1. 神田大介の経験
  2. ニフティサーブはじめました
2024-07-09 10:06

ニフティサーブはじめました

00:07
そういう大学のパソコンの端末で、なんで大学にインターネットが惹かれていったかというと、そもそもインターネットって、大学間で学術論文の検索を自由に行うために発達したという経緯がありまして、
だからですね、論文って、その当時は大学で文集みたいにして、論文集をこさえてですね、いろんな大学の図書館に収蔵したりとかっていうのはありましたけれども、
そうでもないとですね、いちいちその論文が、論文って言ってもなんかすごい有名な教授の論文とかまた別かもしれませんけれども、そうでもなければですね、
いちいちその大学の図書館に、その他の大学からも来てですね、閲覧させてくださいって言って読まないといけなかったわけですね、昔はね。
それはやっぱりめんどくさいじゃないですか。日本ならまだしも、アメリカの大学とかだとですね、めちゃくちゃ遠かったりするから、そんなことやってられませんよね。
もちろん郵送とかもやってたようですけれども、今でもやってるんですかね。だけどそれを電話回線を通じてやり取りできればFAXみたいにですね、いいじゃないかと。
しかもそれがですね、検索みたいなのが容易だといいよねと。検索ったって当時Googleとかまだないですから、ハイパーリンクって呼んでましたけれどもね、
テキストから別のテキストに飛んでいくっていうような仕組みがあって、今のリンクと同じですけど、それを使うことによって論文を探し出すと。
論文って引用とかよく行われるんで、そういうときにその元の論文にスッと辿り着けるみたいなんですね。画期的だったわけですね。
というわけで、あとそもそもプログラミング言語の学習とかっていうのもありますから、当時プログラマー同士がそんなに頻繁にやり取りしてたのか。
ありましたけどね、FJAとかね。ともかくですね、インターネットってそうやって学術用途で広がったっていうところがあるので、大学になりましたと。
最初使ってたのはモザイクっていうブラウザでしたね。それがネットスケープになって、まだ全然クロームとか影も形もありませんよ。
インターネットエクスプローラーがようやくWindows 95ぐらいで出てきた。その前夜ですからね。1994年とかの話なんで、今の私のは。
ということでですね。私の初めて触ったインターネットは大学です。ただインターネットじゃないネットがあるわけですね。
これパソコン通信って呼んでましたけれども、私が大学に合格し1年生になってようやくパソコンが変えたのが1994年です。
94年の段階でパソコンを買ったときに、モデムってわかりますかね。電話回線とつなげてネットにつなげる装置ですけれども。
03:09
モデムの速度で多分歴史がわかる。私が買ったのはドコンオムロンだったかなのモデムで、最大14,400BPS出るっていうものでした。
これは当時としてはものすごく早かったですね。最新機種を買いましたからね。
パソコン通信がだいぶ人口に会社しつつ、全然してないんだけど、する流れの中にあった。それなりに受けていた時代のことですね。数十万人規模とかで人が使うようになっていたと。
だから人によっては例えば2400BPSのモデムから入ったみたいな人もいるわけですよ。
次がたぶん9600BPSくらいで、9600BPSくらいの人が多かったんじゃないかなっていう中で、私は14,400BPSって一番新しいのを買ったんですよ。
そのスピードっていうのが結構パソコン通信の通信速度に直結しますんでね。大事な要素だったわけですけれども、大前はたりで買いましたよね。それこそ1万円以上したと思いますけどね。
つないだのがパソコン通信です。パソコン通信っていうふうに言ってたんですよね。インターネットと何が違うかっていうと、インターネットっていうのは世界規模でネットをつなげる。
だからネットのネットなんですよね。ネットオブネット。パソコン通信オブパソコン通信。
昔はパソコン通信ってそれぞれ独立していて、日本だとPC版、Niftyサーブ、アサヒネットとか何とかいろいろありまして、それぞれ独立してるわけですよ。
