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2024-01-07 52:08

hima-8 暇人RADIO(仮)優しさとは何かを考えてみた 後編

暇人ラジオ(仮)

暇な二人が暇な時に抽象的なことをひたすら語る番組です。


考えを発散させたい方の

一人飲みのお供や散歩のお供にお使い下さい。


第7回から8回はやさしさとは何かについて話してみました。


内容:

・自分の自然な範囲でできるやさしさは言語化できない

・AI時代に必要とされる人はやさしい人

・非言語でもやさしさの共有はできる

・やさしさの文脈の理解はその文脈に実際行かないとわからない

・自分が何かを生み出せるとやさしくなりやすい

・ついつい世界観を作りたくなる

・暇人ラジオ聞いている人と交流したい欲求


【パーソナリティ】

⁠暇人:岡田のX/twitterはこちら⁠

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【番組公式X/Twitter】

⁠暇人ラジオ(仮)<公式>⁠

00:00
じゃあ、暇人ラジオ(仮)、始めていきたいと思います。よろしくお願いいたしまーす。
よろしくお願いしまーす。
この番組はですね、2人の暇人が暇をもてあましながら暇の話をするという番組です。
ということで、散歩のお供、一人の身のお供にお使いください。
いやー、これ一人の身の時に聞く話なのかなって思っちゃいますけどね。
大丈夫ですかね。
いやー。
ちょっと逆に鬱になっちゃいますね。
そんなことはない。そんなことはない。だってテーマは優しさですからね。
そうです。
鬱なんて、まあ鬱なんてって言うとあれですけど。
鬱っ気はないです。
あ、そうですか。
僕もすごいカラッと言ってます。
カラッと優しさを話したいですね。
だから、今度は優しさについて。
そうですね。前編優しさについて話してきましたというところで、若干振り返りをするとですね、
本当いきなり強くなければ生きていく資格がないみたいなかなりハードボイルドな小説のとこから始まりましたね。
動物に優しさはあるのかとか言ってましたからね。
ああ、確かに確かに言いましたね。
もうなんだかんだ親子関係とかその辺のあたりにも来たりとか、あと宮川さんがわがままな人は優しくないんじゃないかなとか。
そうですね。
とは言いつつも、自分もそういういろんな人たちにエモせっかいをしちゃって感情移入しちゃうみたいな話もあって。
基本自分の方からどんどん出しちゃうみたいなのがあって、そういうのが相手にとっては当たり前になっていくのはちょっとどうなのか。
そうですね。
優しさとの人間相手との距離関係どうしたらいいんだみたいな話を途中でしつつですね。
そうですね。
あとは自分のできる範囲での優しさじゃないと続かないよねみたいな話とかですね。
やっぱり仲良くなろうと思ってないって仲良くなっていくってことが多くあるっていうのはそういう話なんじゃないかなとか。
確かに確かに。
自分のできる範囲での優しさの交換みたいな話とかしつつですね。
あとはその構造によって人との優しさの関係って変わるんじゃないか。
その一つしかないような縋ってしまうような関係性なのか、いろんな中である一つの関係性なのかによって、
自分の中での重たさとか、仲良くしたいなっていうところとかが変わってくるみたいな話をしつつですね。
やっぱ信用と信頼があっての行動の捉え方になってくると、それがまたちょっと全然変わってくるんじゃないか。
そうですね。
信用がある状態と。
そうですね。
で、その信用信頼がある状態っていうのはどういうことかといったら、その文脈を理解してるっていうことなんですね。
なるほどね。
この中での優しさがどういうものかということとか、
この行為が自分にとってどういうふうに捉えられるものかっていう理解ができると、優しさがより理解できるんじゃないかなっていう。
なるほどね。
こんなところで。
なるほど。
その文脈ですね、優しさとかその世界観をどう理解していけばいいのかみたいなところで問いが生まれて、次に至った。
そうですね。
後編ですね。
はい。
もう中編とか言ってましたけど。
中編って何でしたっけ?後編と前編ってないですよね。
ないです。うちそういうのやってない。
うちはですね。
うちはですね。
急に変わる、メニューが変わる店なんですね。
はい。
そうそう、中編とかですね。
そうですね。この後近くのスーパーセントに行かなきゃいけなくてですね。
2時に閉まるんで、今11時半ぐらいなんですけども。
03:00
3、40分。
バラしすぎですよね。
3、40分で撮って後編にしちゃえっていうこと。
このゆるいね、ゆるさの。すみません。もう本当そういうゆるい番組なんですけどね。
はいはいはい。
そういうことですね。優しさの文脈理解。
優しさの文脈ですね。だからその文脈によっては、優しくないとか優しいとかってことになるってことですね。
そうですね。
ですよね。優しさの文脈が。文脈ってやっぱすごくなんか重要視されてますよね。いろんなところでね。
そうですよね。
どういう流れに沿ってきてるのかみたいなね。やっぱりすごく歴史とかもそうですし、物事が起きたものとかもなんだそうですけど。
やっぱそれに沿わないと、やっぱり理解できないんですかね。何事も。そもそも。
これが優しさであるかどうかってことですね。
そうそうそうそう。まあ何事もなんですけどね結局。その瞬間優しさみたいなものが感じられないのかな。
そうですよね。なんかでも大人になって気づく優しさとかもありますよね。
そうですよね。
時を経て、その部分がジーンとくる時がありますよね。
確かに確かに。ありますね。
あの時の先生は実はみたいな。
ありますよね。だから誰も文脈とか説明しなかったのかな今までね。そういう意味でいくと。
だってその自分で気づいてるじゃないですか今言ったのって、今思えばとかある経験をしたことによってようやく理解できたっていうかですね。
そうですよね。親になって分かる親の優しさとか。
そうそうそうそう。だからまあそれをこう感じた時にまあすごく感動する。
常にそれをこう説明した方がいいのか説明しない方がいいのかみたいのもありそうですね。
そうですね。なんか説明しない方が優しい。
気がしますよね。なんか急になんか恩急がましい風に聞こえてきそうですもんね。
そうですよね。
現場でね。今こうこうこうでこうなったからした方がいいんじゃないとかっていうのの優しさみたいなやつはなんか分かるけどうーんって感じがするっていうか。
なんか優しいですって言ってる人って優しいのかなって。
思っちゃいますよね。
優しい行為を私はしていますっていう。
ね。なんかね。
それは本当にその言葉を発してること自体が優しいのかって疑問がやっぱ自然とみんな生まれちゃいますね。
確かに文脈がないと理解っていうか優しさを大きく感じることはできないんだけどそれを自分で言って説明するわけじゃなくて匂わせみたいなね。
そうですね。
優しさ匂わせみたいな。
