1. グッドバイブス ミッドナイト楽座
  2. 094 もっと楽に助けてもらえる..
2023-03-13 49:04

094 もっと楽に助けてもらえるように「すみません!」と言うのをやめる

バラバラ意識にいる私たちは、人を助けることは損で、助けられることは恥だと考えるようになりました。この窮屈な世界から抜け出せるように、今日は「他の人のために何かをするとしあわせを感じる」という私たちの本性について話しています。番組でお知らせした「いまここのボイストレーニング」のお申し込みはこちら→ https://goodvibes20230318.peatix.com

00:00
GOOD VIBES ミッドナイトラクザ by 倉様圭佐
こんばんは。ただいま3月13日月曜日の午前2時30分です。
昨日ですね、あの例のジャジンワークをやってきましてね、会場はまた相変わらず南大沢だったんですが、
しかも今回はですね、会議室が取れなくてね、障害学習センターっていうところはね、いろんな施設っていうかね、いろんな部屋がありましてね、
普通の会議室が4つに、それからダンスをやるフロアっていうのかな、バレーとかね、フラダンスとかね、土曜日もやってましたけども、
確かね、1月の最初かな、まだお正月あたりに初めてやった時はね、このダンスホールでやったんですけどもね、
なんと関西の方が親子で駆けつけてくれたんですけどね、ここには。
今回もそういう会議室じゃなくて、今回は木工室だったんですよ。木工室じゃないな、なんかこう木工だけじゃないですね。
焼き物のろくろとかね、釉薬とかそういうのが置いてあるような、要は工作室っていうのかな、昔の小学校でいうと技術室みたいな感じですかね。
とにかく木作りのテーブルがどんどんあって、普段そこで焼き物とかやってるんでね、テーブルの上に粘土の粉とかがこびりついてましてね、
今回も一人、長風の方がね、長風なんで長風は近いんですよ、長風だとしたらもう南大沢20分くらいでね、
下手すると都心に出るよりも早く着くような感じで来ていただきましてね、その方も2台パソコンを持ってこられたんですけども、
両方ともですね、この粘土の粉でまみれて、私もマックのね、革のケースに入れてるんですけど、マックブックプロをね、その革のケースが真っ白になりましたけどね、
まあそんな感じに、そんな環境の中でやったんですけども、本当にね、たくさんの方が来ていただきましてね、多分過去最高の人数だったんじゃないですかね。
やればやるほど人が増えていくっていうのは本当にね、このイベントをやる身としては嬉しいものでね、毎回毎回先細りになっていくんじゃないかという恐れや不安の中ね、
まあ何とかやってるんですけども、とてもたくさんの方に集まっていただいて本当にありがとうございます。
前回毎回あれなんですよ、終わる30分前にね、それぞれ一人ずつ短い感想みたいなのをいただくレビューのコーナーがありましてね、
今日一日どうでしたかっていう、まあそこで色々質問とかも受けたりするんだけど、前回まではなんとなくその、まあこの番組でもね、お話ししたようにこの静かなこの水辺というかね、
03:08
広範の近くでこう仕事をしているような気持ちよさみたいなそんな感じの感想が多かったんだけど、今回はなんとですね、なんかジャジワークとは何かが分かりましたみたいなね、
僕もいまいちよく分かってないんだけど、参加されている方の方がね、先にこう分かったっていうふうにおっしゃっていただいて、何ですかって聞いたら、ここはみんな一つなんですねみたいなことをおっしゃっていただいてね、
まあこれも一つという言葉はね、色々誤解を生みやすい言葉なんですが、基本的にはこの6時間何も強要しないし、自由自在に動けるというね、ルールもほとんどないんですね、
まあジャジワークの作法だけ最初にお伝えしてね、7つあるんですけど、こんな感じで動きましょうよっていうね、まあ提案、私からそのぐらいなんですよ、
それも別にその人がそれをやってようとやっていまいとね、見て分かるようなもんじゃないんで、全然どっちでもいいわけですね、
である人は途中で30分で回すとか言って髪を取ったりね、ある人は家族に買い物頼まれたんでこれから出てきますとか言って急にいなくなったりとか、
まあズームは繋いだまんまいなくなるんですけどね、まあそんな本当に本当に思い思いのこと、まあ昨日はね確定申告をやっている方が2人くらいいらっしゃいましたけど、
まあそういうことをね思い思いやって、だから別に縛りも何もないので、この何かを強制しながら一つになるということではなくてね、多分何かの思いが共通しているんでしょうね、
多分この場を良くしたいとかね、この場を心地よくしたいという思いが働くのかなというそんな感じがしますね、
であの途中いつでもねこの発言していいということになっていて、みんながこう仕事している間、すいませんちょっと質問なんですけどとかっていう喋りかけもねOKになっているんですね、
でもしそれが邪魔であればヘッドホン外すかボリューム絞ってくださいみたいなことをお伝えしてあるので、だからまあある意味そのまさにね私がそのいつも目指しているこのホームの機能というかね、
安全安心信頼というかここだったら大抵のことはね大丈夫なんだよね、なんか気遣ってこれやっちゃいけないとかああいうふうにしちゃいけないとかそういうことで何かこう自分をねいつもいつもこう厳しい目で評価されているそんな場ではないんだよねっていうようなね、
多分そんな思いが一つになっているっていう、これを何人かの方がね一人お一人だけじゃなくてあの言っていただいてね、ああそういうことなのかというね多分これは多分主催者側がねいう話じゃないんでしょうね、ここは皆さん一つになる場なのでみたいなことを言ってしまったらもう台無しでね、
