00:05
寝落ちの本ポッドキャスト
こんばんは、Naotaroです。
このポッドキャストは、あなたの寝落ちのお手伝いをする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本、
それから興味深い本などを淡々と読んでいきます。
エッセイには、面白すぎないツッコミを入れることもあるかもしれません。
作品はすべて青空文庫から選んでおります。
ご意見・ご感想・ご依頼は、公式エックスまでどうぞ。
寝落ちの本で検索してください。
それから番組フォローもどうぞよろしくお願いします。
さて、今日は、夏目漱石さんの坊っちゃんを読もうかと思います。
えー、夏目漱石さんは、説明いらないよね。
千冊だった人ね。
の坊っちゃんです。
中田敦彦のYouTube大学でギュッとまとめてくれたのを見たきりで、
僕は一度もちゃんと読んだことはないですけど、
えっと、先日読んだ田山佳太さんの布団が、
割と早口めで読んで、2時間ちょっとだったんですよ。
その倍ぐらいのテキスト量があるので、
4時間くらいいきそうかな、早口めで読んでも。
で、YouTubeに転がっている坊っちゃんの朗読見回してみても、
5時間とか4時間とかになりそうなので、
お、2時間のやつあると思ったら結局上下みたいな感じなので、
今回僕も上下にしようかなと思います。
節がですね、段落の節が11個ありますので、
1から6まで読んで1つ。
それがおよそ2時間くらい。
で、7から11まで読んで1つ。
そっちも2時間くらいみたいな感じで分割して読んでいこうかなと思います。
久しぶりに大物に取り掛かる感じでね。
大丈夫かな。収録間に合うかな。
日数足りるかな。
事前に向こう2つ分くらいは撮ってあるんですけど、
1週間でしょ、つまり。
まあ、頑張るか。
内側のことはいいや。
はい、それでは参ります。
坊っちゃん
1
親うずりの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。
小学校にいる自分、学校の2階から飛び降りて、
1週間ほど腰を抜かしたことがある。
なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかもしれん。
別段深い理由でもない。
新宿の2階から首を出していたら、
03:01
同級生の1人が冗談にいくら威張ってもそこから飛び降りることはできない。
弱虫やーいと囃したからである。
小遣いにおぶさって帰ってきた時、
親父が大きな目をして2階くらいから飛び降りて腰を抜かすやつがあるかと言ったから、
この次は抜かさずに飛んでみせますと答えた。
親類の者から西洋製のナイフをもらって、
綺麗な刃を火にかざして友達に見せていたら、
1人が光ることは光るが切れそうもないと言った。
切れんことがあるか、何でも切ってみせると受け合った。
そんなら君の指を切ってみろと注文したから、
なんだ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲を端に切り込んだ。
幸いナイフが小さいのと親指の骨が硬かったので未だに親指は手についている。
しかし傷跡は死ぬまで消えぬ。
庭を東へ20歩に行き尽くすと、
南上がりに居ささかばかりの栽園があって真ん中に栗の木が1本立っている。
これは命より大事な栗だ。
身の熟する自分は起き抜けに瀬戸を出て落ちたやつを拾ってきて学校で食う。
栽園の西側が山城屋という七屋の庭続きで、
この七屋にカンタロウという十三種のせがれがいた。
カンタロウは無論弱虫である。
弱虫のくせに四つ目柿を乗り越えて栗を盗みに来る。
ある日の夕方、織戸の影に隠れてとうとうカンタロウを捕まえてやった。
その時カンタロウは逃げ道を失って一生懸命に飛びかかってきた。
向こうは二つばかり年上である。弱虫だが力は強い。
鉢の開いた頭をこっちの胸へ当ててぐいぐい押した拍子にカンタロウの頭が滑って、
俺の合わせの袖の中に入った。
邪魔になって手が使えぬから無安に手を振ったら、
袖の中にあるカンタロウの頭が右左へぐらぐらなびいた。
しまいに苦しがって袖の中から俺の二の腕へ食いついた。
痛かったからカンタロウを垣根へ押し付けておいて、足柄をかけて向こうへ倒してやった。
山代屋の地面は栽園より六尺型低い。
カンタロウは四つ目垣を半分崩して自分の両分へ真っ逆さまに落ちてグーと言った。
カンタロウが落ちる時に俺の合わせの片袖がもげて急に手が自由になった。
その晩母が山代屋に詫びに行ったついでに合わせの片袖も取り返してきた。
このほかいたずらはだいぶやった。
大工の金子と魚屋の角を連れて模索の人参畑を荒らしたことがある。
人参の芽が出そろわぬところへ藁が一面に敷いてやったから、
その上で三人が半日相撲を取り続けに居とったら人参がみんな踏みつぶされてしまった。
古川の持っている田んぼの井戸を埋めて尻を持ち込まれたこともある。
黒い茂草の節を抜いて深く埋めた中から水が湧き出て、そこいらの稲に水がかかる仕掛けであった。
06:05
その自分はどんな仕掛けか知らぬから、石や棒ちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ差し込んで、
水が出なくなったのを見届けて家へ帰ってきて飯を食っていたら、古川が真っ赤になって怒鳴り込んできた。
確か罰金を出して済んだようである。
親父はちっとも俺を可愛がってくれなかった。
母は兄ばかり悲喜にしていた。
この兄は矢に色が白くって芝居の真似をして女方になるのが好きだった。
俺を見るたびにこいつはどうせろくなものにはならないと親父が言った。
乱暴で乱暴で行き先が案じられると母が言った。
なるほど、ろくなものにはならない。ご覧の通りの始末である。
行き先が案じられたのも無理はない。ただ町駅に行かないで生きているばかりである。
母が病気で死ぬ2、3日前、台所で宙返りをして、
へっついの角であばら骨を打って大いに痛かった。
母がたいそ怒って、お前のようなものの顔は見たくないと言うから
新類へ泊まりに行っていた。するととうとう死んだという知らせが来た。
そう早く死ぬとは思わなかった。
そんな大病ならもう少しおとなしくすればよかったと思って帰ってきた。
そしたら例の兄が、俺を、親不幸だ。俺のためにおっかさんが早く死んだんだと言った。
悔しかったから兄の横面を張って大変叱られた。
母が死んでからは、親父と兄と3人で暮らしていた。
親父は何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば貴様はダメだダメだと口癖のように言っていた。
何がダメなんだか今にわからない。
妙な親父があったもんだ。
兄は実業家になるとか言ってしきりに英語を勉強していた。
元来女のような性分でずるいから仲が良くなかった。
10日に1編ぐらいの割で喧嘩をしていた。
ある時将棋を指したら卑怯な待ちごまをして人が困ると嬉しそうに冷やかした。
あんまり腹が立ったから手にあった筆者をみけんへ叩きつけてやった。
みけんが割れて少々血が出た。
兄が親父に言いつけた。親父が俺を感動すると言い出した。
その時はもう仕方がないと観念して先方の言う通り感動されるつもりでいたら、
10年来飯つかっている貴女という下女が泣きながら親父に謝ってようやく親父の怒りが解けた。
それにもかかわらずあまり親父を怖いとは思わなかった。
かえってこの貴女という下女に気の毒であった。
この下女は元勇者のあるものだったそうだが、
賀会の時に連絡してつい奉公までするようになったのだと聞いている。
だから婆さんである。
この婆さんがどういう因縁か俺を非常に可愛がってくれた。
不思議なものである。
母も死ぬ三日前に愛想をつかした。
親父も年中もて余している。
町内では乱暴者の悪太郎と妻弾きをする。
09:03
この俺を無安に沈聴してくれた。
俺は到底人に好かれる立ちでないと諦めていたから、
他人から木の端のように取り扱われるのは何とも思わない。
かえってこの貴女のようにチヤホヤしてくれるのを不審に考えた。
貴女は時々台所で人のいない時に
あなたはまっすぐで良い御気象だと褒めることが時々あった。
しかし俺には貴女の言う意味がわからなかった。
良い気象なら貴女以外のものももう少し良くしてくれるだろうと思った。
貴女がこんなことを言うたびに俺はお世辞は嫌いだと答えるのが常であった。
すると婆さんはそれだから良い御気象ですと言っては
嬉しそうに俺の顔を眺めている。
自分の力で俺を製造して誇っているように見える。
少々気味が悪かった。
母が死んでから貴女はいよいよ俺を可愛がった。
時々は子供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思った。
つまらない寄せば良いのにと思った。
気の毒だと思った。
それでも貴女は可愛がる。
折々は自分の小遣いできんつばや香梅焼きを買ってくれる。
寒い夜などは密かに蕎麦粉を仕入れておいて
いつの間にか寝ている枕元へ蕎麦湯を持ってきてくれる。
時には鍋焼きうどんさえ買ってくれた。
ただ食い物ばかりではない。
靴たびももらった。
鉛筆ももらった。
帳面ももらった。
これはずっと後のことであるが
金を3円ばかり貸してくれたことさえある。
何も貸せと言ったわけではない。
向こうで部屋を持ってきて
お小遣いがなくてお子供ありでしょう。
お使いなさいと言ってくれたんだ。
俺は無論要らないと言ったが
是非使えと言うから借りておいた。
実は大変嬉しかった。
その3円を釜口へ入れて
懐へ入れたなり便所へ行ったら
スポリと高架の中へ落としてしまった。
仕方がないからのそのそ出てきて
実はこれこれだと清に話したところが
清は早速竹の棒を探してきて
取ってあげますと言った。
しばらくすると井戸端でザーザー音がするから
出てみたら竹の先へ釜口の紐を引きかけたのを
水で洗っていた。
それから口を開けて1円札を改めたら
茶色になって模様が消えかかっていた。
清は火鉢で乾かして
これでいいでしょうと出した。
ちょっと嗅いでみて臭いやと言ったら
それじゃお出しなさい取り替えてきてあげますから
とどこでどうごまかしたか
札の代わりに銀貨を3円持ってきた。
この3円は何に使ったか忘れてしまった。
今に返すよと言ったぎり返さない。
今となっては10倍にして返してやりたくても返せない。
清が物をくれるときには
必ず親父も兄もいないときに限る。
俺は何が嫌いだと言っても
人に隠れて自分だけ得をするほど嫌いなことはない。
兄とはもろん仲が良くないけれども
兄に隠して清から貸しや色鉛筆をもらいたくはない。
なぜ俺一人にくれて兄さんにはやらないのかと清に聞くことがある。
12:04
すると清は澄ましたもので
お兄様はお父様が勝手を上げなさるから構いませんという。
これは不公平である。
親父は頑固だけれども
そんなエコ卑詭はせぬ男だ。
しかし清の目から見るとそう見えるのだろう。
全く愛に溺れていたに違いない。
元は身分のある者でも教育のない婆さんだから仕方がない。
単にこればかりではない。
卑詭めは恐ろしいものだ。
清は俺をもって将来立身出世して立派なものになると思い込んでいた。
そのくせ勉強をする兄は色ばかり白くって
とても役には立たないと一人で決めてしまった。
こんな婆さんにあっては敵わない。
自分の好きなものは必ず偉い人物になって
嫌いな人はきっと落ちぶれるものと信じている。
俺はその時から別段何になるという了見もなかった。
しかし清が成る成るというものだから
やっぱり何かになれるんだろうと思っていた。
今から考えるとバカバカしい。
ある時などは清にどんなものになるだろうと聞いてみたことがある。
ところが清にも別段の考えもなかったようだ。
ただ手車へ乗って立派な玄関のある家をこしらえるに相違ないと言った。
それから清は俺が家でも持って独立したら一緒になる気でいた。
どうか置いてくださいと何遍も繰り返して頼んだ。
俺もなんだか家が持てるような気がして
うん置いてやると返事だけはしておいた。
ところがこの女はなかなかの想像の強い女で
あなたはどこがお好き?
麹町ですか?
麻布ですか?