やっぱ自然とやってることっていう文脈でいくと優しいなんか息をしてること私生きてしてますって言わないと思うんだよね。
自分の中でできる自然な範囲での優しさっていうのは多分言語化をなかなかしないし、やれないのかもしれないもしかしたら。
そうですね。
06:00
むしろそういう行為っていうのは。
だから優しさについてこうやって言語化っていうか考えていけばいくほど実はその本当の優しさから遠向いていくというか。
そうかもしれないですね。
言葉にするとなんか、一回目のときでしたっけ?言ったとき言葉にするのがなんかというかひけ目があるっていうか。
あんまり言いしたくないっていう気持ちがどっかあるって言ったのと、なんかちょっと似てる感覚っていうか。
そうですね。非言語の部分でコミュニティって大事なんじゃないかっていう。
そうそうそう。
そこの共有のことはどうしたらいいんだっていうところで言ってた。
言ってましたよね。
優しさとももしかしたら通ずるところがあるのかもしれないですね。
ね。
言語化する優しさと非言語化での現れる優しさ。
優しさね。
その場で何て言うんですか、理解しなくてもいいこととかっていうのがなんかあるかもしれないですよね。
なんかその良さっていうか。何でもやっぱりその答えを探したがる。
今ほらこの検索の世の中になっちゃったじゃないですか。
だからすぐその答えらしきものっていうか、問いに答えてくれるもの、AIとかもそうですけどあるってことは早く見つけすぎてるから、
なんかそっちの方がいいみたいな雰囲気になってるんだけど、
ことこの優しさについてはですね、なんか後からこう気づいて知るっていうことの良さっていうかね。
その方がバンってなんか入る優しさが、なんかインパクトが違いますね。
違いますよね。意外とだからこれ優しさだけじゃなくて、なんか全部そうなのかもしれないですよね。
だからその教えてもらって気づくことよりも、自分がなんかこう成長したことによって気づけるようになったことっていうか。
そうですよね。
そっちの方がなんか価値があるように感じますね、なんとなく。
自分の体験、経験から遡ってその次体験って話もありましたけど、
生意気だった部下が自分が上司になった時に苦労して、あの時の上司ごめんと思ってるのとなんか似たような。
そうですよね。
ところがあって、やっぱ自分の体験からすごく逆算して考えてるのかもしれない。
そうですね。
だからやっぱ人間ってやっぱその経験したことじゃないとやっぱりもうなかなか理解できないんでしょうね。
そうかもしれないですね。
なんか頭がいい人ってほら、どうなんでしょうね。
それもちょっと気になるんですけど、最近ほらなんか岡田さんが才能を育てるんでしたっけ?
才能を。
発掘する?
才能は多分すでにあるものなので、それに気づくみたいな。
気づくせて。
そういうようななんかね、授業されてるお仕事で今お手伝いされてる。
そうですね。
なんかでも今の言葉だけ言うと相当うさんくさいですよね。
なんとかセミナーみたいなね。
そうですね。
そっち系。
でもそういうのじゃないって感じですもんね。
自分もさっきちょっと教えてもらったんですけど、すごいなーと思って。
なんか自己理解を深めて、生きやすいようにしたところの得意な部分を授業にしたりとか、伸ばしていくみたいな感じの考え方ですね。
そうですね。
やってますね。
そうですね。
なんかよくあるやつと、will can mustみたいなものから考えましょう、ビジネスみたいなやつで。
普通のビジネスフルワークとしてその三つ満たしましょうっていうのは当たり前あるビジネスの考え方なんですけど、
09:00
canとmustっていうところから大体市場を考えて商品作っていくっていうのが今の普通の考え方なんですね。
会社とか。
そうですね。
個人事業してサービスを作っていくとかなんですけど、
willっていう自分の何がやりたいとか、何をしたいとか、どう貢献したいとか、どういうふうに自分がありたいのかっていうところから逆算して、
そのcan、mustを満たしていくのはどうしたらいいんだろうっていうことを考えていくような、
企業化をどんどん作って応援していくみたいなところの事業のお手伝いとかはしてたりするんですけど、
それもさっきの優しさとちょっと似たようなところがあって、
やっぱり自分のできる範囲での人に対する優しさ貢献っていうところは企業っていう部分でも全く通ずるのかなと。
なるほどね。
話しながら聞いてても思いましたね。
なんか似てるっていうか感じました、自分。
そうですね。市場が求めてるから、やれてお金が入ってくることでも枯渇してる人って多分いっぱいいると思うんですよ。
そうですよね。
あれ?みたいな。なんでこれ自分やってるんだろうっていう問いが生まれた時点で、
多分自分としてはいっぱいなんか出しちゃってるんですよね。その仕事とか。
うんうんうん。出しすぎてるというか。
出しすぎてるとか。
なるほどね。
だからやっぱそのちょっとお金的なものの限度とか、まあだけじゃないと思うんですけど、
お金を目指したところの原動力みたいなので回してるようなことっていうのは、
心からやりたいこととかと、ちょっと乖離してる時があった時とかにやっぱりすごくきつくなるような気がしますね。
なんかそういう話とかですね。
そうですね。そこからずれるとやっぱり続かなくなっちゃう時はもしかしたら来るかも。
そうですね。
死ねないって。
それがまあ苦しくなるとかね。
苦しくなるとか。まあギリギリ苦しくなりつつ続けてるとか。
やってるのかとかね。
いや本当ですね。なんかやっぱ自分らしく生きるってなんかすごくなんか難しいことかもしれないんですけど、
やっぱほんと多分そういうサービスが生まれたりとかする現状だったり、個人事業主がやっぱりどんどん増えている時代じゃないですか。
そういうの考えるとねやっぱりなんか大事っていうかね。
そうですね。自分自身であることが結構難しいけど、でもみんな実は求めてるというか。
そうそうそうそう。なんか世の中がもうそういうモードになってきてるというか。
なんかやっぱりもう結構ほら、今なんていうかその、生きすぎたまあもう資本主義的なものが結構もう終わりにねなんか近づいてきてる感覚があるというか、なんか価値観的にもですけどね。
やっぱりなんかもうアップデートされつつあるもう世の中で、もうされてるのかもしれないですけど、
自分のところでもみんな同時多発的にそういう風な流れになってきてとかですね、社会構造がもうこれじゃ無理みたいな感じになってきて。
だからなんか結構今よく感じてるのが、近い将来にも結構ガラってなんか構造変わりそうだなみたいななんか雰囲気をちょっと感じててですね。
その時になんかこう優しさの立ち位置っていうか。
優しさって。
なんかすごい上の方になんか行きそうな気がするようにも思えるんですけどね。価値が高いというかね。
12:05
そうか、求められて社会としての必要性というか、優しいことがでも重要になる社会。
そうそう、あるような。あ、そうそう今思い出した。だからなんか言ってました。
