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2024-06-26 35:30

にじシバラジオ#004 にじシバ座長・ともぞーの過去!

にじシバラジオ第4回

にじシバではあまり言及されてこなかった座長・ともぞーの過去がつまびらかに!恥ずかしいのか、座長が饒舌。

MC:にじシバ座長・ともぞー、ぶなのもり・小倉

毎週水曜 午前5時配信予定


にじシバラジオ#004 概要

  • 座長は埼玉県出身ではない
  • 座長、岸田秀にハマる(高校時代)
  • 厨二病の系譜:筒井康隆~秋山さと子~岸田秀
  • 岸田秀『ものぐさ精神分析』/性的唯幻論
  • 和光大学進学とショック
  • 1990年代後半の学生生活/文通欄で友達募集
  • 1997年、現代思想別冊『レズビアン/ゲイ・スタディーズ』のインパクト
  • シンポジウム「Queer studies meets Feminism」@東京大学
  • セクシュアリティ研究をしたくて大学院進学
  • 大学院ではずっと宮台ゼミ/大学院で学んだあれこれ
  • 修士論文なに書いた?/カミングアウト、クローゼット、バレバレ/他者との距離の調整
  • 袋小路から就職へ/これからやりたいこと

*************************************

にじシバは、川口市芝にあるシェアスペース「スペースとプラン」で開催している、ジェンダーやセクシュアリティ不問のおしゃべり会です。月2回開催。

◆開催日程の詳細はにじシバHPでご確認ください!→ ⁠https://sites.google.com/view/2ji48/⁠

◆また、にじシバはNPO法人レインボーさいたまの会の活動の一環でもあります。レインボーさいたまの会の活動の詳細については公式HPをご覧ください。→ ⁠https://rainbow-saitama.org/⁠

◆にじシバラジオの感想・お便り・お問い合わせはこちらから→ ⁠https://forms.gle/EMNvwJGcmJDFdcb49⁠

◆にじシバ開催場所、シェアスペース「スペースとプラン」→ ⁠https://spacetoplan.net/⁠

◆にじシバ発祥の地、ブックカフェ「ココシバ」 → ⁠https://cocoshiba.com/⁠

OP・ED曲はBGMerさんが配信している楽曲を利用しています。→ BGMer ⁠http://bgmer.net⁠  ※OP曲 [Free Music] Lunar Eclipse - Drunk ⁠https://www.youtube.com/watch?v=gBel24Obc5Q&t=12s⁠  ※ED曲 フリーBGM [夕暮れコスモス] ⁠https://www.youtube.com/watch?v=_GrH7XAJ2B4&t=

