ソフィー・カーグマン監督、カーシー・クレモンズ主演「#スージー・サーチ」を深める回前編
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ノリました / 顔の映画 / 不安顔の感染 / 歯列矯正の意味 / 表の顔の構築 / スージーに密着する撮影技法 / 心理学ベースの描き方 / 裏の顔の抹消 / ひたむきな努力 / 成功のハードルの高さ / 瞑想チャンネル / 自分でなんとかしなさい / お母さんって… / ヒッチコックのサイコ / 裏の顔を晒せる人 / 格が足らないクラスメイト / ジェシーとの歪んだ関係 / ずっとカースト / "自分らしくあれ"の病 / ただのパーティーしようよー / キラキラしてるようで病んだ社会 / スージー・ウォリスを救いたい / 思い立ったがすぐ証拠隠滅 / ひとりでできるもん! / 誰だと思います?
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火曜日19時更新
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オープニングテーマ
00:00
いやー、ついに乗りました。
乗りましたか。
ついに乗っちゃいました。
あー、まあ乗ってきてる人ではあるなと思ったけど、とうとう乗ったんですね。
とうとう、あのー、パンフに乗りました。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
何のことかがわからない。
えーと、映画のパンフに。
ジム、ジムのパンフ?
ジムのパンフ? ジムのパンフじゃねえよ。
トレーニーとして乗ったんじゃなくて?
違うよ、映画のパンフにコメントが乗りましたよ。
乗りましたか。
あれ、有名人が書くやつじゃん、あれ。
そう。
紹介文見たやつ?
そう。
おー。
その映画がね、【スージー・サーチ】っていう映画でね。
出ました。
あのー、ポッドキャスターが主人公の映画ということで、ちょっと映画ポッドキャスターとしてコメントを書かせていただいたんですけど。
ですね。
あのー、フィルマークスの映画レーベルの【サンデー・サン】っていう映画レーベル配給の映画。
そこから、お前に依頼が来て。
依頼が来て、乗ってるんで。
サンデー、サンデーサンじゃないよ、サンデーサマーでしょ。
すいません、サンデーサマー。
フィルマークスサマーの。
サンデーサマー、映画レベルサマーから。
ご依頼を。
ご依頼を。
招待いたしまして。
あのー、頑張って書きましたんで。
あのー、深めるリスナーどもよ。
あのー。
今度は。
言わんとすることわかるよなっていう。
わかりますよね、みなさんこれね。
映画館に行って、イツジイサラチのパンフレットくださいって。
言って。
言って。
だから、サンデーサマーのためにリスナーどもっていう。
お前、調子乗ってんな、なんか。
いやいや、まあね、あのー、そういうご依頼を受けたっていうこともあり、あのー、ポッドキャスターとしてね、頂いた仕事でもあるんですが。
えー。
あのー、せっかくならというか、あのー、スウジサチ、これあのー、別にコメント書いてるからとかじゃなく、めちゃめちゃ深めるシネマ向けな映画なんですよ。
そうね。
うん。
これはね、あのー、なんていうか。
まあ、フィルマークス様のサンデー様から。
こいつこびやがって。
ご依頼を頂戴したわけではなく、まあまあ、別になんていうかな、依頼されてるわけでもなく。
こっちから言い出したわけでもなく、トリビアさんがそういうご縁があって、見た結果、これは。
いけるぞ。
深め甲斐があるぞと、いうことになったよね。
そう。
で、あのー、例によって、あのー、タダだからっつって、3回も4回も見せてもらって。
03:06
あのー、サンデー様のご担当者様から。
そう。
御使者を。
御使者のご招待状を頂き。
本当に。ありがたいことで本当に。
5、10回前にも関わらず。
そうなんです。
5、5回も見まして。
5、5回も。
へいへい深めるシネマのためにね。
ためにね。
5、インターネット回線を通じてね。
そうそうそう。
もうね、それでこうなんていうかな、あのー。
拝聴させて頂いた結果、拝見か。
拝見ね。
もうちょっとこれもうやめよう。
やめよう。
とにかくいっぱい見て、めちゃめちゃ良かったんで喋ります。
もう聞いてください皆さんっていうね。
これが良かったっていうのはなんかもうでもなんていうのかな。
こう、皆さんまだ疑ってるでしょ。
こいつら案件だろって思ってるでしょ。
インフルエンサーだからみたいな。
インフルエンサーじゃないけど俺は。
まああの、似たようなもんなんだろうみたいな感じで思ってるんだろうけど。
これねだから、かなり意外な映画で。
そうそうそう。
意外性がある映画なのよ。
で、その意外性っていうのが、まあちょっと見だとサスペンスというかサイコスリラーというか。
どんでん返し系のみたいな感じ。
まあでもそれとしてももう十分というか十二分に楽しめるものだったよね。
そう、仕掛けがちゃんとあって、いわゆるネタバレ禁止系の映画。
見てびっくりっていう楽しい映画でもあんだよね。
一応コメディテイストだったりもするし。
そうなんだけど、ただ我々は深めるシネマでございますっていうので。
オン5回も見てるわけですよ。
オン5回もね。
ザ・ファイブタイム見てるわけですよ、よくわかんないけど。
その結果やっぱり、ただそれだけの映画では全然なくて。
深めがいがあるし、今回言いたい。
この映画はただのサスペンスじゃない。
ある視点を持ってみるとすごく面白いですよっていうところを言いたくて仕方がない。
なになに。
言えばいいのに。
誰も止めてねえよっていう。
あのね、この映画はズバリテーマは顔です。
は?
