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2022-08-16 39:48

S1 ep25 郡上おどりの今と昔 夏の雑談編(中編)

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雑談に終始して多くの失言を残して終わった前回から引き続いて「夏の雑談編」と銘打っているものの、今回は結果的にワンテーマを深掘りする回になりました(特に準備もせずに話しているので間違ったことも言っていますが...)。今回のテーマは「郡上おどり」。岐阜県郡上八幡で毎年夏に開催されるこの盆踊りイベントの来歴や特徴などについて話します。図らずもこのエピソードが配信されるのは8月16日AM(15日深夜)。ちょうどお盆の徹夜おどりの真っ最中です。3年ぶりの開催で盛り上がっていることでしょう。それでは、郡上おどりを知ってる人も知らない人もぜひ聞いてください。

今回の話題:
Cra出しRADIOはストーリーと技術どちらの話もしていきたい/郡上おどり発祥祭と郡上おどり保存会100周年の記念式典に参加してきた/郡上おどり自体の歴史は430年?/7月から9月の32夜に亘って開催/10曲の演目をフロアの盛り上がりを見ながら選曲/現在のプログラムになったのはここ100年の間/徹夜おどりって別に休まず踊り続けてる訳ではない/一晩中踊っても疲れない曲構成/トランス状態に入らないと踊り続けるのは無理?/おどり保存会が100年前(大正時代)発足なのは明治時代に一度郡上おどりが禁止されたから/禁止された理由はキリスト教的な価値観では破廉恥で前近代的なものと捉えられたから?/男女の情事を歌った歌詞が多い/戦後の民謡ブームに乗って更に発展/観光事業としての郡上おどり/アンプリファイされることで大規模なイベントとして成立する?/オープン性が特徴であるイベントでいかに収益を上げるのか?/京都で郡上おどりのイベントをやる必然性はあるのか?/郡上おどりin青山には郡上藩主の青山氏の武家屋敷があったという歴史的な由来がある/郡上おどりの「かわさき」も「まつさか」も伊勢参りから持ち帰ったもの、その土地でやる必然性なんて別にない?/オリジネーター至上主義/郡上おどりの太鼓は超難しい?

郡上おどり(郡上八幡観光協会)
http://www.gujohachiman.com/kanko/odori.html

郡上おどりin京都
http://www.kyoto.gujo-odori.jp/

ConCraプロジェクトの詳しいコンセプトは公式サイトへ。
https://concra.jp

そしてここに掲げているコンセプトのもと、実際にモノを作っていこう人が集まるオンラインコミュニティであり実験場 ConCra Collective(コンクラコレクティブ)が2022年3月1日にオープンしました!
興味のある方はぜひお気軽に参加してください。
https://basic.motion-gallery.net/community/concra/

#concra(twitter)で感想、質問、リクエストなどお待ちしています!