00:09
本日は、にじシバラジオ第4回です。
にじシバは、川口市・芝で定期的に開催しているおしゃべり会です。
にじシバラジオは、にじシバで話題になったことやならなかったことについて、
にじシバ座長・ともぞーとぶなのもりの小倉さんとで語り合う番組です。
ともぞーです。
小倉です。
ということで第4回となりまして、
前回はね、小倉さんのプロフィールというか、
小倉をやるに至った経緯みたいなこととかについてお伺いしたところですが、
今度はね、
今度は私、
そうですね、ともぞーが、
ともぞーさんのプロフィール、意外とね、みんなね、
参加してる人も知らないんじゃないかと思うんですけど、
そうですね、
そうそう、私、埼玉県出身じゃないんですよ。
田河、静岡県となりまして、
西部の方の、静岡県西部の、
静岡市と浜松市っていうのがあるんですけど、
ちょっと真ん中くらいにあるところの生まれでして、
そこで高校までずっと生まれ育ったわけですが、
大学入学するにあたって、東京の町田市というところに住みました。
町田市に住んだっていうか、町田と川崎にまたがった大学っていうわけです。
言わなくても分かっちゃうじゃん。
その大学に入学しまして、
なぜそんなところに行ったかっていうと、
岸田修っていう精神分析先生がいて、
高校時代それにドハマりしたんですよ。
ちょっといかれた中高時代だったんです。
変にね、変な難しい本とか読んじゃう。
中二病みたいな感じで。
中二病と相性良さそうですね。
相性良いんですよ。
うちの地元の市はそんなにでかい市じゃないんで、
図書館もね、そんなに蔵書数多くなかったんです。
それで中二病で、
本当にSFとかにハマって、
それで小難しいツイヤスとかが好きだったんです。
カチモさんと一緒ですね。
ツイヤスとかが好きで、
ちょうど中3の時に文学部たらの教授っていうツイヤスとかが。
若いですねやっぱりね。
あって、ちょっとそれを読んだんです。
あれって、今から考えるとめちゃめちゃLGBT問題的に課題がある本。
HIV問題とかね。
非常に問題ある本なんですけど、
ただ中学生の時にちょっと手を出したら、
03:01
文芸評論みたいな、
あんまり詳細は覚えてないんですけど、
その田田の教授っていう人がいて、
その前半部分は、各エピソードの前半部分は、
大学の人事のドタバタ劇みたいな感じ。
大学内の教授同士の人間関係のドタバタ劇みたいなので、
後半がその田田の教授の講義、講記録みたいな構成になっていて、
それでいろんな文学理論を取り上げるみたいな感じ。
で、そういうのを読んでいると感化されちゃうんですよね。
こういう哲学があるんだと。
こういう考え方があるんだと感化されて、
それで精神分析とかの、フロイトとか読んじゃう。
ユングとか読んじゃう。
ユング読んじゃったのね。
それで前回出てきた別冊宝島。
ありましたよね。
精神世界の本とか、秋元さとこさんっていう、秋山さとこさん。
秋山さんですね。
秋山さとこさんっていうユング派の学者なのかな。
確かに本はいっぱい出してますよね。
秋山さとこさんが責任編集みたいなのをしている、
別冊宝島のユング系の本を読んだりとかして、
そこで精神分析はまってたんですよ。
高校時代とか。
それでその絡みで読んだのが岸田秀で、
めっちゃ衝撃を受けた。
なんで衝撃?
岸田秀っていう人が何かっていうと、
別冊精神分析っていう本。
それが一番多分代表とか。
1977年。
ちょうど1973年生まれた年に書いてる。
すごい古い。
有意言論っていうんですよ。
全ては幻想である。
社会制度とか、
そういう哲学とか思想とかも含めて、
全ては人間の妄想が体系化されたものに過ぎないんだ。
そういうことを主張して、
文化っていうのは共同幻想であってね。
日本文化っていうのは共同幻想と一緒に過ぎないんだよみたいな。
そういう隠れている真実を暴き出すみたいな。
今頃だと陰謀論者になったかもしれない。
YouTubeの陰謀論チャンネル聞いてるかもしれない。
そういうので衝撃を受けちゃったんですね。
こういう考え方なのか。
