2025-01-27 13:00

#53 私が覚醒して変わったこと

🔴今回の内容!

私のスピリチュアルの定義

スピリチュアルの究極は覚醒・悟り

「死」に対する認識

お節介について

私たちが物理世界で何をやりに来たのか?

覚醒のためにできること


🔴自己紹介

東京出身。アメリカコロラド州在住12年。


子供の頃から目に見えない世界がに興味があり、2020年の新型コロナウィルスのよるパンデミックの間に、オンライン上で目に見えないスピリチュアルの世界を探求している仲間たちに出会いました。


2021年2月から氣功のトレーニングを、ふじもとさとる先生(ハワイさん)の元で受け始めました。

先生のYoutube:https://youtube.com/@kamisattee?si=ehG1aIm3ekEuFsMr


2022年にThe Complementary Medical Association、代替医療協会が承認している学校のサウンドヒーリングの試験に合格し、サウンドヒーラーの資格を取得。


2024年5月から、ハワイさんの師匠で氣塾を主宰している木村師匠の元に移り、3500年の歴史のある古式マスターヨーガ、武当派太極内丹法のトレーニングをしています。

気塾H P:https://kijuku.org


2024年8月に、気塾の認定講師としてMYQ Breathing Method (呼吸の教室 古式マスターヨーガ氣功)という教室をアメリカ気塾としてスタート。インド古式マスターヨーガと武当派太極内丹法の氣功技術を教えています。

HP:https://www.myqbreathingmethod.com


私がこの発信を通じて、伝えたいことは、この地球に存在する全てものはスピリチュアルな存在だということです。自と他は、別々なものではなく、私たちはすべてがつながった存在です。そのことは、3000年以上前に書かれた、古代インド哲学に、もうすでに記されています。


また、スピリチュアル的な生き方のヒントは科学的にも証明されてきています。何も特別なものではないということ。ただ、その技術を知らないだけなのです。


日常生活の中でいかに、氣功やスピリチュアルを活かしていくか。


日常で使うことのできないスピリチュアルも様々な手法は、一時的な助けになるかもしれませんが、根本的な問題解決にはなりません。どのように、目に見えない世界の力を日常生活の中で使って役に立てていけるか、そういったものを発信して、皆さんに使っていってほしいと考えています。


ぜひ、私の発信していることをあなたの人生で使っていってくださいね!


