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2021-01-13 37:47

【GMV 296】どうして議論を避けたいか?

他人のアイデンティティを不安にさせたくないし、させるメリットもない。
00:04
おはようございます、グッドモーニングバイブスです。 最近あの
まあやってはいけないっていうことは何もないんですけど、グッドバイブスって。 とはいえですね
攻撃を封印するというのがあるので
必然的になんですが 私の解釈ではですね、議論を封印するというのがあるんですよ
別に議論しちゃいけないということにはならないんだけど まあ少なくとも私の場合議論しちゃうと
攻撃的なところが折り混ざってくるので、差し挟まってくるので
論理的にはですね、えっと 恐れを抱かない
攻撃をしないっていうのを
片時も忘れなければ議論して、そういうことにはならないんですが
あいにく私は忘れるのでそれは議論をしちゃうとですね だから議論そのものを基本は避けるというふうにしてるんですよ
がしちゃうんですね、時々というか結構 で一つにですね最近
わかってきたというか、えっとここから頑張ろうと思っているのが
認識の統一を求められているというのがあって、これもですねすでに
それこそ倉津之介蔵さんのブログなり
セミナーなりで すでに相当お話いただいているんですけど
なお私は結構ですね、この認識の統一を
求められて
身動きが取りにくくなるというケースが結構あるんですね
まあめんどくさくなると、つまりこれはめんどくさくなるというのは時間を短縮したくなる とってことなんだけど
議論しちゃうんですよね で、えっとでだいたい後悔すると
いうことになるので
しないようにしているわけなんですが この時に覚えるのがですね意外とあの怒られた悔しさと似てるんだなということがわかったんですよ
この多分怒られた時のあの 今はもうだいぶ減ってしまったんですけど私が最大の
問題にしていたこう 失跡された時に罰せられた時の
心理的動揺というものを ぐっとマイルドにしたものが認識の統一を求められて議論に巻き込まれていく時の感じなんだと
いうことだったんですね だからこれはいい
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トレーニングなんだなと思います つまりこれを克服できればですねだいぶこうまた
失跡という問題は自動的に一緒に克服されていくはず ですから
要はこの多分同じ構造を持っているんだということなんですね で
認識の統一の問題って もちろん個々のケースで違うんですけれども
意外に求められるんだよなというのがあります で
認識が統一していないから統一するというケースもあれば 単なる温度差を揃えたいと思われているケースもあり
もはや温度差すら揃っているように思えるんだけど議論は吹っかけられるという このケースも結構ないわけじゃないんですもちろん温度差って0ってありえないんで
ですけれども だから温度差をゼロにしていればならないという
要求には無理があるんですが
この無理な要求も起こり得るということなんですよ で
そういう時は無理なので 大変こう
また なんていうのか身動きが取りにくくなるわけですね
簡単に言うといやあなたの思っている通りに思ってますからと答えて しかも納得されなかった場合の話なんですけれどもね
で えーっと
つい最近ワイドショーを見ていて ここでコロナに関する議論だったんですけどここでこんな議論をしていてもへの突っ張りにも
ならないんですよと言ってあの笑いを取ってたんですが 分かってやってるわけじゃないですか
であの同じほとんどのケースはこれがと全く同じことが言えるんですね ほとんどのケースでは認識の統一のために
私と妻とか私と誰かセッションしている人とか 打ち合わせしている人と議論をしたところでだいたいへの突っ張りにもならんような議論ばっかり
なんですね まずこれを考えてしまうと
でこの考えた時に時間がもったいないって発想が浮かびがちじゃないですか この時私が時間を失うのを恐れているわけですがこれを恐れなくなってからは
だいぶだいぶですね
この議論というものを 面白いんですよね時間がなくなることを恐れなくなると議論せずに済むというのは
