1. 54歳、ここからがおもしろい。
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「先生との思い出」
2026-02-23 15:44

「先生との思い出」

今日は少し私の過去のお話しをさせていただきます😊
人生どうなるかなんてわからない
なら貴方の得意や強みを私は伝えたい
なな色手相鑑定は貴方の素敵な未来を見つける新しい鑑定です✋
#手相鑑定
#先生との思い出
#感謝
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00:06
こんにちは。50代から決めて、行動して、人生が変わるチャンネル、ゆうこです。
はい、みなさんいかがお過ごしでしょうか。 3連休の最終日の祝日ですね。今日は天皇誕生日の祝日になっておりますが、
あの滋賀県はね、嬉しいことに、とってもね、お昼から天気も良くなってきたので、心地のいいね、日差しを浴びています。
みなさんはね、良い休日送ってらっしゃいますでしょうか。 3連休最終日なのでね、少しゆっくりされている方もいらっしゃるかもしれませんが、
結構ね、スーパーとかでもお寿司のコーナーとかですね、 結構あのいつも以上にね、商品が並んでたりとかしているので、やっぱりこうのんびりとしたね、
家族時間を作ろうとなさっていらっしゃるんじゃないかな、なんて感覚的に感じております。 ということで、本題に入りたいと思います。
今回はですね、私、あの手相のね、鑑定を3月から、来月からですね、
ちょっと有料鑑定を、ようやく重い腰を上げてですね、やっていこうと思っているんですけれども、
それに伴ってですね、2月の下旬からですね、毎日一つずつ投稿してたんですよね。
で、あのだいたいね、インスタグラムに投稿すると、そのまま自動的にスレ図にも反映されるので、私はてっきりですね、スレ図の方にも反映されてるもんだと思ってたんですけれどもね。
私、今回キャンバーのね、SNSっていうところから、ストーリーのサイズの方を選択して、そこからですね、音楽も全部キャンバーの方で使わせていただいて、
で、そのままキャンバーからインスタグラムに投稿したっていう流れをちょっとしてたんですよ。その方が楽なんでね。
そしたら、スレ図に投稿できていないことに先ほど気づきまして、
で、いろいろね、チャットGPTに聞いたところ、それはね、インスタグラムから直で投稿するといけるんだけれども、キャンバーを返してたと、ちょっと手動にしないといけないということを知ったので、
あらら、みたいな感じでね、ちょっとぽつぽつね、手動で今までの投稿の分をね、この休日の間にやってしまおうと思ってるんですけれども、
それとはまた別にですね、今日新たにね、祝日なので、ちょっとね、いつもだったら手相鑑定の内容をこういうふうなことを始めようと思ってるんですっていうね、
事前のご案内っていうか、手相に興味がある人をね、少しちょっと私の方に来てもらいたいので、
毎日毎日投稿していたんですけれども、今日はね、ちょっと連休の最終日でもあるので、私のことも少し、
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なぜね、そういう手相鑑定をしていこうかなと思ったきっかけっていうか、そういったこともね、含めてお話ししようと思ってね、ちょっと文章をまとめてたんですよね。
それは何かと言いますとですね、思い返せばね、何年になるのかな、もう5年、8年ぐらい経つのかな、もう8年ぐらいかな、
8年は経たないかな、5年。私がですね、総合病院に働いていた時にね、検診センター、結構私、検診センターで18年ぐらい勤務してたんですよね。
その当時からいる、検診センターの部長さんがいらっしゃってですね、すごく温厚な方で、
私が総合病院に入職してですね、突然ですね、外来のね、脳芸科、脳神経芸科の外来の事務として、最初私採用されたんですけれども、そこからですね、検診センターのね、スタッフが退職するっていうことになったので、私はね、急遽検診センターの事務に移動っていうことになったんですよね。
移動してきてもですね、すぐにですね、仕事なんか覚えられないじゃないですか。でも前任者はたったのですね、1週間しかいなかったので、もう必死で聞いてですね、前職の方はお辞めになられたんですけれども、
