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#9 自己肯定感低くて悪かったね
2026-08-31 21:09

#9 自己肯定感低くて悪かったね

「ごめんね」「ありがとう」を言えないわたし。
いまは許して。
#夫婦 #自己肯定感 #ごめんね #ありがとう
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00:03
おはようございます、ゆうりです。 今日も朝早くからお付き合いいただきありがとうございます。
この配信は、いつの間にか物分かりのいい、空気を読める大人になってしまった私が、 この時間は生身の自分に戻って、
心の内をそのままさらけ出していこうという、 感情だだ漏れの正直配信でございます。
あなたもこの時間だけは、本当の自分に戻ってみませんか? 今日は自己肯定感のお話をしてみたいなと思います。
というのも、この間ですね、とあるメルガマで、 メルガマだって、メルマガで、自己肯定感が低い人はごめんなさい、ありがとうが言えない。
だから、まあそんな人は相手にしないみたいなね、お話がありまして、 それがね私的には結構グサッときたというか、
グサッときつつ、
ちょっとイラッとした、 っていうのがあったんですね。
イラッとしたのは、ズボシというか、まさに私が、 ごめんなさい、ありがとうを夫に言えてないからなんですけど、
そう、 いやーそれって自己肯定感の問題なの?みたいな
気がしちゃって、 ちょっとね、あの
グサッときつつ、 ちょっと息通りも感じるみたいな、
なんかそんなことがありました。 で、これってどういうロジックなんだろうなぁと思って、
AIちゃんに聞いてみたんですね。 謝れないっていうところでいくと、自己肯定感が低い人は、
自分の非を認めるっていうことを、致命的なダメージと受け取ってしまうから、
無意識に自分を守ろうとするっていうので、謝らない、 みたいなんです。
でね、えっとどこだったかなぁ、
えっと、そうそうそう、失敗したっていうのが、 ちゃんとこう自己肯定感が高い人、
ちゃんとっていうのも変だな。 自己肯定感が高い人は、何かミスをした時にも、
そこのミスに対して、ちょっとこれはやり方間違ってたなぁとか、 これはダメだったなっていうふうに、
そこに注目して、その行動だけを反省することができる。
けど、自己肯定感が低いと、その行動イコール、
03:05
自分をまるっと、みたいな、
自分の人格をまるっと否定しちゃう。
何か1個失敗したら、 ああ、これ失敗しちゃった。
じゃあ次からは失敗しないように気をつけよう。 ここについては。
っていうことじゃなくて、失敗しちゃった。 自分ってダメな人間だなっていうふうになっちゃうから、
もうそれって、 超ダメージじゃないですか、自分にとって。
もう、 そんなことが何回か続いたら、
本当に心ポキって折れちゃうぐらいの大ダメージなんで、 そうならないように、あえて謝らない。
その自分の間違えとか、非を認めないっていうふうにして、 自分を守ってるっていう話らしいんですね。
あとは、 これも、
これは結構私そうだなって思ったのは、
負けとか、 劣等感の証明として謝るっていうことを捉えている。
ベースで人と比較しちゃって、 人と比較した時に劣等感を抱いているから、
だから、 そこで上下関係みたいなものを感じて、
謝るイコール、相手が上で自分が下っていうふうに考えちゃう。
元々自己肯定感低いから、
そうやって自分が下ってなることで、 さらに自分の価値を下げちゃうから、
そうしたくないっていう、 心の動きがあるようです。
ここに関してはね、
わかるっちゃわかるんですよね。
やっぱり、
私はどっちかというと、 夫より上でいたいっていうタイプなんです。
まあなんかそれもなんでだろう。
なんでだろうね。
なんでなんでしょうね。 夫より上にいたいっていうか、
やっぱりこう、自分ができる人間だと思われたいっていう欲があるんですよね。
認められたい。
証人欲求。
証人欲求なのかもしれないし、
前回お話しした、
動物占いのチーター的な人から注目されたいみたいなのもあるのかもしれないんですけど、
だから、夫に負けたくないっていうのがやっぱりベースであるんですよ。
し、
06:00
まあこれは、
この配信は正直に配信するって決めてるから言うと、
夫より私の方が上だ。