大変面白い現象だと思うんですよ 時短のためにだいたい議論するんだけれども
そうすると時間が伸びるんですよ議論しちゃうから 相手の話を黙って聞くようになるとですね
この際計帳しなくても聞いている振りだけでもですね 害して収まるんですよ収まるのは早いんですよ
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だからこういう話をしていては時間の無駄だと思うことによって しばしば時間は失われるので
恐れないっていろんな意味で有効だなと思うんですけれども
とはいえ
単純に時間を失うことだけを恐れるわけじゃないですよね 今回あの
緊急事態宣言だあれを見ていてわかったんですけれども
どうしてもですね目の前の人の認識を逆転させたいという欲求が
そこかしこに発生するということがあるんですね 私はあれもへの突っ張りにもならんと思ってるんですよ
目の前の人の認識を仮に逆転させることができたところで 首相の決定には多分いかなる影響を及ぼさないはずだと
僕は思うんですね 例えば私が反対派であっても賛成派であってもいいんですけど
現在は緊急事態宣言を出すべきが昨日のNHKの 調査によると8割だったのでまあ私は
出すべきでないと思っていることにしましょう別にどっちってことはないんですけど で例えば妻は出すべきだと思っているとしましょう
妻を長い説得の末出すべきじゃないそうか分かったということにさせることができたとして 首相出すじゃないですか
つまり 私は何のためにこの認識の統一をしたいのだろうということなんですね
あるいはもうちょっと言ってですね 例えば逆に私が出すべきでないと思っているとしましょう
妻は出すべきだと思っているとしましょう その場合妻はまず確実に認識の統一に向かってくるわけですよ
で私が抵抗するじゃないですか なぜ抵抗するんだろうってことなんですよね
私がああそうかなるほど出すべきだったんだと思っても思わなくても多分結果同じ なんですよね
ってことまで私は意識してもなお抵抗しようとするところがあるわけですよ これは私は昔から合理的でない少なくとも合理的ではない気がすると思ってたんですよ
こういう時に時々ですね自分が自分でなくなるっていう話が出るんですけど 私それは大げさだなと思うんですね
出すべきだとか出すべきでないと思ってみたところで 私がいかにも私らしい思考と行動をとってしまうことに変化はないんですよね
私あのグッドワイブスで それなりに変化したと思っていて多分
これを聞いてくださってない方の中には佐々木は変わってしまって本当に残念だと思って くださっている方がそれなりにいらっしゃると思ってるんですよね
裏切られた気がするって話ですよね 私はもう本を書いてたりしますから
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けど多分ですね前々からこれを聞いて前々グッドワイブスを私が知る以前から私の ことを知っててかつ今も
なんか聞いたり読んだりしてくださっている方はあんま変わってないと思うと思うんですよ あの言うほどね変わらないんですよね
変わったところはありますよ 肌良くなっているとか
悪夢見なくなっているとかは私のアイデンティティの中では大きな変化が伴ってないと起こり得ないことだと思うんですけども
そういう変化とはまた別にですね自分が自分な感じってのは
やっぱり根強くしぶとく残るじゃないですか私全部が全部の根強くしぶとく残ってほしい ようじゃないんだけど根強くしぶとく残るじゃないですか
だから結局多分ですね私が 私らしいというのはこれは
良くも悪くもしょうがないことだと思うんですね この件についてもよく議論になるんですよ
一方では変わるべきだ派っているじゃないですか 人間を変化していかなきゃいけないっていう派もいるじゃないですか
そうすると私がほぼほぼ変化に興味のない人間だから そこに認識の統一を持ってこられることもあるわけですよね結構ね
こういう界隈にいますからやっぱりライフハックだけではなくライフハックをしたその先を目指すべきだと
私が首を簡単に縦に振らないと相手はだんだん不快になってくるそういうシーンは私はですね
