無趣味な人間が住んでない
そういやでもなんかやっぱりね
だからあんまりね目利とかとの違いが多かった
そうわかんないし
なんならこのポッドキャストと何が違うのみたいな
ところがあって
僕はだからこのポッドキャストみたいなことを
例えば奥さんとじゃなくて
岸波さんとか話すときみたいな感じで
よく知らない人と喋りだしたときに
自分は何を得られるんだろうみたいなことを
ちょっとこういろんな人と試してみたいなと思ってたんだけど
あんまりそういうとこじゃないさそうだな
書きなしおごと喋りしたい人でやつくるわ
最悪じゃん
最悪じゃんって思って
勝手に録音してポッドキャストで流されます
でも録音とかできない
そっかできない
だからあれだよね
クラブハウスでしょこがん起こんないからさ
売春とヤクルトばっかりの音症になる
そうそうそう
そういうね
闇インターネットのさ
闇インターネット
そういうののほうが面白いね
42:03
やっぱりインターネットが悪い場所がなくなっていくよりは
悪い場所があったほうがいいだろうと思う
でもなんかそんな感じでね
結局そういうわきまえてる人たちだけが喋って
わきまえてない人たちはそもそも発言権を与えられないみたいな世界だったから
ちょっとねこれはつまんねえなと思って
でも実際わきまえない祭りをされると怖いっちゃうところあるよね
すごいトンチンカンな突撃されるとか
怖いじゃん
怖いんだけど
でもやっぱりその怖さがもっとあって
やっぱりねその怖さを
別に単純に困ったなとしか思わないんだけど
単純に困ったなと思うからといって
全部なしにしていいのか
結構微妙だなと
あなたみたいに宗教勧誘6パーしたいみたいな人はいいんじゃない
あんまり今はそういう気持ちもない
やっぱり人の信念というのはやっぱりあんまり
ダメなんだよこっちが直そうとして
大人になったわね
大人になった
もうちょっとねいろんなおしゃべりをしたい
今日もやっぱり僕あんまり奥さんのお話聞けなかったわな
ていうか分かんない
私別に喋ってない
そうなんだよ僕がずっと喋っちゃった
でもしたい話をしたよ
革命がうまくいかないとか
そう革命がうまくいかない
革命ってのはそもそも次の革命の準備でしかない
それに気づいたからこそ革命という形のものは減ったよね
だから難しいんだよねそこは
この本でも出てくるんだけど
革命ってのはあらゆる衝突の可能性というものを
折衝していく場だと
戦争の可能性自体がなくなった瞬間に正直政治の役割でなくなっちゃうんじゃねえの
というところがあって
今みたいな
それこそ移民の人であるとか
政治の話であるとかというところを
一つの今の安定稼働の因物としてあんまり取り上げていかない
政治じゃないじゃん
本来政治というのはそういう人たちこそ
あげていって
相入れないそれぞれの
心情だったりして出すというのは
いかに折衝していくのかという場であるはずじゃん
そもそも政治ないじゃん今みたいな
だから最後に成功した革命はナチだったのかもね
そうなんだよね
最初にそのもともと従来の手続きに則って
手を挙げるということと
あと1000代くらいの保守の流れを
45:05
組んでいることによって
言いたいことも言えなかったおじいちゃんたちが息を吹き返しちゃうみたいな
ところがね
だからそれは圧倒的に少数派にはできないやり方なんだよね
で、暴力による革命が必ず失敗することは
歴史が証明していると思うので
あんまり政治わかんないというかね
なんならオリンピックの人
森さんのねフルネーム知らないんだよ
それを政治を知らないというべきなのか微妙なんだけど
そもそも個人に興味がないのが一番大きいんだけど
だからこそね
それを喋った方がいいなという気持ちがね
ツイッターに書いてもしょうがないとかそういうことではなく
どちらかというと文字で書くと固定しちゃうから
喋りながら人の香りを伺いながら喋るの大事だなと
ちょっと思ったから
これを日常的にやるのが疲れるから
録音という場でこういうことを喋るのも
ありだなって今思ったんだけど
振り返りを録音中にやるべきじゃないかと
じゃあまあ多分今日はいいんじゃない
喋りたかったこと言っちゃいました
大丈夫ちょっともう一回撮っていい?
2個目
このまま2本目撮る?
でも一回ちょっと止めるけど
何しようか
ちょっとネロちゃんを楽しみにして
デトックス
これも正直ぶっちゃけ僕の中で
オリンピックよりもネロ祭りのほうが大事だから
古代オリンピアのほうが大事だね
それをね次やります
じゃあ一旦
シャンシャンということで
ポイエティックラジオ柿内聖子と
奥さんでした
さよなら
47:32

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