落合陽一さんがなんかで言ってたの見て、なんかこのAI時代になってね、あの人はそういう研究の方じゃないですか。
で、AI時代になってどういう人が何かこう必要されると思いますかみたいな質問がなんかテレビみたいな。
優しい人じゃないですかねって言って。言ってたのを思い出しました。
それはどういう文脈の優しさなんですかね。今回のその優しさを理解する。
そう、だから多分ほら、何ていうか頭がいいとかそういったものが必要とされなくなる。
そっか。
た時に価値あるパラメーター。今はね、そのほらね、例えばお金を、資本主義的なものでいくとね、お金がまあ必要というかね、その高い位置にあるじゃないですか。
稼げる人とか頭がいい人とかそういう人の方が価値が高いみたいな言われ方してるんだけど、そういうのを全部取っ払って誰も働かなくていい世界が来てとかなった時に、
いろんな人間があった時が優しい人じゃないですかねみたいなお話だったと思うんですけど。
なるほど。今も必要だと求められてる賢さとか、なんかそういう実業的な部分がもう全て満たされて。
なくなっちゃった時に。
なくなっちゃった時に、人間として一番必要になるのは優しさだみたいな。
そういう文脈なんですよ。
見解でした。なんか確かになってももったりはしましたよね。で、何もしなくなってですよ。
そのなんかわけわからん自分のなんかエゴをぶつけて、自分の実現するために人を利用しよう利用しようと思ってる人よりも、
なんか一緒に何かねしようよとかね、なんかしてくれる手伝ってくれる人とか。
なんかそういう人との方がやっぱり一緒にいたいですよね。
まあそうですね。
なんか心地よく生きれるというかですね。
へえ。
うん。
なんか国家の統治フォーマットみたいな話を5点ラジオでもちょっとやってたんですけど。
ほいほいほいほいほい。
なんか徳っていう言葉が確か中国の文脈でありましたよね。
あ、はいはい、徳ですね。
で、なんかやれとかこうやれみたいなこととか言って、文字的な方向で人を統制する時に、
食べるもの困ってたりとか、生きるに困る状態の時は基本的にそういう統制って効くらしいんですよね。
へえ。
なんですけど、それが満たされた後に人が人の言うことを聞くかどうかっていうのは、
人にちゃんと人格者としての徳があるかっていうところで変わってくるので、
結局どの社会、まあ中世とかも見ていくと、やっぱり宗教っていう徳とか人格みたいなところを大事にするフォーマットが必ず出てくるみたいな。
なるほどね。
話をしてて。
満たされると後に。
日本でも武士のところでも、ある程度そういうところが満たされた時に、みんな教養を勉強していったみたいな話があって。
寺子屋的な。
ところも入ってくるんでしょうか。
そういう人格とか徳っていう部分に対しての、ちゃんと教養がないと人がついてこないっていうことが分かって、
15:02
日本でもそういうことがやっぱり世界的に基本的に最終的にそうなっていくみたいな話をしていて。
なるほどね。
やっぱり結局人が動くって最終そこしかないんじゃないかなっていうのはそれを起きてて思ったんですけど。
確かに確かに。
やっぱり優しさっていうところがないところに人は集まらないんじゃないかなっていうところと、
やっぱり自分の優しさってこういう文脈ですよっていうことをちゃんと自分で言って理解して伝えていくっていうことが、
何かみんながまとまっていくっていうことに繋がるんじゃないかなって。
そういうことですね。
コミュニティですね。
なるほど。
話に戻ると、どうやってそれをみんな理解していったんでしょうね。
それを一つ宗教っていうフォーマットに変えて落とし込むパターンもあれば、
いろんなフォーマットがありそうですね。
たしかにたしかに。
なんか一つは、たしかに宗教とかで、こうあるべきみたいな、要は本質みたいなものを定義して、
それは誰が聞いても間違いなくいいことだって思えるみたいな価値観を共有するみたいなのとか、
それは確かにすごい理解できるなと思うんですけど、
なんか自分とかは元々音楽すごい好きでやってたりとか、
なんかこう、同じ音楽が好きとか、なんかカルチャーみたいなやつの共通言語も、
結構それになんか当たるような気がして。
たしかに。
いるんですよね。
それはたしか引き言語も入るっていう話でしたね。
そうそうそう。
だからなんか別に音楽に限ったことじゃないと思うんですけど、
まあアートでもなんでもいいですし、
なんかそういう、同じような背景の文脈とかを理解してる人たちが、
共通言語を持っている、まあ宗教的なものでっていうかいうような、
似てるような感じがしますけどね。
そうですね。
でもなんか音楽一緒にセッションしてたりとかしてる中で、
あ、こいつなんか優しいなって思う瞬間ないですか?
ありますあります。
ありますよね。
あります。すごくあるそれは。
あ、会わせてきてんじゃん。
そうそうそうそう。
あ、でもありがとうみたいな。
テンパ今走ったけど、隣に来てくれたみたいな。
そうそうそうそう。
なんかあれすごいいいですよね。
いいですよね。
なんか優しさがガンってくるんですよ。
そうそうそう。なんでしょうね。
そのシンクロしていく感じっていうかね。
あとは優しさの文脈理解は必ずしも言語化ではないっていう。
あ、ほんとですね。
ところですよね。
うん。
非言語で成り立つ場合もあり得るっていうことですね。
あり得ますよね。うん、確かに。
そう、言語じゃないっすね。
言語が先か、人類が生きてるのが先かって言ったら、
言語ができる前に暮らして生きてた時もあるわけですよね。
そうですよね。
ってことは言語っていうのはやっぱ後付けで、
何か便利に使うためのやっぱ手段とか道具であって、
それがない状態でも成り立つっていうことがあったわけですから。
そうですよね。コミュニケーションできてたんでしょうね。
そうですね。
確かに。ほんとそうですよね。
なんかその辺の理解っていうのはなんかすごい、なんか感じる?
うんうん、いやそうですよね。
理解っていうよりかはなんかフィールな感じがしますね。
うん、優しさっていうのはね。
アンダスタウンドだと若干ちょっとね、言語的な感じがしますけど。
そうですね。
なんかフィールな感じがしますね。
うん、確かに。だからなんかこう、今日ちょっと話した話のまたそれもあったんですけど、
18:02
テレビで芸人の人とマネージャーの人がなんか一緒に出てるっていうなんかテレビがあって、
で、なんかほら、その芸人さんはどうですか実はとかね、
こういうところを私やってますとかなんかそのマネージャーさんが言うんですけど、
なんか見ててすごい気が利いてるんですよね。
うん。
なんかもう先回りして、で、なんかもうそれに全然その芸人さんは、
なんかちょっと気づいてないみたいなニュアンスとかもあって、
そんなことまでしてくれてたんですかみたいな雰囲気とかあるんですよ。
だからそのフィールっていうかいう部分でいくとそういうなんかね、
先回りでなんかいろいろ相手のこと考えてしてあげてたりとか、
なんかもうこの人はこういう人だからこういう風にしといてあげようとかっていうのが気が利くみたいなね。