むしろグッドワイブスより前では何度も何度もそういうのに直面してやっぱり身動きが取りにくいなと
私としては相手をその 非変化派とかに変える気はないんですよ最初からだってだいたいですね
自分が変化を求めていない人間なのに 変化を求めている人間をねじ伏せようとする理由がないじゃないですか
だから この種の議論も同じでしてですね
もともとあまりそういうことに私は興味が向かなかったわけですよ でも変化を推し進めたい人としては人の中にはですね
私のような人間こそ変化に向かうべきだっていうふうになるわけじゃないですか 私はこういう時にも認識の統一問題っていうのが発生するようなと思ってたんですね
一方で私がグッドワイブスを知ってからというものですね なんかちょっと変に理想主義的だと思う人の中には
変化しない佐々木のままでいてほしいという人もいると思うんですよ それを吹っかけられたことはないですけれども
でもやっぱり認識の統一圧力みたいなのってあるわけですよね で多くの人はご存知ないわけですけどほとんどの方がですね
私はタスクシュートを知る前の時代の方が人生としては長いんですよ だから佐々木といえばタスクシュートだろうみたいに思う人もいるかもしれないですけど
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そうじゃないわけですよね結局 そうとは言い切れないと思うんですよ
タスクシュートを知ってからの年数は確かに長いですけれども そうは言っても最大見積もって15年といったところでしょ
私48歳ですから当然タスクシュートを知らなかった時代の方がはるかに長いわけですよね 自分らしさって何なんだろうと思った時に
いろんな方が佐々木将吾らしさってものをイメージしてるんですけど そのどれかであったことは残念ながらないんですよね
一瞬たりともないわけですよそれは全部イリュージョンであって 多分私が考えている私らしさっていうのも間違いなくイリュージョンだと思うんですね
そういう意味では自分が自分でなくなることを恐れるというのは 全くグッドバイバス的に言うところのイリュージョン作り出してそれを失うことを恐れているという
あのもう基本の基本の方なんですよ あれをそれを恐れてもしょうがないんですね
ないんですよもともときっとそんなものは
よく言われるんですよあの自己肯定感的な話の中でですね 自分が自分でいていいんだぞと
これもですね私は非常にこれが一番あれなんですよねえっとその この議論を私が持ってこられるわけは何なんだろうという一番の
踏迫させられる問題なんですよ 私は自分が自分でいていけないと思ったことがないつもりなんですよ
で自分が自分でいていいだろというのは当然じゃないかと思ってるんで 言っていいんだよって言われるとこの人誰に向かって喋ってんだろうなって思うんですよね
おそらくご自身に向かってなんだろうという気がします 私が私でいてはいけないなんて私は思ったこともないんですよ
えっとそれは何かこう って言うんだもはやですね
えっととにかくあなたが思っている通りに思ってますとしか言いようがないんですね それでもこのように意思の統一を図られるということが起こるんですね
つまり私は自分が自分でいいと思ってないところがあるという過程が発生して でえっと
議論が議論が起こってしまうわけです その仮想的みたいに見えるケースがあるんですねこの辺から私が今回のこの意思統一という問題と
とが意思統一したいという気持ち これは何どういう
不安感なんだろうというのが あののヒントになったんです
で今すごい何かこう言い淀みましたけど 要は
なんと恐れているのはカオスなんだなと カオスでわかりにくいければ無秩序というもの
15:03
これだと思います あのたまたま今回緊急事態宣言が絡んだので
なんとなくこの発見と言ったらいいのかな に至るのに大きなヒントになってありがたく事例だったなと
不謹慎かもしれませんが思ったんですが あの
無秩序になる そんなことを信じている人がいてはいるから秩序が
なんて言うんですかね実現しないみたいな 秩序が保てないというかそういう秩序が実現したことがない可能性もあるので
実現しないのだと あれですよ要するにこの緊急事態宣言でみんなが一生懸命家にいて頑張ってるのに