そのように言わずとも参加されている方がそのように感じていただけたというのがね何よりも私の幸せですね、そして今日はですねこのグッドバイブスじゃない、ジャジンワークか、ジャジンワークの中にさっき言ったその7つの作法というね私が提案している項目があって、
06:11
でその一つがギフトモードってやつなんですね、でこれもこの番組で何度も多分お話ししていると思うし、あの4月のね9日から第8期が始まるこの書き上げ塾でも基本はこのモードで書きましょうって、これはもう本当毎回毎回ね、
まあ口を酸っぱくするっていうのは言い方ではないんですけども、私がこだわってねお伝えしている、何かあったら何か詰まった時はギフトモードに戻るっていうね、ここはまさにそのある意味ホームにしているわけですね、ホームポジション、なんかうまく書けなくなったな行き詰まったなって時はちょっとギフトモードに戻ってみましょう、
でこれは要は簡単に言うと大切な人を一人思い浮かべてね、その人に自分が手作りのプレゼントをするとしたらどんな感じで作るかなっていうこのねまさにイマジネーションなんですけどね、まあでも僕らは一度や二度はねこれをやったことがあるはずです、
特に子供の頃とかね、なんかよくわかんないけどこのよくドラマとかであるじゃないですか、このお父さんが例えばスポーツ選手で金メダル取れなかったと、その時子供がですね工作の時間に画用紙とか折り紙とかでね金色の折り紙使って手作りのメダルを手渡すみたいな、
まあそこまで大げさというかドラマチックではないにしてもなんか一つや二つぐらいはね、家族なのか親なのかもしくは友達なのかね、もしくは大好きなパートナー、子供でパートナーって言うのも変ですけどもね、その時付き合ってる相手とかねそういう人たちに送ったことはまあない人もいるでしょうけどなんとなくあれはそうかなみたいなね思い当たる節は一つや二つあると思うんですね、
この感じを持ってすべての行動をこのギフトのように行うということです。
だから例えば書き上げ塾では必ずその誰かのために大切な人をね一人思い浮かべるというこの相手、つまり読者ですね、この読者の代表というのを一人決めておくわけです。
これをねバイネーム、名前付きでこういう人っていうその読者像ではなくてね、その代表として例えば私の友人の今職場で隣で働いてこういうことに悩んでいる英子さんみたいなねこんな感じの読者を一人決めておくわけです。
まあもちろんこれは書いてもいいんですけどね書いてる途中でちょっとこの人だと書きにくくなったとかね、あとなんかよくあるのよくあったのがなんか最初はこの人いいなと思ってたんだけどなんか疎遠になってきたとかねあんまり最近仲良くないんですよねとかねそういうので変更はありなんですよ。
でも必ずいつもいつも一人を思い浮かべておく。
そうするとその人に今向けて書いてるんだよなっていうねまあこれでいわゆるギフトの思いというのがそこに乗るし、これはあの執筆の場合はねちょっとまた別の言葉選びとかねこの難しい言葉を使おうとしてるんだけどこれはこの人に向けて書いて大丈夫かなみたいなね。
09:10
これは僕は雑誌を作っている時に学んだというかマスターしたやり方なんですね。
読者層というのをイメージして僕のやってた雑誌はIT雑誌だったんでね。
専門用語とかアプリの使い方をどのくらいまで説明するかとかね。
ブラウザーはもう立ち上げてでいいのかそれともまだまだそのブラウザーというものにね使い慣れていない時代だったんでホームページを閲覧するアプリブラウザーというのがありますと。
Windowsではデスクトップのこの辺りにあるのでそれを開いてくださいみたいなそこまで説明する必要があるのか。
これはどちらなのかっていうと読者を決めないとこの書き方も決まらないんですね。
だから一応この自分の雑誌が想定している読者層というのをねしっかりと頭に思い浮かべる。
でもこの時に層で思い浮かべるとちょっとブレるのでだいたい僕らの場合は編集部で決めてましたね。
この人っていうねNさんとかよく今名前が浮かんだんだけどそんなにそれほどバリバリに詳しいわけじゃない。
でも日頃仕事でインターネットは使ってるっていうねパソコンも使いこなせてる。
この人をいつもターゲットにしようみたいなことを仮想の読者として決めてたんですよね。
これが非常に分かりやすい。議論にならないんですよ。
これMさん分かるって呼べばいいんですよ。
したらこれだと分からないなって言われたらもう編集者は書き直さなきゃいけないっていうそういう感じ。
本当に分かりやすいね。本人がそこにいますからね。
だからそのギフトモードっていうのはね一つはまずその思いが乗るってこれが重要なんですね。
思いが乗ると行動と思いこれが一致して。
そして動きながらその報酬が得られるっていうね。
これもこの番組で以前お話しした話なんだけども。
それとともにどこまでやればいいかとかね。
どこまで作り込めばいいかとかっていうのもこの相手がいることによっていろんなことが教えてもらえるんですね。
しかももう一つこれがすごいんですけどもギフトというのはねだいたい期限があるんですよ。
誕生日とか結婚記念日とかね。もしくは何かのパーティーお祝いとかね。
そこに間に合わないとほとんど価値を失ってしまうので。
特にね結婚記念日なんてもう翌日とか翌週になったら何やってんだって話になるんで。
ここをこの結構いいものを作ろうとするね。
この意思をしっかりと発揮しながらゆっくり丁寧にねギフトですからね。
作りながらもちゃんと期限に間に合わせるっていう。
僕らが持っているね。私が思うに本来持っている能力というのかな。
そういうパフォーマンス、ポテンシャル感。
これを最大限に発揮できるという意味で私はお勧めしているわけね。
12:00
このギフトモードをやろうとするとですね。
