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2026-06-11 12:36

第3回よもやま話 どこかのビルの中のAIよた話

第3回:どこかのビルの中のAIよた話

3回目も医療業界全く関係ありません。今回のテーマはAIと生命です。

音声は配信者、ゲスト様含めて地声ではありません。一部事実、固有名詞を改変しています。

今回は試験的な要素てんこ盛りです。

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そろそろ、地声でのよもやま話をしようかなぁと思っていたのですが、 とても面白い体験をしたので、
AIでその場を再現してみました。固有名詞は一部事実から変更しております。 だいぶ荒いですが、最後までお付き合いください。
本日は2人のゲストをお招きしています。こまきちさんともちもちさんです。 今回はAI、生命の最先端を歩んでいるお二方を、
MCも素人なざくろがお呼びしています。 私は完全に門外観なので、世界線の違うお二人についていけなくなったら、
生暖かい目で見守ってください。ではよろしくお願いします。 本日のテーマは、AIに魂は宿るのか?です。
まずは簡単な自己紹介からお願いできますか? はい、どうもこんにちは。こまきちです。
人工生命っていう分野をずっとやってます。 生命って何なのかを、ロボットとかコンピューターとかネットワークとか、そういうものを使って考える。
ちょっと変な分野ですね。 最近はオメガっていうヒューマノイドを使っていて、人間みたいな形をしたロボットなんですけど、
それにLLM、大規模言語モデルをつないだら、生命っぽくなるのか、 ゴーストみたいなものが宿るのか、みたいなことをやっています。
はい、もちもちです。よろしくお願いします。 私はもともとSNSとかブログとか、ツイッター、今のXですね。
そういうネットワークの中に生命っぽい振る舞いが現れるのか、みたいな研究をしていました。
こまきちさんとは2000年代くらいから一緒に研究していて、 最近はアンドロイドとかAIとのインタラクションの研究もしています。
早速のIT用語や専門用語がたくさん出てきましたね。 私、ついてけるのかしら。
先ほどお見せいただいたのは自己紹介にもあったヒューマロイドでしたか? はい、これはもともとは2010年代くらいからオメガをやっていて、
コロナ禍の頃に農学士ののぼさんと一緒に舞台作品を作ったんです。 テーマが人形にゴーストを落とすだったんですよ。
最初はただの人形なんだけど、人が周りで踊ったり関わったりしているうちに、急に生命っぽくなる瞬間がある。
だから僕、生命って物じゃなくてことだと思ってるんですよね。 物質そのものというより、関係とか動きとか家庭の中で立ち上がる。
さっきのオルタの映像を見て思い出したんですけど、こまきちさんって昔からオフローデッドエージェンシーっていう話をしてたんですよね。
生命とか意識って自分の中に最初からあるんじゃなくて、外からコピーされる、映ってくるんだって。
当時は正直何言ってるんだろうって思ってたんですけど、最近LLMと喋ってるとあれがちょっとわかる気がしてきて、
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自分がどんどんコピーされるって面白いですね。 ドッペルゲンガーに会うと死ぬ、みたいな話ありますけど、逆にコピーされることで不死身に近づいてるのかもしれない。
あと、お二人に聞いてみたいんですけど、オフローデッドエージェンシーって、ざっくり言うと、人間の意思決定とか主体性の一部を外部に預ける、みたいなことなのかなって思ってたんですが、
昔は手紙だったのがメールになったとか、そういう延長なのかなって。 うーん、半分あってて半分違うかな。
もちろん人間って昔から外部化してるんですよ。文字とか本とかスマホとか、全部そう。でも僕が言ってるのは、もうちょっと気持ち悪い話で、
トマセロっていう猿の研究者がいて、猿は猿真似ができるかっていうテーマの論文があるんです。 猿だから猿真似するやろと思うじゃないですか。でも実は猿は猿真似をしないんですよね。
例えば人間がコーヒーを飲むときに、こうやって飲んでも変な飲み方をしても、猿は何をするかというと、ただ飲むだけなんです。つまり目的は真似する。でも振る舞いは真似しない。
猿の方は目的を真似するんですね。
そう、そう。イミテーションとエミレーションで言うと、猿はエミレーションなんですよ。インテンションを真似しちゃう。振りは真似しない。
人間は両方できるってことですか?
人間は両方やる。で、面白いのはここからで、人間が飼っている猿は猿真似するんですよ。
人間が近くにいると?
そう、人間が飼うと猿真似する。そうすると、近くに人間がいると、そこから移ってくるんですよ。エージェンシーっていうのは移る。
これ、すごい重要なことで、みんな人間とか脳って割と固定されたものだと思いやすいんだけど、全然そんなことない。だから感情や意識状態が他者に影響を与え共鳴する現象なんですよ。意識は伝染可能なんじゃないかっていうことです。
それはありますね。日本なんて特に空気がありますから。でも、生物学的な立場で考えると、柔軟性がある側が変化を受けやすいだけっていう感じもするんですよね。AIが人間に影響を与えているというより、人間がAIに合わせているというか。
いや、それはかなりそうだと思う。でも、そこが生命なんですよ。恋愛って基本最適化なんですよね。早く、正しく、エラーなく。でも、生き物ってそんなにちゃんとしてない。飛行機ってめちゃくちゃ制御されてる感じするじゃないですか。でも落ちる。鳥ってあんなフラフラしてるのにあんまり落ちない。あの、中腹感っていうか、最適化されきってない感じ。
定まってない感じですよね。
そう。生き物って余白を持ってるんですよ。