ホストにホストが用意しちゃう人がいるから秩序が乱れてしまい 世の中がぐちゃぐちゃになっていくんだという
そういう恐怖感 だから
思想統一をしておかなければならないというのがですね 極めて陳腐なところにでも波及していくという現象が起こるんですね
これがまず一つだなと思いました だからなんかこの種の議論を吹っかけられるとなんとなくこう
痛くもない腹を探られて居心地の悪い気がしてくるわけですね 最近あの
千葉ロッテの ある某選手がですね不倫
不倫している上にコロナでやっちゃいけない 飲み会をやっていたみたいな騒動がありましてですね
その種の議論に巻き込まれそうになったんですね いいのかみたいな
いいと思ってないんだけど私はロッテのファンだからね たまたまいいと思っている方にさせられそうになってすごいびっくりしたわけですよ
まあその女性がこの種の議論を男に吹っかけて この選手を擁護するときはお前も不倫をしたいと思っているんだみたいな論理になっていって
そういう不安感もあるみたいなんですけど まあ
全然全く少しもどうでもいいことなので ロッテファンとしてはですねあの選手がバッシングされていなくなってしまうのは
ちょっと戦略的に痛いなとかは思いますよ 思いましたけど
まあ今そもそもシーズン中じゃないですしね そしていなくなると致命的に弱くなるっていうほどの選手かというと申し訳ないけど
いやこれやめておきます いなくならないでほしいとファンとしては願っています
でもあのなんか制裁とかされちゃうのはあるあるかもなとは思いますね 要はこの種の認識統一とかをさせるってのはやっぱりこう
秩序っていうものに対する 欲求なんだなと
そういうね 不倫で飲み会するというのが良くないとみんなに思っていてほしいと
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そうすれば秩序が保たれるでしょうと つまり世の中カオスにならないでしょうと
カオス混沌ですね ということなんだと思うんです
えーとですねこの種の 私はこの種のそもそも欲求には多分に無理があるとは思うんですね
単純にこれは短く済ませたいですが要は 世の中そんなに秩序だっていたためしはないし
おそらく
地球っていうところですね自然というものはそこもね人間に都合よく作られてないので
多分そういう 意思統一による秩序維持みたいなものを実現するのは無理だろうっていうふうに
思うのともう一つはさっきのもっと簡単なところでへの突っ張りにもならない議論をいくら繰り返していても
世の中に対してというかおそらくほぼ何の影響もこの件もそうですが私が
ある野球選手についてですね当然それは 全く許しがたいけしからんと思ったところでですね
何の効果も影響も及ぼしようがないわけですよね この種のことがとっても多いんですよこの種の議論というのは実際のところは
時間の無駄だとは言いませんけど 多分やってることは100%ではないにせよ
ほぼ100% 無効力だろうなとは思います
そういうこうちょっとした虚しさもあるんですよね しかもあの賛成している時にまで賛成を確認されるというのは
私多分そういうのがちょっと苦手なのかなという踏み絵的な何かを感じるんですよ いや別に絵踏みますからみたいな感じなんだけど
わざわざこれすることなくないかっていうようなそういうやつなんですよね で本題はちょっと違うところにありまして
とはいえこの種の議論はですねしたがる人とそうでもない人とはいるんですよ で
したがるケースにはやっぱり でもまぁ一つかな
一番やっぱり多いのはですねこの無秩序ということによって 秩序が横を向いたと
そしてそれがアイデンティティの危機に
危機を意識させられた それなんですね
だから テーマはだいたい決まっていますどんな人でもね
気にするテーマは決まっているんですよ ただ今回のコロナ騒動は
ある意味政治に関わってくる面があるので多分多くの人のアイデンティティの危機を 刺激するんだと思いますね
だから認識の統一ということに多くの人が関心を持つ したがってそういう議論も非常に発生しやすくなるんだなという気がします
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私たちは政治をダイレクトに意識する前に必ずこのやっぱり 自分が自分でないみたいなこっちの方を気にするんですよ