どうしてもちょっとしたね僕らの中にざらつきというかね。
戸惑いというか今言ったような感じでちょっとギフトを受け取れないよねっていう。
そういう感覚が実はあったりするんですね。
これもよくそのギフトモードの話をする時には質問に上がることなんですよ。
なんで僕らはこの素直にねギフトモードになれないのか。
あるいはなんかギフトモードと言われるとすんごい嫌な感じがするっていう。
そういう方も少なくないと思います。
でもこれはね面白くてね。
今日ちょうど私はまた池袋の東京劇場でワントレをやってきたんですけどね。
このお相手というのはちょっと詳しくはお話しできないんだけど。
誰もが知る一部上場企業とても大きな組織会社ですね。
そこにお勤めで。
もう私より3つ下。
だからそろそろもうこの定年間近というね。
それなりの地位にいらっしゃる方がですね。
時々私のワントレを受けてくださって。
その方がね。
今日もしみじみと倉園さんと園さんとおっしゃるんですけどね。
ギフトモードやっぱりやばいですねっていう話をしてくださるんですね。
その方はもう本当にバリバリ大企業で働いてるんで。
このギフトモードの反対をですね。
バトルモードと呼ぶんですよ。
僕はあんまりこのギフトモードの反対を使うことはないんだけどね。
やっぱりそのうちの会社なんてね。
基本的にはもうどこもここもどこもかしくもバトルなんですよ。
バトルモードなんですよと。
ギフトモードなんてぬるいことを言ってる場合じゃないよっていう雰囲気はあるんだけども。
でもやっぱり最近僕はこのギフトモードいけるなっていう。
そういう感触を得てるんですよね。
みたいな話をしてくれてね。
要はその方はですね。
昨年から子会社を作られて。
子会社を任されてか。
そこで責任のある立場にいるんだけども。
ちょっとですね。
会社から離れて出島のようなところにいらっしゃるんですよね。
そうすると面白いことに今この各ね。
様々な企業がやっぱりそのこのバトルモードで成し遂げられなかったことを。
多分だけどギフトモードを意識してるんですけどもね。
もうちょっとそのお客さん大切にしようよみたいなそんな感じなんですよ。
でそれをまたこの同じようにね。
子会社みたいなグループ会社みたいなのを作って。
新しいビジネスを立ち上げるみたいな試みを。
まあいろんな大企業がやってるらしいんですよね。
そうすると情報交換の場みたいな感じで。
そういう人たちが集まると。
そうするとまさにこの出島にですね。
出島仲間が集まるらしいんですよ。
そこでやっぱり交わされる話というのがね。
若い人が中心らしいんですけども。
どうも最近このギフトに寄ってると。
これは良い流れだと思いますね。
みたいなお話を今日してくれてね。
だから僕もなんとなくそのそうだな。
15:00
3年前このGOOD VIBESの本を出した頃はね。
まさにあのね。
ジョン・レロンのイマジンじゃないけど。
You may say I'm a dreamerっていうね。
お前それ夢追い人だよみたいなね。
お前そんな楽観的な夢見てていいのかよみたいな。
そんな感じをねちょっとこう。
まあそれは不安なのかな。
抱いてはいたんですけどもね。
それから3年経ち。
4年経つのか。
もう今年でね。
4年経った今日ね。
その方のお話も伺いながらね。
いやいやいやなんかこのギフトモードって。
多分トレンディーだよねっていう。
そんな感じはちょっとあるんですよね。
なんか流れがそれようになってきてる。
多分バトルモードが行き詰まってるんでしょうね。
普通に考えてもね。
なんかお客さん喜ばせるものを作ろうとしている。
その職場がね。
このバトルモードで繰り広げられているっていうのは。
どう考えても目的と手段が一致してないですよね。
だからまあそのような流れはあるんだろうなと感じながらも。
さっき言ったように。
どうもここにやっぱり乗り切れないというかね。
違和感というかなんか嫌な感じ。
ざわつきがあるっていう。
ざらつきがあるという。
ここの話をねちょっと今日はしたくてね。
なぜそうなるのか。
どうすればいいのかっていうね。
まあ要はこれはですね。
僕らのいつもの言葉というかね。
ここからなんとなくこう紐解いていける。
要は例えばですね。
普通にこう生活をしてて。
こうエレベーター乗ろうとしたら。
カッとこう閉まりかける時ってあるじゃないですか。
でああ行かれたと思ったら。
なんと中にいる人がね。
パンとこの開閉ボタンを押してくれて。
どうぞと言って招いてくれる。
こういう時ね。
それからまあ知らない場所に行って。
特に外国とかね。
道を訪ねてみると。
あのなんとかどこでしょうか。
僕なんかよく。
昔その地方で講演をする時にね。
なんとか公民館とか。
なんとか会館とか。
なんとか会議所みたいなところがわかんなくてね。
本当に方向音痴なんで。
まだグーグルマップとかなかった時代は。
本当に人によく道を聞いていたんですよね。
そうするとすごく丁寧に教えてくれる。
あっち行ってこっちだよ。
じゃなくてね。
詳細にそれなりに時間をかけて教えてくれるとかね。
それから例えば。
ビュッフェとかドリンクバーとか。
あるじゃないですか。
食べ放題とかね。
あいうとこで混雑してて。
そのトングを取ろうとしたら。
パッとこうね。
相手も手を出してお見合いをした。
その時に向こうがね。
どうぞお先に。
っていう風に順番を譲ってくれるみたいなね。
つまり何かそういうことをしてもらった時。
僕らはなんというかというと。
すみませんって言うんですね。
これはね私も相当気をつけているんですが。
やっぱり口に出てくるのはすみませんなんですよ。
うん。
これは簡単に言うと謝ってるんですね。
本人そんな自覚はないんですけど。
でも僕らにとってのすみませんというのは。
アイムソーリーですからね。