お庭へブランコをおこしらえ遊ばせ
西洋もは一つでたくさんですなどと勝手な計画を一人で並べていた。
その時は家なんか欲しくもなんともなかった。
西洋館も日本建ても全く不要であったから
そんなものは欲しくないといつでも清に答えた。
するとあなたは欲が少なくって心がきれいだと言ってまた褒めた。
清は何と言っても褒めてくれる。
母が死んでから五六年の間はこの状態で暮らしていた。
親父には叱られる。兄とは喧嘩をする。清には菓子をもらう。
時々褒められる。別に望みもない。
これでたくさんだと思っていた。
他の子供も一概にこんなもんだろうと思っていた。
ただ清が何かにつけて
あなたはおかわいそうだ。不幸せだと無安に言うもんだから
それじゃあかわいそうで不幸せなんだろうと思った。
その他に苦になることは少しもなかった。
ただ親父が小遣いをくれないには並行した。
母が死んでから六年目の正月に
親父も卒中で亡くなった。
その年の四月に
俺はある私立の中学校を卒業する。
六月に兄は商業学校を卒業した。
兄は何とか会社の九州の支店に口があって
行かなければならん。
俺は東京でまだ学問をしなければならない。
兄は家を売って財産を片付けて
任地へ出発すると言い出した。
15:00
俺はどうでもするがよかろうと返事をした。
どうせ兄の厄介になる気はない。
世話をしてくれるにしたところで
喧嘩をするから
向こうでも何とか言い出すに決まっている。
生じい保護を受ければこそ
こんな兄に頭を下げなければならない。
牛乳配達をしても食ってられると覚悟をした。
兄はそれから道具屋を呼んできて
先祖代々のガラクタを二足三門に売った。
家屋敷はある人の終戦で
ある金万家に譲った。
この方はだいぶ金になったようだが
詳しいことは一向に知らぬ。
俺は一ヶ月以前から
しばらく禅との奉公のつくまで
神田の小川町へ下宿していた。
貴王は十何年いたうちが
人手に渡るのを大いに残念があったが
自分のものでないからしようがなかった。
あなたがもう少し歳をとっていらっしゃれば
ここがご相続ができますものをと
しきりにくどいていた。
もう少し歳をとって相続ができるものなら
今でも相続ができるはずだ。
婆さんは何も知らないから
歳さえとれば兄の家がもらえると信じている。
兄と俺は貴王に別れたが
困ったのは貴王の行く先である。
兄はむろん連れて行ける身分でなし。
貴王も兄の尻にくっついて
九州くんだりまで出かける気はもうとうなし
と言ってこの時の俺は
四畳半の安家宿に籠って
それすらもいざとなれば
直ちに引き払わねばならぬ始末だ。
どうすることもできん。
貴王に聞いてみた。
どこかへ奉公でもする気かねと言ったら
あなたがお家を持って
奥様をおもらいになるまでは仕方がないから
老いの厄介になりましょうと
ようやく決心した返事をした。
この老いは裁判所の初期で
まず今日には差し支えなく暮らしていたから
今でも貴王に来るなら来いと
二三度勧めたのだが
貴王はたとえ下所奉公はしても
年来住み慣れた家の方がいいと言って応じなかった。
しかし今の場合
知らぬ屋敷へ奉公買いをして
いらぬ気兼ねをし直すより
老いの厄介になる方が
ましだと思ったのだろう。
それにしても早く家をおもての
妻をもらいの
来て世話をするのという
親身の老いよりも
他人の俺の方が好きなのだろう。
九州へ立つ二日前
兄が下宿へ来て
金を六百円出して
これを資本にして商売をするなり
どうでも随意に使うがいい。
その代わり後は構わないと
言った。
兄にしては感心なやり方だ。
何の六百円ぐらいもらわんでも
困りはせんと思ったが
礼に似ぬ淡白な処置が気に入ったから
礼を言ってもらっておいた。
兄はそれから五十円出して
これをついでに貴王に渡してくれと言ったから
意義なく引き受けた。
二日経って
新橋の停車場で別れたぎり
兄にはその後一片も会わない。
俺は六百円の使用法について
寝ながら考えた。
商売をしたってめんどくさくって
うまくできるものじゃなし
ことに六百円の金で商売らしい商売が
やれるわけでもなかろう。
18:01
よしやれるとしても
今のようじゃ人の前へ出て
教育を受けたと言われないから
つまり損になるばかりだ。
資本などはどうでもいいから
これを学習にして勉強してやろう。
六百円を三に割って
一年に二百円ずつ使えば
勉強ができる。
三年間一生懸命にやれば何かできる。
それからどこの学校へ
入ろうかと考えたが
学問は将来どれもこれも好きでない。
ことに語学とか
文学とかいうものはまっぴらごめんだ。
神体師などと来ては
二十行あるうちで一行もわからない。
どうせ嫌いなものなら
何をやっても同じことだと思ったが
幸い
物理学校の前を通りがかったら
生徒募集の広告が出ていたから
何も縁だと思って
規則書をもらって
すぐ入学の手続きをしてしまった。
今考えるとこれも
親譲りの無鉄砲から起こった失策だ。
三年間
まあ人並みに勉強はしたが
別段たちの良い方でもないから
積純はいつでも下から勧奨する方が
便利であった。
しかし不思議なもので
三年たったらとうとう卒業してしまった。
自分でもおかしいと思ったが
苦情を言うわけにもないから
卒業しておいた。
卒業してから8日目に
校長が呼びに来たから
何か用だろうと思って出かけて行ったら
四国編のある中学校で
数学の教師がいる。
月給は40円だが
行ってはどうだという相談である。
俺は三年間学問はしたが
実を言うと教師になる気も
田舎へ行く考えも何もなかった。
もっとも教師以外に
何をしようという当てもなかったから
この相談を受けたとき
引き受けた以上は不認せねばならぬ。
これも親譲りの無鉄砲が
叩ったのである。
引き受けた以上は不認せねばならぬ。
この三年間は
余剰班に窒挙して
小言はただの一度も聞いたことがない。
喧嘩もせずに済んだ。
俺の生涯のうちでは
比較的呑気な時節であった。
しかしこうなると
余剰班も引き払わなければならん。
生まれてから東京以外に踏み出したのは
同級生と一緒に鎌倉へ
今度は鎌倉どころではない。
大変な遠くへ行かねばならん。
地図で見ると
貝品で針の先ほど小さく見える。
どうせろくなところではあるまい。
どんな町でどんな人が住んでるかわからん。
わからんでも困らない。
心配にはならん。
ただ行くばかりである。
もっとも少々面倒くさい。
家を畳んでからも
清のところへは折々行った。
清の老いというのは
存外結構な人である。
俺が行くたびに
折りさえすれば何くれともてなしてくれた。
清は俺を前へ置いて
いろいろ俺の自慢を老いに聞かせた。
いまに学校を卒業すると
神島地辺へ屋敷を買って
役所へ通うのだどと
不意調したこともある。
一人で決めて一人でしゃべるから
こっちは困って顔を赤くした。
それも一度や二度ではない。
21:01
折より俺が
小さい時に
二生弁をしたことまで持ち出すには平行した。
老いは何と思って清の自慢を聞いていたかわからん。
ただ清は昔風の女だから
自分と俺の関係を
封建時代の主従のように考えていた。
自分の主人なら老いのためにも
主人に相違ないと
我転したものだし
老いこそいい面の皮だ。
いよいよ約束が決まって
もう経つという三日前に清を訪ねたら
北向きの山城に
風をひいて寝ていた。
俺の来たのを見て
早いか。
坊ちゃんいつ家をお持ちなさいますと聞いた。
卒業さえすれば
金が自然とポケットに中に湧いてくると思っている。
そんなに偉い人をつらまえて
まだ坊ちゃんと呼ぶのは
いよいよ馬鹿げている。
俺は
単管に当分家は持たない。
田舎へ行くんだと言ったら
非常に失望した様子で
ごま塩の瓶の乱れをしきりに撫でた。
あまり気の毒だから
行くことは行くが直帰る。
来年の夏休みにはきっと帰る。
と慰めてやった。
それでも妙な顔をしているから
何を土産に買ってきてやろう。
何が欲しい。
と聞いてみたら
苺の笹飴が食べたいと言った。
苺の笹飴なんて聞いたこともない。
第一方角が違う。
俺の行く田舎には笹飴は
なさそうだと言って聞かせたら
そんならどっちの検討です。
と聞き返した。
西の方だよと言うと
隣ですか手前ですかと問う。
随分もて余した。
出発の日には朝から来て
いろいろ世話をやいた。
来る途中
小間物屋で買ってきた歯磨きと
用紙と手ぬぐいを
ズックのカバンに入れてくれた。
そんなものは要らないと言っても
なかなか承知しない。
車を並べて停車場へ着いて
プラットフォームの上へ出た時
車へ乗り込んだ俺の顔をじっと見て
もうお別れになるかもしれません。
随分ごきげんようと
小さな声で言った。
目に涙がいっぱい溜まっている。
俺は泣かなかった。
しかしもう少しで泣くところであった。
汽車がよっぽど動き出してから
もう大丈夫だろうと思って
窓から首を出して振り向いたら
やっぱり立っていた。
なんだか大変小さく見えた。
2
ブーと言って気仙が止まると
はしけが岸を離れて
漕ぎ寄せてきた。
扇道は真っ裸に赤ふんどしを
締めている。野蛮なところだ。
もっともこの暑さでは着物は
着られまい。
日が強いので水が嫌に光る。
見つめていても目が眩む。
事務員に聞いてみると
俺はここへ降りるのだそうだ。
見るところでは大森ぐらいな
漁村だ。
人をバカにしていらこんなところに我慢が
できるものかと思ったが仕方がない。
威勢よく1番に飛び込んだ。
続いて5、6人は乗ったろう。
外に大きな箱を
24:00
4つばかり積み込んで
赤ふんは岸へ漕ぎ戻してきた。
丘へ着いたときも
威の1番に飛び上がって
いきなり磯に立っていた放たれ小僧をつらまえて
中学校はどこだと聞いた。
小僧はぼんやりして
知らんがのうと言った。
気の利かぬ田舎者だ。
猫の額ほどな町内のくせに
中学校のありかも知らぬ奴が
あるものか。
ところへ妙な厚つっぽを着た男が来て
こっちへ来いと言うからついて行ったら
港屋とかいう宿屋へ連れてきた。
嫌な女が
声を揃えてお上がりなさいと言うので
上がるのが嫌になった。
門口へ立ったなり
中学校を教えろと言ったら
中学校はこれから汽車で
2里ばかり行かなくちゃいけないと聞いて
なお上がるのが嫌になった。
俺はつつっぽを着た男から
俺の鞄を2つ引きたくって
のそのす歩き出した。
宿屋の者は変な顔をしていた。
停車はすぐ知れた。
切符もわけなく買った。
乗り込んでみると
マッチ箱のような汽車だ。
ゴロゴロと
5分ばかり動いたと思ったら
もう降りなければならない。
通りで切符が安いと思った。
たった3銭である。
それから車を雇って中学校へ来たら
もう放課後で誰もいない。
宿直はちょっと
大田市に出たと小遣いが伝えた。
ずいぶん気楽な宿直がいるものだ。
校長でも訪ねようかと思ったが
くたびれたから車に乗って
宿屋へ連れて行けとシャフに言いつけた。
シャフは威勢よく
山城屋という家へ横付けにした。
山城屋とは
七夜のカンタロウの家号と同じだから
ちょっと面白く思った。
なんだか2階の
はしご壇の下の暗い部屋へ案内した。
暑くっていられやしない。
こんな部屋は嫌だと言ったら
あいにくみんな塞がっておりますからと
言いながらカバンを放り出したまま
出て行った。
仕方がないから部屋の中へ入って
汗をかいて我慢していた。
やがて湯に入れと言うから
ザブリと飛び込んですぐ上がった。
帰りがけに覗いてみると
涼しそうな部屋がたくさん空いている。
湿気なやつだ。
嘘をつきあがった。
それから下女が膳を持ってきた。
部屋は暑かったが
飯は下宿のよりもだいぶうまかった。
休児をしながら下女が
どちらからおいでになりましたと聞くから
東京から来たと答えた。
すると東京は
良いところでございましょうと言ったから
当たり前だと答えてやった。
膳を下げた下女が
台所へ行った時分
大きな笑い声が聞こえた。
くだらないからすぐ寝たが
なかなか寝られない。
暑いばかりではない。想像し
下宿の5倍ぐらいやかましい。
うとうとしたらキヨの夢を見た。
キヨが苺の
笹飴を笹ぐるみ
とよしゃ食っている。
笹は毒だから良したらよかろうと言うと
いえ、この笹が
お薬でございますと言って
うまそうに食っている。
俺が呆れ返って大きな口を開いて
ははははと笑ったら目が覚めた。
27:00
下女が雨戸を開けている。
相変わらず
空の底が突き抜けたような天気だ。
道中をしたら
茶台をやるものだと聞いていた。
茶台をやらないと
粗末に取り扱われると聞いていた。
こんな狭くて暗い部屋へ
押し込めるのも茶台をやらないせいだろう。
みすぼらしいなりをして
ズックのカバンと
ケジュスのコウモリを下げているからだろう。
田舎者のくせに
人を見くびったな。
一番茶台をやって驚かしてやろう。
俺はこれでも額紙の余りを
30円ほど懐に入れて東京を出てきたのだ。
汽車と機銭の
切符代と雑費を差し引いて
まだ14円ほどある。
みんなやったってこれからは
月給をもらうんだからかまわない。
田舎者はしみったれだから
5円もやれば驚いて目を回すに決まっている。
どうするか見ろと
澄まして顔を洗って
部屋へ帰って待ってると
夕べのゲジュが禅を持ってきた。
盆を持って休寿をしながら
やににやにや笑ってる。
しっけいな奴だ。
顔の中をお祭りでも通りはしないし。
これでも
このゲジュの面よりよっぽろ上等だ。
飯を済ましてから
お腹にしようと思っていたが
尺に触ったから中途で
5円札を1枚出して
後でこれを丁場へ持っていけと言ったら
ゲジュは変な顔をしていた。
それから飯を済まして学校へ出かけた。
靴は磨いてなかった。
学校は
昨日車で乗りつけたから
大概の件とはわかっている。
四つ角を2、3度曲がったらすぐ門の前へ出た。
門から玄関までは
三陰石で敷き詰めてある。
昨日この敷石の上を
車でガラガラと通ったときは
むやみに行参の音がするので
少し弱った。
途中から小倉の制服を着た生徒にたくさんあったが
みんなこの門を入って行く。
中にはお料理背が高くて
強そうなのがいる。
あんな奴を教えるのかと思ったら
なんだか気味が悪くなった。
名刺を出したら校長室へ通した。
校長は薄髭のある
色の黒い
目の大きな狸のような男である。
嫌にもったいぶっていた。
まあせいだして
勉強してくれと言って
うやうやしく大きな印の押さった
辞令を渡した。
この辞令は東京へ帰るとき丸めて
海の中へ放り込んでしまった。
校長は今に職員に
紹介しているから
いちいちその人にこの辞令を見せるんだと言って聞かした。
余計な手数だ。
そんな面倒なことをするより
この辞令を三日間職員室へ
貼り付ける方がマシだ。
教員が控え所へ揃うには
一時間目のラッパがならなくてはならぬ。
だいぶ時間がある。
校長は時計を出してみて
お湯をゆるりと話すつもりだが
まず大体のことを飲み込んで
おいてもらおうと言って
それから教育の精神について
長いお談義を聞かせた。
俺はむろんいい加減に聞いていたが
途中からこれは飛んだところへ来たと思った。
校長の言うようには
とてもできない。
30:00
俺みたいような無鉄砲なものを
捕まえて生徒の模範になるの
一向の師匠と仰がれなくてはいかんの
学問以外に個人の特化を
及ばさなくては
教育者になれないのと
無闇に包外な注文をする。
そんな偉い人が月給40円で
はるばるこんな田舎へ来るもんか。
人間は大概似たもんだ。
腹が立てば喧嘩の一つぐらい
誰でもするだろうと思っていたが
この様子じゃ滅多に口も聞けない
散歩もできない。
そんな難しい役なら
雇う前にこれこれだと話すがいい。
俺は嘘をつくのが嫌いだから
仕方がない。騙されてきたのだと
諦めて思い切りよく
ここで断って帰っちまおうと思った。
宿屋へ5円やったから
財布の中には9円何菓子しかない。
9円じゃ東京までは
帰れない。
茶代なんかやらなければよかった。
惜しいことをした。
しかし9円だってどうかならないことはない。
旅費は足りなくっても
嘘をつきよりマシだと思って
到底あなたのおっしゃる通りは
できません。
この事例は返しますと言ったら
校長は狸のような目をパチつかせて
俺の顔を見ていた。
やがて今のはただ希望である。
あなたが希望通りできないのは
よく知っているから心配しなくてもいい
と言いながら笑った。
そのくらいよく知っているなら
初めから脅さなければいいのに。
走行するうちにラッパーが鳴った。
教馬の方が急にガヤガヤする。
もう教員も
控え所へ揃いましたろうというから
校長について教員控え所へ入った。
広い細長い部屋の周囲に
机を並べてみんな腰をかけている。
俺が入ったのを見て
みんな申し合わせたように俺の顔を見た。
見せ物じゃあるまいし。
それから申し付けられた通り
一人一人の前へ行って事例を出して
挨拶をした。
大概は椅子を離れて腰をかかめるばかりであったが
念の入ったのは
差し出した事例を受け取って
一応拝見をしてそれをうやうやしく返却した。
まるで宮芝居の真似だ。
15人目に
体操の教師へと回ってきた時には
同じ事を何遍もやるので
少々じれったくなった。
向こうは一度で済む。
こっちは同じ所作を15遍繰り返している。
少しは人の良気も察してみるがいい。
挨拶をしたうちに
教頭の何が師というのがいた。
これは文学士だそうだ。
文学士といえば大学の卒業生だから
偉い人なんだろう。
妙に女のような優しい声を出す人だった。
最も驚いたのは
この暑いのにフランデルのシャツを着ている。
いくらか薄い地にはそういなくっても
暑いには決まっている。
文学士だけに
ご苦労千万ななりをしたもんだ。
しかもそれが赤シャツだから
人を馬鹿にしている。
後から聞いたら
この男は年中赤シャツを着るんだそうだ。
妙な病気があったものだ。
当人の説明では
赤は体に薬になるから
衛生のためにわざわざあつらえるんだそうだが
いらざる心配だ。
そんならついでに
着物も袴も赤にすればいい。
33:00
それから英語の教師に
コガという大変顔色の悪い男がいた。
大概顔の青い人は
痩せているもんだが
この男は青く膨れている。
昔小学校へ行く時分
アサエのタミさんという子が
同級生にあったが
このアサエの親父がやはり
こんな色艶だった。
アサエは百姓だから
百姓になるとあんな顔になるかとキオに聞いてみたら
そうじゃありません。
あの人は占りのトーナスばかり食べるから
青く膨れるんですと教えてくれた。
それ以来
青く膨れた人を見れば
必ず占りのトーナスを食った
報いだと思う。
この英語の教師も占りばかり
食ってるに違いない。
もっとも占りとは
何のことか今もって知らない。
キオに聞いてみたことはあるが
答えなかった。
大方キオも知らないんだろう。
それから
俺と同じ数学の教師に
ホッタというのがいた。
これはたくましいいがぐり坊主で
永山の悪相と言うべき面構えである。
人が丁寧に事例を見せたら
見向きもせず
やあ君が森林の人か
ちと遊びに来たまえアハハハと言った。
何がアハハハだ。
そんな礼儀を心得ぬやつのところへ
誰が遊びに行くものか。
俺はこの時からこの坊主に
山嵐というあだ名をつけてやった。
漢学の先生はさすがに
堅いものだ。
昨日お月でさぞお疲れで
それでもう授業をお始めで
だいぶんごせいれいでと
別に弁じたのは愛嬌のあるじいさんだ。
画学の先生は
まったく芸人風だ。
ベラベラしたスキヤの羽織を着て
センスをパチつかせて
お国はどちらでゲス?え?東京?