で 特に無秩序ということで例えばですねこのHSPみたいな話私よくしますけど
HSPって要するに 自分が自分でなくなることを非常に恐れているってことだと思うんです
非常に広く言えばですね 自己肯定感ってそういうことですよね
自分が自分でいていいと
自分が自分でいてはダメだというその圧によって
という 無秩序によってですね自分が自分ではあってはいけないんじゃないかという苦しみに晒されているからこそ
この一種のことを言いたくなるんですよ あらゆる人に対して自分が自分でいていいんです自分が自分でいていいんですと
そうすると当然議論に巻き込まれ勝ちになるじゃないですか お互いに
この種のことが起こるんだと思うんですね
混沌というものが
世の中をダメにすると
で 誰一人としてそうは思っていてほしくないということですね
誰一人として緊急事態宣言を出していいなんて思っていてほしくないってことになったら大変じゃないですか
8割ですからね あらゆる人を出してはいけないと思っているようにしなきゃいけないという
そういうところに
アイデンティティがかかってきてしまうとですね 何を見ていても自分が自分でなくなりそうな気がするんだと思うんですよね
ということは 自分が自分でなくなりそうだと思う人ほど
この種の議論をいっぱいしなければならないってことが起こると思うんですよ
これは私の経験に大体合致していて
自己肯定観という問題にそもそも興味のある人と大してない人といるわけです
で 大してそういうことに興味がない人ははっきり言っていたから自己肯定観が強いんですよ
言ってしまえば
これって強くなればなるほどこのテーマに興味を失うという
テーマなので
この話を盛んにしたい人ほど
自分に関係のないようなことであっても
ありとあらゆる認識の統一をなるべくしてまわりたくなるんだなと
ここまでわかるとですね
相手がですね この種の議論をふっかけられたとき
その人が根本的には何を恐れているのかというのが
わかるので黙って聞いていられるように
黙って聞いていやすくなるということが起こります
つまりその人が言いたいのは
私が私でありたいんですということなんですよ
24:01
これは二重の意味で保障されているんですよ
一つはその人はその人以外にはどうせなれないんですよ
二つ目は自分が自分らしくあるときのその自分らしさというのは
多分イリュージョンなので
本質的にはそれをどんなに頑張っても
完全に保つとか絶対に守るとか
そういう対象にはなり得ないんですよ
ということを相手に理解していただくのは
多分関係性によらず結構めんどくさいというか
非常に手間がかかる上に
多分カウンセリング的な話なのでですね
それをやる必要は全然なくて
黙って聞いていればいいんですね
これをしてあげることで多分相手の人は
非常に安心するんだと思うんですよ
こうして議論せずに
このモードを収束させられるというところまで
結論づけるんだけれども
でもつい議論しちゃうわけですね
ってことは今のような筋道を僕が見失うんですよ結局
今の筋道を追う限り
相手が納得したり安心することによるデメリットは
何もないわけですね
今の筋道は全部相手の中にあることなので
実は私とは何の関係もないことなので
一見したところその認識統一という問題が
私に襲いかかってきているように思っちゃうんだけど
そんなものは襲いかかってきてないんですよ
でもこれはですね
相手のアイデンティティクライシスの
強い人であれば強い人であるほど
この圧を強く感じられるような会話になるんですね
例えば相手の人が多くのケースがこれなんですけど
いや全部じゃないな
一部ケースとしてこういうことがあるんですけど
学校の先生であるという場合
かつアイデンティティクライシスを
内面に抱えていらっしゃるという場合
この圧は猛烈なんですよ
全くご自覚はないんですよ
多くの場合
自覚がないとは言えないですね
アイデンティティクライシスのほうは
自覚されていたりします
ただそれは先生という職業柄
無秩序って問題じゃないですか
それはもう私たち生徒や学生やってた時に
よく分かっていることなんですけど
何しろ先生というのは無秩序というものを警戒します
