さて、今日は夏目漱石の坊っちゃんの後編です。
11節全体であるうちの1から6を前回読みまして、
今回は7からということですね。おしまいまで読もうと思います。
前回までは松山の中学校に赴任して、
そこで先生方にあだ名をつけて回り、
嫌なやつばっかりだなみたいな。
あと寄宿生からいたずらをされて、
それが生徒ばっかり悪いわけじゃなくて、先生も悪いんじゃないですかみたいなことを教頭が言い出し、
教頭におべっかを使う連中もそれに賛成し、
先生に唯一喧嘩っぽくなってた、
下宿先を紹介してくれた夫だけが、
いやそんなは税度が悪いに決まってるでしょって言い出したみたいなところからですかね。
それでは参ります。坊っちゃん後編。
7
俺は即夜下宿を引き払った。
宿へ帰って荷物をまとめていると、
女房が何か不都合でもございましたか。
お腹の立つことがあるなら言っておくれたら改めますという。
どうも驚く。
世の中にはどうしてこんな容量得ないものばかり揃ってるんだろう。
出てもらいたいんだか、居てもらいたいんだか分かりはしない。
まるでキチガイだ。
こんなものを相手に喧嘩をしたって、
江戸っ子の名残だから車屋を連れてきて、さっさと出てきた。
出たことは出たが、どこへ行くという当てもない。
車屋がどちらへ参りますと言うから、
黙ってついてこい、今にわかると言って、さっさとやってきた。
面倒だから山城へ行こうかとも考えたが、
また出なければならないから、つまり手数だ。
こうして歩いているうちには下宿とか何とか看板のある家を見つけ出すだろう。
そうしたらそこが天位にかなった我が家だということにしよう。
と、ぐるぐる歓声で住みよさそうなところを歩いているうち、
とうとう梶谷町へ出てしまった。
ここは私族屋敷で下宿屋などのある町ではないから、
もっと賑やかな方へ引き返そうかとも思ったが、
ふといいことを考えついた。
俺が敬愛する裏成君はこの町内に住んでいる。
裏成君は土地の人で先祖代々屋敷を控えているくらいだから、
この辺の事情には通じているに相違ない。
あの人を訪ねて聞いたらよさそうな下宿を教えてくれるかもしれない。
幸い一度挨拶に来て勝手は知ってるから、探して歩く面倒はない。
ここだろうといい加減に見当をつけて、ごめんごめんと二遍ばかり言うと、
奥から五十ぐらいな年寄りが古風な私足をつけて出てきた。
俺は若い女も嫌いではないが、年寄りを見ると何だか懐かしい心持ちがする。
大方清が好きだから。
その魂が方々のおばあさんに乗り移るんだろう。
これは大方裏成君のおっかさんだろう。
切り下げの品格のある夫人だが、よく裏成君に似ている。
まあ泡狩りというところ、ちょっとお目にかかりたいからと主人を玄関まで呼び出して、
実はこれこれだが君どこか心当たりありませんかと尋ねてみた。
うななり先生、それはさぞおこまりでございましょうとしばらく考えていたが、
この裏町に萩野といって老人夫婦切りで暮らしている者がある。
いつぜや屋敷を開けておいても無駄だから、確かな人があるなら貸してもいいから修繕してくれと頼んだことがある。
今でも貸すかどうかわからんが、まあ一緒に行って聞いてみましょうと親切に連れて行ってくれた。
その夜から萩野の家の下宿人となった。
驚いたのは俺がイカ銀の座敷を引き払うと、
あくる日から入れ違いにのだが平気な顔をして俺の居た部屋を占領したことだ。
さすがの俺もこれには呆れた。
夜中はイカさましばかりでお互いのせっこをしているのかもしれない。
嫌になった。
世間がこんなものなら俺も負けない気で世間並みにしなくちゃやりきれないわけになる。
巾着切りの上前を張れなければ三度の御膳が頂けないとことが決まればこうして生きてるのも考えものだ。
と言ってピンピンした達者な体で首をくぐっちゃ先祖へ住まない上に外文が悪い。
考えると物理学校などへ入って数学なんて役にも立たない芸を覚えるよりも、
600円を元手にして牛乳屋でも始めればよかった。
そうすれば貴女も俺のそばを離れずに住むし、俺も遠くから婆さんのことを心配しずに暮らせる。
一緒にいるうちはそうでもなかったが、こうして田舎へ来てみると貴女はやっぱり善人だ。
あんな気立てのいい女は日本中探して歩いたって滅多にはない。
婆さん、俺の立つときに少々風邪をひいていたが今頃はどうしてるか知らん。
せんだっての手紙を見たらさぞ喜んだろう。
それにしてももう返事が来そうなものだが。
俺はこんなことばかり考えて二三日暮らしていた。