まあ仕事っていうのもあるんでしょうけど、
やっぱそれすごいなんか優しいなーって思いましたよね、優しい世界。
確かにね。
優しさが受け取ってるって気づかないぐらいに、でも優しさがあるって最高の優しさですよね。
優しいと思わせない優しさ。
すごいっすよね。
すごいですよね。
すごいですよね。
いやだからすごいなと思って、マネージャーがもう今一番欲しいもの、
なんかクリスマスプレゼント欲しいもんね、やっぱマネージャーになりましたもんね、僕の。
え、なんか秘書サービスの案件みたいになってきた。
いやいやいや、でも本当でもそうでしたよ、なんかすげーなーって思って。
いやー本当ですね。
秘書っていうよりか優しい人?
そうそう優しい人。
なんかね、一緒になんかやるとき、このひまじんラジオもそうですけど、
やっぱりお互い優しさを与えあげれる人たちっていうかですね、
それってすごくなんかいい関係で、いいことができそうだなって感じがしますしね。
ね、なんかお互い優しいっていうのがグループの中にあると、すごいいいコミュニティだなって思いますけどね。
そうですね。
あと思ったのは優しくあるためには、与えられるものを持ったり、
あとはその持つっていうのはなんかどっかから取ってきて渡すみたいな、
なんか持ってるっていう感じあるかもしれないけど、
自分で作り出せるっていうことができれば、それをこうどんどん自分で作って渡していけるっていう。
そうですね。
なんか想像したりクリエイトできるっていうことは、なんか優しさと何か関係しそうな感じが。
やっぱそれができる人は優しくなりやすいのかなっていうのは。
確かに。
思いますね。
与えることができるからですね。
そうですね。クリエイトしたい場合は渡せちゃう。
そうですよね。
で、それが本人にとってはそんなに苦じゃないっていうもの。
そうですね。自分たちはやっぱそのクリエイティブ色なんで、今言ったみたいなことがすごくあると思うんですよ。
だから仕事でそれを頼まれて、対価をいただいてするっていうこともあるけども、
例えば自分の子供のデザインとかの仕事をしてるんですけど、
じゃあ自分の子供が部活してますと、ユニフォームのデザインをしてほしいですって。
で、やっぱそれを自分のできる範囲でね、お金ももらわなくてもボランティアでやりますとかっていうのがすごくあるんですけど、
21:07
やっぱめちゃくちゃ喜んでもらって、自分もやりがい、やった甲斐があったしとかっていう。
それってすごく今言ったみたいな話で、やっぱりよく行われるから、
すごく自分の仕事のいい部分というか、スキルみたいなやつだよね。
で、やっぱすごい感じますね。作れるから渡せるっていうのは。
それを与えられる機会が増えるっていうことですよね。
そうなんですね。
農家さんだったらおいしい野菜すぐ渡せるとか。
そうそうそうそう。
作ってるものを渡せるっていう。
だからお金でも多分本当はいいんでしょうけど、別にお金あげるでもですね。
お金っていうのが日本人特有なのかしら、あげたらいけないものみたいな感覚とかですね。
なんかあるし、なかなか難しいなって思うんですけど。
なるほど。
お小遣いあげる、もう別に優しいっちゃ優しいからですね。
まあね、優しいですね。
ね。
まあ子供にとったらそれはすごい優しい声かもしれない。
ね。
お小遣いもらえる。
ね。
優しいですよね。
でもそんなにあげてばっかちゃダメでしょって言うと怒ってくるママもいるかもしれない。
そうそうそうそう。
これがお金じゃなくて作れるものだったらですね、そんな言わないかもしれないですよね。
そうですね。
絵を描いてあげるとかね。
そうですね。
お金もね、次回いいかもしれないですね。
お金の話とか。
お金の話確かに。
なんかあんまりしないじゃないですか。
僕もあんまりしないんですけど、お金の話面白い。
そうですね。
そう考える。
確かに。
お金とはですね。
お金とは。
次回はその辺がいいかもしれないですね。
ちょっとそれ毎回なんかうっすら出てきますね次のテーマが。
ね。
なんか出てきたこういいですね脱線のしまくる感じが。
脱線ですね。
脱線ですね。
そうそうそういえばね優しさで思い出しましたまた。
優しさでっていうか脱線でね。
脱線で思い出したんですけど、なんか最近ね岡田さんにもちょっとなんかちょっと面白い本をなんか僕見つけたんですよね。
面白い本。
なんかねイタリア人のこう性質をなんか話してる本っていうか最後はなんかなんだかんだ言って最後上手くいくイタリア人みたいななんかそういう本だったんですけど。
なんか。
言ってたでしょ。
なんか言ってました。
そうそうでそれがなんか何気にこうちょっと面白そうななんかこう中のね内容が書いてあったんで読んでみたんですよね書いてみて。
意外となんかこうすごい薄い本だからライトな感じでパーって読めちゃったんですけど。
なんかねすごい優しさが詰まってるなイタリア人とか思ったんですけど。
いろんなエピソードが書いてあるんですよ書いた著書の方はイタリアと日本とイタリアを行き来するようなライターの仕事をされてる方でみたいな。
はい。
でもイタリア人ってなんかすごいルーズででもなんか最後は時間とかももう本当に平気で1時間ぐらい絶対ずれてなんか到着したりするらしいんですよ。
でそこにはで1時間ぐらいずれるんですけどまぁ例えば1時に集合たら2時に集合する感じでみんな来るみたいなね。
うん。
でもそういう余幅とかがなんかあらかじめセットされてるらしいんですよ国民の中に。
24:03
もう1時間当たり前だよねみたいな。
そうだね1時って言ったら2時ぐらいかな。
あー沖縄ですね。
そうそう。
でもじゃあなんで1時って言ったのって日本人からするとなるんだけど要はまぁ遅れる人もいるだろうしとか。
でなんかね物事の考え方がそんな感じらしくて悪いことがある悪いことをした人がいるとか犯罪者とかねいるじゃないですか。
でまぁ普通だったらもう犯罪者は悪いとかそういう風に終わっちゃうらしいんですけど。
タイ人の人はいやあいつももしかしたらこういう理由があったから犯罪を犯してしまったんじゃないかみたいな考え方するらしいんですよ。
誰も言ってないのに。
お母さんの病気のお母さんのために盗んだんじゃないか。
あー。
だからなんか咎め、咎めないっていうか完全なんかこう完全に悪みたいな考え方をしないっぽくて。
だから泥棒が多いとかもなんかあるらしいんだけど困ってるんだろうなっていうことで許しちゃうみたいな。
でもめちゃくちゃなんかさっきの優しさでいくとちょっと優しい世界観ではあるなみたいな。
そうですね優しい世界観ではありますよね。
なんかね許さがねちょっと優しさなんですよね。
なんかそのスリの文脈もその話を聞いてのスリだったら全然違う文脈に聞こえてきますよね。
なんかこの文脈の理解っていうところでいくとやっぱその文化とか非言語みたいなところの流れの理解ってすごい大事だなって思いましたね。
大事ですよねやっぱりね重要ですよね。
でもなんかそこの中に飛び込んでってそういう人たちのそういう話を聞いてみるのってなんかやっぱ大事そうだなって思いましたね。