🟠MYQ Breathing Method

https://www.myqbreathingmethod.com


🟠リットリンク

https://lit.link/myqbreathingmethod

00:00
皆様こんにちは、スピリチュアルラジオです。 今日は、私が覚醒を通じて変わったことについて、ちょっと話してみようかなと思います。
スピリチュアルと一言で言っても、スピリチュアルの定義は人それぞれで、また、目覚める、覚醒といっても、そこにもレベルのようなものがいろいろあるんですけれども、
私は、覚醒体験をして、自分が体験する出来事を、どのレベルで見るのかということを日常で選択しています。
ドロドロの人間レベルでの見るから、スコーンと抜けた宇宙意識のレベルでの見るを行ったり来たりしています。
こんな私の見る体験を踏まえながらお話できたらと思います。 私自身のスピリチュアルの定義としましては、
以前、第33回で、私が考えるスピリチュアルの定義というところでお話ししていたかと思うんですが、
私にとっては、生きているすべての人がスピリチュアルな存在で、私たちはみんなつながっていて一つであるということです。
一つであるのになぜそれぞれ違った体験をしているのかというと、それは大きな木に例えられるかなと思います。
私たちはそれぞれ大きな木の葉っぱであり、枝でつながっています。
見方によっては一つ一つの葉っぱとして認識されますが、見方によっては一つの大きな木として認識されますし、また枝などとまとまった形で一つとして認識されることもありますね。
一つの大きな木がそれぞれ違った体験経験をしています。
そして一つの大きな木の葉っぱですね。一つの大きな木の葉っぱそれぞれが違った体験や経験をしていますね。
そして葉っぱのそれぞれは他の葉っぱの体験を別々のものとして認識しているかと思います。
私たちもそれぞれ別々の体験、経験をしていますが、私たち一人一人のユニークな経験を通じてどのような呼び方をしてもいいんですが、
宇宙、神様、存在の源、大いなる存在、そのような存在はそれぞれの葉っぱの体験を通じて様々な体験をしています。
この経験は地球の存在だけのものではなく、宇宙に存在する地球以外の星での経験もすべて含まれます。
ですがまあこの話をするとぶっ飛びすぎてしまいますので置いておきたいと思います。
私にとってのスピリチュアルの究極は覚醒で悟りと言ってもいいかもしれませんが、
自分自身がその大いなる存在、存在の根源であったり宇宙、神様と同一なんだと腹落ちして知る体験だと認識しています。
すべてが愛の存在であること、自分と他人という括りが究極にはないこと、すべての繋がりを感じること、
感じるだけではなく、それがわかるということ、善悪がないこと、そして死というものがないということがはっきりとわかる。
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すべての体験がそのままありなんだということをはっきりと知る、ということが悟りであり覚醒です。
そして同時に私たち一人一人の根本は愛の存在なんだと知ることも悟りであり、覚醒の大きな体験の一つだなと思います。
ちょっと同じようなことを2回言いましたね。
相手がどんなに憎ったらしい存在だったとしても、その人も根本は愛の存在であることを知っていると、
いつかあなたとその相手との関係をあなたの中で手放す助けになりますので、どうぞ忘れないでいてください。
このような覚醒体験を通じ、その後もさらなる気候のトレーニングを通じて、自分自身の認識が変わったことの一つに、
死ぬということに対する認識がはっきり変わったかなと思います。
私は子供の頃から目に見えない世界との興味やつながりがありましたので、死後の世界があること、魂の旅が続いていくことは漠然とわかってはおりましたが、
私たちは一つであるという言葉を頭ではわかっていても、それまでは腹落ちしてわかっていなかったので、
覚醒前と覚醒後の死に対する自分の認識の感覚が変わったことを実感しています。
今私がどんな感じで死について見ているのかというと、それ自体は美しいものだと感じています。
魂にとっては肉体を持って様々な経験をするということは喜びであります。
それと同じように肉体を離れることも喜びであり、そして美しい新しい旅立ちなんですね。
ただ誤解をしてほしくないことがありまして、このラジオを聞いている人たちは魂の真理を知りたいとか、
霊的な自分に目覚めていく準備ができた人たちしかいないかなと思うので、心配は必要ないかなとは思うものの、
実際にはこのような話をどこで発言するのかということを、誰に対して発言するのかということを気をつける必要はあります。
どうしてかというと、まだ準備ができていない人にこのような話をすると、
では人を傷つけてその命を奪っていいのかとか、自ら肉体を離れることを選択してもいいのかなど極端な解釈をする人たちがいるんですね。
なので気をつけないといけないかなと思っています。
究極を言ってしまえばどちらもダメということはありません。
だけれども、霊的に成長した魂が人を傷つけることはありませんし、そうしたいとも思いません。
霊的に成長すると、人を傷つけることは自分を傷つけることとイコールであることを知っていますし、反対もまた同じですね。
自分の現実は自分で作り出していることもわかるので、人を傷つけるという行為をしてしまった場合、その周波数は自分に必ず戻ってくるということがわかります。
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それに、自分をいかに整えていくことが大切なのかということがはっきりとわかっていますので、外の出来事にとらわれなくなります。
なので、もしも嫌な出来事や恨みたくなるようなことや、仕返ししてやりたいと瞬発的に思うような出来事があったとしても、それを短時間で手放すことができるようになりますし、
