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みなさんこんにちは。看護師こしょこしょ話へようこそ。ゆきえです。
今日はですね、新人の頃に働いていた、小児科で働いていた時のお話をしたいと思います。
結構ね、子供を育てるお母さんたちはね、小児科にお世話になったことがあるんじゃないかなっていうふうに思うんですけれども、
私は双方病院の小児科にいたので、いろんな患者様がいらっしゃいました。
心臓が生まれつき悪くて、なおどうすることもできないわけですよ、日本の医療では。
心臓移植はやっぱり小さい幼稚園児ぐらいの子にはできなかったりとかして、
徐々に悪くなっていくのを薬を飲まして様子を見ていて、っていうこととかね。
あとはもう生まれつき頭蓋骨がない子供ちゃんにね、何回も何回も繰り返し頭蓋骨を作っていくとかね、
いろんな子供たちがいらっしゃいましたね。
でもそれぞれみんなね、かわいいんですよね。
やっぱり子供だから、きれいなもの、かわいいもの、楽しいものがやっぱり大好きで、
見ると喜んで、すごいかわいかったなっていうふうに思います。
そういう子たちにはね、すごい一生懸命私は看護してたんですよ。
本当に新人の頃だったんで、20前半なのでね、子供も、
なんていうかね、お母さんの気持ちも分からない、分からなきゃいけないんだけどやっぱり分からなかったし、
子供もそんな得意なわけではなかったのでね、
ちょっと結構苦戦してた場所でもあったんですよね、小児科っていうところは。
なんだけれど、ああいう子たちって、ほんと針一本刺すんでも泣かないし、こんなの我慢できるよとか、
もうほんと胸の胸骨とかに針を刺したりとかもね、いろいろ検査のためにするんですよ。
それでもね、頑張るって言って食いしばりながら、
静かに涙を流して、叫びもしないで頑張ってたりとか、
本当にね、残酷だなと思って見ていましたね。
すごい頑張っている子どもたちにいつもどうにか元気にならないかなって思うんだけど、
やっぱり医療ではどうしようもなくて、
亡くなっていってしまう子どもたちもたくさんいたんですけれども、
その中でね、今私の反省点をお話ししたら、
そういう子どもたちの中にね、確実に退院できる子たちっていうのもいるわけですよ。
例えば感染症で入院しているとか、ちょっと胃腸炎で入院しているみたいな、
確かにね、熱も高いし、具合も悪いし、食べられないとかね。
子どもにとってはとっても辛くて、親にとってはとっても心配なことなんだけど、
その当初の私はね、それがすごい重要っていうか重大なことに思えなかったんですよね。
今だったら、そのお母さんたちの心配な気持ちっていうのがすごくよくわかるんですけれども、
20代前半の私には、だってこんなのよくなるし、
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天敵してよくなったら帰れるじゃないとか。
すごいギャーギャー泣いてるんですよね、辛くて。
でも本当に辛い子たちってぐったりしていて泣けないんですよ。
もしくは我慢できるよって泣かない。
そういう子たちがいる中で、ギャーギャー泣いていると、元気じゃんとかね。
本当若い頃の私、そういうふうに思ってたんですよね。
でもそういうことじゃないんだよなって、今なら本当に反省ですよね。
どの子どもにもやっぱり辛い症状が出ていて、
お母さんたちにも同じく、どのようなお気持ちさえなく不安っていうものがある中で、
私がどうしなければいけなかったかっていうことを、
今となってはもう反省しかないなっていうことを思い出しました。
本当にお母さんたちに優しくなかったなって、
来ないでほしいなって思われてたんじゃないかなっていうふうに思います。
申し訳なかったなって。
途中でね、そういうのって10年後とかね、ちょっと大人になってから気がついちゃうんですよね。
もうどうしようもないんですけどもね。
そこからね、やっぱりこう、いろいろ思うことがあっても、
平等にね、看護をしていくっていうことの大切さ、
病気にね、大小があるといえばあるんですけれども、
結局やっぱり、たとえ退院できる病気だったとしても、
必要があって入院しているんだから、
私あの時に振り返って自分に言うんだったら、
きちんと向き合ってくださいっていうことを自分に伝えたいなっていうふうに思います。
でもやっぱり子どもってね、かわいそうでね、
そんなふうに見れなかったんですよね。
お母さん方も結構やっぱりピリピリしてるので、
結構いろいろなことを言われたんですよね、その当初ね。
若かったからっていうのもあるとは思うんですけど、自分が。
点滴とかするときとかも、暴れるんですよね、元気な子どもたちって。
だから危ないから抑えたりするんですね、看護師2人とかで。
で、刺したりとかすると、
なんかそれはひどいんじゃないですかって言ってくるんですよ。
基本お母さん出て行ってもらうんだけど、覗いてたりするわけですよ、こっそり実は。
で、ひどいよねって思うんだけど、そういうのを見てて、
抑えつけるって反則なんじゃないんですか、みたいなことを言ってきたりとか、
あとはね、泣かせすぎなんじゃないんですか、訴えますよとかね、結構言われたので。
あとはね、こんなに刺されちゃってかわいそうにとかね、
もう言うわけですよ、点滴終わってお母さんのとこに抱っこして連れて行くとね、
言われるから、20代前半の私は、
じゃあ調子悪くさせなきゃよかったじゃん、みたいなことを思ったりしてたわけですよ。
そういうことでなったわけではないのにね。
こんな風に思ってる人はいないとは思うんですけれども、
やっぱりきちんと患者様のご家族とね、
なぜその言葉が出てくるのかとか、不安から出てきてるとか、心配だったりとかね、
そういうことが裏に隠れてるってことがわからなかったなっていうふうに思います。
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もう一回あの頃からやり直したいけど、やり直せることもないのでね、
これからはたまにいろんなことを言うご家族っていうのはいるんですけれども、
なぜその言葉が出るのかなっていうふうには考えていきたいなっていうふうに思います。
小児科の時の思い出は結構きついものもたくさんありましたね。
頑張って元気に時々入院したりとかして頑張ってたけど、
そのうちね、普通の一般病棟ではどうしようもなくなって、小児センターに行ってもらったりとか、
でも結局ね、皆さんね、短命だったりすることが多かったなっていうふうに思います。
でもね、その生きてる間にね、どれだけ楽しいことができるかっていうのもね、
もっと考えて小児科で向き合ったら楽しかったんだろうなっていうふうには思うんですけれども、
結局1年ぐらいでね、違う病棟に移動になったので、
そこから深掘りはね、していくことができなかったんですけれども、
小児科の思い出はね、結構ありますね。
病院の屋上じゃないな、上の階からか、高い階から花火が見えたりとかしたら、
子どもたちすごい喜んでたりとか、
他の元気な子どもたちで現地に行って見れてるものなのに、
ガラス越しに見てそれでもすごい喜んでいて、
本当に神様はいないなってちょっと思ってしまったっていうところもありますね。
でも本当にね、病気って本当に大変なことが多いなっていうふうに思うので、
少しでもね、楽しいなって思ってもらえるように、
よかったなって思ってもらえるような関わりできたらいいなっていうふうに思います。
取り留めのないお話なんだけれども、小児科時代の思い出をちょっとお話ししてみました。
本日も聞いてくれてありがとうございます。またね。