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「過去から振り返るワークから感じたこと」
2026-06-11 24:03

「過去から振り返るワークから感じたこと」

私が歩んできた人生って本当に凄いな...って、感じました。
それも私
これも私
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こんばんは、50代から決めて、行動して、人生が変わる可能性を引き上げるポジティブキャンパスのゆっぴーです。
はい、みなさんいかがお過ごしでしょうか。まあね、なんとか日が変わる前に配信することができてよかったです。
はい、今日はですね、朝からね、あのー
ステカツを、スレッツじゃないわ、サブスタックにですね、投稿して、
で、あと指標ノートとかもつけて、やるべきことをね、あの、パパパーッとできたから、よし、これでいいと思ってたんですけど、スタイフ取るのがね、ちょっと遅くなっちゃいました。
はい、なかなかね、波にのれでなくて本当に申し訳ないんですけれども、はい、
まあ今日はね、あの日が変わる前なので、ちょっとゆるっとね、今、なぜこうね、遅くなったのかということについてね、お話ししようかなと思います。
はい、私ですね、投資のね、講座に入っておりまして、来月もね、あのまた、あの、ワンデイ合宿に参加するんですけれども、前回はですね、
4月の11、12とですね、1泊2日の合宿に参加してですね、5月はですね、14日の方、14日ワンデイですね、こちらの方はリアルセミナー、東京リアルセミナーに参加して、
6月は何もないんですけれども、7月にまたね、合宿っていうか、ワンデイのキャンプですね、に参加します。
結構ね、今年に入ってから、投資講座の方のイベントには直接ね、参加しております。
で、私がですね、大体皆さんも感じるかもしれないんですけれども、やっぱりイベントとなるとね、首都東京に集まりますね。なかなか大阪で開催するとかでないですよね。
やっぱりこう、
なんかね、起業されている方とか、いろいろ会社を持っている方とかはね、どうしても東京に集まりますよね。
なぜ東京なのかというとですね、やっぱりこう、いろいろな経営者が集まるという空気にね、皆さん身を置きたいからそちらの方にね、
集まってくるということで、私が学んでいる投資講座のボスはですね、鹿児島の方でご自宅があったんですけれども、今年にね、東京の方に移動してきて、東京でお住まいになられてるんですよね。
やっぱりこう、どんな有名な方でも東京に住むということは、やはり自分が生活するところ、身を置く場所、いろいろな様々な経営者と関わりを持つ場所が一番多いのは東京。だから皆さん集まるんだなっていうのを感じています。
03:21
なので、たまにしか行かないんですけれども、そういうイベントごとなどがあった時はですね、直接できる限り参加して、ボスの熱い思いとか直接感じるものとかをね、直に味わっていかないと自分も変化しないなと思いますし、
その思いで集まる様々な受講生の方たちと触れ合うことで、自分の姿勢が変わってくるので、積極的に私もね、時間を苦眠しながら参加しています。
来月ね、ワンデイのセミナーがある時の課題としてね、7日間いろいろ取り組んでいかないといけない課題があるんですけれども、それをね、していました。
本当にね、当時の課題って何だろうってね、ふと思った方いらっしゃるかもしれないんですけれども、それはご自身のね、メンタルと向き合うというね、ワークがありまして、そこをね、いろいろ私もね、過去を振り返ってずっとね、テキストで入力していって、初めはね、音声で入力しようかなとかって思ったんですけれども、
それをね、チャットGPTに読み込ませることになるので、それだったらもう私の全てをですね、突っ込んでやろうと思ってですね、10代、20代、30代、40代、50代といろいろ書いていくんですけれども、今ちょっと30代のところでめちゃくちゃ時間かかっているのでね、もうちょっと明日に繰り越そうかなと思っているんですけれども、
なぜね、そのワークがあるのかっていうのを、初めね、私なんとも思わなかったんですけれども、やっていくごとにですね、あっと気づいたことがちょっとありました。
で、まあね、別にスピリチュアルとかそういったね、自己啓発とかに時々ね、そういう自分を見つめ直すワークとかっていうものがあると思うんですけれども、女性だったらよくご存じかもしれないんですけれども、そういう自分を見つめ直すワークとかがあったりとかするんですが、
そうじゃなくてですね、投資もですね、やはり株がバーッと上がったり下がったりとかね、いろいろ暴落があったりっていうので、感情がね、やっぱり揺れ動く時ってあるじゃないですか、その時にきっとですね、自分の潜在意識であるその感情がですね、バッと揺れ動いてしまうと、
