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  2. #15 ミュートの健全さと危険性
2022-10-07 20:32

#15 ミュートの健全さと危険性

今回は「ミュートの健全さと危険性及び自尊心と反骨心」というお題です。エコーチェンバー現象。自分にとって健全な状態を保つために不快な情報は遮断すべきだけれど、他者との比較は最低限必要なので、健全さを保ったまま反骨心の火を絶やさないくらいのバランス感がよいかと思った話です。

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こんにちは、シロクロの伊藤です。
Podcast 15回目を始めたいと思います。
今日は10月7日、金曜日、午前中です。
今回は、ミュートの健全さと危険性という話題で話したいと思います。
よろしくお願いします。
ミュートというのは、主にツイッターとかでの話でも見たくないアカウントを表示にする機能のことですね。
ブロックでもいいんですけど、ブロックだと相手にそれがわかってしまうのでミュート。
ツイッターにしろインスタグラムにしろ何にしろ、基本的にフォローしているアカウントが出るものなんですけど、
ここ最近、ツイッター中心にほとんどのプラットフォームでフォローしていないアカウントもどんどん表示されるようになったんですね。
そうすると、自分が選んでフォローしていないアカウントだと、
主張が強かったり、癖があったり、もちろん面白いものもあるんですけど、
そういうのが目について、中には不快なものも入ってたり、自慢話だったり。
ちょっと前はただ単に見て嫌だな、気持ち悪いなと思ってたんですけど、
ミュートすればいいんだと思っていて、バンバンバンバンミュートしていって、
良かった良かったと思ってたんですけど、
非常にそれは自分の精神を保つ、
ツイッターとか見れなければいいじゃんっていう話は置いておいて、
自分にとって良好な状態にするっていうのは、
健全であると同時に少しちょっとはいたてきというか、
自分にとって都合のいいものは見たくないっていう姿勢は、
健全ではあるけれど、それはいかがなものか。
自分が見たくないものを見ない状態にする。
それっていうのは自分にとって都合の悪いもの、反対意見だったり、
自慢人の自慢話だったりとか。
僕はまだ20代前半でデザイナー、純粋なデザイナーとして頑張っていたときは、
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仮想ライバルというか勝手にこっちがライバルだと思い込んでいる人たちの作品を見て、
悔しいと思って、それをバネに頑張るみたいなスタイルでやっていて、
結果的にそれは後で思えばよかったんですけど、
やはりその時ってあまりいい気持ちではないんですよね。
人の作ったものが自分より優れていて、
それは単純に悔しいし、胃が痛くなるというか。
そういったことを繰り返していって、何こそ自分も負けないというスタイルは、
若いうちはいいのかもしれないけど、ある程度ベテランになってきて、
それをする必要があるのかという思いもあるんですけど、
いい歳なんで自分のモチベーションぐらい自分でコントロールしなきゃねっていう。
そうすれば健全な世界においてきちんと自分でやれることを頑張れる。
わざわざ人のものを見て嫉妬心とかっていうのはもうなくてもいいのではないかとは思います。
会った方がいい人もいるし、状況にもよると思いますけど、
よく漫画家さんだったりアーティストとか芸人さんとかよく聞きますね。
ツイッター見ないとか。
それでエゴサーチする人もいるし、
自分にとってポジティブな意見を見たいっていうのは慎重だろうけど、
芸人さんだったらダメだ。芸は面白くないっていうのをわざわざ見たいかっていうと難しいですよね。
精神すり減りますよね。自分が芸人だったら。
自分が面白いと思って一生懸命作ったものが面白くないって言われる世界。
いやーすごいですよね。
もちろんその以上面白いって言ってる声はあると思うんですけど、
ポジティブな意見がどうしても心に残るから。
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いやー、いった世界で戦ってる人たちはすごいですね。本当に。
あと、そうですね。
同期だったり若手だったりとかのやってる芸は、
明らかに自分たちより面白かったり、新しいコツに挑戦していたり、
練習の質の量も見て取れてとかっていう世界ですよね。
いやー恐ろしい。
デザインも業も割と近しいものではありますけど、
お客さんだったりのことだし、純粋に自分たちの表現っていうわけではないので多少は違いますけど、
スポーツでもそうですよね。ライバルとか同期が同じクラブの仲間がいて、ライバルがいて、
そういった人との比較と自分自身がやるべきことというところで、
ほぼどのところにおいても競争っていうのは避けられないので、
自分がやるべきことだけにフォーカスしてやれるっていうのはなかなか難しいし、
そこで質が上がっていくのかっていうとどうかな。
もちろんそれでうまくいく人もいるんだろうけど、
スポーツとかだったらやっぱり人と練習してそこでうまくなったりとかするわけだから、
他者の介入っていうのはどうしても完全無視はできない。
となるといかにそこをコントロールできるか、他者との比較を避けられないんだけれども、
でも自分の健全性は保ちたいですよね。
僕の場合、自分の場合だとそういうふうにウェブのデザインで頑張っていこうと思って、
でも他の人のほうがうまい人がたくさんいてっていう中で、
僕の場合はそこで潰れずにというか、
並行して他のプログラムを書いたりするのも楽しい。
マーケティング勉強し始めたらそこも楽しいってなって、
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いろんなところに目が行って、
そうするとそのものだけ、デザインだけ比較して誰かにより劣ってるなと思っても、
これ結果論だからあれなんですけどね。
他の武器があるからまあいいか。
厳粋にそこだけ見たら負けてるけど、
自分にとってはまだ武器がこれとこれとこれもあるってなると、
