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2025-01-11 22:46

#30 石垣りんの紹介と詩の朗読・解説(崖、弔詞、唱歌) / 石垣りんの第二詩集『表札など』その1

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今回は、石垣りんの第二詩集「表札など」です。

100分de名著でも取り上げられた石垣りんの詩。
そこからお気に入りの作品を朗読しつつ、対話して味わいます。

サマリー

このエピソードでは、詩人である石垣りんさんについて語られ、彼女の詩集『表札など』の内容が朗読・解説されます。特に、「崖」という作品が取り上げられ、戦争時の女性の苦悩や死者の記憶の重要性についても触れられています。

石垣りんの詩集の背景
こんにちは。 こんにちは。じゃあ、淳さん、今日はどんな演説を?
今日はですね、石垣りんさんの詩集で、表札などを持ってきました。 表札など。なんか結構古い本でもないか。
あ、そうだね。そうそう、僕やっぱコレクターだからさ。 石垣りんさんの本は、今はさ、もうちょっと新しい想定になってるんだけど、これ当時出た、初版の。
初版の? へえ。 そう、集めてるんですよ。
でも一応出たのはね、こいつだろうな。えっと、見てみようかな。
えっと、1968年、初版だね。 ほうほうほう。
68年。 そうそうそう。石垣りんさんって、生涯で4つの詩集出したんだね。
うーん、そうなんだ。でも4つだけなんだ。ある意味。 4つだけなんですよ。で、これ2つ目の詩集なんですよね。
うーん。 そう。石垣りんさん、1920年に生まれて、2004年に亡くなってるから、ちょっと前まで来ていらっしゃって。
で、第一詩集が39歳の時に出て、今日ご紹介するこれは48歳の時に出して。
だから10、約10年後。で、さらにそこから10年後かな、約59歳の時に《略歴》っていう第三詩集出して、63歳で第四詩集出してるっていう、まあそういう。
10年ぐらいで一記殺がある。 そうだね。
詩「崖」の朗読と解説
石垣りんさんって、中学校卒業して、当時でいう高等小学校ですけれども、だから2年しかないから、14歳とかでもう働き出すんですね。
銀行員で働き出すんですよ。だから当時にしたら珍しいんだよね。やっぱり昭和で女性で銀行員で働くっていうのがね。
ああ、そっか。 で、石垣りんさんが家庭の大黒柱だったんですよ。
えー、それも珍しいのかな、当時からすると。 そうだね。しかも、確か僕の記憶があれだったら、間違ってなければ、
結婚してないんですね。生涯独身で。 その独身でいいのかとか、そういうこともエッセイで触れてます。
大黒柱ってのはご両親と暮らしてて支えてたってことの意味なのかな。 そうとかってことです。なんか大変な苦労があったみたいですね。
親戚を支えるみたいなものが。 ああ、そうですか。
ですね。
だからなんか、なんだろうな、石垣りんさんの詩を読んでると、やっぱり働くっていうことを通じて、なんか詩も深めているみたいな感じもあって、
すごい僕にとってはそこがなんか励みになるし、とてもね日常的なことを描いてるんですよ。
だから自分、もうちょっとなんか通ずるものがある気がしていて、僕も日常的なことだけじゃないけれども、それを描いてることも多かったりするから。
ああ、そっか。レジューサーもね、働くってことと詩っていう活動についてもすごい考えてるからテーマとしてってことなんですね。
いや、楽しみです。多分初めて触れるかも。 そうですか。一緒に100分で名調でやってたんですよね。
ああ、そうですか。 そうそう。まあでも、ぜひ一緒に今日は味わいましょう。
はい。 はい。
じゃあね、何編か10編くらいかな、用意したんだけど、ちょっと時間かかり合いで全部読めないとは思うんですけど、どうしようかな。
ちょっとこれだけは紹介したいと思ってるのがあるので、まずもうそこから行こうかな、そしたら。
そうっすよ、そうですね。
ありました。じゃあ、ちょっとね石垣凛さんの詩集の中では、
なんか特殊な感じ、特殊でもないんだけども、さっき言った日常を描いてるとは、ある意味では日常なんだけど、
すごく僕が好きな作品があるので、これから行きたいなあと思います。
あと待って、見当たらないな。
いろいろね、今、じゅんさんこれ付箋貼ってくれて、準備してくれてて、毎回ね、その付箋のとこから探してくれてるんですよね。
46ページ。ちょっと貼りすぎて、目視から。
これラジオに出すと当たらないと思うんですけど、めっちゃ貼ってあるんですよ。
行きます。 お願いします。
あと、崖という作品でございます。