顔がいい人たちがいっぱい出てるみたいな。
いい人たちがいっぱい、やっぱりインフルエンサーが出る映画ですから。
っていうことじゃなくて、あれ、皆さんの期待値上がってない?もしかして。
上がってないから。
でも、何とかちょっと興味持ってくださいよ。
06:02
ただのサスペンスじゃないんだよ。
この映画は顔の物語だから。
こんなに俺が顔に力を入れて力説してるんだから、皆さんが見えないんだけど。
何とかちょっとね、顔についての映画だっていうことで、俺は語りたいと思ってるんで、皆さん。
大友比がそうおっしゃられてるので。
どうか皆さん、顔貸せやっていうことで、どうか聞いてください。
8月9日公開で、もう本当に公開したてホヤホヤでこの配信されてると思うけど、言わなくてもわかると思うけど、ネタバレガンガンでいくんで。
ここで一旦止めて、劇場に行って、数字サーチの、毎日映画トリビアさんのコメントが載った、数字サーチのパンフレット2冊くださいって言って。
で、その後チケット買って映画見てからこれをまた聞きに戻ってくれたら、僕の承認欲求が満たされます。
満たされますんで。
で、皆さんついでですが、僕の顔話も聞いていただけると、僕の承認欲求も満たされますんで、どうか顔ならぬお力を貸してください。
結局なんかお願い事ベースなの。
なっちゃった。
インフルエンサーじゃなきゃダメだよなっていう時。
この映画、カメラが数字から一回も離れる。
なるほど、確かに。
怖い話じゃないですか。お母さんって本当にいるの?
最初の呪いを母がかけてんだよ。
キラキラしてるようですごい病んだ社会っていう。
メンズコーチのジョージそのものだと思うよ。
いただけ女子リリちゃんじゃん本当に。
この映画に出てくる人、みんなSNSの中の人達みたいだなっていう。
この続きはどうですか?サンデーさん。
はい、トリビアです。
トモヒです。
今回深める映画は2022年製作。日本公開は2024年の8月9日公開の数字サーチです。
簡単にあらすじを、未解決事件を追うポッドキャストを運営している大学生スウジ。
なかなか目の出ない中、同級生の人気インフルエンサージェッシーが失踪し、創作に乗り出す。
事件を追う中で意外な事実が次々と判明。事態は予想だにしない展開を迎える。
監督、原案はこれが長編デビュー作となるソフィー・カーグマン。
脚本はウィリアム・デイ・フランク。出演はカーシー・クレモンズ、アレックス・ウルフなどとなっています。
09:02
この映画は顔だって言ってるんですか?
そう、この映画はね、顔の話だよ。
どこに顔の要素があったの?
いやいやいや、あのさ、まずこれ、最初見た時、視写でさ見せてもらって、見た時、なんか見終わった後さ、
もうすっげえ嫌な気持ちになったんだよね。なんか嫌ーな気分になったわけ。
これ、まずさ、スウジってさ、隠し事してるわけじゃん、ずっと。いわばね。
隠し事をしていて、それがずっとバレないかなっていうのも、不安に苛まれてるわけじゃん。
映画始まって、スウジが、いわば真犯人というか、自作自演だった、狂言誘拐だったっていうのが発覚してから、
ずっとスウジの顔が、ずっと不安そうなんだよ、なんか。
で、それがさ、すごく感染するっていうか、あるじゃん。
例えばだけど、会社を勤めてた時に、
なんか、「あれ、トモヒー、〇〇の件どうなった?」って言われて、
ギクッってなって、「ああ、もう先方にやっぱ取れてます。」とか言って、
言っちゃうんだよ、だってもう取れてなきゃいけないから、完全に忘れてたけど、みたいなさ。
時に、もうこっから、俺はもう会社では、完全に平気な顔してなきゃいけないわけ、ずっと。
で、それを取り繕っていかなきゃいけないわけ。
嘘ついたのを事実にどんどんしていかなきゃいけないわけだよね。
もう行くも地獄、戻るも地獄ってやつだよね。
戻れないのか。
おそらく、もうこっから電話したら、たぶんアポとか取れねえみたいなさ、あったりすんじゃん、なんかそういう。
そういう、今の霊はすげえ軽い。
軽いっちゃ軽い、会社員にとっちゃ重いんだけど。
霊だけど、数字はかなり重い秘密を抱えてしまっていて、その不安顔みたいなのが、すごいこの女優さん上手いのよ。
だから心当たりがこっちに生じてくるっていうか、感染するって言ったほうがいいと思うんだけど、数字の気持ちがすごいこっちに言語的にじゃなくて、もう伝わってきちゃうみたいな。
確かに。要は、数字って要は普通に考えて、道徳的に反してることをしてるわけじゃん。
12:01
そうだね。
だけど、それに感情移入するってことだよね。見てるこっちが。
そう、なんかこっちが数字と同一化してくるっていうか、学校の教室で先生に学長が呼んでるよみたいな感じで言われた時の。
ちょっと今日は実験、なんか楽しみにしてた実験なんで、ちょっと後でいいっすかねみたいな感じで、つまり余裕の顔で言うんだけど、
あ、急いでるみたいだよって先生が去ってった後の顔とか見てほしいんだよ、本当に。すごい顔してるんだよ、あの時。
確かに。
先生じゃない、学長の部屋に入って行ってガチャって言ってあげて、パチパチパチみたいな感じで迎え入れられるんだけど、それでカットバックみたいになって、数字の顔になった時の顔もなんかすごいこうなっちゃう。
どっち?どっち?みたいな。
どうなの?みたいな。殺されるの?私みたいな感じの顔をしてるんだよ。っていう意味で、まず最初に思ったのは顔がすごい印象に残る映画であるよね。
っていうことだよね。
カーシー・クレーモンズっていう役者をキャスティングした理由で監督が言ってたのは、やっぱりその感情のその器用さがずば抜けてるみたいな。
ああ。
その微妙な表情とかでその感情を表現できるからってことなんだと思うんだけど。それでキャスティングした。
キャスティングした。
だとしたらキャスティング大成功だと思う。この女優さんすごいなっていうふうに。
なんか虚無の銘するときあるよね。
そうそうそう。あれじゃん。ああーみたいな。
クールなっていう。
ラストのラストの時の顔も、あれやべえバレちゃった。プラス、でもどっちかっていうとやっぱり虚無なんだよな。
終わったみたいな。
終わったー。そういう意味でね。とにかくそういう意味でやっぱり顔は表情が豊かであり、顔に着目すべき映画だと思う。
ちなみに言うとスジ以外の人の顔はみんな自然だから。
ああ、そうね。確かに。
すごい対照的だから。それも楽しめるのよね。
で、なんでそう思うのかっていうのはさっきの顔の演技だけじゃ全然なくて、もうちょっとそれのひとつきっかけになったのが、なんでスジって私立共生してるんだろうなっていうこと。
ああ、はいはいはい。
いやまあ、ハナラビが悪いからってだけなんだけど。
普通だな。コンプレックスね。
15:01
コンプレックスがある。
そうなんです。ポッドキャスターって別に顔が映るメディアじゃないから、この映画って承認欲求みたいなものを描いてるとはいえ、