そう。
触れないとわかんないですよね。
わかんないですわかんないです。
だからなんかイタリア人もなんかステレオイメージっていうかそういうのでなんとなく理解してたつもりだったんですけど、
そのなんか何十年も行き来されてる方とかっていうのの話をその本で読むとね、
なんかすごくなんかへーってなって。
でなんかねその話をこの間なんかこう忘年会みたいなのがあって、
ちょっとなんかバーに行ったんですよね。
そこのなんかマスターがすごいこうなんかかっこいいマスターで、
でちょっとなんかそうイタリア人のこの本をなんか読んだんですよねって話したら、
その方もすごい白色でなんかいろんな話をしてくれて、
その中に深夜にねなんかこうバーとか遅いじゃないですか営業が。
で帰ったらなんかすごいもう深夜のNHKみたいなしかもう会ってない時間でなんか何気につけたんで。
だからそれこそなんかイタリアの怪盗インタビューみたいなのがあって、
なんかくっちゃべってるなんかおばちゃんがなんか何かいたところに話しかけてインタビュアーがね。
質問がですね人生で大切だと思うことは物は何ですかって聞いたらしいんですよ。
そしたらあるおばちゃんがまああの相手に敬意を払うことかなって言ったらしいですね。
そしたらその他のおばちゃんもああそれだねハハハハみたいな。
軽い。
それが一番大切大切みたいな。
それがさらってなんか出てくる国らしいっていう。
リスペクトなんですね。
そう相手に対して敬意を払うこと。
だからそれは確かに優しさの原点というかなんかじゃないのかなみたいな風になんか思ったんですよね。
27:07
人に対する敬意を払えてる人ってなんか自分に対しても払えてる気がするんですよ。
そういうことですよね。
わかります。
なんかリスペクトとかはやっぱ自分に対するリスペクトがあるからこその他人のリスペクトな気がしてて。
なんか自分に対して厳しすぎたりなんかこう自分に対してのこの目線が強すぎたりするとなんかまたちょっと違う気がしますけどね。
確かに確かにね。
いやでもそうなんですよだから優しい人はやっぱり敬意相手に敬意自分に敬意払える人っていうのはすごいあるんじゃないかなって思いましたけどね。
そうですね。
敬意か。
敬意なあれでもそういうのもやっぱ聞いてみないとわかんないですね。
分脈の理解っていうところの話でしたけど。
分脈の理解はとりあえずもうぶつかりに行くしかないっていう。
そうですね。
だからいろんなとこにいろんな分脈があるんで。
だから同じ川の飯を食わないとわからないとかみたいなとか虎血に入らずんばみたいな話じゃないけど。
なんか本当にそこにどっぷりこう1回使ってみてからの分脈なんでしょ。
そうですね。
そこに入ってみて。
村とかね。
いっぱいあるんだなって思いましたなんか。
その分脈自体もいっぱいいろんな多様性というか多様だから。
そこに入ってみてようやく気づける話だ。
とりあえずそのいろんなまた分脈を理解してまた戻ってくるとあれ意外ともともと厳しいの思ってたところも優しかったんじゃないか説明でもう一周回ってなるかもしれないですね。
確かに確かに。
でもやっぱ経験いっぱいしないと。
そうだ。
だからいっぱい経験した人がもしかしたら優しい人優しさをわかってる人なのかもしれないですね。
たくさんの経験。
ありましたねそういうなんか。
話?
なんか高校生の時のその教科書の古典に書かれてた言葉ですごく正確に覚えてないですけど悩んだことない人に相談しても解決しないとか一番相談してダメな人は苦労したことない人だよみたいなこと書かれてたと思うんですけど。
なるほどね。
優しさの文脈と似てるかもしれない。
似てる。
うーん確かに。
だから若いうちの苦労を勝手でもしろとかっていうのはもしかしたらいろんな経験しといた方がいいよって。
そうですよね。
優しくなれるっていう。
優しさの文脈でもあるのかもしれないですね。
ですよね。
うん。
いや絶対そうですよね。
だからたくさんの人をたくさんのことを知りたくさんの人と接すること一概には言えないかもしれないけどよりその差分というか差異が気づけるようになってそれがまあ経緯につながっていくとかですね。
そうですね。
そうか。
だから親になったときの苦労を親になってわかるってことはそういうことかもしれないですね。
そうですよね。
うんうんうん。
確かに。
あ、経験したっていう。
ことですよね。
経験値がですね。
だからやっぱ人間ってやっぱそんなにやっぱりこの何ていうか頭良くないっていうのはあれですけど、
なった気になってるっていうのがやっぱ頭がいい人がまあ情報も多いから多くなってきてるんでしょうけど。
そうかしらですね。
でもやっぱりそこら辺はやっぱりやってみないと感じれないから結局そうなってくるとまあ勉強するっていうのとかもなんか調べたり知識いっぱい増やしたりっていうのもまあいいけど、
30:09
それにまさってやっぱり何でもこう経験していくってことがなんか大切なのかもしれないですね。
あとは経験のシェアとかもできたらもしかしたらそれがやさしさのシェアになるかもしれないですね。
本当ですね。
こんな経験してきましたとかっていうことをシェアしてみんなが知るだけでなんか変わることもあるかもしれないですね。
いや本当ですね。
どんどんねやっぱり経験していってこうどんどん優しくなっていくとより世界が良くなるっていう感じもあるかもしれないですね。
そうですね。
最初に勤めたときの会社のときの上司がなんかお子さんが自分のある程度大きくなるまでお母さん持ってないときに子供が泣いてたときにちょっとすごくイラッとしてたらしいんですけど、
もう親になった瞬間にまああるよなみたいな。
今大変だろうなと思うから大丈夫ですよって自分から言いに行ったりとかいうのがあって。
すごいっすね。
めちゃくちゃ分かるみたいなことを言ってたって。
いい話ですけどね。
分かるようになったってことですね。
苦労の共有みたいなのももしかしたらあるかもしれないですね。
優しさの文脈理解。
確かに苦労の共有ですね。
やっぱだからなんかこう共通言語とか、またお話したらまた戻ってきますけど、同じカルチャーとか同じ宗教とか。
同じものを同じ学んだりとかね、経験したっていうことがやっぱりすごく大事なんでしょうね。
経験することによってようやく文脈が理解される。
いい感じにまとまりました?
わかんないですけど。
こんな綺麗にまとまりすぎて逆にちょっと。
ひまじんラジオ。
ぽくないぽくないぽくない。
危ない危ない。
答えっぽくなってた。
共感とかクソだし。
めちゃくちゃ尖ってますね急にね。
岡田さんはそんな尖ったキャラじゃないからですね。
ないない全然ない。
ニュートラル。
そうそう。ニュートラル岡田ですからね。
今スペーシー岡田ね。
すごいスペーシーだった。飛んであった。
飛び出しちゃった。
芸人さんに言いそうですよね。スペーシー岡田ですね。
いやいやでもね。いいですね。いい話ですね経験。
やっぱりリアルで合ってるからちょっと答えが出がちなんですけど。
