2024-08-26 06:28

プロ野球ONの時代 ① 南海に行くはずだった長嶋茂雄

プロ野球の巨人は昭和40年から48年まで9年連続で日本一になりました。プロ野球の人気は、王貞治と長嶋茂雄のON(オーエヌ)に支えられ、子供たちの夢をはぐくんできました。
「王は努力の人」「長嶋は天才」とよく言われますが、2人とも、すさまじい努力をし、天才でもありました。産経新聞に連載された「戦後史開封」を再構成してお届けします。
案内役は俳優の内田健介さんです。

【原作】「戦後史開封」(「戦後史開封」取材班 /産経新聞社・刊)
【番組制作】産経新聞社

「戦後史開封」は、戦後日本の政治史、外交史、エンタメ・服飾芸能史などの様々な出来事を再取材、現代の観点で再構成するドキュメンタリー番組。埋もれていた逸話、報道されていない事実にも光を当てて戦後日本を振り返ります。

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サマリー

プロ野球の歴史において、長嶋茂雄さんと杉浦忠さんの運命的な出会いがあり、長嶋さんの巨人軍入団がプロ野球を盛り上げる要因となっています。特に、長嶋さんの活躍が日本の野球界に与える影響について語られています。

長嶋の決断と運命
プロ野球の巨人軍は、昭和40年から48年まで、9年連続で日本一になりました。
プロ野球の人気は、大定原と長嶋茂雄という2人の大スターに支えられ、子供たちの夢を育んできました。
プロ野球の人気は、大定原と長嶋茂雄という2人の大スターに支えられ、子供たちの夢を育んできました。
応援は、どんなドラマを演じてきたのでしょうか。
平成7年に産経新聞に連載された戦後式開封を再構成してお届けします。
案内役は私、俳優の内田健介です。
昭和32年の秋、東京東長崎にある立教大学野球部の合宿にいたエースの杉浦忠は、
突然、サードの長嶋茂雄から暗い食堂に呼び出された。
長嶋はこう言った。
巨人に行くことに決めたよ。
あまりの突然のことに、杉浦は返す言葉が見つからなかった。
しばらくして、
そうか、お互いに頑張ろう、
と言ったが、理由は聞けなかった。
杉浦はその時、すでに南海に行くと決めていた。
だが、杉浦を南海に誘ったのは、東の長嶋だったのだ。
杉浦は、長嶋から南海の監督、鶴岡和人を紹介され、一緒にやろうと言われていた。
長嶋に、どんな心境の変化があったのか。
産経新聞の元記者によると、巨人の球団社長が、どうしても長嶋が欲しいと、立教のOBに手を回したそうだ。
長嶋は言う。
巨人に入ったのは、結果的に正解でした。
あの頃は、日本の野球界が、特に巨人軍が、若い世代の、いわば巨人の星を求めていた時代でした。
守って、走れて、攻撃して、
3拍子も4拍子も備わった選手が、野球界に必要でした。
長嶋の活躍と影響
僕は、プロにいっても力を発揮するという自信は、大学3年で出来上がっていましたからね。
長嶋に自信を植え付けたのは、立教大学で2年まで監督だった、須直国信だ。
須直は、こんなことを覚えている。
昭和36年頃、夜に長嶋から電話がかかってきた。
スランプで、どうしても打てません。
その時、須直は国鉄スワローズの監督だった。
お前、明日はどこと試合なのか知ってるのか?
と聞く須直に、長嶋はこう答えた。
はい、スワローズです。
須直は長嶋を自宅に呼び、庭で素振りをさせた。
監督が敵の中心バッターにバッティングを教えるなんて、
球団にバレたら首が飛ぶ。
須直が、ちょっと軸がぶれているとアドバイスすると、
長嶋はそこを直して、次の日にホームランを打った。
入団前からゴールデンボーイと騒がれた長嶋は、
昭和33年の春、兵庫県の明石でのキャンプで、
初めて巨人9と対面した。
最初のキャッチボールの相手は、ピッチャーのババ翔平。
後にプロレスラーになった、あのジャイアントババだった。
キャンプインを楽しみにしていた長嶋だが、
4、5日過ごすうちに、がっかりする。
選手たちは昼ごろに練習を切り上げ、
あとはみんなで麻雀に励むという毎日なのだ。
長嶋は、監督の水原茂の部屋のドアを叩いた。
監督、先越ですけど納得いきません。
こんなことで巨人は優勝できると思いますか?
水原は、
新人のくせに生意気言うな!と叱った。
こうして迎えた1年目のシーズン。
開幕の国鉄戦では400勝投手の金田雅一から、
4打席4三振をくらったが、
長嶋の思い切りのいいスイングは、
強烈な印象をファンの脳裏に刻み込んだ。
結局、シーズンが終わってみれば、
長嶋はホームランと打点でセリーグのトップを記録。
堂々たる新人王になった。
片夜、パリーグの新人王に輝いたのは、
長嶋と一緒に行くはずだった南海で、
27勝をあげた杉浦だった。
杉浦は、
長嶋が巨人に行ったから、
プロ野球が盛り上がった。
と、振り返る。
今も長嶋は、
ミスタープロ野球であり続けている。
次回、第2話は、
王貞治の一本足打法が生まれた戦いをお送りします。
ご視聴ありがとうございました。
06:28

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