ユーチューバーとかインスタグラマーとかだったら顔とか気にするっていうのはわかるけど、
ポッドキャスターで私立共生っていうのは一般的には繋がらない。
そうなんだよ。だから、この物語の主人公がなんで私立共生してる必要があるんだろうなっていうふうに思ったわけね。
しかもあれ、回想シーンから始まるじゃん、この映画。私立共生し始めたのってポッドキャスター始めてからなんだよね。
お母さんとママと二人で寝室で本読んでるときは、してないんだよ、私立共生は。
なんなんだろうみたいな感じで思ったんだけど、私立共生?みたいな。
顔を整えるみたいな感じで思ったときに、肌と意味がわかったシーンがあって。
また先生、教授なんだけど、物語の中盤ぐらいのときに、レイ、ジェシーっていうインフルエンサーの友人の人が転落死しちゃうじゃん。
友人じゃない、恋人だったんだね。
そうだね、恋人だ。恋人の彼が転落死したって証拠一滅測っての後だったと思うんだけど、
教室入ってきてさ、レポートの今日提出期限ね、みたいな感じで言うシーンあるじゃん。
で、忘れてたわけ、スージーは。で、そのときに、ちょっと待って、取り返しのつかないミスです、みたいな感じになるんだけど、真面目だからスージーは。
で、そのときに先生が急に、あなたのいいところはどこだか知ってる?みたいな。自分でわかってる?みたいな。
あそこのシーン、意味深だよね。
そう、急に言い出すね。で、スージーはわかりませんって言ったら、これ字幕ではなんだけど、裏表がないことよって言うのよね。
で、他の人は、私が知ってる限り、みんな仮面をかぶったりするけど、あなたは裏表がなくて、そのままの自分で常にいるのがいいところよ。
そのままであなたはいてくださいね、みたいな。まあなんか、レポート忘れた人にそんな励まししてくれるのかって、超いい気持ちだなって感じなんだけど。
で、そこで気づいたわけ。あ、そうかと。スージーって常に他者から表の顔しか見られてない人なんだなっていうふうに気づいたの。
で、もっと言えば、スージーは表の顔、つまりポッドキャスターとしての顔なわけなんだけど、を整えようとして必死に頑張るっていう映画なんだなっていうことに気づいた。
18:07
だからその象徴として、私立強制、必要あるのかないのかわかんないのにしてるわけよね。
そう、っていうことに気づいてから、この映画の見方が俺の中で定まったっていうか、どんどん面白くなっていったところがある。
確かにその取り繕っている表面みたいなのを、必死にその辻褄を合わせようとして動作をしてるんだよね。
なんかあの、私立強制にも本編の中でカットされた部分があるらしくて。
お母さんがさ、難病で、あんまり裕福じゃない家庭、自分も働いて、スージ自体が働いて、その治療費とかを払わないといけないみたいな生活をずっとしてきたっていう。
で、あの私立強制は本人がお金払ってる。
お金かかるじゃん、私立強制って。
めっちゃかかるよな。
で、それまでお母さんの治療費とかにお金をいっぱい払わないといけないから、自分のためにお金を使う機会がなかったわけ、スージは。
なるほど。
それがようやく自分のためにお金を使うようになった。
っていうことで、ちょっと誇らしげなわけよね、彼女にとって。
こっからポッドキャスターとしても花を開いていくし、そういう部分で見た目も整えていく。
っていうので、あんなにカラフルな私立強制。
普通、私立強制ってあんまり見せたくないものじゃん。
修正してるものだから。
でも彼女にとっては、それはちょっと誇らしげなものだから、ああいうカラフルなものになってるっていう話をしてて。
なるほどな。
やっぱりあれなんだよな、いわばヤングケアラーだよな、今の言葉で言うところの。
若い頃からお母さんの介護なりしていて、9学生で自分が働きながらやっていて、ようやく少し余裕ができたっていう時に、
まず行くのが私立強制っていうか、俺の言葉の表現の仕方で言えば、表の顔を整えるっていうところに行くっていうのが、ある種の病んでる部分って言っていいのかなと思うのよね。
だからその私立強制だけじゃないわけ。
もう顔っていうことで言えば、本当に整えることに、顔自体を整えることに彼女は結構躍起になってて。
それが、例えばだけど、保安官事務所に、この映画では最初に行くときに、保安官代理の筋肉むけむけの、
21:06
プロテイン飲んでるやつね。
そう、筋活保安官代理いるじゃん。
筋肉保安官でいいくない?
筋肉保安官でいいか。
筋肉保安官が、症候善室みたいなところにいて、そこ入ってて、鈴木が。
手伝うことありますか?みたいな感じで。
行ったときに、ニカッつって笑ってて。
こんな顔してんの。
ごめん、ポッドキャストだから映んねえや。
笑ってるんだよね。
ニッコリね。歯を出して笑ってるね。
そうそう。
張り付いたような笑顔をしてて。
で、なんで笑ってんだって言われて、
いや、これが私の自然な顔なんです、みたいなこと言ってんの。
これは普通なの、みたいなこと言ってんの。
いや、普通じゃないわけ。
だって、俺らは映画で見てるから、お前はいつも不安な顔してるから。
そうだよね。
表の顔ってことだよね、それだから。
そうそうそうそう。
とにかく、表の顔を取り繕うんじゃなくて、もう構築しようとしてるくらい。
強制しようとしてるでもいいんだけど、表現の仕方いっぱいあるんだけど。
とにかく、表の顔を作ろう作ろうとして、すごい躍起になってやっていく物語なのよね。
これは今っぽいなって思った。
ただ、表の顔を整えるっていうことはさ、
ある種、別に自然なことじゃなくて、俺もお前もやってんじゃん。
てか、みんなやってることだよね。
みんなやってる。
ペルソナってやつね。
マスク被る。
状況状況とか、会う人とかに合わせて、みんな無意識にその場にそぐ態度とか振る舞いとか。
つまり、顔を作っていて、仮面だっていうことで、ペルソナっていうふうに表現されたりするけど。
いくつも人格があるよね、人はね、普通にみたいな感じなんだけど。
やっぱり、その表の顔っていうのが、今の時代はめっちゃ輝いてないとダメなんだなっていうふうに見えたものね。
この映画に即して言うのであれば、表の顔を作るときに目指すのは、インフルエンサーじゃなきゃダメなんだっていうことになってる。
ドキッ。
やばいぞ。
お前さっきなんか、パンフレットに名前が載ったとか言って。
承認欲求が満たされたっていう、危ない危ない。
承認欲求、承認欲求なんよね、やっぱり。
まあでも、なんていうのかな、その面白いのが、筋サーチは、さっきお前が言ったみたいに、自分事として見ちゃうじゃん。
24:09
そう、そうなんだよ。
これはすごいことだと思ってて。
で、一個気づいたのよ、それ。なんでそう見えるのかが。
この映画、カメラがスージーから一回も離れないの。
そう?