なぜなら、育児も保護しながら仕事もしてるし、
育児が始まったことに合わせて自分をブラッシュアップさせてきたし、
その中で自分の時間を作るために、
うまく効率化して頑張ってる、みたいな自負があるから、
やっぱりそういう点で、
なんか夫が変わっていない、成長していないように見えちゃって、
いや私は夫より上だっていうのは正直思ってるんですよね。
だからこそ、
これは謝るだけじゃなくてありがとうもそうだと思うんですけど、
まず謝るっていうことは確かに、
自分の方が劣っているっていう風に認めちゃうっていうのが嫌だなっていうのは正直あります。
劣ってるっていうことじゃないんですよね。
よくよく考えれば、
別に私神様じゃないから、全てのことを間違わないでできるなんてことはありえないし、
その一点において失敗したことで、私が劣っているっていうことにはならなくて、
そこについては間違ったけど、次から直せばいいよね。
別にそこの行動とか、そこの事象と私自身の全体評価というか、
なんかそれは全然別物っていうのは、
頭では理解してるけど、
多分私が謝れないっていうのはおおむねここなんだろうなっていう気がします。
ありがとうが言えないっていうところは、
これね、AIに調べてもらったやつで、
確かにこれはそうだなって思ったのは、
これもやっぱり、助けられるイコール、自分が無能であるっていうことを証明しているように感じる。
さっきのに近いですよね。
劣等感を感じちゃうっていうところ。
近いというか、同じか。
09:00
だから夫が例えば、
そうね、
明日の朝ごはんのバナナないわってなった時に、
たまたま夫が先回りして買って帰ってきてくれてたみたいな時に、
普通にありがとうって言えばいいんだけど、
やられたみたいな。
自分が買ってくるの忘れちゃってとか、
自分が明日亡くなることをすっかり抜け落ちてて、
そこを夫に、
なんて言うんだろう、
取られたっていうか、
やられたみたいなね、
感じですよ。
反発しちゃうというか、
悔しいってなっちゃう。
別にさ、バナナ買い忘れるなんてさ、
普通にあるんですよ。
あるんだけど、あるし、
そんなの自分の評価とは全然、
自分っていう人間の評価とは全然関係ないことだから、
いいんですけど、
なんかそこがうまく切り離せなくて、
私のミスを、
なんて言うんだろう、
言葉悪いけど、
私のミスを利用されてしまったみたいな、
超やなやつですね。
喋ってて本当にすごい性格悪いんですけど、
でもそういうふうに感じちゃってる。
言語化するとね。
普段そこまでは思わなくて、
普段はただ、
ごめんねとかありがとうとか、
言わなきゃいけないシーンで、
すごいなんか、
もやもやというか、
心の中には、
チーみたいなクソーみたいな、
思いがあって言えないんですけど、
多分言語化すると、
自分の弱みを、
なんて言ったらいいんだろう、
握られたってわけじゃないけど、
自分の弱みに付け込まれた?
付け込まれたも違うね。
自分の弱みを見せてしまった、
っていうことを感じて、
自分に対してやっぱり腹が立ってるのかな。
それであればね、
男の方からしたら、
かなりの迷惑な話ではあるんですけど。
そうだから、
自己肯定感が低いからそうなのか、
12:03
っていうところ。
それでいくと、
ちょっとまだ私も理解しきれない、
ところはあるんですけど、
そのありがとう、ごめんねが言えない理由としては、
納得感が、
なんかありました。
自己肯定感ってね、難しい。
難しいのかな。
そう、自己肯定感ね、
確かに低いんですよ、多分。
よく会社の上司からも、
もっと自信持っていいんだよって。
あなたの課題は自分に自信を持って、
堂々とやることですって、
言われるんですよね。
本当に同僚からも言われる時はあるので、
自己肯定感は低いんだろうな。
なんか、
ちっちゃい時に、
本当にこう、
親がよく喧嘩をしていて、
なんかそれを見る中で、
なんか人の顔色か、顔色を伺うっていう癖がついている。
人の顔色をこう、
いつも伺ってると、
自分がわからなくなるんですよね。
自分が主体じゃない。
もう、相手に合わせて自分の言動を変えていく。
とか、その場を
上手くやりこなすために、
そのために自分がどういう言動を取ったらいいか。
っていう視点でずっと物事を考えてたんですよ。
そしたらやっぱり、
じゃあ自分はどうしたいんだろう、みたいなところが、
その時は思わなかったけど、
大人になってから、