そうなんですか。ちょっと落とし込みにいきそうだね。
危ない危ない。やっぱり。
それか早くスーパー戦闘機タイトル。
違いますよ。ちょっと時間は見てましたけど軽くね。
いやでもいいですね。同じものを学ぶことと。
経験。
経験が優しさの種になってるのかな。
あとはそれもシェアをできてるコミュニティとかだと優しくなりやすいかもしれないですね。
そうですね優しい。
こんな苦労してる人がいたとか。
私の苦労はこんな感じよーとか。
なんか今そんな話聞いててあれ思い出しました。
アメリカとかでよくあるアルチューの人たちのサークル。
アルコールアノニーマスとかなんかそういう。
そうそう。
ダノンとかそういうなんかありますよね。
ありますよね。
みんなでこう弱さを。
そうですよね。なんかお祈りのポーズをしながら一人ずつ告白して。
33:03
最後抱き合ってマグして終わるみたいなね。
なんかアメリカ人ってやっぱああいうなんかこう罪を告白して乗り越え。
なんかそれなんか聞いたことあるんですけど。
失敗したことよりも失敗した。
日本社会は結構やっぱ失敗すると終わりっていうかもうダメな人ってなんかね言ってるようになっちゃうけど。
アメリカとかだと失敗して勝ち直ったっていう人の方がよりなんかその尊いというか。
なんかそういう文化があるみたいですね。
事業失敗した人の方にこそお金がいっぱい付くみたいな。
そうなんですね。
話とかも聞いたことありましたね。
どこまで定かはあれなんですけど。
でも確かに1回経験してる人の方が初めて何も失敗してない人に比べて経験値高いっていうのは間違いないですよね。
記号化としての。
うんうん。ですよね。
それさらにそっからもう1回こう例えば成功したとかなるってやっぱよっぽどすごいですもんね結局のところですね。
そうですね。
なんかね日本人のそのなんか日本が嫌とか悪いとかっていうわけじゃないんですけど。
なんかそこら辺のねなんかポジティブさっていうかね失敗に対するなんかこう寛容優しさ寛容さっていうか。
なんかもうちょっとねあの社会にあるとなって良くなりそうですけどね。
そうですね。
これもなんか多分社会構造として失敗しない方が良い時代があったんでしょうね。
今までですね。
はい。
例えば製造業っていうところでいくとやっぱり同じものを大量生産するっていう形。
はいはいはいはい。
経済構造だとすると失敗がない方がやっぱ良いですよね。
そうですよね。
安全に大量なものを作るっていう組織とかだとやっぱそれがやっぱ厳しくなるというか。
確かに確かに。
ただそういうものではなくて新しいものを生み出していかなきゃいけない社会でいくとアメリカ的なものが。
過疎になっちゃいますよね。
過疎になっちゃいますと。
やっぱなんか産業構造とか人の在り方みたいなのとか不可分にいろいろ相互に関係してる感じはなんか。
あるですね。
思いますね。やっぱ製造業の国日本みたいな。
メーカーの国みたいな。
いいですよね。確かにそう言われるとほんとそうですよね。
かもしんないですね。
いやいやほんとそうですよ。
それです。
どれ?
答えですそれ。
どうやら数パーセント。
いやいやいやいやいや。
いやでもほんとそう。
いやなんかねそうなりますよね。
だから自分たちみたいな生き方の考え方とかそういう人たちはやっぱりなんかどっちがいいとかないんでしょうけど。
ないと思います。
アメリカ的なね。やっぱり失敗しても挑戦していかないといけないとか作り続けるような仕事だったりするんで。
そっちの方がいいなとか性に合うなって思うんですけど。
確かにその不良を作ったらいけないっていうのがねあるとね。
でも不良ができる、不良みたいなものはなんか大体あるよっていう認識があるかないかとかもなんかありそう。
さっきのイタリアの話じゃないけど、なんか読んでたらそういうところもあったんですよ。
36:02
なんかもう例えば人間は間違いを起こす生き物であるっていう前提でそういう物事が進んでるみたいな感じですね。
なんかその前提があるっていいですよね。
そう、なんかそれはねすごくなんかいいなと思いましたね。
自分からこのハズレ値を作っていくっていうか。
なんかだから初めに戻っていくとやっぱりその余白?余白が優しさっておっしゃってましたけど岡田さんの話では。
やっぱりそのほんとに余白の部分ですよね。なんか余りの部分っていうかね。
そういうことをなんか設計をできる社会構造?みたいなものとか。
ただまあ個々に俗人的にそれをなんか理解して、それをどう扱いますかとか、その共有自体ができてるっていうこともなんか大事なのかとかは。
あと体験しに行くしかもうないんじゃないかとか。
そういうことが自然にできる社会はもうとても優しい社会になるかもしれないですね。
優しいですね。
なんか社会の話になっちゃってきたけどでもなんかそういうのはすごく求めてる気がします自分も。
山下が求めてるんですね。
そういう社会みたいなものをなんかちょっと求めてるかもしれない。
いやーそれね僕も。
そうでしょ。
なんかこれなんかねやっぱりなんかそこは多分共通してるっていうかね。
そうですね。
なんか多分なんかほら生きさみたいなものっていうかを感じたことがある人とか、
なんかそういう人って多分なんかそれを求めてることが、まあ1回でもそういうことを思ったことがある人はっていうかね。
なんかあるような気がしますよね。
多様性みたいな話もそうだし、例えば障害者の方がもっとどんどん社会に支援していく話とかですね。
なんかそれで言うとなんか自分の中でなんか良いとか悪いとかっていうなんか価値基準みたいなやつをやめてもいいのかなっていう気がちょっとしてて、
なんかねこの間そういう話をちょっとしてたときに自分がねそのクリエイティブ職でっていうところでやったときに、
まあやっぱり上手い下手とかっていうのが例えばデザインとかでもあったりするんですよね。
まあそれは多分なんかこう技術的なお話だったりとか、もうちょっとね線がまっすぐ引けるとか引けないとかみたいな話の中で絵が上手いとか下手いとか。
ただなんかそのある技術点を超えたときにもうなんていうかそこになんかあんまりこう評論がいらないんじゃないかみたいなね。
だから自分はそのなんかすごいそのクオリティが高いとか低いとかそういったことになんか結構こだわりが強かったんですよねずっと。
なんかそれのせいで自分がなんかこう伸び伸びなんかやれてないんじゃないかみたいな話が人から言われて、
あんまりこだわりすぎてほら例えばこうこれ完成してるしないと出せないみたいなねこのクオリティ出せないっていうのがあまりにも強すぎると、
結局強すぎる、まあそれはいいことなのかもしれないけど強すぎることで世に出せないっていうかそのままなんならもう終わっちゃうみたいな。
39:01
どこまですればいいのかわからないみたいな。
そのいいか悪いかなんていうところの人それぞれじゃないですか。
だからそのもうある一定以上いったときに自分が思ってるそのちょっと違うようなものに対してとかねクオリティが低いと思っているものに対して、
