00:05
はい、皆さん、おはようございます。社会福祉士のぽこです。
明日、今より生きやすく、こんなコンセプトで、今日もラジオの放送をやっていきたいと思います。
このラジオでは、このままでいいのかなと、もやもや働く日々をワクワクの日々に変える、
そんな気づきや発見を、障害者福祉の現場から、そして時々ヨガの視点から、ゆるーくお届けをしています。
皆さんの生きやすさ、働きやすさ、そんなものにつながっていれば嬉しいです。
はい、ということで、今日のテーマは、休み方についてお話ししていきたいと思います。
最後までお付き合いください。
えー、ちょっとテーマの前にですね、皆さんに一つお礼を言わせてください。
えっと、最近こう、ノート、毎日更新をしているブログの方でも、かなりメンバーシップの人がちょっとずつ増えてきたりとか、
コメントをもらったりとか、新しいアクセスが増えたりとか、ちょっとずつ広まっているなぁと感じています。
この、ボイシーじゃないや、スタンダードFMの方でも、すごく新しい方がいいねを押してくださったり、コメントくださったりするのを見て、すごく元気をもらっています。
いつも本当にありがとうございます。
はい、これからも自分のペースで発信とか、書き物、話すもの、いろいろ頑張っていきたいと思います。
はい、ではちょっと自分のペースでこれからも続けていきたいと思いますが、そんな私の休み方についてというお話を今日はさせていただきます。
皆さん、休むというとどんなことを思い浮かべますか?
よく思い浮かぶのは、寝る、お風呂に入る、おいしいものを食べる、のんびりする、ぼーっとする、なんかこの辺だったらよく聞くかな、みんな想像つくかなと思います。
ですが、今日あえて私が放送したいのは、のんびりしない休み方についてです。
このトピックを話すきっかけをくれたのは、ヨガインストラクターのひろたなおさんという方ですね。
ビキンヨガレディオっていうボイスをやっていたり、オンラインスタジオのホームっていうヨガオンラインコミュニティみたいなものをやっているひろたなおさんの放送がきっかけです。
こちらもリンクは貼っておきたいと思います。
この中でこの休養学っていう本を紹介してくれているんですね。
私この本も読んだわけではないんですけれど、このボイスの中で休養学についてちょっと取り上げていることがあったので、それをテーマに私なりの考え方、私なりの休み方考えていきたいと思います。
この休養と聞くと、さっき挙げたようなのんびりするというか休む、もう何もしない体を脱力させるようなことを思い浮かべる人が多いと思います。
ですがこの休養という言葉の中には活力のチャージ、この要素も含まれているって考えたことはありますでしょうか。
03:05
例えばすごく疲れているときに休日、よしまとめて寝ようと思ってぐっすりのんびりだらだらひたすらしたことありますか。
私は先月の終わりくらいの土日、そんな感じで一回過ごしてみたんですけど、まあ休まらない。
確かに睡眠時間は長かったし、横になっている時間は長かったので体の筋肉としての疲労は取れたのかもしれないんですけど、心としてのすごい休まったなっていう感覚は全然持てませんでした。
せっかく1日かけてのんびりだらだら過ごしたのに、なんか納得いかないなっていう感覚を持って1日終えてしまったことがあります。
皆さんの中にも特に毎日忙しく過ごしていた人ほど、なんかせっかくだらだらできたのに思ったより休まらなかったなって経験したことある人多いんじゃないでしょうか。
ここで私がハッとさせられた気づきが、この休養という言葉の中に含まれる活力のチャージという要素、ここが休養をするっていう私たちの頭の中からすっぽり抜けていたなと思うんですね。
というのも、休む、休養すると聞くとどうしても何かをしないことというふうに捉えがちです。もしくはマッサージを受けるとかね、そういう自分の体で何か動くっていうことではないと思うんです。
でも本当の休養学を考えていくと、この活力のチャージをする、つまりあえて行動を起こすことで自分なりのエネルギーをチャージできるようなアクションを探してやっていく、これこそが本当の休養につながっていくという考え方です。
例えば私であればヨガをすることとか、ヨガって結構疲れるんですよね、筋肉使うし、呼吸もすごく深くするから汗もすごいかくんです。ヨガをすると心がチャージされるので、すごく体は疲れるのに休まったっていう感覚を持てます。
あとは友達としゃべるっていうことでさえ、私はすごいマシンガントークをする人なので、すごい疲れる、息切れするぐらいしゃべることってあるんですね。でもそういう時ってやっぱりすっきりするし、疲れた、でも休まったって思うんです。