申し訳ないっていうことを言ってるわけです。
申し訳ありませんって言う時もあるんですけどね。
18:01
メールとかだとあり得ますよね。
なんかすごいこう自分がなんかしてもらって。
大変申し訳ありませんでした。
みたいなことをね。
ついつい書いてしまう。
すみませんと言ってしまう。
これもよくある話なんですよね。
すみませんと言わずにありがとうと言いましょう。
みたいな。
これもよく僕が言っているこの道徳的ななんていうのかな。
あるあるですよね。
あるある。
分かるけどさ別にみたいな。
だからって言ってありがとうとか言うのはわざとらしくね。
みたいなね。
そういう感じもある。
そういう割と使い古された。
よくあるすみませんをありがとうに変えましょう。
みたいな言葉でもあるんですよ。
でも僕はね。
そんなもんじゃないと思うんですよね。
よくその日本人の習慣みたいな風に言われるんだけど。
それは確かにあるのかもしれないけどね。
はっきり言ってその。
米国人はですね。
こういう時絶対にすみませんとは言いませんからね。
ただじゃあなんでこのすみませんが染み付いたのかっていう。
ここが重要なんですよね。
僕はやっぱりこれはいつもお話ししている。
バラバラ一式によるものだという風に予想しているんです。
だから深いんですよねこれね。
このすみませんはとても深いなと思っています。
いろんな僕らがそのバラバラ一式を持って生きているということのね。
そのそれによって何が起こっているのかっていうのはね。
よく表してくれている言葉なんだろうと思うわけです。
まあ要はバラバラ一式というのはね。
僕らがこの体という単位で切り離されてね。
孤立しているってことですよね。
もしそうだとするならば。
それぞれは完全に独立した存在なのでね。
つながっていませんから。
それぞれみんなできるだけ他の人に迷惑をかけないようにね。
まさに自分の責任において。
自力で何でもやらなきゃダメだよっていう。
このコンセンサスがここで取られるわけね。
これがまさにバラバラ一式のコンセンサスなんですよ。
当然ここでは時間や労力。
これは自分のために使うべきでね。
基本的には。
この自分にはちょっとした余地があってね。
わりと家族ぐらいまではね。
一神党二神党ぐらいまでは含まれるんですよ。
だから家族のために使うんだったら私もね。
もう基本的には赤の他人に。
この時間や労力自分のね。
それを費やすのは損だっていう風に捉えられてますよね。
これもあの微妙なところなんですけどね。
そうでもないかなみたいな感じもなくはないんだけど。
どちらによっているかっつったらやっぱり。
時間や労力は自分のために使うべき。
他の人にそれを使うのは損っていう風に考えると。
そんな世界でね。
もし僕がね。
誰かに無償でですよ。
しかも。
報酬があるならまだいいんだけど。
誰かに助けてもらったとしましょう。
そしたら多分僕はね。
この集団とかコミュニティの中で。
組織の中で。
おそらくその僕は劣っていると。
多分そう見なされるっていうその感じがしますよね。
助けてくれって言ってるわけですよ。
そういう意味でね。
他の人たちはみんな。
他の人に迷惑をかけないように。
21:01
自分の責任において自力でやってる。
そんな中僕が助けてもらってる。
これは間違いなく私はどっか劣っているってことになりますよね。
それから当然その集団の中では。
お荷物な感じがしますよね。
まさにさっき迷惑をかけないように言ってたんだけど。
迷惑な感じ。
で、もっと言うと。
そういう人と関わると。
やたらと自分の時間を費やすことになりますよね。
そういう人と関わると。
やたらと自分の時間を費やすことになりますよね。
やたらと自分の時間を費やすことになりそうなので。
あんま近寄らない方がいいよな。
みたいな感じに。
思われてんじゃないかなって。
これ全部自分が考えてる予想ね。
そのように必ず見なされるというのではなくて。
なんか助けてもらうと。
俺は劣っていて。
で、お荷物で。
できれば関わりたくないと思われてしまうんじゃないか。
っていうね。
こういう恐れや不安っていうのを。
多分抱いてるはずなんですよ。
うっすらとね。
それなりに強く抱いてるのかもしれない。
この他にもね。
例えばその。
借りを作ったら返さなきゃいけないんですよ。
この世界っていうのはね。
やっぱり基本は自分でやるんだから。
だから人にこの借りを作った。
まさに私が今言ったような。
助けてもらったとしたら返さなきゃいけないんですよね。
これは一つ。
私たちのね。
この日本には社会の中にその。
お聖母とかお中元とかね。
だいぶなくなりつつあるような気がするんですけどね。
なんか最近で言うと。
あれですね。
バレンタインデーのギリチョコとホワイトデーみたいな関係。
そういえば。
バレンタインデーでね。
隣の席の何々さんから。
ギリチョコなんだけど。
みんなと一緒にチョコレートもらったんでね。
総合のお返しをホワイトデーにしないと。
来年からもうチョコレート俺だけもらえなくなるんじゃないか。
みたいなね。
ありますよね。
これまさに借りを作ったら返さなきゃいけない。
これは僕らにとってもうざいんですよね。
すごくね。
そもそも欲しかったものではないわけで。
なんかこう。
ある意味送りつけられてくる。
みたいな感じですよね。
だからギリチョコもそういう意味ではね。
そういう部分。
そういう印象ありますよね。
普通に仕事してたら。
黒園さんチョコレートどうぞ。
はいみたいな。
来たよホワイトデーお返し決定だよ。
これでみたいなね。
おかずらましいなみたいなのは。
これはもう正直なくはないと思うんですよ。
しかもね。
この借りを作ったら返すってやつはですね。
基本的にやっぱり
等価交換以上でないと許されないですよね。
