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2025-01-02 28:55

落語『紅無垢鰻』/燐斗(むしけら横丁 燐光堂)

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落語『紅無垢鰻』


作:燐斗(むしけら横丁 燐光堂) @rinkodou_64kera様

BGM:魔王魂


https://x.com/rinkodou_64kera/status/1851821406784282949?s=46&t=63z_TUXdJxoQvBp-LsRI6g


お借りしました!


#紅無垢_落語チャレンジ

#フリー台本


【活動まとめ】https://lit.link/azekura

サマリー

落語『紅無垢鰻』では、カセットプレイヤーから始まる奇妙な落語の録音が展開され、うなぎをテーマにした怪談が語られます。物語の中では、江戸時代におけるうなぎの高級さや、男と女の禁忌の愛が描かれています。主人公のはんすけは、元恋人のおべにの幽霊に脅かされつつ、思いがけず美味しいうなぎを食べる様子が表現されています。物語は、幽霊との恐ろしい再会から始まり、恨みや悲しみを伴った不気味な結末へと進展します。

落語の幕開け
落語 紅無垢鰻
中古でカセットプレイヤーとかDVDデッキとか買うとさ、中に元の持ち主が入れっぱなしにした忘れ物が入ってることがあるんだ。
そういうのをお気土産とかプレゼントって呼んでるんだけど、たまに奇妙なやつがあるんだよ。
ちょうどこの間プレゼント付きのプレイヤーを買ったから、一緒に聴こうぜ。 もしかしたら当たりを引けるかもしれないな。
そんな誘いを受けて、今、目の前には所々に埃が詰まった古いカセットプレイヤーが置かれている。
友人もまだ一度も再生していないという。 どうでもいいラジオの録音が延々と流れても怒るな、と釘を刺された。
再生ボタンを押すよう促され、私はハマりの悪いボタンを押す。 勝ち。
一泊置いて、ザーッとノイズが流れ始めた。 テープが古いせいか、時々シャッシャッと雑音が入る。
しばらくして女性が話し出した。
第427回特別落語名人会 これより開幕させていただきます。
割れんばかりの拍手が巻き起こる。 鳴り止まない拍手がようやく落ち着いた頃、今度は男性の声がした。
皆様、お暑い中こうしてお集まりくださりありがとうございます。 明強停止水です。
再度拍手。 シャッシャッとノイズを挟んで次の言葉を期待するように会場がしんと静まった。
どうやらこの置き土産は落語の講演を録音したもののようだ。
うなぎの魅力
当たりとは言えないかもしれないが不思議と気になって聞き入ってしまう。 明強停止水と名乗った落語家は、それから調子よく話を展開していった。
えー皆様ね、近頃暑くなってまいりましたけどね。 やっぱり夏ですからもっと暑くなりたいんじゃないでしょうか。
祭りだ宴会だと夏に世の中が求めているのは熱気熱気熱気。 息もしづらいくらい暑いってのに物好きなもんですね。
え? 夏なんだから涼しくなる話が聞きたいって?
まあそう言いなさんな。 と言いつつ、そう言いなさると思ってましたから、私はね、ちゃんと涼しくなる話を持ってきたんですよ。
本日お話しさせていただくのは怪談です。怪談。 せっかくこれから涼しくなるんですから、皆さん今のうちに熱々の茶でもお飲みになってね。
会場を熱気熱気熱気で満たしておいてくださいね。 熱々といえばこの間土曜の牛でしたでしょう。
熱々の白いお米の上にホクホクの実と香ばしく甘いタレ、たまりませんね。
うなぎ丼ぶりのご飯はうなぎを引き立てるために工夫されたものですから、そりゃ相性がいいんですよ。
昔は今ほど交通の便がよろしくなかったですから、 せっかくうなぎを出前で頼んでも冷めてしまって、これはうまくないと。
それで熱いお米と一緒に運んだのが今のうなぎ丼ぶりの始まりです。
皆様はうなぎお食べになりましたか? 最近まあ高くなっちゃって、
私も1年に一度食べられるかどうかという貧乏暮らしですが、 それもこれも江戸時代に平賀玄内が土曜の牛の日なんて言い出したばっかりに
どんどんと白がついてしまったせいですね。 なんてことをしてくれているんだと。