こういう私が心の底から、すごいリラックスできたな、すごいリフレッシュできたな、明日から頑張ろうって最後思えるような行為を探していくことで、結果的にそれが休養につながっていくっていうことに最近気がつきました。
ここで少し東洋医学の考え方を入れるんですけれど、私、東洋医学とかそういう漢方とかそういったものに興味を持ったことも一時期あって、その時に学んだこととして、陰の時間と陽の時間をバランスよく持とうっていう考え方を学んだんですね。
06:07
陰の時間っていうのは休んでいる時間、何もしない時間、陽の時間っていうのは体が動いている時間、脳が活発に動いている時間、内臓がとてもよく動いている時間、こんな感じで陰と陽があるよっていう考え方、そしてこの陰と陽どちらも偏ってはいけないんだよ、両方一日の中でバランスよく持っていこうねっていう考え方があります。
その考え方に照らし合わせたときに、ただただ一日だらだら過ごす休み方って、もうバランスめちゃめちゃ悪いなと思うんですね。
私体的にもメンタル的にもどちらかというと陽のバランス、何か常にしていないと気が済まない、座ってただ空を見るなんてありえないみたいな、ソワソワする、何かこの時間に意味を探さないと逆に疲れてしまうような性格です。
何か不安になるんですよね、この時間の過ごし方正しいのかなって。そんな性格だからこそ陰の時間帯と陽の時間帯、休む時間帯、脱力をする時間帯とチャージする時間帯を両方うまく掛け合わせることで自分をうまく回していけるんじゃないかなって最近思っています。
私すごく利用者さんの支援をしていると思うんですが、私たち職員は常に利用者に何かをさせようとしてしまうんですよね。ただ座って休んでいるだけの時間を無駄だって思ってしまうし、ただただぼーっとふらふら歩いているだけの時間を何かできないかなって考えてしまいます。
もちろん障害特性上、何か型がある方がこの時間はこれをする時間って分かっている方がすごく過ごしやすいっていう人もいるんですが、それだけじゃないなと思うんです。
自分自身が陽に傾いているとき、何かしなきゃ何か常に意味のある行動をし続けなきゃって偏っているときは利用者に対してもそういう思いが強くなります。
またこんな無駄なことばっかりやってとか、またこんな同じこと何回も聞いて本当に無駄な時間だなとか、そういうマイナスなことばかり考えてしまう。
これはこれで自分のバランスが今陽に傾いているんだなって気がつける瞬間です。
逆にこのダラダラ過ごす時間が多くなっているときは利用者に対して何かそんなに頑張らなくてもいいかもなとか、ちょっとまあよくも聞こえるかもしれないですけど、悪く言うと脱力しすぎ、利用者に対してはメリハリのない関わりにつながってしまいます。
つまり自分自身のバランスが利用者、他の人に対する関わり方にすごく直結してしまうということですね。
09:01
それを最近すごく感じています。
なので自分自身の休み方を考えることで利用者の一日の過ごし方、ここに対する考え方も少し変わったなとこのボイシー、ひろたなおさんのボイシーを聞いてすごく感じました。
この新しい本当の休み方、活力をチャージするっていう新しい休み方の要素を知ることで目の前にいる利用者さんが過ごしているこの時間は何に、この人にとって何に値するんだろうって新しい視点を持てるようになってきています。
目の前にふらふらしている利用者を見ても、休んでいるんだな、のんびりさせてあげようって思うのか、なんかこの人ずっとだらだらしているな、何かしてもらわないと困るなって思うのか、この人にとってこの時間は今何の時間なんだろうって考えるのか、すごく見方によって利用者の見え方が変わってくると思うんですよね。
なので、自分自身がこの時間の過ごし方、休み方、動き方、生き方、ここについて考えるっていうこと自体が利用者支援にもつながっているなと日々感じています。
はい、ということでちょっとあっち行ったりこっち行ったりだったと思いますが、本当の休み方というところで脱力だけじゃなくて活力をチャージするようなアクションも時に急用になるんだよ、そんなお話をさせていただきました。
自分の生き方について考えていくと結果的にやっぱり利用者支援につながっていくな、生きることを考えるって素敵だなって最近すごく思います。
はい、まだ今週始まったばかりでバタバタソワソワしてますが、今日からまた4日間ですね、金曜日まで頑張っていきたいと思います。
はい、ここまで聞いてくださってありがとうございます。またぼちぼち更新の方もしていきたいと思いますので、これからも聞いてくれると嬉しいです。
毎日更新をしているノートの方もぜひチェックしてみてください。
はい、それでは今日もありがとうございます。皆さん元気にいってらっしゃい。