これはなんていうのかな。
結婚式の引き出物とかはね。
そんなに等価な感じはしないんだけど。
でもまあまあだいたい平均値と。
それなりになんと
見合うものを返さないとね。
失礼に当たるみたいなこともあるじゃないですか。
だからそのお中元を送られたら。
これいくらくらいかなってパッて見てね。
1万くらいってかなと思ったら。
やっぱ少なくとも1万円以上のものを返さないと。
そこで3000円のものを
ほいとこうね。
渡すようではさっき言ったね。
この何ていうのかな。
24:01
その集団の中で
劣っていてお荷物で
関わらない方がいい存在。
みたいな感じになりそうな気がしますよね。
だから僕らにとって
実はこのギフトって
バラバラ意識の中で行うギフト。
つまり他の人に
自分の時間や労力を費やすのは
損という世界で
行われるギフトというのは
結構厳しいですよね。
しかも
そんな感じで
すくらしていると
ギフトを
あげることへの
恐れや不安が募ってきて。
例えば変なものをあげたら
嫌われるんじゃないかとかね。
旅行に行ってお土産買ってこうよ
とか思うんだけど
こんなものに喜ばないよな
みたいなことも考えるね。
そうすると
ある種の儀式、儀礼の中で
何かを贈答するという
プレゼントを選ぶのは
とても憂鬱になりますよね。
そんな風に思っていると
当然だけども
自分も欲しくもないようなものが
ボーンと送られてきたときに
いや、なんかこれもらうの
迷惑だなみたいな感じに
思ってしまいますよね。
もらってしまったらお返しをしなきゃいけない。
お返しはどうかなんだけど
もらったものが全然欲しくないみたいなね。
おそらく
こういうことを繰り返しているうちに
このバラバラ意識の世界なんで
そもそも
原点に変えろよと。
もともと自分のことは自分でやるんだし
貸し借り
借りを作ったら
返さなきゃいけないから
しっかり無しにしませんか
みたいな風に多分なっていきますよね。
こういう世界って
僕はいろんなところで見たことがあるような
気がするんですよ。
ここでなんとか送るのやめにしませんか
みたいなね。
こうやって一つ一つ
風習みたいなものも
消えていくんだろうなと思います。
私もね、こんなことを言いつつ
いつしか年賀状を送らなくなりましたからね。
年賀状やめね
みたいな感じで。
これでなんか
随分と気軽になった感じがするんですよ。
よっしゃよっしゃわかった
もう俺らは一切これから貸し借り無しにしようぜ
みたいなね、この関係
おーなんか気軽になった
これでもうプレゼントの煩わしさから
逃れられるみたいな感じが
しますよね。
でもね、これは僕はね
本当にある意味ね
僕らの短視眼というかね
見えていない。
これはですね
プレゼントの煩わしさ
そこから解放されるっていう
この一面しか見えていないんですね。
気楽だなっていうのは
要は自分が何かをする
ここから救われるよね
ここから逃れられるよねっていうね
この感じ
元々この助けてもらうときに
ちょっと僕らは恐れや不安を感じるのでね
助けてもらうことも
そんなに心地よくないから
当然だけど
助ける方はなんかかなり嫌な感じなので
27:01
もう両方やめようよと
でもこれはね
やっぱりさっき言ったように
自分が助けることの煩わしさから
解放されるという一面しか
やっぱり見えていないんですよ。
でもこれは残念なことにね
僕らは必ず
誰かの助けが必要な時が来るんですよ。
これはもう実は
日々起こってるんですね。
なんか特別な事情があるとかね
体を壊していけなくなるとか
会社に行けなくなるとか
大事件じゃないんですよ。
実は毎日毎日毎秒毎秒
本当は助けてもらった方がいいっていう時は
来ているんですね。
これは会社だけでなく
多分家庭とかでもそうだと思います。
このパートナーの間でね
この人に今助けてもらえたらどんなに楽だろうか
って感じる場面がきっと多々あるんですよ。
でも僕らはね
貸し借りなしって今
決めてしまったんでね
ものすごく頼みにくいですよね。
貸し借りなしとか決めなくても
さっき言ったようにね
誰かに無償で助けてもらう
この恐れや不安というのは当然抱いている。
そんな中でも貸し借りなし
みたいな感じで割り切ってしまうと
さらに頼めなくなりますよね。
こうして僕らは
どんな結果に
導かれるかというと
例えばですね
これもよく聞くんだけど
貰う給料の2倍も働かなきゃいけない
とかって思ってしまったりね。
これはつまりさっきの
貸し借りなしと同じですね。
もしそのお前給料の分働いてないぞって言われたら
それは借りを作ってるってことになりますからね。
この雇い主に。
だから少なくとも
俺はここで働いていて
あんた達に代わりは作ってないよ。
なぜならばいつも給料の2倍は働いてるじゃん
っていう風にね
こんな風に言えたら
さっきの恐れや不安から逃れられますよね。
このためにすごい一生懸命働いてしまう。
あるいは家ではね
自分の時間を確保したいから
なるべく家族の時間を奪わないようにする
みたいな工夫というのがね
ある種の戦略防御なんですよね。
だからつまり
家族にこれをやってほしいと頼むと
その家族の時間を僕は奪ったことになると
そうするともしかして
自分の時間が来て
さあこっから好きなことやるぞって言った時に
家族がなんか言われた時に
断れなくなるっていうね。
うん。
なんかこういうところに導かれていくわけね。
どうもこの最後の結末というのがね
この給料の2倍働くとかね
自分の時間を確保したいから
家族の時間を使わないようにするとか
奪わないようにするとかっていう
あんまり得してるようには思えないところにね
僕らは行ってるような気がするんですよね。
こうして僕らはいつしか
何かをしてもらった時には
すみませんっていう風に
言うようになったってことですね。