そうだったっけ?
そう、一回もスージーが見てない光景のカットはないの、この映画。
ほんと?おー、なるほど、確かに。そうだわ。
普通、ミステリーとかサスペンスって一方その頃みたいなカットが入ったりするじゃん。
別の場所では?彼の視点では?みたいな。
別の場所で、そのスージーが絶対にバレちゃいけない証拠が見つかる瞬間みたいなとか。
っていうのがあってもおかしくないんだけど、この映画はもう最初から最後まで、スージーの視点でしか描かれてない、全部。
そのスージーが何か真実を気づくときは、テレビのニュースとかネットのニュースとかで彼女が見つけるっていうシーンになってて。
だからここまでスージーに憑依しちゃうっていう。
それさ、でも一個象徴的なところがさ、ジェシーに呼び出されて、どっかベンチのところに行って座った。
ジェシーがすごいもったいつけたような言い方で、最近迷走ができなかったけどできるようになったら、新しい証拠が見つかりました、みたいな感じのことを言ったりするじゃん。
あの時だから、だから俺らはそのスージーと同じタイミングで、同じ気持ちでそれを受け止めるわけ。
えーみたいな、最悪がみたいなさ。
爆発が見つかりましたって。
だからまさにそれは別のところで、つき話じゃなくて本当にずっと俺らはスージーと密着してるわけね、撮影技法と。
面白いね、そっか。
それも多分監督がスージーに共感するような映画にしたいっていうのは、はっきりインタビューとかで言ってんだけど。
し、さっきお前が言ったその、ペルソナの話とか、顔の話って言ったけど、心理学用語じゃん、ペルソナとかって。
そうね。
監督とあと原案も務めて、ソフィー・カーグマンって、役者として今までやってきて、初監督作品なんだけど。
なるほど。
大学、ハーバードかな、確か。
ハーバードで心理学専攻してた人。
おー、なるほど。
元々、英文学と演劇科なんかを最初専攻したかったけど、できなくて心理学専攻になったらしくて、結局その3つを勉強してたらしいんだけど。
27:08
だから、キャラクターの描写が心理学ベースなの、この人の描く話。
なるほどね。
きちんと複雑なキャラクターを描きたいっていうのが一番格好にある人らしくて。
だから、ここまで複雑な、要は悪役、じゃあ悪役なんだけど、そんな突き放したりとかせず複雑な人間としてきちんと描くっていう、描き方ができてる人なんだと思う。
なるほどな。おかげで嫌な気分だったぞ、お前って。
お前らの学位のせいで。
学びのせいでね。
そうか。
そういうとこに興味がある人なんだろうなって。しかもその承認欲求の話とかって、まさしくそうじゃん、そういう。
そうだね。
どれぐらい人間にそういう影響を与えるのかっていうことでもあるから。
そういう、やっぱりそっちのテーマの方が伝えたいテーマなんだろうなっていう感じがするから。
なるほどな。
お前の顔の話も間違ってはないんだと思うよ。
そうか。
いや、なんか監督読み取れてますよって。
5回ぐらい見ましたけどすいませんって。
そうそうそう、いや、なるほどな。
なんかやっぱり、今の話聞いてもなるほどそうだなっていうふうに思ったし、顔の話にはまだちょっと続きがあるんだよ。
なになに?
これは、つまり顔の話であり、表の顔を構築しようとする、取り繕おうとする話であるっていうふうに言ったじゃん。
で、この時に、見逃されてるっていうか、この時その、なんていうのかな。
つまり数人の生活の中で消そうとしてるものがあるなと思ったの。
それはもう単純にわかりやすく、裏の顔なんだよ。
これ素顔だと言ってもいいと思う。
で、この裏の顔っていうのは要するに犯罪者なわけ。
狂言誘拐しちゃう、自作自演で犯罪やってバズろうとするっていう汚い部分。
見にくい部分なわけよね。
表の顔を構築しようとする話であると同時に、歯を矯正するっていうのは、これはまた象徴的というか、裏の顔をイコール素顔をもう無きものにしようとしてるわけ。
変えてしまって無きものにしようとしてる。
表の顔だけにしようとしてるっていう物語でもあるのよね。
早いもんね、そうなった時の行動が。
計画性があるとかじゃなくて、自体が自分の思わぬ方向に行こうとした瞬間の行動の速さは、とっさにやっぱりやってる感じがあるよね。
30:10
無いものにしますっていう。
計画性とかあんまないじゃん。
割とこれ、見ようによっちゃドタバタ劇なんだよ結構。
それこそなんか、ヤングアダルト小説じゃないけどさ、描き方によっちゃコメディになって、ワーオみたいな観客の声的な効果音とか入ってもおかしくないぐらい、なんかドタバタしてるね。
コメディでもあるもんね、ダークコメディっぽさがあるよね。
下材でさ、どっか行かすとかも真面目にやれっていう感じではあるんだけど。
貧活保安官。
そうそうそう。貧活保安官を下材でトイレに行かせて、その間にアリバイ工作をみたいな、すげー子供じみてるっていうか、あるすごい未熟な数字っていう部分もあったりする。
ただ、でもすごく切実な感じがするわけ。それは何なのかって言ったら、裏の顔を絶対に消してやるんだっていう切実さから来てるなっていうふうに思うのね。
なんでなんだろうね。どこにその原因があるのかなって俺も思いながら見てたんだけど。
アメリカンドリームじゃないけど、有名になりたいみたいなのって結構普遍的な話じゃん。承認要求とも言えるけど。
向上心とも言えるしな。
そうそう。決してそれが否定されるべき話じゃないじゃん。
彼女がやってることっていうのはすごく真っ当で、すごくまっすぐで、そのまっすぐさみたいなのがめっちゃ怖いと思うんだけど。
やっぱなんか思うのは、努力するのは良いことなんだよ。俺が言うまでもない良いことじゃん。努力することは良いことだっていう。
学校の先生。
別に目標を持つことも良いことじゃない。