そんなことに貴重な肉体を持った物理世界の時間を費やすことは無駄なことだともわかりますし、自分のためにならないということをはっきりと認識することができます。
ちょっと冷たいように感じるかもしれないですね。
私も薄々気づいているんですが、覚醒をするとちょっと人間性が薄れてしまう部分もあります。
人間意識で見ると、良い意味でも悪い意味でも、冷たい人と捉えられてしまう部分があるかと思います。
それってどういうことなのかなぁというと、特に先ほど話したような死に対する認識についてもそうです。
もちろん誰かが虹の橋を渡っていってしまうことを知るのはとても悲しくて、その気持ちに嘘はないんですが、同時に美しさと、「行ってらっしゃい!」というような祝福に近い感情を持っていることもまた事実です。
どうしたって肉体を離れた魂の喜びみたいなものをキャッチしてしまいますしね。
そうではない魂もいらっしゃるんですけれども、基本的には肉体を離れることは魂にとって喜びとなります。
あとはですね、おせっかいをしなくなります。
これは良いことかもしれませんが、場合によっては冷たいと思われることもあります。
というのも、私たちはそれぞれこの物理世界で肉体を持って、どんなことをやりたいのか、どんなことを克服したいのか、どんな体験をしたいのか、いろいろな目的というか目標というか、そういったものをざっくりと決めてきています。
以前の私は困っている人を助けたいとか、人の役に立ちたいなどと思っておりましたが、今はそれは全くないです。
助けを求められれば、自分ができることはお手伝いやサポートをしたいと考えていますし、こういったことができるよという提案をさせていただきますが、闇雲に助けたいという意識はなくなりましたね。
こういう話をするとね、また極端な受け取り方をされる場合があるので、申し上げますが、もしね、自分の友人や知り合いなどに虐待を受けていたりとか、苦しい状況にある人がいたら、
それはもちろん助ける方向で動きます。その人が作った現実なんだから放っておくなんてことはしません。
そういうこととはちょっと違うんですよね。だって誰でも助ける方向に行動しますよね。行動までできなかったとしても何とかしてあげたいとは皆さん考えるかと思います。
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なんともね、このような感覚を言葉で言語化していくことは難しいですね。
スピリチュアルに目覚めると、結構こうした考え方に対して、何というか矛盾をはらんでいるような感覚がたくさん生まれてきますというか、
もう全てが矛盾でできていて、大きくもあり小さくもありとか、そういった相反するものが一緒に同時に存在しているんですね。
大きな括りでの話をすれば、私たちは自分が宇宙そのものであることを思い出すゲームをしている途中なんです。
私たちの根本は愛なんだということを様々な経験を通じて思い出していくということをやっているんですね。
それには一つの人生だけでは難しくて、いくつもの人生を重ねることを選択する魂もありますし、
地球での人生は一回きりという魂もあります。時には悪役を選択する人生もあるかと思います。
話を聞いてバカバカしいと思う人がいるかもしれませんが、もしそうだったら、物の見方がガラッと変わるのではないでしょうか。
もし私が間違っていたとしても、このアイデアをあなたが持つことが、あなたの人生を有益なものにしてくれるのであれば、そこに価値があるのかなと思います。
スピリチュアルに目覚めると、自分の人生に責任を持つようになりますので、周りに対して起こることも少なくなりますし、物事がよく見えるようになります。
まさに俯瞰して物事を見ることができるようになるんですね。
ではどうしたらスピリチュアルに目覚めることができるのかなという問題も出てくるかなと思うんですが、
瞑想をやったり、マインドフルネスを心がけたり、ヨガをやったり、ヒーリングを受けたり、自己啓発系の本を読んだりと、いろいろなことをあげることができます。
なんですけれども、私がやっている古式マスターヨガ機構はとてもいいですよ。
最後の最後に営業をかけてくるんかーい、というツッコミをいただきそうではありますが、
皆さんが思い悩んでしまう原因は単純に気が足りないということと、気脈が詰まってうまくエネルギーが循環できていないことがほぼほぼ100%です。
なので頭だけであれこれ思い悩んでしまうんですね。
思考を使いすぎると直感が働きにくくなりますし、魂である自分自身とのつながりも感じにくくなります。
特別な呼吸法と意識の使い方を学び、気脈の詰まりをとって、チャクラを使える状態にして、しっかりと気を満たし練っていく。
悟り覚醒が目的ではなくても、深い呼吸と意識を用いて気を練って回していくことは、
単純に、純粋に健康に良いですし、ベルビーングがバッチリ整っていきます。
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もちろん医療の代わりになるものではないんですが、今体の不調があって通院などをされている場合も、通院を続けながら内単気候をすることができます。
呼吸が健康に密接に関わっていること、深呼吸が身体に与える良い影響などは、検索していただくと様々な科学的なリサーチ結果が出てきます。
肉体を持っている限り、呼吸はしていますし、思考もしています。
人間の生命活動でやっている当たり前のことを意識的に行うだけで、自己免疫力が上がり、自然治癒力が上がり、精神的にも強くなるなんて、こんな良いことはないかなぁと思っています。
もしもご興味がありましたら、概要欄をご覧になっていただき、ご連絡くださいませ。
それでは今日はこの辺で終わりにしたいと思います。また次回お耳にかかれることを楽しみにしていますね。
それではまた。バイバイ。
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