まあつまり
自分とこの世界をそのように見ている
そういう世界の中に
僕らは生きているっていうね
このように見ている時に
他の人の手を少しでも
煩わせたと感じた瞬間ね
これはもう反射ですよね。
反射のように恐れや不安を抱いて
すみませんって言ってしまうんですね。
30:01
条件反射かな。
うん。
で私は緑の本
ゴッドバイブスご機嫌な仕事で書いたように
ここは大きく見誤ってると
うん。
自分とこの世界ね。
どういうことかというと
多分ね
バラバラ意識にいる時は
全く気づかずにいると思うんですね。
だからちょっと厄介なんですけど
でも実は僕らはね
他の人のために
何かをすると
幸せを感じるっていうね
こういう立ちを持った生き物だと
僕は思ってるんですよ。
なぜかというと
それを感じたことが僕はあるからなんですね。
あるんですよ。
そしておそらく
他の人はあるでしょうけどね
いやずいぶんとそんなこと感じたことはないよ
っていう人もいるとは思うんですが
でも一度や二度は
他の人のために何かをすると
幸せを感じるっていうね
この感覚は味わったことがあるはずなんです。
これは緑の本にも書きましたけどね
あの東日本大震災の時に
ああそうだ
まさにこの3.11だからね
一昨日だったんですよねきっと。
この時にどれだけ
そういうその思いにね
評価されて
何かをした人がいたかっていうね
ここがなしにはね
多分僕らはあんな風には
動くことはできないんですよね
ここにもなんかね褒められたいからだろうとかね
評価されたいからだろうとかね
自己満足だろうとか
っていう穿った見方はあるんだけど
決してねそんな動機だけで
動いていたわけじゃないというね
そういう方も絶対にいらっしゃると
僕は思います。
他の人のために何かをすると
幸せを感じるこれが
僕らの本質だと私は思っているわけですね
しかももう一つ
それだけではなくてね
この世界には与えた瞬間に与えられる
というね驚きの法則が
働いているんです
これはどこかでねお話ししましたね
番組でねそこでちょっと
もしよかったら聞いてみてください
だからそのように
例えばね僕が他の人のために何かをすると
実は幸せを感じるんだよね
っていうね
その時に言いようといまいと
これは僕らの本性だとしたら
これはもう出てしまうんですね
そしてね同時にこの世界に
与えた瞬間に与えられるという
驚きの法則
これが働いているとするならばね
例えば
誰かがね僕に手伝おうかと
声をかけてきたとしますよね
その時にさっきの
ギフトとプレゼント
そういうものにまつわる
他の人のために時間と労力を
得るのは損なんだよっていうね
この考えが邪魔をして
いやいや大丈夫です一人でやりますからと断ったとしますよね
で割とこの
バラバラ意識の世界では
こちらは良いことだとされているんですよ
自力でやる方を選んだんだからね
人の助けを借りずに
自分でやろうとした
それは良い決断だよって
でもこれはさっき言った
この僕らの本質とこの世界の法則に
33:01
照らし合わずと
実は僕はこの相手からね
手伝おうって言ってくれた人から
僕を助けることで
幸せになるチャンスを奪った
っていうことでもあるわけですね
ここがとても大切なんですよ
そうですよねだって人を助けると
幸せを感じられるのに
その人が手伝おうかって言ってきてくれたのに
いやいいっていう
それによって僕を助けることができなくなり
その人は一つ幸せを感じる
チャンスを失うわけですからね
まあもちろんこれもですよ
そのバラバラ意識さっき言ったようにね
バラバラ意識にいる時に
僕らはねまさかそんなことで
幸せになれるとは本当に夢にも
思ってませんから
とてもとてもこのバラバラ意識
の感覚の中でね
この話を腹落ちさせる
というのかね
そうかと思うことは本当に難しいと思うんですね
だから
やっぱりこの
すみません
という言葉をね
だからありがとうに変えることは
重要だと思うわけです
だからまず第一にね
まさかと思うかもしれないけど
騙されたと思って
他の人に
他の人のために何かをするのは幸せなんだ
っていうね
ここの私たちの本性っていうのを一回信頼するんですね
でそれを
心から信頼できなくても
いいんで
そうかもしれないなぁ
ぐらいな感じでそういう可能性は
確かになくもないなぁぐらいな感じで
ちょっとだけ信頼しておくんですよ
そしてそのように
この世界とね
自分を見ながら他の人も見ながらね
さっきのような
エレベーター開けてもらった
それから列に並ぶときに
お先にどうぞと言ってくれた
誰かが道案内してくれた
っていう時に
今それをやってくれたこの人は
本当にちっちゃいんですよ
たぶんちっちゃな幸せなんだけど
絶対感じてるよなっていうことをね
その時にね
思い出すわけ
そしてそれを思い出すんであれば
謝っちゃダメですよね
もし僕がすいませんって言ったら
その人は私のしたことで
この人は謝っていると
これで
私はもしかして間違ったことをしたの
もしかしたらこの人に仮を作って
過失を作ってしまったの
過失を作ってしまったのかっていうね
すいませんは
聞き慣れてるんでね
そんな風に取らないと思うんだけども
そうなるかもしれないじゃないですか
だからそれよりは
やっぱりそのありがとうで返した方がね
その人の
小さな人を助けた幸せっていうのはね
綺麗に成就しますよね
だからやっぱり
僕はここでありがとうというね
このすいませんの習慣をね
ありがとうに変えていくっていうのは
とっても大事なんじゃないかな
二つの意味でね
一つは自分から見て
感謝してもらったというこの行為はね
この助けた人にとって
ハッピーなことなんだなってことを
しっかりと自覚していくためにね
36:01
ありがとうで返す
そしてもう一つは
ないとは思うんだけども
