2024-10-22 09:36

047 SNSで本名を使う理由

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SNS発信をする先生も増えてきました。本名の先生もいれば、ハンドルネームの先生もおられます。私が本名を使っている理由は・・・

#SNS #高校国語 #中学国語 #国語教育 #ハンドルネーム #先生

サマリー

このエピソードでは、SNSで本名を使用する理由やその背景が語られています。著者は自身の経験を通じて、本名を使うことの信頼性や発信責任の重要性を強調し、SNSを活用したブランディングの可能性について考察しています。

本名使用の背景
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。
この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は、SNSで本名を使う理由というタイトルでお送りしたいと思います。
私は、バリバリ本名を使っているわけなんですけれど、
この間、ナンバムットさんとの対談の後で、ナンバムットさんが本名を使われてますね、というお話をしたので、
その時にナンバムットさんにお話ししたことを、ここでもちょっと語りたいと思います。
私は、そもそも月刊国語教育という、もう今は配管になった月刊誌で連載をしていた頃は、義名を使っていました。
理由は、やっぱり身バレしたくなかったっていうのもありましたし、
それから本名を出すことによって、なんかちょっと悪目立ちするっていうのを、若い頃気にしてたんじゃないかなと思いますね。
どうしても目立つと、いろいろなんか言われたりするじゃないですか。
ということで、義名を使ってました。
有栖川玲子とか、カトリーヌ白鳥っていうね、義名を使ってました。
それはそれでよかったんですよね。
生徒に知られることもなかったですし、先生に知られることもなかったし、
自由に本当にいろんなしがらみから離れて、好きなことを書けたなっていう、そういう思い出がありますけれど、
当分、倉庫をしているうちに2013年からね、
ツイッターが始まりまして、面白そうってもので飛びついて、
その時も有栖川玲子で登録してやってたんですね。
その他にも大体有栖川玲子でいろいろSNSを登録したりっていうことをやってまして、
コンサル同級生とのやり取り
だんだんSNS活用し始めました。
アイコンも生徒が書いてくれたイラスト、かわいらしい綺麗なイラストがあるんですけど、
それをアイコンにして、本当に見晴れしないようにってやっていたわけですけれど、
SNSもだいぶ年月が経って、フォロワーさんもありがたいことに増えてきて、
そしてね、だんだんと自分も発信に責任を持たないといけないなって思い出して、
そうなったら本名を使って、信頼を持ってもらって、
それで発信した方が自分にとってもいいんじゃないかって思い始めてたんですよね。
そうこうしているうちに、高校時代の同級生で今コンサルティングをやっている同級生と、
東京でいろいろとお話をする機会がありまして、
その時にただでコンサルティングしてもらったようなものなんですけれど、
だんだんと自分も50代に突入してきて、どういうふうにこれからやっていったらいいのかっていうようなことが話題になりまして、
そのコンサルティングの同級生はですね、もう自分で起業して、
本当に第二の人生を着々と歩んでいるわけですよ。
でも先が見通せるんで、その方はこうしたらいいやしたらいい、
時代の先を読んで、ビジネスの世界で生きてこられた方なんで、
情報収集しながら、先を見通しながらやっていらっしゃるので、
もう私なんか教員っていう、狭い世界でずっと何年も何年もやってきたから、
そういうビジネス畑の人とお話をするのは非常に刺激的で、
とてもワクワクするようなお話を聞かせてもらって本当にためになったんで、
これは思い切って聞いてみようということで、
自分はSNSを活用してるんだけど、もうこの先もうちょっと責任を持って発言したい、
フォロワーさんも増やしたい、どうしたらいいっていう風にズバッと尋ねたんですよね。
そしたらそのコンサルの同級生は、あのね、まず本名にした方がいいよっていう風に言うんですね。
本名にしたらすぐにフォロワー増えるからっていう風に言ってくれたんです。
で、その次にね、アイコンは漫画のアイコンやめて、
どっかでちゃんと写真撮ってもらって、それをアイコンにした方がいいよって助言してくれたんですね。
私はもうね、そこで覚悟をしまして、
自分のハンドルネームもやめて本名にして、それから写真も撮ってっていう風にしました。
そしたらそのコンサルの同級生が言った通り、まず本名に第一段階でやってみたんですけど、
すぐにバババババッとフォロワーさんが増えましたね。
で、やっぱりね、いろんな人がフォローしてくれたり、
それから業界の人がね、いろいろとフォローしてくれたりっていうことで、
本当に活動の幅が広がりました。
それから自分は今日も明日も授業のオンライン交流会というのを開催してるんですけど、
それの案内をかける時にも、やっぱりこの人はこういう名前の人で、
で、教育現場で働いていらっしゃる方なんだっていうある意味、
知名度っていうかね、そういうものを持って募集をかけることができるので、
ブランディングの重要性
活動もしやすくなったし、幅が広がりましたね。
こういうのは自分をブランディングするっていうふうに言うんだと、
後でね、あるコーチングを受けた方に教えていただきました。
そしてその次にですね、やっぱり写真をちゃんとね、写真館に行って撮りに行きましたね。
その時は普通の写真館じゃいけないんで、
本当にちゃんと自分のプロフィール写真を撮ってもらえるところをインターネットで探して、
このカメラマンだったら大丈夫っていう人に予約して、
だいたい2万7500円ぐらいかかりましたかね、ツーショットでね。
で、お金をかけて写真撮ったらやっぱりプロの写真はもう全然違いますね。
本人より数段いい写真が撮れまして、
その写真をちゃんとSNSとかいろんなところに貼りまして、
そうしたらね、またババババッとフォロワーさんが増えました。
やっぱこういうイメージの人なんだっていうことで、
イメージ戦略なんでしょうね、きっとね。
ということで、そのコンサルティングの同級生の助言でフォロワーさんもありがたいことにバババッと増えて、
やっぱり活動の幅が広がりました。
で、こういうことって結局何なんだろうと自分ながら考え直したんですけど、
最初は興味関心っていうのでやってたんじゃないかと思うけど、
自分のブランディングってどうなんだろうっていうのを体験してみたかったし、
自分の活動の幅を広げたかったし、
たぶんね、SNSをちゃんと身を投じてやってみて、
何が良くて何が悪いのか、
そしてSNSを活用するっていうことはどういう風なメリットがあってデメリットがあるのかっていうのを
身をもってやってみたいって思ったんじゃないかと思うんですよ。
生徒たちはこれからこういうインターネットの社会で、
SNSのいろんな荒波の中を自分たちで操縦しながら生きていくと思うんですよね。
おそらくこのSNS活用っていうのが普通の社会になると思うんですよ。
そういった時に、国語化としてSNSを活用してどういう発信をして、
どういうことに気をつけて言葉を選んでいかなくてはならないのかっていうのを扱う時代がいつか来るんじゃないか。
その時私は引退してるかもしれないんですけれど、
そういった国語とSNS、そしてSNSとビジネス活用っていう、
そういう未来の国語教育っていうのにちょっとそのSNSの可能性を感じて、
それで自分でとことんやってみようっていう風な思いもあったんじゃないかなと思います。
ということで、自分が本名で発信している理由を語ってみました。
若い頃は引き受ける覚悟っていうのがどうしても若いだけあって、
いろんなことを考えてちょっと躊躇してしまうんじゃないかなと思いますし、
私も過去そうだったかなと思います。
だんだん経験を重ねて、もう思い残すことはないかなと思った時に、
本名を出してみようという決断をしました。
本名を出すか出さないかっていうのは、その本人の生き方にも大きく関わることだと思います。
特に女性だったら、若い女性だったらちょっと躊躇するところもあるんじゃないかと思います。
だけど私もこのまま本名を使って活動して、
SNS発信のメリット・デメリット、本名を活用することのメリット・デメリットを、
これからいろいろ考えていきたいと思っています。
それでは今日はここまでにしたいと思います。
聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
09:36

