2024-10-29 10:00

ケチんぼ

ポッドキャストを聞くようなリテラシーの高いあなたに限ってケチだということはないと思います。ただ誰に何が当てはまるか分からないというところで、ケチは昇華させた方がいいですよという話です。

サマリー

ケチんぼというテーマでは、ケチが人間関係に与える影響について考察されています。また、ケチを脱却するためには思考の変化が重要であることが述べられています。さらに、お金持ちは使いどころを知っており、真にケチではないという意見も表明されています。

ケチと人間関係
どうも、丸山です。
まずは、おめでとうございます。
ということで、今回は、ケチんぼというテーマで話をしていきます。
ケチんぼ、ね。
かわいいですよね、言葉の響きが。
ケチんぼって、ケチということです。
ケチだとどうなのかということですね、人間関係において。
ケチんぼという言葉の響きはかわいいですけれども、ケチなのはかわいくないです。
ケチのことをケチんぼって言いますよね。
地域とか時代ですかね、ケチのことについて話そうと思って浮かんだのがケチんぼだったんですよ。
まあね、どうでもいいですね。
それで、ケチというような人。
ケチというのは何をもってケチだと思いますか。
人に何もあげない人。
自分が損をするようなことはやらない人。
また、絶対にお金を出さない人とかね。
そのような人をイメージしますよね。
それで、あなたがケチかどうかはわかりませんが、
仮にケチだという人とあなたが付き合うとしたら、
人としてですね、人間関係で関係を持つと。
まあ、持ちたくはないですよね。
例えば、どこかに一緒にご飯を食べに行ったとして、
あなたに支払ってもらおうとするだとか、
割り勘だとしても、食べた総量に応じてちょっと少なく支払おうとするとか、
例えば、ケチな人が車を出していて、
その車のガソリン代を要求されたりだとか、
そのような人とこの先も友人でいようと付き合っていこうとは思わないですよね。
ここまでね、豪欲にケチであるというところまでいかなくとも、
相手に何も差し出さない、何もあげない、
そのような行為ばかり繰り返していると、
いずれ、友人と呼べるような人は一人もいなくなるわけです。
さらには、ケチだということが習性になっていると、
仮に人にあげられるものがあったとしても、
それを認識できないというようなことにもなります。
とにかくケチだというような状態であると、
コミュニケーション以前の問題で、
まず根底からその考えを思い直した方がいいと。
そして、ケチから脱却したいと思うのであれば、
まず初めの一歩として、
これが実際に事実になるかどうかは不明ですが、
自分が人にあげたものは、いずれ自分に返ってくるということを、
まず思ってみるといいですよ。
まず思うことからですね。
今ケチなのであれば、今すぐに誰かに何か自分のものだとか、
自分に帰属するものを人にあげるというような行為が今すぐにはできないと、
損をする気がするからということを思うのであれば、
まず最初にあげたらいずれ返ってくると、
そのように思ってみるといいです。
実際にはね、そんな自分があげたからといって、
何か見返りを求めるというような思考、
そのものを払拭していったほうがいいんですけれども、
まず初めとして、今ケチなのであれば、すぐにはちょっと厳しいでしょうから、
いずれ返ってくると思ってみる。
そうすると損をするかもというような、
その感覚がだんだん薄れていくはずです。
それがさらに発展していくと、
あげようと思うと、人にあげようと思うわけですよ、自分の何かを。
であれば、あげられるものを認識できるようになっていきます。
何ですか、ケチから脱却したい。
ただ自分は損をしたくない。
であれば、自分がケチの反対の人にあげるという行いをしたことは、
ケチの脱却とお金持ち
いずれ自分に返ってくると、まず思ってみる。
とは言っても、自分には人にあげられるものは何もないと思うかもしれない。
ただ、人にあげようというような思いが芽生えたその時から、
何か人にあげられるものはないかなというようなことを意識をするようになるわけですよ。
そして意識をすると、認識をするようになると。
一つ一つのつながりは、思考のつながりは単純なわけです。
一個つながったらまた次につながると。
最初と終わりを見てみると複雑に見えるかもしれないけれども、
一つ一つを見てみると、非常に単純な事柄でつながっていきますので、
まず何か思考を変える、マインドを変えるというような場合になった時には、
最初の一歩をやると。
まずこのケチというものを脱却するためには、
人にしたことはいずれ返ってくるかもしれない。こう思うことですね。
見返りを求めるという段階はまだ途中ですから、
ただきっかけとしてそこから本当のケチからの脱却というものが始まるということですね。
見返りなんかいらないんですよ。
あげること、その行為そのものが嬉しいとそのうちに思えるようになりますから。
あと誤解のないように追記をしますが、
ケチ、金持ちはケチ、ケチだから金持ち、そのような表現がありますけれども、
真にお金持ちな人はケチではないですよ。
使いどころがわかっているというだけ、お金の使いどころがわかると。
使うべき時には使うと、使わない時には使わない。
それがケチというようなふうに見える時もあるから、そのような言葉があるんでしょうね。
ですからお金持ちはケチではないです。
使いどころを知っているだけですね。
お金持ちというのも何をもってお金持ちというのか。
私の思うですよ。
本当のお金持ちはただたくさんお金を持っているだけではなくて、
収入よりも支出の方が少ない。
そういう人は本当のお金持ちなので。
よくある表現ですけど、たとえ1億円稼いでも1億円使ったらそれはゼロなんで、
金持ちでもなんでもないじゃないですか。
たとえ500万円だろうが、年間に300万円しか使わないのであれば、
それはお金持ちと言ってもいいですよね。
お金を持っているわけですから。
ちょっとずれましたけれども、
つまり何が言いたいのかというとケチんぼ。
本当に可愛いですねケチんぼって言うと。
ケチは可愛くないですよ。
ケチというのは自分のことばかり考えている。
損をしたくないから誰にも何もあげないと。
そんな人とは付き合っていきたくないですよね。
友人もいなくなりますよ、そういう人は。
ですから自分がもしかしたらケチなのかもしれないというようなことを思うのであれば、
まず最初の一歩として、人に何かをあげても差し出しても、
いずれ自分に戻ってくるかもしれないというように思ってみることですね。
そうすると徐々にケチの鷹が外れていきますから、
安心してください。
あなたはいずれケチではなくなり、
引いては人に何かをあげようと思う、
あげることが喜びへと変わっていくことになっていきます。
人を乗せたらガソリン代を請求するとか、
食事に行ったら1円単位で割り勘にするとか、
共有で自分の食べたものが少なかったらちょっと少なめに払ってもいいよねとか、
そのような行いをして友人を一人もなくすと、
これは全て私のことです。
そうした失敗もあっての教訓として共有をします。
ケチは本当にやめた方がいいですよ。
ということで、今回は以上となります。
最後まで聞いていただいてありがとうございました。
10:00

コメント

スクロール