そら嬉しいお仲間ができて
私もこれで江戸っ子ですと言った。
こんなのが江戸っ子なら
江戸には生まれたくないもんだと
真珠に考えた。
そのほか一人一人について
こんなことを書いていけばいくらでもある。
しかし再現がないからやめる。
挨拶が一通り済んだら
校長が
今日はもう引き取っていい。
もっとも授業上のことは
数学の主任と打ち合わせをしておいて
あさってから家業を始めてくれと言った。
数学の主任は誰かと聞いてみたら
例の山嵐であった。
いまいましいこいつの下に
働くのか。おやおやと
失望した。
山嵐はおい君どこに泊まってるか。
山代屋か。うん。今に行って
相談すると言い残して
薄木を持って教場へ出て行った。
主任のくせに
向こうから来て相談するなんて
不見識な男だ。
しかし呼びつけるよりは関心だ。
それから学校の門を出て
すぐ宿へ帰ろうと思ったが
だって仕方がないから
少し町を散歩してやろうと思って
むやみに足の向く方を歩き散らした。
県庁も見た。
古い前世紀の建築である。
平泳も見た。
麻布の連帯より立派でない。
大通りも見た。
神楽坂を半分に狭くしたぐらいな道幅で
街並みはあれより落ちる。
36:00
二十五万石の城下だって
鷹の知れたものだ。
こんなところに住んで
五条家などと威張ってる人間は
かわいそうなものだと考えながら来ると
いつしか山代屋の前に出た。
広いようでも狭いものだ。
これで大抵は
見尽くしたのだろう。
帰って飯でも食おうと
門口を入った。
丁場に座っていた神さんが
俺の顔を見ると急に飛び出してきて
おかえりと板の前
頭をつけた。
靴を脱いで上がると
お座敷が空きましたからと下女が
二階へ案内をした。
文章の表二階で
大きな床の間がついている。
俺は生まれてからまだこんな立派な座敷へ
入ったことはない。
この後、いつ入れるかわからないから
洋服を脱いで浴衣一枚になって
座敷の真ん中へ台の字に寝てみた。
いい心持ちである。
昼飯を食ってから
早速紀夫へ手紙を書いてやった。
俺は文章がまずい上に
字を知らないから
手紙を書くのが大嫌いだ。
また、やるところもない。
紀夫は心配しているだろう。
乱戦して死にやしていないか
などと思っちゃ困るから
奮発して長いのを書いてやった。
その文句はこうである。
昨日着いた。つまらんところだ。
十五畳の座敷に寝ている。
宿へ茶台を五円やった。
上さんが頭を
板の前すりつけた。
夕べは寝られなかった。
紀夫が笹飴を笹ごと食う夢を見た。
来年の夏は帰る。
今日学校へ行って
大学にあだ名をつけてやった。
校長は狸。教頭は赤シャツ。
英語の教師は占い。
数学は山嵐。
画学は野太鼓。
今にいろいろなことを書いてやる。
さようなら。
手紙を書いてしまったら
いい心持ちになって眠気がさしたから
最前のように座敷の真ん中へ
のびのびと台の字に寝た。
今度は夢も何も見ないでぐっすり寝た。
この部屋かいと
大きな声がするので目が覚めたら
雷が入ってきた。
最前は湿気。君の受け持ちは?
と人が起き上がるやいなや
暖パンを開かれたので
大いに狼狽した。
受け持ちを聞いてみると
別なん難しいこともなさそうだから承知した。
このくらいのことなら
あさってはおろか、あしたから始めろと
言ったって驚かない。
授業場の打ち合わせが済んだら
君はいつまでこんな宿屋にいるつもりでもあるまい。
僕がいい下宿を修繕してやるから
移りたまえ。
あさっては承知しないが
僕が話せばすぐできる。
早いほうがいいから
今日見て明日移って
あさってから学校行けば
決まりがいいと言って一人で飲み込んでいる。
なるほど。
十五条屋敷にいつまでもいるわけにもいくまい。
月給をみんな
宿料に払っても
おつかないかもしれぬ。
五円の茶代を奮発してすぐ移るのは
ちと残念だが
どうせ移るものなら
一緒に来てみろということにした。
39:00
すると山原氏は
ともかくも一緒に来てみろと言うから
街はずれの丘の重複にある家で
至極完成だ。
主人は骨董を売買する
イカギンという男で
女房は弟子よりも
四つばかり年傘の女だ。
中学校にいたとき
ウィッチという言葉を習ったことがあるが
この女房はまさにウィッチに似ている。
ウィッチだって人の女房だからかまわない。
とうとう明日から
引き移ることにした。
帰りに山原氏は
通り町で氷水を一杯奢った。
学校で会ったときは
やはり王風な湿気のやつだと思ったが
こんなにいろいろ世話をしてくれるところを
見ると悪い男でもなさそうだ。
ただ俺と同じように
せっかちで感触持ちらしい。
後で聞いたらこの男が
一番生徒に人望があるのだそうだ。
3
いよいよ学校へ出た。
初めて教場へ入って
入りたいところへ乗ったときはなんだか変だった。
公釈をしながら
俺でも先生が勤まるのかと思った。
生徒はやかましい。
時々ずぬけた大きな声で
先生と言う。
先生には答えた。
今まで物理学校で
毎日先生先生と呼びつけていたが
先生と呼ぶのと
呼ばれるのは雲泥の差だ。
なんだか足の裏がむずむずする。
俺は卑怯な人間ではない。
臆病な男でもないが
惜しいことに
弾力がかけている。
先生と大きな声をされると
腹の減ったときに丸の内で
鈍音を聞いたような気がする。
最初の一時間は
なんだかいい加減にやってしまった。
しかし別段困った質問も
かけられずに済んだ。
控え所へ帰ってきたら
山嵐がどうだいと聞いた。
うんと単感に返事をしたら
山嵐は安心したらしかった。
2
2時間目に白木を持って
控え所を出たときには
なんだか敵地へ乗り込むような気がした。
橋上へ出ると
今度の組は前より大きなやつばかりである。
俺は江戸っ子で
華奢に子作りに出てきているから
どうも高いところへ上がっても
推しが効かない。
喧嘩なら相撲取りとでもやってみせるが
こんな大象を40人も前に並べて
ただ一枚の舌を叩いて
恐縮させる手際はない。
しかしこんな田舎者に
弱みを見せると
癖になると思ったから
なるべく大きな声をして
少々負け舌で高尺してやった。
最初のうちは生徒も
煙に巻かれてぼんやりしていたから
それ見ろとますます得意になって
ベラン名長を用いていた
一番前の列の真ん中にいた
一番強そうな奴が
いきなり起立して先生へと言う。
そら来たと思いながら
なんだと聞いたら
あまり早くてわからんけれ
もちっとゆるゆるやって
送れんかなもしと言った。
送れんかなもし
は生ぬるい言葉だ。
早すぎるならゆっくり
言ってやるが俺は江戸っ子だから
君らの言葉は使えない。
42:01
わからなければわかるまで
待ってるがいいと答えてやった。
この調子で2時間目は思ったより
うまくいった。ただ帰りがけに
生徒の一人がちょっとこの問題を
解釈して送れんかなもし
とできそうもない
期間の問題を持って迫った
には冷や汗を流した。
仕方がないからなんだかわからない。
この次教えてやると急いで
引き上げたら生徒がわーっと
はやした。
その中にできんできんという声が
聞こえる。べらぼうめ。
先生だってできないのは当たり前だ。
できないのをできないというのに
不思議があるもんか。
そんなものができるくらいなら
40円でこんな田舎へ来るもんかと
帰ってきた。
今度はどうだとまた
山嵐が聞いた。
うんと言ったが
うんだけでは気が済まなかったから
この学校の生徒はわからずやったなと
言ってやった。山嵐は
妙な顔をしていた。
3時間目も4時間目も
昼過ぎの1時間も大同賞位で
やった。
最初の日に出た給は
いずれも少々ずつ失敗した。
教師は旗で見るほど
学じゃないと思った。
授業は一通りすんだが
まだ帰れない。3時まで
ポツネンとして待ってなくてはならん。
3時になると
受け持ち級の生徒が自分の教室を
掃除して知らせに来るから
見聞をするんだそうだ。
それから出席簿を一応調べて
ようやくお暇が出る。
いくら月休で変われた体だって
空いた時間まで学校へ
縛り付けて机とにらめっくらを
させるなんて法があるものか。
しかし他の練習はみんな
おとなしくご規則通りやってるから
新山の俺ばかり
ダダをこねるのもよろしくないと思って
我慢していた。帰りがけに
君、何でもかんでも3時過ぎまで
学校にさせるのは愚かだぜ
と山嵐に訴えたら
山嵐はそうさ
アハハハと笑ったが
あとから真面目になって
君、あまり学校の不平を言うといかんぜ
言うなら僕だけに話せ
ずいぶん妙な人もいるからな
と忠告がましいことを言った
四つ角で別れたから
詳しいことは聞く暇がなかった
それから
家へ帰ってくると宿の定主が
お茶を入れましょうと言ってやってくれ
お茶を入れると言うから
御馳走するのかと思うと
俺の茶を遠慮なく入れて自分が飲むのだ
この様子では留守中も勝手に
お茶を入れましょうと一人で履行しているかもしれない
定主が言うには
手前は書が
骨董が好きで
おこんな商売をないないで始めるようになりました
あなたも
お見受け申すところだいぶ
御風流でいらっしゃるらしい
ちと道楽にお始めなすってはいかがですと
とんでもない勧誘をやる
二年前
ある人の使いに
帝国ホテルへ行ったときは
錠前直しと間違えられたことがある
血統をかぶって
鎌倉の大仏を見物したときは
車屋からお館と言われた
45:01
そのほか
御風流で見損なわれたことはずいぶんあるが
まだ俺をつらまえて
だいぶ御風流でいらっしゃるといったものはない
大抵は
なりや様子でもわかる
風流人なんていうものは
絵を見ても
頭巾をかぶるか短冊を持っているものだ
この俺を風流人だな
などと真面目に言うのは
ただのくせものじゃない
俺はそんなのんきな陰境のやるようなことは
嫌いだと言ったら定主は
へへへへと笑いながら
家始めから好きなものはどなたもございませんが
一旦この道に入ると
なかなか出られません
と一人で茶を注いで
妙な手つきをして飲んでいる
実は夕べ茶を買ってくれと
頼んでおいたのだが
こんな苦い濃い茶は嫌だ
一杯飲むと胃に応えるような気がする
今度からもっと苦くないのを
買ってくれと言ったら
かしこまりましたとまた一杯絞って飲んだ
人の茶だと思って
むやみに飲むやつだ
主人が引き下がってから
明日の下読みをしてすぐ寝てしまった
それから
毎日毎日学校へ出ては規則通り
働く毎日毎日
帰ってくると主人がお茶を入れましょうと
出てくる
一週間ばかりしたら学校の様子も
一通りは飲み込めたし
宿の夫婦の人物も
大概はわかった
他の教師に聞いてみると
辞令を受けて一週間から一ヶ月ぐらいの間は
自分の評判がいいだろうか
非常に気にかかるそうであるが
俺は一向そんな感じはしなかった
教上で折々しくじると
その時だけは
嫌な心持ちだが
30分ばかり経つときれいに消えてしまう
俺は何事によらず
長く心配しようと思っても
心配ができない男だ
教上のしくじりが
生徒にどんな影響を与えて
その影響が校長や教頭に
どんな反応を呈するかまで
まるで無頓着であった
俺は前に言う通り
あまり度胸の座った男ではないのだが
思い切りはすこぶるいい人間である
この学校が行けなければ
すぐどこかへ行く覚悟でいたから
狸も赤シャツも
ちっとも恐ろしくはなかった
まして教上の小僧どもなんかには
愛嬌もお世辞も使う気になれなかった
学校はそれでいいのだが
下宿の方はそうはいかなかった
弟子が茶を飲みに来るだけなら
我慢もするが
いろいろなものを持ってくる
はじめに持ってきたのは
何でも飲剤で
等ばかり並べておいて
みんなで3円なら安いものだ
お買いなさいと言う
田舎周りのヘボ教師じゃあるまいし
そんなものは要らないと言ったら
今度は火山とか何とか言う男の
課長の掛物を持ってきた
自分で床の前掛けて
いい出来じゃありませんかと言うから
そうかなといい加減に挨拶をすると
火山には二人ある
一人はなんとか火山で
この服はそのなんとか火山の方だと
くだらない交釈をした後で
どうです
あなたなら15円にしておきます
お買いなさいと猜測をする
48:01
金がないと言葉だと
金なんかいつでも要ございますと
なかなか頑固だ
金があっても買わないんだと
その時は追っ払っちまった