そういえば江戸時代もうなぎっていうのは高級なグルメでしてね。 うなぎといえば静岡県。
かつてはとうとうみや駿河と呼ばれておりました。 特に浜中を有するとうとうみは昔からうなぎが名産でした。
これはそんなうなぎにまつわる怪談話でございます。 なんでお前さんとうとうみに来るのは初めてかい?
せっかくとうとうみに来たんだったらうなぎ食ってけーらなきゃな。 あそこの店なんかうまいぞ。入ってみるか?
うなぎですかい?俺は食ったことねーんですよ。 そいつはちょうどいい。
ガラガラガラッと店のとを引き、おかみさん、うなぎ飯2つ。 はいよー。
2人はずるずるずるとお茶を飲み、ふーと息をついて、 そこで片方の男が思い出したように、ああそうだそうだ、と言う。
とうとうみの中でもここ崖川でうなぎを食うんだったら一つ気をつけねえといけねえことがあるんだ。
気をつけねえといけねえこと? そうさ、いけずに泳いでるうなぎの口が赤かったらなあ、その店じゃ食ったらいけねえ。
うなぎの口が赤い?そんなことあるんですけ? というのもな、
とうとうみの崖川、武家の松浦遠衛門の娘に、 おべにという非常に美しく気前のいい女子がおりました。
おべにはよく城下町に出ておりましたが、その目当ては茶屋でも御服屋でもなく、 近くの村から出稼ぎに来ていたハンスケという男でした。
ハンスケは百姓家の者で、独り身でしたから女がする代わりに旗織りをして、 余った織物を売りに来ておりました。
その織物がおべにの目に留まったというわけです。 おべにはハンスケを好いておりました。
ハンスケもまたおべにのことを好いておりました。 二人は相思相愛でありましたが、いかんせん二人には身分の差がございます。
結ばれたくても結ばれることができない、 そんな二人でございました。
ですが秘密の王政も二度三度と繰り返せば深い仲になるものでございます。 おべには次第にハンスケの家に通うようになっていきました。
田舎道をシャッシャッと控えめにすり足で歩く音が聞こえると、 ハンスケは戸口の近くに立ちます。
そんな丁寧で上品な歩き方をする女子はここらに一人しかおりません。
ハンスケ様、参りました。おべにです。 戸を開けてくださいまし。
ああ、おべに、今日も来てくれたのか。 ハンスケがガラッと戸を引けば公家を抱えたおべにの姿がありました。
ええ、ハンスケ様のことを思っておりますと、 いてもたってもいられませんでしたから。
おべには公家の水をチャプンチャプンと揺らしながら土間の方へ歩いていきます。
何だい?その桶は。 この桶ですか?これはウナギですよ。
ウナギ?ウナギといったら随分な高級品じゃないか。 どうしたってそんなものを。
ハンスケ様に食べていただきたくて持ってまいりました。
はあ、そりゃわざわざありがたいことだ。 しかしうちにはウナギに合うような米もタレもない。
ですが立派ないろりがありますでしょう。 塩焼きにしたウナギも美味ですよ。
おべにはたすきで着物の袖をくぐって、 手際よくウナギをさばくと串に刺し塩をまぶしていろりに並べていく。
パチパチと火の音が鳴り煙が上がり始めると たちまちいい匂いが部屋中に立ち込めます。
おお、おお、これがウナギの香りか。 なんと香ばしく腹がすく香りだろうか。
お暑いうちにどうぞ召し上がってくださいまし。 そうだな、そうしよう。
ハンスケはいろりから串を抜いて、 アチッアチッと両の手で餅パクリ、一口食べればパクリパクリ、
二口、二口、四口、五口。 あっという間に平げてしまいました。
ウナギってのはこんなにうまいものなのか。 あっという間になくなっちまった。
ハンスケは口惜しそうにウナギのなくなった串を眺めます。
そうですか、それはようございました。 であれば明日またウナギをお持ちしましょう。
本当か。 楽しみだ。
おべには翌日、約束の時にきっかり合わせて ハンスケの家を訪ねました。
シャッシャッと歩く音に合わせて、桶の水がチャプチャプとなって近づいて参りますと、
ハンスケはもうそわそわと落ち着かない心地でございます。
ああ、早くウナギが食べたい。 昨日食べたあのうまいうなぎがまた食べたい。
ハンスケ様。 おお、おべに来たか。
ささ、中へ中へ。 その日はおべにがかば焼きのタレを持参しておりました。