人から認められないって思うことも別に、程度の問題だって頭無しに、もともと人から認められたいって思うなんてダメだねって話じゃないじゃん。
だってみんな持ってるもんだし。それが原動力っていうかエンジンになったりもするわけだし。
なんだけど、今の世の中っていうか、バズり社会みたいな、インフルエンサー市場社会みたいなのの側面があるじゃない。
だから、ちょっとハードルを高くしすぎてんじゃねえかなっていうのは思うのはね。
33:04
インフルエンスすることが当たり前みたいなこと。
そうそうそうそう。
努力して何かになるとか、努力して何かができるようになるとかっていうのは良いと思うんだけど、
俺らがwebの回で喋ったことじゃないけど、バッカみたいに成功してる人が見えすぎてて、
成功っていうもののハードルが異常に上がってて、しかもそうじゃないとダメっていうふうな、
誰が言ってるわけじゃないんだけど、そういうメッセージが浮遊してるっていうか蔓延してるみたいなのはあるから、
なんかちょっと下向きになりすぎちゃうみたいな。
確かにジェシーっていうYouTuberが、瞑想チャンネルみたいなのやってるでしょ。
そうね。
なんかそれもさ、瞑想チャンネルじゃん。
マインドフルネス的なものとかってさ、大学生がYouTubeやるって言ってさ、
瞑想とかってさ、そもそも20代とかさ、別に必要とされてなかったくないんだよ。
これかなりリアルなんだと思うんだけど、題材としても。
後半でも言ってたじゃん、自分のフォロワーの数とかチャンネル登録者数が減ると、壁を血まみれになるまで殴ってしまうみたいなさ。
いやー、なんか病んでるよっていう。
でもそれってもう当たり前のルール設定が若い10代から20歳そこそこで起きてることで、
それにフォロワーがいるってことでしょ、彼YouTuberとして有名なわけだから。
同世代に支持されるっていうことで、もうミッドライフクライシスぐらいで瞑想覚えますみたいなのになったらわかるんだけど。
そのほうが自然だよな。
そのほうが自然なんだよ。
別に何のYouTuberでもよかったわけじゃん、ジェシーっていうキャラクターは。
メントスコラボやってるやつでも別によかったんだけど。
瞑想チャンネルってところが、この映画の闇を感じるところだよね。
そう、それ俺も思ったよ。
あれ、なんでパルクーラーじゃないんだ?みたいな。
パルクーラー?
街の中をピョンピョン駆け回って、絶対飛び越えられないだろうみたいなところから飛んだりするっていう、
そういうアクティブなのだったり、もしくはドッキリ系とか多かったりするじゃん。
36:06
そういう発散してる感じっていうか、若いねっていう感じのじゃなくて、
なんでヒーローとして憧れの人として描かれてるインフルエンサーが、なんで瞑想してるんだろうっていうのは、
すげえ疑問に思って。
俺らの同世代で10代の頃で瞑想とかしてるやつはいなかったもんね。
いなかったね。
マインドフルネスとかさ。
知らなかったし、そんな言葉。
知らなくてよかったっていうのが多分そうなんだ。
だからすげえリアルなんだろうなっていう。
それぐらい負のものが世の中に溢れてるってことなんだろうけど。
あとなんで瞑想なんだろうっていうのを見方変えて考えたときに、
自身も後半の方で明らかになるけど、ちょっと病んでるよね。
だいぶ病んでる。
大切な人を、信頼できる人を必要としてるんだみたいなことを、ボーイフレンドのレイが数字に言う場面とかあったりして、
ちょっと不安定な人でもある。
その人が瞑想チャンネルやってるわけ。
っていうときに、瞑想ってなんなんだろうなって考えたときに、
セルフケアの技法なわけよね、瞑想って。
自分で自分の状態を穏やかな、不安定な状態を穏やかな状態に持っていくための技法だし、技術なわけよね。
って考えたときに、なるほどなと思ったのは、
つまり、そういうふうに病んでたり不安定だったりするっていう状態っていうのを、
自分でなんとかしなさいっていうふうに言われてるというか、
なるほどね。
内面化してるみたいなところはあるから、このインフルエンサー役は瞑想っていうのじゃないとダメだったなっていうふうに思ったよね。
ちょっとややこしい言い方になっちゃったけど、
病んでる状態とか、辛い状況みたいな、自分の心もそうだし、周りとかも。
っていうときに、自分でなんとかしなきゃいけない。
自己責任論。
そうそう。
次女、強女、後女、菅総理みたいになっちゃうけど。
懐かしいな。
あれでも象徴的だよね。
今っぽいなと思った。今更何言ってんだろうとも思ったけど。
自分でなんとかしなきゃいけないっていうメッセージがこれも多分蔓延してて、そしてそれを内面化してて、
自分でやんなきゃってなってる人々が出てる映画なんだなっていう気もするのも。
39:07
だってスウジもそうじゃん。
そうそう、スウジも誰にも何にも相談してないんだよね。
表の顔っていうのもあるのかもしれないけど、お母さんにすらそんなに相談してないっていう。
そう。
てか、お母さん、怖い話なんだけど、お母さんって本当にいるの?っていう。
あー。
さっき俺、この映画はスウジからカメラが離れないって言ったじゃん。
スウジが見てる世界を俺らは一緒に体験していくっていう描き方をしてるわけで。
いわゆる信頼できない語り手みたいな。
これはスウジが見てる画面なのだから、客観的な事実かどうかはちょっとあやふやなわけ。
だってジェシーにハグされてホタルが舞い始めるみたいなのあるでしょ。
キラキラキラキラーみたいな。
キラキラキラーつって。
あれもまさしくスウジが見てる世界だし、
実際にスウジがジェシーを見つけた後に、ポッドキャスト人気がバーンて上がった後に、車を走らせる時に道端に咲いてる花とかが一斉に咲き乱れるシーンがある。
あったっけ?