パーソナリティ:岩田篤 蔡海 福原志保

00:01
クラ出しRADIOは、使わなくなった大切なものを、様々な工芸技術で生まれ変わらせるコレクティブ。
ConCRAのメンバーが、分かりたいけど勉強しにくい工芸について、見たり調べたり、作り手のお話を聞いて、時に脱線しながら、皆さんと一緒に考えていく番組です。
ConCRAの海です。
岩田です。
四方です。
はい。雑談のまま、終わってしまった前回で、雑談だけで終わればいいんですけど、僕がちょっとだいぶ、羽目を外しすぎた。
羽目を外したってわけじゃないけど。
羽目を外したわけではないんだけど。いろいろと、物には言い方があるのになっていうのを。
それを言うなら私ですよ。日本屈指の画家さんを下手上手っていうふうに、しかもお前上手いわけでもないのに何を偉そうにって怒られるようなコメントを言ってしまいまして。
僕も中日ファンなんですけど、日本シリーズで副止めがエラーした時に下手くそって思いましたからね。やれって言われてもやれないですよ。
やれって言われてもやれないですよ。でも僕は一定いい立場かなって思いました。
それか。
野球ファンはそういう気持ちでみんな。
ファンだから言っていいけど、私は別に日本がファンではないから、その視点というよりは本当に何も知らずに見るとそう見えちゃったっていうのってどういうことなんだろうっていうのはもちろんなんかもやもやはしてるんだけど。
ありがたい先生の絵だって知らずに見るとなんでこんな。やめよう。
ちょっと先週のモードに引き戻っちゃったので。
ちなみに先週本当に雑談がゴロゴロ転がって終わっちゃったんでちょっと整理したりする間もなかったんですけど。
ちょっとあの歌舞伎の話で僕が思ったことっていうかなんかそうだなと思ったことを一つまとめっぽいことを言っておくと。
あのそのストーリーと技術論みたいな話がありましたけど。
なんかその僕らがコンクラっていうプロジェクトを立ち上げてで蔵出しラジオっていうわざわざ音声のコンテンツ毎週配信してるのでコンクラっていうのがその自分が自分とか自分の何か親なりそういう人が大切に持ってたようなものとかあるいは別に大切じゃないけど持ち続けてたものを振り返って。
03:14
まあそこのものが持っているあのストーリーみたいなものに対してその技術を加えて何か別の新しいものに生まれ変わらせるみたいなことがざっくりとしたコンセプトだったときに。
結構今までも須藤さん野島さんとゲストを呼んでこれからもいろんな作り手の方をゲストにお招きしてやっていこうって思ってるので結構そのだから技術の深掘りもしたいし。
かといってその技術だけの話をするじゃなくてそのものとどう向き合っていくのか人間がっていうところはなんかその僕らのコンクラのコンセプトの核でもあるしなんかどっちかがいいとか悪いとかじゃなくてなんかあのどっちも聞きたいっていうスタンスなのかなと思ってて。
なんかものが持つそのなんだろうものそのものを見ているのかそれとものを持っている人たちの持つストーリーを見ているのかとかで全くなんかその安倍さんの話だったら石ころがただの石ころなのか道路に転がってた石ころなのかいやそうじゃなくてちゃんとコンテクストがある石だって言われるとまた石の価値が変わるみたいな。
のに加えてじゃあそこに人の手がさらに加わるとその作り手のストーリーも加わるからなんかこう我々って何を見て価値だと思っているんだろうっていうのはなんかよくディスカッションに上がるポイントですよね。
たとえが駅前の石でいいのかどうか別にしてそういうことですよね。
いやなんか岩田さんのおかげでなんかちゃんとメインストリートに戻ってくれた。裏口からちゃんとなんか表通りに戻ってこれた感じがします。
なんか勝手口から家入っちゃったみたいな感じになりましたけどあの今回は岩田さんの近況って何ですかっていうのを前回我々が奈良の歌舞伎でちょっと大半過ぎちゃったんで。
今日収録してるのが7月の29なんですけど7月の9日にあの宮城、岐阜県の宮城市、宮城八幡に行ってきましてあの招待されてというかあのお呼びがかかりましてあの行ってきたのがあの宮城鳥の発祥祭ってやつだったんですけど。
06:03
発祥祭っていうのはなんか偶像踊りが始まってなんか記念イベントみたいな感じじゃないですか。
偶像踊り、偶像踊りの説明が説明がまずいるんですけどあの偶像踊りってえっと一夏でねえっと基本はね何日やったかな37やとかやったかな。
1ヶ月以上。
そうあので毎日やるってことじゃなくて毎週末とかあの週の中のどっかとかっていう感じでとびとびにやるんですけどだいたい7月の頭に始まって9月の中旬ぐらいに終わるんですよ。