かば焼きの焼ける香りってのはどうしてこうもよだれが出るんでしょうね。
ウナギ屋からもくもくと煙が出ている前を通ったら グーッとお腹が鳴るなんてことがよくございます。
ハンスケの腹もまたグーッといい音を鳴らしておりました。
ハンスケ様、どうぞお召し上がりください。
これはまたなんと綺麗な艶、なんとうまそうな香りだ。
こんなに素晴らしいものを生きているうちに食べられるだなんて思いもしなかった。
ハンスケはかば焼きにかじりつきました。
まったりとした舌触りの後、白身魚の甘みとタレの香ばしさの混ざり合った味が口いっぱいに広がります。
ハンスケは舌つづみを打って、うまいうまいうまい と繰り返しました。
うまい、何度食べても飽きなどくるまい。
うまい、うまいなあ、明日も食べたいくらいだ。
そうですか、でしたら明日もお持ちします。
そ、そうか、明日も持ってきてくれるのか。
ええ、もちろん持って参ります。
そうか、それは楽しみだ。
ハンスケはさすがに申し訳なく思いました。
今まで贅沢のゼの字もなかった男ですから、まさか毎日うなぎを食う日が来るとは夢にも描いておりませんでした。
次の日も、そのまた次の日も、お紅は光景を抱えて尋ねて参りました。
ハンスケはだんだんと怖くなってきてお紅に尋ねます。
このうなぎは一体、どこのうなぎなんだ、こんなに毎日毎日と持って来られるものではないだろう。
このうなぎですか。
坂川にうなぎ渕というところがございまして、そこでたくさんうなぎが採れるのです。
たくさん、だってお紅の家はお武家様なのだから、うなぎ漁をしているわけではあるまい。
これ以上は忍びないというハンスケに、お紅は良いのです良いのですと繰り返すばかりでありました。
ハンスケもハンスケですっかりうなぎのうまさを知ってしまっておりますから、強く断る理由がございません。
ああ、明日もうなぎだ。お紅がうなぎを持ってくる。楽しみだなぁ。楽しみだなぁ。
うなぎが早く食べたくってたまらない。
とはいえ、10日も食べ続ければどんな贅沢品だろうと人間誰しも飽きてくるものでございましょう。
不気味な愛の持続
ハンスケがうなぎに飽きるのとお紅に飽きるのはほとんど同時でした。
ハンスケ様、参りました。お紅です。
今日もお紅が公家と共にやってきます。それを煩わしく思い始めたハンスケはこう言いました。
ああ、お紅か。すまないが桶を置いて帰ってくれないか。 客が来ているんだ。
むろん客なんてものはおりません。ハンスケ一人だけです。 お紅は残念そうに
そうですかと告げ、再びシャッシャッと来た道を帰っていきます。
そんな折、偶然にもお隣のキューベーが帰るお紅の姿を見つけました。
ごくごく平凡なハンスケのうちには場違いなみなりの女子です。
こりゃなんだどうしたとキューベーはすっとんで行ってハンスケの家の扉を叩きます。
ハンスケ、ハンスケ、今帰って行った別品さんは一体全体どこのもんで、
ずいぶん良い着物を着てただろう。 女か、ハンスケにもとうとう女ができたか。
えらく上等な女じゃねえか。おまけに身分も高い娘っこと見た。 水臭いぜ、紹介してくれたっていいのによ。
何をしたらそんないいとこの娘さんとって、なんだこれ。 ウナギじゃねえか。
いい加減にしろ騒がしい。 ほら見ろ、ハンスケ、ウナギだウナギ。
ウナギだからどうしたって言うんだ。 欲しいなら持って行けばいい。
え? 何言ってんだお前さん、ウナギだぞ。
いいのか。 もういいんだ。煮るなり焼くなり好きに食え。
はあ。 いいんだな。
いいって言ったな。 言ったんだからな。
分かった分かった分かったから、持って行くなら早く持って行ってくれ。 男に二言はないぜ、ハンスケ。
じゃな。 それからさらに月日が経ちました。
その間、おべには相も変わらず毎日毎日ハンスケにウナギを届けに来ておりました。 ハンスケはもう君が悪くて仕方ない。
扉を開けなくても返事をしなくても追い返しても、おべには翌日必ずやってくるのですから。
初めのうちは喜んでウナギを食い、上機嫌でまたよこせと言っていた九兵衛も、この状況にはすっかり肝が冷えてしまいました。
ハンスケ、どうすんで。 もうこうなったら先に他の女ごと身を固めるでもして諦めさせるしかあるめえや。
そうだなあ。 見合いでもしたらどうだ。
