今回は、先日亡くなられましたアントニオ・イノキさんの特集っていうのをしたいと思うんですけども。
この時点で何を話したらいいのか全くわからんまま、ただでもイノキの話を今しないといけないっていう思いで喋り出してる感じなんですけど。
まあでも、本当にシャークさん大好きだったんじゃないですか、イノキのことは。
で、なんかよく大好きだよねとか言われるけど、別に好きではない…。 そうなんですか。
これシャークさんには言ってなかったんですけど、このアントニオ・イノキさんの不法が流れた時に、知り合い何人かから
シャークさん大丈夫なんっていう、僕にシャークさんの心配の連絡が来ました。 まあ大丈夫やなぁ。
絶対大丈夫だよ。 絶対大丈夫だよ、ラジオさんになるから。
っていうぐらい、多分そのシャークさん知ってる人はシャークさんがイノキのこと大好きだと思ってると思うで。
まあまあ好きは好きなんやろうけど、でもなんか、あのーなんていうかな、俺がイノキに対する感情は多分好きの範疇には入るんやけど、
多分その今を生きてる人たちは、この僕とイノキの関係みたいなのをあんまり想像できない。 あんまそういう人をそれぞれの人が置いてるって感じではないと思うというか。
まあじゃあシンプルにファンとかってわけじゃないんやな。 そうだねファンではないし、
まあありがたいなぁみたいな感じだよね。 象徴として
あるから、イノキっていうのは。 このジャンルによっていろんな人いると思うのよ。まあそれこそお笑いだったらマッチャンなんかも知れへん。
松本ひとしなんかも知れへんし、落語だったら立川男子だったのかもしれんし、野球だったら大永島だったのかもしれないし。
まあいろんなジャンルの人で、いろんなパイオニアかつ新しいことをやってきて、時代のごとに変化して象徴となる人みたいな。
なんかそういうジャンルごとにそれを越境しようとするみたいな。なんかそういう人っていろいろいると思っていて。
あーなるほどね。まあなんとなくその例えでかなりわかってきたかもな。 好きっていうよりもこの人がいなければそもそも
何て言うんやろな、その時代が作られなかったんだっていうようなレベルの人だってこと? っていう感じはあるし。
ただ、この心の砂地っていう番組が始まる前に、寺田くんとツイキャストをやっていて。
で、今の形、この評論とかこういうふうに話していくっていう形になった放送が、それはツイキャスト時代最後なんですけど、その時に
新海誠の天気の子っていう作品を取り上げて喋ってるんですね。1時間ぐらい僕と寺田が。 やりましたね。
それで、僕の天気の子の評っていうのが、最終結論何やったかっていうことを覚えてますかね?
なんかそれでここにいたらこうイノキさんが捕まっちゃうみたいなね。イノキと銃ってなるとその94年のね、シンマさんとの銃のスキャンダルみたいなのが出てくる。そこともクロスするみたいな、いろいろ出る。
引用すんなやめて、いろいろ。 それがあるんやけど、なんかそれで夜に勝手に出ようとするわけ。天気の子の主人公の子が。
こうガラッて開けて出ようとしたらイノキがにょう立ちで立ってると。 なんか絵面思い浮かぶけど。
どこ行くんだい。迷わず行けよ。行けばわかるさ。って言って、このいつものやつをね。 いつものやって言うなよ名言のこと。いつものやつをやるわけよ。迷わず行けよって言ったら、
イノキさんみたいな感じになって、 こう走って行くんや。行くんやじゃなくて。イノキの言葉を。
なんか最後さ、上の方のあのエンジェルビル、小犬のあっこのビルのところに上がって行ってさ、女の子を捕まえに行くやんか。
行きますね。 あそこの途中とかでさ、やっぱその新日の連中とかがさ、あの子を守ってさ、銃とかで撃たれたりしたりしたらいいやん。
その長州とかが、行くんだな、行くんだな、行くな、上がろうとか。 新日の連中とかが盾になって、警察から守って。
それで最後あの、どうなってもいいんだーっていうシーンまで行ったらさ、 傑作だったよ。
まあそういうことだよね。だし、僕の、その言ったら解釈の中では、まず、ここにイノキいたらどうなるかなとか、