それで岸田周、
当時すごいつまんなかったんですね。
高校をしてて。
青春じゃない青春を送ってた。
青春は捨てた。
部活とかも捨てたし。
ちなみにセクシャリティ的に言うと、
高校時代から自分は男の子も好きなのかな、
06:03
みたいに思っていて。
いろいろあったんですけど。
そういうところもあって。
それで特に岸田周が性的優位言論みたいな。
人間のそういうセクシャリティ、
例えば異性愛にしてもそれは幻想なんだ。
本能じゃないんだ。
人間っていうのは本能が壊れたと思うんです。
本能が壊れているから文化を作って、
文化という共同幻想を作って、
その共同幻想の中で生きるようになった。
なのでそもそもフロイトっていう人が、
人間の性衝動みたいなのっていうのは、
生物そのものの問題じゃないみたいなことで。
ここはちょっと曖昧なので。
それは心理学じゃないですか。
そうそうそう。
岸田周の本を読むと、
割と自分の中にあった、
そういうセクシャリティのゴタゴタしたものって、
自分の中のそういうディビドウという、
不定的衝動みたいなものが、
そのやっぱり抱えているものが、
よく自分で理解できるようになるというか、
これは本能じゃなくて、
自分の中で、
社会の中で培われた、
ある種の幻想なんですなみたいな感じ。
っていうのを考えるようになって、
そこで結構しっくりきた部分があるのかなっていう。
それもあって、
岸田周がいる和光大学っていうところがあって。
もう全部、最初から分かったけど、
言っちゃったっていう。
で、その和光大学っていうところに行きまして、
そしたら入学したら、
さっきも言ったようにね、
地元の図書館がすごい蔵書数が少ないんで、
岸田周の本も3冊ぐらいしかなかったんです。
で、本屋行っても岸田周の本って、
置いてあるところまで置いてないところもあって、
手に入るのが悪くなったんです。
全部読めただけじゃなくて、
で、和光大学入ると、
当然図書館には全部揃ってるんです。
そりゃそうです。
それで片っ端からとりあえず入学したと読んだら、
橋本さんとの対談があったんです。
対談があって、
自分のところで勉強するために和光大学なんかやってないほうがいいとか。
もう今言わないで。
言わないで。
それ大学入学する前に読んでたから、
志望を変えてたもんね。
っていうのがありまして、
それがちょっとショックを受けたんですけど、
とりあえずそれが目的で入ったんで、
岸田志佑のところで勉強というか、
岸田瑞美に入ったんだ。
岸田瑞美に入りました。
そしたら、実際に見る岸田志佑っていうのはね、
本で読むのとはやっぱり違っているっていうところもありました。
09:03
やっぱりインタビュー先に読んどいた方がよかったね。
そうそう。
っていうのがあって、
で、それでですね、
和光大学っていうところは、
今でこそ無名なんですけども、
当時も別にそんな有名じゃなかったんですが、
一部で流れていた。
そうですね。
活動、アクティビズムとかね。
そういうちょっと左側だった大学ではあるので、
あと自由な大学と言われていて、
で、セクシュアリティに関しても、
結構普通にカミングアウトしてる人はいる。
それなりにいて。
で、大学入って、
サークル活動をしてる中で、
自分ゲイなんだけど、みたいにカミングアウトされた友達がいて、
その後、結構当時大学サークルってのが流行ってたんですよね。
ゲイサークルを作るみたいなのが。
で、じゃあうちでもゲイサークル作ろうかみたいな感じで、
ゲイサークルを作って、
あんまり大した活動をせずに失礼しちゃった。
今はないの?
今はないですね。
もうそれはね、ほんとにあっという間に消えてなくなっちゃったみたいな感じなんですけど、
それでも大学行った時は、
ちょっとみんなで集まって飲みに行くくらいでしたよね。
少しは活動してた。
で、その当時のメンバー募集の手段っていうのが、
バディとかに、その文通覧を使ってた。
文通覧の文が今はないから説明いる?大丈夫?
雑誌の刊末とかにね、恋人募集もあったし、