そんな暑い時にそんななんか長々とやって人が倒れないかっていうぐらいの長い長期イベントなの。
そこはちゃんと水分補給してやっていただきたいと思うんですけどあの7月の頭のその今年の偶像踊り始まりますよっていう時の一番最初の偶像踊りのことは発祥祭って言うんですけど。
その初日のキックオフイベントっていう感じ。
初日です。
行ってきて何で呼ばれたかというとあの僕がえっと偶像踊り京都っていう京都でやっている偶像踊りのイベントの実行委員会の実行委員長っていうのをやっててなぜか。
だいぶ足入ってますね。
両足入ってますね。
両足入ってる。
でまぁそれそのつながりであの偶像の踊り保存会っていうのがあるんですけどそのあの団体が創立100周年を今年迎えたので。
100年もやっとの会っていうのが今。
それの記念式典に呼ばれてでまぁそのまま夜は発祥祭みたいな。
今なんかさらっと言ってますけどよくよく考えると変な話で37日間しかも毎日じゃないにしても7月から9月って結構長いスパンのその踊り続けるフェスを100年もやり続けるってだいぶおかしな話ですよね。
大正時代だと思うんですけどそういうまでも多分踊り自体の歴史はもっとある。
もっとありますね。
430年とか。
踊りそのもの偶像で踊っているその踊りそのものはそんなに長く続いているってこと。
その会というかアソシエーションが100年ぐらいかなっていう。
お祭り自体はお祭りも100年400年どっち。
お祭り?
これがね結構なんていうか掘っていくといろいろそれこそね何やろうなあの。
09:01
犬王の会で平家物語がバラバラだったのが赤四角一がまとめていったみたいな話じゃないですけど。
まとまっていくタイミングっていうのがあるんですよねそのバラバラしてたものを。
で実はそれが今回あの100周年その保存会の100周年の式典にその出席させてもらって記念誌をその準備されてていただいたんですけど。
あの今までの活動の写真とかを集めたような後その偶像団の歴史みたいなことを振り返るような。
でまあそれを何か読んで結構初めて知った事実とかもあるんですけど。
まずその430年前とかっていうと江戸時代の初期かな。
1600何年とか。
ですよね。
でそのまあ当時のその偶像団でまあ藩主が割と奨励して、
市の交渉の境を抜きにしてこうみんなで楽しみましょうみたいなことで始まったとは言われてる。
ちょっとそこまでそんな自由なものだったのかは何ともわかんないですけどね。
文字通りの奉励行、今日は奉励行でってことですね。
重みが違いますね。
なんかあの一揆の何かに対しての政治的な反発でそうしたのかと思ってた。
偶像一揆っていうのはね確かに一揆のその有名な一揆の一つではあるんですけどそれはもうちょっと時代下るんですけど。
でまあその時代の踊りがどういう形をしてたのかよくわかんないです。
少なくとも今とはおそらくだいぶ違ったはず。
そういうものなんですね。
今のなんか緊急報告とか言ってめっちゃしっかり偶像踊りの話しちゃってますけど、
今の偶像踊りっていうのはどういうフォーマットになってるかというと、
さっき言った最初に言ったように7月の頭から9月まで37円とかを週に何回かみたいな形で踊って、
で裏盆へっていうお盆の周辺の13、14、15、16この4日間だけ徹夜踊りするっていうプログラムになってるんですね。
3日間か。
まあ徹夜、文字通り徹夜踊り朝まで踊るんですけどね。
3日を一手踊って死なないの?
4日間踊り続けるわけではなくて、夕方から始まって朝まで踊るっていうのをそのお盆の4日間は続ける。
だからまあ部長の8万の人たちはお盆の間は昼間寝てんのかわかんないですけど。
昼より寝てんの。
すごい。
びっくりした。なんかそれってちょっとした何だろう薬でも決めないとやれないレベルの話だと思う。
12:06
年越しで西野卓球が24時間DJあるとか昔はやってましたけど、
どうやってやってんのかなっていうのは思って。
まずそういうプログラムになってます全体として。
徹夜踊りっていうのは裏盆へ。
それはもうお盆なんで、専属用の踊りとしてその4日間はやります。
じゃあそれ以外のその30何回もやるのっていうのはどういう名目で踊るのかっていうと、
それこそさっき出た偶像一揆の霊を痛むであるとか、
鶴住っていうあのすごい強い馬が排出したみたいな話が鎌倉時代の話であるんですけど、
それをなんていうか祀る日とか、
それぞれの日に何かしらのそのトピックがあって、
それを街の中のいろんな場所で会場にしてやるっていうのが今の偶像踊りのプログラムなんですね。
ちなみにお二人は偶像踊りって何か聞いたり見たりみたいなのってあります?