気づいてないでしょ。
うわー。
細かいところに。
ブワーって木の色とかもブワーって変わっていくの。車を走らせてると。
おー。
これ2回目見てくださいっていう。
ぜひみなさんも見に行きましょうね。2回目。
花とかブワーって咲き乱れ始める。
へー。
彼女が見ている世界なわけ。
ってことを考えて不自然なのが、お母さんが途中からほとんど出なくなっていくっていう。
おー、確かに。
家にレイが侵入してきてさ、ああいう事態になったとかでもさ、一応お母さんに呼びかけたりするけど、お母さんの存在が明らかにそれこそオミットされてるわけじゃん。この映画って。
難病であるっていうことで、多分なんだけど喋れなくなる。言語障害が多分出るような病気だったと思うんだけど。
後半数字がお母さんに、お母さんの声聞けたらいいのにみたいなこと喋るんだけど。
お母さん一言も喋んないわけ。冒頭のお母さんとの思い出のシーン以外は、お母さんが喋るシーンが1個もないわけ。
そうね。
ってなると、本当に?っていうのが1個と。
ホラー映画?
この映画と似てる映画で、ヒッチコックのサイコっていう映画があるんだよね。
42:04
おー、名作だ。見てないんだけど。
見てないんかい。
ごめん。
いわゆるベイツモーテルっていうモーテルに行った女性が、モーテルの青年っていうのが出てくるんだけど、
お母さんがいるのね、ベイツモーテルに。
で、どうやらお母さんが事件を起こしてるような感じで描かれるんだけど、
お母さん部屋にいるって言ってパッって開けると、白骨化したお母さんがいる。
おー。
で、息子のノーアンベイツってやつは、お母さんの格好をしてモーテルの客を殺してたっていう映画なの。
なるほど。
で、これ何で似てるかっていうと、一番最初に出てくる主人公がすぐ殺されちゃう。
あー、なるほど。
そう、この人が主人公だと思って観客が見てると、あっという間に殺されてしまって、
で、殺されたことが明らかになってから、次のそれを探しに来た人とかっていうのが出てくるっていうことで、一回大胆の映画社はそこで終わる。
ふーん。
一回ここでこの事件はこういうものですっていうのが定義された後に、また始まるっていう斬新な作りになってるんだけど、
この映画もそうじゃん。
似てるね。
この誘拐っていうのが実は数字によってされてました。でもそっからがスタートですっていう。
冒頭25分ぐらいでもう一回種明かしっていう。
一番最後に大落ちとしてこのスジサーチでは、なんだっけ、ハンバーガー屋の店長が実はっていう犬とかベッドとかを白犀にしてました。
白犀にするような。
最後の中でもノーマンベイツがいるモーテルの自分の実質みたいになってるところに鳥の白犀がブワってある。
それがめっちゃ不気味っていうシーンがあるんだけど、白犀も一緒じゃん。
結構オマージュ的なものが含まれてるんだけど。
なるほどな。
って考えたらさ、お母さん本当にいるんですかねっていうのが。
オマージュが捧げられているのだとしたら、あれ?みたいな。
おかしいぞ?みたいな。
さっき言ったその私立共生の話はさ、お母さんの治療費でお金がなかった数字がどうやら初めて自分のお金で私立共生をできるようになった。
あれれ?ってお金が浮いたんですかっていう。
ほほう?
45:00
この部分は本編ではカットされてるらしい。
そのバックストーリーの部分はカットしたって言ってるんだけど。
お母さんいるんすかね?っていう。
お母さんの声が聞きたいって。
あれ?もしかして。
確かにお墓の前で言う台詞だったりしますよね?みたいな。
怖いね、なんかそう考えると。
じゃないとそのお母さんが何病であるっていう設定の必然性があんまり脚本上ないよなっていう。
うーん、そうだなあ。
わかんないけどね。
信じるか信じないかはあなた次第っていう。
いやー、それ信じないですもんね。
思った以上に怖い話だと俺は思ってるんだけど。
うーん、なるほどなあ。
いやでもあれだなあ。
ちょっと怖さの厚みが増すっていうかさ。
あれなんだよ、こうさ。
俺の嫌だなと思ってた部分のちょっと厚みもそれだと。
もしそうなんだ、お母さんがもしいないとしたらっていうので厚みが増すんだけど。
さっきの話にちょっと繋がるんだけど。
一人でなんとかしなさいっていう社会に蔓延してるメッセージ。
脅迫みたいなもんだよな、もはや。
脅迫されてもいいな、自分でなんとかしようみたいな。
人に頼るなみたいな感じ。
つまりすごい孤独なわけよね。
めっちゃ孤独だよ。
社会から脅迫されて、その脅迫を内面化すると自分でなんとかしなきゃいけないんだっていう脅迫関連になる。
脅迫が二重になるみたいな感じ。
ずっと社会から言われ続けてるっていう感覚がし続けるわけなんだけど。
こういう時に助けになるのって、やっぱり裏の顔を晒せる人の存在じゃん。
スジーにはいないんだよ。
お母さんが、もともとはそのはずだった。
回想シーン見ればわかるけど、友達といてもいいのよって言われた時に誰も私といたくないみたいな感じで言ったりとかして。
それはこんなにインフルエンサーが称賛される陽キャラ部分なわけだから、陰キャラ部分とか絶対認めたくない。
普通に思春期においては傷つく部分だけど、お母さんに話してたっていう裏の顔、素顔を話してたっていうのができてたのができなくなって。
生きてるのか死んでるのかはわかんないけど、とにかく応答がないっていう状態になって。
裏の顔、イコール素顔を知られていないっていうのは、かなりきついし、いろんな歯止めが効かなくなる状況なんだなっていうのを丹念に描いてる映画でもあると思う。
48:11
クラスメイトでちょっといたよね、仲良くなれそうなやつ。
いたね。
あいつとはなんで仲良くなれなかったんだって。
俺も思ったわ、でもこうなんていうのかな、なんかこう嫌な見方だけどさ、俺が思ってるんじゃないの?