その次には鬼がわらぐらいな
大すずりを担ぎ込んだ
これは単形です
単形ですと2辺も3辺も
単形があるから
面白半分に単形たらなんだいと聞いたら
すぐ交釈を始め出した
単形には上層中層下層とあって
今時の物はみんな上層ですが
これは確かに中層です
この眼をご覧なさい
目が3つあるのは珍しい
初木の具合もすごくよろしい
試してご覧なさい
と俺の前
大きなすずりを突きつける
いくらだと聞くと
持ち主が品から持って帰ってきて
ぜひ売りたいと言いますから
お安くして30円にしておきましょうという
この男は馬鹿にそういない
学校の方はどうかこうか
無事に勤まりそうだが
この骨董責めにあっては
とても長く続きそういない
そのうち学校も嫌になった
ある日の晩
大町というところを散歩していたら
郵便局の隣にそばと書いて
下に東京と中を加えた
看板があった
俺はそばが大好きである
日本におった時でもそば屋の前を通って
薬味の匂いを嗅ぐと
どうしてものれんがくぐりたくなった
今日までは数学と骨董で
そばを忘れていたが
こうして看板を見ると素通りができなくなる
ついでだから
一杯食っていこうと思って上がり込んだ
見ると看板ほどでもない
東京と断る以上は
もう少しきれいにしていそうなものだが
東京知らないのか金がないのか
めっぽう汚い
畳は色が変わって
おまけに砂でザラザラしている
壁はすすで真っ黒だ
天井はランプのゆえんで
くすぼっているのみか
低くて思わず首を縮めるくらいだ
ただれいれいと
そばの名前を書いて貼り付けた
値段付けだけは全く新しい
なんでも古い家を買って
二三日前から開業したに違いなかろう
値段付けの第一号に
天ぷらとある
おい天ぷらを持ってこいと
大きな声を出した
この時まで隅の方に三人固まって
何かつるつる
ちゅうちゅう食ってた連中が
ひとしく俺の顔を見た
部屋が暗いのでちょっと気がつかなかったが
顔を見るとみんな学校の生徒である
先方で挨拶をしたから
俺も挨拶をした
その晩は久しぶりにそばを
食ったのでうまかったから
天ぷらを四杯炊いであげた
翌日なんの気もなく
教場へ入ると黒板いっぱいぐらいの
大きな字で天ぷら先生と書いてある
俺の顔を見てみんな
わーと笑った
俺はバカバカしいから
天ぷらを食っちゃおかしいかと聞いた
すると生徒の一人が
しかし四杯は過ぎるぞなもし
と言った
四杯食おうが五杯食おうが
俺の前にで俺が食うのに文句があるもんかと
さっさと講義を済まして
51:01
控え所へ帰ってきた
十分たって
次の教場へ出ると
ひとつ天ぷら四杯になり
ただし笑うべからず
と黒板に書いてある
さっきは別に腹も立てなかったが
今度は尺に触った
冗談もどう過ごせば
いたずらだ
焼き餅の黒焦げのようなもので
誰も褒めてはいない
田舎者はこの呼吸が分からないから
どこまで押していっても構わないという
良犬だろう
一時間歩くと見別する街もないような
狭い都に住んで
他に何にも芸がないから
自然を日露戦争のように
ふれ散らかすんだろう
哀れな奴らだ
子供の時からこんな教育をされるから
嫌にひねっこびた
植木鉢の楓みたいな
精進ができるんだ
無邪気なら一緒に笑ってもいいが
これはなんだ
子供のくせに大津に毒気を持っている
俺は黙って天ぷらを消して
こんないたずらが面白いか
卑怯な冗談だ
君らは卑怯という意味を知っているかと言ったら
自分がしたことを笑われて
怒るのが卑怯じゃろうがなもし
と答えた奴がある
嫌な奴だ
わざわざ東京からこんな奴を
教えに来たのかと思ったら情けなくなった
余計なヘラズ口を
聞かないで勉強しろと言って
授業を始めてしまった
それから次の教場に出たら
天ぷらを食うとヘラズ口が
聞きたくなるものなりと書いてある
どうも始末に終えない
あんまり腹が立ったから
この生意気な奴は教えないと言って
スタスタ帰って来てやった
生徒は休みになって喜んだそうだ
こうなると
学校より骨董の方がまだマシだ
天ぷらそばも家へ帰って
一晩寝たらそんなに感触に触らなくなった
学校へ出てみると
生徒も出ている
なんだかわけがわからない
それから3日ばかりは
無事であったが
4日目の晩に住田というところへ行って
団子を食った
この住田というところは
温泉のある町で
上下から汽車だと10分ばかり
歩いて30分で行かれる
料理屋も温泉宿も
公園もある上に
有格がある
俺の入った団子屋は有格の入口にあって
大変うまいという評判だから
温泉に行った帰りがきに
ちょっと食ってみた
今度は生徒にも会わなかったから
誰も知るまいと思って
翌日学校へ行って
団子2皿7千と書いてある
実際俺は
2皿食って7千払った
どうも厄介な奴らだ
2時間目にもきっと
何かあると思うと
有格の団子うまいうまいと書いてある
呆れかえった奴らだ
団子がそれで済んだと思ったら
今度は赤手ぬぐいというのが評判になった
何のことだと思ったら
つまらない来歴だ
俺はここへ来てから
毎日住田の温泉に
始めている
54:01
他のところは何を見ても
東京の足元にも及ばないが
温泉だけは立派なものだ
せっかく来たもんだから
毎日入ってやろうという気で
晩飯前に運動をガタガタ出かける
ところが行くとき必ず
西洋手ぬぐいの大きな奴を
ぶら下げて行く
この手ぬぐいが湯に染まった上
赤いシマが流れ出したので
ちょっと見ると紅色に見える
俺はこの手ぬぐいを
帰りも汽車に乗っても歩いても
常にぶら下げている
それで生徒が俺のことを
赤手ぬぐい赤手ぬぐいと言うんだそうだ
どうも狭い土地に住んでいると
うるさいものだ
まだある
温泉は3階の新築で
上等は浴衣を貸して
流しをつけて
発泉で済む
その上に女が天目へ茶を乗せて出す
俺はいつども上等へ入った
すると
40円の月給で
毎日上等へ入るのは贅沢だと言い出した
余計なお世話だ
まだある
湯壺は三日芸師を畳み上げて
15畳敷くらいの広さに仕切ってある
大抵は
13、4人使ってるが
たまには誰もいないことがある
深さは立って土のあたりまでであるから
運動のために
湯の中を泳ぐのはなかなか愉快だ
俺は人のいないのを見すましては
15畳の湯壺を泳ぎ回って喜んでいた
ところがある日
3階から威勢よく降りて
今日も泳げるかなと
ザクロ口を覗いてみると
大きな札へ黒々と
湯の中で泳ぐべからずと書いて貼り付けてある
湯の中で泳ぐものは
あまりある前から
この針札は
俺のために特別に慎重したのかもしれない
俺はそれから泳ぐのは断念した
泳ぐのは断念したが
学校へ出てみると
例の通り
黒板に
湯の中で泳ぐべからずと
書いてあるには驚いた
なんだか生徒全体が
俺一人を探偵しているように思われた
クサクサした
生徒が何を言ったってやろうと思ったことを
やめるような俺ではないが
なんでこんな狭苦しい
鼻の先が使えるようなところへ来たのか
と思うと情けなくなった
それで家へ帰ると
相変わらず骨董攻めである
4
学校には宿直があって
職員が変わるがあるこれを務める
ただし
狸と赤シャツは例外である
なんでこの両人が
当然の義務を間抜かれるのかと聞いてみたら
送任待遇だからだという
面白くもない
月給はたくさん取る
時間は少ない
それで宿直を逃れるなんて不公平があるものか
勝手な規則を
こしらえて
それが当たり前だというような顔をしている
よくまああんなにズルズルしくできるものだ
これについてはだいぶ不平であるが
山原氏の説によると
いくら一人で不平を並べたって通るものじゃないそうだ
57:00
一人だって二人だって正しいことなら通りそうなものだ
山原氏は
マイトイズライトという英語を引いて
説油を加えたが
なんだか容量を得ないから聞き返してみたら
教者の権利という意味だそうだ
教者の権利ぐらいなら
昔から知っている
今さら山原氏から
公釈を聞かなくてもいい
教者の権利と宿直とは
別問題だ
狸や赤シャツが教者だなんて
誰が承知するものか
議論は議論として
この宿直がいよいよ俺の番に回ってきた
一体干渉だから
ヤグ布団などは
自分の物へ楽に寝ないと
似ていたような心持ちがしない
子供の時から
友達の家で泊まったことはほとんどないくらいだ
友達の家でさえ嫌なら
学校の宿直は
尚さら嫌だ
嫌だけれども
これが40円の家へ籠っているなら仕方がない
我慢して勤めてやろう
教師も生徒も帰ってしまった後で
一人ポカンとしているのは
ずいぶん間が抜けたものだ
宿直部屋は
教場の裏手にある寄宿舎の
西外れの一室だ
入ってみたが日々はまともに受けて
苦しくっていたたまれない
田舎だけあって
秋が来ても気長に暑いもんだ
生徒の
賄いを取り寄せて晩飯を済ましたが
まずいには恐れ入った
よくあんな物を食って
あれだけに暴れられたもんだ
それで晩飯を急いで
4時半に片付けてしまうんだから
豪傑にしがいない
飯は食ったがまだ日が暮れないから
寝るわけにいかない
ちょっと温泉に行きたくなった
宿直をして
外へ出るのはいいことだか悪いことだか
知らないが
こう筑年として重金庫同様な浮き目に会うのは
我慢のできるもんじゃない
初めて学校へ来たとき
当直の人はと聞いたら
ちょっと用出しに出たと小遣いのが答えたのは
妙だと思ったが
自分の番が回ってみると思い当たる
出るほうが正しいのだ
俺は小遣いにちょっと出てくると言ったら
何かご用ですかと聞くから
用じゃない
温泉へ入るんだと答えてさっさと出かけた
赤手ぬぐいは宿へ忘れてきたのが
残念だが
今日は先方で借りるとしよう
それからかなりゆるりと
出たり入ったりして
ようやく日暮れ型になったから
汽車へ乗って小町の停車場まで
来て降りた
学校まではこれから4丁だ
わけはないと歩き出すと
向こうから狸が来た
狸はこれからこの汽車で
行こうという計画なんだろう
すたすた急ぎ足にやってきたが
すれ違ったとき俺の顔を見たから
ちょっと挨拶をした
すると狸は
あなたは今日は宿直ではなかったですかね
と真面目くさって聞いた
なかったですかねもないもんだ
2時間前俺に向かって
今夜は初めての宿直ですね
ご苦労さまと礼を言ったじゃないか
校長なんかになると
1:00:00
嫌に曲がりくねった言葉を使うもんだ
俺は腹が立ったから
えー宿直です
宿直ですからこれから帰って
止まることは確かに止まります
と言い捨てて済まして歩き出した
建町の四つ角まで来ると
今度は山嵐に出くわした
どうも狭いところだ
出て歩きさえすれば
必ず誰かに会う
おい君は宿直じゃないかと聞くから
うん宿直だ
と答えたら
宿直がむやみに出て歩くなんて
お前かと言った
ちっとも不都合なもんか
出て歩かない方が不都合だと
威張って見せた
君のズブロにも困るな
校長か教頭に出会うと面倒だぜ
と山嵐に
言わないことを言うから
校長にはたった今会った
暑い時には散歩でもしないと
宿直も骨でしょうと校長が
俺の散歩を褒めたよ
と言って
めんどくさいからさっさと学校へ帰ってきた
それから
日はすぐ暮れる
暮れてから2時間ばかりは
小遣いを宿直部屋呼んで
話をしたがそれも飽きたから
寝られないまでも
床へ入ろうと思って
寝巻きに着替えてかやをまくって
赤いケットをはねのけて
とんと尻餅をついて仰向けになった
俺が寝る時に
とんと尻餅をつくのは
子供の時からの癖だ
悪い癖だと言って
小川町の下宿にいた自分
2階下にいた法律学校の
書生が苦情を持ち込んだことがある
法律の書生
なんてものは
弱いくせに矢に口がたしちゃうもので
ぐなことを長田らしく述べたてるから
寝る時にどんどん音がするのは
俺の尻が悪いのじゃない
下宿の建築が粗末なんだ
掛け合うなら下宿へ掛け合え
とへこましてやった
この宿直部屋は
2階じゃないから
倒れても構わない
なるべく勢いよく倒れないと
寝たような心持ちがしない
ああ床居だと足をうんと伸ばすと
なんだか両足へ飛びついた
ザラザラして
のみのようなものでないから
こいつはと驚いて
足を2,3度ケットの中で振ってみた
するとザラザラと当たったものが
急に増えだして
すねが5,6箇所ももが2,3箇所
尻の下でぐちゃりと
踏みつぶしたのが1つ