あと友達募集とか、
あと偽装結婚会、
あ、それはバディにはないのかな?
それはね、バラ族とか。
バラ族にはある。
あとサークル募集とかね、地域のLGBTQ系のサークルもあるし、
そうじゃないバレーボールのサークル募集もあったり。
そうそうそう、そういうのもありました。
バディってね、昔、今はもう配管っていうのがないのかな?
ないので、2010年代くらいからDVDと一緒に売るようになって、
ちょっと多分、雑誌も100ページくらいになっちゃった。
昔は300ページくらいだった。
薄くなった。
そうですね、90年代は300ページ、
っていうか芸雑誌全体が300ページくらいだった。
すごい厚くてね、背がね。
そのうちの20ページくらいは多分文通る。
文通覧っていうのがどういうものかっていうと、
編集部がね、仲介してくれると。
編集部宛にお手紙を書くんですね。
お手紙を書いて、それを編集部に送ると、
編集部の人がこれを見て、
記事出てくれて。
雑誌の多分3センチ四方くらいのサイズかな?
12:02
2センチ四方くらい、結構狭いスペース。
小さい狭い何行とかですよね。
ここに身長、体重、年齢みたいな。
そうですね。
と、自分は何々が好きですみたいな、
何々戦ですみたいな情報が入ってるみたいな。
今でいうマッチングアプリの原始的バージョン。
そうですね。
そういうものですね。
顔写真とかはもちろん中に。
個人がバレないっていうのを。
個人情報が載ってない感じの。
それで恋人を作ったり、
友達を作ったりする唯一の手段、
あとはお店に行くくらいしかないみたいなやつですよね。
はい。
で、その頃、大学生ナイトっていう、
ゲイイベント、ゲイナイト、
クラブイベントですね。
クラブイベントなんかが始まったりとかして、
割と楽しい学生生活を送ってまして、
それで、
就職しなかったんだよね?
そうです。就職はですね、
ちょうど私、就職氷河期世代。
その世代。
しかも、かつ学校大学に入った時点で、
なかなか絶望的だろうっていうのを、
自分は認識してたと思って。
なので、今でいう学歴ロンダリング。
はい。
ちょっと手を進めまして、
で、大学院、
それは実はロンダリングする目的でいたわけじゃなくて、
ちゃんと研究したいなっていうのがあって。
卒論何だったんですか?
卒論はですね、何だっけ?
あ、自分で忘れてる。
結構現代思想っぽいやつですね。
え?
うん、現代思想っぽいやつです。
今、忘れてることにして恥ずかしさ出てるんじゃない?
結構恥ずかしいですね。
何かね、風向とか。
ああ、風向か。
そうそうそう。
風向かな、流れ的にとは思ってましたけど。
風向だろうな。
結構、97年、
1997年がインパクト、
自分にとってインパクトがあるとして、
何かっていうと、
現代思想っていう雑誌があって、
あ、ありました。
そこが、
今もありました。
今でもあるんですけどね。
そこが別冊特集で、
ベジティアンゲイスタディーズっていう
別冊特集を出したんです。
それもまた分厚くて、
それも多分300ページじゃない?
250ページとか。
こんな分厚い特集だった。
で、そこの、それと前後して、
さっき、第3回でちょっと名前が出てきた、
赤です。
という団体があって、
そこのメンバーであった、
キース・ヴィンセントさんからと、
川口和也さん。
あとは、
笠本隆史さん。
笠本隆史さん。
TBS聞いてたら笠本さんが喋ってた。
そうです。
その3名が、
制度者っていうね、
現代思想の判断元である制度者から、
すの物ずばりのゲイスタディーズっていう本を出したんです。
別名茶色の本とか呼ばれるんですけど。
15:05
なので、その別冊特集の
レズビアンゲイスタディーズっていう特集と、
茶色い本のゲイスタディーズっていう本の出版が、
自分の中ではめっちゃインパクトがあって、
それがちょうど自分が大学3年生のときに出たんですね。
こんな風に学問で扱えるんだ。
っていう目覚め。
ワーク的なやつがあって。
それまで自分的には、
セクシャリティを語る文法というか、