気になるから宿の婆さんに東京から手紙は来ませんかと時々尋ねてみるが、聞くたんびに何にも参りませんと気の毒そうな顔をする。
ここの夫婦はイカギンと違って元が種族だけに双方とも上品だ。
爺さんが夜になると変な声を出して歌いを歌うには並行するが、イカギンのようにお茶を入れましょうとむやみに出てこないから大きに楽だ。
婆さんは時々部屋へ来ていろいろな話をする。
どうして奥さんをお連れなさって一緒においで何だのぞなもし、などと質問をする。
奥さんがあるように見えますかね。
かわいそうにこれでもまだ二十四ですぜと言ったら、それでも、
あなた二十四で奥さんが終わりなさるのは当たり前ぞなもしと冒頭を置いて、
どこの誰さんは二十歳でお嫁をもらえたの、
どこの何とかさんは二十二で子供を二人お持ちしたのと、
何でも礼を半ダースばかりあげて反駁を試みたには恐れ入った。
それじゃあ僕も二十四でお嫁をもらえるけで、
世話をしておくれんかなと田舎言葉を真似て頼んでみたら、
おばさん正直に本当かなもしと聞いた。
本当のほんまのって僕は嫁がもらいたくて仕方がないんだ。
そうじゃろうがなもし、若いうちは誰もそんなもんじゃけれ。
この挨拶には痛みって返事ができなかった。
しかし先生はもうお嫁が終わりなさるに決まっとらえ。
私はちゃんともう二十四ぞなもし。
えー、活眼だね。どうして二十四ですか。
どうしてて、東京から頼りはないか頼りはないか出て、
毎日頼りを待ち焦がれておいでるじゃないかもし。
こいつは驚いた。大変な活眼だ。
当たりましたろうがなもし。
そうですね。当たったかもしれませんよ。
しかし今時のお仲は昔とちがうて油断ができんけれ、
お器用をつけたがええぞなもし。
何ですかい?僕の奥さんが東京で真男でもこしらえていますかい?
いえ、あなたの奥さんは確かじゃけれど。
とりあえず安心した。それじゃあ何を気をつけるんですい?
あなたのは確か、あなたのは確かじゃが、
どこに不確かなのがいますかね。
ここらにもだいぶおります。
先生、あの東山のお嬢さんをご存じかなもし?
いえ、知りませんね。
まだご存じないかなもし。
ここらであなた一番の別品さんじゃがなもし。
あまり別品さんじゃけれ、学校の先生方はみんな、
マドンナ、マドンナと言うといでるぞなもし。
まだお聞きんのかなもし。
うん、マドンナですか。僕は芸者の名かと思った。
いえ、あなた。
マドンナと言うと、東人の言葉で別品さんのことじゃろうがなもし。
そうかもしれないね。驚いた。
お方、科学の先生がおつけたなぞなもし。
のだがつけたんですかい?
いえ、あの吉川先生がおつけたのじゃがなもし。
そのマドンナが不確かなんですかい?
そのマドンナさんが不確かなマドンナさんでなもし。
やっかいだね。
あだ名のついてる女には、昔からろくなものはいませんからね。
そうかもしれませんよ。
ほんとにそうじゃなもし。
貴人のお祭じゃの。
妥協のお百じゃのてて。
怖い女がおりましたなもし。
マドンナもその同類なんですかね。
そのマドンナさんがなもし、あなた。
そりゃあの、あなたをここへ世話をしてくれた子が先生なもし。
あの方のところへお嫁に行く約束ができていたのじゃがなもし。
へえ、不思議なもんですね。
あの占り君が。
そんな遠復のある男とは思わなかった。
人は見かけに言わないもんだな。
ちょっと気をつけよう。
ところが去年あそこのお父さんがお亡くなりて、
それまではお金もあるし、銀行の株も持っておいでるし、
一般実行が良かったんじゃが、
それからというものはどういうものか、
急に暮らし向きが思わしくなくなって、
つまり子がさんがあんまりお人が弱すぎるけれ、
お騙されとったんぞなもし。
そりゃこれやでお越し入れも伸びているところへ、
あの教頭さんがおいでて、
ぜひお嫁に欲しいとおいいるのじゃがなもし。
あの赤シャツがですか。
ひどいやつだ。
どうもあのシャツはただのシャツじゃないと思ってた。
それから?
人を頼んで掛けおうてみると、
富山さんでも子がさんに義理があるから、
すぐに返事はできかねて、
まあよう考えてみようぐらいの挨拶をしたのじゃがなもし。
すると赤シャツさんが手鶴を求めて、
富山さんのところへ出入りを知るようになって、
とうとうあなたお嬢さんを手名付けておしまいたのじゃがなもし。
赤シャツさんも赤シャツさんじゃが、
お嬢さんもお嬢さんじゃててみんなが悪く言いますのよ。
いったん子がさんへ嫁に行くてて承知をしときながら、
いまさら学士さんがおいでたけれ、