00:07
こんにちは、英会話のトリセツ、ホストのちじゅです。お元気ですか?
さて、今日はですね、セルフコンパッションについてちょっとお話をしてみたいと思います。
えっと、前回のアファメーションのところで出てきたのが、これでしたね。
I forgive myself for past mistakes, embracing self-compassion.
セルフコンパッションでございました。
セルフコンパッションというのが、自分への慈しみとかね、他者を思いやるように自分も思いやってあげましょう。
まあ、自己受容というふうにも言えるかと思いますが、日本語でもセルフコンパッションっていうカタカナで書かれたりもするよねっていう話をさせていただきました。
で、今回はちょっとこのセルフコンパッションについてちょっとだけフカボリをしたいかなと思います。
まあ、前回言ったようにコンパッションというのは、もともとそのね、意味として慈悲とか同情とか思いやり、そういったような意味があります。
それにセルフがくっついてますから、自分自身への思いやり、そういった意味が生まれてくるわけであります。
セルフという言葉はよく最近聞かれますから、セルフケアとか、自分自身をケアすることですよね。
セルフラブ、自分自身を愛することですよね。
で、今回言ってるのがセルフコンパッション、思いやりを自分に対して持つということです。
まあ、言っちゃえばこんな感じですね。
Be kind to yourself. 自分に優しくあれということですね。
人ばっかりじゃないよと、自分も人ですよと、自分自身にも優しくしてあげましょうね、というような取り組みであるわけなんですけれども、
このセルフコンパッションというのは、3つのコンポーネンツからできています。要素ですね。
メイン3コンポーネンツって呼ばれますけれども、この3つの要素から成り立っているというふうに言われておりまして、
まず1番がね、self-kindness。
これもまたセルフで、kindnessですね、セルフのやつですね。
ほんと最近よく聞かれますよね、self-kindness。
で、2番目が、common humanity。
これはね、別の言い方もあって、connectedness、コネクトって繋がるっていう意味ですね、connectednessというふうな言い方もします。
で、3番目が、mindfullness。
これもマインドフルネスというカタカナで使われたりとかもしております。
なので、1番最初、まあ順番は問わないんですけど、1番がself-kindness。
2番、コモン・ヒューマニティ。
3番、マインドフルネス。
こんなふうな、その3つの要素が主に言われていることであります。
self-kindness
順番に見ていくとね、1番のself-kindnessっていうのは、
自分に優しく、
自分自身をまるで親友かのように扱ってみようということであります。
それができれば、本当にもうこうしたことはありません。
親友のように扱ってみてください。
まあと言っても、いつもそううまくいくわけではありませんよね。
1番目のコモン・ヒューマニティ。
何がつらい時に、よく考えがちなのが、
なんで自分だけこうなっちゃうの?
自分は運が悪い?とかね。
なんでこうなっちゃうのか?っていうふうに、
なんで?っていうのがあると思うんですけど、
これは考え方としてはね、間違っていますよと。
コモン・ヒューマニティ。
ヒューマニティっていうのは、人間とか人間性とかっていうこと。
で、コモンっていうのは共通するっていうことなんですけど、
共通のヒューマニティ、人間性ということで、
私たち人間全てに共通しているものでありますよと。
なんで自分だけはやめなさいと。
だってそれって誰にでもあることなんですよ。
自分だけ特別じゃないんですよね、人間ってね。
なので、なんか自分だけ特別っていうふうに思いがちなんですけど、
あなたは特別な存在だとか言いますけど、
でも、所詮人間ってみんな人間なんですよね。
だから辛いこともあるし、楽しいこともあるし、
みんなそれぞれそういうのってあるんですよ。
なので、誰にとっても辛いこと苦しい時っていうのはあると。
楽しそうな今日のこの1秒だけを見てそう思うのではなくて、
自分が辛いことがあるっていうことは、
人にもその辛いことがあった、あるかもしれないっていうことですよね。
なので、自分だけではないというふうに思いましょう。
コモン・ヒューマニティ、マインドフルネス
3番目がマインドフルネスですね。
これはどちらかというと取り組みのことですね。
マインドフルネスって日本語でも言いますから、
もうご存知だと思うんですけれども、
やり方としては、辛い状態をまずは受け入れて、
ここで重要になってくるのは、
辛い状態などを無視をしないということです。
受け入れましょうと。そして誇張もしないということです。
そのままありのままのその状態状況を受け入れるということです。
なので、大げさにもしなければ、
もうなかったことにする、無視するっていうことでもない。
ただただそこにある事実で受け入れて、
ストレスを減らす取り組みのことを、
マインドフルネスというふうに言ったりしますね。
はい、なのでこの3つですね。
1・2・3が、
そのセルフコンパッションの重要なコンポーネントというふうに
呼ばれておるわけであります。
でまぁね、色々な実践方法とかは、
本とかも出てますしね、本一冊ができちゃうぐらい
セルフコンパッションというのも奥が深いものではあるんですが、
まぁ一番効果があるっていうか、
身近にできるものとしては、
私はやっぱり書くことのパワーっていうのはすごくあると思うんですよ。
書くってすごく効果的だったりとかします。
自分の手で書くですね。
デジタルに何か打ち込むっていうよりは、
自分の手でペンなり鉛筆なりを使って、
その振動が手に伝わるような感じで、
それが脳みそにも行きますから、