足のところまで飛び上がったのが1つ
いよいよ驚いた
早速起き上がってケットを
パッと後ろへ放ると
布団の中からバッタが5,60
飛び出した
正体の知れない時は多少気味が悪かったが
バッタと相場が決まってみたら
急に腹が立った
バッタなくせに人を驚かしやがって
どうするか見ろと
いきなりくくり枕を取って
2,3度叩きつけたが
相手が小さすぎるから
バッタに投げつける割に効き目がない
仕方がないからまた
布団の上へ座って
鈴吐きの時に御座を丸めて
1:03:00
畳を叩くように
そこら近辺をむやみに叩いた
バッタが驚いた上に
枕の勢いで飛び上がるものだから
俺の肩だの
頭だの
鼻の先だのへくっついたりぶつかったりする
顔へついた奴は
枕で叩くわけにいかないから
手で掴んで一生懸命に叩きつける
忌々しいことにいくら力を出しても
ぶつかる先が茅だから
ふわりと動くだけで
少しも手応えがない
バッタは叩きつけられたまま
茅へ連まっている
死にもどうもしない
ようやくのことに30分ばかりで
バッタは退治だ
宝器を持ってきて
バッタの死骸を吐き出した
小遣いが来て何ですかと言うから
何ですかもあるもんか
バッタを床の中に飼っておく奴が
バッタは抜け目
どうしかったら
私は存じませんと弁解をした
存じませんで済むかと
宝器を縁側へ放り出したら
小遣いは恐る恐る宝器を担いで帰っていった
俺は早速寄宿舎を
3人ばかり壮大に呼び出した
すると6人出てきた
6人だろうが10人だろうが
かまうもんか
寝巻きのまま腕まくりをして
談判を始めた
なんでバッタなんか
バッタとなんぞなと
松崎の一人が言った
家に落ち着いていやがる
この学校じゃ校長ばかりじゃない
生徒まで曲りくねった言葉を使うんだろう
バッタを知らないのか
知らなければ見せてやろうと言ったが
あいにく吐き出してしまって一匹もいない
また小遣いを呼んで
さっきのバッタを持って来いと言ったら
もう吐き溜め捨ててしまいましたが
拾って参りましょうかと聞いた
うんすぐ拾って来い
と言うと小遣いは急いで
駆け出したがやがて班紙の上
10匹ばかり乗せてきて
どうもお気のどこですが
あいにく夜でこれだけしか見当たりません
明日になりましたらもっと拾って参ります
という小遣いまでバカだ
俺はバッタの一つを生徒に見せて
バッタたこれだ
大きな図体をして
バッタを知らないた何のことだ
と言うと一番左の方にいた
顔の丸いやつが
そりゃ稲子ぞなもし
と生意気に俺をやり込めた
べらぼうめ
稲子もバッタも同じもんだ
大地先生を捕まえて
なもしだとは何だ
なめしは伝学の時より他に食うもんじゃない
とあべこべにやり込めてやったら
なもしとは
なめしとは違うぞなもしと言った
いつまで言ってもなもしを使うやつだ
稲子でもバッタでも
なんで俺のとこの中に入れたんだ
俺がいつバッタを入れてくれと頼んだ
誰も入れやせんがな
入れないものはどうして
とこの中にいるんだ
稲子はぬくいところが好きじゃけれ
お方は一人で
お入り頼んだじゃろう
バカ言え
バッタが一人でお入りになるなんて
バッタにお入りやられてたまるもんか
さあ
1:06:00
なぜこんないたずらをしたのか言え
言えてて
いれんものを説明しようがないかな
ケチな奴らだ
自分で自分のしたことが言えないくらいなら
てんでしないがいい
証拠さえ上がらなければ
白を切るつもりでずぶとく構えていやがる
俺だって中学にいた自分は
少しはいたずらもしたもんだ
しかし誰がしたと聞かれたときに
しりごみをするような
卑怯なことはただの一度もなかった
したものはしたので
しないものはしないに決まってる
俺なんぞはいくらいたずらをしたって
潔白なものだ
嘘をついて罰を逃げるくらいなら
はじめからいたずらなんかやるものか
いたずらと罰は付きもんだ
罰があるからいたずらも
心持ちよくできる
いたずらだけで罰はごめん
こう思うなんて下劣な根性が
どこの国に生えると思っているもんだ
金は借りるが返すことはごめんだという
連中はみんなこんな奴らが
卒業してやる仕事にそういない
全体中学校へ何しに
入ってるんだ学校へ入って
嘘をついてごまかして
かげでこせこせ生意気ない悪いいたずらをして
そして大きな面で卒業すれば
教育を受けたもんだと
勘違いをしてやがる
話せない雑評だ
俺はこんな腐った良犬の奴らと
談判するのは胸くそくが悪いから
そんなに言われなきゃ
聞かなくっていい
中学校へ入って上品も下品も
区別ができないのは気の毒なものだと言って
6人を追っ放してやった
俺は言葉や様子こそ
あまり上品じゃないが
心はこいつらよりもはるかに上品なつもりだ
6人は悠々と引き上げた
上辺だけは
教師の俺よりよっぽど偉く見える
実は落ち着いているだけ
なお悪い
俺には到底これほどの度胸はない
それからまた
床へ入って横になったら
さっきの騒動でかやの中はブンブン唸っている
手織をつけて
一匹ずつ焼くなんて面倒なことはできないから
釣り手を外して
長く畳んでおいて
部屋の中で横立て順文字振るったら
缶が飛んで手の甲をやというほど振った
3度目に床へ入ったときは
少々落ち着いたが
なかなか寝られない
時計を見ると10時半だ
考えてみると厄介なところへ行きたもんだ
一体中学の先生なんて
どこへ行っても
こんなものを相手にするなら
気の毒なものだ
よく先生が品切れにならない
よっぽど辛抱強い木綿人がなるんだろう
俺には到底やりきれない
それを思うと
器用なんてのは見上げたものだ
教育もない
身分もないばあさんだが
人間としてはすこぶるたっとい
今まではあんなに世話になって
別段ありがたいとも思わなかったが
こうして一人で
遠国へ来てみると
初めてあの親切がわかる
苺の笹飴が食いたければ
わざわざ苺まで買いに行って
食わしてやっても
食わせるだけの価値は十分ある
1:09:00
器用は俺のことを
欲がなくってまっすぐな気性だと
言って褒めるが
褒められる俺よりも
褒める本人のほうが立派な人間だ
なんだか器用に会いたくなった
器用のことを考えながら
のつそつしていると
突然俺の頭の上で
数やったら三四十人もあろうか
二階が落ちるほど
どどんどんどんと
拍子をとって
床板を踏み鳴らす音がした
すると足音に比例した
大きな時の声が起こった
俺は何事が
持ち上がったのかと驚いて飛び起きた
飛び起きる途端に
ははぁさっきの意思返しに
生徒が暴れるのだなと気がついた
手前の悪いことは
悪かったと言ってしまわないうちは
罪は消えないもんだ
悪いことは手前たちに覚えがあるだろう
本来なら寝てから
後悔して明日の朝でも
謝りに来るのが本筋だ
たとえ謝らないまでも
恐れ入って静粛に寝ているべきだ
それをなんだこの騒ぎは
寄宿舎を建てて
豚でも飼って
おケアはしまいし
ひじ返しみたい真似も大抵にするがいい
どうするか見ろと
寝巻きのまま宿直部屋を飛び出して
はしご団を
見また犯人二階まで踊り上がった
すると不思議なことに
今まで頭の上で確かに
ドタバタ暴れていたのが急に静まり返って
人生どころか足音もしなくなった
これは妙だ
ランプはすでに消してあるから
暗くてどこにいるか
半然とわからないが
人気のあるとないとは様子でも知れる
長く東から西へ
貫いた廊下には
ネズミ一匹も隠れていない
廊下の外れから月が射して
遥か向こうがきわどく明るい
どうも変だ
俺は子供の時からよく夢を見る癖があって
夢中に羽起きて
わからぬ寝言を言って
人に笑われたことがよくある
十六七の時
ダイヤモンドを拾った夢を見たバンナゾは
むくりと立ち上がって
そばにいた兄に
今のダイヤモンドはどうしたと
非常な勢いで尋ねたぐらいだ
その時は
三日ばかり
うち中の笑い草になって大いに弱った
ことによると今のも夢かもしれない
しかし確かに
暴れたに違いないかと
バンナゾの真ん中で考え込んでいると
月の射している向こうの外れで
一二三ワーと
三四十人の声が固まって
響いたかと思うと間もなく
前のように拍子を取って一同が
踵を踏み鳴らした
それ見ろ夢じゃない
やっぱり事実だ
静かにしろ夜中だぞと
こっちも負けんくらいな声を出して
廊下を向こうへ駆け出した
俺の通る道は暗い
ただ外れに見える月明かりが目印だ
俺が駆け出して
二軒も来たかと思うと
廊下の真ん中で固い大きな物に
向こう船をぶつけて
ああ痛いが
頭へ響く合間に
1:12:01
身体はすんと前へ放り出された
こん畜生と浮き上がってみたが
駆け出られない
木は咲くが足だけは言うことを聞かない
自列隊から一本足で飛んできたら
もう足音も人声も
静まり返って
しんとしている
いくら人間が卑怯だって
こんな卑怯にできるものじゃない
まるで豚だ
こうなれば隠れている奴を引きずり出して
謝らせてやるまでは
引かないぞと心を決めて
寝室の一つを開けて中を検査しようと思ったが
開かない
錠をかけてあるのか
机か何か積んで立てかけてあるのか
押しても押しても決して開かない
今度は向こうを合わせの
北側の部屋を試みた
開かないことはやっぱり同然である
また塔を開けて中にいる奴を捕まえてやろうと
苛立っていると
また東の外れで
時の声と足拍子が始まった
この野郎申し合わせて
東西を応じて俺をバカにする気だな
と思ったが
さてどうしていいか分からない
正直に白状してしまうが
俺は勇気のある場合に
知恵が足りない
こんな時にはどうしていいかさっぱり分からない
分からないけれども
決して負けるつもりはない
いつましては俺の顔に関わる
江戸っ子は
育児がないと言われるのは残念だ
宿直をして
放たれ小僧にからかわれて
手の付けようがなくって仕方がないから
泣き寝入りしたと思われちゃ
一生の直れだ
これでも元は旗元だ
旗元の元は清和源氏で
ただの万寿の光栄だ
こんな土部役所とは
生まれからして違うんだ
ただ知恵のないところが惜しいだけだ
どうしていいか分からないのが困るだけだ
困ったって負けるものか
正直だからどうしていいか分からないんだ
世の中に正直が勝たないで
他に勝つものがあるか
考えてみろ
今夜中に勝てなければ
明日勝つ
明日勝てなければ
明後日勝つ
明後日勝てなければ
下宿から弁当を取り寄せて
勝つまでここにいる
俺はこう決心をしたから
かかぶんぶんきたけれども
なんともなかった
さっきぶつけた向こう背を撫でてみると
なんだかぬらぬらする
血が出るんだろう
血なんか出たければ勝手に出るがいい
そのうち最前からの疲れが出て
ついうとうと寝てしまった
なんだか騒がしいので
目が覚めた時は
えっくそしまったと飛び上がった
俺の座ってた
右側にある戸が半分空いて
生徒が二人俺の前に立っている
俺は正気に返って
はっと思う途端に
俺の鼻の先にある生徒の足を
ひっつかんで力任せに
ぐいと引いたらそいつはどたりと仰向けに
倒れたざまを見ろ
残る一人がちょっと
狼狽したところを飛びかかって
肩を押さえて二三度小突き回したら
あっけに取られて目をパチパチさせた
さあ俺の部屋まで
こいと引き立てると
1:15:01
弱虫だと見えて一も二もなくついてきた
夜はとうに明けている
俺が
宿直部屋へ連れてきた奴を
喫問し始めると
豚はぶっても叩いても豚だから
ただ知らんがなでどこまでも通す
良犬と見えて決して白状しない
そのうち一人来る
二人来るだんだん
二人から宿直部屋へ集まってくる
見るとみんな
眠そうにまぶたを腫らしている
ケチな奴らだ
一晩ぐらい寝ないでそんな
面をして男と言われるか
面でも洗って議論に来いと言ってやったが
誰も面を洗いに行かない
俺は五十人余りを相手に
約一時間ばかりお諮問動をしていると
ひょっくり狸がやってきた
後から聞いたら
小遣いが学校に騒動がありますって
わざわざ知らせに行ったそうだ
これしきのことに校長を呼ぶなんて
育児がなさすぎる
それだから中学校の小遣いなんぞをしてるんだ
校長は一通り俺の説明を聞いた
生徒の言い草もちょっと聞いた
追って処分するまでは
今まで通り学校へ出ろ
早く顔を洗って朝飯を食わないと
時間に間に合わないから
早くしろと言って寄宿生をみんな方面した