まあそういうイノキさんのそういう持ってる問いみたいなもんだよね。 ようわからんこと言うんだよね、アントニオイノキって。
なんかみたいですね。 僕は基本的に適当なこと言ってるだけっていうことだと思ってなんか、本人も多分わかってない。
やりたいこととかはあって、言ってるんやけど、なんかこう含ませた、なんかようわからんことを適当に言ってるんやけど、
まあ実際ちょっとはなんか、方向を定めてるところもあるけど、どうしようとかは考えてないけど言ってるとこの、この含みの、
なんていうか、ノリシロのデカさみたいなのがあって、みんな、これどういうことなんやろうとか。
それを勝手にみんな解釈して、ああなるほどね、やっぱすごいなってなったりみたいな。積み上げ的なものがあるからだけどね。
まあまあそうやね。実績がそもそもあるからっていうのはあるけど、なんかでもそういう含みがあるっていうのはすごく、
センスが問われる部分やから、そういうセンスがあったんでしょうね。
なんかそういうとこはめちゃめちゃやっぱ影響は受けてるし、だから本気なんか冗談なんかわかるへんみたいなこと言われるんやけど、
それはもう完璧にイノキの影響っていうか、なんかそういうイノキと僕の距離みたいなのを今日は喋っていきたいなと思います。
この番組、心のすなじは、様々な文化や日常の築きをヒントに考え続けることで、言葉の記憶装置を目指す教養バラエティ番組です。
で、校舎のだからそういう音楽とか、どっちかっていうと校舎の人ってフランスとかヨーロッパ志向行きがちっていうか、
僕の論からすると小西アスハルさんとかを頂点とする、そういう川勝政之さんっていう編集者の人がいるんだけど、その辺の人がいる人たちのサブカルチャーみたいな。
で、まあこの辺の鬼っ子として星野源がいる、今でいうと。
ああそうですね。
うんうんうん。
で、川勝政之さんはそのスチャダラパーとかその辺とかも紹介して、まあずっといろんな人を紹介し続けてるんだけど、まあドラマとか、まあいろんなね映画とかもすごい紹介してるんだけど、
まあそっち文化圏の人の鬼っ子として星野源とかが出てきだしたわけ。僕がそれを掘ってる時に。
で、源ちゃんとかは、こっちの言ったらそのプロレスが入ってる側の人、言ったらまあ今で言うと宇多丸さんとかの周りの人だよね。
TBSラジオとか、アトロクに定期的に出てるなんか変なおじさんたちがいろいろいるじゃないですか。
いますね、はい。
その辺周りの人とかとも絡んでるけど、プロレスみたいな、そんなに押し出してないから、俺はこっちを掘らなあかんと思ったんや。
ああ、その星野源じゃない方を掘らなあかんと思った。
そうそうそうそう。で、星野源だけじゃなくて、その周りの東京インディーの子たちとかもいるわけ、同世代で言ったら。
うーん、そうですね。
で、なんかその辺の人らとかがエッセイとかを書いたりとか言ったら、いわゆる僕の中で校舎はもっとわかりやすく、ちょっと嫌味のある言い方をすると、
マガジャンハウスが出してるポパイに好きな映画を何ですかって聞かれる人たちです。
あはははは。ああ、まあなるほどね。ちょっとわかりますけど。
なんかより東京っぽい匂いがする人らではありますね。
そうそうそうって感じがしてて、1000年の。で、僕はそっちにすごい憧れたけど、どう考えても俺のフィジカルが見合ってないし、
俺オシャレなかなか難しかったし、自分にそういう感性がないともわかってたから、
だったらもっとこういう、ちょっと土っぽい感じの、それこそ昭和のカルチャーとか、そういう昔の日本映画とか、
どっちかというと前者の、プロレスが入ってる人たちが愛好してるカルチャーをもうちょっと頑張って勉強しようと思って、
で、勉強しやしたら好きになったの、本当に実際。
へー、でもそれすごいっすね。
で、そこに至るまで、なんかもっとさ、例えばブライな憧れとか、いろいろ俺ブライの練習とかもしてるからね。
めちゃくちゃになっていくカルチャー人みたいな人いるやんか、そういう。
いわゆる昔のロックスター全としたような、ブライに生きる人みたいな、憧れみたいなのもあって、
なんかそういうのもやってみようと思ったけどやっぱ向いてない。でも俺めっちゃ真面目やなって思ったりとか。