すいませんよりもありがとうの方が
このやり取りにおけるね
相手の幸せの成就というのに
貢献できると
この二つの意味で
僕はありがとうは大切なんだろうな
結構深いんですよね
私も実はですね
このありがとうをいただいたんですね
いい?ありがとうを一つ
いただきまして
僕が電車に乗る時間というのは
だいたいガラガラに空いていてね
2時とかが多いんで
昼ぐらいに動き出すんでね
そしたら
京王線の
新しい車両がやってきて
それがですね
横の一列のベンチシートじゃなくて
新幹線とかで
使われているような
二人掛けの席ってありますよね
あれが横に6つ並んでいるという
最近よく見かける
新しい形の座席なんですよ
これがまた座り心地が良くて
仕切られているんでね
なんとなくいい感じで
座っていた
私の席は左側に
僕が座り右側が全部空いている
5席空いているんですね
で、対面の席も
私の前に男の人が座っていて
その右側は
やっぱり5席全部空いていたんですよ
そしたら10席空いているわけですよね
ただどっかの駅で
子供の集団が乗ってきたんですよ
大人にインソースされて
何かのチームなのかよく分からないけど
そしたらババババーっと
一人ゲームのように子供が座ったらね
なんと11人いたんですよ
メンバーが
なんとなくのび太君っぽいね
ちょっと気弱そうな
細身の子がね
メガネかけてたら
取り残されちゃったんですね
一人だけその椅子に座れないと
普通の席だったらいいんだけど
今回みんなその子供が
新しい形の席に反応して
ブワーっとやたーって座ってる
その後一人だけが
ポンと立ってね
あーなんとか君座れてない
とか誰かが言って
インソースの大人が背中を抱きかかえて
どうしようかどうしようか
席を探すんだけど
空いてる席はない
隣の列に行けば空いてるんだけど
そうすると友達からかなり離れてしまうと
で僕はそれを見てね
すぐに
その子を呼んで
ここ座らないよって座らせてあげたんですね
これは別に
モラルとか道徳とかじゃなくて
なんていうのかな
僕はその子の姿を見ていてね
ワントレとかいろんなワンワンの
セッションをやってるとね
こういう小さな子供の頃の
経験がね
割と大人になって人を信頼できないみたいな
人を信じられないみたいなね
そこにこう大きく
つながっていったりするっていうケースを
いろいろ聞いてるんでね
いやこの子を今そんな目に合わせちゃいけない
っていう
これもまさに反射なんですよ
職業柄というかね
39:01
で僕は隣の列に行けば
まだ全然座れるんでね
おいでおいでって座らした
そしたらその子がね割と大きな声で
ありがとうございますってこう言ってくれたんですね
で僕は見事に
よっしゃーもっと幸せでしたよ
なんか
まさにこの人を助ける幸せ
っていうのをそこで成就させてもらった
だからまあ時にはね
そのまあお年寄りとかにも
席を譲るんですけどもね
やっぱその時にありがとうございますと
言っていただける方が多分
僕は気持ちよく
よっしゃ一つ完了みたいなことをね
心にこう
一つこう刻めるんでしょうね
だからそんなように
人が人を助けるっていうね
行為を見るようにして
おけばですよさっき言ったね
この一つ意識じゃなくて
バラバラ意識の方で
たどり着くその過酷なね
給料2倍働くとかね
家族の時間を奪わないように
気を使うみたいなことをせずに進みますよね
そうかそうかと
私を助けてもらう
ということは決して迷惑をかけて
いるんではないんだなと
これは相手に
幸せをもたらしてるんだなっていうね
バラバラ意識では
とてもそうは思えないかもしれないんだけども
そのように見てありがとう
という言葉を使うことによって
僕は随分とこの
その僕が言うところの
見誤っている自分とこの世界の
見方っていうのはね変わっていくんじゃないか
と思います何よりもね
自分がその心地よさみたいな
おなんか気持ちいいぞと
僕がその少年に席移ったときのようなね
小さなハッピーを
味わうことによって
悪くないかもねっていうね
さっきのあのギフトの変な
送り合い
勝ち投下合戦みたいなね
少し超える合戦みたいな
まさにバトルモードから抜け出せるんじゃないかな
と思いますね
要はですねこのバラバラ意識と
一つ意識っていうのは
基本的にあらゆることからが反転するんですよ
ここが重要なんですね
だからこの世界を見誤って
しまうんですよ
面白いことに世界は何も変わってないんですね
この僕らがバラバラにいようと一つに
いようと世界は何も変わってないんですよ
人も
実は何も変わらないんですね
人がそのバラバラ意識でいようと
一つ意識でいようと関係ないんですよ
これは私がこの世界を
どのように捉え
そして私が人から助けること
助けられることをどのように捉えているかという
私の心の問題
なんです
この話をすると
他の人たちがそう思ってない中で
一人だけそんなのやったら浮くんじゃないかみたいな
そういう心配もあるかもしれないんだけど
そうではないんですね
この助けられるということを
どのように自分が見て
それをどんな行為と捉え
どんな感覚を抱くか
っていう
ここだけの重要なんです
だから要は私が
気楽に助けてもらえ
助けることによって
幸せを感じられるという
42:01
このフェーズに入ったら
このループに入ったら
ものすごい楽じゃないですか
そしてこれは実は実現するんです
なぜならば
私たちの本性の中に
人を助けることで幸せになれるという
素晴らしい本質というか特徴が
埋め込まれているからなんですね
これを僕らは
どこかの瞬間に
これがあると
っていうことに
してしまったんですね
多分だけども
僕らの労力とか
時間とかはいろんな意味で
お金に換算される数値化されますからね
そこにこの曖昧な
いやいやその
数字返してもらわなくてもいいから
十分幸せだからっていう世界が