手ぬるいことだ
俺なら即席に寄宿生を
ことごとく対抗してしまう
こんな悠長なことをするから
生徒が宿職員をバカにするんだ
その上俺に向かって
あなたもさぞご心配でお疲れでしょう
今日はご授業に及ばん
というから
俺はこう答えた
いえちっとも心配じゃありません
こんなことが毎晩あっても
命のある間は心配にはなりません
授業はやります
一晩くらい寝なくたって
授業ができないくらいなら
頂戴した月記を学校の方へ割り戻します
校長はなんと思ったものか
しばらく俺の顔を見つめていたが
しかし顔がだいぶ腫れてますよ
と注意した
なるほどなんだか少々重たい気がする
その上
ベタ一面かゆい
蚊がよっぽど刺したに沿いない
俺は顔中ボリボリかきながら
顔はいくら腫れたって
口は確かに聞けますから
授業にはさす使えませんと答えた
校長は笑いながら
だいぶ元気ですねと褒めた
実を言うと褒めたんじゃあるまい
冷やかしたんだろう
5
君釣りに行きませんか
と赤シャツが俺に聞いた
赤シャツは君の悪いように
優しい声を出す男である
まるで男だか女だか
わかりはしない
男なら男らしい声を出すもんだ
ことに大学卒業生じゃないか
物理学校でさえ
俺くらいの声が出るのに
文学士がこれじゃみっともない
俺は
そうですなーと少し進まない返事をしたら
君釣りをしたことがありますか
としっけいなことを聞く
あんまりないが
子供の時小梅の釣りぼりで
船を3匹釣ったことがある
それから
1:18:01
神楽坂のビシャモンの縁日で
ハスンばかりの鯉を針で引っ掛けて
締めたと思ったらポチャリと落として
しまったが
俺は今考えても惜しいと言ったら
赤シャツは顎を前の方へ突き出して
ほほほほと笑った
何もそう気取って笑わなくても
よさそうなもんだ
それじゃあまだ釣りの味はわからんですな
お望みならちと伝授しましょう
とスコブル得意である
誰がご伝授を受けるものか
一体釣りや漁をする連中は
みんな不人情な人間ばかりだ
不人情でなくて
切称して喜ぶわけがない
魚だって鳥だって
殺されるより生きてる方が楽に
決まってる
釣りや漁をしなくっちゃ格景が立たないなら
格別だが
何不足なく暮らしている上に
生き物を殺さなくっちゃ寝られないなんて
贅沢な話だ
こう思ったが
向こうは文学誌だけに口が達者だから
議論じゃかなわないと思って黙ってた
すると先生
この俺を降参させたと勘違いして
早速伝授しましょう
お暇なら今日どうです
一緒に行っちゃあ
吉川君と二人きりじゃ寂しいから
北前へとしっきりに進める
吉川君というのは画学の教師で
例の野田彦のことだ
この野田はどういう料金だか
野田彦の家へ朝夕出入りして
どこへでも随行していく
まるで同輩じゃない
主従みたいようだ
赤シャツの行くところなら
野田は必ず行くに決まっているんだから
今更驚きもしないが
二人で行けば済むところを
なんでぶあいその俺口をかけたんだろう
お方
傲慢ちきな釣堂楽で
自分の釣るところを俺に見せびらかすつもりかなんかで
誘ったに違いない
そんなことで見せびらかされる俺じゃない
マグロの二匹や三匹釣ったって
ビクともするもんか
俺だって人間だ
いくら下手だって糸さえ下ろしや何かかかるだろう
ここで俺が行かないと
赤シャツのことだから
下手だから行かないんだ
綺麗だから行かないんじゃないと
邪推するに沿いない
俺はこう考えたから行きましょうと答えた
それから学校をしまって
一応家へ帰って
支度を整えて停車場で
赤シャツと野田を待ち合わせて浜へ行った
船頭は一人で船は細長い
東京編では見たこともない格好である
さっきから船中見渡すが
釣竿が一本も見えない
釣竿なしで釣りができるものか
どうする料金だろうと
野田に聞くと
置き釣りには釣りは用いません
糸だけで下すと
顎を撫でて苦労とじみたことを言った
こうやり込められるくらいなら
黙っていればよかった
船頭は
ゆっくりゆっくり漕いでいるが
熟練は恐ろしいもので
見返ると浜が小さく見えるくらい
も出ている
紅白地の五重の塔が
森の上へ抜け出して針のようにとんがっている
向こう側を見ると
青島が浮いている
これは人の住まない島だそうだ
よく見ると石と松ばかりだ
なるほど石と松ばかりじゃ住めっこない
1:21:01
赤シャツは
しきりに眺望して
いい景色だと言っている
野田は絶景で下すと言っている
絶景だかなんだか知らないが
いい心持ちにはそういない
広々とした海の上で
潮風に吹かれるのは薬だと思った
嫌に腹が減る
あの松を見たまえ
幹がまっすぐで上が傘のように開いて
ターナーの絵にありそうだね
と赤シャツが野田に言うと
野田は
全くターナーですね
どうもあの曲がり具合ってありませんね
ターナーそっくりですよ
と心笑顔である
何が起こったか知らないが
聞かないでも困らないことだから黙っていた
船は島を右に見て
ぐるりと回った
波は全くない
これで海だとは受け取りにくいほど平だ
赤シャツのおかげで
花々愉快だ
できることなら
あの島の上へ上がってみたいと思ったから
あの岩のあるところへ
船はつけられないんですかと聞いてみた
つけられんこともないですが
釣りをするにはあまり岸じゃいけないんです
俺は黙ってた
すると野田がどうですけよと
これからあの島をターナー島と名付けようじゃありませんかと
余計な発議をした
赤シャツは
そいつは面白い
我々はこれからそう言おうと賛成した
この我々のうちに
俺も入っているなら迷惑だ
俺には青島でたくさんだ
あの岩の上にどうです
ラフハエルのマドンナを置いちゃ
いい絵ができますぜと野田が言うと
マドンナの話はよそうじゃないか
ほほほほと
赤シャツが気味の悪い笑い方をした
何誰もいないから大丈夫ですと
ちょっと俺の方を見たが
わざと顔を背けてにやにやと笑った
俺はなんだか
嫌な心持ちがした
マドンナだろうが
俺の関係したことでないから
勝手にたたするがやころうが
人にわからないことを言って
わからないから聞いたって構やしません
ってような風をする
下品な仕草だ
これで永遠にも私も江戸っ子でゲス
などと言ってる
マドンナというのは何でも赤シャツの
馴染みの芸者のあだ名か何かに違いないと思った
馴染みの芸者を
無人島の松の木の下に立たせて
眺めていれば世話はない
それを野田が油絵にでも書いて
展覧会へ出したらよかろう
ここいらがいいだろうと扇動は船を止めて
怒りをおろした
イクヒロアルカネと赤シャツが聞くと
ムヒロぐらいだという
ムヒロぐらいじゃタイは難しいなと
赤シャツは糸を海へ投げ込んだ
大将タイを釣る気と見える
強端なものだ
野田は
なに京都のお手際じゃかかりますよ
それに薙ぎですからとお世辞を言いながら
これも糸を繰り出して投げ入れる
なんだか先に
重りのような鉛がぶら下がっているだけだ
浮きがない
浮きがなくて釣りをするのは
観覧系なしで熱度を測るようなものだ
俺には到底できないと見ていると
さあ君もやりたまえ
糸はありますかと聞く
1:24:01
糸は余るほどあるが浮きがありません
と言ったら
浮きがなくちゃ釣りができないのは素人ですよ
こうしてね
糸が水底へ着いた自分に船べりのところで
人差し指で呼吸を測るんです
食うとすぐ手に答える
空きた
先生急に糸をたくり始めるから
何かかかったと思ったら
何もかからない
絵がなくなってばかりだ
教頭残念なことをしましたね
今のは確かに大物に違いなかったんですが
どうも教頭のお手際でさえ逃げられちゃ
今日は油断ができませんよ
しかし逃げられてもなんですね
浮きと睨めくらをしている連中よりは
マシですね
ちょうど歯止めがなくちゃ自転車に乗れないのと
同程度ですからね
と野田は妙なことばかりしゃべる
よっぽど殴りつけてやろうかと思った
俺だって人間だ
教頭一人で刈り切った海じゃあるまいし
広いところだ
カツオの一匹ぐらい義理にだって
かかってくれるだろうと
ドボンと重りと糸を放り込んで
いい加減に指の先で操っていた
しばらくすると
なんだかピクピクと
糸に当たるものがある
俺は考えた
こいつは魚に相応いない
生きてるものでなくっちゃこうピクつくわけがない
締めた釣れたとぐいぐい手繰り寄せた
おや釣れましたかね
こうせ恐るべしだと野田が冷やかすうち
糸はもう大概手繰り込んで
ただ五尺ばかりほどしか水についておらん
船渕から覗いてみたら
金魚のような島のある魚が糸にくっついて
右左へ漂いながら
手に応じて浮き上がってくる
面白い
水際から上げるとき
ポチャリと跳ねたから
俺の顔は塩水だらけになった
ようやく釣らまえて
針を取ろうとするがなかなか取れない
釣らまえた手はぬるぬるする
大いに気味が悪い
面倒だから糸を振って
銅の間へ叩きつけたらすぐ死んでしまった
赤シャツと野田は驚いて見ている
俺は海の中で手をザブザブと洗って
鼻の先へ当てがってみた
まだ生臭い
もこりごりだ
何が釣れたって魚は握りたくない
魚も握られたくなかろう
早々糸を巻いてしまった
一番やりはお手柄だがゴルキじゃ
と野田がまた生意気に言うと
ゴルキというとロシアの文学者みたいような名だね
と赤シャツが洒落た
そうですね
まるでロシアの文学者ですね
と野田はすぐ賛成しやがる
ゴルキがロシアの文学者で
マルキが芝の写真師で
コメノナルキが命の親だろう
一体この赤シャツは悪い癖だ
誰を釣らまえてもカタカナの当人の名を並べたがる
人にはそれぞれ専門があったものだ
俺のような数学の教師に
ゴルキだかシャレキだか検討がつくものか
少しは遠慮するがいい
言うならフランクリーの辞典だとか
プッシング
ツーゼフロントだとか
俺でも知ってる名を使うがいい
赤シャツは時々
帝国文学とかいう真っ赤な雑誌を
学校へ持ってきてありがたそうに読んでいる
山嵐に聞いてみたら
1:27:01
赤シャツのカタカナはみんな
あの雑誌から出るんだそうだ
帝国文学も罪な雑誌だ
それから赤シャツと野田は
一生懸命に釣っていたが
約1時間ばかりのうちに
釣りで15、6あげた
おかしいことに釣れるのも釣れるのも
みんなゴルキばかりだ
鯛なんて薬にしたくってもありゃしない
今日はロシア文学の大当たりだと
赤シャツが野田に話している
あなたの手腕でゴルキなんですから
私なんぞがゴルキなのは仕方がありません
当たり前ですな
と野田が答えている
扇動に聞くとこの小魚は
骨が多くってまずくって
とても食えないんだそうだ
ただ肥やしにはできるそうだ
赤シャツと野田は一生懸命に
肥料を釣っているんだ
気の毒のいたりだ
俺は一匹で懲りたから
銅の間へ仰向けになって
さっきから大空を眺めていた
釣りをするよりこの方がよっぽど洒落ている
それぞと二人は小声で何か話し始めた
俺にはよく聞こえない
また聞きたくもない
俺は空を見ながら
貴様のことを考えている
金があって貴様を連れて
こんな綺麗なところへ遊びに来たらさぞ愉快だろう
いくら景色が良くっても
野田などと一緒じゃつまらない
貴様はしわくちゃだらけの婆さんだが
どんなところへ連れて出たって
恥ずかしい心持ちはしない
野田のようなのは馬車に乗ろうが
船に乗ろうが
涼文郭へ乗ろうが
到底寄りつけたもんじゃない
俺が共闘で赤シャツが俺だったら
やっぱり俺にへけつきお世辞を使って
赤シャツを冷やかすに違いない
江戸っ子は軽薄だというが
なるほどこんなものが田舎回りをして
私は江戸っ子でゲスト繰り返していたら
軽薄は江戸っ子で
江戸っ子は軽薄のことだという
田舎者が思うに決まっている
こんなことを考えていると
なんだか二人がくすくす笑い出した
笑い声の間に
何か言うが途切れ途切れで
とんと容量を得ない
え?どうだか
まったくです
知らないんですから
罪ですね
まさか
バッタを
本当ですよ
俺は他の言葉には耳を傾けなかったが
バッタというのだの言葉を聞いたときは
思わずキッとなった
のだは何のためかバッタという言葉だけ
ことさら力を入れて
明瞭に俺の耳に入るようにして
その後わざとぼかしてしまった
俺は動かないでやはり聞いていた
また例のホッタが
そうかもしれない
天ぷら
笑い声
扇動して
団子も?