あの私偶像八幡3回ぐらいは行ってて、
たまたまあの居山須っていう学校が岐阜県の大垣にあるんですけど、
あそこがなんかこう授業の一環で偶像踊りをどうやって記録に残すかみたいな授業があって、
映像として残したり音として残したり文章として残そうみたいなのを学生がやるっていうのにくっついていって行ったことあります。
じゃあ実際踊ったりとかも?
私ちょうどたまたま夏のレジデンスアーティストとして冬に滞在してたので、
時期がずれちゃってたんですよ。終わった後っていうかそういうのあるんだよって言って、
おもしろい、なんか狂ってるなって思って聞いて、
勘違いしてたんですけど、食べないで寝ないで踊り続けるというレイブカルチャーの最初からとか思って。
4日間徹夜で踊るって聞いたらそう思います。
そうなんですよ、完全に狂った、狂ってるなみたいな。
狂ってるのは事実で、全体としてはそういうプログラムの中で、
どういう踊りになってるかっていうと10曲あるんですよね全部で、曲目が。
10曲あるんですね。
10曲あってそれをフロアの盛り上がり方を見ながら、
それこそ保存会の人たちが館って高いところに乗って演奏して、
15:07
次の曲を選んでいきながらずっと回していくんですけど。
DJみたいだね、フロアの盛り上がりを。
緩急をつけるわけですよね。
緩急があるんで明らかにこの曲はチルで、この曲はかなり上がる曲やみたいなのはあるので、
そういう曲を選びながら、だからこそ徹夜で踊り続けられるんですけど、
ずっと同じ踊りやったら飽きるし疲れるし、
だから適度に力を抜きながらずっと踊り続けられるみたいなプログラムになってるんですけど、
7月から9月までやり続けるっていうフォーマットとか、
10曲で回すっていうフォーマットっていうのが割と定まったのが、
それこそ踊り保存会が発足した100年前以降、大正時代以降なんですよね。
ちなみに何で10曲なのかというのと、あと1曲につきどのくらいの長さなんですか?
曲どうやら、それこそ早く切り替わる時もあるし、1曲をすごく長く歌う時もあるし、
長かったら1曲15分とか20分とかそんなんじゃないですかね。
それを覚える。でも15分で10曲ずっと回すってやっぱ狂ってるよね。
狂ってるのは狂ってるんですよ。
バランス状態に入るからこそちょっと長く引っ張るっていうのもあると思うんですよ。
そうだよね。
基本的には七五調なんで歌詞が。
ある程度、もちろん決まった歌詞があるんですけど、
その歌詞もおそらく昔の歌詞からはかなり変わってたりしてて、
今のその10曲のフォーマットになったのとかも、
大正時代に踊り保存会が生まれたっていう経緯が、なるほどなと思ったんですけど、
まず明治になった時に、
盆踊りみたいな全近代的な風習を続けるのはいかんと近代国家として。
っていうので、政府から禁止されるんですよ、踊りを。
一回。
なんですけど、とはいえやってて。
なんで禁止になるんですか?なんでいかんの?