そういって自分で書くということはとても重要になってきます。
書くって言っても、何書けばいいの?っていうことなんですけど、
例えば何か辛いなと思った時にでもいいですし、
何でもいいんですよ。
ジャーナリングって言って、
本当に日記のように何かあったことを書いてもらってもいいと思うし、
自分が思い浮かんだこと、
頭にパッと出てきたこと、何でもいいから書く。
それだけでも効果があったりとかします。
何か浮かんだことをね、とりあえずもう書いてみると。
で、自分で読んでみて、
はぁ、自分ってこんなこと考えてるのかっていうのが客観的に見れたりとかするわけであります。
あるいは書くというと何を書くのか。
例えばなんですけど、
ちょっとネガティブな状況に陥った時に、
するべき行動とか、自分にかけてあげる言葉を、
もうあらかじめ書いておくっていうのはとてもいいと思います。
自分がそういった状況でない時にね、
自分がもしもこんな風になったら、
自分自身を親友として捉えて、
どんな言葉をかけてあげたらいいんだろうかとか、
そういった時には、やったらいいよっていうその行動ですね。
そういったものをあらかじめ書いておくといいと思います。
で、そういったのを見返すわけです。
日本人の文化と自己肯定感
何かちょっと自分調子が上がらないなっていう時に、
見る。自分が自分自身にあてて書いてあげた手紙を読む。
そんな感じですよね。
そういったことをあらかじめやっておくと、
良いんじゃないかなと思います。
そんな感じでね、セルフコンパッションの取り組みも
してもらったらいいんじゃないかなという風に思っているわけであります。
日本人っていうのがですね、結構ね、
自己肯定感が低かったりとかすることがあると思うんですっていうのも、
日本が謙遜の文化がありますので、
いやいや私なんてそんなそんなって言うじゃないですか。
言霊ってありましてね。
言霊を言いかえるとアファメーションでもあるんですけど、
言ったことをそのまま脳みそ聞いちゃってまして、
それをそのままそうだと思い込んじゃうところって、
脳みそくんって結構あるんですよね。
おちょこちょいですよね。
本当はこれは謙遜なんだよとか言いつつ、
でもね、そう言っちゃうとね、
そういう風にね、脳みそ記憶したりとかしちゃうんですよ。
嫌ですよね。
なので日本のその謙遜文化って、
まあね特徴的でもあり、
悪くもないのかもしれないんですけど、
それのせいもあってですね、
日本ってどうもね、世界的に見てもね、
メンタル不全の発生率っていうのがね、
やっぱりちょっと高めらしいですよね。
それが謙遜文化から全てやってきているとは言いませんけれども、
そういった一面もあるということです。
謙遜文化と自信過剰
そしてその謙遜の言葉が、
自分の脳みそがそのまま捉えてしまう可能性が非常に大だ、
ということが脳科学にも言われておりますので。
いい文化なのかどうなのかっていうところではありますよね。
いずれにせよ、自己肯定感がちょっと低くなりがちになるので、
その辺は気をつけたいところではあります。
痛い人にはなりたくはないんですけど、
まあやっぱりちょっとね、
謙遜しすぎなところは日本はやっぱりあるんじゃないかなと思うんですよ。
ちょっとエピソードなんですけど、
私ドイツ来てですね、
その時なんかやる気に燃えててね、
バレーボールやろうと思って、
バレーボールのクラブじゃないですけどね、
大学のバレーボールに参加したんですよ。
初心者のバレーボールのクラスっていうかね、
ほんとみんなもうしっちゃかめっちゃかなんですよ、
あんまりできないんですよ。
私もバレーボール別に習ったこともないし、
昔ちょっとやってたっていう、
友達とポンポンってやったりとかって、
その程度ではあったんですけど、
まあ私は年齢もね、かなり上の方で、
まあ若い子たちの中に混じってやってたんですけど、
本当にそのバレーボールってみんな初心者で、
初心者のクラスなんだけど、
なんかやっぱりね、自信がね、
根拠なき自信がね、強すぎる人ってね、
結構いますよね。
日本ではあんまり見たことない、
そういったタイプの人は見たことないんですけど、
もう自分も初心者で、
自分も全然できてないのに、
もうすっごい指図してくる人とかいるんですよ。
あなたそこですよ、そこがポジションだから、
こういう時にはこうやらないと、
いちいちその人自身は別にコーチでも何でもないんですよ。
ただ習いたくて一緒に来てる、
私たちと同じ同列の人なんですけど、
指図しまくりなんですよね。
そういう人日本ではあんまり見たことないんですよね。
どこから出てくるんだろうその自信はっていうね、
自分もやったことあんまりないのに、
しかも自分もミスしまくりなのに人に言いまくるっていうね、
そういう人いるし。
あと会社でもね、新しい人入ってきて、
経験ほとんどないじゃないですか。
知識も全然ないんですよね。
なのにね、しゃしゃり出てきてね、
あれはこうだ、これはこうだとかって言うんですよ。
もちろん間違ったりとかしてるんですけど、
そういう人って日本あんまりいませんよね。
それで考えても分かるように、
やっぱり日本って奥行かしいんですよ。
すごく奥行かしいんですよ。
でも社会のスタンダードはそこじゃないっていうことなんですよね。
なので、しゃしゃり出ろって私は言いたいことじゃないんですけど、
そういうことが言いたいわけじゃないんですけど、
ただまぁ、贔屓目に見ても日本はちょっと奥行かしすぎるんじゃね?
みたいな風なのは、
私いろんな国に住んで、いろんな人と喋り、
本当にいろんな国の人と私は話をしてきましたけども、
まぁ日本はやっぱり奥行かしいよなって思いますよ。
はい、ですね。
はい、まぁちょっとそれちゃったかもしれないんですけど、
セルフコンパッションですね。
もし興味があったら、
今後本読んでもらったりとかしてもいいんじゃないかなと思います。
はい、それでは本日は以上です。
では、またねー。