言葉はかように途切れ途切れであるけれども
バッタだの天ぷらだの団子だの
というところを持って押し量ってみると
何でも俺のことについて
内緒話をしているに沿いない
話すならもっと大きな声で話すがいい
また内緒話をするくらいなら
俺なんか誘わなければいい
いけすかない連中だ
バッタだろうがセッタだろうが
火は俺にあることじゃない
1:30:01
校長がひとまず預けろと言ったから
自分の顔に免じてただ今のところは控えているんだ
野田のくせに
いらぬ批評をしやがる
毛筆でもしゃぶって引っ込んでいるがいい
俺のことは遅かれ早かれ
俺一人で片付けてみせるから
差し支えはないがまた例のホッタが
とか扇動してとかいう文句が気にかかる
ホッタが俺を扇動して
騒動を大きくしたという意味なのか
あるいはホッタが
生徒を扇動して俺をいじめたというのか
方角がわからない
青空を見ていると
気温がだんだん弱ってきて
少しはヒヤリとする風が吹き出した
閃光の煙のような雲が
透き通る底の上を静かに乗せていったと思ったら
いつしか底の奥に流れ込んで
薄くもやをかけたようになった
もう帰ろうかと
赤シャツが思い出したように言うと
えーちょうど時分ですね
今夜はマドンナの君にお会いですかと
野田が言う
赤シャツはバカ言っちゃいけない
間違いになると不難縁に身をもたしたやつを
少し置き直る
大丈夫ですよ聞いたって
となんだか野田が振り返ったとき
俺は皿のような目を野田の頭の上
まともに浴びせかけてやった
野田はまぼしそうにひっくり返って
いやこいつは降参だと
首を縮めて頭をかいた
なんというチョコ材だろう
船は静かな海を岸へ漕ぎ戻る
君釣りがあまり好きでないと見えますね
と赤シャツが聞くから
えー寝ていて空を見る方がいいです
と答えて吸いかけた
薪煙草を海の中へ叩き込んだら
じゅっと音がして
炉の足で掛け分けられた波の上を揺れながら漂っていた
君が来たんで生徒も大いに喜んでいるから
奮発してやってくれたまえ
と今度は釣りにはまるで
縁起もないことを言い出した
あまり喜んでもいないでしょう
いえいえお世辞じゃない
全く喜んでいるんです
ねえ吉賀くん
喜んでるところじゃない大騒ぎです
と野田はニヤニヤと笑った
こいつの言うことは
いちいち尺に触るから妙だ
しかし君
注意しないと献農ですよ
と赤シャツが言うから
どうせ献農です
こうなれば献農は覚悟です
と言ってやった
実際俺は面職になるか
寄宿生をことごとく謝らせるか
どっちか一つにする料金でいた
そう言っちゃ取り付きどころもないが
実は僕も教頭として君のためを思うから言うんだが
悪くとっちゃ困る
教頭は全く君に好意を持っているんですよ
僕も及ばずながら
お互いに力になろうと思って
これでもかけながら尽力しているんですよ
と野田が人間並みのことを言った
野田のお世話になるくらいなら
首をくぐって死んじまうわ
それでね
生徒は君の起きたのを大変歓迎しているんだが
そこにはいろいろな事情があってね
君も腹の立つこともあるだろうが
ここは我慢だと思って
辛抱してくれたまえ
決して君のためにならないようなことはしないから
いろいろな事情とはどんな事情です
いろいろな事情とはどんな事情です
それが少し込み入っているんだが
まあだんだんわかりますよ
僕が話さないでも自然とわかってくるです
ね、吉川君
1:33:00
えー、なかなか込み入ってますからね
一朝一夕には到底わかりません
しかしだんだんわかります
僕が話さないでも自然とわかってくるです
と野田は赤シャツと同じようなことを言う
そんな面倒な事情なら聞かなくてもいいんですが
あなたのほうから話し出したから
伺うんです
それはごもっともだ
こっちで口を切って後をつけないのは
無責任ですね
それじゃあこれだけのことを言っておきましょう
あなたは失礼ながらまだ学校を卒業したてで
教師は初めての経験である
ところが学校というものは
なかなかの常実のあるもので
そう、書生流に単白には行かないですからね
単白に行かなければ
どんなふうに行くんです
さあ、君はそう率直だから
まだ経験に乏しいと言うんですがね
どうせ経験には乏しいはずです
履歴書にも書いておきましたが
23年4ヶ月ですから
さあ、そこで
思わぬ辺から上手られることがあるんです
正直にしていれば
誰が上手だって怖くはないです
むろん怖くはない
怖くはないが上手られる
現に君の前任者がやられたんだから
気をつけないといけないと言うんです
のだが
おとなしくなったのと気がついて
振り向いてみると
いつしか友のほうで扇動と釣りの話をしている
のだがいないんで
よっぽど話がよくなった
僕の前任者が誰に上手られたんです
誰と指すと
その人の名誉に関係するから
言えない
また、反然と証拠のないことだから
言うとこっちの落ち度になる
とにかく、せっかく君が来たもんだから
ここで失敗しちゃ
僕らも君を呼んだ甲斐がない
どうか気をつけてくれたまえ
気をつけろったって
これより気をつけようがありません
彼の反射筒はホホホホと笑った
別段、俺は笑わせるようなことを
言った覚えはない
今日、ただ今に至るまで
これでいいと固く信じている
考えてみると、世間の大部分の人は
悪くなることを奨励しているように思う
悪くならなければ
社会に成功しないものと信じているらしい
たまに正直な純粋な人を見ると
ぼっちゃんだの、小僧だの
何癖をつけて軽蔑する
それじゃあ小学校や中学校で嘘をつくな
正直に素人倫理の先生が
教えない方がいい
一層思い切って、学校で嘘をつく方とか
人を信じない術とか
人を醸せる策を享受する方が
世のためにも当人のためにもなるだろう
赤シャツがホホホホと笑ったのは
俺の単純なのを笑ったのだ
単純や新卒が笑われる世の中じゃ
しようがない
器用はこんな時に決して笑ったことはない
大いに感心して聞いたもんだ
器用の方が赤シャツより
よっぽろ上等だ
無論、悪いことをしなければいいんですが
自分だけ悪いことをしなくっても
人の悪いのがわからなくっちゃ
やっぱりひどい目にあうでしょう
世の中には、来楽なように見えても
淡白なように見えても
親切に寄宿の世話なんかしてくれても
めったに油断のできないものがありますから
だいぶ寒くなった
もう秋ですね
浜の方はもやでセピア色になった
いい景色だ
1:36:00
おい、吉川くんどうだい?あの浜の景色は
と、大きな声を出して野田を呼んだ
なーるほど、これは気絶ですね
時間があると車制するんだが
惜しいですね
このままにしておくのは
と、野田は大いに叩く
港屋の2階に火が一つついて
汽車の笛がヒューと鳴るとき
俺の乗っていた船は
磯の砂へザクリとへさきを突き込んで
動かなくなった
おはよう帰りと神さんが浜に立って
赤シャツに挨拶する
俺は船端からやっと掛け声をして
磯へ飛び降りた
6
野田は大嫌いだ
こんな奴は宅配紙をつけて
海の底へ沈めちまう方が日本のためだ
赤シャツは
声が気に食わない
あれは持ち前の声をわざと気取って
あんな優しいように見せてるんだろう
いくら気取ったってあの面じゃだめだ
惚れるものがあったって
マドンナぐらいのもんだ
しかし共闘だけに野田よりも難しいことを言う
家へ帰って
あいつの申し状を考えてみると
一応最ものようでもある
はっきりとしたことは言わないから
見当がつきかねるが
なんでも山嵐が良くない奴だから
用事にしろと言うのらしい
それなら相当はっきり断言するがいい
男らしくもない
そしてそんな悪い教師なら
早く免職させたらよかろう
共闘なんて文学士のくせに
育児のないもんだ
影口を聞くのでさえ
口前と名前が言えないくらいの男だから
弱虫に決まってる
弱虫は親切なもんだから
弱虫は親切
声は声だから声が気に入らないって
親切を無理しちゃ筋が違う
それにしても世の中は不思議なもんだ
虫の好かない奴が親切で
気のあった友達が悪者だなんて
人をバカにしている
大方は田舎だから
万事東京の坂に行くんだろう
物騒なところだ
今に火事が凍って石が豆腐になるかもしれない
しかしあの山嵐が生徒を煽動するなんて
いたずらをしそうもないがな
一番人望のある教師だと言うから
やろうと思ったら大抵のことはできるかもしれないが
第一そんなもありくどいことをしなくても
直に俺を捕まえて
喧嘩を吹っかけりゃ手数が省けるわけだ
俺が邪魔になるなら
実はこれこれだ
邪魔だから辞職してくれと言いや
良さそうなもんだ
物は相談づくでどうでもなる
向こうの姨嬢が最もなら
明日にでも辞職してやる
ここばかり米ができるわけでもあるまい
どこの果てへ行ったって
のたれ死にはしないつもりだ
ここへ来たとき
第一番に氷水をおごったのは山嵐だ
そんな裏表のやるやつから
氷水でもおごってもらっちゃ
俺の顔に関わる
俺はたった一杯しか飲まなかったから
一銭五輪しか払わせちゃいない
しかし一銭だろうが五輪だろうが
詐欺師の恩になっては死ぬまで心持ちが良くない
明日学校へ行ったら
一銭五輪返しておこう
俺は器用から三円借りている
その三円は五年経った
今日までまだ返さない
返さないんだ
器用には今に返すだろうなどと
仮初めにも俺の懐中を当てにしてはいない
1:39:01
俺も今に返そうなどと
他人がもし義理立てはしないつもりだ
こっちがこんな心配をすればするほど
器用の心を疑うようなもので
器用の美しい心に
ケチをつけると同じことになる
返さないのは器用を踏みつけるのじゃない
器用を俺の片割れと思うからだ
器用と山嵐とは
もとより比べ物にならないが
たとえ氷水だろうが
あまちゃだろうが
他人から恵みを受けて黙っているのは
向こうを人角の人間と見立てて
その人間に対する好意の諸差だ
割り前を出せばそれだけのことで済むところを
心の内でありがたいと恩に切るのは
税に金で買える返礼じゃない
無意無感でも
一人前の独立した人間だ
独立した人間が頭を下げるのは
百万両よりたっといお礼と
思わなければならない
俺はこれでも山嵐に
一銭五輪奮発させて
百万両よりたっとい返礼をした気でいる
山嵐はありがたいと思って
叱るべきだ
それに裏へ回って卑劣な振る舞いをすると
訳しかないやろうだ
明日行って一銭五輪返してしまえば
借りも貸しもない
そうしておいて喧嘩をしてやろう
俺はここまで考えたら
眠くなったからグーグー寝てしまった
あくる日は思う司祭があるから
礼刻より早めに出向して
山嵐を待ち受けた
ところがなかなか出てこない
隣が出てくる
感覚の先生が出てくる
野田が出てくる
姉妹には赤シャツまで出てきたが
山嵐の机の上は白木が一本縦に寝ているだけで
歓声なものだ
俺は控え所へ入るや否や返そうと思って
家を出る時から
湯銭のように手のひらへ入れて
一銭五輪
学校まで握ってきた
俺は油ってだから開けてみると
一銭五輪が汗をかいている
汗をかいている銭を返しちゃ
机の上を置いて
ふうふう吹いてまた握った
ところへ赤シャツが着て
昨日は湿気迷惑でしたろうと言ったから
迷惑じゃありません
おかげで腹が減りましたと答えた
すると赤シャツは山嵐の机の上へ
肘をついて
あのバンダイ面を
俺の鼻の側面を持ってきたから
何をするかと思ったら
君、昨日帰りがけに船の中で話したことは
秘密にしてくれたまえ
まだ誰にも話はしますまいねと言った
女のような声を出すだけに心配性な男と見える
話さないことは確かである
しかし
これから話そうという心持ちで
すでに一銭五輪手のひらに用意しているくらいだから
ここで赤シャツから口止めをされちゃ
ちと困る
赤シャツも赤シャツだ
山嵐と名をささないにしろ
あれほど推察のできる謎をかけておきながら
今更その謎を解いちゃ迷惑だとは
共闘とも思えぬ無責任だ
元来なら俺が
山嵐と戦争を始めて
篠木を削っている真ん中へ出て
堂々と俺の肩を持つべきだ
それでこそ一向の共闘で
赤シャツを着ている周囲も立つというもんだ
俺は共闘に向かって
まだ誰にも話さないが
これから山嵐と談判するつもりだったと言ったら
赤シャツは大いに狼狽して
1:42:01
君そんな無法なことをしちゃ困る
僕はホッタ君のことについて
別段君に何も明言した覚えはないんだから
君がもしここで乱暴を働いてくれると
僕は非常に迷惑する
君は学校に騒動を起こすつもりできたんじゃないだろうと
妙に常識を外れた質問をするから
当たり前です
月休をもらったり騒動を起こしたりしちゃ
学校のほうでも困るでしょう
と言った
すると赤シャツは
それじゃあ昨日のことは君の参考だけに止めて
公害してくれるなと汗をかいて依頼にお呼ぶから
よろしい僕も困るんだが
そんなにあなたが迷惑ならよしましょうと受け合った
君大丈夫かいと
赤シャツは念を押した
どこまで女らしいんだか奥行きがわからない
文学士なんてみんなあんな連中ならつまらんものだ
辻褄の合わない
論理に欠けた注文をして天然としている
しかもこの俺を疑ってる
はばかりながら男だ
受け合ったことを裏合い回って保護にするような
さもしい料金は持ってるもんか
ところへ
領土内の机の所有主も出向したんで
赤シャツは早々自分の席へ帰っていった
赤シャツは歩き方から気取ってる
部屋の中を往来するのでも
音を立てないように靴の底をそっと落とす
音を立てないで歩くのが自慢になるもんだとは
この時から初めて知った
泥棒の稽古じゃあるまいし
当たり前にするがいい
やがて始業のラッパが鳴った
山嵐はとうとう出てこない
仕方がないから一線小龍を机の上に置いて
教授を追い出かけた
授業の都合で1時間目は少し遅れて
控え所へ帰ったら
ほかの教師はみんな机を控えて話をしている
山嵐もいつのまにか来ている
教授は教授の前で
教授の前で
山嵐が先手だと教授は気のまま話している
山嵐もいつのまにか来ている
欠金だと思ったら遅刻したんだ
おれの顔を見るや否や
今日はきみのおかげで遅刻したんだ
罰金を出したまえと言った
おれは机の上にあった一線小龍を出して
これをやるからとっておけ
すんだって通り調で飲んだ
氷水の台だと山城の前へ置くと
何を言っているんだと笑いかけたが
俺は存外真面目でいるので
つまらない冗談をするんだと
善意をおれの机の上に吐き返した
冗談じゃない本当だ俺は君に氷水を怒られる因縁がないから出すんだ 取らない方があるか
そんなに一線五輪が気になるならとってもいいがなぜ思い出したように今自分返すんだ 今自分でもいつ自分でも返すんだ
怒られるのが嫌だから返すんだ 山嵐は冷静と俺の顔を見てフンと言った
赤シャツの依頼がなければここで山嵐の秘伝を暴いて大喧嘩をしてやるんだが 公害しないと受け負ったんだから動きが取れない
人がこんなに真っ赤になっているのにフンという理屈があるものか 氷水の代は受け取るから下宿は出てくれ
一線後に受け取ればそれでいい下宿を出ようが出前が俺の勝手だ ところが勝手でない昨日あそこの停止が来て君に出てもらいたいと言うからその訳を
聞いたら 店主の言うのは最もだそれでももう一応確かめるつもりで今朝あそこへ寄って詳しい話を
聞いてきたんだ 俺には山嵐の言うことが何の意味だかわからない
1:45:00
停止が君に何を話したんだか俺が知っているもんかそう自分だけで決めたって仕様が あるか
理由があるなら理由を話すが順だ 天から天主の言う方が最もだなんてしっけい旋盤なことを言うな
それなら言ってやろう君は乱暴であの下宿でモテ余されているんだ いくら下宿の女房だって下女た違うぜ足を出して吹かせるなんて威張りすぎるさ
俺がいつ下宿の女房に足を吹かせた 吹かせたかどうか知らないがとにかく向こうじゃ君に困ってるんだ
下宿料の10円は15円は賭け物を一服売りやすぐ浮いてくるって言ってたぜ 聞いた風なことを抜かせろだそれならなぜ置いた
なぜ置いたか僕は知らん置くことには置いたんだが嫌になったんだから出ろと言うん だろう君出てやれ