これは何かに書いてあったわけじゃないので、僕の想像ですけど、
やっぱり盆踊りっていうカルチャーそのものが、かなり性と密接につながりがあると思うんですよね。
18:01
屋上踊りの歌詞なんかも見てると、すごく男女の恋愛というか、常時を歌った歌詞とかも多いんですけど、
夜、今は街灯がありますけど、真っ暗な中で踊って、
ほっかむりとかして顔がわからないようにしたりするわけですよ。
路地で踊って、男女が入り乱れて、何もないわけがないじゃないですか。
やっぱりそういう稀人とかって言いますけど、
敵地とか村の血が濃くならんように、旅人が来たら若い女性を旅人の部屋に連れて行くみたいな、
そういう文化とかってあると思うんですよ。
そういうものに近いものがあると思うんですけど、
それこそ身分とか家とかがぐちゃぐちゃとなった踊りの場で初めて出会った男女が、
ぐちゃぐちゃになった。
うみくんが。
そういうのを政府が、これはいかんぞ。
それを西洋列強のキリスト教的な観点でそれを見たときに、
なんていうハレンチだっていう風におそらくなったんだろうなって想像するんですけど、
とにかく禁止されるんですよね、明治時代に。
でもとはいえやっぱりグジョウで、それこそグジョウ藩の江戸初期ぐらいからやってきたとされる、
我々の地元の文化をやっぱり引き継がなあかんやろっていうことで、
1922年に踊り保存会というのが発足して、
ちゃんとこのグジョウ踊りという文化を守っていこうという動きがそこから生まれるっていう。
その中でいろいろ、たとえばだからさっき言ったような、男女の常時を歌ったような歌詞とかも、
これは戦後の話ですけど、戦後に民謡ブームっていうのがあるんですよね。
それこそ美空ひばりとかがリンゴ追い訳とか歌ったりとか。
1922戦後すぐから50年代の初頭ぐらいに民謡ブームっていうので、
いろんな日本の各地の民謡がNHKの野土自慢みたいなやつに出て、
地元のレペゼンするみたいな、中でグジョウ踊りもそれに出そうってなったときに、
ちょっとこんなひわいな歌詞ばっかりのやつは出せんだろっていうことで。
NHKにはまずいよね。
で結構その歌詞も、グジョウ踊りはもうこれでいきましょう。
川崎っていう曲はこの歌詞でいきましょうみたいなことがある程度精査されて決まっていったっていうのが、
21:03
だから大正時代に保存会ができて、そこから戦前戦後っていう風な時代の中で、
フォーマットが固まっていくっていう時期がその時期にあって、今だからグジョウに行って、
ちょうどこれ配信8月16日なんで、それこそ今日徹夜踊りなんですけどこの後。
この後じゃない、これ配信されるの12時ちょうどなんで、今まさにやってます。
で配信したその晩にもやりますっていうタイミングで喋ってるんですけど。
ちょっと逆にその歌詞を知りたいし、なんかそれを歌詞を知った上で見に行くっていう楽しい。
その10曲それぞれの保存会が設定した。
保存会でもうこんな内容のものはいかんぞ、出せないぞってなって、内容変わっちゃったんですか。
でもそうは言っても、そういうことを歌ってるのかなみたいなことはありますよ。
これはね例えばね、騒ぎか、騒ぎのっていう曲の歌詞ですけど。
うみくんはちょっと中二みたいな感じになってきてるから大丈夫かな。
わくわく、わくわくしてる。
どういう状況なのかな。
娘島田を根からぽっきり切って男のへそに叩きつけ。
それでも浮気の止まない時は宗十郎の芝居じゃないけど安藤の影からキュッキュラヒュッと化けて出る。
ちょっとわかりにくいですよね。
何かそれを想起されたんですか。
ボキッと折れるって何が。
何かが折れるんでしょうね。
腰のひねりで気がゆくならば、いかだ流しは差をささぬ。
今年はうろう年うろたえました。腹におるこの親がない。
こんな感じなんですけど。
いろいろと考えさせられる。
うみくんが中二モードに入りそうな顔してるけど大丈夫かな。
そうやってある程度、
戦後特に観光資源としての偶像撮り、