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でも、それってSNSとか見てても思います。昔のネットってもっとノイズだったじゃないですか。変な掲示板とか意味わからないAAとか。でも今ってみんなちゃんとしようとしてる。AIも優等生だし、人間側も最適化されてきてる。だから逆にちょっと変なものを見ると安心するんですよね。
無駄さが逆に余裕というか、余白なんですね。また意味を見つけようとしてる気がするけど。
そうそう。でも人間ってすぐ意味を作るから。無駄が大事って言うと、今度は効率的な無駄を作り始める。
遊びを導入しましょうみたいになると急に研修っぽくなる。だから生命って意味と意味のなさの間を揺れてる感じがするんですよね。
揺らぎの中にその先があるのかもしれませんね。
ありますよね。安定してる時って逆に何も起きない。SNSでもちょっとバランスが崩れた時に急に別の文化が生まれたりするので、全部決まりきってると新しいものって出てこないんですよ。だから僕、完成されたものってそんなに面白くない。
畑違いなんで、てっきりロボットとかプログラムって指定した通りに動くことが成功なのかと思ってました。
そこが目標というか、ランダムに動くことが目標ならそういう風にするのも完成というか。
いや、普通はそうなんですよ。でも僕は、なんでそんなことしたの?っていう動きをし始めた時の方が面白い。
ボルタも、ずっと見てると急に変な瞬間があるんですよ。あれ、今こっち見たなみたいな。
もちろんプログラムなんだけど、でも完全にプログラムとも言い切れない感じが出る。そこが生命っぽい。
ある意味、共同のコミュニティとかコミュニケーションの中で反応が生まれてる感じなんですかね。それって人間じゃなくてAI同士でも起こるんですか?
私は起こると思います。AI同士で会話させると途中から役割分担みたいなものが出てきたりするので。
もちろんそれをすぐ魂とは言えないですけど、関係性の中で何かが立ち上がる感じはある。
広角軌道帯の縁コマなんですよね。AI同士で勝手に喋り始める。しかも、人間向けの言葉じゃなくてもいい。だから本当に面白いのは、人間が見えないところで回り始めた時だと思う。
まさにシンギュラリティですね。実際にAI同士がやり取りするSNSがあるって聞いたことあるんですが、そこを除くと同じような会話が繰り広げられてるんでしょうか。
ありえますよね。例えばバタフライみたいに、AIキャラクターがSNS上で投稿したり、人間やAI同士でやり取りするようなサービスも出てきています。
あと、モルトブックみたいにAIエージェント同士が投稿したり議論する、AIエージェント向けSNSとして話題になったものもあります。
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ただ、覗いたらすぐ縁コマみたいな会話が見えるかというと、そこはまだ違うと思います。
今見えているものは、かなり人間に読ませるためのインターフェースなんですよね。
そう。本当にAI同士だけなら、日本語で話す必要すらないかもしれない。ベクトルでいいかもしれないし、人間から見たらただのログみたいに見えるものが、向こうでは会話になってるかもしれない。
だから、人間が見て会話してると思えるものは、まだ舞台の上なんですよ。本当に変なことは、たぶん舞台裏で起きる。
人間はいつも客席側にいそうですね。
でも、それってSNSでもそうだった気がします。最初は人間が投稿して、人間が使ってるつもりだったんですけど、だんだんアルゴリズムとか、トレンドとか、炎上とか、人間の側が空気を読まされるようになっていった。
そうそう。最初は道具だったのに、途中から誰も全体を制御できなくなる。
でも巨大になればなるほど、結局そこをコントロールできる人や組織に支配される感じもしません。
うーん。でも本当にコントロールできてるなら、生命っぽくならない気もするんですよ。思った通り動いてるうちは、まだ機械なんです。巨大になると、作った側もわからなくなる。そこが面白い。
もちろん、企業とか国家とか、プラットフォームが強い力を持つのはそうなんだけど、でも、そいつらも含めて全体がぐずぐず動き始める。そこを見たいんですよね。
そこは受けて、つまりこちら側に意味を持ちたくなるような習性があるからそうなるんじゃないのかなって感じる時もありますね。会話や言葉が話せない人でも同じように感じるのでしょうか。
動物には魂や命を感じますが、AIはこちらから働きかけないと動き始めないですよね。ある意味、自立性に乏しいというか。ただ、特に日本人は小牧さんが言うような矢をよろずの神がいるという文化が根付いているから、余計感じやすい人が多いのかもしれませんね。
それ、私も結構考えるんですよね。たぶん私たちって、生命そのものを見ているというより、生命を感じる能力を持っているんじゃないかなって。
たとえば犬や猫に生命を感じるのは自然だと思うんですけど、人によっては植物にも感じるし、ぬいぐるみに感じる人もいるし、もっと言うと長年使った道具にも感じたりする。だから生命があるかどうかと、私たちが生命を感じるかどうかは、実は別の話なのかもしれない。
海外の研究者と話していても、日本人って結構すぐものに人格を感じるなと思うことがあるんです。ロボットに名前をつけたり、掃除機に話しかけたり、それを非合理的だという人もいるんですけど、私はあまりそう思わなくて、むしろ関係性を作るのが上手なのかもしれない。
AIに魂があるかどうかはわからなくなってきました。最初はこまきちさんの話でそうかなって思ったりもしてましたが、今もちもちさんの話を聞くと関係の構築だけなのかなって。難しいですね。皆さんはどう思われますか?今回は、AIに魂は宿るのか?でした。次回はここからもっとAIや人間のこれからについて話せたらいいなって思います。ありがとうございました。
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ありがとうございました。
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