特に、
やっぱ30代以降ですかね。
ああ、私自分って、
どうしたらいいかわかんないんだなっていうことに、
気づいたんです。
そう、大人なんて別に何にも縛られてないし、
自分の好きなようにしたらいいんだけど、
15:01
でも自分がどうしたいは、
本当に、
わかんない。
わかんなかった。
今もわかんないけど、
昔よりは、
ちょっとずつ意識して、
わかってきた。
そう、だから、
自分がどうしたいかっていうのがわからないと、
なんかそれを、自分がじゃあこうしたいからこうするっていうのを、
人に肯定される、人に認められるっていう経験をしてないじゃないですか。
もちろんね、認められる経験はあるけど、
それって、自分がこうしたいじゃなくて、
もうその場の空気を読んで、こうしたい。
とか、こうした方がいいねっていう、そういう言動だから、
なんかそれを認められても、
多分自己肯定感には繋がらなくて、
そう、だからね、そこが私欠けてるんじゃないかなって、
なんか、分析はしてます。
そう、だから、
ね、もう、人から認められるとかをね、求めなくても、
いいのかもしれないけど、
自分が、
何したいのかな、自分がどう思ってるのかな、
自分が何したいのかなっていうところを、やっぱり丁寧に、
自分と向き合って見ていく。
で、それを、
もう誰にもね、否定されないわけじゃないですか。
っていうか、否定される筋合いもない。
から、
自分が、自分でちゃんと認めてあげる。
っていうことを、本当に地道に、丁寧に、
やっていく。
そうすることで、少しずつ、
自己肯定感を上げていくしかないかなっていう、
なんかそんな風に思ってます。
まあ別に、自己肯定感を上げた方がいいとかもないんですけど、
ないけど、
うーん、まあでも、
自分で自分を認めてあげられたら、
その方が、
生きてて楽しいよなとは、
思いますね。
それに、
まあそのとあるメルマガにね、書いてあった、
自己肯定感低いから謝れないとか、
ありがとう言えないっていう、
まあそういう話だったら、
私も気持ちよくいつかはね、
ありがとう、ごめんねって、
言えるようになりたいですもん。
そうそう、それに自己肯定感上げることが必要だったら、
まあ自分の人生もね、楽しくなるし、
18:01
ちょっとずつ、
自分の心と向き合って、
自分をよしよしって、
していくのもいいですよね、これから先。
うーん、まあ補足ですけど、
別に、周りの顔色を伺って、
生きてきたっていうことを、
すごく嫌だった、
っていう風には思ってなくて、
確かに親の健康を見ているのは、
しんどかった、
し、いつも、
今日の機嫌はどうだ、
あ、だめそうだ、
このご飯の時間がしんどい、
って思いながら過ごしていた子供時代を思い返すと、
それは辛かったっていうのは、
それはそうなんです。
けど、そのおかげで、やっぱり今でも、
相手がどう思っている、相手がどう感じているのかなっていうのは、
人よりは、
汲み取れる、
と思っているし、
うーん、
そういう空気を読めるところがあるからこそ、
場の中で、
うまく立ち回ったりとか、
その場の雰囲気を、
良くする、
良くするはちょっと言い過ぎだけど、
場の雰囲気を、
ちょっとマイルドにするみたいなね、
そういうところは、やっぱり小さい時の経験で身についたものだと思うので、
それはそれで私の人生に、
そう、あって良かったなと思っています。
だからこれからはね、もうちょっと、
自分の心に正直に、
自分の心と向き合って、
そういうところも、
強化していけたらいいなと思います。
はい。
今日もお聞きいただきありがとうございます。
もしよかったら、
いいね、コメント、フォローなどいただけますと、
私がまたやる気になりますので、
ぜひぜひよろしくお願いいたします。
余談ですけど、
動物占いチーターは短期決戦型なので、
やっぱり、短期決戦型かつ、
人からこう、賞賛されたいみたいな思いがあるので、
あの、
そう、私にとって多分、
いいねをいただけるっていうのは、
すごい大事なことだと思っています。
なんかおねだりするみたいになっちゃったんですけど、
はい、なので、ぜひぜひよろしくお願いします。
それでは、
今日もあなたの一日が、
楽しく充実した日になることを願っております。
バイバイ。またね。
21:09

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