いいよ、嫌な見方いいよ。
スジが聞いて。
いや、やっぱさ、それこそさ、スジが好きなのはジシーなわけ。
でも仲良くしてるあの男の子ってさ、多分あんまいけてないじゃん。
フォロワーいないよ、多分。
いなさそうじゃん。
でもなんかこう、宿題一緒にやんない?とか言ったりとかさ、普通に授業中も四五二人でおしゃべりをするくらいの打ち解けではあるんだけど、スジにとっては多分その顔じゃ格が足んねえみたいな多分感じなんじゃねえかなって思っちゃったよね。
確かに。
なんか薬不足的なやつ?
すっげえ嫌な見方だけどね。
でもなんかそのスジがそもそもジェシーに片思いしてるっていうのも、現代っぽいっていうか、だってジェシーとは面識ないわけじゃん、その時点で。
そうだな、最初ないんだよな。
なのに片思いみたいな感じで、執着みたいな感じだよね、あの感じを見ると。
だって誘拐してるからねっていう。
そうだよ、そうだよ本当に。
なんかさ、自分がいわゆるトゥルークライムポッドキャストみたいなその事件を真相を暴くみたいなポッドキャストやってたとして、
有名になるなり方としては別に他にもいろいろある中で、ジェシーを誘拐するっていう、まあ都合が良かったのはあるのかもしれないけど、そこには絶対その複雑な愛着じゃないけど執着があって。
欲望と言っても良いかもしれないね、なんかドロッとした言葉で言う。
ドロドロの欲望があって。
で、それって今、同じ学校の同級生でも、やっぱり人間関係が対照的じゃないものになってってるんだろうなっていう。
あー対照的ってのはつまり、対等じゃないというかって感じのことね。
見る見られるみたいな関係が、要はそのSNSとかがある分、スウジはずっとYouTubeチャンネルをジェシーのを見てるから、ジェシーのことを知ってるし、途中で自分の髪とかを鏡見ながらセットする時に、
51:03
ジェシーの写真とかを見ながら、こういう服を着てるとか言ってこうやってチェックしながら見てたりとか。
参考にしながらやってるみたいなね。
一方、ジェシーはスウジの情報なんか一個もないわけじゃん。
てか知らないわけね。
それがその誘拐している現場、ジェシーは明確されてるし、相手のことは見えない状態で監禁されてるっていうのに表されてたりとかすると思うんだけど。
法的に見られてるわけね、ジェシーは。
そうなった時にやっぱりフォロワーとかチャンネル登録者がいるインフルエンサーであるジェシーに対して執着を持って、
そのインフルエンサーと同じ同格にならないと自分は釣り合わないって多分さっきの共和関連みたいなのがあって、有名にならないとっていう部分もあると思う。
いやーそうだね、だから表の顔をちょっと取り繕える、ちょっといい感じじゃダメなわけ。もう格を上げていかなきゃいけないっていう。
じゃないと格が離れてる片思いのジェシーと同格になれずに恋に落ちることが全く…じゃなきゃ見られもしないんだから。
なんかすごいいびつな構造だよな。
そう、すごいいびつな構造で普通に起きてることなんだろうなっていう。
なんかそのSNSとかない時代、俺らの時代だったら別に小学校でも中学校でも高校でもいいけど、その学校で見ている顔が全てだったわけじゃん、それこそ。
そうね、基本的には。
価値とかもさ、それはスクール化素的なものがあったとしても、学校の中でそういうものがあって、割と対照性が担保されたと思うわけ。
全然マシだったと。
家に帰ったらもう見えないからみんな何をしてるか。
だけど今はもう家に帰った後のその外面がどんどんどんどん流れてくるし、それがさらに数値化されてるから、恋愛みたいなものもいびつなものにならざるを得ないんじゃないかなって気はする。
だからスクール化素なんてスクールの外出ちゃえば何の意味もないっていう希望みたいなのがやっぱあったじゃない、昔は。
で、実際その通りだったし。
っていうのを実感して大人になるにつれて、なんかあったりしたけど、今はもうずっと化素なわけよね、スクール化素に対して。
ずっと化素ね。
ずっとそれが、しかも数値化もされてるから、身分の差みたいな、そんなものじゃないんだけど本当は。
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でも若い子たちはその感覚の方がリアルだろうな。
身分の差がなんてないよっていうメッセージよりも、現在と今フォロワーの人数の差がある。
いいねの数の差があるっていう感覚の方がきっとすごいリアリティがあって。
だからこそ本当に表の顔は取り繕わなきゃいけないし、一心不乱に真面目にひたむきにならざるを得ないし、だって努力したらできるはずなんだから。
できるんだろうみたいな、お前らみたいなのを誰かが言ってくるわけ。
これ誰もいないんだけど。
いないんだけど。
でも聞こえてくるような気がするし、内面から突き上がってくるわけ。
努力すればみたいなのが。
そう、瞑想は必要になるわっていう。
そうだよ。
また、瞑想のこともうちょっとだけ言っていい?