なんかそういういろいろ試した中での、勉強するしかない、そういういろんな趣味とか、そういうセンスとかで戦っていくしかない、
でもその中でも守備範囲の広い、昔のカルチャーとかも好きな人にもならなあかんみたいなさ。
なんかそういういろいろあって。
前置きが長くなったんだけど、その中でやっぱアントニオ・イノキっていうのは、
イノキに触れないと、こう、ダメなんだなっていう感じがなんとなく外から見ててわかったわけ。
なるほどな。すごいな。
だから、その時の俺が猿だとしたら、2001年宇宙の旅のモノリスみたいなのがアントニオ・イノキなんよね。
なるほどね。
で、モノリスに触るでしょみんな。あれですわ。
なるほどね。
で、その時にちょうどそういう格闘技本とかでも結構いい本がいっぱい出てて、
その時に1976年のアントニオ・イノキっていう柳沢武さんっていうね、
ライターさんが書かれた、ナンバーで連載してた。
それがもうすごい評価されてたわけ。
普通のそういうサブカル層じゃなくて、文芸師とか、
そういう書評家の人とかもめちゃめちゃ面白いノンフィクションだぐらいで、
めっちゃ結構なブームになったんやけど。
だからそういうサブカルっぽいノリじゃなくて、
本当に真っ当に、76年のアントニオ・イノキがどうだったのかってことをめちゃめちゃ調べて、
実際に足を運んでみたいな。
愛もこもってるし、結構残酷なところは。
そういう幻想、今まで言われてた幻想みたいなところは、
いや、実際はこうですよみたいなことをちゃんと調べながら、
柳沢さんなりにこう。
でもやっぱ、アントニオ・イノキすごかったなっていうところに落ちるんだけど。
まあそういう本で。
その本の、まあでもどっちかというとそういう、
語られてるアントニオ・イノキしか僕触れてないしさ、リアルタイムで。
どっちかというと柳沢さんとかのファンって言ったほうが本当は近いんかもしれない。
それこそ吉田豪さんとか柳沢さんとか、そういう人が紹介するアントニオ・イノキ像のファン。
だから象徴としてのアントニオ・イノキのファンっていうほうが正しいんかもしれへんねんけど。
確かにシャークさん、プロレスの中で語られる証言みたいなものとか、
そういう書籍めちゃめちゃ好きじゃないですか。
まあでも試合とかも見てるけど、まあそうか、アントニオ・イノキはリアルタイムの試合も見てないから。
見てないし、後追いで結構重要なやつは見たけどね。
まあでも、それこそ今はもう僕アニメが好きっていうよりアニメ語りが好きっていうかさ、
漫画が好きっていうより漫画語りが好きっていうと一緒で、
語られてる言葉として、漫画、アニメ、映画、全部いったんやからやっぱプロレスもいかんやろみたいなさ。
で、プロレスはプロレスでやっぱその面白さがあるみたいなところもあったし。
だからそういう感じだと、勉強して好きになってるんだよね、アントニオ・イノキのことを。
すごいな。まあでもなんかアントニオ・イノキっていうのは本当にじゃあ語りがいがあるものなんでしょうね、かなり。
で、やっぱりその書く人も、柳沢さんとかすごいリアリズムで書いてる。
実際、例えばこのモハメド・アリーっていうね、当時のボクサーのトップのボクサーと、
本当はまあプロレスやるつもりでアリーが来たのに、アントニオ・イノキがガチンコで仕掛けたっていうね、
アリー・イノキ戦って言われる試合があるんですけど、そことかでも基本的には正規の盆戦って評価されてる。
で、そこをこうプロレスやっぱダメじゃねえかって言われたときの守る言説として、結構プロレスファン側がいろんな幻想語っちゃってんのね。
永久電気。
電力問題みたいなのがあったけど、これ作ったらもうこの機械から一生電気が使えます、みたいな。
いやいや、ノーベル賞どこの騒ぎじゃないでしょ。
とかやって、実際その会見したら使われへんわけ。これで動かないなみたいな感じ。
なんかその本当に総合格闘技の試合になって、言ったら象徴としてみんな祭り上げられたら、それはそれでいい気になって自分で工業を始めて大失敗したりとか。
なんか新日でわけわからんルールで試合させたりとか、もうそういう破綻してんのよ、全部が。