その相方がですね、男性の方で全然仕事をしなくてですね、それが嫌で、その方が退職するっていうのを、それは後々ですね、後日談として聞いたんですよね。私もすごい困ってて、これどうしたらいいんですかって聞いても、僕はそんなん聞いてないからわからないみたいな感じで、めっちゃ逃げる方だったんですよね。
そんな時からですね、私が移動してすごく困っている時からですね、いらっしゃったその検診センターの部長の方がですね、ずっと一緒に私もね仕事をしていたんですけれども、そのね、初めて移動してきた検診センターがですね、今度事業拡大ということでね、小さな敷地のところからすごくね、大きな敷地の場所に移動するっていう移転がありまして、
その時も私はずっとね、一緒に設計図とかそういった部分も含めて、ハードな面も含めて一緒に対応させてもらってたんですよね。
移動して、そこから大きくね、はじめは検診センターという名前だったんですけれども、総合的に大きく拡大するということで総合検診センターという名前に変えてですね、本当にね、何億単位っていう形で収益もどんどんどんどん増やして、右肩上がりでね、お客さんもたくさん来てて、すごくね、いい環境だったんですよね、スタッフにも恵まれて。
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どんどんね、先生一人では足らなくなってきたので、いろいろなアルバイトの先生とかも呼んでですね、本当に活発にね、お仕事させてもらってたんですよ。
なんですけれども、とある時にですね、その部長が、まあちょっとね、膵臓癌が見つかって、もうお仕事できない状態。
4名宣告されて、そういう精神的な状態になってくると、仕事どころじゃない中で、家にいてもうつうつとするからということで、週3回とか週2回とか、どんどん出勤する日数が減ってきてですね、
最終的には、勤務先の病院で入院されたりとかして、最後お亡くなりになられたんですけれども、その経緯からですね、腹水が溜まってですね、腹水っていうのはお腹に水が溜まって、もうすごいボタンが閉められないぐらいお腹が大きくなっててね。
で、私も本当に忘れもしないんですけれども、その健診センターのお客さんとかが待ったりとかするソファーのところでですね、ちょっといいみたいなことでお話があるんだけど、みたいなことで呼ばれて、
で、結構周りのスタッフはね、もう夕方帰る間際1時間ぐらい前で、ザムとかお金を合わせてたりとかしてる受付カウンターの横のところで、私と先生が肩を並べてね、お話を聞いてたんですよね。
で、結論から言うと、もうこういう状況だから、医師としてのお仕事ができなくなるから、悪いけど、僕の医師のね、大会手続き、医師会から脱退する手続きとかをいろいろちょっとお願いしたいんだけれども、いいですか、みたいなことを言ってくださったんですよね。
で、私はその話を聞いたときに、私でいいんですかっていうことを言ったんですけれども、逆に私にやってほしいっていうことを先生がおっしゃったんですよ。
で、もう私はですね、本当にもうボロボロボロボロ涙が出てきてですね、私の一筆で先生が先生でなくなるということになるんですよね。
で、その手書きで書くのも、私に一任するということなので、先生がその書類を書くのではなく、もうしんどいからね、もう書いておいて、印鑑を押してもらったらいいから、みたいなことを言われたんですよね。
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で、私もね、後々医局の方で仕事したときにですね、例えばその医師会とかでもですね、大阪から例えば関西圏外に移動するときとかだったらね、医師会、移動していかないといけないんですよね。
それは管轄外とか管轄内とかで医療機関が変わるとかっていうのでね、変更届は出すんですけれども、その中のですね、入会と、あとは移動と、あと大会っていうね、その3つのカテゴリーがあるんですけれども、それの大会っていうのを初めて私が担当したということになるんですよね。
で、その医師会の紙とかも、はじめ私、医局にいる前にやった仕事だったのでね、人事に行ってその書類を取りに行って、私がその紙に書いてっていう形で、医師面のコピーを取って、なぜかというとその医師面の番号とかをキャンセルしないといけないからということになるんですけれども、
まあ本当にね、辛かったですね。私の力、私の手で先生の医師という務めを終わるっていうことって結構辛いですよね。でもきっとね、今思えば私にやってほしかったんだろうなって思ったんですよね。
