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こんばんは、ゆうこです。このチャンネルでは、私の読書録や日々の学びを音声配信しています。
今日は、いとうせいこうさんの『想像ラジオ』という本について話してみます。
深夜2時46分、海沿いの小さな町を見下ろす杉の木のてっぺんから、
想像という電波を使って、あなたの想像力の中だけで聞こえるというラジオ番組のオンエアを始めたDJ ARK。
その理由は、東日本大震災を背景に、生者と死者の新たな関係を描き出し、
ベストセラーとなった著書代表作ということで。
想像ラジオは、東日本大震災が舞台になっていますので、思い出して辛くなってしまうという方は、
今日は配信ここまでにされた方がいいかなと思います。
いとうせいこうさんは、私テレビで何度か見たことがあるなと思って、
小説を書かれる人なんだっていうのを知らなかったですね。
眼鏡が特徴的なおじさんですよね。
出版社の編集を経て、音楽や舞台、テレビでも活躍された方ということで、
いとうせいこうさんの本だから、初めて読んだんですよね。
このお話は、書き出しが面白くてですね、こんな感じで始まります。
こんばんは、あるいはおはよう、もしくはこんにちは、想像ラジオです。
てなわけで、リスナー諸君、最後までどうぞよろしく。
想像ラジオ!
どうなのかな、ドラえもんみたいな感じになっちゃいましたけど。
あらすじにもあった通り、DJ ARK。
想像という電波を使って、あなたの想像力の中だけで聞こえるというラジオ番組を始める。
第一章はですね、このDJ ARKの、
これどういう本なんだろうって思うわけです。
想像という電波を使って、あなたの頭に直接語りかけてます、みたいな。
で、読んでいくとですね、どうやらDJ ARKは、東日本大震災で、
東日本大震災の中で、
震災にあった当事者のようなんですよね。
で、この想像ラジオが始まるのは、深夜2時46分。
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その12時間前に、ちょうど東日本大震災が発生した時間、
12時間後、深夜帯の方で放送しているわけです。
なぜかですね、海沿いの小さな町を見下ろす杉の木のてっぺんから、
てっぺんにいて、そこから想像という電波を使って、
このラジオを配信しているんですけど、なぜ、
その杉の木の上にいるのか。
なぜ、その杉の木の上にいるのか。
なぜ、その杉の木の上にいるのか。
なぜ、その杉の木の上にいるのか。
なぜ、想像という電波を使って、ラジオを始めたのか。
DJアークは、そのラジオの中でどんなことを語っているのか。
そして、その想像ラジオが聞こえる人はどんな人だ。
あるいは、想像ラジオが聞こえない人はどんな人だ。
そんなことがですね、読み進めていくうちに、どんどんわかってきます。
で、あれなんですよね。
そこから先を喋ってしまうと、ネタバレ通位になってしまうので、
この辺にしておこうかなと思うんですが、
この本の解説、星野智幸さんという人が書かれていて、
そこがね、私、そういうことなのかって思ったんですよね。
伊藤星光さんというのは、植物系の表現者であるというふうに、
この解説者の星野さんは言うわけです。
植物について様々なエッセイ集や対談集を本にされている伊藤星光さん。
その伊藤星光さんが、まある植物学者の人と対談したときに、
こんな話をしたそうです。
木と草花の違い。
それは、体の一部が死んでいるか、全部生きているかである。
死んでいる組織と生きている組織があるのが木。
生きている組織だけなのが草花です。
どういうことかというと、
木をバームクーヘンみたいに輪切りにすると、
表皮とその内側に形成層があります。
その辺は生きているんです。
水を吸ったり、養分を下ろしたり、細胞分裂したりしている。
それより内側は、もう死んでいるというんですね。
要するに、材木になるところは、いわば木の死体なわけですね。
学者の方がそういうふうに言っていると、
いとせいこさんはこんなふうに返します。
若いやつらが、死体を抱え込んで立っている。
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そういうことですね。
それに対して学者の方は、
人間で言えば、骨は死んでいる感じですね、と。
木は、年輪の内側の部分ですね、
大きく広がるように、
年輪の内側の部分ですね その内側に行けば行くほど死んでいる組織なわけです