ちょっと愛嬌があると言うにはしては規模がちょっと大きすぎますね。
大きすぎるし、もう本当に多分人生壊れるぐらいの借金抱えられた人とかもいるし、もう近くにいたらもう絶対ダメな人だし、政治家に絶対なるべきでもなかったと思ってるし。
そんな人がね、やっとったら絶対上がんと思うけど。
でもなんていうか、その破綻してる感じがかっこいいっていう風に捉えてほしくはないんだけども。
なんかいわゆるロックだみたいなさ、めちゃくちゃなことやるからロックだみたいな評価ではないんよ。
そういう感じではなくて、でもなんかその人間の複雑性っていうのが、猪木さんぐらいの規模になるとそんぐらいでかくなっちゃうんだなっていう、俺の解釈で言うと。
なるほどね。僕らも、でかい買い物したら失敗することとかあるじゃないですか。
あるやん。
失敗するっていうのは、永久電源が始めようとして資金つぎ込んだり失敗するみたいな規模になっちゃってるっていう。
そうそうそう。で実際それを体現してるから。
でもその人間の複雑性っていうのがわかりやすく見せられてるし、問題はあるよ、それはおかしいなって思うことめっちゃあるんだけど。
なんかそういうところをすごい、なんかあんま使いたくないけどやっぱ魅力的には感じてるんだろうね。
そうなんや。それは人間臭いっていうのとはまた違うの?イコールなの?
ニアリーかもしれない。ニアリーかもしれへんけど、でもその下にいる選手とか魅了されてる人らはみんなやっぱり大好きで、言ったら多分その人としては愛してるんだよね。
アントニオ猪木としては愛してるんだけど。でも俺はそういうわけでもないんやけど。
そう。なんなんやろうなぁ。魅力的な対象であることは間違いないんだよね。
そうか。ずっと追い続けてました?なんか変な話。晩年になってもやっぱりずっと気になる存在ではあった。
ここ1年ぐらいは本当にもう厳しいんだろうなっていう体調。目に見えてやっぱり痩せ細っているし。
っていうので正直あんま見られへんかったんやけど、ギリギリまで何をするんかみたいなのはチェックはしてましたしね。
だからそこにこう、そこと戦ってきたイノキとか、そういう人たちに自分を重ね合わせやすいっていうところもあるしね。
まあもっとこう自己統一化して見るファンの人とかもいるんだけど、まあそことはちょっと距離があるんだけど、気持ちとしては全然やっぱ俺も乗ってたんだろうなっていう。
自分が認められないっていう気持ちみたいなのを、そういうイノキとかに自己統一しして、すごく、ならどう考えるかな。イノキだったらどう考えるかな。
僕、同じくアイドルでさ、よく道重さゆみさんっていう人が好きなんだけど、道重さんだったらどうするかなとか、嗣永さんだったらどうするかなとか、すごく考えるんだけど、なんかそういう感じかなー。
なるほどね。なんかそこまで大きい存在になると確かに、なんかファンっていう言葉じゃないよね。なんかもはやその人を心に宿してるみたいな感じ。
あーそうそうそう。
だからなんか、確かに好きとかファンとかっていう言葉とはなんか違う表現になってくるっていうのはすごく納得がいきましたね。
そういう感じかなー。ずっと喋れるんですけど、まあ今回はそういう話で、お亡くなりになったっていうことですけども。
まあでも、残したアーカイブとかはね、ずっと見れるんで、まあよかったら、僕はレコメンドを得意としてますんで、まあこの番組もレコメンドの番組でもあると思ってるんですけど、プロレス興味あるんだけど何から見たらいいかわからんとか。
昔の、今のは見てるけど昭和のプロレスわからんから、昭和のなんかちょっといいの入門にとか言われたら、すごいもう。その人向けのね、パターンをいろいろ用意してますんでね。興味ある人はよかった。
まあそうですね。なんかノートとかにイノキ入るならまあここからみたいなのとかね、あれば知りたいですけどね。
まあ一番本とか、ここすなリスナーは1976年のアントニオイノキから入るのが一番ベストだと思う。
なるほどね。
はい、そんな感じです。
はい。
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