語り口って出してるしかなかった。
ところが、レズビアンゲイスタディーズっていうものが存在していて、
特にそのレズビアンゲイスタディーズの中で使うのが、
精神分析の中でも、
ラカン派っていうのがあるんですね。
フロイトっていう人が、
オーストリア人の精神分析の元祖みたいな人がいて、
そっからユング派っていうのとか、
アドラー派とかって生まれてきて、
その後フランスで、
ジャック・ラカンっていう人が、
ラカン派精神分析っていうのを立ち上げて、
そのラカン派精神分析の影響を、
すごいレズビアンゲイスタディーズが結構受けて、
受けているっていうか、批判的に検討したり、
そういうところもあって、
こんな切り口で、こんなやり方があったんだっていうので、
結構ショックを受けて、
当時、和光大学にはですね、
エノベテルコ先生っていうフェミストの先生もいる、
フェミストの先生っていうか、
ウイメンスタディーズっていうか、女性学の先生。
そうですね。
その先生のゼミにも出てたんで、
フェミズムの本とかも読んでたんですけど、
そしたら東大でね、東京大学で、
シンポジウムが開かれて、
それがクイアースタディーズミーツフェミズムっていう、
これはもう本当に、
僕の人生の中で、
めっちゃ記憶に残って、
メルクマールとなるようなイベントだったんですけど、
これがその赤の、
ゲイスタディーズっていう茶色い本を書いた、
キース・ヴィンセットさんと、
サーマー・ダカシさんと、
カミシカズヤさん。
その3人と、
プラス上野千鶴子先生。
ただので、
ゲイスタディーズの面々が、
フェミズムにあったよって、まさにね。
そういう感じで対決みたいな感じ。
で、そこにコメンテーターかな、
浅田明さんがね、いらっしゃって。
で、浅田明さん、
その当時、
唐谷浩二さんという文明批評家と一緒に、
批評空間っていうね、
めっちゃ難しい雑誌を出してた。
18:00
で、批評空間も、
4個とは読んでたんですけど、
なかなかかなり手強いというか、
難しいなと思いながら読んでた。
なので、
浅田明さんという人が、
小倉三世代だったね。
そうですね。構造と力ですね。
構造と力っていう、
最近文庫化された。
そうなんだ。
文庫化されて、
リスメイカン大学の千葉麻弥さん。
はいはいはい。
解説を書いているらしいですね。
まだ読んでないんですけど。
読んでないです。
いわゆるニューアカデミズムブームっていうのが、
80年代にあったんですよ。
はいはい。
80年代にあって、
和光大学っていうところは、
自流から取り残されている大学なので、
約10年遅れてるってこと?
はいはい。
そんなこと言っても、
僕たちは。
学生運動がスタッフになっていたのに、
まだやってるし。
そうですね。
ヘルメット被って、
角棒、角材のね、
ギュラ棒っていうのを持ってたりとか、
立ち看板が立ってたりとかするっていう、
カルチャーがあったんです。
なので、
まだ90年代半ばになっても、
ニューアカブームを引きずってるみたいなね、
そういう空気感があったんで。
そういう中で、
浅田明さんの本とかも読んでた。
はいはいはい。
なので、僕は97年の、
クリアアスタリウスミーツフェミニズムっていう、
シンポジウムに参加したときに、
浅田明と生上の静子を初めて見る。
なるほど。
割とワクワク体験。
一部の人ってワクワクな体験。
そう、ワクワク。
で、上の静子かっこいいなって、
そういう印象を受けました。
っていうのが、
すごいあって、
そこで、
ちゃんと勉強したいなって、
気になりました。
はいはいはい。
それはね、
大学院に行こうかなって思った。
ある意味、原体験だったんですけど、
でも、大学院選ぶ段階で、
そうですね。
レジビアンゲイスタディーズが、
正式にゼミとしてやってるところがないんですよ。
確かに。
行くとなる、
選ぶとなると、
フェミニズムで、
フェミニズムで、
そうですね。
研究室を選ぶってことになって、
そうなると、
首都圏だとかなり限られてきちゃう。
行くところがね。
東大の上野ゼミか、