ジェッシーがさ、瞑想ってさっきも言った通り、セルフケアの技術であって、自分の不安定な状態っていうのを安定した状態に自分で持っていきましょうね。
自分の攻撃的なアグレッシブな状態を平和な状態に自分で持っていきましょうねっていう意味で、自分でなんとかしなさいっていうことである。
のと同時に、瞑想って象徴的だなと思うのが、ジェッシーもこれ言ってたけど、自分の中にある平和な部分とつながるイメージをしてみたいなことを、見せられるビデオの中で言ってたりするのがね。
で、ジェッシーは最後に、絶対覚えらんないんだけど、よく笑い、自分らしく、親切に、あとなんかもう一個くらい、なんか綺麗なこと言ってるんだけど。
綺麗すぎて、汚い俺には覚えらんないんだけど、4つしかないのに。
すごい綺麗なこと言ってる。
で、これも病的な、ちょっと意地悪な見方にはなっちゃうんだけど、つまり何なのかっていうと、今のお前はダメな状態だよっていうのを言ってるメッセージにも取れるの。
漂白しろっていうことだもんね。
つまりお前は今濁ってるよっていう。
キッチンハイターね。
で、ハイターで漂白しなきゃいけないような汚い状態のお前はダメなんだぞっていう。
だから、セルフケアの技術であるはずなのに、自己否定のメッセージが含まれてるっていうことなの。
なんか、すごい嫌だなって思うのはね、本当に。
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自分らしくあれっていうふうに言うじゃん。
これよく聞くわけ最近。
若い子で知り合いの、大学出たばっかりくらいのイラストレーターの子とかの、彼のアイコンイラストみたいなのにもBE YOURSELFって書いてたりするの。
あなたらしくあれみたいな。
すごい良いメッセージだなって思うのと同時に、お前は今お前らしくないからダメだぞっていう。
お前らしいお前になれっていう、なんだそれはみたいな。
そんなこと考えたこともないのにっていうことだよね。
俺は俺なんだけどっていう。
でもBE YOURSELFって言われた子さんに、今お前らしくないぞって言われてることになる。
ダメなんだぞって。
ちょっとまた若い子に刃向けてもしょうがないんだけど、別の子で。
俺が住んでる町は学生街なので、学生さんと知られることがよくあるの。
そのライブを主催しますっていう、お誘い側を受けることがあって、主催するんで来てくださいみたいな感じの時にも、
インスタの紹介っていうかイベントのページみたいに見たら、すごい厚いメッセージがバーってすごい長く書いてあって、
出演者は?ってお前はスクロールしなきゃ見ないぐらい長く、ステートメントみたいなのが書いてあって、
その中にもバンドを選んだ、オーガナイズしてるわけね、主催してて、学生さんなんだけど。
すごいなと思うんだけど、選んだ基準というかが、流行りに乗ったバズり的なものではなくて、
自分の好きなものを自分の表現の形で自分らしくやってる人たちっていうのを見て、何かをあなたたちにも得てほしいんだみたいな感じの、
そういうイベントにしたいのよ、ただのパーティーじゃなくてっていうふうに言っちゃって。
果たして俺はそれに行った時に、それを見て、あれなんかじゃあ、俺今なんかすげーのんべんだらりとポッツキャストをやりながら、
ステキャストしてるけど、これなんか俺、ダメなのかな、俺みたいな感じにならないよ、ならないんだけど。
ただのパーティーしようよーっていうこと。
お前やめろ、前回の主役の、人の過去を混ぜ返すな、お前。
ただのパーティーしようよーっていう。
二次会行こうぜーってポッツキャスト終わらせるぐらいの男なので、
こういうのに象徴されるように、自分らしさ、自分らしくあろうみたいなメッセージですら、
誰も意図してない、無意識的にお前はダメだぞっていう、
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否定の、自己否定、否定を内面化したら自己否定だね、が含まれてしまってるっていう、
キラキラしてるようですごい病んだ社会っていうふうに、なんか文句言ってもしょうがないんだけど。
これでも別に本人たちが悪いわけじゃないんだよね。
そうそう、全然そういうことを言ってるんじゃないんだよ。
あれと被害者、勝手に被害者って決めつけるのも嫌な感じだよね、確かに。
だってそれがまた否定のメッセージになっちゃうからあれなんだけど、でもそうとしか見えないんだよ、もう。
そういうカーストが緩かった時代から来た俺たちからすると。
タイムスリップしてきた。
浦島太郎からすると。
なんか暗い話になってんじゃん、やっぱり。
そうだね。
でも怖いっていう話ではあるんだよな。
数字の怖さに繋がるんだよね。
そう。
いやでもなんか、なんとかならんかったもんかねって思うけどね、ほんとに。
数字ウォリスを救いたいの動画撮る。
ちょっと古い?
数字、何やってんだよ数字。
何やってんだよ。
まぁちょっと俺のとこ来いよみたいな感じの人でしょ、確か。
どこで踏み間違ったんだろうねっていう。
踏み間違う、一線を越える瞬間はこの映画では描かれてないじゃん。
そうだね。
その誘拐をするっていうところに思いつくまで、思い立つまで、数字がポッチキャストのためにこういうことをするんだって。
そこの瞬間には葛藤があったのかどうかっていう。
それ以降はもう葛藤なんてないようにしか見えないよね。
思い立ったらすぐ証拠隠滅だから。
なんて怖い。
思い立ったらすぐ証拠隠滅。
思い立ったらすぐ証拠隠滅。
早かったよね、レイが死んだ後のさ。
早かったね。
生きてるかどうかの確認の前にさ、なんか先進スーツ繋ぎきたよね。
繋ぎきたよね。
早えなっていう。
もう頭の中ではフル回転でさ、自分が今まで蓄えてたいろんなトゥルークライムポッドが効いてなのか、こういう時にミスが出やすいとか、冷静にとか。
5分以内にとか。
情報だけいっぱい入ってくるんだよ。
自殺にミスかけたのが最良の手で。
検索能力ね、数字。
そうね。
これもやっぱりすごい現代的だなと思うけど、やっぱり調べれば何でも出てくるから。
1:03:00
まあ確かにな。だから一人でできるもんね。
一人でできるもん。
あれはさ、一人でできるもんが公演されてるから。
スタッフいっぱいいるから。
スタッフいっぱいいるし、実際あの子一人でやってねえじゃん。
やってないからね。
確かにいたじゃん、天の声みたいな感じの。
あれだって一人ごとでずっと料理してたから。
そんなことどうでもいいやん。
おじさんの懐かしい教育テレビの話は置いといて。
現代の数字が、そう。
俺がよく言うことに繋がっちゃうから、またかよみたいな感じになっちゃうんだけど、
やっぱり裏の顔を晒せる人が一人でもいたら、
こんな突っ走らなかったような気がするんだよね。
物語の始まりからお母さんがいないっていう状態だから、唯一の家族が。
で、友達もいないっていうことだから、
もう最初から止まってなかったんだけど、
途中で中断するために、裏の顔、素顔をさらけ出せる人、もしくはわかってくれる人っていうのが、
いればよかったなっていうふうに思うのと、
同時に、実はそうなる可能性がある人が一人いたんだよ、この映画に。
誰だと思います?
誰だと思います?
皆さんの斬新な意見をメールで。
後編へ続きます。
01:04:53
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