コメント

SNSで本名を使うかは、デジタル・シティズンシップ教育としても大切な話なんですよね。デジタル足跡のレッスンはたくさんあります。 まさにブランディングとおっしゃられていたように、自分のことをどう周りから知っていて欲しいかということをコントロールするために何をするかということですよね。 自分もこうして本名でやっているのも、そうしたデジタル・シティズンシップ教育の実践の感覚を掴むためなので、今日のお話はとても共感します。

デジタルシティズンシップにもつながっていたのですね。笠原先生にそういわれると納得します。 そう、「感覚をつかむ」というのは本を読んでできることではなく、自分の身をもって経験することから生まれるモノなので、大事だと思っています。

本名かどうかって個人的にはわりとどちらでもいいかなと思っています。 「インターネット上で固定の名前を使っている」ということが一番大事であって、それが本名であるかどうかは少なくともインターネットで接している人にはどうでもいいこと。 実際本名だって有名人が同姓同名の場合はブランディングにしようがありませんし、検索しても見つかりません。「本名なんて役所用のハンドルネーム」とはよく言ったものです。 自分自身トランスジェンダーとして本名を使いたくない身でもありますし、ハンドルネームも20余年も使ってれば本名と一緒です。 「本名だから」と特別視する文化は個人的には嫌いです。本名かどうかを第三者が詮索することのない社会になってくれればいいなと思います。

そうですか。私はやはり教育現場で働いているだけに、発言には責任を持つことは大事だと思っているので、そこは一般の人とは違うのでしょうね。 教育の立場を離れたら、自由度も高くなるのではないかと思います。

いえ、発言に責任を持つことと本名であることは関係ないと思っているということです。 少なくともわたしは本名の同一性なんか皆無に近い存在ですから。むしろわたしは高見知英を名乗るときの方が責任を感じる。現実で講師をやるときも大抵が高見知英名義ですしね。

なるほど、ハンドルネームでも本名でも、それで自分は行くんだと思うことができる名前かどうかですかね。 そう思うと、私の場合も結婚して改姓しているので、アイデンティティは食い違っていて、でも長年この名前で、むしろ改姓した名前の方に愛着があります。 どの名前で行くのかが大事でそこは本名である必要はない。ただ私の場合は初期のハンドルネームでは覚悟が決まらなかったんでしょうね。ありがとうございました。

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