都立大学の上原ゼミか、
みたいな感じになって。
で、
これはもう本当に自分の能力的な部分なんだけど、
やっぱちょっとね、
東大の本郷ですね。
本郷の社会科学研究室をちょっと受けるには、
ちょっと準備が足りないなっていうところがあって、
で、都立大の、
当時、東京都立大学の社会科学研究科っていうところをちょっと、
受けてみた。
受けてみた。
受けてみたら、
受かったと。
21:00
おめでとうございます。
受かって、
飛んだ銀河が。
ということになった。
で、原ゼミに入った。
原ゼミに入りたかったんですよ。
入ったの?
入りたかったんですよ。
入れなかったの?
入りたかったら、
先日体感した、
体感したんですけど、
宮台真理という人がいて、
宮台真理なの?
そうなんですよ。
知らなかった。
秘密にしてた?
いや、別に秘密にしてないんですけど、
えはらさんのところが、
めっちゃ人気で、
僕の同期が、
全部で、
7、8人くらい、
9人くらいいて、
そのうちもう3人くらい、
5人くらいは、
今、教授になったりして、
大学に就職するんですけど、
同期の、大学院の同期の中で、
自分も含めて4人かな、
5人か、
5人くらい、
えはらゼミ志望。
で、そうなると、
えはらゼミにだけ、
人が集中しちゃって、
っていうところで、
人数調整が行われたっていうのと、
ひとつだけ聞いたらしたと、
宮台さんが取りたがってるらしい、
ってことが、
宮台ゼミに行くことになった、
ってことがありました。
宮台先生と、
2年間お付き合いなさった?
2年間どころじゃないですね。
修地課程2年と、
修地課程3年と、
プラスオーバードクターで、
30回したんで。
あれ、じゃあ、
博士課程の時も、
えはらゼミには入らなかったんだね。
そのままずっと、
宮台ゼミでずっと。
所属はね。
宮台ゼミ。
宮台ゼミに所属をする、
ことになったんですね。
宮台ゼミ、
宮台さんどうでした?
この間ね、
体肝記念の、
ちょっと集まりがありまして、
大学院ゼミに、
所属していた人も、
サプライズでスピーチすることになってしまい、
ちょっとだけ、
スピーチというか、
話したんですけど、
そこでも、
もともとえはらゼミ志望だったけど、
なぜか宮台ゼミになっちゃった、
という話をして。
失礼。
ちゃんと、
いろんなことを勉強させてもらって、
明日だよ、
ってことは、
伝えをしてですね。
だから、
ひょんなことから、
宮台慎二さんの下で、
勉強するとなったんですけれども、
自分がね、
大学時代に勉強したのっていうのは、
学校大学っていうと、
本当に雑職系の大学なので、
で、
10年遅れて、
入学を引きずってる、
みたいなところもあったので、
もう自流から取り残されて、
なんか、
精神分析の変な、
細かい理論とか、
なんか、
バタ言うとか、
あとはね、
今も表現を取ってらっしゃるんですが、
上野俊也さんっていう、
カルチュラルスタディーズの先生がいて、
24:02
カルチュラルスタディーズっていう、
文化研究って、
日本語に訳すと、
音楽とか、
アートとかを、
単に評論するんじゃなくて、
社会的文脈の中で紐づけて、
社会的文脈の中で解釈していく、
みたいな、
そういう研究があってですね、
その辺の話とかっていうのを、
勉強をしていたので、
社会学っていうのは、
学問として、
体系化して勉強したことが、
それまでなかったなっていうのも、
大学院に入試のために、
つけ焼き場で、
いろいろ勉強はしたんですけど、
まとまった形で、
ディスプレイとして、
身に付けてこなかったなっていうのがあったんで、
その点ではやっぱ大学院で、
改めて、
もちろん社会学の先生の講義とか、
ゼミとかには参加はしていたし、
勉強もしてたんですけど、
改めてちょっと大学に入って、
社会学とはいかなるのかっていうのを、
ウェーバーとか、
実験とか、
パーソンズとか、
あとはルーマンとか、
そうしたものを一通り身に付けることができて、
大変よかったなっていうところですね。
それに限らず、
資質的研究のやり方、