外から人を呼ぶための偶像撮りとして恥じない形にしようみたいなことであるとか、
プログラムをしっかり組んでわかりやすいものにするとかいう動きがあるんですけど、
これって多分技術の変化にも影響してて、
24:00
それこそ踊り保存会が発足したぐらいの時期だと、
今は真ん中に館がいてそこに保存会の人たちが演奏してて、
それを中心にして円形なり辻踊りっていう通り沿いになり、
一つの列としてみんなが踊ってるんですけど、
大正以前の踊りはそんなんじゃなくて、
もっとちっちゃい輪になってそれぞれが別の曲で踊ってるみたいな状態だったらしいんですね。
でも考えたら当然で、アンプリファイできないんですよ。
はいはい、聞こえないからね。
だから自分らで歌いながら踊ってっていうのでいくと、数十人が限界なわけですよね。
保存会が演奏してそれをアンプリファイして街中で流すってことができるようになったから、
今みたいなでかい、めちゃくちゃ長い列になってるっていう。
なるほどね。
だって本当に生の声って、館の近くまで行かないと聞こえないですもん。
確かに、しかも踊るから足っていうか、
下駄の音とかでかき消されちゃう可能性もあるから。
だから、430年の伝統がありますとか言っても、
おそらくかなりそういう風にソフィスティケートされたりとか、
商業的にうまく回すためのフォーマット化みたいなものは流れとして組んできてると思うんですよね。
僕も京都のイベントの主催側なので思うんですけど、
たぶんこれ、グジョードリだけじゃなくて、いろんな日本のボンドリみたいなやつで、
それこそコロナより前に、たぶん2018年とかそのくらいのときにちょっと話題になりましたけど、
グジョードリの収入源として、末席みたいなやつを高くチケットを売って、
それを運営費にしてみたいなのが、
それが持続できへんとか何とかやったかどういう話か忘れましたけど、
そういう話は一時期ちょっと話題になったりしてたんですけど、
財源の問題って結構難しくて、
グジョードリで行くともう町中あげてのイベントなんで、
それこそ道路もそれ用に封鎖して、
臨時の駐車場とかも作って、市の職員の人とかがそこで交通整理とかしてやってる。
かなり偶像師からお金を出してやってるんですけど、
誰でも参加して誰でも踊れるっていうのがグジョードリの良いとこなんですよね。
27:00
初めて行っても横の人見てりゃ振付大体わかってくるし、
そのくらいシンプルかつリピートされているような。
シンプルでリピートされるけど深掘りするとむずいみたいな。
とりあえず形できるけど、あの人みたいにスムーズなかっこいい感じには踊れんみたいなとこあるから、
たぶんハマる人はハマるんですけど。
とにかくそういうオープンなところがグジョードリの魅力なので、
お金かからないんですよね。参加する側としては。
行くまでは行って、
行って踊って帰ってくるだけでも行けちゃうわけですよ。
チケット代みたいなのもないしね。
だから下手するとグジョーに全くお金を落とさずに帰っちゃうみたいなこともあるね。
確かに。それで100年もよう続いた。
だからこれ、あんまりそこのお財布事情のことを勝手に推測してお話しするのも全然本意じゃないんですけど。
結構、だからこういう伝統芸能みたいなものの、しかもその前回のお話の歌舞伎みたいなものとか、
そういう見せて、それのチケットを販売してみたいな形じゃない参加型の芸能みたいなものをいじって、
結構難しいだろうなっていうのは、自分もやってる身なので思います。
すごい不思議だし、あとそのイヤマスは学生だから授業の一環でやってるけれど、
よくよく考えたらそんなに近くないんですよ。行くと結構車で時間が遠いし、大垣から。
わざわざ呼んでプログラムをやってコラボレーションをしてるっていう意味でも、
相当グジョー踊りを残そうって意思があるじゃないですか。
そういう街自体が。だから、それってどこから来る、そこまでこれを残したいっていう気持ちって、
やっぱりあまり他のところでそんなに効かないかもって思ったんですけどね。