よかったら、なんか目をつぬってもらって、聞いてもらえたらいいかなと。
崖。
転送の終わり、サイパン島の崖の上から、次々に身を投げた女たち。
美徳やら、義理やら、体裁やら、何やら。
日だの男だのに追い詰められて、飛ばなければならないから飛び込んだ、行き場のない行き場所。
崖はいつも女を真っ逆さまにする。それがね、まだ一人も海に届かないのだ。
15年も経つというのに、どうしたんだろう、あの女、という作品です。
もう一回ちょっと読みましょうかね、なんか2回味わうといい気がする。
崖、戦争の終わり、サイパン島の崖の上から、次々に身を投げた女たち。
美徳やら、義理やら、体裁やら、何やら。
日だの男だのに追い詰められて、飛ばなければならないから飛び込んだ、行き場のない行き場所。
崖はいつも女を真っ逆さまにする。それがね、まだ一人も海に届かないのだ。
15年も経つというのに、どうしたんだろう、あの女、という作品です。
こういう作品って本当、語りたくなくなることもあるじゃないですか。語れないこともあるじゃないですか。
でもその中でちょっとジュンさん読んでて、少し語ってみたくなったことは聞いてみたいって感じがあるんですけど。
ジュン そうだね。
ジュン なんかこれね、戦争の終わり頃に、飛び込んだ女性がいるわけですね。
美徳やら、義理やら、体裁やら、日だの男だのに追い詰められて、飛び込んだのに、まだ一人も海に届かないのだって言うんですよ。
15年も経つのに、どうしたんだろう、あの女。
これすごいですよね。物理的な体は崖に落ちてるんですよ。
でも、なんて言ったらいいかな、魂は残ってるんでしょ、なんか。
飛びたくないのに、もっと生きたいのに、問わざるを得ないから、飛んだっていう、その嘆きが残ってんですよ、やっぱり。
その執着っていうか、なんか生の執着みたいなものが。ダンテの新曲の中でね、
地獄、煉獄、天獄ってこう、世界が分かれていて、煉獄っていうのは、地獄でもない天獄でもないとこなんですよ。
地獄にも行けず、天獄にも行けずっていう、その間で苦しんでるところなんですよ。
まさに、こういう女性の方って、
成仏されないまま、残ってるっていうことが、なんか僕はやっぱりこう、浮かんできちゃうというか。
だからまだ海に届かないんだって言ってる。
なんかその場面の聞いた時、なんかね、ひっくり返るような感じだった。なんか場面が、想像しながら聞いてるから。
届かない。なんかこう、分かんない、うまく言えないけど。
足元にあったものがひっくり返る感覚っていうか、なんかすごいね、うまく言えないんですけど。
今も、今も海に届かずに、私たちの日常の中にいるんですよ。
こういう胸の思いが。
詩「長寿」の紹介
それを我々は、まあ忘れてはならないっていうこともなんか入ってる気がするよね。
うーん。
何か亡くなった人に対して、お葬式して、それで私って本当に成仏されたって言うんだろうかって。
私ってそれで本当に亡き者たちが、安心して眠れるのだろうかって。
それでは到底、安心できない人たちがいるんだってことが、なんかね。
うーん。
描かれてる感じがする。
うーん。
すごい作品ですね。
いやーってすごいなぁ。
うん。
ちょっとね、これに近い作品、ちょっと読んでいいですか。
はい。
長寿。長寿のことですね。長寿。長寿っていう作品があります。
これあれだなぁ。ちょっとタイトルの下に、あの、少し言葉が書かれてあって。
職場新聞に掲載された105名の戦没者名簿に寄せてって書いてますね。
まあこういうのを見て、詩を書かれたってことでございます。
長寿。ここに書かれた一つの名前から、一人の人が立ち上がる。
ああ、あなたでしたね。
あなたも、死んだのでしたね。
活字にすれば、4つか5つ。
その向こうにある、一つの命。
悲惨に閉じられた、一人の人生。
例えば、江原澄子さん。
長身で陽気な若い女性。
1945年3月10日に、大空襲に、母親と抱き合って、ロブの中で死んでいた。
私の仲間。
あなたは今、どのような眠りを眠っているのだろうか。
そして私は、どのように覚めているというのか。
死者の記憶が遠ざかるとき、同じ速度で、死は私たちに近づく。
戦争が終わって20年。
もう、ここに並んだ死者たちのことを、覚えている人も職場に少ない。
死者は静かに立ち上がる。
寂しい笑顔で、この紙面から立ち去ろうとしている。
忘却の方へ、立とうとしている。
私は呼びかける。
西脇さん。
水町さん。
みんなここへ戻ってください。
石垣りんの詩の解説
どのようにして戦争に巻き込まれ、どのようにして死なねばならなかったか。
語ってください。
戦争の記憶が遠ざかるとき、戦争がまた、私たちに近づく。
そうでなければよい。
8月15日、眠っているのは私たち。
苦しみに冷めているのは、あなたたち。