前から村長んとこのお梅さんとの縁談上がってただろう。 早々に結んじまって、おべにさんには身を引いてもらうのがいいんでねえか。
なあ。 そうしてハンスケは長らく避けてきたお梅との縁談を受けることにしたのでした。
婚礼の儀を終えた晩、ハンスケが家に帰れば玄関先にはその日もやはりウナギの入った後家が寂しく置かれておりました。
とはいえ、これで最後だ。別の女と家にいる様子を見れば、きっとおべにももうここには来るまい。
ひどいことをしただろうか。いいや、あの女が不気味なのが悪いんだ。 毎日毎日本当に必ず通いに来る女なんぞ聞いたことがない。
そもそもこんなにウナギを持って来られるわけがないのだ。 きっと何かよからぬことをして手に入れたウナギだったのだろう。
おべにと一緒になったが最後、あわや打ち首になっていたかもしれない。 あるいは、実はずっと狐にばかされていたのかもしれない。
きっとそうだ、そうに違いない。 そしていよいよ次の日。
シャッシャッと地面を歩く音がして参りました。 「はんすけさま?」
幽霊の訪問
おべにだ。 はんすけはおうめにめくばせします。
おうめは首をひねりながら扉を開けました。 「うちの主人に何か御用ですかい?」
「何?ウナギ売り?あいにく主人は魚を好かないのさ。 隣のうちでも当たっておくれ。」
と言ってぴしゃり戸を閉めてしまいます。 はんすけのもとに戻ってきたおうめは
「なんだいあの娘は?」と言いながらも気にした様子はなく、 はんすけはきっとこれで大丈夫だと安堵のため息をつくのでした。
しかしそのまた翌日。 シャッシャッと地面をすり足で歩く音が聞こえてきます。
チャプチャプと桶の中で水の跳ねる音。 はんすけはぎょっとしました。足音は戸口の前で止まります。
「はんすけ様、参りました。お紅です。」 はんすけはもうたまらなく恐ろしくなって布団をひっつかんでガタガタガタと体を震わせます。
「はんすけはいない、はんすけはいない、はんすけはいない。 帰ってくれ。」
「いらっしゃらないのですか。ではうなぎ、ここに置いて帰らせていただきます。」
シャッシャッと足音が遠ざかっていきます。 ほっとした次の瞬間ガラガラガラッと戸が開いてはんすけはキャーッ
玄関から顔を出したのはおうめでありました。 おうめは布団にくるまって震えるはんすけに呆れ顔をします。
「どうしたんだい、みっともないね。」
「おうめ、おうめ、そこで家から帰っていく女を見なかったか。」
「え、そう言われてみればいたかもしれないけど、 ああ、あんた、うなぎが置いてあるよ。あのうなぎ売りまた来てたのかい?」
「ちがうんだ、う、う、うなぎ売りじゃないんだ。」
「じゃあ何なんだい?」
「あの女はおべりと言って、お前と一緒になる前に婚姻にしていた女なんだ。 お前と一緒になった今諦めてもう来ないだろうと思っていたのに、まだ来るんだ。
毎日毎日うなぎを持ってくるんだ。」
はんすけは震えながらおうめにすがりつきました。 それを聞いたおうめも顔を青くして震え上がります。
恐ろしい計画
「う、ど、どうするんだい、そんなの。いつまで来るかわかったもんじゃないじゃないか。 ああ、恐ろしい恐ろしい。」
「こ、殺してしまおうか。」
水を打ったように静かになりました。
はんすけとおうめは顔を見合わせます。 そしてゆっくり首を縦に振りました。
結婚は明日。 九兵衛も呼んで日暮れ頃おべにがやってきたところを男二人がかりで襲おうという算段です。
太陽がもう間もなく沈み、月が昇り始めようという鳥の黒。 棒切れを持って戸口の前に立つはんすけと九兵衛は息を殺しておべにが来るのを待っておりました。
その時、シャッシャッ、シャッシャッ。
上品なすり足で砂利道を歩く音がしました。 男二人はスーッと息を飲みます。
シャッシャッ、シャッシャッ。
チャッチャッ。
はんすけ様、参りました。おべにです。
二人は一度目を合わせ、九兵衛ははんすけの背をグイッと押して戸口に近づけます。
ああ、おべに、来たのか。
はい。 今日はうなぎと米を持って参りました。
こ、米もか。 ほら、はんすけ。
はんすけ様、戸を開けては下さいませんか。 お久しぶりございますから、お顔を見せて下さいまし。
よし、今だ。九兵衛は戸口にぴったり背をつけて合図を送ります。 はんすけは勢いよく戸を引きました。