だから行政がどのくらい負担して、民間でどのくらいやるのかのバランスで、
こういう文化保存とかだと本当なんかつきもんの話だとかと思うんですけど。
そうだよね。いいバランスをとっている気がします。だって言ったら京都で、
なんで、質問なんですけど、なぜ京都で、え?だって。
そうでしょ。なんか必然性がないでしょ。
グジョーでやるからグジョー踊りなのに。
そんなこと言ったら、よさこい騒乱とかなんで別に全国で。
なんかね、僕一回だから、本場に運営費ないから、クラファンしたことがあって、
30:06
2018年とかやったかな。あんまりうまくいかなかったんですけど、
初めてクラファンやったし、どう拡散したらいいかも分からずにやったんですけどね。
その時に、このイベントのことを知らない人に対して説明する説明として、
なんか必然性ないんですよ。やっぱりグジョー踊りを京都でやってるっていうのを。
例えばグジョー踊りin青山っていうのが東京でやってるんですけど、
そっちの方が歴史としてはもう20年ぐらいやってるのかな。長いんですけど、
そこはね、青山っていうのがもともとグジョー藩主の家なんですよ。青山家っていうのが。
それの武家屋敷があったのが今の青山なんですよ。
必然性問題ですね。
必然性はあるね。
ただそのイベントをやり始めたのは青山の商店街の人たちで、
商店街にはグジョーにゆかりになる人って誰もいなかったんですけど。
必然性あるようでないようで。
でも青山ってそういうグジョー藩主の青山さんのもともと武家屋敷があったとこでみたいなことらしいし、
ちょっとグジョーの人に手伝ってもらってイベントやろうかみたいなところで始まったみたいなんですけどね。
青山は。
京都は単純にグジョー出身の人たちがちょっとなんかやろうって言って。
めちゃくちゃ必然性あるじゃないですか。そっちの方が。
確かに当事者性はそっちの方が高いかもしれない。
当事者性がありますよね。
僕全然当事者性ないんですけどね、ちなみに。
一応岐阜県出身やけど。
でも案外こういう文化が波及する時の理由ってこんなもんなんかなって思うのが、
グジョードリの中の川崎っていう縁目とか松坂っていう縁目とか、松坂とか三重県の松坂牛の松坂ですよ。
そうなんですか。
松坂っていうのも大伊勢さんの伊勢神宮の近くの町の名前で、伊勢参りに行ってそこで持ち帰ってきたものがグジョーで定番化したみたいなことで。
言ったらだからグジョーでやる必然性のないものなんですね、最初はそういう縁目も。
だからどっか行って持ち帰ったものが定番化するみたいな。
それが何かいつの間にか伝統みたいな風に言われるみたいなことで言うと、まあ一家京都でグジョードリやってもって。
でもそう確かに何か、私も歌舞伎がその伝統を守らなければならないからみんなやり続けてるんだろうよっていう風にどっかで思ってたけど、
33:04
だったら直し化とか最新のことをやる必要もあるんだっけってやっぱりなんかあるので、
そういうことじゃなくて、ただ単にやっぱり見出したら楽しいっていうところを気づいてしまった人たちが、
だったらずっと昔からあることをそのまま続けたとしても楽しいと思うポイントはそこじゃないってわかったらいろんな新しい表現を取り入れてみようとか
そういう境地に至るのかな、歌舞伎ってなんとなくふんわり思うようになってきたっていうのは。
僕結構、なるべく広い気持ちでいたいと思うんだけど、オリジネーター・市場主義的なのがどっかにあって、音楽とか文化とかに関して言うと。
それこそ阿波踊りで言うと、東京だと公園市とか結構大きいのがあるんですけど、
その必然性はすごい問いたくなっちゃうタイプの人なんですよ。
そこでやる意味、下北沢とかでもやってますけど。
ある時からそういうことを突っ込むのもあれかなと思って、一応引っ込めてはいるっていうのが。
引っ込めて今出してんじゃん。この日に出してんじゃん今。
そういう話になったから出ちゃってるだけで、
