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朝倉一五〇、田中幸太郎、洋画家の橋田倉司くんの話であるが、橋田くんは少年の頃、阿川郡の広岡村へ使いに行って、日が暮れてから帰ってきたが、途中に荒倉という山坂があって、
そこには鬼火が出るとか、狸がいるとか言うので、少年の橋田くんは気味が悪かった。橋田くんはその時、自転車に乗っていた。やがて、荒倉の麓へ来たので、自転車を降りて、それを押し押し上がって行ったが、暗くはなるし、人っ子一人通らないので、ひどく寂しかった。
そして、やっとの思いで峠へたどり着いた。峠には一軒の茶店があって、門口に蝶鎮をつけた一台の人力車がいたが、それには朝倉一五〇としてあった。朝倉一五〇の蝶鎮を持っているからには、朝倉のシャフであろう。
とにかく一休みしようと思って茶店の入り口へ行った。すると、そばから声がした。
「兄さん、どうせ乗って行きや。」どうせ乗って行きやということは、変な言い回しであった。橋田くんは嫌な気がした。そこで、うん、と言ったきりで、茶店へ寄ることも良して、そのまま自転車に飛び乗って坂道を駆け下りた。
かなり勾配のある坂道であるから、自転車はスースーと滑って行った。そして中頃まで行ったところで、あとから一台の人力車が来て、橋田くんの自転車を駆け抜けて走ったが、少しも輪立ちの音を立てなかった。橋田くんはどうした車だろうと思って目をやった。車には朝倉一五〇の蝶鎮がついていた。
橋田くんは目を見張った。一生懸命に駆け下りている自転車を、あれからすぐ追っかけて来たところで、人間技では駆け抜けることはできない。橋田くんはちょっと変に思った。やがて、ふもとへ降りて、道が二つに分かれたところへ行った。道を左に行けば、朝倉連帯に行くようになっていた。
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と見ると、地の底からでも出てきたように、そこへ一台の人力車が来て、朝倉連帯の方へ行く道へ折れて行った。橋田くんは、親?と思ってそれに目をやった。その車にも朝倉一五〇の蝶鎮がついていた。