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よからぬ行動をとってしまうことがあるんだなってなんとなく感じてきました。
自分自身ね、そのワークをしていた時に、私本当にね、びっくりしたのがですね、
なんかね、幼少期の頃楽しかったこと、悔しかったこととかはね、ありますかとかって言ったんですけどね、私小学校の時何が楽しかったんだろう、全くわからないんですよ。
中学校の時も何が楽しかった、友達とね、いろいろ話したりとかしてるのも楽しかったけど、何かあったっけとかね、いろいろ思って、あれ何だったんだろうと、結構楽しかったような気がするけど、原稿化するにしたら具体的に何で楽しかったんだろうとかっていうことが、なかなか思い出せないんですよね。
人って不思議とね、嫌なことはめちゃくちゃ覚えてるんですよね。小学校の時にこうだったとかね、親からこういうことされたとかね、お金でこういうふうなものが買えなかったとかっていうのは、やっぱり根強く負のイメージっていうのが、いまだにこびりついているんですよね。
そこでですね、はっと気づいたのが、やっぱりこう、私、高校受験とね、高校を決める時もね、私自分が行きたい高校に行ったわけじゃないんですよって言うと、ちょっと本当にびっくりされるかもしれないんですけれども、
私本当にね、こんなフリーなところでお話しするべきことじゃないかもしれないんですけれども、
ちょうどね、中学3年の時に仲が良かったその同級生の同じクラスの友達がいてね、私にね、ゆっぴーと一緒に同じ京都のドコドコ学校に行きたいっていう話になって、
私はね、本当に大阪のね、地元の公立で行けたらいいかなと思ったんですけれども、何せ頭が悪かったので、家から近い公立には行けないなと思ってね、ちょっと電車かチャリで乗って行かないといけないね。
もうワンランク、ツーランク、バカなね、高校に行かないといけないし、でもあそこも柄が悪いし嫌だなとかってちょっとないし思ってたんですよね。
で、その自分で考えながらですね、学力も追いつかないし、で、友達が京都のね、そこの私学女子校なんですけれども、行かないっていうことで言われたから、まあいいかみたいな感じで、じゃあ行こう行こうみたいな感じで、
確か見学も行ったのかな、あんまり覚えてないんですけれどもで受験をしました。そしたらですね、私だけが合格してですね、誘ってきたその彼女ですね、不合格だったんですよ。
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で、そこから私のね、高校の不の人生が始まるということでですね、結局結論から言うと、私はそこに行きたくなかったのに、友達も行かない、私一人でどうなるのみたいな感じで、もう本当にね、合格しているのに不幸真っ只中っていうことで、もう最悪だったんですよね。
で、高1からね、めちゃくちゃその関西弁と京都弁が合わなくて、もうソース缶みたいな感じでね、思いっきりいじめにあいましてね、この1年間が、もう高1の1年間がね、本当に本当にね、3年間ぐらいのね、時間の流れを感じながら、毎日毎日苦痛で苦痛でね、どうしようもなかったです。
本当にね、死にたいって思ったこともたくさんありますし、学生手帳のね、日付が書いてあるところでね、今日1日終わったらバッテンつけるんですよ。
ああ、やっと今日1日終わったって言ってね、もう本当にありえないじゃないですか。もう高1なんてね、楽しくて仕方がなくてね、バイト三昧とかね、いろいろ好きな子を見つけたりとか言ってたんですけども、私はうつうつとしながらね、毎日ね、学校に頑張って行けて、頑張って授業を受けて、1日終わっただけで、もう本当バッテンつけてね、今日早く書き消したいっていうような思いでね、365日過ごしてきました。
高2からはね、ちょっとクラス替えがあって、進学コースとかいろいろコース分けになるのでね、いじめてたメンバーたちとは離れたので、いじめからは解放されたんですけれども、でも何せ好きじゃない高校だったので、自分のやる気もどんどんどんどん寄せてきて、っていうような感じでですね、
結局はね、高3からの大学受験もボロボロで、全然合格しなくって、浪人するんですけど、浪人してもですね、もう私なんかね、ベビーブーム、第2次ベビーブームの時で、もう猫も尺子も浪人しながら受験しても、それでも分からないっていう感じでね、
参考だけ受けさせてもらったんですけど、それでもね、合格しなかったので、どうしようとかって思ってた時にですね、母親がね、近所のね、私の同級生のお母さんと立ち話し、家の前で立ち話ししててね、
今から、これからの時代は、やっぱり医療の仕事ってすごくいいよね、みたいな話になって、で私にね、母が、ゆっぴーも医療系の学校とかどう?みたいなことを母が言ってきたので、私は何も考えられなくなってたのでね、