行かないでください。
みなさん、どうかここにいてください。
という作品です。
なんかさっきの作品と、ちょっとね、いくつか挟んでくるんですけれども、
すごい、こうするものがありますよね。
うーん、そうですね。
まなざしと言いますか、何をまなざすかみたいなところにも、
そういうのを感じます。
じゅんさんはこれ数ある中から選んだわけですけど。
いや、まあ、今の僕が多分、大事にしたいって思ってるから選んでるんだと思うんですよね。
うーん、うーん。
なんか、まあこれずっとこんなことは別に思わなくてもいいというかね、と思うんですけど、
8月15日には少なくともやっぱり、こういうことに耳を澄ませたいなあって、
こういうふうに書いてくれると、なんか受け取れるじゃないですか、やっぱり。
じゃあ今日8月15日だから、思いを巡らせましょうって言われても、どうやったらいいかわからない。
でもやっぱこういうふうに書いてくれると、そういう記者たちの思いを受け止められる気がするんですよね。
だからなんかこういうのを、そういう8月15日とか、
そういう節目節目でこの作品を読み返せるといいなと思って。
なんか、今日読んでみたかった。
うーん、確かにね、名前の向こうにあるその人の人生みたいな。
うーん、しかも名前も一緒に書いてある。
だから、8月15日だからって話より、なんかほんと一人の人の人生に思いを派生させてくれる。
そっちの方がかえって、その8月15日の意味が、なんかこう自分の中に入ってくる、みたいな感覚を個人的には受けましたね。
詩の朗読
うーん、この作品なんか不思議なんですけどね、この詩集の中でね、
この作品の次のページに、余白だけのページも置いてるんですよ。
あ、そうなんだ。
そう、この作品のあとだけなんですよ。
○○2ページ、白紙のページも置いてるんですよ。
これもね、ミスだと思えないな、なんかこれ。
うーん。
うーん、やっぱりここに余白を設けて、ここで一旦この作品とじっくり深めて欲しいっていうのがやっぱりあるんだと思うなぁ。
そうだね、間違って。
ちょっと、そうだ、その次の作品もちょっと読んでみていいですか。
はい。
すごい短い詩なんですよ。
あの、章歌っていう、合唱歌の章歌です。
うんうん。
唱え、歌うっていう。読みますね。
はい。
章歌、見えない、朝と夜がこんなに早く入れ替わるのに。
見えない、父と母が死んで見せてくれたのに。
見えない、私にはそこのところが見えない。
括弧繰り返し。
っていう作品なんです。
もう一回読みますね。
章歌、見えない、朝と夜がこんなに早く入れ替わるのに。
見えない、父と母が死んで見せてくれたのに。
見えない、私にはそこのところが見えない。
括弧繰り返し。って書いてます。
うん。
短いっすね、確かに。
短いけどすごい詩だね、これは本当に。
これ、いろんな方がいろんなこと感じると思うんですけど、
まず一応目、見えない、朝と夜がこんなに早く入れ替わるのに。
見えないって言うんですよ。
うん。
ねえ。
うん。
なんか感じるとこありますよね。
うんうん。
うーん、例えば、
うーん、一日というのがこんなにもかけがえのない一回しかないものだっていうことが、
まあ、朝と昼を繰り返してくれるたんびに教えてくれているのに、
それが私にはまだ見えない、つかめない、みたいなね。
うんうん。
そういうこととかね。
次の行も、見えない。
父と母が死んで見せてくれたのに、見えないんだ。
うん。
うん。
見えない。
死んで見せてくれたのに。
そう。
ねえ、それは何だろう。
死ぬということ、死を迎えるということがどういうことなのかとか、
人はどういうことなのか、みたいなことを見せてくれたのに、
私には見えない。
見えない。
私にはそこのところが見えない。
そこのところってかどこのところなんかわかんないんだけれども、
その、まあ、今言ってくれたところが見えないんだって、
しかもこれ繰り返しって括弧で書いてあって、
昇華ってタイトルも、昇華って繰り返すでしょ。
ねえ。
学校、小学校の時で、
あ、ありましたね。
修行式、修学式で唱えるから、こうやって繰り返して繰り返して、でも見えないんだ。
そっか、繰り返すから短いとも言えるし、ずっと続いててるというか、
短いとも言えるというか、そういう。
いいですね。
いいですね、なんかこういう本当に、
毎回じゅんさんが紹介してくれるシーンに触れるたび思うけど、やっぱり、
了解できないことが残るじゃないですか、なんていうんだろうね。
ねえ。
それがいい。
そうだね。
って感じます、なんか。
本当におっしゃるとおりだなあ。
それが死の力。
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