その死体を抱える形で年輪の外側だったり表皮があるわけですね そこが水を吸ったり養分を下ろしたりして木として生きる組織を形成しているわけです
で 一方草花の場合はどこが生きているかどこが死んでいるかっていうのが見分けがつかない
分けられないということ全部生きている それが草花と木の違いである
そういうふうに言うわけです でこれがなぜ創造ラジオの解説で語られているかというと
まさにこの 創造ラジオが
生きている 組織と死んでいる組織が切り分けられない形で一体となっている木
のような世界を表現しているということなんですよね でそれがあの
話されるのが第4章にあります 生者と死者はもちつもたれつなんだよ
決して一方的な関係じゃない どちらかだけがあるんじゃなくて二つで一つなんだ
生きている僕は亡くなった君のことを始終思いながら人生を送っていくし 亡くなっている君は生きている僕からの呼びかけをもとにして存在して僕を通して考える
そして一緒に未来を作る 死者を抱きしめるどころか死者と生者が抱きしめ合っていくんだ
この解説を読むまではこの4章のこの セリフがですね全然ピンと入ってこなかったんですけど解説のこの木と草花の違いの
下りを語られているところを読んで初めて私はこの4章を理解できたんですよね そうするとこの創造ラジオっていうのが
何をこうしたかったのかっていうのがだいぶわかってきました 東日本大震災はたくさんの人が亡くなって
建物のあの下敷きになったり津波で流されてしまった まあいろんな形で亡くなった方がいらっしゃると思うんですよね
でその当事者も
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亡くなった方の 家族や友人恋人
なぜ自分が亡くなったのか なぜ
自分の家族が震災で亡くならなければならなかったのか 突然の出来事でみんなが理解できなかった状況にあったと思うんですよね
でその 辛い事実から
生き残った人たちはあの 生きていかないといけないわけですから
亡くなった人たちの分までも強く生きていこうとして復興を 目指してきたわけですね
もう十何年経ってますけれどもその過程の中で その死とずっと向き合っている状態では
復興できない 自分が前を向いて生きていくということがなかなかできない
ので やっぱりその死というものに蓋をしてしまう
そうしないと生きていけない そんな状況があったのではないかなと想像します
でも そうすると
最初に言ったようになぜ自分は死ななければならなかったのか なぜ自分の家族は死ななければならなかったのか
そんな思いが置き去りのままどんどん時や
街が過ぎていく 生活が過ぎていく
そんなことになっていくのかなと思います この想像ラジオがやりたかったことっていうのは
死と生を抱きしめ合って 蓋をするんじゃなくて一緒に抱えてそうやって時を過ごしていく
そんなアプローチができないかということを試みた小説なのかなと思います だからといってここに出てくるのはですね
死者の魂が何かを叫んでいるとかそういうことではないんですよね 生きている人も死んでいる人もこの想像ラジオというものを通じて
交流する そんな想像の世界が小説になっているわけです
読んでみないと何ともわからないなというふうに思われる方がほとんどなんじゃないかと 思いますがぜひ読んでほしい本になります
日本は本当に災害が多い国 震災もあるし自然災害もある
そういう国かなと思います 災害以外でも自分の大切な人を突然なくしてしまう その死と
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死を乗り越えて生きていかないといけないというのは残された人間の宿命でもあるのかなというふうに思います
その死に対して蓋をして 忘却の彼方において歩み出していくのか
時々はこの想像ラジオのように あの人が生きていたらなんて言うかなとか
今日は天気がいいねおじいちゃんみたいに
頭の中で時々会話を楽しみながら そんなことを想像しながら
もしあの人が今生きていたらどんな話をするかなとか そんなことを想像しながら
そうやって生と死を抱きしめ合いながら生きていく そういった人間の営みっていうのもあるんじゃないかなと
それが亡くなった人たちに対する向き合い方の一つなんではないかと
いうことを伊藤聖子さんはおっしゃりたかったのかなと そんなふうに思いました
ということで今日は伊藤聖子さんの想像ラジオという本をお話ししてみました
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ではでは