調査であるとか、
ご不満であるとか、
同期にね、
小宮智恵くんがいて、
彼はめっちゃフェニリズム詳しいし、
スノーメソドゥルティという、
方法論について詳しかったりとかして、
江原さんの記憶ですよね。
非常に学んだところが多いかなっていうところで、
勉強をしました。
修論は書いて、
博論も書いたの?
博論は書けなかったです。
結局修論は、
カミングアウトについて書いて、
当事者研究みたいな感じ?
当事者に対するインタビュー。
インタビュー対象としては、
当時ね、
レディアゲインサークルがあって、
そこに参加している学生を対象に
インタビューをさせてもらって、
カミングアウト、
こないだ瀬戸正樹さんの学章と
トークイベントのとこにも話題になってましたけど、
そのとき取り上げたのは、
カミングアウトっていうのは、
クローゼットという状況と対比されているわけです。
クローゼットっていうのは、
誰にもセクシャリティを話さずに、
ずっとひた隠しにしている。
カミングアウトっていうのは、
クローゼットから外に出て、
オープンにしている。
そういう状況で、
二分割でいて、
当時の、今から20年くらい前の、
現実的なところでいうと、
27:02
クローゼットにいるっていうのは、
あまり良くなくて、
カミングアウトして、
初めてゲイである。
初めてゲイであるっていう状況がこのマップで、
カミングアウトっていうのは素晴らしい。
クローゼットっていうのは、
抑圧された状況なんだよっていう、
そういう理解が当時あった。
ありました、ありました。
結構今もありますよ、普通に。
特に大学のゲイサークルとかにいると、
別にカミングアウトしてるわけじゃないんだけど、
でも、普通にゲイだってわかる。
日的にわかるよね。
グローの何々ですって言われたら、
ゲイかバイセクシャルかどっちかだなみたいな。
当時は工大学でゲイサークルやってた。
そこで知り合ったわけじゃないんだけど、
友達になったゲイも、
別にカミングアウトはしてないんだけど、
ちょっとメイクしたりとかして、
見るからにゲイ。
ゲイゲイしさがある。
そういう感じが見られるとか。
あとは今はないかもしれないけど、
ピアスを大学時代にしてて、
ミニピアスをしてるとゲイみたいなね。
あれ不思議でしたよね。
伝説じゃないけど、
みんなが共有して持ってる?
メンソールタバコを吸うとインポになるみたいな
程度の話なんだけど、
必ずしも100%そんなことになるかよ。
みんなその辺を頼りにしてるみたいなところがさ、
あの人ゲイになっちゃったなみたいな。
っていうのがあったりとかして、
明示的にカミングアウトしてるんじゃないんだけど、
方から見ると明らかにゲイみたいな。
ゲイ状況ってあり得るなっていうのは常々思っていて、
それはカミングアウトとクローゼットの
二分法では割り切れない
習慣部分だなっていうところがあったので、
そこを修論にした。
なるほど。でも今に繋がりますね。
白か黒かで決めないっていうね。
なんかその辺の美学というか価値観ですね。
バレバレな状態。ゲイであることが別に
バレてる感じ。だからインタビューをすると、
自分がバレてると思っているから
あえて言ってないみたいなね。
周りも別に言ってないけどバレてるしいいかな
みたいな感じになって過ごしているみたいな。
そうですね。だから別にそこら辺を説明しないで、
例えばパートナーですっていう風に、
例えばパートナー連れてきたときに、
あえて説明しないと別に思い込みの強い人は
友達なのかなと思ったり、こんなにいつも一緒に
動いてるはずないよね、しかも二次芝だよね
とかって思って、必然的にパートナーだと思う
みたいな仕組み。
30:00
だからその時に、じゃああなたは本当にカミングアウト
してないんですか?なんでしないんですか?とか
詰めるようなやり方みたいなのは今やどうなんでしょう?
あんまり必要じゃないんじゃないの?っていう。
例えば携帯に
スマホリングの真ん中にレインボーシールが
貼ってありますね。街で歩いても、この人は