もうクオリティがある程度その技術的レベルが達してて違いがあるっていうのをクオリティとかっていうのとクオリティ捉えなかった。
そしたらなんかどれもなんかこう自分が思ってる好き嫌いと違うけど、
まあ別にいいと思う人もいるじゃないみたいな風に捉えれるんじゃないかみたいなね話があって、
だからもうその好きとか嫌いぐらいの判断で捉えることができたら、
そしたらそのもう不良品だとか良品だとかっていうことじゃなくて個性みたいなものを認めるっていうかね、
そういう風に考えれるんじゃないかなっていう風に。
言い悪いがあるっていう前提があるとすれば、
なんか何かしらの価値基準、尺度っていうのが明確にあるっていう状態が言い悪いは分別しやすくなりますよね。
そこがない状態ってなるとそこが一気に崩れてなくなりますし、
何がいいとか悪いとかじゃなくてどれもいいよってなりやすく。
なりますよね。
なりますね。
そういう世界がもしかしたら。
なんか来るかもしれないというか。
なんかそれはちょっとアート的かもしれないんですけど考えられる、
個性を尊重するというか個性を見るというかね。
それってなんかすごい面白いなと。
まあそれでまとまっていくのかとかっていうのはちょっとまた違う話かもしれないんですけど。
そうですね。
でもなんかまあ認めれますよね。
やっぱちょっとカオスに近づいてきますね、宮川さんは。
ほんとっすね。
一つのカオスですね。
うん。
基準がないっていう状況は。
そう、だからそれでも別にいいじゃんって思っちゃうんでしょうね。
うん、むしろいいじゃんっていうかそれがいいって思っちゃうんでしょうね。
あ、そうそうそうですよ。
ほんとそうなんですよ。
やっぱ気づきました。
なんでしょうね。
だからやっぱなんか難しいような気もするんだけど。
なんかこないだなんかねこうロゴマークみたいなデザインして。
うん。
で、その多様性みたいなものをなんか持たせたいなってイメージしてたんですよね。
うん。
で、形はもう決めたんだけどこれって。
で、なんか普通なんかほらこうコーポレートカラーみたいなシンボルカラーみたいなやつがこの赤です。
はいはい。
それをあえてなんでもいいですみたいに定義してみたんですよね。
で、それが多様性って。
でもこの時は黄色でもいいしこの時は赤でもいい。
形は一緒だからっていうふうに定義したんでデザインしたんですけど。
そういうデザインにしたんですけど。
もう今言ったみたいにまさになんでもいいみたいなのを受け入れる。
まあ自分はですね、いいかなと思ってすごいいいなって思ってるんだけど、全然伝わらない。
黄色なのか赤なのか分かんないっていうか。
いや、分かんないですね。
ね。ほんとは絞っていかないといけないのにっていう。
ただその文脈が分かってればこれも理解できる話ですよね。
42:01
そうか。だから宮川さんはデザインを作りたいんじゃなくてなんかカオスな文脈を作りたいんですよね。
カオスになる、そうですね。それはちょっとカオスじゃない、自分の中でもカオスではもはやないんですけど。
文脈みたいなやつを作りたいなかもしれないですね。
考え方みたいな。
そうですよね。世界観とか文脈のデザインをしたいですよね。
そうです。
デザイナーの位置が違いますよね。
文脈デザイナー。
物事を作っていくデザイナーじゃないですね。
確かに。コンテキストデザイナー。
なんすか、そんなのあるんですか。
なんか聞いたことありますよ。あれじゃないですか、タクラムレディオの渡辺幸太郎さんとか言ってた気がする。
コンテキスト。
コンテキストデザイナーと。
それとかコンセプトデザインみたいなのはすごく好きです。
そっか。だから世界観作る人なんですね。
世界観が好きなんですね。僕はじゃあ。
そうですね。世界観をデザインする人。世界観作りたい人は宮川さんに相談するといいかもしれないですね。
そうね。
ちょっとカオス寄りが好きな。
でもね、世界観的なものは作りますよ。仕事で作ってると思います。
で、なんか自分のまたなんか良くない話とかじゃないんですけど、やりすぎちゃうみたいな。
なんかね、ちょっとしたものを作ってくださいって頼まれる時も、頼まれないのに世界観まで作ろうとしちゃう。
癖がある。
ついつい作っちゃうんですね。
ついつい作っちゃうんですよ。
才能ですね、それ。
才能なんですかね。
普通そんなことみんな考えてないですよ。作ってって言われたものを作って返すだけですから。
ああ、そうなんだ。
うん。人によってはもうなんかもうそれが仕事って思って割り切っちゃってる人って普通にいますからね。
だからそんな世界観とか文脈とかっていうところまで考えてない人いっぱいいますよ。
そうっすか。
うん。
だから自分はどっちかというとそっちがないと、なんか発生することが定義できない、デザインとかが定義できないってやっぱ思っちゃうんで。
だからそれすごくなんか大事に思ってるのかもしれないです。
ね。
その文脈とか世界観。
むしろそれがないとやれないっていう感じかもしれないですね。
ほんとっすね。
ドントじゃなくてキャントぐらいのレベルですよ。
いや、ほんとそうですよ。なんかすごい最後っぽくなってきてるのになんかめちゃくちゃ大きい気づきをまた与えてくれるじゃないですか。
違う。
スペース。
スペース。
スペーシー。
スペーシー。
レンタルスペースのアプリみたいな。
スペーシー岡田さん、スペーシー岡田さんやっぱすごいっすね。急になんか来ましたね。
知らないもん、適当に言ってただけだから。
僕何か気づかせようとか全く思ってないし。
いやいや、でもなんかいや、ほら、それは気づいた本人の問題なんで。
そうですね。
気づきがいただけました。
勝手に何かが起きたんですね。
起きた、起きた、発動した。
あ、そうですね。
いやそうですよ。だからなんか名前変えようかな、なんとか世界観みたいな。
なんかそういう人いたな、なんか。
なんとか世界観。
世界観。
うん、いや世界観ですね。でもほんとそうですよ。
なんか世界観っていう言葉が昔なんかあんまり理解できてなくて、なんか世界観って何だろうってずっと思ってたんですよ。
45:03
でも今はやっぱなんかちょっと理解できるようになったんですけど、
だからまあそれもそんな理解できなかったことがそんな好きだったんだって今思ってちょっとびっくりしましたけどね。
でもむしろそこがないと困るぐらいに思ってたってことですね。
困りますね。だからやっぱなんかこう前回の時からの話だけど頭の中がやっぱ一番面白いって言ってたっていうかその言語化する前ですね。
やっぱそれがなんか世界観っぽいですよね。感じてることとか直感的なこととか。
そうですね。物事じゃなくってなんか頭の中で何か起きてる感じですね。
そうそう、とか感じ方とかね。
で、それの共有っていうところがさっき言った言語化だったり非言語化だったりして、いろんなことを通したりそれが共有されていくっていうことが優しさとか文脈理解につながっていくんですよね。
で、僕の場合はそれはやっぱデザインっていうか形の落とし方とか文字にしたりとか何とかっていうのをするのがなんか面白いなと思ってるのかもしれないですね。