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あ、じゃあもうそこにするって言って決めて、まあ専門学校なんで書類さえ出せたら合格するんでね、合格して、で私のね、またその専門学校の人生が始まるんですよね。で皆さんもお気づきかと思うんですけれども、自分のね、若かりし学生時代のですね、
なんと高校と専門学校のね、その2つのね、自分の機能をですね、もう他人の意見でね、決めてしまってたんですよ。もうね、もうそこがね、大きくね、自分のね、誤った舵を切ってしまっていたことにね、その当時は私全く気づいていなかったんですけれども、
でもね、あの専門学校行ってた時にね、あのその専門学校は浪人1年してたので、まあ本当は2年の専門学校に行きたかったんですけれども、まあそうはいかないということで1年の専門学校に行って、でまあ言ったらまあ短大だったら2年じゃないですか。で短大出たみたいな感じで、
仕事に就こうと思っていたので、1年間だけね、医療の医療秘書かな、専門学校に行って、でみんなよりかはね、1歳年上の状態でね、学生として通学していたんですけれども、まあね、あの私が勤めていた病院の目と鼻の先にね、学校がありましてですね、毎日阪急電車でね、大阪の梅田まで通っていたんですけれども、
梅田からぐーっとね、
阪急電車だったらね、大きく大きく与度川大橋を渡って、右側にギューっとゆっくりゆっくりちょっと脱光するんですよね。その時に右手に見える病院がですね、私がどうしても行きたかった病院だったんですよね。
で、もう絶対に私はですね、あそこからの病院の求人がない限り、私はもう絶対に行きたくない。もう絶対にそこ以外は働かないって、初めてですね、自分の意思がそこで働いたんですよね。
で、専門学校の方のね、卒業間近になってくると、いろいろなね、会社とか病院とかクリニックとかからね、求人票がばーっと張り出されてきてて、私はね、皆さん1歳年上なので、結構ね、20歳からでも募集っていうような感じがあったので、就職のね、当時幅はすごく広かったですね。
たくさんあったので、先生がここでもどうとか、当時ね、アップルからの求人もあって、アップル行きな、情報課でもあったので、アップルに就職したらとかって言われていたんですけれども、そこに行ってたらまたね、何かが変わってたかもしれないんですけれども、でも私はそこの病院に行きたくて行きたくて仕方がなかったので、先生に断ってですね、
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そこからの求人が来たら、私に連絡してくださいって言いながら、私は卒業したんですよね。で、卒業したと同時に、時間が余っているので、みんなは就職しているんですけれどもね、私は自動車免許の運転、自動車教習所にね、行って、そしたら夏前ぐらいに、7月ぐらいかな、ようやく連絡が来てですね、4,5,6でも3ヶ月ですよ。
もうプー太郎っていうかのんびりしながらですね、求人が来たよっていうことで、そこでね、面接をして、私はどうしてもここに行きたかったから3ヶ月待ってたんですみたいなことを言ったらね、何人ぐらいかな、5,6人ぐらい来てたんですけれども、見事にね、私だけが合格することができたんですよね。
ここでですね、私が自分の意思で、絶対にここに就職したいっていうような思いで入職したから、こんなね、31年間も本当にね、パワハラとかね、いろいろ受けてきましたけれども、勤められたんだなーって思います。
これがね、他人のね、意思決定で入りなさいとか、なんか親のこねでね、入ったりとかした時って長続きしないとか言うじゃないですか。でもやっぱりね、自分の気持ちで入ったら、やっぱり続けることができるんだな、自分で決めたから、なにくそーとかって思ってね、頑張ることができたんだなーとかっていうのを、
このね、党史のワンデイセミナーに参加する時の、いまいろいろな自分自身の課題に取り組んでいる時にですね、年齢別で思い返してきたところのワークで感じたんですよね。
なので、何が正しくて何が正しくないか、もしかしたら自分には不本意だったと思う人生を歩んできたとしても、もしかしたらこれから先、それによって自分が変わっていくことになるきっかけになるのかもしれないので、
どれが正しいかっていうのは、本当にね、自分の人生の最後になるまではわからないとは思っています。そんな中でですね、やっぱりこう、自分の視野が狭かったら、何かのことがあった時にですね、政治のせいだったとか、あの時の友達がとか、お母さんにこういう風に言われたからとかってね、
どうしてもね、自分で決めることができたのに、他人の意見に流されてしまって、今自分が不幸だと感じた時にですね、なぜ人は他人の方に意識を向けてしまうのかっていうところをね、ちょっと私も深く考えたりとかしたんですけれども、それはね、明らかにですね、自分自身の行動が足りていないからそういう風な意識になるんですよね。
