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2024-04-12 16:10

♯6「日本リサーチ編 シブヤ大学」

当時、商業的な建物を作る事に理由を見出せなくなり建物を作らない街づくりをはじめる。渋谷の街全体を大学に見立て、カフェ、神社、人の家、首都高のトンネルの中など様々な場所を教室にし渋谷に住んでいる人や働いてる人が自分の特技を活かして先生をする仕組みを作った話。

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こんにちは、近藤ナオです。今日は、近藤ナオという生き物、第6回をお話しできたらなと思っています。
第1回から第4回で、このポッドキャストで何を話すかというダイジェストは話しているので、もし全体像を知りたければ、それを聞いてもらえたらなと思うんですが、
今日は、前回、第5回に引き続き、リサーチ編日本編っていう、日本でやってきた、世界中で、日本中でどんな人たちがどんな風に暮らしているのかっていうのを知るために、
僕がやってきた活動を1個ずつ話しているんですけど、前回は山梨県の山奥でやったNPO法人の笑顔つなげてっていう活動について話したんですけど、
今回は大都会っていうのかな、東京の渋谷区っていう町の中でやった、それもNPO法人なんですけど、渋谷大学っていう活動について話すならなと思うんですけど、
もしかしたら渋谷大学はかなり全国展開にもつながっていったので、今回1回に収まるかどうかわかんないんですが、とりあえず1回話してみようかなと思います。
渋谷大学っていうのは、僕が26歳から27歳、それも20年くらい前ですかね、今から言うと、2005年か6年とかその辺にスタートした、その頃は都会で商業的な建物を作るのが続けていられないなっていう気分になったんですけど、
その詳細について第1回とかで話しているので聞いていただけたらと思うんですが、その中で都会では建物を作らない町づくりっていうのを1回やってみようっていう気持ちになって、その活動を、
そうですね、僕が言い始めたっていうよりは、今現在の渋谷区長になっている長谷部健さんっていう人がいるんですけど、長谷部健さんが渋谷の町全体が大学だったら面白くない?みたいな、かなりふわっとした構想を持ってたっていうのが、そのレベルだったと僕は認識してますね。
その頃に長谷部さんとお話をして、そういうのをやりたいなと思っているんだよねって言われて、それ僕も面白そうだなと思ってジョインさせてもらったっていうのがスタートです。
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渋谷大学はどういう活動かっていうと、もう校舎のない大学で渋谷区全体を大学に見立てて、校舎はもうどこでもいいみたいな、カフェだったり神社だったり人の家だったり、あとは高速道路とかも首都高とかも走ってたので、首都高さんのトンネルの中だったりとか、本当にかなりいろんなところを教室にして、
渋谷に住んでいる人とか渋谷で働いている人が自分の特技を活かして先生をやるっていう仕組みでした。
なので、内容的には渋谷なんでデザイナーさんとかコピーライターさんが授業してくれることもあったし、大学生がその分野で学んでいること、女子大生が性教育の授業をやってくれたこともあったし、
一応渋谷も丸山町と言われるエリアには芸者さんが何人かいらっしゃって、芸者遊びの授業をやったりしたこともあるし、別に授業の内容は何でもいいっていう形でやってきました。
それを入学金とか授業料を全部無料で学び合えるっていう仕組みを作ったっていうところが、たぶん新しいってわけじゃないかもしれない。
過去にもあったかもしれないんですが、僕が知る限りではその頃は見受けられなかった仕組みだったので、学びを通して人と人のつながりを作っていくみたいなことをやっていたような活動ですね。
一番最初開講式の時に結構有名な方っていうか、一人はミスチューのプロデュースをやっていた方と、
サリューっていうアーティストの人たちが環境の授業をやってくれたりとか、後退不満足っていう本とかを書いて、かなり売れた本だと思うんですけど、
おとたけくんとかが授業をやってくれたりとかして、そういうのももちろん入学金も授業料も無料っていう形だったので、初回の授業で生徒登録者数も5000人以上っていう形で一気に生徒も集められたので、
その後どんな授業をやっても、数十人数百人単位の授業をやっても、どの授業もすぐにいっぱいになるみたいな形でスタートを切れたかなと思っています。
そうやって当時、20年ぐらい前って、肌感ある人あるかわかんないですけど、SNSだったりとか、自分の趣味思考でつながり合うようなプラットフォームっていうのが全然なかった時代だったので、
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例えば20代とかで東京出て、大学とかでも、就職とかで東京とか出てきて働き始めても、会社の人の知り合いはいるけど会社以外の知り合いが作れないみたいな。
携帯電話、電話帳っていう時代だったので、携帯電話の中の電話帳に友達が10人ぐらいしか、特に近場にいる友達はほぼいないみたいな感じの電話帳の人とかもいて、
そういう人たちが学びを通してっていうのは、趣味思考が同じ人しか来ないんですよね。農業の授業をやれば農業に興味ある人が来てるし、デザインの授業をやればデザインに興味ある人が来てるので、
来てる生徒同士は全然年齢とか働いてる場所も違っても趣味思考が合うので、ちょっと話すとすごい仲良くなって、生きとごうして、授業の後に一緒に飲みに行ってるやつとかも結構いたし、
渋谷大学に出会って、電話帳の中の友達の量がすごい増えたんですよ、みたいなことを言っている人たちもいたりして、そういう形で学びを通してコミュニティを作っていくっていうことに、当時の社会背景としてはうまくフィットした仕組みだったかなと思っていて、