混ざってしまうとややこしくなるし
なんかめんどくさくなるんですね
まさにめんどくさくなる感じがするんですよ
だから一本に絞らなきゃいけない
この労力
時間を数値に変えてお金という
数字に変えてそれをやり取りするんだから
ここには貸し借り
基本はなしだよねとなんかしたら
ちゃんと報酬はくれよねっていうこういう風に
しておいた方が分かりやすいですよね
いかにも人が作った世界って感じが
しますこれはね
分かりやすいから便利なんですけども
それによって僕らは大事なものを
失ってるんですね
二つ失ってるんですよ
一つは人を助けることで幸せになれるという
まさにこの大きなチャンスですね
これを失ってる
それから助けてもらうことは
とても
良くないことなんだっていうね
つまり助けてもらえる可能性というのを
失ってるんですね
気持ちよく助けてもらえる可能性ってことかな
どっちにしちゃって
窮地に陥ったら助けてもらうしかないからね
好むと
好まざるとに関わらず
助けられるんだけどその時に
どれだけ罪悪感を抱くかみたいなことで
やっぱ失ってるわけですよ
この楽に助けてもらうっていう
感覚をね
だからこれは一つ意識とバラバラ意識とでは
完全に反転するし
その反転させているのは
世界ではなくて
私の心なんですね
以前に
愛することと愛されることは完全に等しい
ってお話をしたんだけど
実は助けることと助けられることも
完全に等しいんですよ
なぜか
相手が小さな幸せを感じられる
そして助けられることによって
相手が小さな幸せを感じられる
これは完全に等しいですよね
どちらもハッピーなわけ
助けられた僕は
助けられることによって助かってますからね
その助かった上に
相手もハッピーであれば
この助けられることも助けることも
基本的には同じなんですね
こういうことをね
考えていたらさっきお話しした
今日のワントレの受講者の方がね
いやー園さんと
最近ギフトモード来てると思いますよ
と言ってくれた
いやずいぶんと背中を押されたというかね
これでいいのだ
やっぱりということはやっぱり
僕らはね人を助けることによって
幸せを感じるという
45:01
性質を持っているそういう生き物なんだな
っていう思いも
確信も強めましたね
だからぜひですね
本当にこれはおすすめします
私も今トライ中です
ついすいませんとまだ言ってしまいます
でもここでありがとうございますという
言葉に変える変えた時に気が付きますからね
あれなんでここ変えてるんだと
そっかそっかそっか
人を助けたり助けられたり
人を助けたり人から助けられたり
することは決して
悪いことではないんだなというね
これがコミュニティ
集団に迷惑をかけるという
この発想ではなくてこれが
僕らに幸せをもたらすというね
ここにシフトできたらどれだけ楽か
本当に楽ですよね
しかも
助ける時助ける時に
いつもこの抱いていたね
嫌ななんかね
何かを失う何かを奪われる感じ
これも多分なくなるでしょう
犠牲になっている感じもなくなるでしょう
これでなんか僕は
家族とね過ごせたらね
本当にいいなぁとやっぱ思いますよね
だからありがとうというようにしています
ここになんか照れくささとかね
偽善とかねそういうものを持ち込む必要は
全くないと思いますね
ありがとうでいきましょう
よかったら続けてみてください
そんな感じですかね
今日は
毎回毎回いつもここでね
告知が来るんですけど
今日はですねあまり差し迫ったやつがないんですよね
今週末の18日に
今ここのボイストレーニング
っていうのがあるんですがこれがねなんか
今回はあっという間に定員になりましてね
一応ヤベエセイコさんが
伴奏でピアノを弾くんで
今回はね四ツ谷のスタジオでやるんですね
いつもは双子玉川だった
双子新地歌だったんですけど
ここがなんとグランドピアノでね
ちょっと彼女も張り切ってまして
彼女が何曲ぐらい
その伴奏できるかっていうのに
この人数はかかってるんだけど
もう一人行けますよとか
なんか気軽に言ってるんでね
一応一枠残してまだ
あのピーティックスはね募集してるんで
まああのよかったら
ご参加くださいただもうこれは
一旦満席になってるんでね
僕としてはもうこれでいいかなとは
思ってるんですが
よかったらもう一名だけここ入れますんで
ご参加ください
あとは次のね
ジャジンワークですかね
このおすすめジャジンワーク盛り上がってます
あのスタンプカードも皆さんに
お配りしてね
もう早速一枚
クーポンゲットされた方がいましたけどもね
これが次は
3月の25日なんですね
でこのここは会場がですね
えっと築地なんですよ
えっとさすがに
南大沢遠いよねっていうんで
一回実験で
築地のね社会教育会館
これはなんかでも
えっとヤベセイコさんが言うには
東銀座あたりから行けるみたいなね
ちょっとあの場所を
僕はよく覚えてないんですが
あのピーティックスの場所のところに
Googleマップの
リンクを貼ってありますんで
48:01
ちょっと見てみてください
だから今回はリアル会場もね
一応都心であるということで
よかったらご参加ください
では今日はですね
そんなわけでとてもシンプルですね
えっと何か
誰かからね助けてもらったり
親切を受けたりね
これは仕事とかプライベートに関わらず
どんなことでも
すみませんと言うのではなくてね
感謝の気持ちと言うよりはですね
その助けてくれている人の
幸せを成就させる
完成させるために
ありがとうで答えてみてください
そして助けること
助けられることというのは
そんなに悪いことではないんだな
っていうそんな思いの中でね
いい一日をお過ごしください
ありがとうございます
49:04

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