自分の責任問題になりますからね
当時分かんなかったけど今よく分かります
しかもでも大体の場合
それは無秩序ということを問題視されているだけだと
何もないんですけど
そこにご本人のアイデンティティクライシスが
心の傷のようにあるという場合
自己肯定感のためにもですね
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無秩序な思想の持ち主を
放っておくのは難しいんだと思うんですね
例えば
自分が自分であってはいけないんではないだろうかという
常にそういう心苦しさを
大体養育歴によるものなんですが
お父さんがそういうことをずっと言ってきた
お前そんなんじゃダメだってずっと言ってきた
こういう話よく聞きますよね
その人が先生をなさっていて
かつたまたま私のような人間に会って
こいつはどうも緊急事態宣言が出ていても
ホスト通いは私はホスト通いしないか
風俗通いとかしそうだということになると
すごく私に対する恐怖感が発生するわけですよね
そういう無秩序なことをやる人間のせいで
そういう人間がいっぱいいることによってですね
秩序が乱れていくわけじゃないですか
そうすると秩序が乱れている
カゴスのような状態であればあるほどですね
なんていうんですかね
アイデンティティに危機感を抱いている人にとってほどですね
生きていくのが辛い感じになっていくんですよ
これは今のだとかけ離れていすぎて分かりにくいですね
結局自己肯定感というか
自分が自分でいて安心できているという状態と
そういう人だと比較すると分かりにくいですね
自分が自分であるということに
不安感を持っている人にしてみればですね
世の中で事件が起きたときに
非常に対応しにくいわけですよね
私が例えば
そうだな
自分が自分であってはいけない状態
アトピーとかがひどいというときって
自分が自分であることが辛いじゃないですか
肌痒いですからね
こういうときに
これの心理版がアイデンティティクライシスなんですけど
分かりやすくするために
身体版にしますね
糖質制限で一生懸命
薬と糖質制限で一生懸命
肌を守っていますという状態にあると
なんとか症候状態を常に保つ
その毎日がなかなか大変ですというときにね
台風が来ました
避難しなきゃなんなくなりました
避難生活を余儀なくされました
困るんですよ
ものすごく困る
まず被災されたときの食べ物が
糖質制限に沿ったものである可能性は
劇的に期待できない
昔はおにぎりとかでしたからね
おにぎりと芋とか
もう血が噴き出しそうな食べ物ですよね
30:01
しかも多分そういうところは
寒暖差とか湿度を保つとか
難しくなるんで
薬塗るのすら難しくなるかも
人目はばかるからみたいな
つまり自分が自分であることに
何の疑問も抱かないでいられる状態というのが
そんなことはあり得ないですけど
一つの極だとして
反対側は自分が自分であるということが
常に大変だという状態
この状態ほど
世の中が安定していてくれないと
環境安定していてくれないと困るんですよ
そういうシーンに何度も何度も
直面しなければならないんですね
だから無秩序な思想を持つ人間というのは
要するに台風を引き起こすような
人間なんですよね
それが困るわけです
学校の先生というのは
基本的には自分の無秩序にしそうな人たちが
30人くらいいるところを秩序立てるという
仕事をしている関係上
そういう方向に意識が向くし
しかもその人が
アトピーみたいな病気もそうだし
つまり体が安定しない病気ですよね
それを慢性的に抱えているとか
他アイデンティティクライシスみたいなのを
内面に抱えていると
もうその無秩序に向かうという力を見ると
恐ろしいわけです
その恐怖感に対抗するために
強い力をかけたくなるので
圧がかかってくる感じがどうしてもするんですね
そういう人と対面していると
多分これがですね
私がついつい議論をしてしまうとき
議論するというのは防衛するということが
大半なので
してしまうときに起こる
多分原理なんだろうなと思います
これはですね
本当にその人は気の毒なんで
先生でなくてもですよね
要するに秩序立てようと
環境秩序立ていかせなければ
自分がどんどん自分で亡くなっていく
そんなことはないんですけれども