いいか悪いかわかんないけど、
いや良くないのかもしれないけど、
多少自尊心を保てるんですね。
いやどうなんだろう、良くない?
いわゆるスペシャリストかジェネラリストかみたいな話にもあって、
自分はいろんなものに広く浅く興味がいく性格だったので、
そういう風になってしまった。
でも、例えば文字業界とかだと専門家ばかりで、
文字デザイナー、書体デザイナーとか、
めちゃくちゃレベルの高いタイプグラフィーをデザインする人とか、
めちゃめちゃ書体に詳しい人とかの専門家ばかりで、
そうなると自分みたいな、
まあ好きっちゃ好きですけどね、
くらいの感覚の人が入る隙間はないし、
何を話してもついていけないし、
何の話だっけ?
だから、自分の立ち位置と守るべき健全さ、自尊心の立ち位置をうまく立たせて、
健全さにバッファーを持たせた上での反骨心、
自分にとって煽る要素をスパイス的にちょっと取り入れるくらいの感じ。
自分にとってはたぶんちょうどいい。
そこのバランスが崩れて、
何でもかんでも自分が劣ってるっていうような情報ばかり受け入れると、
そこで潰れる人もたぶんたくさんいるだろうし、
いかに自分の小さな小さな自尊心を守りながら生きていくか。
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だってね、まだ自分40いくつで、
あと何十年かは働かないといけないわけで、
そうするとやはり重要なのは、
まず心も体も健康であることが第一なわけだから。
生きていくことと技術的なスキルってそんなに相関関係ないし、
そうすると質より大事なものってのはなんだっていう話になるし、
あとやはり最初に言った、最初じゃないけど、デザイン業はそういった純粋な芸ではないので、
お笑いとか音楽とか文芸とかそういったものではないので、
人と比較する意義って必要性ってのは実はそんなにはなかったりする。
なかったりするけどみんなそこを競う人多いですよね。
なんとかギャラリーに乗ったとか、銀賞受賞したとか、
もちろんそれをモチベーションに頑張るのは素晴らしいことだし、
俺も一時期そこを目指してたから全然いいと思うんですけど、
自分はもうそこを降りてしまったので、じゃあどこで勝負するかっていう話ですよね。
なので、あまり最初の話に戻るけどパチパチパチパチミュートばかりしててもどうかなって話ですよね。
基本いいと思うんですけど、基本バンバンミュートしなきゃいけないけど、
自分の健康を守るために。
ある程度の他者との比較は持ち続けていかないと、
やはり人から見た目だったり他者との比較、もちろんスキル含めどんどん劣化していくし、
モチベーション、自分でモチベーション保てよっていうのもあるけど、
多少ね、外の空気も触れないといけないし、
だからこの人ちょっと傲慢で苦手なんだよねってミュートした方がいいけど、
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でもその人の発言すべてが傲慢なわけではないし、
言ってる内容自体は別に耳を傾けるべき内容のことも多々あるわけで、
そこらへんをうまく自分でコントロールしないといけない。
ツイッターばかりやってるのはどうかって話を自分でやったけど、
でもやってないと他者との外の世界、
脱SNSとか、プライベート的に言うなら全然問題ないけど、
こういう業界で仕事をしてる中で情報を遮断してしまうと、
それこそ最新情報も手に入らないし、
今どういう風な技術が使われ、どういう風に使われていてどう思われているか、
どう考えられているか、どういうデザインが多いのかとかも目に入ってこないので、
そこはやはり情報は取得できないといけないし、
それにとって最適なのがツイッターでやってるだけですけど、
なので適度にミュートして健全さを保ちつつ、
でも多少は自分が嫉妬する、もしくは反骨心が出るようなものを
多少は目につくようにはしておかないとなというところですね。
基本健康な状態であればですよね。
ちょっともう売れている時は完全ミュートで正解だと思うし、
それはそれとして、話はそこで終わるんですけど、
フォローしてないアカウント出すなよって話なんですよね。
ツイッターむしろインスタグラムむしろ。
広告だったら全然いいんだけど、全然フォローしてない人が出るのはあれですよね。
ケンスーさんが言ってたのは、
フォローしてる人よりもプラットフォームが見せたいものを見せるのが
プラットフォームにとって都合がいいと。
それがないと個人の誰かの特定のアカウントをどんどん力をつけていくと
その人が例えばツイッターじゃなくて別のところに移ったら
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そっちにユーザーが流れるから
でも昨今は強い人はほぼ全てのプラットフォームでアカウント持ってるから
どうなんだろうね。移り変わるみたいなことはあり得るのかな。
だいたいもうすべて、ツイッター、インスタ、フェイスブックとか
大半のプラットフォームでフォローしてないアカウントがバシバシ出てる状態で
ならミクシーでAIって話になるし
あまり気持ちの良い状態ではないですよね。
ここだけ出してくれるならそっちのほうが全然いいし
無料で使わせてもらってるんだから広告くらい全然受け入れるし
ただフォローしてないアカウントが出るのは
ちょっとルール違うんじゃないって話な気はするけど
プラットフォーム様には逆らえないですよね。
これが出てからニュートン使うようになったんですよね。
自分がフォローしてるアカウントだったら
そもそもちょっと嫌だなっていう人はフォローしないわけで
どうなんだ。
デザインとマーケティングのポッドキャストで
ツイッターの話ばかりするのもどうかと思うけど
そうですね。ある程度別にツイッターに限らないけど
うまくニュートンして健全さを保ち
でも他社との比較をある程度許容できる状態にしておかないといけないのではないかと思いました。
バランスが大事って言えばそれまでだけど。
そんな感じでどうですかね。いいですか。
じゃあこれで終わろうと思います。
ありがとうございました。さようなら。
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