一番大きかったのがPC版とNiftyサーブですけど、PC版とNiftyサーブの間では相互のやり取りって基本的にはできないわけですね。
全然別のネットワークなのでつながってないんですよ。だからNiftyはNifty、PC版はPC版。それぞれにコミュニティを作ってるわけですね。
今のインターネットっていうのはコミュニティはいろいろあるけど、一応全部接続してるじゃないですか。
全部インターネットっていうでっかいネットワークの上に乗ってますよね。SNSで言えばツイッターもストレッドズもそれからYouTubeみたいなものも全部インターネットという一つのネットワークの上にある。
だからリンクとかで相互に接続ができますよね。だけどPC版とNiftyサーブって基本的にそういうことは全くないわけです。
だからNiftyサーブ読んでPC版に飛ぶってことはできないわけですね。っていうのがパソコン通信。
基本的にはテキストのやり取りしかできません。画像の表示とかもできないことはないんだけど、極めて例外的な扱いでしたね。
06:07
そのうち私が入っていたのがNiftyなんですが、でもこれも最初はないんですよね。
私が一番最初に入ったネットは東京BBSっていうパソコン通信でしたね。
当時は私は小平市に住んでたんですけれども、東京BBSというのは東京都内に住んでいるというか電話回線を持っている人向けの、外からでも別に東京に電話にお金払えば入れるんですけど、
基本的には東京に住んでいる人向けのパソコン通信なんですかね。
ローカルなパソコン通信ですね。PC版とかNiftyサーブとかっていうのは新聞でいうと全国紙みたいなもので全国規模でみんな接続ができる。
アクセスポイントってのもたくさんあって、東京03のほかに大阪06とか名古屋052とか福岡のほうとか札幌のほうとかですね。
それぞれの拠点都市にアクセスポイントがある。そこに電話をかければパソコン通信につながるんですね。
なので、例えば東京BBSって03と04なんとかっていう東京都内のほんのちょっとの電話番号分のアクセスポイントしかなかったんで、
じゃあ札幌からかけるってなるとそれだけの料金を払わなきゃいけないんですよ。
しゃべってて思いましたけど、これも今の人にはあんまりピンとこないでしょうね。
携帯電話ってエリア制じゃないから別に札幌からかけようが東京の都内でかけようが料金一緒ですもんね。
なんか30秒20円とかっていうのは通話料金って一緒だし、あとそれこそLINEで通話とかしていると本当にパケット代ってすごい少ないですから、あんまり電話料金を意識することってないですよね。
昭和の頃はですね、例えば私実家名古屋ですけど、名古屋から東京に電話するっていうのはもう大変な電話代がかかる行為でして、
そんな大いにすると長電話なんかできないんですよ。もうさっさと用事だけ済ませて電話を切るっていうのが肝心でしたね。
そうしないと青天井でもうめちゃくちゃ電話代が一晩で何千円とかかかっちゃったりするんで、とんでもないっていうことですからね。
そういうことをしないために制限を設けていると。
だからパソコン通信も札幌から東京BBSに繋いでいこうとかって思ったりすると、東京の電話番号に電話かけなきゃいけないんでめっちゃお金かかるんですよね。
だから普通そんなことしないんですよ。よっぽどの物好きじゃないとね。
なんで東京BBSって基本的に東京およびその近辺の人しかアクセスしてこないんですよね。
09:01
物理的な障壁があるんじゃなくて金がかかりすぎるんで。
っていうのが私が最初に入ったパソコン通信。
こじんまりとしたもんでしたけれども、いくつか電子会議室って当時呼んでましたけれども、共通する話題。
例えばゲームならゲームであったりマンガならマンガみたいなのがあって、そこで話をするっていう。
これが私の一番最初にアクセスしたパソコン通信でしたね。
結構早い。多分東京BBSの段階でやや物足りなかったかな。
同じぐらいのスピードでニフティサーブには即入りましたね。
そっちは全国ネットなんでもう会員数もまだ100万人はいなかったですけれども、そこに向かっていた時期だったんで。
利用者の数もかなり多かったですね。っていうのに入っていくことになります。
10:06

コメント

スクロール