自分が自分で亡くなっていくような
恐怖感に囚われているというのは
非常に大変な状態なので
このことがわかればですね
それを刺激して
あれですからね
肌痒そうだからもっと回復してやれとか
それはひどい話なんで
心の問題だからこれが見えにくくなっちゃう
ということなんですよね結局
本当にそれを現実にやってくる人なんて
いやしないです
そういうことがよくわかります
どうにもしようがないんですけど周りには
基本的にそのことを理由に
そういう人が世の中にいないとは言わないですけど
普通の人はそういうことはしないんで
これ多分心の問題が同じように
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外見的に見えるのであればですね
もっと何とでもしようがあるんですけど
多分これがHSPとかの人たちが
優しい人と付き合いたいって言ってることの
意味なんだろうなと思うんですけどね
つまり自分を
自分が自分でなくなるという不安というものに
常にあるということはですね
大変厳しいわけですよね
だから環境によって
何とか頑張って保っているこれを
保てないような事態になりたくないと
その可能性があるものは
全部排除していかなきゃならないんだ
ということなんだと思います
これで認識の統一っていう話に多分なるのかな
だから認識を統一したいという人ほど
やっぱりですね
何か危機を意識されている
したいという人ほどというよりは
したいという時ほどなんですよねやっぱりね
その危機を刺激されると
認識を統一しなきゃという
気持ちになるんだと思うんです
だからあれですよね
精神力動学っていう言葉が
私には響くんですよ
力を感じるからですね
力を感じちゃうからつい
ここですぐ緊急事態宣言を出すのとか
しなきゃいいこれを言って
どうにもなるものでない言葉が出るんですよ
力を受けちゃったんですよね
この力を受ける理由は
私の側にはないので
そのことが完全に理解されれば
多分このようなセリフにはならない
おそらく緊急事態宣言がテーマになっていても
緊急事態宣言のことは脳内に
ほぼ入ってこないはずなんですよ
理想としてはこの形が望ましいなと思います
この形が望ましいというのはある意味では不思議です
相手の話聞いてない人みたいですよね
でもそうじゃないんですよね
相手の人の話を聞くほど
そういう風になっていくと思うんですよ
そういうまともに受け合うという
答えじゃない答えが出てくる
フロイトが言ったんですよね
話を聞くなと患者を聞けと
確かフロイトだった気がする
フロイトでなかったにしても
フロイトの思想ですね
話を聞かずに患者を聞きなさいと
難しいところはあるんですよ
やってることはカウンセリングじゃないんで
36:00
通常は全然できませんというのも変な話なので
これを常にやっているのが一番いいんですよね
訓練が全くできていないわけではないです
例えば私だって
娘と対していたときは今じゃそうでもないけど
ちっちゃい頃はまともに話せないわけですから
話聞いててもしょうがないんですよ
何を言わんとしているのかわからないわけですからね
話を聞かずに相手を聞くってことは
やってるんですけれども
それこそ学校の先生は間違いなくやっているんですよ
話だけずっと聞いてても
わけわかんない人っていっぱいいるんで
むしろ子供の頃の方が
できてた気がするんですよね
小学生とかって
お互いの話、コミュニケーションの
言語能力だけで言うと話聞いてても
さっぱりわからないじゃないですか
小学校1年のときよく思ったんですよね
こいつのことはさっぱりわからないと
でも一緒に遊べるということは
相手を聞いていたわけですよね
話を聞いていなくても
そういうことなのかなと思うんですよ
結局は
アイデンティティの危機というものが
始まったときに相手の人が
一番こだわっているのはそれだと思います
つまり一番不安心しているのは
自分が自分でなくなってしまう
こいつのこの考えのせいで
そういう現実が出現して
自分が自分でいることを
破壊させられてしまう
そういう意味なのではないかと思います
37:47

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