そうですね。その手段をいろいろ最大化して伝えられる人に伝えて共有していくっていうことがもしかしたらその文脈理解に一番役立つのかもしれない。
その手段がもろもろいっぱいあるみたいな。
そうそうそうそう。
展示でもオッケーだし。
そうなんですよ。だから。
音でもオッケーだし。
だから多分やっぱりいろんな手法をやるんですよね。この間も面白かったのがAIと詩を書いたんですよ。匂いのフレグランスのデザインみたいなパッケージのデザインみたいな話をやってて。
どんなデザインにしようかなと思って。匂いってすごい抽象的じゃないですか。
確かに。
だから抽象的な絵みたいなものをはじめこう書いてたんだけど、なんだろうなーと思って、物語みたいなのを書き出して、字を書いてたのがはじめ。字がいっぱいかーって書いてあるのも面白いなーと思って。
その匂いをイメージする言葉をパーって羅列してたんですよ。はじめ。
例えばさわやかさとか森の香りとかね、そういうのが。だからなんか急に、これなんかもう、この匂いがする世界みたいなやつを詩で書いたらどうなるんだろうってぽっと思いついて。
で、なんかチャットGPTにはじめ匂いっぽい言葉を出してみてくださいってはじめ遊んでて、で詩を書こうと思ったから、詩を書いたらどうなるんだって詩を書くようなイメージをチャットGPTで会話したんですよね。
で、どんどんどんどんできてきて、それをまた最後に自分で自分なりの言葉に変えたりして、こうブワーって書いたんですけど、それめちゃくちゃ面白くて。
で、まさにその言葉で何か匂いを表現するみたいな感じだったんですよね。匂いの世界観。なんかそういうのもいいなーとか思います。
確かに。なんか絶対表せないだろうなっていう方向でその世界観を作るっていうのも一つの世界観ですね。
そうそうそう。面白いですね。
そんな切り口でこういう世界を見るみたいな。
そうそうそう。
もしかしたら視点のなんか多さみたいなところに関係してくるかもしれないですね。
あーそうかもしれないですね。だからなんかAI使って、こんなになんかもっとやること広げれるんだっていう可能性をちょっと感じたことでもありましたし、
なんか結構悲観的にそのクリエイティブ系の人ってやっぱりなんか捉えられてるのが多いと思うんですよね。もうなんか絵も勝手に描いちゃうからもういいやとかね。
48:08
でもなんかこうやっぱり共作していくっていうところでAIとなんかこう向き合って、なんかそういう世界観を広げていくとかっていうことができるっていうのをちょっと気づいたのはすごい大きかったし、なんかいいなーって思ったんですけどね。
優しさとは何の関係もない話だったかもしれないんですけど。
いや、なんかその世界観を作るっていうことじゃないですか。
そうですね。
みたいな。
そうですね。
理解するっていう。
理解しにいくみたいな心ですかね。
まあそんなこんなでそろそろにしておきますか。
そうですね。
すごい無理矢理持ってきましたけど。
でもなんか次回のなんかほらあれも出ましたよね。さっき何でしたっけ次回の。
お金?
お金ですね。
お金っていうのがどういうものなのか。
話していきたいですね。
お金ってね。
お金とは。
ちょっとなんかたまにはね、なんか成り立ちとかも調べたりして情報を少し喋ってみてもいいかもしれないですけどね。
なるほど。
まあね、岡田さんがいつもなんかいろいろ白色なんで詳しいじゃないですか。
ほぼコテンラジオから流れてきました。しかもお金の歴史も多分やってると思うわ。
そうなんだ。
いろんな歴史やってますよ。なんか性の歴史とか、男性女性の性とかどういう歴史があったのか。
じゃあこれコテンラジオの急になんか宣伝になっちゃいましたけど。
面白いですね。
またのパクリというかもしれないですね。
確かに。
まあでもなんか多分ちょっと違う形で僕たちは多分喋るんだと思うんで。
しかも僕らの世界観でのお金とは。
そうですよね。うんうん。なんかそれに共感できる人がね、なんかまたいると面白いなって思います。
あ、そうそう。それでね、今日最後なんですけど、ほら。
ちょっとツイッター立ち上げようって言ってたんですけど。
この後ね、ちょっとツイッターも立ち上げしましょう。
そしてなんかコメントっていうか、交流したいなって僕思ってるんですよ。
なんかこう意外と聞いてる方がいらっしゃるっていうことでランキングもなんかね一時期9位でしたっけ。
あ、哲学ランキングですね。
哲学ランキングでね。
これポッドキャストのランキング。
上がってたりとかしてたから、結構聞いていただいてるっていうのはありがたいことですね。
ありがたいですね。
でなんかちょっと番組のなんかステッカーとか作ろうかなと思ってて。
田森クラブ的な。
いやいやあの無料でね。
無料で上げる。
そうそう。
上げたいんですけど、なんかこう上げたいから買えてくるってわけじゃないんだけど。
なんかこうほら交流したいんで。
あ、そっか、交流したいんです。
そう、意見とかこのほらこの聞いてどうだとか。
こんな話を聞く人がそんなに本当にいるんだろうかみたいなこともあるし、聞いた人何思ってるんだろうってもうちょっと興味ある。
確かに。
だからツイッターとかでそういう話とか聞いてくれたりとか、ポッドキャストのコメント欄とかに書いてくれたら、なんかこう別途でこう連絡して、あのステッカーをプレゼントしたりとかしたいなとかね。
いいですね。
そう、ひまじんラジオのあのロゴがなんか意外とかわいくできたんで、なんかグッズ作りたいなとかちょっと思ってたからですね。
愛着があるんですね。
51:00
そうそう、だからみんなになんかほら、なんかもらってほしいっていうか。
そうですね。
うん、この世界を張ってほしい。
車とかに。
車とかに張ってほしいですね。
だからなんか。
いいですね。
うん、またねできたらじゃあツイッターとかも作って、そこになんか皆さんと交流できる場ができてくるといいなと。
いいですね。
なんかそういうのも、初回話したその緩やかなコミュニティみたいな感じで交流できて、それがまたなんか優しい世界観作れたらまたいいかなと。
いいですよね。
ちょっと無理矢理つなげてきましたけど。
いやいやいや、全然もうそういう。
最後は次回のオカになればいいなみたいな。
そういう、そういう番組じゃない。
確かにね。
いやいや、なんかだんだんなんかテクニックがなんかね巧妙になってきましたね。
怪しい、怪しくなってきて。
怪しい。
そしてもう全部言っちゃうところが岡田さんっぽいですよね。
全部言いますね。
全然やらないし。
詐欺師、詐欺師じゃないですね。
詐欺師じゃないですね。
スペーシー。
スペーシー。
スペーシー。
スペーシー。
じゃあスペーシー岡田さんとピーター宮川がですね、お送りしました。
今日も暇なお話をお届けしました。
マジンラジオ括弧からですね。
これで終了していきたいなと思います。
はい、ありがとうございました。
はい、ありがとうございました。
52:08

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