でも、授業料無料でやってるのをどうやって進めてたかというと、またそれもいろんな方法でお金集めをして、年間多分5000万円ぐらいはお金を集めて、
関わってくれる人たちだったり、代表を学長って呼んでたんですけど、学長とかはフルタイムでコミットしてくれてたり、コミットしている人間がいたので、そういう給料だったり、僕みたいな他の仕事もやりながら関わる人たちに対してのゲラを払うっていうのに使ってたんですけど、
お金集めに関しても、それも一個のことで5000万円集めたっていうわけじゃなくて、例えばいくつか紹介すると、行政との絡みでいうと障害学習っていう考え方があって、
大学でたり高校でたりした後でも、障害にわたって学んでいく機会を提供しようみたいなことを行政中心にやり始めてて、障害学習っていうのに対して予算を地方自治体も多分取ってると思うんですけど、そういうのって年配の方向けの講座が多いんですよね。
そういうのを教えるために講座作って、でも障害学習っていうのは全ての年齢の人に来てほしいんだけど、本当に今20代、30代、40代の人とかはほぼ来ないみたいな状況で、でもその年齢に対して障害学習の授業をやってくれるっていうんだったら、業務委託みたいな形でお金出すよみたいなのを渋谷区からいただいたりとか、
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僕らはやっぱり先生たちが持っているファンだったり興味関心とか、運営組織のメンバーがほとんど20代、30代中心だったので、その辺が興味あることをやってきたっていうのもあるんですけど、
最初5000人とかからで、1年以内に1万人以上会員が増えていって、その会員のほとんどが8割以上2、30代の生徒だったっていうのもあって、そういう人たちを呼び込んでくれるんだったら、その人たち向けの障害学習講座を作ってくれるんだったら、
1本50万円ぐらい企画運営費みたいなのを払えるよみたいな感じで、年間20本やってくれたら1000万円とかかなみたいな形だったかな、でも大体それぐらいの金額とかをいただいたりとか、
あとは大企業とかがPRの一環で事業をやりたいみたいなことだったり、あとはマーケティングの事業とかが結構お金的には金額でかかったですね。
なんかそういうビール会社とかが、やっぱり20代30代のビール離れが激しくなってきたから、どんな考え方を持ってるかっていうのを知りたいみたいな。
で、そういうのを普通1000万円、2000万円かけて、電通とか八甲堂みたいなすごい大手の広告代理店とかにリサーチ頼んでも、なかなかビール会社の人の目の前で本当の意見をすごい言ってくれるような調査っていうのはなかなかできなくて、
クライアントさんがこう、そういう2,30代の人たちが来てってビールの感想を言ってるところの外のマジックミラーみたいな感じの部屋で外から見てるみたいなのが多分多く、その当時はそれぐらいしかできなかったんですけど、
僕らの場合はビール会社がビールの授業をやりますとかいうと、もう100人とかすぐに人が集まって、ビール会社の人がビールのプレゼンして、それに対して生徒たちが今どう思ってるかっていうのを直接ダイレクトに意見を言うみたいな、そんなことをできる調査会社っていうのはどこもいないですみたいな感じで言われてて、確かになみたいな。
そういうのを1,000万円、2,000万円払ってもできないけど、渋谷大学は400万円、500万円ぐらいでやりますよみたいな感じで受け負ったりっていうのも結構金額でかかったなっていう記憶があるし、
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あとは例えば街の帽子屋さんだったり、プロダクトを作って渋谷大学の電卓作ってもらったり、渋谷大学の帽子作ってもらったりとか、コラボレーション商品作って売上げの10%を寄付でもらうみたいなのもあったし、
あとは渋谷のスクランブル交差点に街頭ビジョンっていうのがでっかいのがあるんですけど、あれを販売する権利をもらって、販売権利をもらって企業に売ってくると、その企業のCMが15秒流れて、その後に渋谷大学のCMも15秒流れて、かつ売上げの20%を寄付でいただくっていうモデルを作ったりとか、
そういう形でいろいろ20パターン、30パターンぐらいの方法で資金調達をずっとしてました。
今、僕はそういうプロジェクトは立ち上げ屋なので、立ち上げの前の段階からその後、うまく回っていくまでの1年、2年、3年とかそういうところを一緒にやっていくので、今の今は本当にどうなっているかというのは分からないんですけど、今も続いているという意味では続いているので、
その活動もリサーチという意味においては、渋谷の町全部を大学に見立てるということだったので、何でもかんでも自分が興味あることは渋谷大学というプロジェクトをやっているので、いろんなところの文庫を叩いてお話し聞かせてもらったりしたので、それはすごい興味深いプロジェクトでしたね。
この活動は町づくり業界というとざっくりなんですけど、全国的に日本だったり韓国とかまで話は伝播していってくれたんですけど、日本中の都市部ですかね、政令指定都市レベルが多かったかな。
札幌、名古屋、京都、広島、福岡、鹿児島とか沖縄の那覇中心にしたところとか、他にも四国の松山とかいろんなところの町づくり系の団体だったりとか、
行政の人だったりとかから、自分の町でも同じような取り組みがやりたいっていうのを声を掛けをいただいて、そこを僕が全国ぐるぐる回って、それぞれの地域でそういうのに興味ある人たちを探して組織をつくって、地域ごとにビジネスモデルを考えて、
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っていう活動をしてきました。そのおかげで、日本中かなりの町で、同じように隅々までいろんな人と関われたので、かなりこれは興味深いリサーチ方法の一つだったかなと思います。
渋谷大学っていうプロジェクトはこんな感じで、また次回よろしくお願いします。
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