当事者かあらゆる人かだねって思うけど、
相手がそこまではしないかとぐらいの感じ。
だからこれが分かるように置いてあって、
置いてあるところで、ある意味
他者に対するバロメーターみたいな。
はいはい。
これでそうなんだって分かって、
その設置方を変える人もいるかもしれないし、
いないことの方が多いですけど。
そうですね。気がついてない人もいるしね。
気がついてないっていうこともあるので、
私のサインを自分から出していくことで、
それで他者との距離感とか
社会関係を調整していく。
そうですね、調整ですよね。だから相手にも迫らないし、
自分も迫られないっていう、
気に入らなかったら自然と離れていけばいいし、
っていうところを修論にして書いて、
早いですね、その時代にしてはね、逆に。
白紙課程入って、それを論文にして、
出した論文雑誌が、
都立大学の機関誌みたいなやつだったので、
記憶的なやつだったので、
あまりちょっと出回ってないんですけど、
たまに高俗の研究者の人たちから参照されて、
20年前のものにと思いつつ。
でもそこ掘ってる人がいないのかもしれないですね。
そうなんです。
やっぱり元々研究者の数も少なくて、
少ない状況で、
っていうこともあって、
その後ね、白紙課程で、
そこのところを深掘りできればよかったんですけど、
ちょっと文献も少ないし、
あと、やっぱり自分はインタビュー調査苦手だなって思う。
なるほど。
自分も当事者で、
当事者に対してインタビューして、
そして業績を上げるってことに、
後ろ目立つ。
まあ本人のね、個人的な、非常にプライベートなことを聞いてってことですか。
そこをどんどんやっていける人は、
すごい偉らしいなって思うんですよ。
面の川的にね、やっぱり必要かもしれない。
インタビュー調査、でも必要な情報ですよね。
実際にあったら面白かったのにとは思いますけど。
例えば、量的調査っていうか、
アンケート調査とかもできないので、
なかなか不規法的にね。
っていうところで、いろいろジレンマを内面的に抱えていて、
それで、いろいろ理論研究を
しようかなって思ったんですけど、
33:01
なかなか文献もそこまで出来なくて、
結構ね、自分的には袋小路に
落ちる感じがあったんですよね。
オーバードクター何年やったの?
オーバードクター3年。
だから修士で2年で、
博士で3年で、
そっから30になっちゃって。
何とかしなきゃと思って。
他はちょっといろいろあったんですけど、
他はちょっと箸掘りで。
それで、ちょっとまた就職をして、
その後、LGBT関係の活動にちょっと参加したりとかして、
今に至るみたいな。
そうですね。お疲れ様でした。
そうですね。いっぱい喋りますね。
自分説明した。
でもさ、当時はカミングアウトで、
ヒアリングいろいろかけてて、
今このさ、60くらいの人とか、
仕事終わった感じの人とかさ、
ヒアリングとかかけたくなったりします?
それまでします。
実際どうでしたか?とかさ、
パートナーシップ当時若い頃考えたのと、
今どういう差異がありますか?とかね。
20年前に感じた後ろ目立つのは今あんま感じてない。
だからちょっとインタビューとかもね、
していって、
迫論とまでいかなくても、
なんかやり残した積み残しをできたらいいなっていう風に思ってます。
いいですね。ぜひね。また今後ね、こうやってやっていくうちに、
なんか出るかもしれんし。
じゃあこんなところで。
時間オーバーしてます。
後の読まなくていいんですか?
それではエンディングに移ります。
二次市場は川口市場のシェアスペースとプランで、
月2回開催しています。
ジェンダーやセクシュアリティに関わらず、
誰でも参加できるおしゃべり会で、
ジェンダーやセクシュアリティの話題などについておしゃべりしています。
詳しい会社日程などは、詳細欄のホームページをご覧ください。
それではまた来週お会いしましょう。さよなら。
35:30

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