当たり前だいてくれと手を合わせたっているもんか 一体そんな言いがかりを言うようなところへ終戦する君からしてがフラチだ
俺がフラチか君が大人しくないんだかどっちかだろう 山嵐も俺に劣らぬ感触持ちだから負け嫌いな大声を出す
控え所にいた連中は何事が始まったかと思ってみんな俺と山嵐の方を見て顎を長く してぼんやりしている
俺は別に恥ずかしいことをした覚えはないんだから立ち上がりながら部屋中一通り見 回してあった
みんなが驚いている中にのだだけは面白そうに笑っていた 俺の大きな目が貴様も喧嘩をするつもりかという見膜でのだの官僚面を射抜いた時に
のだは突然真面目な顔をして大いに慎んだ少し怖かったと見える そのうちラッパがなる山嵐も俺も喧嘩を中止して教授を得てた
午後は専用俺に対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ 会議というものは生まれて初めてだからトントン様子がわからないが職員が酔ってたかって
自分勝手な説を立ててそれを校長にいい加減にまとめるのだろう まとめるというのは告白の決し兼ねることがあるについて言うべき言葉だ
この場合のような誰が見たって不都合としか思われない事件に会議をするのは暇つぶし だ
誰が何と解釈したって一節のでようはずがない こんな明白なのは即座に校長が処分してしまえばいい
随分決断のないことだ校長ってものがこれならば何のことはない 逃げ切らない愚図の異名だ
会議室は校長室の隣にある細長い部屋で平常は食堂の代理を務める 黒い革で張った椅子が20脚ばかりあり長いテーブルの周囲に並んでちょっと神田の西洋料理屋
ぐらいな格だ そのテーブルの端に校長が座って校長の隣に赤シャツが構える
あとは勝手次第に席につくんだそうだが体操の教師だけはいつも責末に謙遜するという 話だ
俺は様子がわからないから博物の教師と観学の教師の間へ入り込んだ 向こうを見ると山嵐とのだが並んでいる
野田の顔はどう考えても劣等だ喧嘩はしたも山嵐の方が遥かに趣がある 親父の葬式の時に小火縄の陽源寺の座敷にかかってた賭け者はこの顔によく似ている
坊主に聞いてみたらイラテンという怪物だそうだ 今日は怒ってるから目をぐるぐる回しちゃ時々俺の方を見る
1:48:07
そんなことで脅かされてたまるもん方を俺も負けない気でやっぱり目をぐりつかせて 山嵐を睨めてやった
俺の目は格好は良くないが大きいことにおいては大抵ない人には負けない あなたは目が大きいから役者になるときっと似合いますと企業がよく言ったくらいだ
もう大抵お揃いでしょうかと校長が言うと初期の河村というのが一つ二つと頭数を 勘定してみる
一人足りない 一人不足ですがと考えていたがこれは足りないはずだ
トーナスの浦成くんが来ていない 俺と浦成くんとはどういうすくせの因縁からか知らないがこの人の顔を見て以来どうしても
忘れられない 控え所へくればすぐ浦成くんに目がつく
途中を歩いていても浦成先生の様子が心に浮かぶ 温泉行くと浦成くんが時々青い顔をしてゆつぼの中に膨れている
挨拶をするとへーと恐縮して頭を下げるから気の毒になる 学校へ出て浦成くんほど大人しい人はいない
滅多に笑ったこともないが余計な口を聞いたこともない 俺は君子という言葉を書物の上で知っているがこれは地引きにあるばかりで
生きているものではないと思っていたが浦成くんに会ってからはやっぱり正体のある 文字だと感心したくらいだ
このくらいの関係の深い人のことだから会議室へ入るや否や浦成くんのいないのは すぐに気がついた
実を言うとこの男の次へでも座ろうかと密かに目印にしてきたくらいだ 校長はもうやがて見えるでしょうと自分の
前にある紫の副冊積みをほどいてこんにゃく版のようなものを読んでいる 赤シャツは琥珀のパイプを絹ハンケチで磨き始めた
この男はこれが道楽である赤シャツ相当のところだろう 他の連中は隣同士でなんだか囁き合っている
手持ちブサタナのは鉛筆の尻についているゴムの頭でテーブルの上しきりに何か書いて いる
野田は時々山嵐に話しかけるが山嵐は一向応じない ただ運とかアートが言うばかりで時々怖い目をして俺の方を見る
俺も負けずに睨め返す ところが待ちかねた浦成くんが気の毒そうに入ってきて少々用事がありまして遅刻いたしました
と因縁に狸に挨拶をした では会議を開きますと狸はまず初期の河村君にこんにゃく版を配布させる
見ると最初が処分の件次が生徒取締りの件 その他に参加上である
狸は例の通りもったいぶって教育の育領という見えでこんな意味のことを述べた 学校の職員や生徒に過失のあるものはみんな自分の家族のいたすところで何か事件がある
たびに自分はよくこれで校長が務まると密かに残機の念に絶えんが不幸にして今回も またかかる騒動を引き起こしたのは深く職員に向かって謝罪しなければならん
しかし一度起こった以上は仕方がないどうにか処分をせんければならん 事実はすでに諸君のご承知の通りであるからして前後作について副像のないことを
1:51:03
参考のためにお述べください 俺は校長の言葉を聞いてなるほど校長だの狸だというものは偉いことを言う
もんだと感心した こう校長が何もかも責任を受けて自分のとがだとか不徳だとか言うくらいなら生徒を処分する
のを止めにして自分から先へ免職になったら良さそうなもんだが そうすればこんな面倒な会議なんぞ開く必要もなくなるわけだ
第1常識から言ってもわかってる俺が大人しく宿食をする 生徒が乱暴する悪いのは校長でもなければ俺でもない
生徒だけに決まってる もし山嵐が先導したとすれば生徒と山嵐を退治すればそれでたくさんだ
人の尻を自分でしょい込んで俺の尻だ俺の尻だと吹き散らかす奴がどこの国にあるもんか 狸でなくっちゃできる芸当じゃない
彼はこんな常理に敵わない議論を吐いて得意気に一堂を見回した ところが誰も口を開くものがない博物の教師は第一教条の屋根にカラスが止まっているのを
眺めている 感覚の先生はこんにゃく板をたたんだり伸ばしたりしている
山嵐はまだ俺の顔を睨めている 会議というものがこんな馬鹿げたものなら欠席して昼寝でもしている方がマシだ
俺はじれったくなったから一番大いに弁じてやろうと思って半分尻を上げかけたら 赤シャツが何か言い出したから止めにした
見るとパイプをしまって島のある絹ハンケチで顔を拭きながら何か言っている あのハンケチはきっとマドンナから巻き上げたに沿いない
男は白い朝を使うもんだ 私も寄宿生の乱暴を聞いて鼻肌強盗として不勇気届きであり
かつ平常の特化が少年に及ばなかったの深く外るのであります でこういうことは何か完結があると起こるもので事件そのものを見るとなんだか生徒だけが悪い
ようであるがその真相を極めると責任は帰って学校にあるかもしれない だから表面上に現れたところだけで厳重な制裁を加えるのは帰って未来のために良くない
かとも思われます かつ少年血の系のものであるから活気が溢れて善悪の考えはなく
半ば無意識にこんな悪戯をやることはないとも限らん で元より処分法は校長のお考えにあることだから私の妖怪する限りではないがどうかその
辺をご審査区になってなるべく寛大なお取り計らいを願いたいと思います なるほどた抜きがた抜きなら赤シャツも赤シャツだ
生徒が暴れるのは生徒が悪いんじゃない教師が悪いんだと公言している 基地外が人の頭を殴りつけられるのは殴られた人が悪いから基地外が殴るんだそうだ
ありがたい幸せだ 活気に満ちて困るなら運動場へ出て相撲でも取るがいい
半ば無意識に床の中へ抜刀入れられてたまるものか この様子じゃ根首をかかれても仲間無意識だって方面するつもりだろう
俺はこう考えて何か言おうかなと考えてみたが言うなら人を驚かすようにとうとうと 述べ立てなくちゃつまらない
俺の癖として腹が立った時口を聞くと双子とか巫女とかで必ず行き詰まってしまう 狸でも赤シャツでも人物から言うと俺よりも下等だが
1:54:09
弁説はなかなか達者だからまずいことを喋って上げ足を取られちゃ面白くない ちょっと副案を作ってみようと胸の中で文章を作ってる
すると前にいた野田が突然起立したには驚いた 野田のくせに意見を述べるなんて生意気だ
野田は例のヘラヘラ帳で 実に今回のバット事件及び特幹事件は我々心ある職員をして
密かには学校将来の前途に危惧の年を抱かし無理に至る賃金でありまして 我々職員たるものはこの際振るって自ら帰り見て
全校の風紀を伸縮しなければなりません それでただ今校長及び共闘のお述べになったお説は実に後継に当たった
大切なお考えで私は徹頭徹尾賛成いたします どうかなるべく寛大なご処分を仰ぎたいと思います
といった野田の言うことは言語あるは意味がない 漢語を述べずに陳列するぎりでわけがわからない
わかったのは徹頭徹尾賛成いたしますという言葉だけだ 俺は野田の言う意味はわからないけどなんだが非常に腹が立ったから
副案もできないうちに立ち上がってしまった 私は徹頭徹尾反対ですと言ったが後が急に出てこない
そんなトンチンカンな処分は大嫌いですとつけたら職員が一度笑い出した 一体生徒が全然悪いですどうしても謝らせなくちゃ癖になります
対抗させても構いませんなんだしっけーな 新しく来た教師だと思ってと言って着席した
すると右隣にいる博物が生徒が悪いことも悪いがあまり厳重な罰などをすると 帰って反動を起こしていけないでしょう
やっぱり教頭のおっしゃる通り勘な方に賛成しますと弱いことを言った 左隣の勘学は音便説に賛成と言った
歴史も教頭と同説だと言った 忌々しい大抵のものは赤シャツ等だ
こんな連中が寄り合って学校を立てていりゃ世話はない 俺は生徒を謝らせるか辞職するか2つのうち一つに決めてるんだから
もし赤シャツが価値を制したら早速家へ帰って荷造りをする覚悟でいた どうせこんな手合いを弁抗で屈迫させる手際はなし
させたところでいつまでご交際を願うのはこっちでごめんだ 学校にいないとすればどうなったって構うもんか
また何か言うと笑うに違いない誰が言うもんか と過ごしていた
すると今まで黙って聞いていた山嵐が紛然として立ち上がった やろうまた赤シャツの賛成の意を表するなどうせ貴様とは喧嘩だ
勝手にしろと見ていると山嵐はガラス窓を震わせるような声で 私は教頭及びその他諸君のお説には全然不同意であります
というものはこの事件はどの点から見ても50名の寄宿生が信頼の教師坊主を 警部してこれを翻弄しようとした所為等より他には認められるのであります
教頭はその原因を教師の人物遺憾にお求めになるようでありますが失礼ながら それは出現かと思います
1:57:02
坊主が宿直に当たられたのは着後早々のことでまだ生徒に接するられてから 20日に見たぬ頃であります
この短い20日間において生徒は君の学問人物を評価し得る余地がないのであります 軽蔑されるべき死闘な理由があって警部を受けたのなら制度の行為に
進捗を加える理由もありましょうが 何らの原因もないのに信頼の先生を愚弄するような軽薄な生徒を感化しては学校の
維新に関わることと思います 教育の精神は単に学問をたずけるばかりではない
高尚な正直な物質的な元気を骨髄すると同時にや日な軽爽な 傍慢な悪風を相当するにあると思います
もし反動が恐ろしいの騒動が大きくなるのと拘束なことを言った日にはこの併風はいつ 強制できるか知れません
かかる併風を拒絶するためにこそ我々はこの学校を職を奉じているのでこれを見逃す くらいなら始めから教師にならん方がいいと思います
私は以上の理由で寄宿生一度を原罰に処する上に当該教師の面前において 公に謝罪の意を表説してみるのを首当の処置と心得ます
と言いながらどんと腰を下ろした 一度は黙って何にも言わない赤シャツはまたパイプを吹き始めた
俺はなんだが非常に嬉しかった俺の言おうと思うところを俺の代わりに山嵐がすっかり 言ってくれたようなものだ
俺はこういう単純な人間だから今までの喧嘩はまでで忘れて大いにありがたいという 顔を持って腰を下ろした山嵐の方を見たら山嵐は一向知らん顔をしている
しばらくして山嵐はまた起立した ただ今ちょっと失念して言いようとしましたから申し上げます
東予の宿直院は宿直中外出して温泉に行かれたようであるがあれは表の他と考えます いやしくも自分が一向の留守番を引き受けながら咎めるもののないのを幸いに
場所もあろうに温泉などへ入島に行くなどというのは大いな失態である 生徒は生徒としてこの点については校長から特に責任者にご注意やらんことを希望します
ような奴だ褒めたと思ったら後からすぐ人の失策を暴いている 俺は何の気もなく前の宿直が出歩いたことを知ってそんな習慣だと思ってつい温泉
まで行ってしまったんだがなるほどそう言われてみるとこれは俺が悪かった 攻撃されても仕方がない
そこで俺はまた立って 私はまさに宿直中に温泉に行きましたこれは全く悪い謝りますと言って着席したら
一堂がまた笑い出した 俺が何か言いさえすれば笑うつまらん奴らだ
貴様らこれほど自分の悪いことを公に悪かったと断言できるか できないから笑うんだろう
それから校長はもう大抵ご意見もないようでありますからよく考えた上で処分し ましょうと言った
ついでだからその結果を言うと寄宿生は1週間の禁足になった上に俺の前でで謝罪を した
謝罪をしなければその時自粛して帰るところだったが生じ俺の言う通りになったので とうとう大変なことになってしまった
それは後から話すが校長はこの時会議の引き続きだと豪してこんなことを言った 生徒の風儀は教師の看過で正しくしていかなくてはなその一着手として教師は
2:00:10
なるべく飲食店などに出入しないことにしたい もっとも層別会などの節は特別であるが単独にあまり上等でない場所へ行くのは
よしたい例えばそば屋だの団子屋だなと言いかけられたらまた一度が笑った のだが山嵐を見て天ぷらと言ってめくばせをしたが山嵐は取り合わなかった
いい気味だ 俺は脳が悪いから狸のいうことなんかよくわからないがそば屋や団子屋へ行って中学の
教師が務まらなくっちゃ俺みたいな食いしん坊には到底できっこないと思った そんなそれでいいから初手からそばと団子の嫌いなものと注文して雇うがいい
だんまりで事例を避けておいてそばを食うな団子を食うなと罪なお触れを出すのは 俺のような外に堂落のないものにとっては大変な打撃だ
ずーっと赤シャツがまた口を出した 元来中学の教師などは社会の上流に喰らいするものだからして単に物質的の快楽ばかり
求めるべきものではない その方に吹けるとつい品性に悪い影響を及ぼすようになる
しかし人間だから何か娯楽がないと田舎へ来て狭い土地では到底暮らせるものではない それで釣りに行くとか文学書を読むとかまたは神体師や俳句を作るとか
何でも高尚な精神的娯楽を求めなくってはいけない 黙って聞いていると勝手な熱を吹く
沖へ行って肥やしを釣ったりゴールキーがロシアの文学者だったり 馴染みの芸者が松の木の下に立ったり古い系カーズが飛び込んだりするのが精神的娯楽なら
天ぷらを食って団子を飲み込むのも精神的娯楽だ そんな下さらない娯楽を授けるより赤シャツの選択でもするがいい
あんまり腹が立ったからマドンナに会うのも精神的娯楽ですかと聞いてやった すると今度は誰も笑わない妙な顔をして互いに目と目を見合わせている
赤シャツ自身は苦しそうに下を向いたそれ見ろ聞いたろう ただ気の毒だったのは占り組んで俺がこう言ったら青い顔をますます青くした
1992年発行 筑波書房
筑波日本文学全集夏目漱石 より一部独了読み終わりです
長いので前半と後半に分けたいと思います えっと前半部分だけで2時間後か残る後半部分も多分それぐらいになるんじゃないでしょうか
はい といったところで今日のところはこの辺でまた次回お会いしましょうおやすみなさい