公園市なんかもすごい楽しみにしてる人がいて、商店街も一丸になって、場所取りとかもやってるような盛大なイベントだから、
そういうとこにオリジネーター・市場主義とかそういうのがいるんかなっていうのも引っ込めてる理由の一つなんだけど。
グジョウのことで言うと、僕子供会で小学6年生の時夏祭りの太鼓をやってたんですけど、
そこには一応あったんですよね。グジョウ踊りっていうのが、10曲のうちどれかは分かんないけど、
川崎じゃないですか。
どゅるるるるーっていうやつですね。僕の下手な目で。
不浄のな始まんってやつですよね。 そう、それでそれですね。 岩田さんが上手い。
いやーさすがです。 だから、ダントツにグルーヴが違ったのは、なんか太鼓を叩き手として覚えてるんですけど、
あのちょっと変拍子っぽいんですよね。 あのね、川崎の太鼓とかめっちゃむずいですよ。 どこで拍取ってんのって。
あのー思います。本当に。 グルーヴがね、本当に。 あの犬岡井でシャミセンとか弾いたのが、あれからちょっと
36:09
習ってましたっていうのがまさに、あのグジオドリの伴奏を弾くために習ってたんですけど、 あのシャミセンはね、まぁあの旋律覚えればなんとかなるけど、
見てた太鼓、ダントツむずいですね。 意味わかんないですよ。 え、どういうとこが難しくさせてるんですか。
どこが頭なのかわかんない。 そう、小節の途切れ目がわかんないんですよ。
川崎はまだあれ、ハルコマって曲とかね、 何それって言う。
謎の。 そうなんですね。 じゃあよく知ってないとできないんだ。
あの演奏はね。 うん。 演奏はやっぱり熟達しないと。
で、しかもライブで体験、経験積んでないとなんかこう、そのグルーヴ作れないっていう。 だからグジオはそのジュニアクラブってそのもう小学生から入ってその
お林の練習したりっていうまあ団体が、それもまあ保存会の株組織というか、みたいなことであって、
まあちっちゃい子から演奏の練習してみたいなことはありますよね。 へえ、すごい、じゃあ何十年、この道何十年みたいな感じになってくる。
うんうんうん。 それはうまいはずだ。 そうですね。
でもそのついでで言うと、その犬岡への話で言うと、 ゼアミがなんかまあ佐渡になんかこう
島流しになった。 あとそこでちょっと芸能の布教みたいなところでやった形跡がすごいあるんですけど、佐渡島とかに。
一回その、あの地域の芸能の鬼太鼓って書いて音でこっていうやつを見たんですよね。
でそれも結構あの背中がゾッとするぐらい、あの
なんか普段そのあたりでなんか土研業とかやってる人とかがやっぱ夏とか集まってやるんですけど、その地域でずっとやってるんですかね。
はい、えーと今回の倉田紳雄ラジオですが、まだまだ3人が喋っているようですが、ちょっとこの後もあと30分以上喋っているので、
一旦ここであの 配信としては終了ということで、また次回続くということで、
エンディングだけ喋っているっていう状況です。
倉田紳雄ラジオはスポティファイ、アップルポッドキャスト、グーグルポッドキャストなどで毎週火曜に配信しておりますので、来週もぜひこの今の話の続きをお聞きください。
はい、あの各地の祭り情報なども募集しておりますので、そういう番組になっちゃうので、
COMCRAでお願いします。
39:01
はい、でそもそもコンクラコレクティブって何なのかっていうのを興味持ってもらったら、それをクリックして見てください。
まあ今回の話聞いて、コンクラコレクティブに興味持つ人はゼロ。
ない。
祭りに興味持っちゃうかもしれない。
ぜひあの、ほんで、この回の配信はちょうど武条通りの徹夜踊りの日なので、
ぜひお近くの方は、お近くじゃなくてもお出かけください。
はい、というわけで来週もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ありがとうございました。
39:48

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