長い付き合いだし、先生ともいろんなやりとりもあったし、喧嘩もしたしね、本当に楽しくね、宴会とかして楽しく盛り上がった時もあったし、でもすごくね、スタッフ思いで、毎回クリスマスにはね、女性の職員にはすごくね、カシミアのマフラーをくれたりとか、あとは刺繍でね、イニシャルがついた、すごくタオル地のハンカチをくれたりとか、
もう本当にね、素敵な先生だったんですよね。最後本当に急変した時もね、私と健診センターの副長さんと2人で病棟に行って、意識がもろうとする中ね、私が先生の手を持ったりとか足をさせたりとかして、
先生とかって言ってね、耳元でね、本当に大声で叫んでたのも、昨日のように思い出されるぐらいなんですよね。そんな感じでね、人って突然何かがあるんですよね、そういうね。
何て言うんですかね、突然死が訪れる場合があるんですよね。だったらですね、やっぱり毎日ね、毎日毎日家庭のこととか仕事のこととかお金のこととかで、いろいろ大変なこともあると思うんですけれども、
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やっぱりね、あなた自身がですね、後悔、最後死ぬ時にですね、後悔することがないように生きてほしいなっていうのは、その時からっていうか、ずっと前からそういう気持ちはありました。で、その時に、
その先生はすごくね、家族にも恵まれてるし、奥さんともすごく旅行とかゴルフとかもされてらっしゃったし、とってもね、素敵な家族であちこち出かけられたりとかしていたので、思い残すことはきっとなかったんだろうなって思うぐらいすごくね、あちこち行ったりとか楽しくしてたりするお話も聞いてたんですよね。
でも、いろいろな生き方があると思うんですけれども、でもやっぱりね、女性の方ってね、何かしら自分のね、やりたいこととか後回しにしてきてるんじゃないかなって思うんですよね。
そういった後回しのこととか、自分はね、例えばもう私は53歳なんですけれども、50代だからね、今更ね、自分の強みとかってないだろうし、まあ健康であったらそれでいいかなーみたいな感じで思っちゃってる方とかもきっといるんじゃないかなーなんて思ったりするんですよね。
そうじゃなくてですね、あなたの手相ね、手のひらから刻まれてるのはね、未来のね、本当にね、シグナルも出てるんですよね。だからやっぱり手相でね、あなたの得意とか強みをね、私がしっかりと見させていただいて、それによってですね、あなたがより今以上にですね、素敵に輝く未来をね、ご提供できるっていうことができればいいかなーって思っています。
もしね、私のこの話を聞いていただいて、ぜひともね、手相ってね、私もびっくりするぐらいめっちゃ変わるんですよ。特に右手。右手はね、未来なんです。左手はね、過去なんですけれども。
もう見るとね、どんどんどんどん変わっていくんですよね。だから自分が変われば、どんどん手相も変わっていくんですよ。
だからあなたはこういうところがとっても素敵なので、こういうところを生かしたらどうですかって言うとですね、もうどんどん未来がね、未来永劫の方がいるんですよ。
私この間ね、先月かな、官邸した時に、その方はね、学校の先生を退職されて、今はね、パートネ中学校の先生を週4か何かでされてて、
あとはね、土日祝は自分の好きなことをやりたいということでね、コーヒーを、カフェをね、移動カフェをされてらっしゃいます。
その方も私が手相してですね、すごくね、自分の好きな得意なところを生かしていけるようにどんどん頑張ってくださいって言ったら、それがすごく嬉しかったって言ってくださって、
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どんどんね、あっちこっち、今だったら名古屋の方とかまでね、移動カフェ走らせたりとかしてですね、活躍されてらっしゃいます。
なので、そういったね、何かのきっかけになればいいかなと思っています。
もしね、私の話を聞いていただいていいなと思ったらね、ぜひともインスタグラムとかもフォローしてもらったら嬉しいです。
ということで、今日も一日ニコニコ笑顔で過ごせましたでしょうか。
明日からも皆さんにとって、笑顔あふれる素敵な一日が訪れますように。
ではまた明日の配信をお楽しみください。
ではまたね。バイバイ。
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