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自分が本当にたくさん行動してて、自分が変えたいと思うなら、やっぱりそういったところに意識を向ける暇も時間もないんですよね。
だから、本当にね、いいワークだったなーって思いました。
あとね、残りが40代50代があるんですけれどもね、取り組んでいってですね、また今これデイワンのワークなんですけど、
デイワンのワークをちょっと、40代50代はちょっと無理なので、ちょっと頭をクリアにしてから明日ね、ちょっと引き続き朝早く起きて取り組んでいこうかなと思います。
やっぱりね、人それぞれね、この投資になった時でもきっとね、この潜在意識が出てくると思うんですよね。
その自分の潜在意識とか思いとか辛かったこと、お金に対する執着とかもですね、全部ね、自分の誰にも言えないこと、そんなこと、悪いことしてないからないんですけれども、そういったことも全部吐き出してですね、
で、AIに突っ込む。そしたら、AIが今までのね、いろいろな歴史を感じ取ってもらえますよね。その感情に対する自分の心の動きとか感情とかね。
で、お金に対する執着だったりとか思いだったりとか、そういったものを分析ツールとして役立つことができるんですよね。
それを読み込ませるためのワークを今、順番にしているんですよね。それってやっぱりすごく必要だなと思います。
たとえ同じ講師の先生がこうだと言ったとしても捉え方が違うのと一緒なんですよね。
やっぱり私ってね、やっぱり論理的思考というよりかは、結構ね、図形とか音楽とか形で分かるようなタイプなんですよね。
結構芸術肌な直感から入ってくるっていう部分があるので、きっと人と考え方が違うっていうのも自分なりには理解しているんですよね。
だからこそ私の強みっていうのがめちゃくちゃこれからの時代に活かされるなって思うんですよね。
こういう私らしい、私の生き方ができる人ってなかなかいないなと思うので、
これからAIが進めば進むほど逆張りがいけるような自分に慣れてるんじゃないかななんて思ったりしています。
21:00
ということで今日はワークの感想をスタンドFMに入れさせていただきました。
皆様も何か感じたこととかがあれば書き込みとかレターとか入れていただいたら嬉しいです。
私もこのスタンドFMのフォロワーさん、私2026年の12月31日までには先人になりたいなと思っていますので、
どうか皆さんも周りの方とかに私のスタンドFMを紹介してもらってお友達登録していただいたら嬉しいです。
私は本当にね、AIが進めば進むほど、もちろんねアバターが出てきたり、私の音声でね、それを録音して
AIがですねお話しする時代ももう本当に今進んでます。
AIは私を色々知ってるのでね。
でもこうして生身の人間がですね、自分の思いを伝えたりとか別に台本なしでね、
うんととか言ってね、咳とかしながらねお話しするっていうのがいかに価値があるんだっていうような時代に
もう本当にやってきます。
当たり前のことだったことが、それが当たり前じゃなくなってくるんですよね。
AIで全部AI化されているものが普通になってくるので、
え、人が喋ってたの?えー信じられへんとかっていう時代がもうすぐそこにやってくると思うんですよね。
だからそういった時こそ、この人という温かさがあるような音声でね、私はフォロワーさんを増やしていきたいなと思うんですよね。
例えばテキストとかインスタとか、ああいうふうに自分の何か加工するような画像でフォロワーさんを増やすよりかは、
私はこういうふうにこんな夜からのね、深夜のラジオの配信とかでも私のこの感情が乗るじゃないですか。
私は絶対に予約投稿しないので、生身の声、生身の状態、眠かったら眠いなーとかって思いながら発信する。
それも人の人間らしいじゃないですか。
そんな感じでね、自分の今の強みっていうのは消さずにね、活かしていきたいなと思います。
この私の思いとかに、きっと賛同してくれる方とかたくさんいらっしゃると思うので、
そんな方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひお友達に私のスタイフを紹介していただいて、
1000人につながる一歩を踏み出していただける仲間を増やしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
ということで長くなりました。
今日も一日にこにこ笑顔で過ごせましたでしょうか。
明日からも皆さんにとって笑顔あふれる素敵な一日が訪れますように。
ではまた明日の配信をお楽しみください。
6月も3分の1が終わろうとしています。
ではまたねバイバイ。
24:03

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