九兵衛が飛び出して掴みかかり、おべにの体を地面に張り倒します。 押さえつけられたおべにの頭に、腹にはんすけが勢いよく振りかぶった棒を打ちつけました。
何度も何度も打ちつけてふと、悲鳴一つあげぬおべにに違和感を抱いて、 その時初めて二人はおべにの顔を見ました。
それは真っ赤な婚礼着に身を包んだ、シャレ神戸でした。 キャー、はんすけと九兵衛はひっくり返って腰を抜かします。
ゆらりと立ち上がったシャレ神戸は、おべにの声で悲しげに言いました。 恨めしや。
ああ、恨めしや、はんすけ様。お慕い申しておりましたのに。 たとえ我が身が朽ち果てようと、こうして捧げて参りましたのに。
あなた様は私にひどいことしかなさらないのですね。 ああ、恨めしや、恨めしや。
おべには涙を流すことのできないうつろを抑え、しくしくと泣いて去っていきました。 はんすけは次第に恐怖よりも罰の悪さがかって、ひっくり返った桶にうなぎを戻します。
不気味な結末
はんすけ、まさかお前さんそのうなぎ食うんじゃねえだろうな。 食わないと忍びないだろう。おべには俺に見合わないくらい、きたてのいい娘だったのに。
幽霊が置いていったうなぎなんて食って、どうなっても知らねえぞ。 幽霊と知らずにお前だって食っただろう。
う、それはそうだけどよ。 幽霊はそれ以上はんすけを止めることはしませんでした。
はんすけは家に帰ると、慣れない手つきでうなぎをさばいて櫛に通し、 塩をまぶしていろりにさしました。
パチパチと油が音を立て、いい匂いと煙がもくもく上がって参ります。 表面にちょうどいいくらいの焼き目がついて、さーてそろそろ食べ頃だろうと櫛を持てば、
おっといけねえ、あっついあっつい、慌ててふーふーと息を吹きかけてばくり。 これはまたなんとも微味、今まで食べたどのうなぎよりもうまい。
ふくよかで弾力があり、よく油がのった身は噛めば噛むほど甘い味がするではないか。 塩加減もうまくいった。うなぎの味を邪魔しない。
これはうまい。まるでこの世のものではないくらいにうまい。
半助は一度食べては舌つづみを打ち、うなぎを噛みしめました。 やがて最後の一口、これで終わってしまうのが惜しいと思いながら、油の一滴も逃すまいと口に含んで、
ああ、うまい。 こいつは飯が食いたくなるなあ、とお紅が持ってきた飯に手を伸ばした時、
半助は突然血相を変えて転がります。 喉を押さえてゴロンゴロンと中打ち回り、ドマの床をひっかいて暴れる顔が真っ赤になって真っ青になってと忙しく、
見開いた目が端からどんどん充月していって、そしてとうとう半助は事切れました。 後に聞いた話では、自分の舌が喉に詰まって窒息してしまったんだとか。
何でも、その時半助が食ったうなぎの口が真っ赤に紅を塗ったようだったそうだ。 坂川に見投げしたお紅の血肉を食ったからだとか、お紅の恨みが宿っているからだとか、
むしろお紅は半助と一緒になりたかったから、うなぎまでめかし込んでたんだとか、諸説あるらしいかなあ。
ここらじゃ有名な怪談話さ。 だから、掛川で口の赤いうなぎを見たら食ったらいけねえってわけだ。
それは、べにむくの女が読みから連れてきたうなぎだからな。
そうなんですかい? そのうなぎの口っていうのは底のいけすのうなぎくらい赤いんですかい?
え?
とまぁこんなお話でございます
裏飯や裏飯や 食べ損ねたうな飯やうな飯や
なんてね 皆様ぐれぐれも口紅のウナギには気をつけてくださいよ
サンズの川産のウナギが食べたいって言うんだったら 私は止めやしませんけどね
盛大な拍手とともに演目が終わり プレイヤーの再生も止まる
テープのノイズが消えた部屋はやけに静かだ だからか
シャッシャッと何かが地面を擦る小さな音がよく聞こえた
そういえばテープを聞いている時にもこの音はしていた気がする
シャッシャッと ノイズだと思っていた
シャッシャッと 凝った落語の演出だと思っていた
テープが止まった今もなお音がしている シャッシャッ
シャッシャッ 地面をすり足で歩くような
まるで 自分の周囲をぐるっと回られているような
友人がカチャリとプレイヤーからカセットを出す 帯にはこう書かれていた
べにむくうなぎ
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